「ねぇ、トーリさん?」「どうかしましたか?」羽をはためかせた後輩に、ぶら下がりながら。巴マミは……ようやく、トーリへと言葉を投げかけていた。背信者の容疑がかかっているこの後輩へと、マミは現在進行形で接し方に戸惑っている真最中なのである。もっとも、少しだけ不安気な表情を返してきたトーリは、おそらくライオンクラゲヤミー関連の危機を想定しているのだろうが。「トーリさんの戦う理由って、考えたこと、あるかしら?」もちろん、貴女は裏切り者なの? とストレートに聞いても、正直に答える間諜など居る筈が無い。そんな事が分からない巴マミでは無かった。なので、揺さぶりがてら、不信感を抱かれない程度の質問を放ってみたのだ。そして、マミの言葉に困ったような態度を見せているトーリは、おそらく戦う理由というものを考えたことが無かったのだろう。もしくは、マミの意図を測りかねているという線も考えられた。「理由、と言われましても……」一方、当のトーリ本人はといえば、突然のマミの質問に困惑するばかりである。もちろん、グリードの復活方法を嗅ぎまわるためです、などとは言える訳も無い。だがしかし、言われてみるとトーリが危険な戦いに身を投じている現状は、周囲に違和感を与えていても不思議では無い。魔法少女はグリーフシードを集めなければ魔力を補給できないが、トーリにはそのような縛りは無いのだから。しかもヤミー退治の方もやはりトーリには得が無い……と考えてから、ある違和感へと注意が向き始めていた。そもそも、ヤミー退治によって得が無いのはトーリに限った話では無い、という事に。むしろ、映司やマミは、何故ヤミー退治に手を出しているのか。「ワタシには、戦いから退いても何もありませんから」……びっくりするほど、何もない。魔法少女の皮を捨てたトーリの姿を想像してみたとき……そこには、一体のヤミーの姿しか居ないのだ。つまり、ヤミーというプロフィールを伏せた状態においては、戦いから退いたトーリの図は想像することもかなわない。トーリには、人間としての背景というものが存在しないのだ。記憶喪失騙りを始めてから既に二週間が経ったものの、それでも足りない。やはりそれは、一人の人間の存在をゼロからでっちあげるための期間としては、短すぎるのである。「その点に関しては、私もあまり人のことを言えないのかもしれないわね……」まぁ、マミがトーリの適当な返事で納得してくれたのならば、それで良いような気も。だが念のために話題を別の方向へと誘導しておくのが、トーリなりの慎重さである訳で。トーリ自身が口を滑らせる失態の防止を考慮に入れて、先手を打つに越したことは無いのだ。「そもそもマミさん達こそ、魔女はともかく、ヤミーを倒しても得はしないじゃないですか。それでもヤミーと戦う理由って、何なんですか?」すなわち、マミに語らせることで、トーリへの追撃を防ぐ作戦である。トーリは、辞書一冊分の偽造プロフィールを用意するような頭脳は持ち合わせていないのだから。「私は、魔法少女として人々に希望を振り撒くのが、当たり前だと思っているわ」魔女は絶望を振り撒き、魔法少女は希望を振り撒く。そんな話を、トーリは以前にもマミから聞いたことがあったような気がする。確か、映司と一緒にマミの部屋を訪れた時の事だった筈だ。……まさか、その日の内に当の部屋が半壊するなどとは、予想さえ出来なかったが。「……でも、最近になって、少し違うようにも考えるようになったの」……と、トーリが思い出に浸ろうとしていたら、マミさんが少しシリアス圏に入り始めた件について。当然、茶々を入れるようなスキルも無いトーリには、聞き続ける以外の選択肢など無いに決まっている。そんな事をして脳天をティロられては堪ったものでは無い。「人々を助けでもしなければ、私は『希望』を意識することさえ出来なかったんじゃないか……って、ね」ぽつり、ぽつり、と。マミが口を開いて話し始めた内容は、一人の魔法少女の誕生秘話。とある交通事故から生まれた、ひとりぼっちの魔法少女の経緯が、言葉としてトーリへと届いていて。なんだかどこかで聞いたような話だ、と思ってしまいながらも、その元が何なのか分からない。「一人だけ生き残って、自分に希望が無くなったからこそ、他の人の希望を感じることで自分自身の心を誤魔化してきた……そんな、気がしてきたのよ」そうは言われても、トーリとて何を答えれば良いやら。絶望がお前のゴールだ、などと突っ込むのが間違いである事は疑う余地も無いが。希望という言葉をトーリの心に沿って考えるならば、ウヴァさんの復活という目標に直結するだろうが、巴マミの言う希望とは少し毛色が違うのかもしれない。「でも、私にも魔法少女の仲間が増えて、それが私にとっての希望になりつつある。そう、思っているわ」……たしかに、マミの元へと美樹さやかを初めて連れて行った時には、マミは何だか嬉しそうだったような気もする。今思えば、それは単純に魔法少女仲間が増えたことに対する歓喜であったのだろう。やったね、マミちゃん! 仲間が増えるよ!ひょっとすると、暁美ほむらがキュゥべえを殺したときに巴マミが怒りを露わにしたのも、魔法少女が増える可能性が絶たれたと思ったからなのかもしれない。「トーリさんは、私のこの『希望』が……簡単に消えてしまうものだと、思う?」希望が、という事はつまり、魔法少女達が、という事なのだろう。まず絶対に死にそうに無いのが佐倉杏子だ、とトーリは思う。精神的なタフネスというか、不慮の事故でも起こらない限り死なないような逞しさが、杏子からは感じられたのだ。だが、美樹さやかは……メンタル面は、かなり脆そうである。恋路に迷い、正義に迷い、ギャグ路線にも迷い気味の美樹さやかは、回復魔法のお蔭で肉体的には死に辛いだろうが、精神的な問題で色々と危ういと言える。……暁美ほむらさんに関しては、ノーコメントでお願いします。もっとも、何となくトーリは、さやかや杏子の事は話題の中心では無いと思えていた。マミがトーリにこの話題を振ったのは、マミがトーリの身を案じているのではないか、と。先程の『戦う理由』の話と繋げて考えるに、おそらくマミは、トーリの身を案じて魔法少女業から退くことを勧めたいのだろう。そう、トーリは考え至ったのである。「ワタシの事でしたら、ダメだと思ったら誰よりも早く逃げ出すので、大丈夫ですよ」時間停止を駆使して追ってくる暁美ほむらさんから逃げるのは、大分骨が折れるが。それでも、一応カザリから暁美ほむらの毛髪を分けてもらっている身としては、大分心が穏やかである。「……そう、ね。貴女は、変わらないわよね」少しだけ穏やかになったように思える巴マミの声を、耳に収めながら。上空からのヤミー探索は……もう少しの間だけ、続きそうであった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十話:Ride on right time ――少し遅れるぐらいがヒーローの定時出勤であるCount the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×3コンドル×3カマキリ×2バッタ×2ライオン×1トラ×2サイ×1ゾウ×1ウナギ×1タコ×1コブラ×1カメ×1プテラ×2トリケラ×1ティラノ×2緑の巨大ルーズリーフが敷き詰められた、魔女の結界にしては少しばかり奇天烈さに欠ける空間。それが、魔法少女やメダルの怪人達を取り囲む環境の、内部風景であった。だがしかし、緑という色が人間を落ち着かせるなどという噂は、きっと嘘であったのだろう。なぜなら、使い魔を追っている魔法少女の心は……今までにないほどに、かき乱されていたのだから。使い魔の周りを跳ねまわる黄色の球体を力尽くで払い除ける訳にもいかず、しかし使い魔へと接近する方法を他に思いつく訳でもない。この黄色いボールの群れを纏めて切り裂いてしまえば話は早いのだが……そう簡単に割り切れる筈も無い。どういう原理かは不明だが、直径20センチほどの球体の中には人間が縮小されて閉じ込められているのである。これを躊躇なく両断できるほど、さやかは人間を捨てていない。「出来ないならアタシに代われ!」そして、杏子にやらせるにしても、結局ボールに捕らわれた人々を見殺しにするのは変わらない。もちろん直接手を下すのと見殺しにするのは、心理的な負担は段違いではある。それでも、見殺しならば良い、と割り切ることも出来そうには無かった。「えーと、伊達さんって医者なんでしょ! 何か言ってやってよ!」なので、とりあえず三人目に頼ってみた。三人寄れば文殊の知恵というヤツである。ある程度賢い人間が三人集まらないと、意外に何とかならなかったりもするが。いわゆる社会的手抜きという言葉だってあるのだ。余談だが、怪人が大群になった途端に一体一体が弱くなったように感じるのは、この社会的手抜きのせいであると言われている。「生憎、医者の仕事はまず、自分が死なない事だ。……でなきゃ、誰も助けられないからな!」「むしろ、この場で一番死にそうなのって、君だよね?」現在進行形でバースをリンチ中のカザリさんからの、有難いツッコミであった。いやいや、カザリさんは別にコメントしてくれなくても良いのである。問題は、伊達の発言に対して、さやかが落胆の眼差しを返してきたことなのだ。「……が、美樹ちゃんの言いたい事も、分からんでも無い。まぁ、人間そう極端にならなくても、意外と生きていけるモンだぜ!」「だからさ。一番死にそうな君が言っても説得力無いよ?」こればかりは、カザリさんのダルそうな突っ込みに、周囲一同も同意せざるを得ない。身体のあちこちから配線コードやら謎の白い気体やらが漏れ出しているバースは、どう見てもこの空間の中で最も大きなダメージを負っているのだから。さすがに、中の伊達明も無事では無いハズなのに。格好良く言えば『ハードボイルド』、親しみ易く言えば『痩せ我慢』といったところだろうか。「何か考えがあるって事だろーな? アタシもそんなに余裕ねーけど、聞くだけ聞いてやる!」「その使い魔って奴が、なんでそんな面倒な方法をとって人間を捕まえてるのか! そこに何かヒントがありそうだ!」カザリに内容を把握されることを恐れているのか、伊達からの助言は尻切れトンボで。さやかの頭では、その意味を瞬時に理解することなど、出来そうに無かった。伊達が念話を使えれば、詳細な内容を聞き出せたのかもしれない。もちろん、伊達明は年齢や性別的な意味で、絶対に魔法少女になる事が出来ない人材であることは、疑う余地が無いが。『……今のって、どういう意味?』『まぁ、アタシに聞いてくるだろうとは思ってたけどさ……』そして、さやかからの念話には躊躇いが含まれていた事を、杏子からは窺うことが出来ていた。渋々、といった心境が、何となく念話の声色から読み取れるのだ。本当はアンタに聞きたくなんて無いけど、とでも言いたいのだろう。だが、聞く相手を選べる環境では無いという事も把握しているからこそ、杏子に聞いて来たという訳だ。『使い魔の行動に何か手がかりがあるの? 確かに、人間をボールに変えるなんて意味不明ではあるけど』『ああー……言われてみると、そんな使い魔って、偶にいるなぁ……』先程は反射的に返してしまっただけで、落ち着いて考えてみると、杏子には心当たりがあった。クラゲ端子の電流を受けながら落ち着いて考えるというのも、奇妙な話ではあるが。『人間を喰わずに操るタイプの使い魔なら、そいつは魔女のところに餌を運ぶ役割を持ってる事がある。つまり……』この場に居ない鹿目まどかがそれを聞いたら、真っ先にテレビの魔女と、その使い魔の天使モドキを連想したことだろう。口付と使い魔を使って餌となる人間を集める憧憬の魔女が、無重力の空間に浮かぶ姿を。そして、杏子の言わんとしている事を、さやかもようやく理解する事が出来ていた。『ボールの動きを注意して見てれば、隠れてるかもしれない魔女が見つかるってこと?』一応、魔法少女達の視点からは、結界を張っている主が使い魔なのか魔女なのか、判別することが出来ていない。何処かに魔女が隠れているのかもしれないが、姿を見せているのは使い魔だけである。だからこそ、結界破壊役のさやかは視認されている使い魔を追い回していた訳だ。だが、もしこの空間内で魔女を発見できたのならば、そいつを倒しても結界が失われる可能性が残っている。『魔女と使い魔のどっちが結界張ってるかは分かんねーけど、可能性としては有り得るだろーな!』さやかは、少しだけ使い魔との距離を置いて、視野を広げることを頭に入れてみた。見の目を広げて、空間内に散らばるボールの分布を把握しようと考え始めたのである。すると、大まかなボールの動きの傾向が、おぼろげながら像を結び始める。ボールは基本的に走り回る使い魔の周囲を付いて回り、使い魔から離れるほど、黄色の弾幕の濃度は目に見えて低くなっていくのだ。特に、生産ラインに乗せてボールを魔女の元へ届けるようなあからさまな仕組みは存在しないらしい。だがしかし……視線を回しに回して、ようやく、気付くことが出来た。結界内のとある一点の付近だけは、やけに黄色いボールが少ないという事に。加えて、その理由についても。「そこ、かぁーっ!!」……即ち、その場所に潜んだ魔女が、ボール状に封じられた人間を密かに捕食しているからである。声を放った時には、既に全てが終わっていて。自分の放った声に追いつくような速度で駆け寄ったさやかは……躊躇なく、サーベルを突き刺していた。緑色のルーズリーフで偽装された、壁の中の一点へと。そして、手応えは……期待した、通り。厚紙のようなものを貫いた感触の一瞬あとに手元へと返ってきた、綿のような柔らかさ。それが、さやかの仕留めたものの全てであったのだ。「コイツが、魔女……?」能面のように白い顔に、二つにまとまった金髪を生やした……人型の魔女。顔に開いた窪みには、人間の目や舌のような有機的な器官は見られず、それだけがこのヒトガタが人外である事を語っていた。もし胸部に穿たれた傷から深紅の鮮血が溢れていたのならば、さやかは酷い精神的外傷に見舞われていたかもしれない。幸いにして、魔女の中身はあまり密度の高からぬ綿のような素材だったようだが。『――――――!!』しかし、さやかは最後に、魔女の人間染みた挙動を……認識してしまった。そいつの放った金切声のような断末魔が、思考を麻痺させたのだ。相手が人間でないとは、分かっている筈だった。それでも、人に似た異形というものは、生理的な嫌悪感を人間へと与えるものなのである。人間の手や顔の意匠の混じっているヤミー軍団が微妙に気持ち悪く見えるのと、同じ理由なのだろう。「ボサっとすんなっ!」だからこそ、美樹さやかの反応は……遅れてしまっていた。腕に返ってきた感触や悲鳴に意識を引きずられ、結界が消えて行った様子さえ視界に入って居なかったのだ。……当然、バースを相手どっていた筈のグリードが、さやかへと肉薄した事にも気付かずに。カザリの背を負おうとしたバースの手も、杏子の怒号も、間に合わない。躊躇なくソウルジェムへの串刺し攻撃を敢行してくるカザリの爪を、無意識の内にサーベルと腕で受ける事は出来たものの、それが反応速度の限界で。自身の血渋きの向こう側に、既に魔女から漆黒の卵を抉り出す作業に入っているカザリの姿を垣間見るのが、精一杯であったのだ。それでも、さやかの頭は中々現実に帰還しようとしなかった。通常の人間ならば鋭い痛みを前に意識を揺り戻されていたかもしれないが、魔法少女の痛覚制限が悪い方向へと働いてしまっているのだ。一方、そんな事情になど興味も無いカザリは、長く伸びた爪を深々と魔女の亡骸に突き刺して、次の瞬間には爪の間に挟んだグリーフシードを引きずり出しながら。「ご苦労さま。おかげで目的の物も手に入ったよ。……じゃあね」大して親しくもない知り合いと別れる時のように……空いた方の手を、振るった。凶刃を輝かせた腕を、無造作にさやかへと振り下ろしたのである。既にダメージを受け過ぎているバースはまともに動けず、杏子も浮遊クラゲの群れに足止めされてしまっていて。「やっべぇ! 逃げろ! 美樹ちゃん!」「何やってんだ! バカッ! 動けよ!!」二人の張り上げた声が、ようやくさやかの意識を引き戻したときには……既に、カザリの凶爪はさやかの目前まで迫っていたのだ。走馬灯を見る事も無く、世界がスローモーションに変わる訳でも無く。辛うじて意識ははっきりとしてきたものの、その頃には全てが手遅れに……そう、思えた。「おっと!」……カザリと美樹さやかの間の僅かな空間を、一閃の光が通り抜けるまでは。まるで雷が落ちたようだ、とその場の誰もが思い、天を仰いでいて。而して、次の瞬間には晴天に映る人影を目にして、誰もが閃光の正体を理解するに至る。どこか狩人という人種を連想させる帽子やブーツに、特徴的な金髪を巻いた、一人の魔法少女。それが、遥か上空より影を落としている高みの住人の正体であったのだ。……ついでに、リボンで編まれた手綱によって狙撃の名手をぶら下げて飛んでいる蝙蝠娘の姿も確認されたとか。おそらく心の中では『無限の魔力は使わないって言ったじゃないですか!?』などと驚いている事だろうが、空気を読んで口を噤んでいたりするのだろう。まぁ、さやかのための緊急回避だと言われれば反論できなくなる事ぐらいは察しているのだから、仕方が無い。もっとも、流石のグリード最速というべきか、過去にも一度マミによる狙撃を受けた経験を持つカザリには、直撃はかなわなかったが。完全回避とまではいかず、脇腹から多少のセルメダルを零しては居るものの、その姿は満身創痍という程でも無いように思われた。「同じ手は食わないよ?」……余裕ぶってみたカザリさんであるが、既に思考は撤退一色である。なぜならカザリには、遥か上空に居る巴マミを攻撃する手段が無いのだから。カザリが重力や水流攻撃を手にしたとはいえ、流石に長距離を隔てている相手に対する攻撃手段にはならない。そしてカザリは、当然のように気付いていた。カザリの背後の死角から、『王』が迫っていることにも。おそらく、メダル奪取に特化した形態である『タトバコンボ』にて一足飛びにカザリへと接近しているであろう、オーズの存在に。魔女が倒れて結界が揺らいだ瞬間からグリードやヤミーの気配が漏れ出し、アンクがそれを感知してオーズをけしかけたに違いない。すなわち、巴マミは美樹さやかの危機を救う役割と同時に、カザリの注意を引くための囮でもあるという事である。オーズは、トラメダルの力によって具現された長爪をかざして、カザリへと迫っている事だろう。カザリも何だかんだでアンクとは800年前からの付き合いなので、手札さえ割れていれば、アンクが立てたであろう作戦を予測することは困難な作業では無いのだ。したがって、カザリはオーズに気付いて居ないフリをしながら……自身の爪を、伸ばす。グリード最速であるカザリならば、オーズをギリギリまで引き寄せてからのカウンターが、充分に狙えるのだから。もちろん、巴マミからの狙撃を受ける可能性も考慮に入れ、上空への警戒も怠らない。バースのブレストキャノンにも、魔法少女等の投擲武器にも注意を払うことも、忘れていない。そして、オーズを限界まで誘い込んだカザリは……振り向きざまの遠心力を加えた一撃にて、オーズを串刺しにした。「なっ……!?」……そう、思った。だがしかし、カザリの予想通りにタトバコンボの姿で肉薄するオーズの姿とは裏腹に、オーズは傷を負って居なくて。オーズが咄嗟にトラクローでカザリの攻撃を防いだわけでも無ければ、何か回避動作を取った訳でも無い。カザリの腕が……『動かなかった』のだ。振り抜こうとしたカザリの両腕には、朱色の緒が結びついて、カザリの動きを阻害していて。その正体は……リボンであった。周囲にも上空にも油断なく注意を向けていたカザリの、唯一の死角であった地下から。すなわち、巴マミの残した弾痕からの拘束紐が、カザリの動きを鈍らせてしまっていたのだ。カザリの誤算は、人間側の手札を自身が知り尽くしていると思ってしまったことだったのである。間に合わない。いくらカザリがグリード最速とはいえ、相手をギリギリまで引き付けた状態から一手遅れてしまっては、何をするにも時間は足りない。「セイヤッ!」煌く。オーズの両の腕にて生み出された二筋の閃きが、撒き散らされた銀のメダルの乱反射を受けて、尚輝く。その中に異色の光を見出したカザリは漸く……やられた、と心の底から理解するに至っていた。大量のセルメダルに紛れてカザリの身体の中から零れ落ちたコアメダルは、青と黄の一枚ずつで。狙い澄ましたように……などという比喩を使うまでも無く、実際にタカメダルの透視能力でオーズが狙っていたのだろう。そして、カザリが朱の魔力紐を振り解くのと、オーズがそのドライバーに装填されたコアメダルを換えたのは……まったく、同時の出来事であった。『ライオン トラ チーター』「は、ああああっ!!」閃光が、周囲の色彩を塗り潰す。たった今カザリから奪ったチーターのコアを使用したオーズのコンボ形態が、眩いばかりの光を撒き散らしたのだ。黄色の猫科コアメダルを使ったコンボ、『ラトラーター』……それが、現在のオーズの姿で。その開幕特性である放射熱線『ライオディアス』が、カザリを襲ったのである。もちろん、グリードやヤミーは同族メダルの特殊能力に対する耐性を持っているため、放射熱線はカザリへの致命傷にはならない。カザリは、黄色のメダルのグリードなのだから。だが、しかし。『スキャニングチャージ』ベルトのコアメダルを再度読み取ったオーズの行動……これは、いただけない。おそらくオーズは、チーターレッグの速度からのトラクローによる斬撃を使うつもりなのだろう。カザリは既にコアメダルを抉り出される程の傷を負っており、最初の巴マミの狙撃によるダメージもゼロでは無いのだ。加えて、取り込んでいたコアメダルを抜かれた直後に一時的に戦闘能力が落ちるというグリードの特性もあり、カザリの状態は既に万全と言うには程遠かった。このオーズの必殺技を受けたなら、カザリ自身が生き残る事は出来ないと考えた方が良さそうである。「セイヤァッ!!」「……今日はこのぐらいにしておいてあげるよっ!」したがってカザリは、使わざるを得ない。最後に残された、カザリ自身の手札を。「ガアッ!!」「コイツは……!」オーズとカザリの間に飛び込んできたのは……一体のヤミー。手傷を負ったバースと杏子にトドメを刺そうとしていたライオンクラゲヤミーを、呼び戻してカザリの盾に使ったのだ。数多のクラゲ端子は、既に熱線攻撃の余波にて消滅してしまっていて。その中に人間が入っているという事実がオーズの手を鈍らせる……が、それでも、足りない。万全時のカザリがグリード最速であるように、黄色のコンボ『ラトラーター』もまた、オーズの形態の中で最速なのである。更に、オーズは自身が放っている眩い光のなかでも、その目の力を失う事は無い。すなわちオーズは……ライオンクラゲヤミーの、熱線へと抵抗力が無いクラゲ部位が消失している箇所を、見逃さなかったのだ。なんと彼の王は、両腕で十文字に切り裂く攻撃であるハズの連続技を右腕だけキャンセルして、ヤミーの中の人間を無理矢理引き摺り出すという離れ業を瞬時にやってのけたのである。本来二撃にて相手を仕留める筈の必殺技であったが……熱線攻撃で多少ヤミーの体力が削れていた事も原因となり、ヤミーがその一閃を耐える事は適わなかったのだった。しかし、爆炎と共にセルメダルへと還っていくライオンクラゲヤミーは、最後の役目を果たしていた。光を揺るがす爆炎が晴れ渡ったとき、辺りにカザリの姿が見られなかったことが、それを物語っていたのだ。即ち……ヤミーは、カザリの逃亡の隙を作り出すという役割を全うしたのである。……結果的にオーズから逃げ切ったカザリは、而してまだ、負けた訳では無い。コアメダルを奪われた事は不愉快だが、お目当てのモノは確かに手に入ったのだから。漆黒の球体にして魔女の卵、グリーフシード。落書きの魔女の落とした不幸の種を、カザリのその手は、確かに掴んでいるのだ。果たして、絶望の卵はカザリの希望を孕むのか、はたまた獅子身中の虫となるのか。……進化への欲求は、終わらない。・今回のNG大賞「そういや、アンタが途中まで追いかけてた使い魔って、最後どうなったのさ?」「……しまった! 結局外に逃げられたぁッ!!?」まぁ、状況的に仕方なかった気も。・公開プロットシリーズNo.110→マミさんとオーズが組んだら、セルメン(不完全態)グリードぐらいには安定して勝てる……ハズ。