とある河川敷の、橋の下。先日何者かによって破壊された道路橋の少しばかり下流に位置する、何の変哲も無い橋の影であった。……夢見公園という住居を失った火野映司とトーリが、夜露を凌ぐ場所として選んでいたのは。そもそも公園に屯すホームレスであった二人は、夢見公園が崩壊した時点で宿無し状態だったのだ。その後に偶然が重なって病院やらクスクシエやらに一時的に泊まる事こそ出来たものの、やはりそれらにも長居は出来ない訳で。すると、必然的に二人の暮らせる場所は限られてくる。つまり、寝泊まりしても文句を言われにくい公共機関という事で、国の管理下にある河川敷を使用しているのである。「……お久しぶりです、火野さん。トーリさんも昨日ぶりね」「マミちゃん。無事に復活出来たんだね。本当に良かった……!」「御無沙汰してます」そして、そんな仮宿の河川敷へ現れた、客人が一名。巻き毛の金髪が目を引く魔法少女、巴マミが火野映司等のもとを訪れたのだ。どこかバツが悪そうに歩み寄ってきたマミを、映司とて邪険に扱う程の理由も無い。もちろん、それとは別に気になることもあるのだが。「どうしてこの場所が分かったの?」「佐倉さんから、ホームレスが暮らしやすそうな場所のリストを作ってもらったんです」「何だか、納得ですねぇ……」そのサクラという子は、どうしてホームレス御用達の知識を持っているのだろうか。マミの言葉に頷いているトーリの反応から、一体どうやってサクラちゃんの人物像を作り上げれば良いのだろう?まぁ、映司も先程の質問には身の用心程度の意図しか含んでいなかったため、サクラちゃんについて突っ込むつもりは無いのだ。それに、マミがこの河川敷を訪れた理由を聞いてやらねばなるまい。「今日は……火野さんに聞きたい事があって来たんです」当然、そこまでは映司の予測の範囲内である。まさか、河川自体に用があるとも思い難い。この会話の後に突発的な戦闘が起こって河落ちする予定がある可能性など、万が一にも無いだろう。「どうして……オーズの力の大半を失ってまで、私を助けたりしたんですか……?」「大半って程でも無いよ。コアメダルも3分の2ぐらいは残ってるし」……確かに、コアメダルの数という観点から見るならば、取られたのは高々6種類のメダルでしか無い。だがしかし、巴マミは美樹さやかの口から零れ落ちたオーズの八面六臂の活躍ぶりを、耳に挟んでいたのだ。無数の分身コンボを常時維持できるという常識外れな戦力を、オーズが有していた事を。更に、それらの無敵戦法が、すでに使えなくなってしまっている事も。加えて……その原因が、他ならぬ巴マミ自身だという事にも思い至っていた。だからこそ、火野映司という男を問い質さずには居られなかったのだ。もっとも、目の前のこの男は、マミの真意を理解したうえで、とぼけているのだろう。もしトーリが発言者だったら、素でボケている可能性も捨てきれなかった所だが。「美樹さんから聞きました。複合コンボほどの力があれば、いくらでも敵を倒せるし、幾らでも人を助けられるでしょう……!」マミとて、自身があのまま死んでいれば良かったと思っている訳では無い。むしろ、過去に瀕死の重傷を負った巴マミだからこそ、誰よりも死を恐れていると言える。それでも、思ってしまうのだ。結局未遂に終わってしまったアンク抹殺事件まで含めて、マミは映司から恨まれるのが自然ではないか、と。……なのに、マミはまた、映司から『奪って』しまった。映司が折角手に入れた、大いなる力を。「俺は、あそこでマミちゃんを助けなかったら後悔すると思ったから助けた。自分のため。だから、マミちゃんが気に病む必要なんて、全然無いよ」そして、この男がこう返事をすることも、心の何処かで予想出来ては居た。したがって、そこで話が終わる筈も無かった。ここで引き下がるぐらいならば、初めからこの河川敷に来ることは無かっただろう。「火野さんのそういう態度が立派だというのは、分かってます。でも……それは、とても寂しい事だというのも、私には少しだけ分かります」徹夜の語らいの中で、さやかが口にした情報の中には、映司の助けられなかった村の話があって。その時から、マミは思っていたのだ。数年前の交通事故の際に一人だけおめおめと生き残ってしまったマミ自身の罪悪感と、火野映司のそれは似通っていたのではないか、と。だが、魔法少女の仲間たちの存在が、マミに教えてくれた。一人ぼっちで戦い続ける道は、とても寂しいものだという事を。マミは一般人を分け隔てなく救ってきたが、魔法少女仲間達に対してのマミの認識は、明らかに一般人に対するそれとは異なっている。気安いというべきか、気が置けないというべきか。だからこそ、マミは思うのだ。――俺は顔も知らない誰かよりも、俺の手の届く誰かを助けたかった。それが性格の悪いアンクでも、さ。マミがアンクを始末したとき、映司があんなにも悲しそうに見えたのは。おそらく、映司にとってのアンクが、巴マミにとっての魔法少女仲間と同じぐらいに得難い存在であったからなのだろう、と。映司はどんな人間を助けても『後悔したくないから』という定型句を使うのだろう。だがしかし、グリードに強襲されているアンクを助けたとして、映司はきっと、もっと別の言葉を使うのではないか、とマミには思えた。それこそ『お前が居なきゃ、グリードと戦う時に困るからな』というぐらいに、辛く言ってのけるのかもしれない。そして、アンクへと向ける顔の方も映司の本当の姿なのではないか、とマミは思い至っていた。アンクを処分された時の映司の悲しみも、そんな所からも来ているのだろう。「だから、私はもう、アンクを狙いません。今日はそれを火野さんに伝えたくて、来たんです」「……そっか」もちろん、アンクがグリードとして人間に危害を加え始めたらその限りではありませんけれど、と付け加えながら。謝るでもなく、許しを請うでもなく、マミは今後のことを告げた。そうすることが、マミのために力の大半を失った映司に対して出来る、最大の恩返しだと思ったからである。別れの挨拶を交わして、映司に背を向けて去って行く傍ら。巴マミの耳には、確かに聞こえていた。映司がマミに対して口にした、一言が。『ありがとう』心は……通じる。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百六話:河原割月曜日。……そう聞かされて連想できるものは、多くは無い。アメリカで株価が暴落した悪夢の月曜日は、あまりに有名である。人によっては、床屋が空いていなかった経験も出て来るかもしれない。ニチアサが終わってしまったがためにブルーマンデー症候群を発症する人も、居るに違いない。そして、総じて月曜日にまつわる話題は、総じて暗いのである。……であるからして、月曜日の朝にご機嫌の様子で登校する女子中学生の姿は、きっと珍しいものなのだろう。「おはよー!」月曜日と金曜日が周に二回ずつありそうな歌を口ずさみつつ登校路を歩く女子中学生が……鹿目まどかの他に居る訳が無い。百歩譲って、ジェネレーションギャップには目を瞑るとしよう。すれ違ったサラリーマンたちが次々に鬱々とした表情に変わって行く様子も、特に気にすることは無い。しかし、何故月曜日の朝に、この娘さんはご機嫌なのだろうか。その答えは、先週の鹿目まどかの振る舞いにある。ロストアンクに心臓をぶち抜かれた後の鹿目まどかは、当然学校には足を運んでいなかった。アンクがまどかの代わりに学校に行くような気紛れを起こす筈も無いのだから、当たり前である。一万歩譲ってアンクが気の利いたグリードだったとしても、クラスメイトから「ちょっと見ん間に雰囲気変わったんちゃうか?」などと突っ込まれてしまうだろう。そんな事はともかく、久しぶりの登校に、鹿目まどかはテンションを上げていたのである。先生への言い訳もバッチリ考え終えて、久々の学校へと赴いているという訳だ。気分は、抵抗装備を整えてRPGのボス戦に挑む主人公のそれに近いかもしれない。前衛に壁役の美樹さやか辺りが欲しいところである。能力的にというか、性格的に肉弾戦車の役しか出来ないところがありそうなので。巴マミさんとパーティを組むのは、若干怖いかもしれない。……そんな、どうでも良い事を考えていた時だった。「あれは……仁美ちゃんに、上条君??」両目を合わせれば3.0にも及ぶ鹿目まどかの視力が、仲睦まじげに歩く二人の姿を捉えたのである。遠目にだが、まどかの良く知る二名が連れ立っている事は間違いが無い。松葉杖をついている上条恭介に合わせて、志筑仁美がゆっくりと歩いているように思えるのだ。この状況を、どう解釈すべきか。登校路を歩きながら、解説役となるべき人物を探して周囲を見渡してみると……「はい! 中沢君! あの二人は良い感じだと思いますか? そんなことはありませんか?」「どっちでも良いと思います……ッ!」通りすがりの中沢君は、役に立たなかった。まどかがハイテンションの残り香に任せて早乙女先生のモノマネをしてみたが、結果は芳しく無いようだ。胃を抑えて小走りに去って行く中沢君は、何か嫌なことでも思い出したのだろうか。まぁ、中沢君は何故か早乙女先生に気に入られているようなので、彼のメンタルケアは先生に任せておけば大丈夫に違いない。……絶望が中沢のゴールだ。「私も、そろそろ現実に向き合った方が良いのかなぁ……」そう。意識的にスルーしていたが、鹿目まどかは中沢君を呼び止めたのと同時ぐらいから、気付いていた。……道の端から仁美たちに恨みがましい視線を突き刺している、一人の生徒の存在に。恨みだけで人間が殺せるならば、きっと志筑仁美が例えアンデッドであっても爆殺出来るに違いない。ぎりぎりと歯軋りの音を立てながら、煙のように絶望と呪怨の後光を発生させている美樹さやかの姿が、そこには在ったのだ。どうやら、火の無いところに煙は立たないと言った昔の人は、想像力が足りなかったのだろう。「さやかちゃん……」よく思い出して見れば、二日程前の未明のアンクとさやかの会話の中に、情報があったような気がする。さやかが、会話相手が鹿目まどかだと思って話してしまったクスクシエでの一件である。確か、さやかが上条君に告白して玉砕したような事を言っていた筈だ。一度は気持ちが上向いていた時期もあったようだが、本日の登校中に上条達の姿を見て、気分がネガティブ方向へ一直線に落ちて行ったのだろう。面倒臭いこと、この上ない女である。……だが、まさか美樹さやかの恋敵が志筑仁美だとは思ってもみなかった鹿目まどかであった。「奇跡も魔法も無いんだよ……」完膚なきまでにネガっている。仮面ライダーG4を起動するための触媒能力者に今の美樹さやかを使用したら、G4装着者は僅か0.05秒のうちに死に至ることだろう。絶望は死に至る病とは、実に良く言ったものである。この例の場合、死ぬのは他人だが。ともかく、美樹さやかの腕を掴んで牽引しながら、まどかは先の事について考えをまとめられずに居た。……正直なところとして、フォローの方法が思いつかないのだ。仁美の女子力が高すぎて、さやかを誉めるべき部分が相対的に全く見当たらないのである。さやかを掴んで無理矢理歩かせている過程で、その体重が若干重いのではないかと思えてしまう辺りも、全くフォロー出来ない。「どうせあたしなんて、『女子力5か。ゴミめ……』とか言われちゃう雑魚キャラなんだ……」「そ、そんなこと無いよ! 多分もう一桁ぐらいあると思う!」志筑仁美の女子力は53万です……!どう足掻いても、勝ち目がない。さやかの友人であるまどかが死んだ時に、さやかが怒りからパワーアップするような世界観ではないのだ。むしろ、それに釣られて仲間も魔女化するのが『まどマギ』クオリティである。何とか始業時間までに教室へ美樹さやかを連れ込む事は出来たものの、当のさやかは授業など聞いている筈もない。基本的に仁美を睨んでいて、時折机に突っ伏したりノートに呪詛の言葉を書き込んでいたりするという繰り返しのまま、一日を過ごしていたようだ。まどかとしては、さやかの力になってやりたいのだが……方法が、全く思いつかない。普段頼りになる筈の仁美には、相談するのも憚られた。アンクに体内会話で聞いてみるも、『面倒だ』の一言で切り捨てられてしまって。暁美ほむらにも聞いてみたが、彼女も恋愛沙汰にはあまり縁が無いらしい。……というわけで、放課後に鹿目まどかが訪ねた場所は、「先生。何度フラれてもすぐに立ち直る秘訣って何なんですか?」職員室であった。恋愛失敗の達人と評判の早乙女教諭に、その奥義を習いに来た訳だ。まどかの一言に、早乙女先生の額に青筋が立った気がしたのは、一体何故だろう。「鹿目さん? 先生はそんなに何度もフラれてません。だいたい、近頃の男は女性を見る目が……」ダメだった。しかも、愚痴られた。そういえば、先週また誰かにフラれたと聞いたような気も。剣道場の師範から「お前の事は俺が絶対に守るッ!」とか「俺の結婚式に来てくれないか?」的な事を言われて早乙女先生が勘違いを起こして居たら、その師範さんには別に婚約者が居たのだそうだ。「失礼しましたー」長くなりそうだったので、戦略的撤退である。まだそれなりに明るい空を視界に収めつつ、次の行先を模索してみる鹿目まどか。一体、誰が頼りになりそうか?巴マミさんは……昨晩も美樹さやかと既にそれなりに語り合っていることだろう。後藤さんはアリかもしれないが、真面目過ぎて融通が利かないような気がするので、保留である。トーリと映司は、この二人が実は一番無難かもしれない。鹿目家の両親には、いつでも聞けそうなので、後回しで良さそうである。伊達さんは……ノリは良さそうだが、よく解らない。……大穴として、一瞬だけ鴻上会長の爽やかな笑顔が脳裏をよぎった気がしたが、黙殺しておいた。「火野さん、トーリちゃん、こんにちはー」「あれ? まどかちゃん。昨日ぶり。どうしたの? アンクに困らされた?」「昨日は話も出来ませんでしたね」という訳で、やってきました。河川敷に。案の定、それぞれ挨拶を返して来る映司とトーリの姿を、確りと確認することが出来た。映司とアンクが昨日の別れ際に拠点情報を交換したのを、まどかは聞いていたのだ。浮浪者と言ってしまうと聞こえは悪いが、自由人の映司とトーリならば、まどかの予想もつかない助言をしてくれるのではないだろうか。そんな期待が、まどかの胸にはあったのである。なので、一通り状況の説明をしてみた訳だが……「うーん……出来る限り協力したいけど、俺は恋愛関係は弱いんだ……」「えぇー……」一番頼りになりそうだった筈の映司の返事が、芳しくなかった。この手の対人関係は強そうだと期待していただけに、これは予想外過ぎた。「トーリちゃんは何か思いついた?」「さやかさんが、その上条さんという人と3人で暮らすのはダメなんですか?」ザ・ヤミーの発想である。欲しいものは手に入れれば良いのだ。そもそも、一夫一妻などという制度を律儀に守っている生物など、多くは無い。ノアの方舟に載っていた生物でも無い限り、つがいの相手は固定されている筈も無いのだ。そんな悠長な事を言っていて子孫を残せる動物は、人間ぐらいのものである。まぁ、トーリのイメージが「複数体の手下を従えたカリスマ溢れるグリード」であるからこそなのだが。その手下の像の大半がクズヤミーなのはお約束である。「ダメだよ、そんなの!」「そうなんですか……? よく分からないです」不思議そうな顔をしているトーリに、まどかは驚きを禁じ得ない。幾ら記憶喪失だとはいえ、一般常識レベルの知識ではないだろうか?だがしかし、よく考えてみると、ハーレムを作ってはいけない理由を説明することは難しい。「だって…………あれ?」妻と専業主婦が等号で結ばれていた時代ならば、夫の経済力を理由に一夫一妻を正当化出来ただろう。それにさえ、夫が養えれば妻は何人居ても良いのかという反論は可能だったりするのだが。しかし、時代が違うというべきか。鹿目家の母親がキャリアウーマンであるように、現代では女性が働く環境も徐々に整い、経済的な面において一夫多妻を否定する根拠は乏しくなりつつある。……という事は、別にハーレム野郎は爆発しなくても良いのだろうか?いざ考え始めてみると、理由は意外に出てこない。「火野さん、『一夫多妻は無効』みたいな法律って、無いんですか?」「無効にする法律は聞いたこと無いけど、重婚状態の人に刑罰を与える法律ならあるよ」ダメで元々と思って映司に聞いてみるも、映司もそんなに詳しくないのか、もしくは本当にそんな法律は無いのか。真相は藪の中である。ちなみに重婚を婚姻状態の取り消し事由に出来るという事例はあるそうな。まぁ、罰を与える法律があるならば、その時点でダメな気はするが。「結婚しなくても、籍を入れずに三人で仲良く平和的に暮らせば良いのでは……?」「何だか不誠実な気はするんだけど、言われてみると何でダメなんだろう……?」トーリの考えは、平和的というか節操が無いというか。そもそもトーリ自身に恋愛沙汰の経験が無いからこその発想なのだろうが。もちろん、トーリとて知らない人に襲われるのが嫌なのは何となく分かるのだが、互いが求め合う仲ならば別に問題は無いと思えてしまっているのである。どうも、男女関係というものを考えるために、グリードとヤミーの関係を元に思考している事が原因なのかもしれない。カザリさんにメダルを奪われたら嫌ですけどウヴァさんが相手なら全然OKで、自分の他に緑ヤミーが居ても平気です、という感じである。近頃だいぶ人間染みて来ていたトーリだが、やはり人間の本能的な部分に関する思考は少し弱いらしい。鹿目まどかとトーリが二人で首を傾げてみるも、答えは見えてこない。だが、何となく鹿目まどかは気付いていた。二人へと柔らかい視線を向けている映司は、子供達がどんな答えを出すのか見守っているのではないか、と。「映司さんはどう思いますか?」……と思ったら、蝙蝠娘が早速映司へと話を振った件について。火野映司の見守るような視線の意味に、トーリは気付かなかったらしい。まぁ、今回はさやかのための助言を考えているので、まどかとトーリが思いつかなければならない訳では無いのだ。であるからして、静観していた映司だが、特にもったいぶらずに口を開いてくれた。「人間は多かれ少なかれ、『誰かの特別な人になりたい』って思ってるんだよ。簡単に言うとそんな感じかな」やや聞こえが悪く言うと『独占欲』だとか『自己顕示欲』である。もっとも、それらの『欲』も結局は付き合い方次第なので、映司はあまり否定的なニュアンスを持たせなかったのだ。出来るだけ子供達自身で価値を決めて欲しいと思っているからこそ、だった。「えーと……さやかさんは上条恭介さんを愛していて、でもそれより『特別な人になりたい欲』の方が強いってコトですか?」「どっちも明確に弱くないから『迷う』んだと思う。人間の欲って、揺れやすいからね」「なるほど……」どちらの欲も明確に弱くないというのは、どちらの欲も大して強く無いという事にもなりかねない。さらに欲望の『揺れ』も、悪く言えば『心変わり』や『背信』となる。この辺りの言葉選びは、映司とて慎重にならざるを得ない。「ということは、『恭介さんへの愛』と『特別な人になりたい欲望』の上下関係がハッキリすれば、さやかさんは立ち直るということですよね」「多分そうだと思う。ただ、俺も恋愛絡みは経験じゃなくて考えて推測してる話だから、誰か経験がある人に聞いた方が確実だと思うよ」「その実体験がある人が、さっき全く役に立たなかったんです……!」早乙女先生ェ……。彼女も彼女で大変なのだろうが。「でも、誰に聞けば……?」「そうだなぁ……」おそらく、映司に聞きに来たという事は、同年代には頼りになりそうな子に心当たりが無いのだろう。つまり、真っ先に映司が頭に思い浮かべた魔法少女の面々は、ボツである。鹿目まどかの体内に居るアンクは……面倒くさがって、碌に会話も成り立たないだろう。鴻上財団の面々も、果てしなく微妙だ。後藤さんと鴻上会長は考えないとして、里中さんと伊達さんは悪くないチョイスかもしれないが。あとは……クスクシエの白石千世子店長とアルバイター泉比奈、更に比奈の兄の泉信吾刑事あたりだろうか。「どうしよう? 俺がすぐに案内出来る場所は三つ思いつくけど。『鴻上財団』『クスクシエ』『アンクが憑いてた刑事さんの家』だよ」既に大分日が傾いているため、泉比奈がクスクシエでバイトを終えて帰宅すると仮定するならば、急ぎ方次第で泉宅でもクスクシエでも捕まえられそうである。ゲーム的選択肢というか、何というか。「刑事さんの家……かな。貸してもらったお洋服はまだクリーニングから返って来てないけど、アンクちゃんもお世話になったから、お礼に行かないと」「じゃぁ、送って行くよ? トーリちゃんはどうする?」おそらく、トーリが同伴しない場合にはライドベンダーに二人乗りで移動するのだろう。逆に、トーリがお供する場合には、二人を抱えて飛ぶこととなりそうである。まぁ、他にする事も思いつかないので、トーリとしては別にどちらでも良かったりする訳だが。「折角なので、ワタシも刑事さんに会ってみます」特に危険も無さそうなので、ここは即決である。欲を言えば、グリードが復活した日の情報を何か聞き出せれば幸いだと思っている辺りは、やや打算的かもしれない。既に日も傾き、もうしばらく時間が経てば、空には真円を既に過ぎた月が登り始めるのだろう。これから二人の人間と二体の怪人が訪れる場所は、泉兄妹が暮らす平和なマンションの一室で。きっと、諍いとは無縁の場所である。……そうに、違いない。・今回のNG大賞「三つ思いつくけど。『鴻上財団』『クスクシエ』『アンクが憑いてた刑事さんの家』だよ」「うーん……トーリちゃんは『どっち』が良いと思う?」「あれ? 選択肢が一つ自然消滅したような……?」鴻上会長の圧倒的存在感……ッ!・公開プロットシリーズNo.106→さやか救済大作戦?