既に日も落ちた一般道を、ゆっくりと風を切りながら。黄色と黒に彩られたバイクは、急く様子も見せずに走り続ける。運転手の青年と、後部席の女の子と、一体の見えざる怪人を乗せて。「まどかちゃん、ちょっとアンクに代わってもらって良い?」「はい、分かりました」ヘルメットを撫でる風の音も、密接した人間二人の会話を遮る程では、無い。火野さんの経済力の問題で高速道路が使えないのかなぁ、なんて思うものの、世の中には言わない方が良い事もあるのだろう。おそらく。鹿目まどかは、同年代の中でも空気が読める部類に分けられる少女なのである。同乗者が向かい風によって体温を失う事態を防止するための気遣いだと思っておいた方が、建設的思考である事は間違いが無い。そんな役に立たない事を考えつつ、意識は確かに『切り替わって』いて……。「なんだ? 俺の経緯なら気にするな」確かに、久しく会っていない知人に再開したら、まずそれまでの積もる話を交わすのが一般的だろう。その目をバッサリと切ってしまう辺り、アンクも素っ気ないというか。身体の操縦権を一時的に譲り受けたアンクの第一声が、それだったのだ。「それは置いといて。結局今回の件で結構な数のメダルが集まったけど、やっぱりお前は、自分で持ってたいと思うわけ?」「寄越せ」話を横から(?)聞いている鹿目まどかとしては、簡潔な返事にも限度というものがあるでしょ、と思わずには居られなかった。まどかだったら、『出来れば持って居たいんですけど……ダメですか?』ぐらいに留めておくのだろうか。というか、むしろ鹿目まどかはメダルを欲したりしないのだが。「今後ずっと、ヤミーと戦う場所にまどかちゃんも連れてくるのか?」「コイツ本人も良いって言ってんだ。お前だってさっき納得しただろうが。それに……」見るからに未確認生命体な腕アンクは、きっとこの社会の中では一人で生きていけない。それが放っておけないからこそ、まどかはアンクを離そうとしないのだ。もちろん危険に遭うのは怖いが、誰かの役に立っているという感覚が自己肯定へと繋がってしまっているのが、鹿目まどかという人間なのである。周囲に心配をかけることが、一番の気がかりという具合であるという程度には。……火野映司とアンクには、一体どの程度の理解が得られているのか、まどかとしては気になるところではあった。「この身体守りたかったら、お前が勝手に守れ。刑事からガキに代わっただけだろ」「わざわざ言われなくたって分かってるよ。それが俺とお前の関係だってことぐらい」火野映司の背に掴まっているアンクには、映司の顔を見ることは出来ない。当然、同じ視界を共有している鹿目まどかにも。それでも、何となく。火野映司の声が……少しだけ普段より軽いように思えてしまって。丁寧さを欠いた彼の言葉こそが、火野映司という男の本当の姿を現しているように、思えたのだった。きっとアンクは、火野映司がどう行動するのか分かっている。そして映司も、他人を巻き込む事を良しとしないが故に、全力を以てそれに応えるのだろう。そもそもアンクとて簡単に敵からの攻撃を受けるつもりなど無いだろう、という事まで考えれば、不思議とあまり危険は感じられなくなってしまっていて。「久々に会ったが……お前が相変わらずのバカで安心した」「久々だったけど……俺は、中学生のヒモになってるお前の事が若干心配になったよ」……大丈夫、だよね?ほ、ほら、男同士の友情って、貶し合っててもそれは本音じゃないって聞いたことあるし……?『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百一話:閃きの黄色一方、魔法少女達の女子回はと言えば。「くそぉ……なんか、美味しいのが悔しい……」「美味いならそれに越した事はねーだろうが」バームクーヘンを肴に、親睦を深めていたりする。何故バームクーヘンなのかと言われれば、鴻上会長が先日造り過ぎたためである。それを、トーリが鴻上会長からコアメダルを貰うついでに御裾分けとして引き取って来たのだ。ヤミーやグリードの身体というのは便利なことに融通が利いて、内部にモノを収納できるのである。しかも、魔法少女を騙っているトーリならば、自分の体積以上の物体を収納していても何ら不自然では無い。……流石に、1メートル立方近いバームクーヘンの切れ端を持って来たのは、当人もヤリスギを感じているようだが。というか1メートルもあるのに、まだ『切れ端』呼ばわりの内角というレベルに収まっているのが、そもそもおかしいのである。どう考えても、元の外周が10メートル級だったとしか思えない。里中秘書なら完食出来そうな気がするのが、不思議なところではあるが、いうなれば生命の神秘というところだろう。鴻上会長は一体何を考えてそんなものを作ったのか。謎は深まるばかりである。まぁ、会長がドイツに旅行に行ったから、という以上の理由は無いのだろうが。「……」「……」そして、先程からトーリの精神を微妙に削っているのが、こちらの二人である。電波女こと暁美ほむらさんは、元々饒舌な方では無いので、普段とあまり変わらない。もそもそとバームクーヘンを消化している姿は、特に不自然を感じさせるものでは無かった。だが、どうもマミさんが、ほむらとの接し方に悩んでいるようなのだ。発端は、ほむらがマミへと内通ヤミーの存在を告発した事なのだが、トーリはその情報流通経路を知らないのである。従って、最終的にマミの命を救ってくれた暁美ほむらへの評価に困ってしまっているマミの心中など、察せるハズも無い。一行に減る気配の無いバームクーヘンの欠片に手を伸ばしつつ、トーリはヤミー的に身の振り方を考えてみた。……暁美ほむらが、余計なことを口走る危険性について。一応、ガラの結界に巻き込まれた際に、グリードに関する知識の提供と引き換えに、トーリの正体についての口止め契約を果たしたハズである。しかし、その約束は本当に遂行されるのだろうか?無表情のまま黙々とバームクーヘンを消化する作業に付合っている暁美ほむらは、一体何を考えているのだろう。そして、何処からともなく紅茶を取り出しているマミさんは、普段どれだけの茶葉を持ち歩いているのだろう。というか、一体なぜ?大麦だか小麦だかの苦みを効かせるバームクーヘンの欠片に聞かせても、答えなど返ってくる訳も無い。そんな役立たずを粉砕処理しながら、トーリは……順当に、思考が行き詰った。そもそもトーリは、頭脳労働要員では無いのだ。虫系ヤミーが他種に比べて頭脳面で優れているといえども、飽く迄一般人レベルなのであるからして。もっとも、肉体労働要員かと言われると……まぁ、最近の扱いは便利なタクシーのようなモノなので、あながち間違いでも無いのかもしれない。……そんなことはともかく。言いたいことが有るなら言ってください、などと発破をかけるのも悪手だろう。むしろ、言いたい事があるなら言わずに抱え落ちしてください、の方がまだ本音に近い。というか、この二人が黙っている分には、トーリに害が及ぶことは無いのかもしれない。ポジティブシンキングという名の、現実逃避である。手持無沙汰になったトーリが杏子とさやかの方へと注意を向けてみるものの、そちらはそちらで出来上がってしまっているらしい。さやかが涙ながらに失恋物語を語り、杏子がうぜーうぜーと呟きながらも聞いてやっている、という関係が出来上がっているようだった。という訳でトーリはバームクーヘンの欠片を貪りつつ、今回の事件が自身に及ぼした影響について、気分転換がてらに考えを纏めてみることにした。まず、得た物はといえば……失った物と比べると、果たして得だったのか?現在トーリの手元にあるバッタ他2枚のコアは、鴻上光生に握り潰されていた死札に他ならない。それを表舞台に引きずり出せたという事がどれだけの意味を持つのか……トーリとしては、若干測りかねてしまっていた。もちろん、ウヴァさんが復活した際に完全態まで強化してやれば喜ばれるだろうから、得には違いないのだが。他にも、一応純粋に得だったと言えるのが、ガラが残したセルメダルである。あの場の殆どのセルメダルはバースチームによって回収されてしまったものの、トーリもどさくさに紛れて拾いに行ったため、それなりに多くのメダルを入手できたのだ。それまでの貯蓄分と合わせて、累計約5000枚という儲けぶりであった。一方、失ったものは……やはり何といっても、自身が隠し持っていたコアメダルである。ウヴァの復活を目論んでトーリが握り潰していた緑の6枚の所在が、白日のもとに晒されてしまったのだ。カザリの手元へと渡ったクワガタ3枚に関しては、いずれトーリへと回ってくるのだろう。だが、カマキリとバッタが2枚ずつオーズに確保されてしまったのは、地味に痛手である。既に、グリードチームの緑メダルは3族5枚という復活最低限の数まで削られてしまって、後が無いのだから。……あとは、若干トーリの足枷になる約束を、杏子との間に結んでしまったことが損と言えば損だろうか。――杏子さんの調べものをワタシも手伝う代わりに、無限の魔力の正体を見つけた後も杏子さんはワタシを手伝ってくれる……というのは、ダメでしょうか?トーリ自身から提案してみたものの、当時はまさかトーリの与り知らぬ場所でマミのソウルジェムが奪還されるとは思ってもみなかったのだ。それも巴マミが復活した現在としては、債務を残すばかりとなってしまっている。したがって、トーリがこの場ですべき事は、ただ一つ!「マミさんって、『無限の魔力』に心当たりはあります?」「……!」魔法少女が4人も集まっているこの場において、情報収集に走らない手など、有り得ない。……そしてトーリは偶然にも、巴マミの反応に気付いてしまっていた。彼女の手元のティーカップに、その動揺を吐露するかのように波紋が広がって行く様子を。何気なく、無表情女のほむらさんも、巴マミが何かおかしいと察しているらしい。トーリの期待満々な視線と、暁美ほむらの無愛想な視線が、巴マミを終点として交わっていたのだ。「面白そうな話してんじゃん……ってか、アンタあの約束覚えてたワケ? 何だかんだでマジメなのなー」「約束? 何話してんの?」……すると、コイバナに花を咲かせていた二人まで、首を突っ込んできた件について。呼んでも無いのに、耳が聡いというか。うんざりしていた杏子がこちらに逃げて来て、一緒にさやかも付いて来たのかもしれない。まぁ、大勢で情報交換を行えば、トーリの債務の消滅も早く済みそうである。というか、杏子は約束自体を忘れていたような言い回しであったが、もしかするとトーリは踏み倒せる目があったのだろうか……?「アタシがマミのソウルジェムを奪い返すのを手伝う代わりに、トーリの奴はアタシの調べ物を手伝う、って話した事があったんだよ」「というワケなんです」トーリとしては、約束を反故にして恨みを買うのも怖いので、この借りは早めに返さねばと考えてしまうのだ。もちろん、無限の魔力などという厄介なモノが魔法少女の下に渡ってしまえば、グリードが復活した際に脅威となるという事は、トーリでも把握できている。だがしかし、もしこの四人が話し合う程度で手に入ってしまうモノならば、トーリが言わなくても、どのみち発見されてしまうだろう。であるからして、後々に対策を立てるためにも、トーリも無限の魔力の情報を知っておくのは悪くない判断だと考えた訳だ。「なんていうか、ゴメン……。あたしがヘタレてたせいで、トーリにばっかり手間かけさせちゃって……」「そこまで私の事を思ってくれていたのね、トーリさん……!」バツの悪そうな美樹さやかと、若干涙ぐんだ様子の巴マミの反応は、ともかく。何かこの人達は情報を持っていないのだろうか。さやかの反応は、ロストアンク暴走態と戦った直後に自暴自棄になっていた事による負い目からのものなのだろう。そしてマミは……打算100%で動いていたトーリの評価を、思わぬ形で上方修正してくれたらしい。「……」そして、そんなマミさん達へと物言いたげな視線を送っている、暁美ほむら閣下。何を言いたいのだろう。そいつは実はヤミーなのよ! と言いたいところを、トーリとの約束を守って口を噤んでくれているのだろうか。良い友情だ。感動的だな。だが無意味だ。……流石にこんな事は思っていないだろうが。しかし、久々にそんなおバカな電波に浸っていたせいだろうか。トーリは、巴マミの心の内を……まったく、予期できなかったのだった。巴マミが暴走グリードと戦った日から気付いていた一つの仮説に、トーリは気付くことも出来なかったのだ。「単刀直入に言いましょう。私は、『無限の魔力』の正体に見当がついているわ」……魔法少女達の夜は、まだ終わらない。そして、今回の事件に静観を決め込んでいた人間もまた、無関係では居られないわけで。「で、ドクターは今回の件をどこまで見切ってたのさ?」とある監獄の一室にて、天窓に張られた鉄格子の外より放たれた、声。その声の持ち主は、言わずもがな。黄色のメダルのグリード、カザリであった。昼間に暁美ほむらを串刺しにして多数の戦利品を掻っ攫った、狡賢い怪人である。「見切ってなどいません。錬金術師ガラによって世界が滅ぼされても、それはそれで構わないと考えていましたから」一方、監獄の住人……真木清人は、淡々と語る。まるで、事の顛末に興味が無いと言わんばかりに。暗がりの中で頭部を輝かせた不気味な人形へと視線を向けたままに、檻の外へと言葉を返したのだ。「そういえば、ドクターって世界を終わらせたいとか言ってたっけ? 実は錬金術師と目的は一緒だったんだね」「まったく、違います。終わった後に新たな世界を求めるなど、完全な終末とは言えません」カザリには……この人間の言っていることが、理解できないままだった。もちろんグリードも完全態になれば『世界を喰らう』こととなるが、それも飽く迄比喩的なものに過ぎないのだ。結局グリードは人間からセルメダルを得る以上、人間を滅ぼしてしまえば、いずれその力は枯渇してしまう。従って、グリードは人間を虐げこそしても、彼らを滅ぼす存在では有り得ない。つまり、牢獄の中のこの男の言う『世界の終末』は、グリードのそれとは一線を画す代物なのである。真木がガラのもたらす破滅に興味を示さなかったのも、支配者となった後のガラを倒す術を、見出しているからなのだろう。「そんな事より、カザリ君。君は……中々に面白い戦利品を持っているようですね?」「面白い……っていうと、やっぱりコレ? 『グリーフシード』だっけ?」そして、ドクター真木が興味を見出した存在についても、カザリは大体の予想をつけていた。というか、この博士が今更コアメダル数枚で面白がるハズも無い。真木清人の興味の対象は……カザリの爪の間に弄ばれている、漆黒の球体であった。魔女を生み出す卵にして、魔法少女の成れの果て……グリーフシード。それが、新たに持ち込まれた玩具の名前だった。「カザリ君。そのグリーフシードの中身は、どの程度『減って』いますか?」「多分半分ぐらい『溜まってる』かな。目分量で」色合いの判断をあんまりグリードの僕に任せないで欲しいんだけど、なんてボヤきながらも答えてみせる辺り、何だかんだでカザリも興味を抱いているのかもしれない。グリーフシードの内部の穢れの量は色によって判断されるものなので、あまり世界を鮮明に認識できないグリードは、不適任らしいが。だが、カザリが拙い視力によって認識したところによると、穢れは全体の半分程度溜まっているように思える。「確か、カザリ君が以前に魔女にセルメダルを投入した際には、何も起こらなかったのでしたね」「ああ。ケーキの魔女だね。一応ヤミーを作れるかどうか試してみたけど、ダメだったんだっけ」シャムネコのヤミーがオーズと一緒に、病院に張られた結界へと迷い込んだ時だったハズだ。ヤミーを魔女に食われてはたまらないと考えたカザリは結界内部へと侵入して、ついでに恵方巻きの魔女シャルロットへとセルメダルを投入してみたのである。結果は、何も起こらなかった訳だが。「では、君の手元のグリーフシードにセルメダルを入れたら、どうなるか分かりますか?」「まさか、魔女が出て来て僕の頭をパックリとか、笑えないんだけど」黄色だけに、有りそうな話である。某動画サイトならば『マミったあああ!!』と『カザリざまぁwww』のコメントが1:1ぐらいの割合で流れてきそうな御食事シーンが、繰り広げられるのかもしれない。まぁ、そのグリーフシードは箱の魔女のものであるため、いきなり食い付いてくる事は無いのだろうが。「ご安心を。残念ながら、君が良き終わりを迎えるのは、もう少し先になるでしょうから」「まぁ、その程度で殺られるとも思わないし、良いけどね」そう、軽口を叩きながら。小気味良い金属音と共にメダルが漆黒の種の中へと吸い込まれる光景に、期待の眼差しを注ぎ込むカザリ。だが……「あれ……? 何も起こらない……?」どうも、目立った変化は見受けられらない。ケーキの魔女の時と同じく、何も起こっていないように思われるのだ。「カザリ君。グリーフシードの穢れをよく観察してみてください。私の考えが正しければ……穢れは、減っているのではありませんか?」そんな微細な色彩の変化など、グリードに解るはずも無い。なので、カザリは開き直って10枚程のセルメダルを纏めてブチ込みながら、その経過を観察してみた。すると……確かに、グリーフシードの黒味が色あせてきたように思えた。……つまり?「本当だ。でも、セルメダルは純粋な欲望のエネルギーだよね。それと相殺する『穢れ』って、一体何なのさ?」エネルギーを消費した結果としてセルメダルが失われるという理屈ならば、カザリの理解の及ぶところである。グリードも大がかりに能力を使う際には、それなりのセルメダルを消費するものなのだから。だがしかし、目の前の黒い球体は、セルメダルのエネルギーを消費して何か行動を起こしたようには見えない。「その『穢れ』は、それ自体として存在するというよりは、中身のエネルギーがどれ程『減って』いるかという指標として見るべきものだと、私は考えています。」言われてみれば、先程真木博士がカザリに指示を出した際、どの程度『減って』いるかという言い回しを用いていたハズだ。とすると、真木博士には最初からある程度の結果が見えていたという事なのだろう。「なるほど。穢れ自体はエネルギーじゃなくて、むしろ、穢れの他の部分に欲望と似たエネルギーが詰まってるって事だね」「理解が早くて助かります」セルメダルと穢れが相殺した事を踏まえて考えれば、カザリとて丁寧に説明されなくとも理解出来るというものだ。グリードの中でも頭脳派のカザリさんなら、これぐらいの事は分かっても不自然は無い。これを聞いているのがガメルやウヴァだったら、かなり怪しいが。「魔法少女が穢れをグリーフシードに移し替える作業も、そう『見える』だけで、実際には逆なの? 実はグリーフシードからソウルジェムにエネルギーを移してるってこと?」「その通り。紫のオーズが冷凍ガスを吐いている時に、熱化学的には『オーズの側へと熱が奪われている』と表すようなものです」「やっぱりそういうことか」……少なくとも、その例えを理解出来るのは、グリードの中ではアンクとカザリぐらいのものだろう。教えられれば、メズールもある程度は覚えられるのだろうが。というか、熱化学という単語に何の疑問も持たずに対応できるカザリさんが、現代社会に馴染み過ぎなのである。お前はネカフェで一体何を学んだというのか。「グリーフシードには、おそらく微量のエネルギーを常に放出する機能が付いているのでしょう。そして、その貯蓄量が一定の値を下回ると、残りのエネルギーを使って魔女の身体を構成すると私は見ています」「で、多分魔女は本能的に、人間を食う事でグリーフシードにエネルギーを満たそうとするのかな?」多くの魔法少女は、おそらく次のように認識しているのだろう。即ち、『グリーフシードに溜まった穢れを原料に、魔女は孵化するのだ』と。だがしかし……この二人が出した結論は、全くその逆であったのだ。メダルという別系統のテクノロジーの観点から考察を進めた結果、そこに辿り着いてしまったのである。「更に、魔女がある程度までエネルギーを溜めた段階で、その意思とは関係なく使い魔が生まれ、魔女は永遠に満たされる事は無いのでしょう」「それがキュゥべえってヤツの使うシステムか。良く出来てるもんだね。ぞっとするよ」ぞっとする……という言葉には、二つの意味が存在する。一つは、つい最近の間に広まった、『背筋が寒くなる程におぞましい』というもの。そして、それ以前より用いられていた、『感心する』という意味合い。それを口にしたカザリは……いったい、どちらを意図してそれを使っているのだろうか。「一度エネルギーを放出した時点で終わっていれば美しいものを……。いたずらに『終わり』を引き延ばす、悪しきシステムですよ。それは」……少なくとも真木博士は、感心するという意見には同意できないようだが。キュゥべえ氏では無いが、エントロピー的思考を行うならば、確かにエネルギーを出し切った物体のエントロピーは極大に近いものとなる。つまり、エネルギーを出し切った状態は、ある意味において真木博士の目指す『終末』と近似していると言えるのかもしれない。「僕達にもそんなに余裕がある訳じゃないんだから、使えるものは使わないと。それに……今の検証で、ちょっと面白い事を思いついたんだ」無愛想な人形へと向けられていた真木博士の眼鏡が不気味な光を放った……そう、カザリには思えた。果たして、ドクターはカザリの言わんとする事を既に予期しているのだろうか。何処までも攻撃的な笑みを崩さないままに……カザリは、言葉を継いだ。「グリーフシードを上手く使えば、無尽蔵にエネルギーが取り出せるんじゃないかな?」……奇しくも、魔法少女達の会話と同じ方向へと。次のステージは、既に幕を開けようとしていた。・今回のNG大賞「ソウルジェムにもグリーフシードにも穢れを貯める性質があるのに、一方的に穢れを移せるの?」「炭酸水素ナトリウムと安息香酸を混ぜると、安息香酸ナトリウムと水と二酸化炭素が得られるようなものです」「なるほど」お前らは一体何を言っているんだ……。若干作者の脳味噌が怪しかったのでボツに。・公開プロットシリーズNo.101→聞かせてもらうぞ この世界の謎を