「マズイ……早くまどかに接触しないといけないのに……」キュゥべえことインキュゥべえターは、焦っていた。否、感情が無い生命体を自称するキュゥべえさんに焦燥感があるかどうかは不明なので、急いでいるというべきか。ワルズギル……ではなく、ワルプルギスの夜が来る前に、見滝原の近辺に居る魔法少女をあらかた死なせなければならないという事情もある。だがしかし、その前にキュゥべえはまどかに接触しなければならないのだ。最強の魔法少女にして最強の魔女となるべき存在、鹿目まどかに。ところが、その短期目標は今のところ果たされてはいないし、果たされる見込みも無い。主に、鹿目まどかの周囲を警備している暁美ほむらのせいで。まどかに話しかけようと飛びだした瞬間に魔力弾で狙撃され、時間系魔術で死体を回収されてしまうというコンボの前には、流石のキュゥべえさんといえど苦戦を強いられるのは仕方がないことと言えるはずだ。まず、現状打開の可能性としてキュゥべえが思い至った存在は、巴マミだった。巴マミは暁美ほむらのことを身勝手な魔法少女だと思っているはずなので、上手くいけば暁美ほむらを倒してくれるかもしれない。しかし、それを期待するにしても、キュゥべえは巴マミの前に出て行くわけにはいかない。キュゥべえは一度巴マミの目の前で死んでおり、意識を共有する共意体キュゥべえがマミの元に現れた場合の反応を、キュゥべえは予想することが出来たからだ。……大抵の場合、キュゥべえの生態にドン引くものなのだ。魔法少女というイキモノは。「まったく、ワケが解らないよ……」巴マミに関しては、彼女の活躍に期待はするものの、キュゥべえ側からの積極的な働きかけはマイナスになってしまう危険が大きい。思わずぼやいてしまうキュゥべえさんを、誰が責めることが出来るだろうか。次に思い至ったのは、ウヴァという頭の悪そうな怪人とその子を名乗るヤミーだったが……これも利用するのは難しいだろう。ヤミーが物影に隠れながらキュゥべえの死に様を見ていたのを、キュゥべえは知っている。彼女も人間離れしているが、それでも死なないキュゥべえを不気味がる可能性はかなりあると見た方が良さそうだ。あとは、美樹さやかを契約させて外堀を埋めたり、近くの町から魔法少女を呼び寄せてけしかけることなどが考えられるが、とりあえず保留にしてあった。……そんな時だった。キュゥべえの目の前に、一世一代のチャンスが転がり込んできたのは。なんと、鹿目まどかが暁美ほむらの監視を抜けて、たった一人で母親の勤める会社に出向いて行ったのである。思わぬ形で、美樹さやかが役に立つこととなったのだ。当然、キュゥべえはまどかとの接触を計画し、鴻上ファンデーションの入り口付近でまどかを待つことにしたのだった。そして今まさに、受付嬢に礼を述べて帰路に就こうとするまどかの声が、キュゥべえの耳に届いた!喜び勇んで、満面の素敵な笑顔を浮かべながらまどかの前に飛び出したキュゥべえは、「初めまして、鹿目まどか。僕と契約して……きゅっぷいッ!?」鹿目まどかの強烈なローキックを喰らった。というより、歩いているまどかの脚元に飛び出したせいで蹴られた。「何か聞こえた、ような……?」周囲をきょろきょろと見回すまどかだったが、周囲に音源らしきものを発見することは出来ず、鴻上ファウンデーション本社ビルを後にしたのだった。キュゥべえは、予期していなかった。まどかが巨大なケーキの箱を身体の前方に抱えていたせいで、足元が死角になっていたことを。蹴り飛ばされた揚句に回転扉によって建物の中まで引きずり込まれ、お掃除ロボットに小突かれるキュゥべえの残骸は、文字通りボロ雑巾の風格を呈していた……「こんなのって無いよ……」こんな台詞を吐くようになったキュゥべえさん……お前には本当は感情があるんじゃないのか。暁美ほむらのせいで、近隣に使える肉体が底を尽きていたため、絶好の機会は川に落ちた仮面ライダーのような勢いで流されてしまったのだった。予備の肉体を常に何体か用意しておこう、とキュゥべえさんが心に誓ったのは、言うまでも無い……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十一話:その時歴史が狂った鴻上会長の秘書である里中エリカは、上機嫌だった。理由は、先ほど会長室を訪れた少女・鹿目まどかである。なんと、まどかは里中が次から次へと提供するお代わりを食べ続けてしまい、1ホール半もの量を削ぎ落したのだ。どちらかと言えば辛いモノが好きな里中にとって、会長の作るケーキを消費する仕事が減るのは非常に有難い。是非また来て欲しいぐらいだ。そして、里中にはもう一つ嬉しい任務があった。それは、火野映司とアンクの元へ、会長からの届け物をすることである。その任務自体が嬉しいわけではなく、その任務中にケーキを崩す役目をライドベンダー隊の誰かが代わってくれるのが素晴らしいのだ。鴻上ファウンデーションの所有する車両の後部座席に揺られて、戦闘後のオーズたちとの接触に向かった里中が見たものは、「火野映司さんとアンクさん……で、良いんですか?」銃創まみれの壁や床に囲まれて、ぐったりと倒れている成人男性二名だった……ヤミーとの戦闘後らしいので、怪我ぐらいしていても不思議ではないのだが、いくらなんでも疲れすぎではなかろうか。映司は初めて使ったコンボの疲労から、アンクはぶち切れた巴マミに追い回されて体力を使いきったことから倒れていたわけだが、そんなことを里中は知る由も無い。「会長、火野さんとアンクさんは現在話せる状態では無いようですが」『仕方ない! 帰って来たまえ!』通信機越しなのに暑苦しさを伝えられるなんて、この財団の科学力はよっぽど進んでいるようだ。残念そうなのにハイテンションという相変わらず謎すぎる会長に辟易しながら、里中はその場を後にしたのだった。こちらもキュゥべえ同様、ファーストコンタクトには失敗したらしい……ロリコン腕怪人から逃げ切ってようやく一息ついた少女ヤミーは、今後の身の振り方について考えていた。巴マミと共に魔女を退治すれば、おそらく少女ヤミーのセルメダルは溜まる一方なので、普通ならばこの一択である……そのはずなのだが、話はそこまで単純ではないらしい。なんと腕怪人アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、ヤミーの存在を感知できるらしいのだ。先日のCDショップ上階において少女ヤミーのセルメダル増加に反応したにもかかわらず、今回の接触では少女がヤミーであると気付かなかったことからの推測であった。そして、少女の正体がヤミーであると知られたら……『セイヤァッ!』である。多分。オーズが倒したヤミーのセルメダルを何らかの形で横領するのが一番平和的かもしれないが、それにしても巴マミが魔法を使う度に正体がバレる危機が来たのでは、たまったものではない。つまり、少女ヤミーが安心してセルメダルを増やすためには、オーズとアンクを排除するか巴マミに魔法を使わせないという二択の何れかを選ばなければならない。「何だか凄く理不尽な選択肢な気がするのは何故でしょう……」正直に言って、不意打ちが余程上手く決まらない限りは、オーズとアンクを倒すのは難しそうである。だがしかし、魔女という存在自体を否定する魔法少女である巴マミに、魔女狩りを控えさせる方法も思いつかない。巴マミをこっそり始末するという選択肢も無いわけではないが、誕生日に出会った暁美ほむらの言葉が少女ヤミーの頭に響いていた。『魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』確かあの黒い子はそう言っていたはずだ、と少女ヤミーは記憶をもう一度洗い直してみながら情報を推理する。肉体がただの入れ物に過ぎなくなるということがどういう内容を意味するのか、それが問題である。まさか頭を吹き飛ばされても生きていたりはしないだろう。だが、致命傷を与えたと思っても相手が生きていたという事態が起こりそうなところが、非常に恐ろしい。ならば、まずは魔法少女に関する情報を得なければ何も始まらない。……何処からその情報を得るのだろうか?「お母さんは死んでるし……巴マミさんから直接聞くしかないみたいですね……」というわけで、少女ヤミーは、今日も聞き込みに精を出すことにするのだった……まず巴マミの居場所が分からないと話が始まらないようだったので。巴マミの年齢は十代半ば程度のはずだろうと当たりを付けた少女ヤミーは、聞き込み対象の絞り込みを考え始める。扶養家族である可能性の極めて高い年齢の少女のことを調べるには、生活用品店はやや望み薄である。ならばどうするか。同年代の子供に聞いてみれば良いのだ。幸いにして、少女ヤミーはおおよそ中学生に見える外見をしているため、情報収集には困らない。というわけで数分の散策の末に、近くを通りかかった桃色髪の女子中学生に話しかけてみることに。「ちょっと窺いたいことがあるのですが、お時間宜しいですか?」「うん、良いよ」快く頷いてくれる少女は……なんと、原作主人公こと鹿目まどかであった!若干のご都合主義が見える感が否めないものの、こういう事もあるのだろう。身体の前面に抱えている大きな箱からは、仄かに甘い香りが漂っており、通行人たちの鼻をくすぐる。「『巴マミ』さんって、ご存知ですか?」「何処かで聞いた、ような……」なんと、一発目から大当たりを引いたのかもしれない。目の前に解り易くぶら下げられた希望という名の餌に、目を輝かせる少女ヤミー。だがしかし、鹿目まどかは思い出せないものを無理やり思い出そうとしているらしく、腕を組んでみたり空を見上げてみたりするばかりで、一向に情報が出てきそうな気配がない。実際、時間の巻き戻し的な意味で、思い出すことは不可能なのだが。「ド忘れしちゃったみたい。ちょっと、友達に聞いてみるよ」「お手間をかけてしまって、すみません」「いいよ。困っているなら、放っておけないし」良い人オーラを全快に醸し出している鹿目まどかの眩しさが、何故だか心に浸みて涙が出そうになった少女ヤミーだったが、怪しまれるのは嫌なので思考を抑えた。正直に言って、少女ヤミーが今まで会った中では、間違いなく最も頼りになる人材である。虫頭のお父さんに、胡散臭いお母さん、コミュ不全の黒魔女(?)、ロリコン腕怪人、トリガーハッピーなおっぱい要員……思い直してみれば、少女ヤミーが会話をしてきた連中は錚々たるメンツであった。ここで『コイツは使える馬鹿だっ!』などというモノローグを入れるほど、少女ヤミーは外道では無い……という事にしておこう。「その『巴マミ』さんの特徴って何か無いかな? 何か思い出しそうなんだ」「金髪を巻いてるお色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間のようです」大体そんな感じ。鹿目まどかがどんな人物像を作り上げているのか、少女ヤミーには分からないが、おそらく伝わっているだろう……と、思うことにしておいた。「そんな人が知り合いに居たら絶対に忘れないような……?」小首を傾げながらも、友達にメールを回して聞いてくれるまどかは、間違いなくお人良しである。そして、興味津々な視線が少女ヤミーへと向けられていた。巴マミという人のぶっ飛んだギャグキャラ補正も非常に気になるところだが、そんな人物を探している目の前の少女は何者なのだろうか。A:通りすがりの魔法少女です。「その巴マミさんって、もしかして怖い人?」「いいえ、人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人ですよ」怖すぎるよ! という突っ込みを寸でのところで飲み込んだまどかだったが、目の前の少女ヤミーと巴マミさんの関係が気にならないでもない。もっと言うと、困っているなら力になりたいとも思っている程である。こんなお人好しは居るはずがないと言うなかれ。全ての人間の悲しみを吸いつくす魔女になる程度には、彼女は慈悲深いのだから。「銃が、凄く好きなんだね……」「多分そうです。私は二回しか会ってませんが、巴マミさんは常に誰かに銃口を向けていましたから」鹿目まどかの中で、まだ見ぬ『巴マミ』という人物像が、あらぬ方向へと真逆さまに捻じ曲げられていく。最初はサバゲーかコスプレ愛好者なのかな、ぐらいの認識だったはずなのに、既に会いたくない人物リストに加わっているのだから、人間の誤解というものは恐ろしいものだ。「その人、友達?」「顔を見たら銃を向けてくる相手をそう呼べるなら……」……さっきから思ってたけど、それってまさか対人用の実銃じゃないよね?きっとFPSとか狩猟同好会の人だよね?少女ヤミーを助けたいと思いつつも、出来ることならそんな危険人物とは出会いたくないものである。「そんな恐ろしい人を、どうして探してるの?」「ワタシを必要だと言ってくれた男性と一緒にいたからです」「昼ドラ……?」目の前の少女ヤミーが、日本で結婚を許される年齢には見えないのが気になって仕方がないまどかだが……気にしないことにした。寝取り寝取られの構図が垣間見えるこの状況では、法律などというルールを守っていては競争相手に先を越されてしまうのだろう、と自分自身を説得しながら。きっと、まどかの親友である美樹さやかだって、上条君関連で修羅場ったら法律などドブに捨てるに違いない。「同年代でも、そんなに大人な子達が居るんだねぇ」「無理に綺麗に纏めようとしなくていいですよ……」どう足掻いても『血溜まりスケッチ』。そんな単語が電波と共に二人の脳内に降り注いだが、互いに特に口には出さなかった。いわゆる、世界と原作の修正力というヤツかもしれない。「それと、私の友達が巴マミさんを知ってたみたい」受信したメールに目を通したまどかが、携帯端末ごとその文書を少女ヤミーへと見せてくれた。『巴さんなら、見滝原中学の3年です。今年の「私と一緒に死んで!」って言って欲しい女子ランク一位に選ばれた人ですわ。あと、どんな男子に告白されてもOKしたことが無いという噂もよく耳にします。PS:さっきのメールを一緒に見た暁美さんが取り乱しているんですが、何故でしょうか? 鹿目さんの現在地を知りたくて仕方がないみたいです』「多分この人です。とりあえず、明日見滝原中学校に行けば会えそうですね」有用な情報は最初の一行だけですね、という余計な一言は、飲み込んだ少女ヤミーだった。そして、鹿目まどかの中で巴マミが、おっかないお姉さんに確定した瞬間でもあった。ループ時空で犠牲になっていった歴代のマミさんが聞いたら、何を思うのやら。「どうも親切に有難うございました。この恩は忘れません」「いいよいいよ。どう致しまして」丁寧に礼を述べられれば、悪い気なんてするわけがない。若干仰々しい感はあったものの、人助けをしたという心地よい充実感に、当のまどかも嬉しそうであった。脚を軽くして去っていく少女ヤミーに手を振りながら、先ほどのメールへの返信を打ち始めるまどかは、未だに知らない。グリードやオーズのことは当然、魔法と奇跡の実物にさえ、出会っていない。気付くはずも、無い。終わらない夢が、終わろうとしていることなんて……・今回のNG大賞「映司……コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ」「ヘトヘトのお前が言っても説得力無いぞ?」・公開プロットシリーズNo.11→オリ主がまどかにフラグを建てたんじゃない。まどかがオリ主にフラグを建てたんだ。・人物図鑑 サトナカエリカ財団の会長の部下。役割は秘書。会長の作るケーキをひたすら食べ続けるための役職。残業をこの上なく嫌うため、彼女の持つ時計を進めておけば、就業時刻と勘違いして去っていくだろう。