「魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」暁美ほむらの主張は、少女ヤミーに求める行動という点においては非常に解り易かったが、「どうしてですか?」その動機という点においての説明は全く為されていなかった。だからこそ、ヤミー少女の問い返しは自然な疑問であったに違いない。「魔法少女になる代償は、重すぎるから」それは魔法少女全般に関することを言っているのか、それとも特定の誰かが魔法少女になる時の話をしているのか。何はともあれ、暁美ほむらが昼間の少女ヤミーの街頭勧誘を目撃したうえでその行動を非難しているという事は間違いない。「代償……?」何だか少しだけ物騒な予感がしてきた少女ヤミーだが、聞き慣れない単語につい耳を傾けてしまう。「そう。『あれ』と契約して魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。人としての一生を奪われることになる」苦いものでも噛みつぶしたかのような表情で言葉を紡ぐ暁美ほむらには、人生を狂わされた知り合いがいるのだろうか。ひょっとするとそれは……ほむら自身のことなのかもしれない。「知りませんでした……」少女ヤミーは、そんなことはキュゥべえから聞かされてはいない。ウヴァと違ってキュゥべえはわざと情報を絞っている節が無いわけではないが、そもそも人間でない少女ヤミーにはあまり有用でない情報だったから知らされなかったのかもしれない。「もうひとつ聞いておきたいんですが、お母さんと契約を結んだ後で解除する方法ってあるんですか?」「……無いわ」Q:ベントされたライダーはいつ戻ってくるんだ?A:戻らない海の向こうでそんな会話が交わされている光景を幻視した少女ヤミーだったが、なんのこっちゃと思考を振り切る。そして、まさか少女ヤミーがそんな電波ゆんゆんな脳味噌を持っているとは知る由も無い暁美ほむらの目には、少女ヤミーが悩んでいるように見えたのだろう。というよりも、ほむらの話を信じているような素振り自体が、ほむらさんからの好感度を上げる要因になっていたりする。他人の話をきちんと聞かない人種の目立つ暁美ほむら(14)の人間関係の方に問題がある気もするが。「契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ」契約の解除法を尋ねた少女ヤミーの意図を汲み取ろうとしたほむらは、同情の視線を向けながら言葉をかける。少なくとも、魔法少女という存在の残酷な末路をすぐに教えることを躊躇う程度には、目の前の少女ヤミーを心配していたのだ。そんな暁美ほむらの思案をよそに、少女ヤミーは何でもないことのように言葉を返す。「いいえ、そうじゃありません」後悔なんて、あるわけない。……と言えば聞こえは良いが、そもそも少女ヤミーには魔法少女になる前の自我というモノが存在していないのだから、後悔のしようが無いというのが正直なところだったりする。最初からそういう生き物として生まれている以上、人間だったころを振り返って羨望する感情は根本的に少女ヤミーには存在しないのだ。「勧誘されて契約した魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか」ヤミーの行動理念は、グリードの命令に従う事と、ヤミーの親となった人物の欲望を実現すること。従って、少女ヤミーの思考は、ヤミーとしては非常に正しいものであったに違いない。……その発言が、暁美ほむらの逆鱗に触れるとも知らずに。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために低い音が、響き渡った。同年代の少女同士がビンタをかますような音では無い。一瞬のうちに少女ヤミーへの距離を詰めた暁美ほむらが、その勢いのまま膝を少女ヤミーの腹部へ入れた音である。「げぶぅっ!?」受身も取れずにアスファルトの地面を転がる少女ヤミーへ、ほむらは見るものを凍て付かせるのではないかと思わせるほど冷たい視線を向ける。ダメージを受けたらとりあえず地面を転がることなど、特撮の世界ではよくある光景の一つに過ぎないのだが、女の子が主語だと無駄に痛そうに聞こえる不思議。それはともかく少女ヤミーの失言によって、ほむらからの人物評価は『美樹さやか』の少し上ぐらいの高さから、『キュゥべえ』レベルまでの超急転落下を遂げてしまったのだ。「貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ」魔法少女は人間でないと先ほど暁美ほむらは自ら告げたはずだが、今回の言葉は意味が違っていた。おそらく精神的な意味合いにおいて、人間を捨てている存在を排除するという意思が含まれているのだろう。もっとも、暁美ほむらが一つ勘違いをしていることは、彼女が蹴り飛ばした対象は元来人間では無い存在であったということだが。「いきなり、攻撃、なんて……?」息を整える暇も無く、少女ヤミーに対して追撃が加えられる。ほむらの手の先に紫に光る何かが現れたかと思いきや、間髪置かずにそれは少女ヤミーに向けて投擲された。少女ヤミーはその背から生えた羽で身体の前面を覆ってガードするものの、魔法の力によって作られたと思しき弾丸の威力は凄まじく、反撃に出られる前兆は見られない。防御に徹しているために身体を構成するセルメダルは少しずつしか剥ぎとられていないが、それも時間の問題で削り切られるだろう。なんとか隙を突いて逃亡か反撃の手を見出そうとする少女ヤミーの焦りを余所に、暁美ほむらは堅実な遠距離攻撃を続ける。起死回生の手段として少女ヤミーがまず思いついたものは、『魔法』だった。ところが、キュゥべえと契約したということは少女ヤミーにも『魔法』というものが使えるはずなのに、いかんせん使い方が解らない。明らかに質量を無視して生み出されている暁美ほむらの弾丸が魔法によって作り出されているということは推測できても、同じことが出来る気がしないのだ。少女ヤミーを無表情のままジリジリと追い詰めるほむら。一旦飛び上がることが出来れば逃亡することは出来るだろうが、今の状態で翼を開いたらボケる間も無くヤミーちゃんはセルメダルの山へ早変わりである。「どうか、してますよ……!」流れ弾でさえアスファルトを抉る威力を持っている弾丸を必死に受け流しながら、少女ヤミーは必死に打開策を考える。せめて何か盾になるものは無いか……そう考え着いた少女ヤミーの視界の端に、直方体の箱が映った。2メートルほどの高さを持つそれは、通行人に飲料を販売するための、一般に自販機と呼ばれる機械によく似ている。そしてその単なる人工物であるはずの自販機が、アスファルトさえ抉るはずの射撃の流れ弾を受けて傷一つ貰っていない様を、見てしまった。意を決した少女ヤミーの決断は迅速であり、瞬時にその自販機の陰に転がり込む。自販機ごと粉砕しようと砲撃を継続するほむらだが、数発を浴びせた時点で異常に気付く。少女ヤミーが盾にしている自販機が、傷一つ負っていないことに。そして、次の瞬間には……その自販機が鈍い音と共にほむらへと向かってくる。相手が巨大な自販機を盾にしながら突進して来ている可能性を考慮したほむらは、回避の幅を大きく取って様子を見るが、結果的にはそれが悪手となってしまう。少女ヤミーが選んだ一手は、突進ではなく逃亡。見た目以上の重量で地面に張り付く自販機を渾身の蹴りで無理やり剥がして、目くらましにしたというわけだ。終始優勢だったはずのほむらだが、既に闇夜に高く跳びあがってしまった相手を追跡する手段は無かったため、惜しくも逃亡を許してしまったのだった。TV本編においては飛行しているように見えるシーンもあったほむらさんだが……このSS内部においてはアレらの挙動は『ただのハイジャンプ』であったのだと思って欲しい。特撮の世界にはよくあることである。もちろん、時間を制止させれば追跡は出来ずとも魔力弾の投擲でダメージを与えることは可能だったのだが、少女ヤミーのソウルジェムをほむらが一度も視認できなかったことが、追撃を躊躇わせた。ソウルジェム以外の部分への攻撃は無意味というわけではないが、致命傷を狙う事が不可能に近いという点においては決して有意義とは言えない。むしろ、少女ヤミーがソウルジェムを外部から見える位置に装備していたならそこをほむらが撃ち抜いて終わりだったはずだったのだから、少女ヤミーは実は凄まじく運が良かったのかもしれない。重火器の用意が整っていれば話は変わってくるのだが、今回のループでは暁美ほむらがまだ装備の調達を行っていなかったことも、少女ヤミーの命を救った形となる。辺りには荒れ果てた見滝原中央公園と、そこかしこに散らばる銀色のメダル、横転した自販機だけがその存在を主張していた……傷一つ負っていないまま横転しているオバケ自販機を触ったり蹴ってみたりしながら、しばらく様子を調べていたほむらだったが、結局その物体が自販機の形をした物体であるという事しか解らず調査を断念することとなる。……その後に魔法少女の腕力を使って自販機を元の場所に建て直しておこうと試みるあたり、意外と常識人なのかもしれない。もっとも、魔法少女という人種の中で最底辺の身体能力しか持たないほむらには、それは不可能であったが。周囲に散らばる銀色のメダルの存在を不審に思い、その何枚かを持ち去ったことは……吉と出るのか凶と出るのか。ほむらは、気付かなかった。自販機の内蔵カメラにほむらの姿がばっちりと記録されていたことを。さらには、網膜や声紋に至るまでデータとして遺されてしまったことも。バケモノ自販機の名前は、ライドベンダー。鴻上ファウンデーションの進めるメダルシステムの一環として配備された兵器であった……「手酷くやられたみたいだね」「お母さん……見ていたなら助けてほしかったです」「ボクには戦いはムリだよ」小高いビルの屋上にふらふらと着地した少女ヤミーを待っていたのは……白ネコに似た姿をした魔獣、キュゥべえだった。相も変わらず全く動かない表情から発せられる言葉は、その真偽を疑う事さえ面倒くさいと思わせるほどの胡散臭さを醸し出しているが、少女ヤミーは突っ込まない。「お母さんに聞いておきたいことがあるんですけど」「なんだい?」キュゥべえの返事は、一見すると何でも答えてくれるように見えるが、その実大切なことは何も答えてくれないだろうという一種の信頼さえおける有様である。特撮のベテラン俳優枠的な威厳を全く撒き散らさないことが、逆に不気味な感を増幅させているのかもしれない。「魔法少女って、何か報酬とか見返りとか無いんですか?」「報酬が欲しいのかい?」ド・ストレートである。確かに、言葉尻だけ聞けばそう思われても不思議ではない。「ワタシにじゃなくて、新しい魔法少女にですよ。何か目に見える利益が無いと、誰かを釣ろうにも決め手に欠けるでしょう?」危険な状況に追い込むことによって生き延びるために魔法少女に……という手段も無いではないが、後にそれがバレて恨みを買うのはゴメンである。というか、そんなシチュエーションから恨みを抱いている存在こそが、先ほど戦った暁美ほむらなのではないかと、少女ヤミーはあたりをつけている。「実は、魔法少女になる時、何でも一つだけ願いを叶えてあげることが出来るんだ」「ワタシ、何か報酬貰いましたっけ?」心当たりが無いという心情を、首を捻って見せながら強調するヤミー少女。「キミの願いは、『親』の欲望を叶えることだったんだ。だから、契約者を魔法少女にするっていうボクの役割がそのまま願いに反映されて、キミは魔法少女になった」普通は魔法少女になること自体を願う子は居ないんだけどね、と付け加えながら、キュゥべえは淡々と事実を並べる。確かに、ヤミーは『親』の欲望を叶えることを行動理念の一つとして持っている。ならば、契約者となって結果的に魔法少女を一名増やすことは、行動理念に反しているわけではない。加えて、少女ヤミーの限りなく人間に近い容姿も、その願いあってこそのものなのだろう。「そういうことなら、もう少し簡単に釣れそうですね」ニヤリ、とまるで悪代官のように笑う少女ヤミー。心なしか、傍らに佇むキュゥべえも笑っているように感じられた。もちろんその表情は普段通り全く動いていないものではあったが……「あと、魔法の使い方について聞きたいです」それを知らないせいで死にかけました、と先ほどのピンチを思い出して身震いをしながら、少女ヤミーは語る。実際、バケモノ自販機が近くに無かったら、少女ヤミーは享年四半日という魔法少女最短の死亡記録を更新していたかもしれない。気分は、究極の闇に睨まれた蝙蝠怪人のそれに近いものがあったはずだ。「魔法少女は固有の武器を持っている場合が多いんだけど、キミは背中の羽がそれにあたるみたいだよ」「『コレ』ですか」少女ヤミーの背中に目立つ、漆黒の羽。悪魔を連想させる骨格を持ったそれは、先ほどの戦闘のせいでボロボロになっていた。むしろ、コンクリートを削る弾丸を受けてよくその程度で済んだというべきだろうか。「無意識にやってたみたいだけど、羽を強化して防御や飛行をしてたでしょ?」「確かに、よく考えたらこんな薄い羽に穴が開かない方が不思議ですよね」自分の羽を撫でてみたり摘んでみたりしながら、改めて自身の特性を把握するに至る。それとともに、この先魔法少女の勧誘を行う度に暁美ほむらとの戦闘が始まると考えると、少しばかりでない憂鬱も襲ってくるというものだ。少女ヤミーの波乱万丈を予感させる誕生日は、見滝原市夢見町に響き渡る午前0時の鐘を以って終わりを告げたのだった……・今回のNG大賞悪魔の手先を始末すべく、怒涛の攻めを続けるほむら。ほむらが何処からともなく取り出したモノは……80センチもの口径を持った恐るべき大砲であった。空気を震わせる爆音が荒れ狂う風の後に遅れてほむらの耳に届き、着弾地点には生物の陰など無かったのは……言うまでも無い。……ディ、エーンド!・公開プロットシリーズNo.2→オリ主は怪人です