古代の貨幣を投擲する独特の音が、街の喧騒にかき消される。それは、怪人グリードの鵜たるヤミーの産声でもあった。並々ならぬ『欲望』を持った人間を親に持ってこそ、ヤミーはその力を発揮するというもの。であるからして、『昆虫の王』とも呼ばれるグリード、ウヴァは非常に大きな興味を示してもいた。進歩を遂げたこの人間の世界の中で生まれた、多様な欲望について。そして、ウヴァの目の前を偶然に横切った存在……そいつの持つ得体の知れない『欲望』からヤミーを作り出してみたい。そうウヴァが思ってしまったことは、自然な成り行きであったのだろう。思い立ったが吉日と言わんばかりに対象の額にメダルの差し込み口を出現させ、メダルを投げ込んだのだ。「その欲望、解放しろ」ただ、一つだけ間違いがあるとすれば、「ボクと契約して魔法少女になってよ」その『欲望』の持ち主が人間では無かったことぐらいだろうか……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第一話:ワタシ、ヤミーです。それと魔法少女です 「困るよ。君のせいで、人間の子に逃げられちゃったじゃないか。まぁ、大した素質は持っていなかったみたいだけどね」まさか、先ほどの懇願が、ウヴァさんに向けて放たれた言葉であったはずもない。そんなことをすれば日本全国一千人の虫怪人愛好者が怒り狂ってキュゥべえ狩りを始めることは間違いないからだ。キュゥべえは、平常通り営業中で、契約者を増やそうとしていただけなのである。もっとも、それはウヴァに邪魔されてしまったが。せっかく契約を取りつけることに成功するところだったのに、魔法少女候補生は怪人ウヴァの外見に怯えて逃げ出してしまったのだ。「それがお前の欲望か?」一方、キュゥべえの事情など当然理解していないウヴァの興味の対象は……ようやく、生まれてきた。キュゥべえの、身体の中から。欲望の化身であるグリードを補佐する、使い魔のような存在が、今生み出されようとしていた。その手下を……ウヴァ達グリードは、『ヤミー』と呼んでいる。だがしかし、その生まれは、既にウヴァが期待していたものと若干の食い違いを見せていた。通常のヤミーは生後すぐの姿として、白い包帯を巻いたミイラ男のような外見を持つものなのだ。そして、親となった人間の欲望をある程度叶えることでヤミー個別の姿を得ることが出来る……はずなのだが、「初めまして?」何故かウヴァの目の前に居る人間の子供型ヤミーは、白ヤミー形態をすっ飛ばして成長を遂げていた。その背丈はウヴァの良く知る水棲グリードの人間態と同程度であり、ヤミーの身を包む飾り気のない一繋がりの衣装の色は、創造主であるウヴァを連想させる緑色である。髪はこの国によく見られる黒色であり、顔にもその下部にも、特に目立つ部位は見当たらない。背格好は、小学生と呼ぶには大き過ぎる、という程度だろうか。それだけならば何処にでも居る人間族の雌体という印象を与えるに留まるはずだったが、その人間型ヤミーには少しだけ人間には見られない身体的特徴が存在した。……羽、である。その淵を飾る骨格が良く見えるそれは翼と呼ぶには物々しく、鳥類のそれとは一線を画しているのは明白だった。かといって、ウヴァの昆虫型ヤミーのように鱗粉を撒き散らすキメ細かさも無いそれは、闇の中では目視することの難しい程の艶のない黒さを主張している。「こっちこそ、初めまして」「……」ハッピィバースデイ! などと叫んでくれる中年男性は、この場には居合わせていない。礼儀正しく挨拶を返す白のネコモドキと、無言でヤミーを観察する緑の怪人。両者の性格が非常によくわかる対応である。何か緑の怪人の機嫌を損ねる行いをしただろうか、とヤミーは首をかしげて見せるが、緑の怪人ことウヴァは白ネコモドキに向き直る。「その欲望を叶えるにはどうすれば良い?」その『欲望』というのは、おそらく白ネコモドキが最初に発した魔法少女が云々という台詞に関してのことなのだろう。欲望の意味が解らずにヤミーの親に尋ねる……ウヴァさんにはよくあることである。知らないことを素直に知らないと言える能力は、称賛されるべきものに違いない。「彼女と契約を結んで魔法少女にしたから、充分だよ」「魔法少女? アレは俺のヤミーだぞ?」少女ヤミーに視線を向けた白ネコモドキに釣られてウヴァも同じ人物(?)に意識を少しだけ向けながら言葉を返す。どうやら、両者の認識には若干の食い違いがあるらしい。何故見てるんですか。「ヤミー? 魔法少女? ワケが解らないですよ……?」話題の中心に居ると思しき少女さえも、自身の状態を把握していない。ウヴァさんが魔法少女について知らないのは仕方ないにしても、ヤミー本人は自身の初期ステータスぐらいは把握していて良さそうなものだが……「キミは魔法少女になったんだ。魔女を倒してグリーフシードを集める使命を負っているんだよ」「お前は俺のヤミーだ。コイツの願いを叶えてセルメダルを増やせ」「日本語でお願いします」このザマである。人間の世界ではリントの言葉で話して欲しいものだ。話にならない、というわけではないのだが、白ネコもウヴァも少女の持つ予備知識を高く見積もり過ぎているらしい。「ええと、まずお二人のお名前は?」「ボクはキュゥべえって呼ばれることが多いかな」「ウヴァだ」白ネコの方がキュゥべえ、緑の怪人はウヴァという名であることが少女に告げられる。どちらも表情が全く変化しないので、いまいち思考が読み取り辛い。そのために、少女は二人に対する態度を決めかねて、質問と様子見に回ろうとしたが、「お前、ヤミーなのにメダルの知識が無いのか?」少女が何から質問したら良いのかと悩む暇も無く、ウヴァさんからの質問である。その言葉の端からは、知っていて当たり前だという前提が垣間見え、「すみません……」ウヴァの何処となく物々しい雰囲気も手伝って、少女は自然と謝ってしまった。なんとなく、この人(?)には逆らわない方が良い気がすると、ヤミーの第六感も告げていたので。「親の願いを叶えることで、お前たちヤミーの中にはセルメダルが溜まる。それを俺に提供するのがヤミーの役目だ」鵜飼の鵜のようなものである。若しくはミラーモンスターでも可。そして、ウヴァたちはグリードと呼ばれるヤミーの上位の存在であり、その身体を構成するメダルの数に応じてパワーアップするのだが、それはさておき。「それで、私が願いを叶えるべき『親』がキュゥべえさんなわけですね」やけに呑み込みが早い少女の応対を見て、満足げに首を縦に振るウヴァ。適応能力が高すぎるきらいもあるが、ウヴァさんのヤミーは総じて思考能力が高いのが特徴であるため、これぐらいは想定の範囲内なのだろう。「キュゥべえさんがお母さんでウヴァさんがお父さんみたいなものなんでしょうか」『親』という言葉から想像された安易な認識だが、案外間違ってはいないのかもしれない。ある意味この二人が少女ヤミーの創造主なのだから。絶対に薄い本が出来そうにないカップリングにも程がある。そしてこの二人は、そんな扱いをされても頬を染めたり照れたりする様な人材では無いことは自明だった。というか、性別不明の気があるとはいえ、一応両方とも雄ではないのか。「あと、魔法少女について……というか、『魔女』と『グリーフシード』について何か説明をお願いします」魔法少女についての説明を求めても先ほどのキュゥべえの台詞と同じものを返されそうだ。今朝からの長い付き合いだとかそんなことは無いのだが、なんとなくキュゥべえの話し方が解るような気がして、若干問い方を変えてみた少女ヤミー。「魔女は人間に災厄を振りまいて命を奪う奴らなんだ。それを倒すと手に入るのがグリーフシードだよ」全く変わらない表情でさらっと物騒なことを口にするキュゥべえ。魔女の出自に触れようともしない辺り、色々とワケアリである。しかも、魔法少女になる際には願い事が一つだけ叶えてもらえるはずだという情報を省くという説明の放棄ぶりを見せた。これは、ヤミーが生まれる際に親の欲望を叶えるという『願い』を持っていることが原因となり、ヤミーを魔法少女にすること自体が願いの一部として認識されてしまったからなのだが……。聞かれないことはあまり口にしないというスタンスを取るキュゥべえには、悪意という感情自体が無いらしいので仕方ない。……少女がそれを知ることになる日は大して遠くもない。「とすると当面の私の行動方針は、お母さんの契約者を増やすことですか?」魔法少女というものの在り方は少女にも理解出来たが、キュゥべえの願いは魔法少女の働きを期待するだけではなく、魔法少女を増やすというものだったはずだ。「無理やり契約するのは出来ないよ。そういうルールだからね」ルール、という新しい単語を口にするキュゥべえ。決まりごとというからには、キュゥべえにもヤミーに対するグリードにあたるような管理者が居るのだろうか?もちろん、ルールというものは、常にその穴を突かれる運命にあるものなのだが。「つまり、無理やりに見えないように契約者を誘導すれば良いってことですね」「人聞きが悪いなぁ。飽く迄、自由意思で選んでもらうだけだよ」いったい誰に似たのだろうか。キュゥべえの動かぬ表情はやはり何も感じ取らせなかったが、その尻尾の滑らかな動きがまるで舌舐めずりをする獣のように、少女には感じられた。だがしかし、そこに嫌悪感を抱くことなど有り得ない。なぜなら、その悪魔から生まれた子供こそ、ヤミーたる彼女なのだから……そして当然、少女ヤミーは魔法少女になる人材を探すべく活動を開始したのだが、「魔法少女になってみませんかー?」成果は芳しく無かった。街頭で手当たり次第に女の子に声をかけてみるのだが、これが中々上手くいかないものである。現代の子供たちは意外と現実が見えているらしく、小学生でさえ魔法など存在しないということを当たり前のように認知しているのだ。魔法少女が許されるのは小学生までだよねー! なんてレベルではない。傍から見れば中学生程度の少女が道行く人に勧誘を試みるも、その全てが惨敗という救いの無さである。少女ヤミーがせめて高校生に見える外見だったならば、アルバイト募集と勘違いして耳を傾けてくれる通行人が居たかもしれない。だがしかし、当人が中学生の外見では、少々頭の発育が遅い子にしか見えない。「魔法少女に……」早くも初志が折れそうになる少女ヤミー。心の花が段々萎れているような気さえしてくる始末である。もっとも、この世界には砂漠の使徒やマイナーランドなど存在しないのだが。そんな彼女を物陰から見つめる人陰があったのだが、この時の少女ヤミーは全く気付くことは無かった……結局、魔法少女になることを希望する人材は一人たりとも見つからずに一日が終わってしまうのだった。というか、活動時間の後半は職務質問を求める警察官との追いかけっこに費やされてしまうという間抜けぶりである。収穫がゼロのまま哀愁漂う背中を小さくしながら、帰路に就こうとして、「そういえば、私ってどこに帰れば良いんでしょう……?」特に住処が無いことに気付く夕暮れ時。一応、ウヴァたちグリードがアジトにしている廃屋があるためにそこが一番安全なのだが、少女ヤミーはその場所を知らない。当のウヴァがそのことを少女ヤミーに伝え忘れたせいである。虫頭のウヴァさんなら仕方ない。せめてキュゥべえかウヴァのいずれかに連絡が取れれば何とかなりそうなものだが、念話の存在さえ教えられていない少女ヤミーには手段が無かった。頼れる知り合いも居ないし……と思考がネガティブ方面に直下しようとした時、それは聞こえた。「貴女は、キュゥべえと契約した魔法少女?」薄暗くなった町の中に溶けてしまいそうな、静かな声。それでいて、少女ヤミーの耳にはっきりと届く、強い意志を含んだ響き。「そうですけど……お母さんの知り合いですか?」後ろからかけられた声に少しだけ驚きながらも、相手がキュゥべえの知り合いに違いないという期待を持って振り返る少女ヤミー。少女ヤミーの背後から問いかけていた女の子は、長く伸びた黒髪を風に靡かせながら、訝しそうな視線を少女ヤミーに向けていた。お母さん、という言葉を聞いた時に一瞬だけ眉を顰めたように少女ヤミーには思われたが、話の本筋では無さそうだったので突っ込みを放棄する。「私が一方的に知っているだけ。知り合いではないわ」確かに、片方から認知されているだけならば『知り合い』とは呼ばないかもしれない。そんな質問にきっちり答えてくれる辺り、律義というかなんというか。「単刀直入に言うわ。魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」きっぱりというよりばっさり。ヤミー少女の行動を否定する通りすがりの女の子。これが、運命に挑む少女『暁美ほむら』と未だ名もなき少女ヤミーの邂逅であった……・今回のNG大賞「初めまして」「蝙蝠のヤミーか。面白い!」「ワケが解らないよ」クワガタ同士にしか通じないモノもある。多分。・公開プロットシリーズNo.1→君の属性は蝙蝠ですか。最終回での真木博士の一言から生まれた当作品。何処まで行けるのやら……