「レイとん! これはいったいどういうことなんだ!?」
「何が?」
第十八小隊と第十小隊試合当日の日。レイフォンはナルキの問いかけに対し、とてもうっとうしそうに、そしてどうでもよさそうに返した。
「なんでシャーニッド先輩がいないんだ? こいつらはいったい……」
「シャーニッド先輩がいないのは、不幸な事故で怪我をして入院したから。今頃病院のベットの上で寝てるんじゃないかな? で、この人達はシャーニッド先輩の代わり。このガトマンって人は生徒会長から紹介されたんだ」
第十八小隊の隊員は五名。小隊として存続するための最低人数の四人を上回ってはいるが、今回はクラリーベルが未だ入院中なので、ギリギリの四人しかいない。それに加えて、不幸な事故によるシャーニッドの入院。
本来なら、第十八小隊は戦う前に不戦勝という形で敗北しているところだった。だが、それだといろいろとまずい事情があるため、生徒会長のカリアンは代役という苦肉の策に出た。
本来なら小隊員としての実力がない者を小隊に入れることはできない。それだと、エリートである小隊員に誰でもなれるという風潮が起きてしまうからだ。それを覆してまでの今回の起用。それほどまでにこの試合は重要で、決して中止にはできないということだった。
「ガトマンって……いいのか、レイとん。その、正直この人のいい噂を聞かないぞ……」
いきなり現れた代役に困惑するナルキだったが、彼女がもっとも警戒するのは武芸科五年に在籍するガトマン・グレアー。武芸者としての技量は高く、小隊員となれるほどの実力を持っているらしいが、素行が悪くてどこの小隊からも敬遠されているという。
わかりやすく言えば不良。または荒くれ者。そんな人物がいくら小隊長とはいえ、下級生、それも一年生であるレイフォンの言うことを素直に聞くとは思えない。
第十八小隊は、とんでもない人物を小隊に入れてしまったのではないかと不安に思う。
「別に心配しなくていいよ。ね、ガトマンさん」
「はい、アルセイフさんの言うとおりです! この私、ガトマン・グレアーは心を入れ替え、ツェルニのために戦おうと思っています」
「……なにがあった?」
そんな人物なのだが、ナルキの前に立つガトマン・グレアーというその人。彼は噂とはぜんぜん違い、とても礼儀正しそうに宣言した。
「最初は自分を小隊長にしろとか絡んできたけど、少しだけボコったらすぐに言う事を聞いてくれたよ。やっぱり、人って自分の身の程を知ることが大切なんだね」
「私は今まで間違っていました。世の中にはアルセイフさんみたいな方がいらっしゃるんですね……正直、死を覚悟しました」
「おおげさですね」
神妙な顔つきで過去の自分を振り返るガトマンと、それをそっけなく流すレイフォン。
ナルキはそれをなんともいえない表情で眺めながら、ちらりと視線をずらす。
「で、こっちは誰だ?」
「あ、あの、僕は……」
視線をずらした先には、小動物のようにおろおろした、とても気の弱そうな少年がいた。
「僕達とクラスは違うけど、同じ一年生のレオ・プロセシオ君。同じ武芸科で、練武館のそばにいたから連れて来た。つまり数合わせ」
「……それでいいのか?」
包み隠さずいうレイフォンの言葉に、ナルキには言いようのない不安が芽生えていた。
相次ぐ故障者で試合すらできない第十八小隊。その代役が元不良と、戦力にはなりえない一年生ともなれば、不安も出てくるというものだ。正直な話、ナルキ自身も戦力になるとは言いがたい。少なくとも、自分では足手まといではないかと思ってしまう。
「だからさ、ナッキは別に無理して試合に出なくてもいいよ」
「なに?」
そんなナルキに対し、畳み掛けるようなレイフォンの言葉。険悪そうに眉を寄せるナルキとは裏腹に、レイフォンは済ました顔で平然と言い放つ。
「だからさ、もう第十八小隊は必要最低限の人数を満たしているんだよ。四人いれば試合はできる。僕とガトマンさん、そしてレオ君とフェリ先輩。それで試合はできるんだ。そもそも、シャーニッド先輩が入ってきた時点で抜けてもよかったんだ。だからさ、ナッキ。君は無理して試合に出なくてもいいんだよ」
それは言い聞かせるような言葉だったが、レイフォンにはナルキを気遣うつもりなど微塵もない。とても事務的で、とてもめんどくさそうに、ただ淡々と言葉を続けるだけ。
「本気で言ってるのか? レイとん」
「まぁ……嘘ではないね。ただ、そう思っただけ。どうでもいいと思っているから、本気じゃないかも。けど、本心だよ」
レイフォンの目は、とても友人を見ているようなそれではなかった。いや、レイフォンの目はあの日、あの時、クラリーベルを守れなかった時からずっと死んでいる。
瞳からは光が消え失せ、生気は微塵も感じられずに、まるで動く屍のような佇まいをしていた。
「……無理をしているのは、あたしじゃなくてレイとんじゃないのか?」
「僕が無理をしている? そうなのかな? けどね、僕は一番無理をしなきゃいけない時に無理ができなかったんだ」
「レイとん……」
「それで、どうするのナッキ?」
レイフォンは、未だにクラリーベルのことを気に病んでいる。ナルキとて、あの廃都ではなにもできなかった。友人の力になることができなかった。悔しいという思いがある。
だから、レイフォンの言葉には負けず、真っ向から言い返す。
「そんなのはごめんだ!」
本来なら、第十小隊の違法酒騒ぎの事件は都市警が追っているものだった。それが突如、上からの指示で捜査の打ち切り。下っ端のナルキは納得がいかないまま、一方的に打ち切られた捜査に憤りを感じていたが、そんなこととは関係なく思った。
確かに始めは、せめてこの事件の結末を見届けようとこの試合に出るつもりだった。だが、今は違う。それ以上に友人を、レイフォンを放っておけないと思ったからだ。
「そう……ナッキがいいのなら、どうでもいいけど」
だけど、そんな想いも言葉も、結局はレイフォンには届かない。相変わらずの無関心で、ナルキに背を向け、もうすぐ始まる試合に向けて錬金鋼の手入れを始めた。
この試合で使われる重要なもの、刀の形状をした錬金鋼だった。
†††
「っ……」
目が覚めた。最初に視界に飛び込んできたのは、見慣れない白い天井。
未だにはっきりしない意識のためにしばらくぼーっとするシャーニッドだったが、すぐに意識は覚醒し、がばっと起き上がった。
「今なん……あがっ!?」
布団とシーツを跳ね除け、時間を確認しようとする。だが、腹部に走った痛みによってその行動は中止された。腰を曲げて丸まり、ベットの上でじたばたと悶える。
「くそっ、レイフォンの野郎……」
レイフォンに返り討ちにあい、シャーニッドの意識はそこで途切れた。あれからどれほどの時間が経ったのだろう?
今更ながらにここは病院だ。あの後、シャーニッドはここに運ばれて治療を受けたのだろう。本来なら絶対安静。動いてはいけないはずだ。事実、痛みで動けそうにない。
ベットの上で悶え続けながら、激痛で目には涙がにじむ。深く深呼吸をし、少しでも痛みを誤魔化そうとした。
はぁはぁと息を吐き、悶えるシャーニッドに向け、とてものんきな声が聞こえた。
「苦しそうですね。大丈夫ですか? シャーニッド先輩」
「やっばい……俺、もう駄目かもしんない」
「そんなこと言わないで。ほら、背中をさすってあげますね」
「ああ、わりぃ……」
声の主はシャーニッドの背中をさすり、彼の痛みを少しでも和らげようとしてくれた。
シャーニッドはその行為に感謝しつつ、少しずつ痛みが和らいできたことによって正常な判断ができるようになる。
「ん?」
この声を、どこかで聞いた気がした。
「もういいですか?」
「あ、ああ……」
「ところで、シャーニッド先輩がどうして入院しているんですか?」
声の主はシャーニッドの背中をさするのをやめ、どこからかパンを取り出す。袋を開け、それを口にくわえた。
「ちょっとレイフォンにボコられてな」
「レイフォン様にですか?」
「ああ……今度はこっちが聞きたいんだが、お前はいつ起きたんだ?」
「ふぁっきです(さっきです)……んぐんぐっ、ぷはっ……目が覚めると同時にお腹が空いて、売店に行って来ました」
もぐもぐとパンを食しながら、声の主は笑い話のように言う。だが、シャーニッドからすればまったく笑えない。
「ぉぃ……」
「なんですか? シャーニッド先輩もお腹が空いたんですか? 食べます?」
声の主は食べかけのパンをシャーニッドに差し出す。だが、シャーニッドが必要としているのはそんなものではない。
「頼みがあるんだ。お前にしかできないことだ!」
「へっ?」
それは救済。シャーニッドではレイフォンを止めることはできなかった。そんなレイフォンを止められる、唯一の可能性。
痛みで悶えるのも忘れ、シャーニッドは声の主の肩をがっしりとつかんで言う。
「レイフォンを止めてくれ……クラリーベル」
「いったい、私が寝ている間に何があったんですか?」
†††
試合が始まった。第十小隊が攻撃で、第十八小隊が防御を行う。だが、今回の試合がただの旗取り合戦で済むわけがない。
(シャーニッドがいない……だが、そんなの関係があるか。勝つのは俺達だ!!)
そんなことは露知らず、第十小隊を率いるディンは得意のフォーメーションで勝負に出る。
突撃槍(ランス)の形をした錬金鋼を持ったダルシェナが先頭を走って突撃し、その後にディンが続く。ディンはまるでダルシェナの影のように付き従い、手には幾本ものワイヤーを持ってダルシェナの進路を確保する。
先に錘のついたワイヤーをダルシェナの進路方向に先行させ、罠などがあれば先にそれに引っかかる仕組みだ。なのでダルシェナは何の気兼ねなく突っ込むことができ、最高のパフォーマンスを披露することができる。
さらにはディンの後ろには四人の隊員達。総勢六名の、ダルシェナを援護するためのフォーメーション。この鉄壁の守りは、そのまま最強の矛へとなりえた。対抗試合が始まって、未だ一度たりともこのフォーメーションは破られていない。
このままフラッグへと向かい、奪い取るか破壊すれば第十小隊の勝ちだ。
(見たかっ!)
ディンはここにはいない人物に向け、勝ち誇った笑みを浮かべる。試合中であり、まだフラッグまで野戦グラウンドの半分ほどの距離があるというのに、緩む頬を抑えきれない。
(お前がいなくとも、俺達はやれるんだ!)
第十小隊を捨て、去っていった裏切り者。このことを、ディンは一刻たりとも忘れたことはない。
未だ根に持ち、ここにはいないシャーニッドを内心で嘲笑する。
(所詮、お前ははんぱ者だったということだ)
第十小隊を裏切り、その後第十七小隊へ。だが、第十七小隊は一度も活動することなく解散。その後、第十七小隊より更に新参の第十八小隊に入ったらしいが、それでもこの試合にシャーニッドの姿がない。彼は自分達に臆し、逃げ出したのだろうと憶測する。そう思うと、更にディンの表情がにやけた。
「シェーナっ! このまま突きつぶすぞ」
第十小隊は無敵だ。違法酒まで使用したこの隊に死角はない。確かに第十八小隊は手強い。第五小隊を圧倒的な力で破ったことは記憶に新しい。
ダブルエースと呼ばれるレイフォンとクラリーベルは厄介だ。この二人は、ゴルネオとシャンテを超える名コンビと言ってもいいかもしれない。
だが、そのコンビの片割れが今はいない。その上、シャーニッドの不在と、その穴を埋める新参者の存在。これで連携などまともに取れるはずがなく、まさに烏合の衆。
如何にここまで快進撃を続けてきた第十八小隊でも、今回ばかりは勝ち目がない。これが大半の者の予想で、ディンもそう思っていた。この時までは。
ディンは知る。第十八小隊の本当の恐怖を。クラリーベルがいなくなったことにより、歯止めの利かなくなった怪物の存在を、ディンは否応なく知ることとなった。
「なんだっ!?」
ディン達の正面、この強固なフォーメーションの前に一人の少年が姿を現す。そう、たった一人だ。たった一人、レイフォンが進路上に立ちはだかり、彼らを迎え撃とうとしていた。
「一人でなにができる!!」
侮られたことに対する憤りはない。ディンは鼻で笑い、あまりにも無謀なレイフォンをそのまま潰そうと考えた。
ダルシェナも他の隊員も、誰もレイフォンが障害になるとは思っていない。内心では舐めていた。一人で何ができると。
そして、一人で老生体を駆逐できる怪物が牙を剥く。
「なに!?」
レイフォンは刀を一振りした。たった、それだけのこと。膨大な剄を込め、大規模な衝剄を放つ。だが、狙いはディン達ではなくその後方、野戦グラウンド全体に向け。
これにより障害物の林は薙ぎ倒され、地面は抉れ、土煙が舞う。
「何なんだいったい!?」
この土煙がやけに舞う。一瞬にして視界を埋め尽くし、もうもうと野戦グラウンドに立ち込める。つまり、大規模な煙幕だ。
これによって観客席からは戦場が隠され、念威で操作された中継用のカメラも役に立たなくなる。
だが、これはあくまで中継用であり、念威繰者の端子を完全に無効化するほどの効果はない。念威による視界や聴覚の補助を受ける武芸者にとって、これにどれほどの意味があるというのだ?
ディンは不審に思いながらも、突撃の速度は緩めない。狙撃はないと確信していたからだ。
狙撃の技術とは一朝一夕で身につくものではない。シャーニッドがいればその警戒もしたかもしれないが、シャーニッドがいない今、第十八小隊に狙撃ができるような人物はいない。
まずは目先の敵、レイフォンを始末しようとダルシェナを突っ込ませる。
「………」
レイフォンは無言だった。無言のまま、もう一度刀を一振りする。
「しぇー……な?」
その一振りで、ディンの表情は凍りついた。
「よわっ」
吐き出されたレイフォンの言葉。とても小さな声だったが、それがはっきりとディンの耳を打つ。
ダルシェナの突撃槍は一撃で破壊され、それでも止まらなかったレイフォンの刀はそのままダルシェナに襲い掛かった。
刀はダルシェナの腕の骨を砕き、そのまま腹に食い込む。肋骨までもへし折り、ダルシェナの体は宙を舞った。
幾房も螺旋を巻いた豊かな金髪を風に乗せ、ダルシェナの体は地面に叩きつけられる。戦闘不能。とても戦いが続けられる状況ではない。それは、誰が見ても明らかな光景だった。
「まだ終わっていませんよ」
「おい、お前っ!!」
けれど、それでもレイフォンは終わらない。倒れたダルシェナの髪を無造作につかみ、頭を上げさせる。ダルシェナは先ほどの一撃で見事に気絶しており、意識がない。
「生徒会長に言われて、あなた方を徹底的に痛めつけることになりましたから。この程度じゃね」
「シェーナを離せ!」
ディンがレイフォンの元へ向かう。他の隊員達も、憤りながらレイフォンに立ち向かった。それを、レイフォンはあざ笑う。
「無駄なことを」
またも刀を一振り。それは風圧だけで第十小隊の彼らを吹き飛ばし、地面を無様に転げさせる。
「そこで大人しく待っていてください。次はあなた達なんですから」
「ま、待て……」
待たない。レイフォンは無様なディン達を放って、ダルシェナを始末しようとする。
レイフォンの持つ刀の刀身に剄が集まる。その剄が弾け、衝剄の針となってダルシェナの各所に突き刺さった。
外力系衝剄の変化、封心突。
これがハイアの言っていた技だ。衝剄の針が剄脈を流れる剄を阻害し、四肢に剄が行かないようにした。
このまま数分ほど経てば、半年は剄の流れが不自由になるはずだ。なので、まずは一人。あとは念威繰者も合わせ、六人の隊員にこれを叩き込めばいい。最低でもディンにこの技を放てば、それでレイフォンの仕事は終わりだ。
「シェーナ!!」
「待てない男は嫌われますよ」
そのディンが、再びレイフォンに立ち向かってくる。殺気立った雰囲気で、後の四人がそれに続く。
ダルシェナがやられても、まだ五対一。勝ち目があると思っているのだろう。それが幻想とは知らずに。
「な、なんだお前は……?」
「なんでもいいじゃないですか」
一瞬でディン以外の四人が倒される。何が起こったのかなんて、ディンにはまったく理解できなかった。
ディン以外の四人はズタボロとなり、ボロ雑巾のように地面に横たわっていた。
「あなたも、同じようになるんですから」
「はやっ……」
速い。ディンの目では、レイフォンの動きを捉えられない。
気がつけばレイフォンはディンの背中にいて、先ほどダルシェナに放ったのと同じ技を放つ。
外力系衝剄の変化、封心突。
「ぬぅ、ぅぅぅぅぅ」
ディンがうめきながら地面に膝を突く。ワイヤーの先も地面に落ち、全身の力が抜けたような、いやな虚脱感に襲われる。
痛みはそれほど激しくはない。けれど、このままではまずいと直感で理解する。体を無理にでも動かそうとするが、動かない。剄を満足に走らせることができない。
「無理をしたら、剄脈が完全に壊れますよ」
「そんなこと知るかっ!!」
レイフォンの忠告に一切の聞く耳を持たず、ディンは激情して叫んだ。そしてなおも立ち上がろうとする。
「お前にはわからんだろう。己の未熟を知りながら、それでも、なおやらねばならぬと突き動かされる気持ちは、お前にはわからん」
「はっ?」
レイフォンの眉がぴくりと動く。わかったように口を開くディンに対し、わずかながらも殺意が芽生えた。
「お前に何がわかる、このタコ。確かに僕はお前達と比べれば強いかもしれないけど、それでもたくさん失敗した。してしまったんだ……」
ディンの襟首をつかみ、耳元でわめくように、レイフォンは叫ぶ。
「お前も失敗したんだよ。なにもできずに、無様な失敗をした! それでも、僕に比べたらこれはマシな失敗だ!!」
「……それは、誰が決めた?」
「は?」
「俺の失敗を、結末を誰が決めた? シャーニッドか? 生徒会長か? お前か? 俺の失敗や結末を他人には決めさせはしない。俺の意思はそこまで弱くはない……」
ディンは立ち上がった。封心突の影響があるにもかかわらず、立ち上がってレイフォンの腕をつかんだ。ギリギリとレイフォンをにらみつけ、堂々と言い放つ。だが、それでどうにかなるわけではない。
「口だけは達者ですね」
「がっ……」
そのままローキック。レイフォンの足がディンの足を刈るように蹴る。
天剣授受者となるほどの剄を宿し、高い身体能力を持つレイフォンだ。その蹴りはもはや凶器。ディンの左足をへし折り、再び膝を突くディンの毛のない頭をつかみ、無理やり正面を向かせる。
「なら、答えてあげます。僕が決めました。あなたの失敗を、結末を今ここで、僕が決めます。それで文句ないですか?」
「あ、あがっ……」
「本当に口だけですね。違法酒を使ってもこの程度。弱くないと言ってましたが、あなたはこんなにも弱い。まさか、強さがあれば何でもうまくいくって思っていたんですか? 強くて、全てうまくいけば……どんなにいいことなんでしょうね?」
レイフォンは問いかける。だが、足をへし折られ、なおも頭をつかまれ、頭蓋骨を圧迫されているディンに答える余裕なんてない。
レイフォンもレイフォンで、別にディンに答えを求めているわけではない。ただ独り言を、淡々と続けていく。
「それとも、強さが足りないだけなのかな? 僕はまだ、弱いんですかね? 天剣授受者と呼ばれていても、リンテンスさんに比べればまだまだですし、陛下には勝てる気すらしない。そうか、そうだったんですね。僕は弱かった……だから、クララを守れなかった。僕が弱いばかりに……」
もはや、自分でも何を言っているのかわからない。正気を保てない。まるで、白昼夢でも見ているようだった。いや、それだったらどんなにマシだっただろう。
「力……力があれば……陛下にも負けないほどの力があれば……」
どこからともなくそれは現れた。黄金の牡山羊。力を与える存在。
「力を……よこせ」
『心得た』
それは、現時点では最悪の組み合わせだった。
†††
「え、いや……なんでさ!?」
「ハイア君……あれが廃貴族なのかい?」
「あ、ああ、そうなんだけど……ええ、どうしてこうなったさ!?」
ハイアは焦っていた。状況は最悪。まさかこんなことになるだなんて、微塵も思っていなかった。
「おい、生徒会長。とっとと観客を避難させるさ! このままじゃまずい!!」
「どういうことだい!?」
この試合を観戦し、いつでも出れるように待機していたハイアを始めとするサリンバン教導傭兵団だったが、この事態に場は騒然となる。
ハイアはすぐさまカリアンに指示を出すが、いくら聡明なカリアンでも、ハイアのこの豹変ぶりをすぐに理解することはできなかった。
「いいから早くしろ! ヴォルフシュテインが暴れだしたら俺っちでも抑えきれるかどうか……」
「レイフォン君が暴れる? どういうことだい」
「ああもうっ!!」
説明する時間すらもどかしい。正直、契約やら何やらをすべて投げ出して、一刻も早くここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
あの時は不覚を取ったとはいえ、それでも並外れた実力を持つレイフォンだ。天剣授受者という名は伊達ではない。そんなレイフォンに廃貴族が取り憑いた。そんなものを抑えきる自信なんて、ハイアにはなかった。
「言っただろ? 廃貴族は本当に危険なもんなんだ。滅びを振り撒く存在さ。それがよりによって最悪な奴の手に渡っちまった!」
「だから、いったいどういう……」
カリアンの言葉は、野戦グラウンドを文字通り粉砕する轟音によって途切れた。
地面が割れ、林が薙ぎ倒され、先ほどの煙幕とは比べ物にならない土煙が上がる。野戦グラウンドは観客席も含め土煙で覆われ、観客達もこの異変にパニックに陥っている。
あれはどう見ても試合で起こる現象ではない。この場にいる誰もが異変に気づきつつあった。
「もう、ヴォルフシュテインは正気じゃない。奴は……廃貴族に呑まれちまったさ」
「レイフォン君が!? いったい、どうすれば……いや、まずは観客の避難が先だね。すぐに役員に誘導させよう」
「それが賢明さ。ったく、こっちはとんだ貧乏くじだ!」
先日、傭兵団はツェルニにある契約を持ちかけてきた。それは、この都市に侵入したであろう廃棄族の捕縛。ツェルニはそれのサポート、手伝いをすること。それが成されれば、傭兵団は報酬として暫しツェルニの護衛を引き受ける。汚染獣などのありとあらゆる脅威からツェルニを守ると、そう契約した。
この契約と、グレンダンの王家から受けた廃貴族の捕縛。これがサリンバン教導傭兵団を退くことのできない戦いにいざなう。
当初はこの試合を利用し、実力のない学生武芸者にでも廃貴族を取り憑かせ、その学生武芸者ごと廃貴族を持ち出そうと考えていた。だが、何の因果か廃貴族はグレンダン出身のレイフォンに取り憑いてしまい、無理に持ち出さなくてもいい状況になった。
けれど、だからといってハイア達が戦わなくていいということにはならない。ああなってしまったレイフォンを止められそうなのは、傭兵団だけだ。ツェルニの戦力ではレイフォンを止めることなど不可能だろう。
また、レイフォンから逃げることはハイアのプライドが許さないし、傭兵団の者達だって納得しないだろう。
ハイアは単に意地。傭兵団の者達は長い間探してきた目的、廃貴族が目の前にいるのだ。何もせずに逃げる打なんて選択肢は存在しない。
また、傭兵団が如何にグレンダンの出身とはいえ、グレンダンを出て長い間幾多もの都市を放浪してきた。長い時間が経ってしまった。だから、天剣授受社の本当の実力を知るのは、ほとんど前線を退けかけた老人達しかいない。傭兵団には放浪の最中で生まれたり、他所の都市で仲間になった若い武芸者もいるが、そんな彼らは老人達の話す天剣授受者のことを誇張された懐古話としか思っていなかった。
だから、天剣授受者の本当の実力。それがさらに強化され、暴走した時の恐ろしさを理解することができなかった。
「お前ら下がれ!」
ハイアが、野戦グラウンドに残った第十八小隊の者達に一括する。第十小隊の者達は既に全滅。ディンやダルシェナを始めとする六人は既にレイフォンに倒されており、残る念威繰者もガトマンの手によって倒されていた。
なので、倒れて動けない第十小隊の者達を運ばせ、第十八小隊の面々にはすぐにここから離脱してもらう。正直、いても戦力にはならないし、守りながら戦うというのも難しい。だから、一秒でもここから遠くに避難して欲しい。そう思うハイアだったが、状況は思ったようには進まない。
「ちょっと待て! いきなり現れたお前達は何者なんだ!?」
ナルキが警戒心をあらわにしてハイアにたずねる。レイフォンの豹変と、この騒動。さらには正体不明の集団の乱入。むしろ、この状況では冷静に対処しろというのが不可能な話だ。
言いたいことも気持ちもわかるが、余裕がないのはハイアも同じこと。
「俺っち達はサリンバン教導傭兵団だ! いいから寝ている奴らを連れてとっとと下がれ! ここは戦場になるさ……」
「サリンバン……教導傭兵団!?」
傭兵団の名を聞き、ナルキの表情が固まった。グレンダンの名を数多くの都市に知らしめた高名な傭兵団。それがサリンバン教導傭兵団なのだ。この名にはとてつもないネームバリューがある。
けれど、今はその名がかすんでしまいそうな存在が目の前にいる。何度も言うが、本当に余裕がないのだ。
「呆けるな! いいから下がれ。じゃないと……」
ハイアの言葉の途中で、レイフォンが動いた。刀を一振りする。風圧と衝剄。たったそれだけで大規模な破壊が行われる。
再び地面が割れた。いや、もはや砕けた。ハイア達は直撃こそ受けなかったが、風圧と爆風によって体が吹き飛ばされそうになる。
「冗談じゃねえ……前やりあった時よりも、何倍もやばくなってやがる!」
「レイとん……」
「まだいたのか!? いいからとっとと逃げるさ! 死にたいのか!!」
唖然とするナルキを怒鳴りつけ、それでもハイアは冷静に観察する。
レイフォンの武器は刀。前やりあった時は剣だったが、その時と今感じる威圧感は段違いだ。対峙するだけでやばさが伝わってくる。あれとだけはやりあってはいけないと、本能が警告する。
だが、それと同時にハイアはある異変に気づいた。
(ん……?)
レイフォンの刀が、錬金鋼が赤く変色していた。元は試合用に調整した鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)製の刀が赤くなっている。レイフォンとの距離は三十メートル以上離れているが、そこからでも熱気が伝わってくるほどだ。
(まさか……)
ハイアの思考と共に、レイフォンはもう一度刀を振るった。それと同時に爆発が起こる。レイフォンの刀が、鋼鉄錬金鋼が爆発した。
「やっぱりか!」
思考は確信となる。
天剣授受者となるものの剄はあまりにも強大で、通常の錬金鋼ではとても耐え切れないのだとか。無理に剄を流せば錬金鋼が耐えられず、自壊して爆発する。今のレイフォンはまさにそれ。
元から天剣として膨大な剄を持っていたが、それに加えて廃貴族の憑依。細かな剄のコントロールが利かずに、錬金鋼が耐えられずに爆発した。
話には聞いたことがあるが、こんな光景を目撃するのは当然ながら初めてのことだ。どれだけレイフォンが化け物なのか思い知らされる。だが、それと同時にチャンスでもあった。
「今だ!」
レイフォンは武器を失った。ハイアはすぐさま合図を出す。周囲にいた傭兵達が無数の鎖を投擲。錬金鋼の爆発で体制を崩したレイフォンにすばやく巻きつき、がんじがらめに拘束する。
「は、ははっ、やったさ!」
汚染獣でも千切れない錬金鋼製の鎖だ。それで拘束され、何人もの傭兵達が押さえつけている。
いくら天剣授受者とはいえ、こうなってしまえばもはや籠の中の鳥だ。ハイアは勝利を確信し、表情がにやける。が、すぐさまその表情は凍りついた。
「は?」
レイフォンは、いともたやすく鎖を引きちぎった。拘束を解き、千切れた鎖をつかんで、その先にいた傭兵達を振り回す。
傭兵が鎖から手を離すまでの間に、二、三度地面に叩きつけるように振り回した。
「冗談だろ!?」
傭兵達が鎖を手放し、地面に転がる。レイフォンは千切れた鎖を投げ捨て、今度はハイアに向かった。武器を持たず、一直線にハイアに向かう。
「速っ!!」
ハイアはすぐさま刀を構え、レイフォンを迎え撃とうとした。レイフォンが蹴りを放つ。速い。避けるのは間に合わない。
仕方なく、ハイアは刀でレイフォンの蹴りを受けようとした。
「嘘だろ!?」
だが、ハイアの刀はレイフォンの蹴りによって小枝のようにへし折られる。そのまま蹴りはハイアに突き刺さり、吹き飛ばされた。
「ぐふっ……おぼえ!?」
地面を何度も転がり、薙ぎ倒された林の山に突っ込んでようやく止まる。
「ぐえっ……かはっ……ちっくしょう、冗談じゃないさ! あんなもん、マジで相手にできるか!」
正攻法では無理だ。だからといって、すぐに搦め手を思いつくはずがない。
ハイアは肋骨が何本かいったが、それでも起き上がってレイフォンを見つめた。
「え……おいおい、嘘だろ? 冗談だろ!?」
ハイアの表情が完全に凍りついた。それは絶望。もはや意地とか契約とか、そんなものは全て放り出してここから逃げたい。
レイフォンはあるものを取り出し、それを構えていた。鋼鉄錬金鋼ではない、新たな錬金鋼。レイフォンの膨大な剄に耐えられるもの。
それは最初にハイアとやりあった時とは違い、刀の形状をしていた。だが、白金錬金鋼のような輝き。特徴的な装飾。そして錬金鋼から感じる特別ななにか。これがあの時と同じ天剣だということに疑問は感じなかった。
何かがあったらしく、刀を使うことに迷いを持たなくなったレイフォンは天剣をも刀の形状にしていたらしい。まさに最悪の状況。
「違約金払って帰りたいさ」
ハイアがぼやく。レイフォンが動く。
「くそったれが!!」
水鏡渡(みかがみわた)り。旋剄を超えた瞬間的な移動を可能とするサイハーデンの足技。本来ならその圧倒的な速度で相手を翻弄し、強襲したりなどの攻めに使う技だが、ハイアはあえて逃げに使った。レイフォンから距離を取るために、全力で水鏡渡りを使う。
真っ向からぶつかって、力勝負で勝てるわけがない。だが、逃げたからといって事態が好転するわけではないのも事実。それどころか、事態は逆に悪化してしまった。
「なんでもありかよ!?」
元から高かったレイフォンの身体能力は、廃貴族の恩恵を受けて反則な域にまで上がっている。それは、ハイアが全力で行った水鏡渡りに対し、同じ水鏡渡りや旋剄などをまったく使わずに、ただ純粋な速度で、身体能力でハイアの速さを凌駕した。
ハイアの後ろに回り込み、その無防備な背中をレイフォンの一撃が襲う。
(あ、これ死んだ……)
膨大な剄、それに耐えられる天剣という錬金鋼。この一撃を受け、無事でいられるイメージなんて沸いてこない。
走馬灯なんて見る余裕もなく、ハイアは本気で己の死を覚悟した。
「へ……お熱っ!!」
そんなハイアに炎が襲い掛かる。いや、ハイアにではない。この炎はレイフォンに向けられたものだ。
ハイアが受けたのはその余波。それでも火の粉がハイアの方に飛んできたのは事実で、その熱さに表情を歪める。
「いったい何さ!?」
レイフォンは炎に呑まれ、その場で動きが止まっていた。これ幸いと、ハイアはすぐさまレイフォンから距離を取る。
結果的には助かったが、あの炎はいったい何なのか? あれを放ったのはいったい誰なのか?
それを確認するために、ハイアはキョロキョロとあたりを見渡した。そして、炎の使い手はすぐに見つかる。
「流石キリクさん。急ごしらえの錬金鋼でも素晴らしい出来です。私の愛用の錬金鋼は、この間の調査で壊しちゃいましたし」
紅玉錬金鋼(ルビーダイト)で出来た剣を構え、不適に笑う少女。彼女はおそらく武芸者なのだろうが、妙な格好をしていた。
まるで、病院から抜け出してきたかのような就寝着を着ている。
「さて、その程度じゃ終わりませんよね、レイフォン様。終わるわけがない。ましてや、廃貴族が取り憑いたあなたがこの程度なはずありません」
少女はとても楽しそうに、とても嬉しそうに言う。それに答えるためかどうかは知らないが、レイフォンは自分を包むように燃えていた炎を飛散させた。おそらく、全身から衝剄を発して炎を吹き飛ばしたのだろう。
戦闘衣に焦げ目こそあるが、肝心のレイフォンは無傷。目立った外相は見当たらない。それどころか、髪すら焦げていなかった。
「そうこなくっちゃ!」
少女がさらに歓喜する。その笑みは年相応の少女らしく無邪気で、同時に美しいとさえ感じられた。
とても活き活きとした少女を見て、ハイアはぽつりとつぶやく。
「あんた……ロンスマイアの嬢ちゃんか?」
ハイアはこの少女を知っていた。というか、前に一度見ている。グレンダン三王家、ロンスマイアの姫、クラリーベル・ロンスマイア。
あの時は病室で眠っている姿を見ただけだが、今は楽しそうにはしゃぐクラリーベルを見て、呆れと失笑が出てくる。その失笑と言葉を聞かれたのか、クラリーベルはくるっとハイアに視線を向ける。
「へ……あなたは誰ですか? あ、ちょっと待ってください。その顔の刺青……まさか、サリンバン教導傭兵団ですか!?」
「そのとおりさ~」
「へ~、凄いですね。是非とも一度、お手合わせ願いたいです」
「第一声がそれかよ? とんだじゃじゃ馬姫さ」
「よく言われます」
クラリーベルはにこりと笑って、ハイアから視線をそらした。もう一度レイフォンへと視線を向ける。
今度は一切そらさない。今はレイフォンだけを見ている。
「けど、少しだけ待っていてください。今はレイフォン様の方を優先します。ああ、とっても楽しみです」
この言葉を最後に、視線の他すべてをレイフォンに向ける。
目は、レイフォンの動きを一切見落とさない。
耳は、レイフォンが出すであろう音は足音でも拾う。
鼻は、レイフォンの匂いを、戦場の匂いを少しでも感じ取ろうとする。
肌は、この場の空気を、ぴりぴりとしたこの雰囲気をびんびんに感じていた。
乾いた唇を舐め、クラリーベルはレイフォンに向けて一歩を踏み出した。
「行きますよ、レイフォン様!!」
クラリーベル・ロンスマイア。戦場に帰還する。
あとがき
だんだんと終わりが見えてきました。意外とあっさりしちゃいましたが、なんにせよクララ復活です。
シャーニッドやディン達が思った以上に噛ませになってしまい困惑しています。ダルシェナは台詞すらない……
本来はディンの葛藤、ダルシェナの心境、ナルキの想いやら、いろいろ描写したいことがたくさんあったんですけど、無駄に長くなってしまい、だらだらと何を言っているのかわからなくなってしまい、大幅にカットしてしまいました。
この障害は、当初フェリをクララのライバル的立場に設定してたのに、出番を大幅にカットしたことからも伺えます。それにフェリは、メインヒロイン張ってるフォンフォン一直線を既に執筆していますし……
それから、クララやシャーニッドの代役で登場したガトマンとレオ。彼らはレギオスの漫画版に出てくるキャラクターです。まぁ、ガトマンはフォンフォンの最初の方で噛ませとして出てきましたし。レオも少し登場してましたよね。
まぁ、何はともあれ、いよいよ物語は佳境、クライマックスへと向かっています。最初はフォンフォンの番外編で始まった作品が、ここまで長くなるとは思っていませんでした。ぶっちゃけ、作者である俺が一番驚いています。
次回の更新でクララ一直線を一段楽させたいと思っています。
ここまで応援ありがとうございました。次回ももうひとがん張りします。
PS 次はフォンフォン一直線を更新したいと思います。というか、テンションが上がることがあったので、しばらくフォンフォン祭りに入ります!
ラブラブなレイフォンとフェリを書くぞぉぉ!!
その理由というのも、ピクシブである絵師さんにリクエストをしたんですよ。レイフォンとフェリのセットで、ウェディングドレスという感じで。そしたら予想よりもはるかに素晴らしい絵を描いていただき、テンション上がりました!
見たい人は『レイフォンとフェリ』で検索し、右上の方にあるタグのタイトル・キャプションをクリックすれば見れると思います。または普通に、『レイフォン フェリ』とかで検索してください。