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No.28794の一覧
[0] IS 幼年期の終わり  [のりを](2013/09/12 00:14)
[1] NGS549672の陽のもとに[のりを](2011/09/07 04:10)
[2] 彷徨える一夏/ vs銅[のりを](2011/12/26 09:53)
[3] 学園の異常な校風 Mr.strength love[のりを](2011/10/03 22:14)
[4] 織斑一夏はアイエスの夢を見るのか?[のりを](2012/03/27 00:49)
[5] 英国の戦士 / VSセシリア(2/10)[のりを](2011/12/26 09:55)
[6] Take Me[のりを](2011/12/14 21:03)
[7] ASIAN DREAMER / vs箒[のりを](2011/09/19 21:11)
[8] FIGHT MAN / ときめき セシリアVS箒[のりを](2011/12/26 09:57)
[9] La Femme Chinoise ラファールVS甲龍[のりを](2011/12/26 09:56)
[10] BREEZE and YOU  とあるアメリカ製ISの一日[のりを](2012/01/10 17:39)
[11] domino line[のりを](2012/06/03 19:19)
[12] Omens of love(前)[のりを](2012/03/31 16:34)
[13] 【番外編】 GALACTIC FUNK[のりを](2011/12/14 21:04)
[14] 【設定集】ファウンデーション [のりを](2011/12/27 10:33)
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[28794] FIGHT MAN / ときめき セシリアVS箒
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/26 09:57
私が両親の背中を追って警察官になったのは、もう13年も前の話だ。
市民を守る。それはやりがいのある仕事だった。忙しい時はそれを実感し、忙しくない時は平和であることを感謝する。そんな日常だった。

ただそれも、ベイオウルフの発見までだった。
あと三カ月で地球を直撃すると予測された小惑星群は、私を含めあらゆる人々の心を砕いた。

自棄になった市民を取り押さえ、同僚と共に暴徒を制圧するとき、私はひたすらに職務の事だけを考えた。全てを忘れようと。

そして、ベイオウルフπ帯と地球軌道交差の時、私は署の屋上で、昼間にも関わらず空に煌めく流れ星を見た。
衝撃に耐えるだけの充分なシェルターは全市民分は無い。公僕たる自分が市民を押しのけて入ることは許されないだろうし、
気休めの地下壕で何が起こったか分からぬまま生き埋めにされる気にはなれなかった。

ふと下を見れば、いつのまにか道路に市民が集まっていた。彼ら彼女らは、互いに肩を寄せ、ひと固まりとなって空を見ていた。
空中退避を行っている国防軍機がどこからか轟音を響かせる。防災無線が耳触りなサイレンを鳴らし地下への避難を呼び掛けている。
確実に来ると言う氷河期を耐え忍ぶことと、破片が直撃をして即死すること、どちらが楽だろうか。そんな考えが浮かぶ。

ひときわ大きな流れ星が、長い長い尾を曳いて私の右上方向から左下へとあっと言う間に落ちていく。
死が脳裏をよぎった瞬間、一直線だった軌跡が枝分かれを起こし、その枝は先細って空に溶けた。

数十秒遅れて、鼓膜と内臓を底から揺さぶる重低音が響く。

それから私は、流れ星が突如消え、軌跡が捻じ曲げられ、枝分かれする様を日が暮れるまで茫然と眺めた。


TVでもラジオでもネットでも、終末からの唐突な救済についての話題で占められた。
それらによれば世界各地上空に12体現れた未確認飛行物体が、隕石を迎撃しているのを天文台が観測しているというのである。
誰が呼んだかは分からないが、それらの事を人々はオーバーロード、上帝と名付けた。
三日三晩降り注ぐπ帯、ν帯を乗り越え、予測された死傷者25億に対し、実際の死者はわずか数百万。
直径200kmを超える巨大小惑星グレンデルも粉砕された。
オーバーロード達がδ帯とω帯を迎撃しつくした時には七日が過ぎていた。

どんな陳腐な演劇だとしても喜劇以外にこのようなデウス・エクス・マキナが許されるのだろうか?
多くの人々が生への喜びを感じるとともに、虚脱感を感じ、精神に変調をきたした。

混乱の極みにある世界に、オーバーロードの開発者と名乗る者が全世界のネットを制圧して声明を出した。
その中で彼もしくは彼女は、それがインフィニット・ストラトスと名付けた機械服であると発表し、各政府・勢力に“郵送”したと言った。
同時に設計図とマニュアルをその場で公開した。


そこからの混乱は、途方もないものだった。
途上国地域では国境線がISの勢力圏を示す図となり、先進国は団結してそれらとの境界線を維持した。
量子力学と素粒子制御による産業革命が各地でおこり、開発者とのコネクションがあるという女性解放同盟が欧州を中心に超国家的派閥を形成。

ISは武力平衡による外敵からの平和を、女性解放同盟の体制の女性搾取への批判と、ISの生み出す工業的価値は貧困からの自由をもたらした。
その潮流に乗れなかったのがアメリカだった。
打ち漏らされたベイオウルフにより甚大な被害を受け、ISは数機しか分配されず、南米とロシアからの圧力が増大。
ISは国境に釘付けとなり、打撃を受けた産業は超高付加工業商品を研究・生産できず国内市場も混乱。
開発者と女性解放同盟に強い憎しみすらいだくようになる。
米国は国家運営のために露骨に自国の権益保護と国益拡大を追求するようになり、周辺諸国と対立、世界からも孤立するうようになる。
名誉ある孤立と自称したがかつての超大国である米国の迷走は、世界情勢の不安定化に拍車をかける。

ベイオウルフを打ち破る上帝を制御下に置き、熾烈な生存競争に突入した人類は、物理的・経済的・文化的・技術的戦争に傾注することで、その心の傷を癒した。


そのような社会情勢の中で、ベイオウルフ落下の二年後に実施された全公務員へのIS適性検査で、私はある程度のIS適正があると知った。
適正C。ISからの干渉による精神・脳細胞の破壊の可能性極小、意思情報の相互伝達レベルは通常の運用に支障ない程度。
国や企業に目をつけられるほどの才能では無かった。それゆえ選択肢はいくらかあった。
そして私はこのまま警察官を続けるより、IS乗りとなったほうがより多くの市民の平穏を守れるのではないかと思った。

両親の理解・後押しを得て私は、国防軍IS部隊への入隊を希望すると政府に申し出た。
それはすんなりと通り、私は警察官から軍人となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


もし箒に尻尾があったなら、それはものすごい勢いで振られているに違いない。一夏はそう思った。
骨質化し装甲と化した鱗に覆われた尾の先端には骨塊が備えられ、肉を・骨を・内臓を砕かんと運動エネルギーを蓄えている、そんなイメージだった。

箒は目を輝かせてそのはち切れんばかりの期待を一夏に飛ばしていた。
打ち込み稽古か?掛かり稽古か?素振りか?瞑想か?
どれにしてもかつてのような熱狂的指導を施してやろう、な、なんなら、お前が望むのなら、試合形式でも…いいんだぞ///
一夏はそんな箒の想いを読み取り、しばし時間を稼ぐことにした。箒との試合で消耗した心身は、しばしの休憩を欲していたのだ。

「ところで、箒はどうしてISに乗るようになったんだ?」
幸いにして話題はそれなりにあった。一夏は、取り敢えず己の最も興味のある話題を振ることとした。

「ん、そんな事に興味があるのか?……お前に何も言えずに転校した理由にも繋がるんだが、私には失踪した姉がいてな…」
「その姉がISに関わっているらしく、私と家族に要人保護プログラムが適用されたのだ」
「私もISに関われば姉に再会できるのではないかと、ISに乗るようになり、今この学園に居るわけだ」

「なるほど、そういう事情があったのか」
一夏に、ひとつの疑問が浮かぶ。IS学園とは倍率1000倍を超える超難関学校では無かっただろうか?
強制入学の自分でも、文理問わずハイレベルな講義の中でさらに発展的な質問をする同級生を見て、それを実感しているほどだ。
それを、姉に会いたいという、しかも会えるかもしれないという曖昧な目的だけでこの業界に飛びこめるものだろうか?
「IS学園に入るのは大変じゃなかったか?」

「いや、そうでもなかったぞ。まぁ、あまり筆記試験の結果は良くなかったかもしれないが、実技で取り返したな」
「こう、ビュンといって、グッとして、ババッ、ズバ、という具合だ。」

一夏の脳裏に、教本で読んだ一節が思い浮かぶ。
――ISとは搭乗者を拡大する機器と言える。搭乗者の心技体の向上はそのままIS技能に反映される。という一文だ。
肉体を使うということにおいて天才であった箒は、ISを使うことにおいても天才らしいと、一夏は悟った。

一夏が、道場で箒から面の極意として教わった「ドンといってヤッとかかってエイ」だが、
4年の鍛錬を経て、やっとその境地の片鱗を垣間見れるようになったことを思い出す。
当時は全く意味が分からなかったものの、あれはまさしく剣の道だった。

そうして一夏が口を止め、考えに耽っていると箒が再び尻尾を振り始めた。
箒は、肉体的には筋肉を弛緩させ、適度に脱力をしているが、その内心は滾り始めている。
一夏の心と体の準備が整い次第、鯉口を切り一夏を両断すべく掛かるだろう。

ちょうどその時、打鉄が一つの報告を一夏に行う。それを聴き、一夏は一つの指示を打鉄に出した。

肌の表面でビリビリと空気が弾けるような剣気をまったく無視して、一夏は別の話題を振る。

「ところで、箒は射撃はできるか?力場の浸食制圧とかはどうだ?」

その剣筋を僅かでも予測すれば、肉体がそれに引きずられ、その姿勢を整えてしまう。
そうなれば箒は剣を抜き、一夏も抜かざるをえなくなることは明白であった。

「どれも必要としないから身に付けてはいない。射撃などはまどろっこしいではないか。懐に潜り込めば一太刀で決着だ」

「箒ほどの実力となればそうなるのか。」
「俺はそこまで、自信を持つことが出来ないな」

「そうか。ならば特訓だ。さぁ抜け」

「いや、少し待ってほしいんだ。その、箒は昨日の決闘を見たよな?」

「ああ。それがどうした?」

「セシリア…いや、ブルーティアーズが相手であったとしても、同じことが言えるのか?」

「…一見しただけだが、あの装備ならば素手でほぼ十割勝てるだろう。互いに装備を整えても優勢を維持できると予測するが」
「なぜそんな事を聞く?」


その時、一夏の背後の合金製の扉が開く

「ちょっと、聞捨てなりませんわ」

紺碧のISを纏った少女が鍛錬場へと入ってくる。

「その篠ノ乃さんがどうしてここに居るかは問いませんが……一夏、少し下がっていて頂けませんこと?」

それはまさしくブルーティアーズを装着したセシリア・オルコットであった。
両手にはブルパップ方式のアサルトライフルを保持し、ブルーティアーズの肩部延長に浮遊するフィンは6枚。
すなわちBT4基にインターセプターが2基の、室内戦闘における全力装備である。


突然の乱入者に、箒は冷や水を浴びせかけられたような衝撃を受ける。

そう、冷静に考えれば、一夏が「さぁ、これから夜が明けるまで特訓しよう。箒、俺にはお前が必要なんだ。(キラキラ)」と言う前に一夏は何か通信をしていなかっただろうか?
箒は悟る。特訓を言いだしたのはこの眼前の女であり、一夏はこの女だけでは役者不足と見て私を誘ったのだと。
いいだろう。一夏の眼前においてその未熟さを暴き、一夏と骨と筋肉を軋ませ合い、血汗を混ぜあう権利があるのは私だけだと証明してやる。
その期待に、こたえてやるぞ一夏!


予想していた反応とはやや異なり、妙に熱い視線を送ってきた箒に、一夏は困惑する。
かつて定期的にしていたように箒からの異性としての好感度を下げるべく、箒から見て無粋な招待者としてセシリアを仕向けたのだが、
その効果はあまり上がらなかったようだ。しかし、もう一方の策略は成功しそうだ。
すなわち、打鉄とBTを介して箒の言葉をセシリアに伝えて炊きつけ、その喧嘩を箒に買わせて、両者の全力を観戦するというものだ。
打鉄からの、セシリア接近の知らせに(鍛錬場は公式競技場で無いために遮蔽シールドを備えない)一夏はこれを思いついた。
箒にしてもセシリアにしても、一夏には負ける姿など想像がつかない。

しかし不敗と最強を直接ぶつけ合えば、どちらかはその称号を失うのだ。まったく男子じみた出来ごころだった。

遺恨が残るかも知れないが、そんな細かいことは、戦気に歪む空間に一夏の期待は膨らみ、どうでもよくなった。
一挙手一“刀”足を見逃さぬよう、壁に背を預けて腕を組み、全神経をセンサー系に集中させる。絶対防御も力場制御も最低限。すべての演算能力をそちらにまわす。



ここでわずかばかり時間を戻そう。
ピットに立つセシリアは、学園の地下を、性格にはグラウンド階層から喫水線までを占めるハンガー区画へBTの要請を出す。
数分もしないうちに一度スクエアが沈降し、ブルーティアーズを載せて上昇してくる。

セシリアはブルーティアーズに手のひらをあてがうと、脳に流れてくる情報を読み取る。
まったくの不調なし。昨日の決闘にも関わらず、である。BTの自己修復機能と、学園の優秀な技術者に感謝する。
ブルーティアーズに依頼して一夏に通信を入れ、そちらに行く旨を伝えると、ブルーティアーズを着込み、起動させる。

セシリアは、再びスクエアを起動させ、今度はセシリアごと地下へと降下していく。
セシリアの目の前で重厚なシャッターが開けば、そこはすでに学園の地下に張り巡らされたIS移動抗である。
第六鍛錬場までのルートを検索し、ある程度迂回する経路を選択する。セシリアはIS移動抗での飛行を、リハビリを兼ねた同調調整とすることとした。

飛行中、セシリアは一夏からの通信を確認。電子防壁が反応しなかったために、通信を許可した。
そこから聞こえてくるのは、一夏と、聞きなれぬ女性の会話のようだった。声紋認識で同級生の篠ノ乃箒と判明。

篠ノ乃箒という名前にセシリアは聞き覚えがある。事前の報告書によれば、かつて織斑一夏が通っていた道場の兄弟子で、それなりの親交があった人物であるらしい。
特記事項として、日本政府の要人保護プログラムの下にある、という

決闘を機に接触したということらしいと推測を付け、その一方的な通信の意図を測りかねたまま、その会話を続けて聞く。
しかし一夏の真意はすぐさま判明した。わざわざこんな言葉を聞かせるということは、私を炊きつけ、この篠ノ乃箒にぶつけたいということは明白だ。
他人の思惑にまったく沿うというのはあまり性に合わないが、間違いを正さないままというのも性にあわない。
とりあえずはこの篠ノ乃に本当のIS戦というものを教育した後に、勝ったつもりでいる一夏に、一つ仕置きを施すとしよう。

IS移動抗を抜け、鍛錬場に併設されたピットに到達。合金製の扉を開く。
「ちょっと、聞捨てなりませんわ」
「その篠ノ乃さんがどうしてここに居るかは問いませんが……一夏、少し下がっていて頂けませんこと?」

すんなりと下がっていく一夏に、皮肉の一つも飛ばそうと思った時である。
ゾワリとした衝撃に、セシリアの意識は箒にくぎ付けとなる。
それは箒から飛ばされた純粋な闘気。その瞬間からセシリアは一夏に気をかける余裕はなくなった。
彼女は自信過剰ではないらしい、あれだけの口を利くに十二分な実力を備えると見るのが妥当なようだ。
なんにせよ、売られた決闘は買わねばならない。全てはこれを片づけてからだ。セシリアはそう結論付けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日本国防軍 開発実験団 特殊装備実験科 兼
日本国防軍 東部方面隊 第一旅団 第1特設訓練大隊 第1中隊所属。それが新しい私の肩書きだった。

私と同じように適正検査の結果を受けて、国防軍への入隊を希望する者はそれなりの数がいた。
貴重なISを無駄に使う訳にはいかない。ただの民間人を無暗に乗せるわけにはいかない。
そこで政府は、希望者に国防軍で、人間として、軍人としての適性検査を兼ねた訓練を施しつつ、並行してISへの搭乗を行わせることにした。

私と志を同じくした顔も知らない同期達は、激烈で不条理な訓練を受けた。
ただ、決して陰湿では無かった。世界を破壊しうる力を秘めたISを扱うのに見合った肉体と精神を鍛えるべくした訓練だった。

私たちは上官に一言言えば除隊出来、研究開発団での実験協力のみにすることができた。
中隊の同期達は一週間で半数が抜けていき、それからもぽろぽろと欠けていった。

私もその除隊の誘惑に何度も駆られたことがある。特にひどいのは、開発実験団に出向し、駐屯地に帰る途上だ。
ISに搭乗し、単純な動作を行う。私達が開発実験団ですることといえばその程度で、日程も非常にゆとりをもって行われる。
トラックの中で目の前の上官に一言言えばもう泥の中をはいずりまわったり、数十キロの装備を担いで昼夜問わずの行軍も行わなくてよいのだ。

その度に私は、この程度で挫折してしまう者に市民が守れるというのだろうかと自戒し、その誘惑を振り切った。
半年もすると、私は国防軍での生活にすっかりと慣れてしまった。私の適応能力は想像以上に高かったらしい。この頃には同期の脱落も、もはや無かった。

入隊一年を過ぎると、私は女だけの特設訓練大隊から、男に交じる形となる普通科第一大隊へと異動となった。
訓練はより苛烈になり、開発実験団での実験も高度なものへとなっていった。このころにはもう第一旅団は私の第二の故郷となっていた。

私が訓練に明け暮れている日々も、社会情勢はめまぐるしく変化し、いつ日本に紛争の波が押し寄せてもなんら不思議ではなかった。
例えISに乗れなくとも、小銃を手に国民を、愛する祖国を守る。当時の私は使命に燃えていた。

肉体にも恵まれ、精神面を含めた生身での評価が高かった私は、ISで武装を用いた“訓練”すら行うようになった。
開発実験団では、『他の搭乗者と比較し特記すべき特徴は無いものの、比搭乗時間における戦闘力が高く、戦力化が有望視される』と評された。
少しでも早く、国防の要であるIS部隊へ配属されるよう、私は訓練に明け暮れた。

旅団は第二の故郷。大隊は家族、そして同期達は強敵[とも]だった。それが―――――――――――――――――――――――――――


右手が柔らかく暖かいものに包まれる。私は、無意識のうちに握りしめていたらしい拳をほどき、それを握り返す。
「すまない、驚かせてしまったか?」
そういって右の座席に座る彼女の方を見る。頭をシートに預け、規則的に吐息を立てる彼女。
褐色の肌と相互に引き立て合う、真白い髪をそっと撫でる。
彼女の右腕には、その細い腕に似合わない重厚な手錠が嵌められ、床に置かれたチタン製のアタッシュケースと無骨な炭素繊維管で接続されている。

彼女、クリシュナも、私と同じようにISに人生を振り回された者の一人だ。
いや、この地球でISに振り回されなかったものなどいない。無論ISを批判するつもりはない。オーバーロードの功績は誰も否定できない。
オーバーロードだけならばだ。

なぜ開発者は、全人類をかき回すような真似をしたのだろうか?
なぜ?どうして。

話を聞く必要がある。
権利があるなどとおこがましいことは言わない。
ただ私には義務がある故に、いかなる手段でもとる覚悟がある。

クリシュナを通して見た、ウサギのようなシルエットをしていた、あの女にたどり着くまでにどれほど必要だろうか?
辿りつくまでに私は生きているだろうか

「愛さん、今恐いことを考えていたでしょう」

「クリシュナ、そうやって心を読むな」

「いえ、ただ呼吸、心拍数、体温、眼球の動きから推測しただけですよ」
いつの間にか起きたクリシュナがそうやや茶化すように言う。

「それを心を読むと言うんだ」

「あら、そうだったの?それは知りませんでした」

彼女の名前はクリシュナ。苗字は無い。出身地はインドのどこかということしか分かっていない。
誘拐され、両目を潰され、物乞いとして道端に立たされていたところを、裕福で無知で心優しい米国人旅行者に同情された。
彼女の所有者は、笑顔でアメリカドルと彼女を交換した。

米国で幸せに暮らしていたところに、ベイオウルフが降りかかり、ISによる混乱が襲った。
彼女にとって不幸であったことには、彼女のIS適正が、Sオーバーだったというところにある。

彼女は瞬間的に戦略兵器の制御装置として見なされ、米国のみならず全世界からの監視をうけることとなった。

さらに彼女がスムーズに養子として登録されるために使用された国籍が、
東南アジア数か国を経由してロンダリングされたものだったということが、事態を悪化させた。

インドを含むそれぞれが所有権を主張し、IS数に劣る米国はそれを無視できなかった。

物理衝突寸前までいった交渉の末に、彼女は超国家間で管理・監視されることとなった。
米国政府の精神が目に見えて変調をきたし始めたのも、この時期である。

はじめはIS管理局所有であったが、現在は、研究機関としての意味合いの強いIS学園に所属している。

彼女は、ISのフィードバックを能動的に使用して、他者の脳波・精神を読み取る「ダイバー」というスキルを持つ。
そして、世界でただ一人、24時間のIS占有を許可、あるいは義務化されている人間でもある。
彼女に手に繋がれた『28号』が、彼女の視覚となり、ボディーガードと首輪を兼ねている。
数字で呼称されるISを地球上で持っているのも彼女だけだ。


やわらかいものが混じっていたクリシュナの表情が、スッっと鋭くなる
「けれど、私が愛さんのことを心配している気持ちは本気ですよ」


「すまないが、私も本気なんだ、何か手土産でも持っていかなければ、向こうで待ってる奴らに顔向けができん」


「……わかりました。そこまで思っているあなたを止めることができないのはよく知っています」
「もし必要なら、私をいつでも使ってくださいね」
「そんな罪悪感を感じなくてもいいですよ。気づいたらあなたがいなくなって目覚めが悪いじゃないですか。私が勝手にしたいと言っているんです」


その優しさに委ねるのは心地よいだろうがそれは性に合わない
「いや、駄目だ。これは私自身の身勝手な決意だ」
「クリシュナにはそれに付き合って貰う。これもまた私の我儘だ」
「私は明確な意思を持ってお前を都合よく使わせてもらう。なにかあったら私を恨め、私に責任を擦り付けろ。何も気に病むな」


「つまり、そうならないように私は精一杯努力するだけですね」
私はそれに一言言いたかったがそれを遮って
「間もなく日本の防空識別圏内です。あと一時間ほどで、二か月ぶりの我が家ですよ」
「難しいことはまたあとでゆっくりと考えましょう」
クリシュナはそうやって私に笑いかけた。

「すまんな」
私はそうつぶやくしかできなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そんな装備で大丈夫ですの?」

セシリアが対峙する箒にそう聞く。

全BT装備を纏ったセシリアに対して箒の打鉄は腰にIS刀富士を佩くのみである。浮遊装甲すら装備していない。


「問題ない。どうした?かかってこないならこちらからゆくぞ」
箒は柄に手をかけ剣気を漲らせてセシリアへと放つ。

しかし、セシリアはそれを正面からとりあわず、どこ吹く風というふうを装いながら、こう言い放つ。
「そちらがよろしくても、こちらが困りますの」
「終わった後から、あれは装備が一番いいものでは無かったとか言い訳されるのは面倒ですし、見苦しいと言いたいの」

肩をすくめて
「さ、待っていて差し上げますので、槍でも鉄砲でも持ってきていただけます?」

もっとも弱いところをたたくのは簡単だ。二度と立たせないようにする場合ならばその戦略は正しい。
しかし仮にもIS学園の生徒だ。殺すわけにはいかない。

ではどうするか?次善は相手の実力を十割発揮させた上で勝つことだ。
弱みを叩いても仕留め損ねれば遺恨を残すことになるが、強みを叩き潰せられれば心を屈服させられる。

将来敵になるにしても味方になるにしても、箒のようなタイプならば強みを叩くほうが後に御しやすいものだとセシリアは知っていた。

もう一つ、箒の実力を確かめたいというセシリアの思惑もあったが。


「おもしろい」
そう言うと箒は柄から手を離し、打鉄に装備を要請する。
打鉄は学園のネットワークに接続し、箒の要請からほぼ時間差なく、鍛錬場の側面が、あらかじめ書かれていた線に沿って開き、その装備を箒へと提供する。

そこへと飛んだ箒が手にしたのは、4メートルばかりの超強靭炭素繊維の柄に、1メートル余りの両刃の直刀を備えたIS槍「トウカ」である。
刃と逆の柄の端には、タングステンの石突が備えられている。
また、富士を本差とすれば、脇差にあたるIS刀『鷹』を佩き、大小をそろえる。その間に、両肩には打鉄系列用の鎧袖を模したような浮遊装甲が装備される。

箒が再びセシリアと対峙するとき、セシリアはいつの間にか量子展開したプルバップ方式のライフルを構え、BTはマザーから分離され、インターセプターもその切っ先を箒へと指向していた。

「大きな口を叩いたんだ。覚悟はできているだろうな?」

両手に握る槍の穂先からあふれる気は、セシリアの喉を突き裂かんばかりに張りつめる。
偏向された重力場は打鉄の降着装置を地面へと押し付け、蹴り出しによる加速を増大させようとしている。


「まだ勝てると思っていらっしゃるの、本当に甘いですわね」
「とりあえず、床の味見をさせてあげますので、甘かったどうか教えてくださいます?」

箒はそれを鼻で笑うだけだ。切っ先にも構えにも、眼球にも一切の動揺はない。もはや言葉は不要と体現していた。
挑発で浮足立てばいくらかやりやすくなると思っていたセシリアは、それが通用しなかったことに面倒と思うと同時に素直に関心した。


先ほどまで箒が立っていた地点に、4発の砲弾が投射されるのと、箒が飛び出すのは全く同時だった。

背後で地面が爆ぜたことに気も取られず、一筋の影となって箒が迫る。
あと一突きでセシリアに達するというところで、突如ドンという音を残して槍が箒の腕ごと消失する。

両側から迫る二基のインターセプターを穂と石突でまったく同時に迎撃したためである。その音は末端の速度が空気のマッハ数を突破したために生じた音であった。

その一動作の瞬間に、セシリアはライフルでプログラム射撃を行いながら後退。
箒はワンスッテプを以て射線からわずかにずれるも、三発の着弾を受ける。

制御系をBT系統としているセシリアは、ライフルでの正確な射撃、そして正確な回避ができない。
できることといえば、距離をどのようにとるかをブルーティアーズに指示するだけであり、トウカの殺傷半径へと侵入してしまえば敗北は確実だった。

箒の移動予測地点へ二発同時射撃。降着装置が地面を蹴り、緩急をつけられそれを躱される。
それを見越しての第二射二発。それぞれ浮遊装甲に着弾。箒はそれを無視。インターセプターでの時間差の斬撃。再びトウカでの迎撃。
それを見越しての第三射二発。一発を超人的身のこなしで回避され、もう一発が右足へと着弾。箒は怯まない。
畳掛けるべく第四射を放とうとしたとき、箒が跳ぶ。目標は、リロードを終え、射撃しようとするそのBT。

単純な構造で、宙に浮かぶ故に損傷を受けづらいインターセプターと異なり、精密機械の結晶であるBTは、音速を超える槍を受ければ容易に損傷する。
一基五千万ポンドを優に超えるBTを連日で損傷させるわけにはいかない。
セシリアはその二基のBTを後退させ、そこから射撃させようとした時である
箒は『鷹』の鯉口を切るやその勢いのままに第三射で右足を撃ったBTへと投げつけた。

セシリアはたまらずそれを回避させる。箒の周囲の力場が反転し、セシリアへと流星のごとく降り注がんとする。

後退させたBTは射線の焦点から箒を見失い牽制できない。
回避させたBTが苦し紛れの射撃を行うも、まったく見当違いの方向へと砲弾は飛ぶ。

残るBTが射撃。箒は浮遊装甲にそれを受けさせる。
二基のインターセプターが迫る。
一基は浮遊装甲に突き刺さり、その行き足を止め、もう一基はトウカの穂で打ち落とされる。トウカの石突がごうと音を立ててセシリアへと迫る。

セシリアは制御をBT系統からブルーティアーズ系統へ移す。
ライフルの側面を盾として受ける。重力解除、慣性質量低減率拡大。
セシリアは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる寸前に、地面を右腕て叩きそれを防ぐ。

砕けたライフルと痛む胸部に、少しでも耐えようとしたら危険であったことを知る。

体勢を立て直そうとするころには、追いすがる箒はすでにセシリアを射程に捉えていた。
穂による鋭い突き。床を滑りながら後退するセシリアは片膝をつくように体勢を大きく崩して回避、眼前の柄を握らんと手を伸ばすも、それは上へと逃げる
石突が箒の手元から延び、地面を這うようにセシリアへとせまる。

瞬間的に量子展開したロングソードがそれを打ち防ぐ。その反作用をさらに後退に利用。箒との距離を取る。
箒は素早く切り返して、二撃目、三撃目と矢継ぎ早に攻めを加える。
箒の神妙な腕捌きは、握りを変幻自在とし、槍自体が伸びたのではないかと思うほどであり、斬撃、突撃、打撃があらゆる方向から相手を襲う。

セシリアが致命的なダメージを受けていないのは、全力で後退しながら防ぐことに専念したためであったが、それにも終わりが見える。

気づけば、セシリアは、鍛錬場の隅へと追いやられていた。

もはや後退はゆるされず、その手に持つロングソードは大きくひしゃげている。

と、そのロングソードが空間に溶けてゆく。

「どうした?降参か?」
たまらず箒はそう声をかけた。

長く美しい、艶やかなブロンドをかき上げながらセシリアは事も無げに
「ここまでとは思っていませんでしたわ。そこは認めましょう」
と言う。その間にプログラムで機動するBTたちが、牙を収めるように所定のポジションへと戻る。

「そして、今のあなたに勝つにはこれで十分ですわ。さあ、どうぞかかっていらして」

瞬間、箒はセシリアへと突進する。

切っ先は僅かの迷いもブレもなくその心臓へと向かう

その瞬間ブルーティアーズが体半分だけ上体をずらし、トウカはセシリアの右脇をすり抜ける。
セシリアは柄を脇に捩じりながら挟み、さらに左手でそれを握りしめる。

避けられたことに驚愕する前に、箒は槍を引き戻してその脇下の動脈を断ち切らんと力を込める。
そしてそれまで手足の延長であったトウカが、まったく無機質な物体へと変貌していたことを知る。それは地面に埋め込まれた大岩のようにびくともしない。

心の動揺と裏腹に、脊髄と魂に刻み込まれた本能は、それを置き去りした。

無用となった柄を放棄し、一歩踏み込んで富士を抜刀。セシリアを両断すべく刃を一閃させる。

何の迷いもなく振りぬかれた刀に、手ごたえがない。

空振りである。セシリアは殺傷半径の外にいた。

神妙を極める箒の刃が、その獲物を両断できなかったことはない。
いよいよ心と体は分離し、それは硬直を生んだ。

伸びきった右体側にセシリアの拳がめり込む。

箒はわずかばかり浮くだけで派手に吹き飛ばない。すなわちその衝撃は箒の体内ですべて受け止められた。
衝撃を受け流すべく作用しようとしていた打鉄の力場が上位から制圧されていたことに気付いたのは、鳩尾にさらなるパンチを受けたときである。
槍はいつの間にか地面に接地し、独特の音を立てた。


その光景を最も信じられなかったのは、試合をつぶさに観察していた一夏だった。

なぜだ?いったいどうして?
「と言いたそうですわね」

片膝をつく箒を見下ろしてセシリアが、一夏と箒の内心と同調したように言う。
「ISというのは目に見える戦いだけではない、ということですわ」

箒は悠々と此方の方へと歩くセシリアにセンサーを指向させ、その種を見破ろうとする

「力むのはあまり宜しくありませんわ」
インターセプターが一基足りないことと、背後数センチで浮かぶそれに気が付いたのは同時だった。
「センサーの指向と選択演算はうまく使えば、音速を超える槍をも迎撃しますが、同時に目隠しにもなりますわ」

「ISは、物理戦闘のほかに、電子情報戦闘、量子戦闘、力場制圧も重要であること、身をもって知っていただけたかしら?」

箒は富士を鞘に納め、「御見事、参りました」と言うほかなかった。


セシリアは
「ただ、箒、あなたの近接戦闘能力は私を凌駕していますわ」

「そこで、提案がありますの。双方に、いや三方にとって良いお話が」

その素敵な笑顔を向けられた一夏は、背筋に氷柱を突っ込まれたような感触がした。



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私が28号を持って立つ後ろで、ジュネーブから私たちを運んできた翼は、一辺100mのエレベーターに乗って地下へと潜っていく。
鼻をくすぐる潮と金属の香りで、帰ってきたのだと実感する。

日本国国防軍、やまと型超大型洋上要塞の第三要塞『しなの』の浮体を利用して建造された、能登半島先端に浮かぶ超国家組織、IS学園。今の私の家であり職場だ。
IS学園をわずか数年で建造できたのは、この『しなの』の浮体があればこそだ。こういった巨大多機能建造物はそうそう作れるものではない。
ここから我々の目的地である職員棟まで歩いて30分といえば、その巨大さが伝わるだろうか?

そのために学園にはモノレールと無人タクシー(正式な名称はほかにあるが、誰もがそう呼ぶ)が走っている。

しかしどうやらそれを呼ぶ必要は無いようだ。

「高鳥 愛殿、クリシュナ殿!二月ぶりの娑婆の空気はいかがですか?」
見事な敬礼と緩み切った笑顔の後ろには、4輪の乗用車にしてはスパルタンすぎる車が、化石燃料機関独特の音を発しながら目を光らせている。

返礼を行いながら
「さっきまでは美味しかったのでありますが、どこかの馬鹿が呼吸を繰り返すので臭くてたまりません。
どうかそれを止めていただけますでしょうか、島風 彩殿」

私と島風とのやりとりを無視して、クリシュナは綺麗に包装された小さな箱を島風へと渡す
「彩さん、お久しぶりです。これ、ジュネーブのお土産のチョコレートですよかったらどうぞ」

島風はその顔をますます緩めてクリシュナへと近づき、頭を撫でながら
「クリシュナちゃんは本当にいい子だなぁ、それに比べてお土産の一つもなしに同僚を罵倒するやつがいるか?」

「いや、同僚を罵倒したつもりはないが……そのどこかの馬鹿にこころあたりでもあるのか?」

「クリシュナちゃん、あんな嫌味な女になったらだめだぞ~」
クリシュナは苦笑して
「愛さんからは彩のようなチャランポランな女になるな、と言われてますのでどちらにもならないよう頑張ります」

こちらを向いた高島はすっかり鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている
私もきっと同じような顔をしていただろう

それがおかしくて、私は笑ってしまった。それにつられたのか彼女も笑い出す。

それがひとしきり収まってから
「おかえり愛」
「ただいま彩、またよろしく頼む」
どちらともなく手を出して握手した。普段は恥ずかしくてできないが、こういうときぐらいはいいだろう。


「さ、感動の再会はこれぐらいにして、藤原先生たちがお待ちかねだ」

私たちは彩の高機動車へと乗り込む。

「クリシュナが一緒なんだ粗い運転は勘弁してくれよ」

「あれ?私はいつでも全然安全運転ですよ?」

念のため、備え付けられたヘルメットをクリシュナにかぶせてやる。
二人ともが着席したことを確認すると、島風は車を発進させる。

彼女は島風 彩 彼女を本当に一言で言ってしまえばスピード狂だ。
小さいころからカートを乗り回し、それが高じてレースに出場するようになる。
腕前は天才的で10年前、高校卒業と同時にプロドライバーになる。
しかしベイオウルフ以後レースのファンは、ISでのレース「キャノンボールファイト」にごっそりともっていかれ、
女性ドライバーということで業界の客寄せパンダにされていた島風は、さまざまな鬱憤がたまりレースを辞めた。

その後、政府主導の、各分野で才能を持つ女性への適正検査の一環として、島風は適正検査を受け、適正があることが判明し、IS業界へと踏み込む。
ただ、その反従属的な精神から、国防軍は採用を拒否。そして一企業のテストパイロットに着任。
本人から聞いた話では、その企業の開発部に「こちらのほうがより自由により速く飛べる」とそそのかされていろいろやらかしたらしい。

そして、IS学園のほうが飛ぶ分に条件が良いと知るや、コネと知力と体力と執念でもってここへと来た。

その企業のスパイであることはほぼ周知の事実で、許可されたデータを毎月せっせと企業に送っている。
国際的な報告書類に乗らない独占情報を一足早く日本企業に渡す行為だが、彼女が知らずに勝手に一人でやっているわけで、日本政府は関知しないということだ。

搭乗ISは「鋼」系列発展機『銀(しろがね)』無論超高速戦闘機体だ。


「私のいない間、どうだった?」

「詳しくは知りませんが、今日2組で一悶着あったそうで。あ、そうそう、これ二組の名簿と報告書類です」

二部の、部外秘と赤字の押印のある茶封筒からそれぞれ名簿を受け取る。あとで目を通すことにしよう。

「そっちは?IS管理局の皆様方は?」

「同じことを何度も何度も聞かれたよ。ネットも繋がらない部屋で、バカみたいに報告書を書かされた」
「利権と自尊心が渦巻いていて、ああだこうだとほとんど前に進まない。」
「結局は玉虫色のどうとでもとれる結論に至って、我々は解放されたわけだ」

「で、結局“彼”は私たちが子守をするということに?」

「そうだ。追って通知があるだろうが、我々はこれまでどおり世界のガラパゴスとなって全方位外交を行い、誰にでも旨みのある要石を演じる。そこにひとつ要素が加わったということだ」
「そう、彼の様子はどうだ?女だらけの学園にはなじんでいるか?」

「彼は、一組、つまり姉の織斑先生のクラスになりました。あと、生徒たちの間には入試もなく入学してきた彼に懐疑的な意識をもってましたが」
「先日あのブルーティアーズとそこそこの決闘を演じましてね、それは減りました。まぁ、まだはっきりと認められたわけではないですが、徐々になじむでしょ」
「事務員たちは、彼がいると本当のただの一般人か隠れスパイか、見分けやすくなってよろこんでますね」

彼……入学試験に乱入した世界初の男性IS搭乗者、織斑一夏。
剣士としては素質十分。IS乗りとしては発展の余地あり。
その姉、同僚にして、世界最高峰のIS乗り、織斑千冬。あの女へ辿りつくために、いずれ問い詰める必要がある二人。
まずは証拠をそろえることだ。
クリシュナにちらりと眼をやり、すぐに戻した。

そうこう話をしているうちに車は職員棟へとついた。クリシュナに気遣ってか、本当に安全運転をしてくれたようだ。

「では、ごきげんよう!」
送り届けてくれた島風は、そこにスキール音とタイヤ痕と焦げ臭さを残して、走り去っていた。


職員棟の一階で出迎えてくれたのは、遠目でも見間違いようのない、巨か…いや、大柄な女性の
「高鳥先生、クリシュナさん、おかえりなさい。帰ってくる日を待ちわびていましたよ」

「お久ぶりです、藤原先生。高鳥愛、ただいま戻りました!」
「藤原先生、ただいま。これ、ジュネーブ土産です」
クリシュナが虚空から箱を取り出して藤原先生に渡す。それは28号に収納されていたのか。

藤原ほのか、学園に来るまでの詳しいことは私は知らない。
学園の生活指導員で、私が言えることは、心優しく自他に厳しく、全幅の信頼がおける人物であるということだ。

私の二倍以上ある手は、私と握手をかわし、クリシュナの頭を撫でた。

「本当にご苦労さまでした……面倒をすべてあなた方に押し付けてしまう格好になりましたね」

「いえ、いいんです。部外者に無用に引っ掻き回されずにすんだのでしょう?計画通りです。」

「台本からほぼ逸脱無し、本学への被害もなし。これもすべてあなたたちのおかげですよ」
「とりあえず今日はゆっくり休んでください。職員へは、明日の朝礼であなたたちの帰還を正式に報告します」
「後日、学園長からの喚問があると思いますので、学園長とはその時に」

「はい、どうもありがとうございます」


今度はクリシュナのほうへ向き
「お土産ありがとう。ゆっくりとたべることにするわ。」
その母性あふれる笑顔は、愛機「鉛(なまり)」を駆けりあらゆるものを粉砕する姿からは連想しづらい。


「明日から、しっかり頼みますね、高鳥先生、クリシュナさん。では、おやすみなさい」

そう言って藤原先生はD棟への連絡通路へと消えていった。

私の部屋はA棟にある。クリシュナは地下であるため、ここでお別れだ。

私が28号から手を放すと、それはぷかぷかと浮かび、やがて意思をもったようにクリシュナへと近づいてゆく。
チューブをリードに見立てれば、まるで空飛ぶ飼い犬だ。

「では、愛さん、おやすみなさい」

そう言った彼女が乗り込んだエレベータの閉まるまでを見送って、私も自室へと戻るべくA棟へと行く。。

名簿を確認して、報告書にも目を通し、その二組の騒動とやらの仔細も確かめなければならない。
IS学園一年二組担任の高鳥先生として、やるべきことは多いのだ。
私はこの学園が好きだ。生徒たちも好きだ。頼もしい同僚も、皆気のいい奴ばかりだ。

ただ、私のその全てを引き換えにしても、為さなくてはならないことができただけだ。

私は通路を抜け、エレベータで自室のある階を押す。すべてはこれからだ。


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