<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.28168の一覧
[0] 【完結】 お姫様じゃいられない 【魔法少女まどか☆マギカ・女オリ主】[ひず](2014/11/24 21:29)
[1] #001 『奇跡みたいな出会いだなって』[ひず](2011/06/26 20:54)
[2] #002 『笑顔でいてほしいんだ』[ひず](2011/06/05 20:35)
[3] #003 『ボクの為の願いじゃない』[ひず](2011/06/26 20:55)
[4] #004 『もしも奇跡を願うなら』[ひず](2011/06/12 21:17)
[5] #005 『まだ大丈夫』[ひず](2011/06/19 20:17)
[6] #006 『やっと、見付けた』[ひず](2012/10/23 21:45)
[7] #007 『ボクらはボクらの、正義の味方だ』[ひず](2012/10/23 00:00)
[8] #008 『はじめまして』[ひず](2011/07/24 20:42)
[9] #009 『安心してて、いいからね』[ひず](2011/08/21 20:49)
[10] #010 『だってボクにできるのは』[ひず](2011/08/21 20:48)
[11] #011 『ボクはずっと願ってる』[ひず](2011/09/04 20:52)
[12] #012 『これはやるべき事なんだ』[ひず](2011/09/18 22:32)
[13] #013 『強がりなんかじゃない』[ひず](2011/10/09 21:49)
[14] #014 『なんでだろうな』[ひず](2011/10/23 22:52)
[15] #015 『だから嫌いなのか』[ひず](2011/11/13 23:17)
[16] #016 『なんだか似てるね』[ひず](2011/11/28 22:43)
[17] #017 『魔法少女って、なんですか』[ひず](2012/10/23 00:01)
[18] #018 『女の子なのよ』[ひず](2012/04/01 21:32)
[19] #019 『名前で呼んでもいいですか?』[ひず](2012/10/20 21:53)
[20] #020 『私は、必ず、ほむらになる』[ひず](2012/12/31 19:14)
[21] #021 『あなたに、ほむらは、必要ない』[ひず](2013/09/08 21:43)
[22] #022 『ありがとう。うん、それだけ』[ひず](2014/07/21 06:09)
[23] #023 『わたし、魔法少女になります』[ひず](2014/08/16 21:20)
[24] #024 『ダメな先輩でごめんなさい』[ひず](2014/09/14 23:13)
[25] #025 『他の誰でもないキミに』[ひず](2014/10/13 12:45)
[26] #026 『それは本物だと思うから』[ひず](2014/11/24 21:28)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28168] #006 『やっと、見付けた』
Name: ひず◆9f000e5d ID:12349ee8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/23 21:45
 その少女の名前を、アイは知らない。いつどこで出会い、どんな事を話したのかも覚えているのに、名前だけは記憶に無い。もしかしたら教えて貰わなかったのかもしれないし、ただ忘れてしまっただけなのかもしれない。どちらにせよ、アイが少女の名前を思い出せない事には変わりが無い。アイが少女を思い出す時、胸にポッカリと穴が開いたような感覚に陥る事も、きっと変わらない。

 アイが少女と出会ったのは、彼女が六歳の時だった。伯父の勧めにより、病院で様々な検査を受けさせられていた時の事である。出会った場所は順番待ちの長椅子の上で、たまたま隣に座った事が切っ掛けだ。

 初め、アイは少女の髪に目を奪われた。真っ黒で長い髪という点では同じなのに、まるで正反対の艶やかさを持つ少女の髪に、アイは心を奪われたのだ。眩しくて、輝いていて、どうしようもなく綺麗だと思わずにはいられなかった。だから気付いた時には、アイは自然と少女に話し掛けていたのだ。それは子供の素直さであり、人見知りしないアイの性分でもあった。

『とても綺麗な髪ね。羨ましいわ』

 そう話し掛けた時の少女の反応を、アイはハッキリと覚えている。愛らしい顔を俯かせて、恥ずかしそうに頬を赤く染めたのだ。その姿が一層可愛らしく思えて、アイはまた少女を褒めた。そして少女が更に身を縮こまらせてと、暫くはその繰り返し。やっとマトモに話が出来るようになったのは、見兼ねた少女の母が仲介した後の事だ。

 口下手で恥ずかしがり屋な少女も、会話を重ねれば次第にアイと打ち解けてきた。そうして互いの距離が近付けば、共通点も見えてくる。歳が一つ違いな事、本が好きな事、運動が苦手な事。二人にとっては生まれて初めて出会えた、自分と近しい境遇の女の子だった。だから自然と話も弾み、少しずつ遠慮も消えていった。

 特に二人が盛り上がったのは、アイが持っていたとある絵本の話だ。不幸な目に遭ったお姫様が王子様に助けられるという、ありきたりなストーリーの絵本だった。だけど二人は子供で、女の子で、だからそんなお話こそを望んでいた。

『わたし、お姫様になりたいなぁ』
『私も。王子様に助けられるのって、女の子の夢よね』

 なんて笑い合った、かつての少女達。本当に無邪気に、そんな事を語り合ったのだ。

 夢見がちな少女そのものの会話は、アイの順番が来るまで続けられた。そうして別れた二人は、その後二度と出会う事が無かった。幼い頃の、たった一度きりの短い逢瀬だ。けれどアイは、今でもこの時の事を覚えている。アイより一つ年下の、みどりの黒髪が綺麗な可愛らしい女の子。名前も知らない彼女は、それでもアイにとって忘れられない友達だった。

「――――――懐かしい、と言うべきなのかな」

 目を覚ましたアイの呟き。天井を仰ぎ見る彼女の瞳には、しかし何も映っていない。アイが見ているのはここに居ない誰かで、記憶にしか残っていない誰かだ。かつて出会った少女との思い出を、アイは暫し反芻していた。やがて記憶の整理を終えた彼女は、頭を押さえながら上半身を起こす。カーテン越しに射し込む朝日に目を細めたアイは、寝惚け眼を何度か擦った。

「あの子くらいなんだよねぇ。また会いたい友達って」

 のんびりとした口調でアイが喋る。その口元には微かな笑みが刻まれていた。

 入院する以前の、自宅で生活していた頃のアイには数人の友達が居た。仲は良かった方だと、アイ自身は思っている。実際、入院したばかりの頃には何度かお見舞いに来てくれて、また遊ぼうと約束した覚えもあった。ただ幼い子供にとって、ほとんど会わない友達の価値は低い。次第に顔を見せる回数が減っていき、小学校に入学してからは一度もお見舞いに来てくれなくなった。

 寂しい、とアイが感じなかった訳ではない。ただそれでも彼女は、仕方の無い事だと受け入れていた。アイにとっても向こうにとっても、所詮はその程度の仲だったのだ。懐かしむ事はあっても、焦がれる事は無い。それで済む関係だった。

 だけどあの少女は違う。かつてアイが一度だけ会った黒髪の少女は、まるで違うのだ。一度でいいからまた会いたい。会って話をしてみたい。両親が死んだ頃から、アイはそう思うようになった。それはきっと似ているからだ。昔の少女が、昔のアイとそっくりだったから、今は何をしているのか知りたいのだ。

「……キミはお姫様になれたのかな?」

 問い掛けに答えは無いけれど、アイは気にしない。いやむしろ彼女の本心としては、知りたくないのかもしれない。
 苦笑したアイがベッドから抜け出し、伸びをする。そうして彼女は、少女の存在を思考から追いやった。

「うん、絶好のデート日和だね」

 両手でカーテンを開けたアイが、元気よく言い放つ。窓の外の空は青く、太陽が白く輝いている。朝日を浴びた彼女はニッコリと微笑みを浮かべ、大きく腕を広げた。深呼吸すれば、頭の芯から目が覚めてくる。

 今日のアイは珍しく外出する予定があった。つまりはマミとのお出掛けだ。アイの体を考えれば人込みに近付く事は出来ないが、それでも普段とは違う場所で食事やお喋りをする事は、二人にとって大事なイベントの一つだった。何日も前から話し合い、当日の予定を練っていく。そうして一緒に頭を悩ませる事もまた、彼女達の楽しみだ。

 だが今回に限って言えば、アイは純粋な遊び気分ではいられない。

 マミがキュゥべえの契約を手助けしている。その情報を杏子がアイに伝えてから、既に一月以上の時間が経っていた。問うに問えず、答えを出そうにも出せるはずもなく、アイは一人で居る間中、ずっと悩み続けてきた。何が正しいのか、何をすれば正解なのか、それは今のアイにも分からない。しかしこのまま最善の瞬間を待っていても、そんなものは訪れないかもしれない。ならば今の自分で出来る事をする。それがアイの覚悟だった。

「話し合いといこうじゃないか」

 不安も弱気も押し込めて、アイが不敵な笑みを形作る。ガラス細工を思わせる、とても繊細な表情だった。


 ◆


 おろしたてのチュニックを着て、おろしたてのカーディガンを羽織り、おろしたてのレギンスを合わせ、おろしたてのブーツを履く。そして最後におろしたての立体マスクを着ければ、今日のアイのファッションが完成する。はっきり言ってしまえば、少しばかり残念な感じだ。顔がよくても、服がよくても、機能重視の河童マスクで台無しだった。

 出がけに確認した自分の格好を思い出し、アイは憂鬱そうに嘆息する。待ち合わせ場所である自然公園の片隅で、彼女は周囲の人影に背を向けて佇んでいた。近寄るな、と小さな背中が物語っている。

 アイとて好きでマスクを着けている訳ではない。ただ免疫力の低い彼女を心配するマミが、マスクの着用でなければ外出を許可してくれないのだ。しかもマミが選ぶマスクはどれも機能優先で、デザイン性の低い物ばかりだった。そのためいつの頃からか暗黙の了解となったこのマスク着用は、思春期真っ只中のアイにとっては些か恥ずかしいのである。

 とはいえマミの過保護に時折ウンザリしながらも、アイは決して文句を言おうとは思わなかった。マミに世話を焼かれる事は好きでも嫌いでもない彼女だが、世話を焼いて満足げなマミを見る事は大好きなのだ。

「うん?」

 不意に流れる着信音。味気も何も無い、デフォルト設定のままのそれは、アイの携帯電話が発していた。首を傾げながらもバッグの中から携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して耳に当てるアイ。相手の声はすぐに聞こえてきた。

『もしもし。アイ?』
「はいはい、アイちゃんですよー」

 電話を掛けてきたのはマミだった。聞き慣れた声が、アイの耳を優しく擽る。

『あら、大丈夫? 少し声の調子がおかしいみたいだけど』
「……泣いちゃうぜ?」

 言いつつマスクを外したアイが、小さく嘆息。

「それで、いきなりどうしたの? 約束の時間はもうすぐなんだけど」
『えぇっと……』

 電話越しにも分かるマミの逡巡。それに不安を覚えながらも、アイは続く言葉を静かに待つ。

『実は、今日は一緒に遊べそうにないの』
「……へぇ。魔女でも出たの?」
『少し違うけど、魔法少女関係よ』

 アイの喉が鳴る。心臓が高鳴る。嫌な予感に襲われ、彼女は表情を硬くする。

 申し訳なさそうに話すマミの声は、しかし僅かに弾んでいた。これは奇妙な事だ。アイとの約束をドタキャンして喜ぶなど、マミに限って有り得ない。もしもそんな事があるとすれば、それはやはりアイに関係しているからだろう。

 契約。アイの脳裏をよぎった二つの文字。思い浮かべれば唐突に現実味を増したその言葉が口を衝こうとしたのを、アイはどうにか飲み込んだ。急に巡りの悪くなった思考を必死に働かせ、彼女はなんとか警戒されない言葉を選ぶ。

「そんなに時間が掛かるの? 少しくらいなら待つけど」
『ごめんなさい。いつまで掛かるかはわからないの』
「危ないこと?」
『安心して。今日は危険な事はしないから』

 マミの声は穏やかで、聞いているだけで心が落ち着くほどだ。しかし隠せない喜色に気付いたアイは、思わず眉を顰めていた。芽生えた疑念は消える事無く、際限無く膨らんでいく。危険な事ではないという話も、今のアイにとっては不安材料でしかない。

「……あのさ。危なくないなら、ボクもついて行っちゃダメかな?」

 気付いた時には、アイはそんな事を口にしていた。彼女の心臓は最高潮で、携帯電話を握る手の平は汗でベタついている。震えそうになる手に無理やり力を籠め、アイは静かに返事を待っていた。

『ごめんなさい。あなたを連れて行くわけにはいかないの』

 控えめな、それでいて明確な拒絶を滲ませたマミの言葉が、アイの胸に突き刺さる。咄嗟に返す言葉が出てこなくて、アイは息を呑む事しか出来なかった。

『私の用事はこれだけだから、もう切るわね。今日の埋め合わせは必ずするわ。それじゃ』
「あ、ちょっと!」

 アイの呼び掛けも虚しく、通話口からは不通音だけが届いてくる。暫く携帯電話を見詰めた後、アイは肩を落として溜め息をついた。覇気に欠ける顔で、彼女は弱々しい呟きを漏らす。

「ボクって神様に嫌われてるのかなぁ」

 今日こそは、とアイは覚悟を決めてここに来た。膝を詰めて腹を割り、とことんマミと話し合うつもりだったのだ。しかし結果は空振り。いや、それ以前に勝負の場に立つ事すら出来なかった。あんまりにもあんまりな現状に、アイとしても嘆かずにはいられない。

 アイが気落ちしたまま携帯電話を操作する。何か気晴らしになるものはないかと、彼女は周辺の情報を探し始めた。

「――――また集団自殺?」

 不意にアイの目に付いた一つのニュース。それは見滝原市、つまりはアイ達の住む街で起きた事件だった。もちろん事件そのものも悲しむべき事だが、それよりもアイが注目したのは、今週だけで二件も集団自殺が起きているという事だ。

 ここ二週間ほどの見滝原市は、何かが可笑しかった。二件の集団自殺に、五件の殺人事件。そのような事が頻発している事が嘆かわしく、またそれらの事件の関係者に、なんの繋がりも見えない事が不気味だった。集団自殺の関係者はどこで知り合ったのかも分かっていないし、殺人事件は五件とも被害者と加害者がまったくの他人でしかない。あまりに奇妙な状況の為、ネットでもちょっとした話題になるほどだ。

 魔女の所為だと、マミが暗い顔をして言っていた。彼女は事件がある度に現場付近に赴いて魔女退治をしているようだが、どうやら魔女の数に魔法少女側が対応しきれていないらしい。しかしそれは奇妙な事だ。マミの協力によって増えた魔法少女により、付近の魔女は減少傾向にあると杏子は言っていた。その時から二月と経っていないのに、この状況は可笑しいとしか言えない。

「ここもそうなんだよね……」

 呟き、アイが辺りを見回した。緑豊かな自然公園には多くの人が行き交っており、平和な光景が広がっている。しかしその中で一点だけ、不自然なほど人目を引いている一角があった。近くを通る人のほとんどが視線を向けるその先には、制服を着た警官達の姿が見える。

 数日前、この自然公園で一人の少女が遺体となって発見された。外傷は無く薬物反応も無く、まるで魂でも抜かれたかのような綺麗な遺体だったという。家族によれば時折思い詰めた様子があったという話だが、今もって死因は特定されていない。更に特徴的なのは、遺体が発見された時の状況だ。朝、ジョギング中の男性が見付けた時、少女は大量の動物に囲まれていたらしい。猫も犬も鳩も雀も関係無く、あらゆる動物が少女を見守っていたその光景は神々しさすら感じられたと、発見した男性はコメントしている。

 あまりにも不可思議な出来事だが、アイは少女の正体に心当たりがあった。つまりは魔法少女である。単なる変死事件であればアイもそこまで突飛な考えは持たないだろうが、これにはマミも関係していた。興味深い事件だと雑談のネタとしてアイが振ったところ、明らかにマミの表情が曇ったのだ。それが痛ましい事件を嘆いての事ではなく、もっと深い意味を持った表情だという事くらい、アイにはすぐ分かった。特異な状況と合わせて、マミが契約を促した魔法少女かもしれないと、アイは予想したのだ。

「ほんと、わけわかんないよね」

 魔女によって引き起こされる事件の大量発生に、魔法少女と思われる女の子の不審死。アイが知っている情報とはあまりに異なる現状は、魔法少女という存在の底知れなさを伝えてくれていた。マミにしろ杏子にしろ、魔法少女として事情通ぶってはいても、その本質を理解している訳ではない。だからこの状況に対する答えを持ち合わせていないし、困惑しているはずだ。

「すべてはキュゥべえのみぞ知る、か」

 つまらなそうに鼻を鳴らし、アイが吐き捨てる。それからマスクをつけ直した彼女は、目線を落として歩き始めた。行き交う人影に背中を向け、アイは人気の無い方へと移動する。今はとにかく、静かな場所で休みたかった。

「ん?」

 五分ほど歩いた所で、アイは奇妙な違和感を覚えた。何が可笑しいという訳ではないが、何かが可笑しい。そう思って彼女は地面を向いていた顔を上げ、直後、これ以上無いほどに目を見開いた。

「なん、で……」

 呆然と立ち尽くすアイの瞳には、目映いほどの緑が映されている。自然公園のものではない。いつからそうだったのかは分からないが、たしかに今の彼女は、草原の真ん中に立っていた。地平線が見えるほどの限り無い大地が、アイの眼前に広がっているのだ。

 唐突に異世界に迷い込んだような感覚。かつてアイは、これと似たような経験をした事がある。

「……っ。神様は本気でボクが嫌いなのかよっ」

 自失から立ち直ったアイが、歯を食い縛って言い捨てる。

 魔女の結界に取り込まれたのだと、アイは即座に理解した。はっきり言って予想外だ。少女の死に魔女が関わっていると考えてはいたが、アイは既にマミが退治したと思っていた。事件についてはマミも知っているし、彼女が待ち合わせ場所として認めた以上、安全は確保されているはずなのだ。そのくらいには、マミはアイに対して過保護だった。

 マミが見逃したのか、調査後に移動してきた魔女なのか、あるいはそもそも調べられていないのか。可能性はいくつか考えられるが、悩んでいる暇は無いと、アイは首を振って気を取り直す。次いで携帯電話を確認するが、当然のように圏外だった。これでマミの助けは見込めない。つまりは自力で脱出しなければならないと分かり、アイは目の前が暗くなる気持ちだった。

「とにかく、移動しなきゃ」

 アイの独り言が虚しく響く。辺りは一面の草原だ。所々に木が生えているが、とにかく何も無い。以前にアイが取り込まれた結界に比べれば常識的な空間ではあるが、見通しがよ過ぎる場所というのは不安を煽る。敵の影を探し、アイは急ぎ辺りを見回した。前を見て右を見て左を見て、そして後ろに振り返った瞬間、アイは頬を強張らせる。

 アイの背後には大量の動物が居た。いや、それを本当に動物と言って良いのかは分からない。まるでピカソの抽象画から抜け出してきたような奇妙な見た目をしたそれらは、視界に映るだけでも神経を削られそうだった。

「ははっ。芸術的だね。ドキドキが止まらないや」

 唇を震わせながらアイが漏らす。直後にクッキーの型取りに無理やり押し込まれたような形のライオンが、ギョロリとした目でアイを睨んだ。細い肩を跳ね上げ、アイは緊張で喉を引き攣らせた。

 肉食も草食も関係無く、あらゆる動物型の使い魔がアイを見詰めている。未だその足は動いていないが、もしも争いになればアイは一瞬で捕えられるだろう。この場でのヒエラルキーは、間違い無く彼女が最下層だ。

 動くべきか動かざるべきか、アイは必死に考える。現状を切り抜ける知恵は無いかと、とにかく思考を巡らせる。

 この魔女が例の少女を殺した可能性は否定できない。少女を囲んでいたという大量の動物と、今アイの目の前に広がる光景を踏まえれば、どうしたってその結論に行き着いてしまう。そしてもしそれが真実だとすれば、この魔女は魔法少女を殺せるだけの力があるという事だ。もはや笑うしかないように思える状況だが、それでもアイは考えるしかなかった。

 かつてキュゥべえは、魔女にはなんらかの感情的な性質があると言っていた。ならばこの魔女はどういった性質を持っているのだろうか。ヒントになるのは、無限に広がる草原とアイの目の前に居る動物達、そして少女の変死体だ。これらから魔女の性質を特定出来れば、あるいはそれが抜け道となるかもしれない。藁にも縋る思いで、アイはその可能性に賭けた。

「……?」

 不意に違和感。何かがズレている、とアイは眉根を寄せた。直後、彼女はアッと小さく声を漏らす。

 奇妙なのは少女の存在だ。通常、魔女の結界の中で殺されれば、その死体が見付かる事は無い。となれば少女は結界の外で殺された事になるのだが、それはそれで可笑しな点がある。魔女が結界に隠れるのは、魔法少女に狩られない為だとマミは言っていた。故に人を殺す時は『魔女の口づけ』と呼ばれる呪いによって自殺や殺人を促し、出来るだけ自然な死を装うのだ。それを考慮すれば、今回のような変死事件というのは腑に落ちない。たしかに事件性で言えば集団自殺も目立つが、なんと言うか、魔女らしくないとアイは思った。

 そもそも少女は、本当に魔女によって殺されたのだろうか。アイは動物という共通点から連想したのだが、実際には無関係だった可能性もある。たまたま関連性があるように見えただけで、少女の願いが動物に関係するものだっただけかもしれない訳だ。そう、全ては偶然の一言で片付けられる。そして偶然だとすれば、早々に見切りを付けて別の事を考えるべきだろう。

 しかしアイはそうしなかった。出来なかった。

「まさか……そんな、ありえないっ」

 困惑した顔でアイが呻く。その黒い瞳には、既に使い魔達は映っていない。

 偶然ではなかったとしたら。少女と魔女に関連があったとしたら。そう考えた瞬間、アイの脳裏であってはならない論理飛躍が生まれた。魂を抜かれたような少女の遺体。それが”ような”ではなく、本当に魂を抜かれていたとしたらどうだろうか。魂が体を飛び出て別の何かに向かったとすれば、最も可能性が高いのはどこだろうか。今のアイには、嫌な想像しか出来なかった。

 またキュゥべえの目的は魔法少女を増やす事で、グリーフシードを集める事も仕事の一環らしい。もしも本当に”そう”なのだとすれば、アイから見て十分に筋が通っているように思える。何よりキュゥべえが魔法少女の末路を必死に隠そうとするのも頷ける。

 第一『魔女』という呼称にも疑問は残る。魔物でも魔族でも悪魔でもなく、わざわざ性別を限定するような名称にする理由はなんなのか。最初は中世の魔女狩りのように男女関係無い呼び名だと思ったアイだが、キュゥべえの性格を考えれば些か可笑しい。魔法少女と魔女。この両者にここまで”近い”名前を付ける事情があるのではないかと、彼女は思い至ってしまった。

 想像でしかないし、妄想でしかない。けれどアイの思考に生じたノイズは、刻一刻と大きくなって、もはや無視する事など出来ないほどに膨れ上がっている。だからアイは、その瞬間まで気付かなかった。

「ッ!?」

 強烈な悪寒が背筋を這い上り、アイが慌てて顔を上げる。そして彼女は、ようやくソレを認識した。

 クマのぬいぐるみ。咄嗟にアイが思い浮かべたのはそんな言葉だ。しかしアイの知るぬいぐるみとは、そのスケールが違い過ぎた。二階建ての一軒家を軽く超える巨体を焦げ茶色の布で覆い、岩ほどもあるガラス玉の目でアイを見下ろすソレは、ちょっとした怪獣並みだ。周りの使い魔達が道を開ける中、魔女と思しきその存在は、悠然とした足取りでアイの方に歩いて来る。その丸太の如き腕には、ぬいぐるみのように人間の少女が抱えられていた。直感的に、アイは少女が息をしていない事を悟る。

 アイの視線に気付いたのか、魔女が少女を抱える腕に力を籠める。骨の折れる鈍い音が鳴り響き、アイは反射的に目を逸らした。それから彼女がおそるおそる魔女の方を見遣ると、今度は腕の中の少女と目が合った。

「ヒッ」

 少女の濁った目は瞳孔が開ききっており、閉じきらない口からは血が垂れている。力が抜け不安定に揺れる頭はアイ以上に血の気が無く、生々し過ぎるほどに人の死というものを突き付けてきた。

 入院生活の長いアイは、人の死には慣れている。しかしそれは死体に慣れているという事ではない。むしろこんなにも生々しい死体を見るのは初めてで、アイは思わず後ずさる。一歩下がり、二歩下がり、徐々に魔女から距離を取ろうとした。

「うわっ」

 躓いたアイが尻餅をつく。地面に手をついた彼女は、そのまま魔女の巨体を見上げる事になった。気付けば間近に迫っていたぬいぐるみはあまりにも威圧的で、何より腕の隙間から滴る赤い液体が、アイの心に恐怖を植え付ける。半端に可愛らしいぬいぐるみの見た目が、むしろおぞましさを強調しているように感じられた。

 魔女の腕が振り上げられる。ぬいぐるみらしく柔らかそうなそれは、けれど紙屑のようにアイを潰せる力を秘めていると確信出来た。しかしアイの頭は働かず、呆然と魔女の動きを眺める事しか出来ない。

 思考の空白。場の静寂。一瞬だけ生まれた、奇妙な均衡。

 そして魔女の攻撃が始まった。アイの視界が巨腕で埋まる。唸る風が耳を掠める。刹那の後には命を刈り取られるのだと、アイは本能的に理解した。だけど彼女の心は冷えきっていて、まるで他人事のように感じている。

 あぁ、死ぬのか。アイの脳裏をよぎったのは、たったそれだけの言葉だった。

「――――――やっと、見付けた」

 冷たい声が、通り過ぎた。

「えっ?」

 目の前には青空が広がっている。それが何を意味するのか、アイは咄嗟に理解する事が出来なかった。鼻を擽る草の香りを吸い込み、首筋を撫でる草っ葉を感じ取り、手の平に返る土の感触に気付いたところで、彼女は自分が倒れているのだと理解する。訳が分からない。本当に何が起こったのだと、アイは目を丸くした。そうして戸惑いを隠せないまま、ゆっくりと体を起こす。

 上半身を起こしたアイの視界に、長い黒髪が映り込む。陽光を反射するそれは驚くほど艶やかで、刹那、アイは目を奪われる。だがすぐに彼女は首を振って気を取り直す。それから背を向ける黒髪の持ち主に、アイは躊躇いがちに話し掛けた。

「キミは……?」

 声を掛けてから、アイは相手が少女だという事に気付く。白い服に黒いスカート、そして黒のストッキングが、後ろから見て取れる少女の服装だった。左腕にも何かを着けているようだが、アイの位置からではよく見えない。ただ彼女が魔法少女だという事は、アイも朧気に理解していた。

「少しジッとしていなさい。すぐに終わらせるわ」

 返ってきた少女の声は冷たく、まるで氷のようだった。アイに背を向けたままの少女が見詰める先には、先程の魔女と使い魔達。何時の間にか随分と距離を取っていたようで、その事実がまた、アイの疑念を深めていく。まったくもって現状に理解が追い付かない。そうして首を傾げるアイの眼前で、少女が何かを取り出した。筒状の物体、という事しかアイには分からなかった。

「へ?」

 消えた。少女の握っていた筒が唐突に消えたのだ。投げる動作も何も無く、まるでコマ落ちしたかのような早業に、アイはまたしても目を丸くした。そんなアイの反応を気にした風も無く、少女が悠然と振り返る。長く艶やかな黒髪が翻り、甘い香りがアイの鼻先を擽った。

 直後、轟音が鳴り響く。反射的に目を瞑ったアイの頬を熱風が撫で、断末魔のような声が耳を貫いた。おそるおそるアイが目を開ければ、先程まで魔女が居たはずの場所に、灰色の煙が立ち込めている。まるで爆弾が爆発した時みたいだと、アイは思った。

「はじめまして、絵本アイ」

 辺りに広がる噴煙を背景に、少女が冷淡な声を紡ぎ出す。正面から見た少女の面立ちは、言葉を失うほどに整っていた。アメジストを嵌め込んだかのような鋭い瞳に、綺麗に通った鼻筋、女性的で柔らかな曲線を描く輪郭など、将来は美人になる事が約束された美少女だ。

 呆然とアイが眺めていると、少女は右手を動かし、髪に指を通して掻き上げた。

「私は暁美(あけみ)ほむら。あなたに魔法少女の真実を伝えに来たわ」

 少女が告げる。淡々と響く彼女の声は、不思議とアイの耳から離れようとしなかった。


 ◆


『彼女達がそうなの?』

 レアチーズケーキをフォークで切り取りながら、マミはキュゥべえに念話を飛ばす。口元にケーキを運ぶ彼女の視線の先では、二人の少女がお喋りしていた。桃色の髪を持つ気弱そうな女の子と、水色の髪を持つ勝気そうな女の子。可愛らしい私服に身を包んだ彼女達は、見た目にはどこにでも居る少女のようだった。漏れ聞こえる会話の内容も普通で、これと言って特筆する点は無いように思える。しかしマミは違った。蜂蜜色の瞳を二人に向け、怖いくらい真剣な表情を浮かべているのだ。

『その通り。特に左側の子はかなりの資質を持っているね』

 テーブルに乗ったキュゥべえが喋る。その言葉を受けて、マミは桃色の髪の少女に注目した。

 笑顔でパフェをつつく少女は、やはりただの一般人にしか見えない。こうして喫茶店で友達と談笑する姿は微笑ましくすらあり、本来ならマミとの関わりなど欠片も無いような普通の少女だ。けれど幸か不幸か、彼女はキュゥべえに目を付けられた。そして魔法少女として彼女を観察すれば、マミにもその特異性がよく分かった。

『……なるほど。たしかに凄い才能ね』
『うん。並の魔法少女とは比べ物にならないよ』

 魔法少女になる為の素質。マミの視界に映る二人の少女は、たしかにそれを備えている。特に桃色の髪の子が顕著で、マミが見てきた中で一番と言っていいだろう。キュゥべえの契約を手伝う中で培ったマミの感覚が、少女の底知れなさを訴えていた。もう一方の女の子も平均には達しているようだが、桃色の少女と比べれば霞んでしまう。

 マミが二人について知ったのは、ほんの少し前の事だった。アイとの待ち合わせ場所に向かう途中、いきなりキュゥべえからの呼び掛けがあったのだ。魔法少女の素養を持つ少女を見付けたから説得を手伝ってほしいというその誘いを、初めマミは断るつもりだった。その判断を撤回した理由は、凄い才能を持つ女の子が居て、その子ならアイを治す事が出来るかもしれないと聞かされた為だ。

『あの子なら、本当にアイの病気を治せるの?』
『可能性は十分にあるよ。治癒能力に目覚めたら強力だろうし、なんなら奇跡を叶える時、ついでに願ってもらえばいい』

 マミが不思議そうに首を傾げる。

『ついでに?』
『君の願いを思い出してみるといい。君自身の怪我を癒し、あの場での安全を確保したよね。治療だけに限定しても、全身にある傷を一括で治す事ができた。それら複数の奇跡を、君は『助けて』という願いだけで叶えたんだ』

 淡々としたキュゥべえの語り。その説明を受けたマミは、たしかにと頷いた。

『重要なのは本人のイメージとエネルギーの量なんだ。一つの願いとしてイメージできて、十分なエネルギーを持っているなら、複数の事を一度に叶えられる。そして彼女ほどの才能があれば、自分の願いの分を差し引いても、アイを治すくらいの余裕はあるだろうね』

 マミの心臓が跳ねた。彼女は慌てて少女達の方に顔を向け、まだそこに居る事を確認して胸を撫で下ろす。それからマミは、改めて二人の女の子を観察した。先程よりも真剣に、気迫すら漂わせて、マミは彼女らを凝視する。

 二人はどこにでも居る女の子にしか見えないが、魔法少女の契約において重要なのは内面だ。魔法少女になり、魔女と戦う事になってでも叶えたい願い。それを持っているか否かが大切なのだ。中にはマミにとって理解し難い願いを持つ者も居たが、それでも最低限の覚悟がある事を確認してから、マミは契約を促してきた。それは彼女が定めた最後の一線で、自分に対する言い訳でもあった。

 あの二人はどうなのだろうかと、マミは考える。一見すれば悩みの無さそうな、普通に恵まれた家庭の子供のようだが、外見情報が当てにならない事を、マミは経験的に知っていた。他人の悩みというのは予想外の所に眠っているもので、マミにとってはどうでもいい事でも、他の誰かにとっては重い問題となっている事も少なくない。

『あの子達の情報は?』
『それがまだ集まっていないんだ。僕もさっき見付けたばかりだからね』

 ふむ、とマミは自らの顎に指を添える。

 いくらマミが契約の手伝いをするとは言っても、その相手を選ぶのはキュゥべえだ。どこの誰で、どんな人間関係を持っていて、どういう願いを持っていそうかといった情報をキュゥべえから聞き、それを元にマミは交渉の流れを考えてきた。よって行動の指針となる情報が無い以上、マミは一から少女達に近付く方法を考えなければいけない事になる。

『なにか切っ掛けがあればいいのだけど』
『そうだね。魔女が現れてくれるのが理想かな』
『…………』

 不謹慎だとキュゥべえを叱る事は、マミには出来なかった。それはマミ自身も同じ事を考えてしまったからだ。魔女に遭遇した女の子は、すんなりと魔法少女の存在を受け入れてくれる。更にマミが魔女から助け出せば、一気に信頼を勝ち取る事も出来るのだ。これまでの経験でその事を理解しているからこそ、マミはそんな不吉な事を思ってしまった。

 これではどちらが魔女なのか分からないと、マミは自嘲する。不意に彼女が思い浮かべたのは、魔法少女になった所為で死んでしまった、一人の少女のこと。数日前に自然公園で遺体を発見された彼女の死をマミに報せたのは、朝のニュースではなかった。死んだ少女の親友で、共に魔法少女になった女の子からの電話が、マミにその訃報を伝えたのだ。

 今でもマミは覚えている。親友の死を教えてくれた、絶望に染まった少女の声を。マミの知る限り、二人はとても仲の良い友達だった。背が小さく気弱な子と、背が高く強気な子。彼女達はまるでお姫様と騎士のような関係で、長い付き合いの間に培われた、他人が入り込めない雰囲気を持っていた。そんな二人を知るからこそ、マミの受けた衝撃は並大抵ではなかった。

 彼女達だけではない。この二週間で見滝原市の魔女被害は一気に増加した。もともと表に出ない所で犠牲者は出ていたが、こうまで騒ぎになるのは異常事態だ。マミの知らない所で命を落とした魔法少女は、おそらく片手では足りないだろう。彼女達が死んだ責任の一端は、間違い無くマミにある。それでもマミは、立ち止まる事は出来なかった。自分にとっての特別なのか、そうではないのか。それはマミにとって、何より大事な判断基準だった。

「……ふぅ」

 紅茶に口を付け、一息つくマミ。彼女はここに居ない友達に思いを馳せた。

 現在、アイは少女の遺体が見付かった自然公園に居るはずだ。ある意味では不吉な場所だが、マミはそこまで心配していない。そこに”魔女は居ない”と、亡くなった少女の親友が教えてくれたからだ。親友の仇を取るから手を出さないでほしいと言った事を思えば、見落としたという事も無いだろう。だからマミは安心して、今日の待ち合わせ場所にする事が出来たのだ。

『マミ。二人が移動するみたいだよ』
『わかったわ』

 レジに向かう二人の少女を確認し、マミは食べ掛けのケーキを残して立ち上がる。そのまま伝票を掴み、二人の姿を視界に捉えながらも、マミは自然な様子で歩き始めた。そして二人のすぐ後に会計を終えた彼女は、心持ち早足で店から出た。先に出た少女達の背中を探して辺りを見回すマミ。すると目的の人物はすぐに見付かり、彼女はその後を追った。

 マミは一定の距離を保ったまま二人に付いて行く。漏れ聞こえてくる会話の内容を分析しながら、彼女は接触のタイミングを計っていた。出来るだけ自然な出会いを装い、警戒心を持たれないようにしなければならない。こんな時に助かるのがキュゥべえの存在だ。キュゥべえの姿を見れば一般人は驚くし、なんならわざと念話を聞かせてもいい。そうして興味を持たせた後に、偶然を装って話し掛けるのだ。

 初めは人通りの多い街中を歩いていた二人だが、やがて人影のまばらな川沿いの道を進み始めた。まさに天運。今こそ行動すべき時だと、マミは計画を練り始めた。周辺の地形を確認し、接触し易い状況を考える。それから移動を開始したマミは、しかしすぐに足を止める事となった。前方を歩く少女達を見遣り、マミは怪訝そうに眉根を寄せる。魔法少女としての感覚が、見逃せない悪寒を告げていた。

『キュゥべえ』
『うん。魔女だね』

 右肩に掴まるキュゥべえの返答を聞き、マミが頷く。少女達の進む先には、魔女の結界が存在していた。こんな場所に居るというのはマミとしても予想外だが、おそらくは頻繁に住処を移す移動型なのだろう。

 とにかく、奇跡的なまでの幸運であり、悲劇的なまでの不運でもある。マミにとってはこの上無く都合の良い展開だが、少女らにとっては都合が悪いなんてものではないだろう。彼女達が確実に結界に取り込まれるという訳ではないが、その可能性は決して低くない。何より今のマミには、事前に二人の安全を確保するつもりが無いのだから。

 そして――――――――運命の瞬間が訪れる。

 少女達の姿が消えた。マミの視界から、まるで蜃気楼か何かの如く消え失せた。魔女の結界に迷い込んだのだ。すぐさまマミも後を追う。外から結界の内部を窺えない以上、二人が怪我する前に介入しなければならない。

「キュゥべえは隠れてて。まずは私だけで接触してみるわ」

 肩からキュゥべえを下ろし、マミが移動を開始する。駆け足で少女達が消えた地点まで辿り着いた彼女は、そのまま流れるように結界への侵入を果たした。

 世界が変わる。色彩が変わる。常識と非常識が入れ替わり、普通こそが異端な空間へと塗り替えられる。

 地面はぬかるみ、平凡な河原は起伏に富んだ地形へと変化していた。辺りを見回せば、まず目に付くのは地面に突き立つハードルだ。陸上競技に使われるそれが、至る所に刺さっている。他にも砲丸や円盤、槍、棒高跳びのポールなど、陸上関係の道具があちこちでオブジェと化していた。そして上を仰ぎ見れば、そこにはどこまでも広がる青空。否、青空を描いた天井が存在していた。

 分かり易い魔女だと、マミが心中で呟く。スポーツ関連の悩みというのは、存外根が深い物だ。記録の伸び悩みや競争相手の存在、仲間内での不和など、負の感情が生まれる土壌はいくらでもある。マミが契約に立ち会った魔法少女の中にも、ちょうど陸上関係の悩みを持つ子が居た。記録の伸び悩みから無理な練習をした彼女は膝を壊していて、それを治す為にキュゥべえと契約したのだ。結局は標準的な治癒能力を備えただけでマミとしては残念だったが、彼女の必死さは印象に残っていた。

 そうして周囲の状況を分析していたマミは、ようやく二人の少女を視界に捉える。彼女達は少し盛り上がった地面に立っており、その顔は不安に彩られていた。まだマミの存在には気付いていないらしく、落ち着かない様子で辺りを見回している。

「さ、さやかちゃん。ここ、どこかな……?」
「わかんない。わかんないよ。でも、こんなの絶対マトモじゃないっ」

 弱々しい少女達の声。足を震わせながら、二人は寄り添うように立ち尽くしている。

 大事なのはここからだと、マミが気合いを入れた。少女達を怖がらせ過ぎてはいけない。魔女への恐怖が奇跡の魅力に勝ってしまえば、魔法少女なんてなりたくないと言い出しかねない。そうすれば折角の金の卵が台無しだ。ここは先輩魔法少女として、マミが格好良く助ける必要がある。その為にはあと一手、分かり易い敵が必要だ。

「――――ほんと、今日はツイてるわね」

 マミが笑う。少女達の周りには、大量の使い魔が集まり始めていた。全身を包帯で覆われてミイラのようになった、不恰好な亀の使い魔。人間の子供くらいの大きさはある彼らは二本足で立ち、手に手に槍や砲丸を持っている。狙う先は、もちろん二人の女の子だ。

 囲まれた少女達が身を寄せ合う。恐怖で顔を引き攣らせ、何も出来ずに身を竦ませている。そんな二人に狙いを定め、使い魔達が腕を振り被る。足を震わせる二人はカカシ同然で、とてもではないが避けられるとは思えない。それが当然。何も知らない一般人では、訳も分からぬ内に殺されるのがこの場の道理だ。あの少女達も、本来なら骸を晒す事になっただろう。

 しかしここにはマミが居る。魔法少女が、助けてくれる。

 最初に響いたのは銃声だ。変身したマミの銃撃が、一体の使い魔を吹き飛ばす。瞠目したのは二人の少女。動きを止めたのは、マミ以外の全ての存在。時が止まったかの如きその空間で、マミだけが何にも縛られていなかった。

 使い魔の一体を踏み台に、マミが空へと跳び上がる。上から見れば、使い魔が円形に集まっているのがよく分かる。そして白い円の中心部には、桃と水の二人の少女。不意に桃色の女の子が空を見上げ、マミと目が合った。桃色の瞳が、大きく見開かれる。

 微笑むマミと、現れる銃口。幾多のマスケットが宙に固定され、マミの背後から獲物を狙う。やがて使い魔達が動きだし、同時に、撃鉄が降ろされる。銃声の数だけ、哀れな亀が命を散らした。白い円の中にポッカリと穴が開き、その中心で少女達が目を白黒させている。そんな彼女らの前に降り立ったマミは、未だに状況を飲み込めていない二人に優しく話し掛けた。

「大丈夫だった?」
「あ、あの……あなたは?」

 桃色髪の少女が、不思議そうに尋ねてくる。

「後で話してあげるから、少し待っててちょうだい。すぐに終わらせるわ」

 微笑を浮かべてマミが答える。それを受けた桃色髪の少女は、おずおずと頷いた。隣の少女も、戸惑いながらも警戒は見られない。恐慌の見られない二人の様子に、マミは嬉しそうに目を細めた。

「さて、ちょっと張り切っちゃおうかしら」

 振り返り、マミが呟く。まばらに残った使い魔を殲滅して魔女を倒すのに、時間は掛からなかった。


 ◆


「紅茶よ。これでも飲んで落ち着きなさい」
「あー、うん。ありがとう」
「別に構わないわ」

 素気無く返し、ほむらと名乗った少女は椅子に座る。対面の彼女を眺めながら、アイは置かれたカップを掴んだ。マスクを外した彼女は、そのまま遠慮がちにカップに口を付ける。悪くない、とアイは口元を緩ませた。

 二人が居るのは広い部屋だ。床も天井も目映いほどに真っ白なその部屋の中央には、紫色の丸テーブルが備え付けられている。テーブルを囲む形で半円型の長椅子が二つ用意されていて、更にその外側にも二回りほど大きな長椅子があった。そして最外周には、時計の文字盤のように長方形の椅子が配置されている。天井を見上げれば沢山の歯車が絡み合ったよく分からない仕掛けがあり、また巨大な振り子が規則的に揺れている。

 ここはほむらの自宅だ。あれから魔女の結界を抜け出したアイは、ほむらに促されるままにこの家へとやって来た。それは命の恩人であるほむらの頼みを断りにくかったという理由だけではなく、彼女の語った目的が非常に興味深かったからでもある。

 魔法少女の真実を伝えに来たと、ほむらは言った。その真意は分からないし、表面的な理由すら読みかねているアイだが、だからといって見逃せる言葉ではない。何よりほむらなら答えを知っているかもしれない。先程の魔女との遭遇でアイが思い付いた、馬鹿みたいな、だけど無視出来ないおぞましい考え。否定にしろ肯定にしろ、アイはそれについて誰かの意見が欲しかった。

 紅茶に映る自分と睨めっこしながら、アイが躊躇いがちに口を開く。

「キミに聞きたい事があるんだ。戯言だって、自分でも思うんだけどさ」
「本当に戯言かどうかは、聞いてみなければわからないわ」

 ほむらの声音はブレない。一本芯が通っていて、聞いている側も落ち着いてくる。だからアイは、少しだけ勇気を持てた。

「魔女は――――」

 アイの声が途切れる。本当に言って良いのかと、迷いが生まれる。所詮は根拠に欠ける予想で、空想で、荒唐無稽な妄想に過ぎない。それをほむらに話しても大丈夫だろうか。今後の関係に亀裂が入るのではないかと、アイは怖くなる。

 でも、苦しくて。けど、辛くて。アイの中で終わらせるには、それはあまりに重過ぎた。

「――――魔女の正体は、魔法少女なの?」

 時が止まる。少なくともアイはそんな風に感じた。痛いほどの沈黙が場を支配し、冷たい空気が辺りに漂う。痺れるような緊張感。肌を刺すような強い視線に耐えかねて、アイは誤魔化し笑いを浮かべて顔を上げた。

「なーんてねっ。そんな事あるわ、け……」

 アイの話は最後まで続かなかった。正面に座るほむらの顔が見えたからだ。大きく目を見開いたほむらの表情は、決してアイを馬鹿にしたものではなく、むしろ図星を突かれた人間のものに似ていた。

 有り得ない、とアイが心の中で呟く。

「驚いたわ。まさかそこに思い至るなんてね」

 その言葉を終える頃には、既にほむらの表情は元に戻っていた。
 手元の紅茶を一口だけ飲み、ほむらは湿った吐息を漏らす。

「あなたの予想通りよ。あれら異形の魔女こそが、魔法少女の成れの果て」

 衝動的に叫びそうになるのを、アイは唇を噛む事で耐え切った。カップを持つアイの手が震え、喉が引き攣る。急に水の中に放り込まれたみたいに息苦しくなって、アイは胸を掻き毟りたい衝動に駆られた。

「……それは、グリーフシードを集めるため?」

 絞り出す。今のアイの声は、まさしくその表現が相応しい。
 血の気の無い顔を苦悶に歪めたアイは、真っ直ぐほむらを見る事が出来なかった。

「いいえ、それは違うわ。キュゥべえの目的は魔法少女を絶望させる事よ」
「絶望……?」

 アイの眦が動く。説明の意味が分からず、彼女はほむらに目を向けた。

「彼らは感情をエネルギーとして利用する技術を持ってるの。そしてある目的の為に、感情エネルギーを集めてる」
「つまりその感情エネルギーを生み出す為に、魔法少女を絶望させるの?」
「理解が早くて助かるわ。第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移。それが最も効率的らしいわ」

 考える。アイはほむらの言った言葉の意味を考える。馴染みの薄い、と言うよりもまるで実感の湧かない非現実的な内容だったが、アイは事実という前提で考えた。そうして頭を回転させれば、少しずつ冷静さも戻ってくる。何度か深呼吸を繰り返したアイは、改めて対面のほむらと向き合った。美しい紫色の瞳が、静かにアイの姿を映している。

「希望を与えて魔法少女にして、絶望を与えて魔女にする、と? それとも魔女になるから絶望するの?」
「前者よ。魔法少女は、絶望した時に魔女へと成り果てるの」

 淡々としたほむらの解答。微かな揺らぎすら感じられない彼女を見れば、やはり真実を話しているように思えた。

「でも魔法少女が絶望するとは限らない。その点で言えば非効率的に思えるけど?」
「条理にそぐわぬ形で奇跡を起こせば、そこには必ず歪みが生まれる。いずれ災厄が訪れる事は必然なのよ」

 ほむらの答えを聞いたアイは、急に笑いたくなった。大きな声を上げて、馬鹿みたいに笑ってしまいたかった。

 可笑しな力を使えば、可笑しな結果を呼んでしまう。奇跡を起こせば、それに見合う絶望が振り撒かれる。どちらもかつて杏子が語った、彼女の持論だ。経験則から導かれたそれを、アイはあまり信じていなかったのだが、ほむらによれば正しかったらしい。それを信じたからといって現状が大きく変わった訳ではないだろうが、現実の馬鹿馬鹿しさを受け入れる切っ掛けにはなったかもしれない。

「なんだよ。ただのくだらない出来レースじゃないか」

 右手で額を覆い、アイが天井を仰ぐ。シミ一つ無い真っ白な天井は、嫌なモノを連想させた。

「わざわざ人間を使うのは、キュゥべえ達に感情が無いから?」
「えぇ、その通りよ。思った以上に鋭いのね」
「恋する乙女みたいに、キュゥべえの事ばっか考えたからね」

 乾いた笑いが部屋に響く。アイの唇から零れるそれは、きっと自嘲を意味するものだ。長椅子の上に体を倒し、アイは深い息を吐く。全てが九十度傾いたアイの視界に映るほむらは、人形のように冷たい顔をしていた。だけどそれは感情が無いからではなく、むしろ湧き出る感情を必死に抑え付けているからだと、アイは理解する。

 不意に、結ばれていたほむらの唇が開く。

「――――どうして。どうしてあなたは、この話を信じるの?」
「そうだねぇ。キュゥべえを疑ってるから、かな」

 アイが答えてもほむらは納得したようではなかった。眉根を寄せ口元を結び、彼女はアイを見詰めている。疑いの目ではない。むしろその逆で、ほむらはアイの事を信じたがっているように思えた。それが分かった時、アイは自然と微笑んでいた。

「ボクが初めてキュゥべえを知ったのはさ、友達の話の中だったんだ」
「友達…………巴マミ?」

 一瞬だけ目を細め、それからアイは寝転んだまま頷いた。

「そう。マミの相談が切っ掛けだった。でさ、その時はキュゥべえとは会わなかったんだ。だからボクにとってキュゥべえは、初めは言葉の上にしか存在しない遠い相手だったわけさ。ボクが疑念を持った最大の理由はそれだろうね」

 目を瞑り、アイは当時の記憶を掘り起こす。今よりずっと悩みが少なくて、純粋にマミと笑い合えていた頃の思い出を。

「キュゥべえが不思議な生き物っていう実感が薄かったし、特に恩があるわけでもなかった。言葉の上で考えるしかなくて、そうすれば大した代償も無く奇跡を起こしてくれるとか怪しいと思っちゃうわけだよ。これが魔女の結界の中で初対面とかだったら、まったく違う結果になったかもしれないね。第一印象が良い相手を疑うのって、中々難しい事だから」

 再び目を開けたアイが、ほむらに視線を向ける。変わらぬ姿勢で椅子に座るほむらは、けれど瞳に新たな熱意を宿していた。アメジストを思わせる瞳を僅かに潤ませ、熱心な様子でアイを見据えている。やはりその真意は読み取れないが、アイに何かを期待している事は分かる。そして絵本アイという人間は、誰かに期待される事が大好きな性格をしていた。

 俄かに温かくなった自らの心を感じ取り、アイが苦笑する。落ち着くべきだと、彼女は自分に言い聞かせた。第一印象でキュゥべえを疑う事が出来たように、第一印象で、アイはほむらに対して気を許している。それは些か危うい考えだ。

「そういうキミはどうなのさ。どうしてボクにこんな話を聞かせようと思ったんだよ?」
「……あなたが、キュゥべえを敵視してるから」

 アイが眉根を寄せる。体を起こした彼女は、キツい視線をほむらに向けた。

「どうやって調べたの?」
「私の能力」

 ほむらを睨むアイ。しかしどれだけアイが瞳に力を籠めても、ほむらに動揺は見られなかった。真っ直ぐアイを見返す紫色の瞳には、強い意志が宿っている。そこに暗い決意はあっても、後ろ暗さは欠片も感じられなかった。

「まぁ、別にいいけどね」

 やがて諦めたアイが、首を振って息を吐く。

「でも他にもあるんだろ? ボクに近付いた理由。ほら、マミの事とかさ」
「……その通りよ。あなたには巴マミを止める為に力を貸してほしいの」

 そうだろう、と腕を組んだアイが頷く。

 絵本アイは病弱なだけの普通な少女だ。魔法少女という非常識な存在について知ってはいても、アイ自身に特別な力は無い。そんな彼女が十分な影響力を持っている相手はマミだけだ。だからアイに用があるとするなら、マミに関する事だと考えるのが自然だろう。何よりほむらの話が事実だとすれば、マミの行動は不味いでは済まないのだから。

 ただちょっと奇妙な所もある。アイに接触する理由を考えれば、やはりマミの存在は外せない。どれだけ変わった考えを持っていたとしても、能力の無いアイでは意味が無い。だからマミとの関係よりも先に、アイの思想を挙げるというのは、些か可笑しく感じられた。

 とはいえ、そんなものは人間的な誤差の範囲と言える。特に気にする必要は無いと、アイは思い直した。

「で、ボク達が話し合うべき事は色々とあると思うけどさ。最初に知っておきたい事があるんだ」
「なにかしら? 可能な限り答えてみせるけど」

 躊躇い無く答えるほむらに、アイは満足そうに頷いた。そして彼女は、自らの疑問を口にする。

「ずばりキミの目的は? こんな病人を引っ張り出してまでやりたい事を、ボクに教えてくれよ」

 自らの膝に肘を置き、アイは両手で顎を支える。黒い瞳にほむらを映し、彼女は視線で問い掛けた。
 暫しの静寂。人形みたいに顔も体も動かさず、ほむらはアイの視線を受け止めている。

「とある女の子が、魔法少女になるのを防ぎたいの」

 アイの目が細くなる。ほむらから視線を逸らす事無く、彼女は問い掛ける。

「名前は?」

 一瞬、ほむらの口が止まる。次いで瞑目した彼女は、静かにその名を告げた。

「――――――鹿目まどか」


 ◆


「鹿目(かなめ)まどかさんと、美樹(みき)さやかさんね。私は巴マミ。よろしくね」

 穏やかな声が、青空の下を駆け抜ける。発したマミは公園のベンチに腰掛け、その手には缶の紅茶を握っていた。マミの隣には二人の少女が座っている。鹿目まどかと名乗った桃色の髪の少女と、水色の髪を持つ美樹さやかだ。彼女らはそれぞれ缶ジュースを手に持ち、真剣な面持ちでマミの話に耳を傾けていた。

「は、はい。えっと、マミさん……でいいですか?」
「ええ。その呼び方で構わないわ」

 まどかの質問に笑顔で答えるマミ。するとまどかは、躊躇いがちに言葉を継いだ。

「その、さっきのは一体なんなんですか? よくわかんない内に周りの景色が変わってて…………」
「そうそう! あの亀のミイラとか、もうほんっと意味不明ッ!!」

 途中から割り込んださやかが、大袈裟な手振りで騒ぎ立てる。そんな彼女の隣、マミとさやかの間に座るまどかは、手元に目線を落として黙り込む。表情は見えないが、まどかの纏う雰囲気は暗く沈んでいた。よく見ればさやかの顔にも不安が滲み出ており、大仰な態度は虚勢に過ぎないのだと分かる。そんな二人に対し、マミは安心させるように微笑んだ。

「あれは魔女の仕業なの」

 柔らかな声音でマミが告げれば、ゆっくりとまどかが顔を上げる。

「魔女……ですか?」
「たぶん、あなた達が想像するのとは違うでしょうけどね」

 そう言ってマミは後ろを振り返る。同時にベンチ裏の茂みを揺らし、白い影が飛び出してきた。キュゥべえだ。彼は地面を蹴って跳び上がり、そのままマミの肩に掴まった。真っ赤な瞳が、まどかとさやかに向けられる。

『鹿目まどかと美樹さやかだね。はじめまして、僕はキュゥべえ』
「キュゥべえ?」
「ぬいぐるみ、じゃないよね?」

 共に目を丸くして、呆然とキュゥべえを見詰めるまどか達。見事に意表を突かれた二人に対し、マミは畳み掛けるように話を続けた。

「この子はキュゥべえ。これから話す事について一番よく知ってる存在よ」

 一瞬の溜め。もったいぶるように、マミは息を吸い込んだ。

「そう、魔法少女についてね」
「魔法少女……」

 まどかの呟きを、マミは頷く事で肯定する。

 そして、魔法少女の説明が始まった。時にマミが話し、時にキュゥべえが語り、まどか達の質問も交えながら会話は進む。非常識で、非現実的で、夢物語のような魔法少女の話。それでもまどか達は疑う事無く、マミの説明を受け入れていった。やがてマミとキュゥべえが全てを話し終える頃には、まどかもさやかも尊敬の念をその瞳に宿していた。

「――――――これで魔法少女の説明は終わりよ。なにか質問はあるかしら」

 お姉さんぶった態度でマミが問えば、まどかとさやかはそれぞれ何かを考え始めたようだった。それはマミの説明に対して疑問があるというよりも、いきなり教えられた『魔法少女』という非日常に関する情報を整理する為だろう。だからマミも口を挿む事はせず、二人が考えを纏めるまで待っていた。そうしてまず口を開いたのは、まどかの方だった。

「あの、マミさん」
「なにかしら?」

 マミが問えば、まどかは俯いて言い淀む。けれどすぐに顔を上げた彼女は、思い余った様子で声を上げた。

「わたし達にも、魔法少女の才能があるんですよね?」
「その通りよ。特に鹿目さん、あなたは素晴らしい才能の持ち主だわ」

 マミの言葉を聞いたまどかは、再び何かを考え始めた。代わりに口を開いたのはさやかだ。

「で、魔法少女になるなら奇跡を叶えてもらえる、と」
「ええ。一度きりだけど、大抵の願い事は叶えられるわ」

 また静寂。まどかと同じようにさやかも悩みだし、遂には誰も喋らなくなった。二人が何を考えているのかは分からない。ただ魔法少女について真面目に考えてくれるというのは、マミにとって悪くない展開だ。まどか達が魔法少女になる可能性は十分にある。ならばその確率を高めるのが、この場におけるマミの役目だろう。

「いきなりこんな事を言われても困るわよね」

 苦笑してマミが話せば、二人の顔が彼女に向いた。

「そこで二人に提案があるの」
「提案ですか?」
「そう、提案。しばらく私と一緒に行動して、魔法少女がどういったものか勉強してみない? 実際に魔法少女になるかどうかは、それからゆっくりと考えてみればいいわ」

 急いては事を仕損じる。落ち着いて話を進めればいいと、マミは考えていた。場合によっては人生が変わりかねない選択だ。ちゃんと自分で答えを出して貰わなければ、後々問題になりかねない。アイが関わる以上、マミとしてもあまり面倒事を起こしたくはないのだ。それでもマミにとってまどかの才能は魅力的で、缶を握る彼女の手は、知らず震えていた。

「うーん、あたしは賛成かな。やっぱ奇跡には興味あるし」

 まずさやかが答える。自然、マミとさやかの目は残るまどかへと集中した。二人の視線に晒されたまどかはさして気にした風も無く、黙って思考の海に沈んでいる。膝元に目線を落とすまどかの表情は真剣で、マミは迂闊に声を掛ける事は出来なかった。穏やかな風が流れる公園の中で、この場の空気だけが緊張で張り詰めている。

「……うん、わたしも」

 小さな、とても小さな、まどかの呟き。それをマミは聞き逃さなかった。喉を鳴らしたマミと、顔を上げたまどかの目が合う。つぶらな桃色の瞳が、気の弱そうなそれが、逸らす事無くマミを見詰めている。

「わたしも、よろしくお願いします」

 儚く響いたまどかの声は、けれど芯の通った強さを持っていた。




 -To be continued-


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.0312659740448