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No.28168の一覧
[0] 【完結】 お姫様じゃいられない 【魔法少女まどか☆マギカ・女オリ主】[ひず](2014/11/24 21:29)
[1] #001 『奇跡みたいな出会いだなって』[ひず](2011/06/26 20:54)
[2] #002 『笑顔でいてほしいんだ』[ひず](2011/06/05 20:35)
[3] #003 『ボクの為の願いじゃない』[ひず](2011/06/26 20:55)
[4] #004 『もしも奇跡を願うなら』[ひず](2011/06/12 21:17)
[5] #005 『まだ大丈夫』[ひず](2011/06/19 20:17)
[6] #006 『やっと、見付けた』[ひず](2012/10/23 21:45)
[7] #007 『ボクらはボクらの、正義の味方だ』[ひず](2012/10/23 00:00)
[8] #008 『はじめまして』[ひず](2011/07/24 20:42)
[9] #009 『安心してて、いいからね』[ひず](2011/08/21 20:49)
[10] #010 『だってボクにできるのは』[ひず](2011/08/21 20:48)
[11] #011 『ボクはずっと願ってる』[ひず](2011/09/04 20:52)
[12] #012 『これはやるべき事なんだ』[ひず](2011/09/18 22:32)
[13] #013 『強がりなんかじゃない』[ひず](2011/10/09 21:49)
[14] #014 『なんでだろうな』[ひず](2011/10/23 22:52)
[15] #015 『だから嫌いなのか』[ひず](2011/11/13 23:17)
[16] #016 『なんだか似てるね』[ひず](2011/11/28 22:43)
[17] #017 『魔法少女って、なんですか』[ひず](2012/10/23 00:01)
[18] #018 『女の子なのよ』[ひず](2012/04/01 21:32)
[19] #019 『名前で呼んでもいいですか?』[ひず](2012/10/20 21:53)
[20] #020 『私は、必ず、ほむらになる』[ひず](2012/12/31 19:14)
[21] #021 『あなたに、ほむらは、必要ない』[ひず](2013/09/08 21:43)
[22] #022 『ありがとう。うん、それだけ』[ひず](2014/07/21 06:09)
[23] #023 『わたし、魔法少女になります』[ひず](2014/08/16 21:20)
[24] #024 『ダメな先輩でごめんなさい』[ひず](2014/09/14 23:13)
[25] #025 『他の誰でもないキミに』[ひず](2014/10/13 12:45)
[26] #026 『それは本物だと思うから』[ひず](2014/11/24 21:28)
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[28168] #020 『私は、必ず、ほむらになる』
Name: ひず◆9f000e5d ID:b283d0a0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/31 19:14
 仲良くなりたい。ただそう思うだけで誰かとの仲が深まるなら、世の中はもっと平和になっているだろう。自分の意志を他人に伝える事は大変で、それを受け入れてもらう事は更に困難だ。複雑怪奇な人間関係に安易な正解など無く、その時々で最適な言動を模索するしかない。知識としても経験としても、そうした人間心理のややこしさを理解しているほむらではあるけれど、中には例外がある事もちゃんと分かっている。というよりも、今まさに実感している最中だ。

 巴マミ。ほむらにとっては命の恩人であり、魔法少女や魔女といった非日常の世界を教えてくれた人。その彼女とほむらが出会ってから、今日で二週間が過ぎた事になる。単なる知り合いで済ませるには少し長く、かと言って深い仲になるには短い時間だろう。少なくともほむらはそう考えているし、事実、彼女とクラスメイトの間には見えない壁が存在している。

 だが、マミは違う。初めて会った時から親身に接してくれたマミは、ほむらが名前で呼ぶようになると、更にその距離を縮めてきた。今や単なる先輩と後輩の関係ではなく、それこそ妹か何かみたいにほむらは大事にされている。そんな二人を傍から見れば、とても二週間程度の付き合いしかないとは信じられないだろう。

 もちろん、ほむらとしても嫌な訳ではない。気に掛けて貰えるのは嬉しいし、マミに対する純粋な好意もある。けど言葉を交わせば交わすほど、仲が深まれば深まるほど、ほむらは思い知らされるのだ。マミの中に存在する『友達』の大きさを。とても大切な『友達』だったからこそ、その喪失を埋めるようにほむらを大事にする。つまりはそういう事だと、ほむらは理解している。

 羨ましい、というのがほむらの正直な気持ちだ。それほどまでに誰かに必要とされるその『友達』が、ほむらは羨ましくて仕方なかった。ただ同時に、その何分の一とはいえマミに必要とされている現状に、ある種の充足を感じている事も事実である。それを考えると、やっぱりこの状況は悪くないのでは、とほむらは思うのだ。

「ほむらちゃん、一緒に帰ろうよ」

 この二週間ですっかり聞き慣れた声に反応し、ほむらは思考を中断した。顔を上げれば、柔らかな表情のまどかが目に入る。瞬間、ほむらは深く考える事も無く口を開いた。

「うん。帰ろうか、鹿目さん」

 言って、ほむらは鞄を持って立ち上がる。そのまま自然な動作でまどかの隣に並び、二人で教室前方の扉を目指す。二日に一度はまどかと一緒に帰るため、ほむらとしても慣れたものだ。

「さやかちゃん、仁美ちゃん、またね!」

 まだ教室に残っている友達に、まどかはそう言って手を振った。続いてほむらが会釈をすれば、相手の二人も手を振り返してくる。美樹さやかと志筑仁美。まどかの友達であるこの二人とは、ほむらもそれなりに交流がある。ただ未だにほむらが馴染めていないからか、一緒に帰ったり放課後に遊んだりする事はほとんどない。

「それじゃ、行こっか」

 笑顔のまどかに頷きを返し、ほむらは彼女と並んで歩き出す。放課後になったばかりのこの時間、廊下を行き交う生徒は多い。その合間を縫うように進みながら、二人は和やかに会話を楽しんでいた。

「明日はお休みだけど、ほむらちゃんはお出掛けの予定とかあるの?」
「その…………マミさんが、一緒に遊びに行かないかって」
「そっか。ほむらちゃんはマミさんと仲良しだもんね」

 なんの邪気も無いその言葉に、ほむらは曖昧な笑みを浮かべて答えた。

 たしかにほむらとマミは仲良しだ。少なくとも、まどか抜きで会う予定を立てるくらいには。ただそれは、純粋に二人の相性がよかった訳ではなく、マミが友達を亡くしたという特殊な状況にあったからだ。健全な関係とは言い難いし、若干の後ろめたさのようなものを感じているほむらとしては、素直に肯定する事は出来なかった。

「ありがとう」

 いきなり告げられたまどかの感謝。びっくりして、ほむらは目をパチクリさせる。

「ほむらちゃんと会う前のマミさんはね、もっと暗い感じの人だったんだ」

 静かに続け、まどかは目を細めてほむらを見詰めた。
 澄んだ瞳に射抜かれて、思わずほむらの心臓が跳ね上がる。

「暗くて、怖い雰囲気の人だった。たしかに優しかったし、笑うこともあったけど、なんだかいつも辛そうにしてたんだ。でも、最近はそうじゃない。ほむらちゃんと出会ってから、マミさんは前より明るくなった」

 刹那の静寂。ほむらの正面に回ったまどかが、口元に緩やかな弧を描く。

「だから、ありがとう」

 繰り返されたその言葉が、ほむらの胸に沁み渡る。反射的に熱を帯びた頬を隠すように、ほむらは俯いた。

 ほむらの存在がマミの助けになっているというのは、たしかにその通りだろう。ほむらもその自覚はあるし、それを意識して行動する時もある。だからまどかにその事を指摘されたのは、ある意味では当然なのかもしれない。ただそうは思っても、こうして誰かが自分の事を認めてくれているという事実は、ほむらの心を震わせるには十分だった。

「その、えっと……」
「あははっ。ほむらちゃん、真っ赤だよ」

 ますます顔を赤くして、ほむらは身を縮こまらせる。恥ずかしさから口ごもり、黙々と廊下を進んでいく。そうして会話が途切れ、二人の間に沈黙が訪れる。しかしそこにあるのは気まずい空気ではなく、むしろ穏やかで温かなものだった。

「ほむらちゃん」

 呼び掛けられ、ほむらは隣のまどかを見遣る。

「いま、楽しい?」
「えっ……」

 目を瞠り、目を瞑り、それからほむらは頷いた。彼女にだって不満はあるし、これから先への不安も尽きない。転校前に想像していた見滝原での生活と現状では、似ても似つかないのも確かだろう。けど、それでもほむらは充実していた。紛い物としてでも必要とされていて、曲がりなりにも居場所がある。それはたしかに幸福なのだと、ほむらは理解していた。

「うん、楽しいよっ」

 だから、笑える。今日もほむらは、笑顔でこの場所に居られるのだ。


 ◆


 形あるものはいずれ壊れる。どれだけ時間を掛けて築き上げても、どれほど強固で巨大であろうと、いつかは崩れ去る運命にある。それが世の常なのだと、真理の一つなのだと、多くの書物に記されてきた。永遠など存在しない。絶対なんてありえない。盛者必衰の理に導かれ、全てはやがて滅びへと向かうのだ。

「なんで……」

 ほむらもまた理解している。時には人の手に掛かり、時には自然の脅威に晒されて、輝かしい人の営みは散らされるのだ。それこそが人の歴史なのだと、彼女は様々な本から学んで知っている。知っている、つもりだった。

「どうして…………」

 だが、でも、やはり、薄っぺらな紙に染み込んだインクよりも、目の前にある現実は遥かに重い。その白く細い喉を引き攣らせ、ほむらは大きな瞳に絶望を映し出す。信じられない現実を、必死の思いで凝視する。

「どうして、こんな…………っ」

 街が消えた。ただそうとしか言い表せない光景が、ほむらの眼前に広がっている。悲惨で、悲壮で、壮絶な世界だった。ここに建物は存在しない。一つも無い。背の高いビル群も、背の低い店舗群も、みんな瓦礫へ成り果てた。昨日まで日常の風景としてそこにあった街並みが、まるで雑草みたいに刈り取られたのだ。大きな破片と小さな破片。廃墟となった街の中には、その二つしか残っていない。

 自分が立っている場所すら、今のほむらには分からなかった。空からは叩き付けるように雨が降り、地面には薄く水が張っている。冷たい雨粒が、容赦無く体温を奪っていく。ほむらの指先は震え、唇は青褪め、頬は色を失くしていた。このまま時間が経てば、命の火すら消えてしまいそうなこの状況。それでも彼女の心が絶望に染まらないのは、自分以外の誰かが居るからだ。

 呆然と立ち尽くすほむらの視線の先には、激しく動くマミの姿がある。水に濡れた髪を揺らし、暗雲の下でなお輝く銃を振り回し、マミは複数の影を相手取っていた。そう、影だ。人の形をしていて、少女のようにも見えるけれど、全てが真っ黒な影以外の何物でもない。さながら影絵から抜け出してきたかの如きそれらは、各々の手に武器を携え、マミと熾烈な戦いを繰り広げている。

 魔女の使い魔。それがあの影の正体だと、マミは言っていた。その意味は、ほむらも理解できる。使い魔を従える魔女が居るという事も、彼女は知っている。否、知っているも何も、目の前の現実が何よりも雄弁に物語っていた。

 天を仰げばそこに居る。最悪の魔女が、災厄の元凶が、悠然と地上を見下ろしている。白いレースで縁取られた青のドレスを身に纏い、足ではなく歯車を覗かせる人型の魔女。その頭は上から半分が存在せず、代わりに帽子が二つ、獣耳のように生えている。ワルプルギスの夜。それがこの魔女の名前であり、見滝原を破壊し尽くした張本人だ。

 ただ、ただ、巨大。ワルプルギスの夜を目にすれば、誰もがその印象を抱くだろう。山の如き巨体が宙に浮かぶその光景は、化け物染みた容姿を持つ他の魔女達と比べても、遥かに威容で異常と言える。

 生物としての根源的な恐怖が呼び起こされ、ほむらはワルプルギスの夜から目を逸らす。そのまま縋るようにマミの姿を探せば、すぐさま彼女は見付かった。未だに戦闘は続いているようだが、マミの周りに居る使い魔の数は減っている。この調子でいけば、遠からず使い魔を殲滅する事は出来るだろう。だがそれを理解しても、ほむらの心は晴れなかった。何故ならマミが戦っている使い魔など、ワルプルギスの夜にとっては価値の無い有象無象に過ぎないのだから。

 最初にワルプルギスの夜が現れた時、使い魔は数え切れないほど存在していた。例えるならパレードのようだったと、ほむらは思う。象に似た使い魔に、小さな人形のような使い魔。そうした愛らしい見た目の使い魔達による行進と共に、この悲劇は開演したのだ。

 だが、今、ほむらの前にそれらの使い魔は居ない。たしかにマミは戦闘を続けているが、その相手は片手で数えられるほどであり、元の数とは比べ物にもなりはしない。

 ならば、どうして多くの使い魔が消えてしまったのか。その原因を、ほむらはちゃんと知っている。決して魔法少女の手によって倒された訳ではないと、彼女は己が眼に焼き付けている。

 ワルプルギスの夜。あの化け物が、街と共に使い魔を消し飛ばしたのだ。

「…………っ」

 次元が違う。格が違う。ほむらの目に映るワルプルギスの夜は、まさしく天災の如き存在だった。だからどれだけマミが強くても、使い魔を倒せると言っても、ほむらには勝ち目が見えない。人間の力では、災害には勝てないのだと感じずにはいられない。

 それでもほむらは、この現実に背を向けようとはしなかった。どんなに怖くても、不安でも、この場から逃げる事は許されない。

 だって、マミは今も戦っている。その頬を青く染め、悲壮感すら滲ませているというのに、彼女の闘志はまだ消えていない。後ろにほむらが居るから、守るべき対象が居るから、彼女は諦めずに居られるのだ。もしもほむらが逃げ出せば、きっとマミは負けてしまう。心の支えが折れてしまう。それを理解できる程度には、ほむらとマミの仲は深い。

 だから逃げない。足手纏いでしかないけれど、ちゃんと役割はあるのだと、ほむらは自分を叱咤する。

 やがて銃声が途絶え、マミが手にした銃を下ろす。辺りから使い魔の影は消え、荒涼とした景色の中に、マミとほむらだけが立っている。固唾を呑んで見守っていたほむらは、そこでようやく力を抜いた。歩いてくるマミに向けて、彼女は安堵の笑みを向ける。

「お疲れ様ですっ」

 ねぎらいの言葉をほむらが掛けると、マミは表情を柔らかくして応えてくれた。

「怪我は無い? これで暫くは大丈夫なはずよ」

 言って、マミは暗い空を睨む。その視線の先では、ワルプルギスの夜が変わらぬ姿で浮遊している。不動如山。地上に居るマミ達を微塵も気にした風もなく、ワルプルギスの夜は泰然と構えていた。自身の使い魔が殲滅されたところで、アレには関係無いのだろう。ベテランの魔法少女であるマミですら、脅威と認識されていないのかもしれない。

「まだ、戦うんですか?」

 思わずほむらがそう問えば、マミは静かに頷いた。

「さっきの、使い魔の子たち…………」

 泣きそうな声で呟いたマミが、その唇をキツく噛む。それから自分の手を見詰め、彼女はやり切れない様子で首を振った。諦めと後悔と、ある種の憤怒。抑え切れない感情の発露が、傍のほむらにも見て取れた。

 何かある。それは理解できたほむらだが、理由を尋ねる勇気は無かった。言い知れぬ不安が込み上げてきて、胸が締め付けられるようで、彼女は重ねた手を握り締める。胸の裡に、言葉に出来ないモヤモヤが溜まっていく。

 ほむらを安心させる為なのか、マミが口元に微笑を刻む。どこか無理のある、見ていて辛くなりそうな表情だった。

「鹿目さんが戻ってきたら、あなたは一緒に避難しなさい」
「だったら、マミさんも――――」

 縋るほむらへの返事は無く、マミは濡れた瞳をそっと伏せた。

「ねえ、一つだけお願いがあるの」

 顔に苦悶を浮かばせて、マミは弱々しくそう告げる。
 咄嗟に反応する事が出来ず、ほむらは息を凝らしてマミを見た。

「ここは酷い場所だわ。地獄みたいで、悪夢のようで、受け入れたくない事ばかり。あなたにとっても、辛いだけの現実だと思う。できればやり直したいって、こんなはずじゃなかったって、奇跡を願いたくなるかもしれない」

 マミの白い頬を涙が伝う。震える喉が濡れ光る。
 ほむらを見詰めるその眼差しには、切なる想いが籠められていた。

「でも、お願い。どうかあなただけは――――――」

 その言葉が、最後まで紡がれる事は無かった。

 瞠目したマミが話を止め、直後にほむらの手を掴む。ほむらを襲う浮遊感。目を白黒させた彼女は、衝撃と共に小さく呻いた。一体なにが起きたのか。マミは何をしたかったのか。痛む背中と鈍る思考。欠片も状況が分からぬまま、ほむらは必死に辺りを見回した。

 間を置かず、ほむらの視界にマミが映る。自身を見下ろす彼女と目が合い、ほむらは地面に倒れる我が身に気付いた。同時に彼女は言葉を失う。文句も、心配も、ほむらの頭から抜け落ちてしまった。

 マミの双眸に宿るのは、見た事も無い満足感だ。何かをやり切ったような、何かを取り戻したような、そんな顔。穏やかなそれは、だけど無性に不安を掻き立てられて、ほむらは反射的に腕を伸ばした。

 だが、その手を握り返す温もりは無い。

 ほむらの目が、マミの向こうに影を捉えた。人型のそれは、闇色のそれは、あの魔女の使い魔だ。生き残りなのか、はたまた新たに生み出されたのか、そんな事を考える余裕も無く、ほむらはただ危険だと直感した。

 しかし全てが遅過ぎる。もはや間に合わない距離まで、敵の使い魔は近付いていた。帽子を被った使い魔が、手にした大斧を振りかぶる。ギロチンの如き巨大な刃は、間違い無くマミの命を狙っていた。

 危ない、と叫ぼうとして。嫌だ、と喚こうとして。けれどほむらの喉は震えない。過ぎ去る時間は緩慢で、それすらも肉体は追い付けず、世界はほむらを置いていく。認識は明瞭だ。目の前で起こっている現実を、ほむらはハッキリと知覚している。なのに体が重かった。痺れたように舌は動かず、指先さえも硬直している。

 振り下ろされた刃が、マミの首へと押し迫る。ほむらは見ていた。分かっていた。これは駄目だと、取り返しがつかないと、本能が警鐘を鳴らしていた。しかしどれほど拒絶したくとも、運命からは逃れられない。

 ――――――――白い首筋に、黒い軌跡が刻まれた。

 ほむらは目を逸らせない。その光景が、その結末が、彼女の脳裏に焼き付けられる。
 別離の瞬間。胸を引き裂かれそうなほど悲劇的なそれは、思いのほか呆気無く訪れた。

 横たわるほむらの頬に、上からナニかが降り掛かる。
 雨ではない。色が赤いから。雨ではない。とても温かいから。

 伸ばしていた手を引き戻し、ほむらは自らの顔を覆った。指を滑らせれば、ぬるりとした感触。改めて確認した手の平には、鮮烈な紅色が染み付いていた。ああ、これが”命”なのかと、ほむらは遅れて理解する。

 指の隙間から覗くのは、立ち尽くしたマミの姿。そこにはあるべきものが存在しなかった。マミをマミたらしめる、最も重要なパーツが、致命的なまでに欠けている。もう二度と、マミは喋らない。笑わない。泣く事すら無い。その事実が、ほむらの思考を侵食していく。自然と涙が溢れ、ほむらの頬を伝い落ちる。

 マミの体が徐々に傾き、やがて音を立てて地に伏した。次いでほむらのぼやけた視界に、黒い影が映り込む。あの使い魔だと、彼女はすぐに把握した。ただ、何をすればいいのか分からない。逃げようとか、助けを呼ぼうとか、その程度の対応すら思い付かず、ほむらはボンヤリと使い魔を眺めていた。

 大きな黒が降ってくる。ほむらの頭に落ちてくる。それでも彼女は、抵抗しようとすら考えなかった。

「ほむらちゃんッ!!」

 聞こえてきたのは少女の声。同時にほむらの眼前を、桃色の閃光が横切った。

 驚きほむらが目を瞠る。何度か瞬きを繰り返し、それから彼女は、使い魔が消えている事に気が付いた。直前まで使い魔が居た位置には何も無く、降り止まぬ雨と、暗雲ばかりが目に映る。そのまま呆然と空を見詰めていたほむらの耳を、水の跳ねる音が打つ。一体なんだろうかと不思議に思った彼女の視界に、間も無く新たな影が映り込んだ。

「だいじょうぶ? ほむらちゃん」

 そう言ってほむらの顔を覗き込んできたのは、息を切らしたまどかだった。すぐ傍で膝をついた彼女が、怖々と右手を伸ばしてくる。雨の中で冷え切った指が、ほむらの頬を優しく撫でた。その感触に反応し、ほむらは潤んだ瞳をまどかに向ける。

「鹿目さん……っ」

 ほむらは震える声を絞り出し、まどかの手に自らのそれを重ねた。
 後から後から涙が零れる目を瞑り、ほむらは眉根を寄せて頭を振る。

「マミさんが、私の所為で――――ッ」

 言葉を詰まらせたほむらが、代わりとばかりに嗚咽を漏らす。そんな彼女を抱き起こし、まどかは己の胸に導いた。泣き止まないほむらの背中を摩り、彼女もまた、その瞳から雫を流す。強く抱き合い、肩を揺らし、二人は薄闇の中で泣き伏した。

 雨は止まない。風も止まない。嵐の気配は、なおもこの街を覆っている。

 最初に顔を上げたのは、目を腫らしたまどかだった。一度だけ涙を拭った彼女は、静かにほむらの肩を掴む。互いの体を離し、目と目を合わせる。濡れた目に不安を宿したほむらに向けて、まどかは柔らかな微笑を浮かべてみせた。

「ほむらちゃん。わたし、もう行くね」

 一瞬、ほむらはその意味が分からなかった。
 だがすぐに理解して、ほむらはまどかに縋り付く。

「駄目だよっ。逃げようよ! 鹿目さんまで死んじゃうよッ!!」

 悲鳴にも似たほむらの嘆願。それを聞いたまどかは、黙って首を横に振る。桃色の瞳に宿るのは、明確なまでの決意の炎。燃え盛る闘志は歴然で、圧されたほむらが息を呑む。もはや止まれないのだと、彼女は理解させられた。

「さっきまで、頑張って生き残りの人を探してたんだ」

 ハッとしてまどかを見るほむら。まどかが別行動していた理由を、彼女はようやく思い出す。

「一人も居なかった。お母さん達も、さやかちゃん達も、みんな見付からなかった」

 まどかが立ち上がる。その手に引かれて、ほむらも同様に。
 正面からまどかと向かい合っても、ほむらは何も言えなかった。

「だから行かなきゃ。これ以上、あの魔女の犠牲を増やすわけにはいかないから」
「怖く、ないの? 一人で、あんな化け物が相手で、それなのに――――ッ」

 駄々っ子のように頭を揺らし、ほむらは必死に言い募る。理屈は分かるし、尊敬するけど、まどかには戦って欲しくなかった。もう身近な人が死ぬのは嫌だと、心の底から叫びたかった。なのにまどかの意志は、微塵も揺らぐ気配が無い。

 慈愛に満ちた表情で、まどかはゆっくりと口を開いた。

「わたしね、駄目な子だったんだ。勉強も運動も全然で、なんの取り得も無い、平凡な女の子だった」

 懐かしむように、噛み締めるように、まどかは目を瞑る。静謐な空気を纏うその姿は、ある種の侵し難さを感じさせた。そんなまどかから目を離せず、ほむらはただ、祈るように手を合わせる。

「魔法少女になって、わたしにも取り得が出来たと思った。初めて魔女を倒した時、誰かの役に立てたと思った。これまで生きてきた中で、一番自分を好きになれた瞬間だったんだ。これがわたしなんだって、その時だけは胸を張れたの」

 凪いだ水面のような表情で、とても充足した面持ちで、滔々とまどかが言葉を紡ぐ。それを聞いていたほむらは、やはり止められないのだと実感させられた。まどかの気持ちを理解できるから、共感してしまうから、彼女は何も言えなくなった。

「誰にも感謝されないかもしれないけど、それでもわたしは戦うよ。だって、それが今のわたしだから」

 粛然と、まどかはほむらに背を向ける。すぐ傍にあるその後ろ姿が、ほむらには限りなく遠く感じられた。一歩に満たない距離なのに、そこには見えない溝がある。届かないのだと、ほむらは無意識の内に諦めていた。

「いい名前だよね、ほむらって」

 振り返る事無く呟かれたそれは、いつかほむらが聞いたもの。
 咄嗟に理解が及ばなくて、ほむらはパチクリと目を瞬かせた。

「燃え上がれーって感じでさ。凄くかっこいい響きだと思うよ」

 この場にそぐわぬ明るい声音が、ほむらの耳には切なく聞こえた。すぐにでもまどかの顔が見たくなって、そうすべきではないと理解して、ほむらは拳を握り締める。決して聞き逃すまいと、まどかの話に集中する。

「ほむらちゃんは、違うって言うかもしれない。その気持ちはわかるよ、わたしもそうだったから。けどね、わたしは思うんだ。今は小さな火に過ぎなくても、いつか大きな炎になれるんだって」

 顔だけを振り向かせたまどかと、ほむらの視線が絡み合う。
 刹那、ほむらは時が止まったかのような錯覚に陥った。

「だってほむらちゃんは、わたしの大好きな友達だもん」

 まどかの微笑は、あまりに真摯なものだった。純粋過ぎて、無垢過ぎて、見惚れたほむらは言葉を失う。

 前を向き、ゆっくりとまどかが歩き出す。反射的に伸ばした右手を、ほむらはすぐに垂らしてしまった。お別れなのだと、そう悟る。それでも俯く事だけはしたくなくて、彼女は最後まで顔を上げていた。まどかの背中を、見守っていた。


 ◆


 嗚咽が聞こえる。雨の下を、瓦礫の上を、少女の嘆きが響き渡る。発生源はほむらだった。水の張った地面に座り込み、彼女は俯いたまま体を揺らす。アメジストの双眸に映るのは、倒れ伏したまどかの姿。白い目蓋は閉じていて、青い唇は開かなくて、どちらも二度と動かない。生命の脈動も、温もりも、ほむらが感じる事はもう無いのだ。

 戦って、戦って、戦って。それでもまどかは、ワルプルギスの夜に敵わなかった。結局、それが現実だった。どんなに勇壮でも、どれほど実力があっても、人間が勝てる相手ではなかったのだろう。それでもほむらは、まどかを愚かだとは思わない。本物のヒーローだったと、ほむらは心の底から信じている。

 だけどやっぱり、ほむらの悲哀は止まらない。マミが殺されて、まどかも死んで、彼女はひとりぼっちになってしまった。こんな結末は、決して許容できるものではない。あってはならないのだと、ほむらは否定したかった。

「やだ、あんまりだよっ。こんなのってないよ…………ッ」

 冷たい体に縋り付き、雨音の中ですすり泣く。抑えの効かない幼子みたいに、ほむらはずっとそうしていた。たとえその声が枯れようと、彼女はそうし続けるだろう。それほどまでに、現実はほむらに残酷だった。もう慰めてくれる人は居ない。助けてくれる人も居ない。その事実が、ほむらをどうしようもなく打ちのめす。

『やり直したいかい?』

 不意に響いた、中性的な誰かの声。それに反応したほむらが、久方振りに顔を上げる。

『この破滅的な運命を変えたいと、本気で願うかい? もしも君が魂を賭けて願うのなら、僕が叶えてあげられるよ』

 ほむらが見付けたのは、瓦礫の上に佇む白い影。短い四つの足に、狐みたいな太い尻尾。一方で体は小さくて、真ん丸な頭を支えている。三角の耳からは、平筆のような毛が伸びていた。顔には、二つの赤い瞳が付いていた。どこかマスコット染みていて、生気に欠ける不思議な生き物。その存在を、ほむらはたしかに知っていた。

「キュゥべえ……?」

 無意識に名前を呟き、ほむらは呆然とキュゥべえを仰ぎ見る。

『そうだよ、暁美ほむら。久し振り、と言うべきかな』

 たしかに久し振りだった。マミ達を介してキュゥべえと会った事があるほむらだが、その回数は数えるほどしかなく、最後にその姿を見たのはずっと前だ。ただ、そんな挨拶はどうでもいい。それよりもほむらの興味を惹いたのは、キュゥべえが直前に喋った内容だ。

「ねえ、キュゥべえ。さっきの言葉は本当なの? 本当に、変えられるの?」

 ほむらは知っている、魔法少女の契約を。ほむらは知っている、魔法少女の宿命を。
 ただ、それでも、ほむらは胸を期待で膨らませていた。この現実を否定したいと、本心から願っていた。

『もちろんさ。戦いの定めを受け入れて、それでも叶えたい望みがあるのなら、僕が力になってあげられるよ。君にはたしかな素質がある。全てを覆す為の力が、その魂には宿っているんだ』

 滔々と紡がれるその声は無機質で、けれど抗い難い魅力を持っている。語り掛けてくるキュゥべえを、ほむらは食い入るように見詰めていた。吸い込まれそうな深紅の瞳が、ほむらの顔を映し出す。見上げる彼女の表情には、鬼気迫る何かがあった。

『だから僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 朗らかな宣言。無垢な響きを持つそれが、徐々にほむらの心を侵していく。
 ほむらには願いがあった。奇跡を欲する気持ちがあった。それが叶うと、教えてくれた人が居た。

「私は…………私は、やり直したい」

 熱に浮かされたように、ほむらはそう口にしていた。

「二人に守られるだけの私じゃなくて、二人と並んで歩ける私として、あの時の出会いをやり直したい」

 ただそれだけを、ほむらは望む。マミと一緒だった時間は、まどかと過ごした日々は、本当に幸福なものだった。宝石の如き輝きを放つ、至福の思い出だ。それを失うなんて、今のほむらには考えられない。

 だからこそ、ほむらはこの結末を否定したかった。また初めから、今度は間違えないように、二人と共に歩んでいきたい。三人で話して、遊んで、笑い合う。同じ魔法少女として、対等な存在として、新たな関係を築きたい。

 魂を賭けろと言うなら、そうしよう。
 宿命があると言うなら、受け入れよう。
 それだけの覚悟が、ほむらの中には存在している。

「――――――ッ」

 感じたのは力の奔流。体の内側で暴れるそれが、俄かにほむらを苦しめる。反射的に胸元を押さえた彼女は、苦悶を露わに息を吐く。これが力なのだと、望んだ奇跡なのだと、ほむらは本能的に理解した。

 力が溢れる。胸の裡から飛び出していく。その感覚と共に、ほむらの中から光が零れ出た。言い知れない暗さを孕んだ、紫の光球。宝石のアメジストを思わせるそれが、ほむらの眼前に浮かび上がる。

『契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を!』

 言われるがままに、ほむらは光へと腕を伸ばす。希望を求めて、祈るように、彼女は両手で光を掴む。瞬間、己が人の枠を飛び出す事を、ほむらは魂の部分で理解した。魔法少女になるのだと、受け入れる。そうして彼女は、自らの意識を手放した。


 ◆


 体が重い。思考が鈍い。自身の現状も分からず、どこに居るのかも思い付かず、ほむらは焦点の定まらない意識を彷徨わせた。真っ暗な視界に気付いて、目を閉じている事に気付く。動かぬ指先で、寝ているのだと理解する。そこでようやく、ほむらは早く起きなくちゃと考える事が出来た。閉じた目蓋に力を入れ、ゆっくりと目を開ける。それから何度か、ほむらは瞬きを繰り返した。

 ――――――――汚れの無い純白が、ほむらの視界に映り込む。

 反射的に身を起こし、ほむらは周囲の状況を確認した。最初に理解したのは、自分がベッドに寝ていたこと。次いで広い部屋に居るのだと分かり、最後に見覚えのある病室だと感じた。何がなんだか分からない。更なる情報を求めた彼女は、まずサイドテーブルに置かれた愛用の眼鏡に気が付いた。慣れた動作でそれを掛け、同時にほむらは、傍にあった紙の束に目を向ける。

 見滝原中学校のパンフレット。それはかつて、ほむらが何度も読み返した物だ。首を傾げた彼女は、だがすぐに病室の壁に視線を移した。見付けたのは、やはり見た事のあるカレンダー。日毎に引かれた赤い斜線は、ほむらが自分で引いたもの。花丸の描かれた日付けは今日で、それは退院を意味するものだと、ほむらは思い出す。

「まだ、退院してない?」

 それが、ほむらの出した結論だった。ここは見滝原に引っ越す前に入院していた病院で、部屋の状態を見る限り、今日は退院当日だ。謎はますます深まるばかりで、いっそ悪い夢でも見ていたんじゃないかと、ほむらは不安になった。

 たまらず手を握り、そこでほむらは、自分が何かを持っている事に気付く。手の平を広げれば、そこには金色の台座に填められた、卵型の宝石があった。澄んだ紫色をしたそれは、間違い無くほむらのソウルジェムだ。

「夢じゃなかった…………」

 あの幸せだった日々も、悪夢のような惨劇も、実際にあった出来事なのだ。この時間、この場所に居るのは、ほむらがそれを望んだから。二人との出会いをやり直す為に、奇跡の力で戻ってきたのだろう。

 だが、無邪気に喜ぶ訳にはいかない。このまま何もしなければ、いずれワルプルギスの夜に襲われて、見滝原は廃墟と化す。その対策を、ほむらは考える必要がある。彼女はもう二度と、マミ達を失いたくないのだ。

 ソウルジェムを握った右手を、ほむらは胸に押し当てた。そのまま彼女は、祈るように目を瞑る。

「私は、必ず、ほむらになる」

 まどかは言った。名前みたいに格好良い自分になればいいのだと。今は小さな火に過ぎなくても、いつか大きな炎になれるのだと。だからなろうと、ほむらは誓う。己が名に相応しい実力を身に着けようと、心の中で決意した。

 睫毛を揺らし、ほむらはその瞳を露わにする。そこに宿るのは、燃え盛るような強い意志だった。


 ◆


「う~ん、やっぱり攻撃力が問題よね」

 頬に手を当ててそう言ったのは、制服姿のマミだった。彼女の視線の先では、肩で息をするほむらが座り込んでいる。傍には折れ曲がったゴルフクラブと、あちこち凹んだドラム缶。それらを一瞥したマミは、困ったような笑みを浮かべた。

 時は放課後、場所は人気の無い高架下での事だ。

 やり直しが始まってから時が経ち、今日、ほむらは見滝原中学校に転校してきた。最初に友達になったのは、もちろんまどかだ。浮かれて魔法少女の事まで話して、そのまま流れでマミを紹介された。かつての三人組が、また一緒になれたのだ。それから色々と情報を交換して、その時に出た話題の一つが、今のほむらの実力だった。魔法少女になったばかりで、まだ魔女と戦った事も無いほむらは、正直に言って未熟者もいいとこだ。そこで新人魔法少女の育成に慣れているマミが、ほむらの面倒を見てくれる事になったのである。

「その能力は素晴らしいものだけど、あなた自身の力が強くないと、やはり魔女と戦うのは危険だわ」

 はい、とマミがスポーツドリンクを渡してくれる。それを受け取ったほむらは、礼を言った後に左手首を見た。

 鈍色の円盾。直径数十センチ程度のそれが、ほむらの魔法少女としての武装だった。見た目だけなら、単なる頼りない防具。しかしこの装備の実態は、非常に特殊な砂時計だ。盾の両端には、それぞれ小さな球体が填め込まれている。その間を赤紫色の砂が流れており、砂の流れを止める事で、ほむらは自分以外の時間すらも止められるのだ。

 時間停止。それがほむらの能力だった。今はまだ止められる時間も短いが、徐々にそれも伸びている。そうした将来性も鑑みれば、かなり強力な能力と言えるだろう。ただ、ほむら自身が貧弱だった。いくら対象の動きを止めて一方的に攻撃できるとはいえ、一撃の威力が低いと意味が無い。現状では、ほむらが時を止めて全力攻撃したとしても、ドラム缶すら壊し切れないのだから。

 やっぱり自分は役立たずなのだろうかと、ほむらは陰鬱な気分になった。そうして暗くなるほむらの近くに、見学していたまどかがやってくる。かつてと変わらぬ笑顔を浮かべて、彼女は明るくほむらに話し掛けた。

「大丈夫だよ、ほむらちゃん。わたしも運動は得意じゃなかったけど、なんとか魔女と戦えるようになったんだから」
「そうね。魔法少女になったのだから、普通の人よりも高い身体能力を発揮できるはずよ。その事を意識して訓練を重ねれば、自然と戦えるようになると思うわ。ただ、やっぱり問題は火力なのよね。魔法の武器じゃなくても、火器なら威力は出ると思うのだけど」

 どうしましょう、とマミは可愛らしく首を傾げる。愛嬌のあるその仕草に、ほむらも肩の力が抜けた。

 一方でほむらは、マミの言葉を考察する。高い身体能力と、それなりの戦闘技術。この二つをほむらが手に入れたとして、はたして魔女を倒せるだろうか。ほむらの答えは否だった。やはりマミの言う通り、魔女を倒すには火力不足だろう。マミには魔法の銃があり、まどかには魔法の弓がある。だがほむらの場合は、魔法で強化できると言っても、ただの金属バットなどに過ぎない。しかも彼女はそれを、自力で調達しなければならないのだ。

 火器、とほむらは口の中で呟いた。マミの提案したそれが、最も有効な手段だと結論付ける。魔法の武器を使えないのなら、物理的に強い武器を用意するしかない。それが魔法少女としての自分が目指す道なのだと、ほむらは確信した。

「どうかしたの?」

 暫く黙っていたからか、マミが心配した様子で問い掛けてきた。
 左右に首を振り、ほむらは明るい表情で返事をする。

「なんでもないです。それより、特訓を再開しましょう!」

 マミが目を丸くする。少しだけ間が開いて、それから彼女は、不思議そうにしながらも次の特訓を始めてくれた。結局この日は、ほむらの基礎訓練で終わる事になる。最初は碌に得物を振るう事が出来なかったほむらも、最後の方ではかなり様になっていた。そうして魔法少女の持つ身体能力の凄さや、マミの手慣れた指導を実感して、ほむらはちょっとだけ住み慣れた家に帰宅したのだ。

 次の日も、マミによる指導は続けられた。ただ前日と違っていたのは、ほむらが変わった得物を用意してきた事だ。昨日と同じ高架下で、自作のそれを取り出したほむらは、おっかなびっくり、マミ達の反応を窺った。

「爆弾……?」

 面食らった様子でそう漏らしたのは、指導を始めようとしていたマミだ。
 自身が手に持つ筒状の物体を眺める彼女に、ほむらは首肯と共に応答した。

「はい、爆弾です。その、これなら威力があるかなって」

 火器の使用。それこそが自分の目指す戦い方だと考えたほむらだが、バットなどの鈍器に比べて、火器を一般人が手に入れるのは難しい。そこで彼女はネットを使って情報を仕入れ、自らの手で爆薬を調合したのだ。もちろん初めての挑戦で、何度か失敗もしたけれど、それなりに納得のいく出来だと、ほむら自身も感じている。

 ほむらがそういった話を伝えると、マミは改めてお手製爆弾を観察した。

「たしかに効果的だとは思うけど…………随分と器用なのね」

 最後は小声で呟いて、マミは細めた目でほむらを見詰める。
 なんとなくらしくない、マミの反応。それが少し、ほむらは気になった。

「あの――――」
「すごいね、ほむらちゃん!」

 嬉しげなまどかの声に遮られ、ほむらはマミに尋ねる事が出来なかった。ただ、悪い気はしない。本心から褒めていると分かるまどかを見ていると、ほむらとしても、心が浮き立たずにはいられないからだ。白い頬を赤く染めて、ほむらは僅かに俯いた。

「そんなこと、ないよ。これくらいは普通だから」

 恥ずかしくて、むず痒くて、ほむらはか細い声で否定する。
 褒められた経験の少ない彼女にとって、まどかの賞賛は新鮮だった。

「とにかく、これは実戦で試すしかないわね。流石に結界の外で爆弾は使えないわ」

 言われてほむらは、その事に思い当たる。たしかに街の中で爆発など起きようものなら、あっという間に大騒ぎだろう。それを考えると、爆弾を作るというのは軽率だったかもしれないと、ほむらは申し訳なさそうに肩を落とした。

「いいのよ。上を目指そうとするその姿勢は、とても尊いものだから」

 そうマミに慰められると、ほむらも気が楽になる。ホッと安堵の息を吐き、彼女は表情を柔らかくした。

 結果だけを言えば、ほむらが爆弾を自作したのは成功だった。物は試しと連れて行かれた魔女との戦いでは、ほむらの手でトドメを刺せたのだから。ただやはり、ほむら自身の戦闘技術は未熟としか言えない。戦闘中は二人の足を引っ張るばかりで、魔女を倒せたのも、マミ達がお膳立てしてくれたお蔭だ。まだまだやるべき事は多く、頑張らなければと、ほむらは決意を新たにするのだった。

 日々が過ぎ、時が過ぎる。マミとまどかに助けられながら、ほむらは少しずつ魔法少女として成長していった。才能は無かったのだろう。ほとんど同時期に魔法少女になったというまどかと比べても、彼女は目に見えて実力が劣っている。それでもほむらは満足していた。かつて憧れた相手に近付けていると思うと、嬉しくて堪らなくなるのだ。

 まだワルプルギスの夜の事を考えると不安になるけれど、それでも今のほむらには、一歩ずつ前に進んでいる実感があった。きっと上手くいく。そんな希望を胸に抱いて、ほむらは二度目の日常を満喫していた。

 この日もそうだ。ほむらが転校してきてから何度目かの休日。友達との約束があるというまどかとは別に、ほむらはマミと一緒に出掛ける予定を立てていた。以前とまったく同じように、とはいかないものの、ほむらはマミと良好な関係を築けている。

 マミが待つであろう自然公園の片隅を目指し、ほむらは軽い足取りで歩を刻む。何かこだわりがあるのか、マミが指定する待ち合わせ場所は、いつも同じだった。多くの人が行き交う自然公園の中で、珍しく人気の少ない一角、そこにマミは居るはずだ。

 見慣れ始めた景色を横目に、ほむらは迷わず進んでいく。暫くして彼女は、目的の人物を視界に収めた。

「マミさ――――」

 声を掛けようとして、咄嗟にほむらは口を噤んだ。マミの他にも誰かが居る。見知らぬ少女とマミが、何事かを言い争っていた。いったい少女は何者なのだろうか。不思議に思ったほむらは足を止め、遠目に少女を観察する。

 少女は小豆色の長髪を、ポニーテールにして括っていた。細かな顔立ちについてはなんとも言えないが、少し意地悪そうな鋭い目付きが、ほむらの印象に強く残る。年頃はマミと同じくらいで、おそらくは中学生だろう。そうして少女の人相をざっと見て、やはり会った事の無い相手だと、ほむらは結論付けた。

 マミ達の口論は白熱している。話している内容は分からないものの、感情を剥き出しにした顔が見えて、ほむらはちょっと怖いと感じた。どうしようかと足踏みし、結局、眺めている事しか出来ない。そのまま時間と共に、マミと少女の表情に熱が籠っていく。どこか鬼気迫ったそれを目にしたほむらは、思わず足を踏み出していた。

 こんなに怖い顔をしたマミは見たくない。その一心で、ほむらは二人の間に割り込もうとした。

「そんなの――――ッ」

 マミの声が聞こえる。かつて無いほど感情的な、ほむらの知らない声だ。

「――――――私があの子を、殺したようなものじゃないッ!!」

 凄絶な叫びが響き渡る。ほむらの耳を揺さぶるそれが、悲劇の開演を告げるベルだった。

 風が吹く。吹き飛ばされそうなほどの暴風が、ほむらの全身に叩き付けられる。
 空が消える。光を通さぬ闇が広がり、遥か遠くまで、ほむらの頭上を覆い尽くす。
 地面が変わる。硬質な金属のタイルが敷き詰められ、足元の砂地は隠れてしまった。

 魔女の結界だと、ほむらは即座に把握する。だがそうだとすると、肝心の魔女はどこに居るのだろうか。もし居たとしても、その魔女はどこから現れたのだろうか。その事を考えて、悩んで、だけど本当は心の片隅で、ほむらは真実を受け入れていた。

 ほむらの視線の先で、マミがタイルの上に倒れている。その目は閉じられ、胸は動かず、まるで死んでいるようだとほむらは思った。否、実際に死んでいるのだ。かつてマミとまどかの死を目にしたほむらだからこそ、命の鼓動が止まっている事に気が付いた。しかしそんな事はありえない。あってはならないと、ほむらは叫びたかった。だって、マミは、つい先程まで生きていたのだから。

 唖然とほむらが立ち尽くす。何も言えずに、彼女はただ呆ける事しか出来なかった。

 ほむらの視界に、大きな影が映り込む。見上げるほどに巨大なそれは、人に似た形をしているけれど、明らかに尋常な生物ではなかった。その身は隙間無く鎖に覆われ、内部を窺い知る事は出来ない。ただ、腰から下が存在しない事だけは分かる。まるでタイルから上半身だけを生やしたようにも思えるそれは、足の代わりと言わんばかりに、伸びた鎖を放射状に広げている。

 あまりに異質な存在だった。魔女と呼ぶべき化け物だと、ほむらは正確に理解していた。
 でも何故か彼女の目には、その魔女が別の存在のようにも見えるのだ。

「マミ、さん……?」

 力無いほむらの呟きは、すぐに掠れて消えてしまった。




 -To be continued-


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