<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.28168の一覧
[0] 【完結】 お姫様じゃいられない 【魔法少女まどか☆マギカ・女オリ主】[ひず](2014/11/24 21:29)
[1] #001 『奇跡みたいな出会いだなって』[ひず](2011/06/26 20:54)
[2] #002 『笑顔でいてほしいんだ』[ひず](2011/06/05 20:35)
[3] #003 『ボクの為の願いじゃない』[ひず](2011/06/26 20:55)
[4] #004 『もしも奇跡を願うなら』[ひず](2011/06/12 21:17)
[5] #005 『まだ大丈夫』[ひず](2011/06/19 20:17)
[6] #006 『やっと、見付けた』[ひず](2012/10/23 21:45)
[7] #007 『ボクらはボクらの、正義の味方だ』[ひず](2012/10/23 00:00)
[8] #008 『はじめまして』[ひず](2011/07/24 20:42)
[9] #009 『安心してて、いいからね』[ひず](2011/08/21 20:49)
[10] #010 『だってボクにできるのは』[ひず](2011/08/21 20:48)
[11] #011 『ボクはずっと願ってる』[ひず](2011/09/04 20:52)
[12] #012 『これはやるべき事なんだ』[ひず](2011/09/18 22:32)
[13] #013 『強がりなんかじゃない』[ひず](2011/10/09 21:49)
[14] #014 『なんでだろうな』[ひず](2011/10/23 22:52)
[15] #015 『だから嫌いなのか』[ひず](2011/11/13 23:17)
[16] #016 『なんだか似てるね』[ひず](2011/11/28 22:43)
[17] #017 『魔法少女って、なんですか』[ひず](2012/10/23 00:01)
[18] #018 『女の子なのよ』[ひず](2012/04/01 21:32)
[19] #019 『名前で呼んでもいいですか?』[ひず](2012/10/20 21:53)
[20] #020 『私は、必ず、ほむらになる』[ひず](2012/12/31 19:14)
[21] #021 『あなたに、ほむらは、必要ない』[ひず](2013/09/08 21:43)
[22] #022 『ありがとう。うん、それだけ』[ひず](2014/07/21 06:09)
[23] #023 『わたし、魔法少女になります』[ひず](2014/08/16 21:20)
[24] #024 『ダメな先輩でごめんなさい』[ひず](2014/09/14 23:13)
[25] #025 『他の誰でもないキミに』[ひず](2014/10/13 12:45)
[26] #026 『それは本物だと思うから』[ひず](2014/11/24 21:28)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28168] #016 『なんだか似てるね』
Name: ひず◆9f000e5d ID:d2055b83 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/28 22:43
 とても不思議な光景だった。理解し難い状況だった。未だ床にその身を横たえ、彼女はただ呆然と、眼前で戦う杏子を見詰めている。いや、それは本当に戦闘と呼べるのだろうか。思わずそんな疑問が浮かぶほど、彼女の目に映る戦況は奇妙なものだった。

 魔女の使い魔と思しき紺の毛玉は、今もなお元気に鏡の間を移動している。天井から床へ、あるいは壁から壁へ、数メートルしかない距離を、使い魔は瞬きの内に過ぎ去っていく。彼女の目ではその影しか捉える事が出来ないが、それでも使い魔の行動が可笑しい事は分かる。それほどまでに奇怪で、不可解で、どこか馬鹿みたいなものなのだ。

 鏡の中から飛び出し、再び鏡の中に潜る。そうして身を隠しながらこちらの不意を打って体当たりするのがこの使い魔の基本戦術だった。たしかにその根底は変わっていないのだが、明らかに何かが変わっている。彼女はそう思わずにはいられなかった。

 だって敵の使い魔は、”何も無い空間”ばかり狙っているのだから。

 杏子が立つ場所ではなく、彼女が倒れる辺りでもなく、二人から少し離れた虚空目掛けて、使い魔は紺色の影を引いていく。幾度も幾度も、徐々に攻撃の間隔を短くしていくその様は、なんとも言えない滑稽さを感じさせる。それはやっぱり、どうしようもなく不可解なのだ。

「ハッ。腕は錆びついてねぇみたいだ――――なっ!」

 ただ一閃。杏子が振るった槍は違う事無く敵を捉えた。それで、お仕舞い。宙を駆ける使い魔は真っ二つに割かれ、二度と鏡の中に戻る事は叶わなかった。光の粒子となって消えゆくその最期を、彼女はただ呆然と眺めている。理解出来ないと、その顔には書かれていた。

「さて、と。怪我は無い?」

 暫く周囲の様子を窺った後、杏子はそう言って彼女に手を差し伸べた。腰を屈めて右手を差し出す杏子の顔には、やはり柔らかな微笑が浮かんでいる。その表情に緊張をほぐされ、彼女はゆっくりと体を起こした。脳裏には未だに疑問が渦巻き、頭の巡りは宜しくない。それでも彼女は杏子の手を取ろうとして――――――――知らず体を硬直させた。

 半端に腕を上げた姿勢で、彼女は傍らの杏子を仰ぐ。戸惑いと、迷いと、何より恐れ。彼女の顔には様々な色が表れていた。先程は信じてみたものの、いざ安全が確保されてみると、隠れていた不安が顔を出す。この手を取るべきか否か。そう悩む彼女は、睨むように杏子を見詰めてしまう。

「あっ……」

 先に動いたのは杏子の方だった。彼女の手首を掴んだ杏子は、そのまま強引に彼女を立ち上がらせたのだ。勢い余った彼女を支えながら、杏子はその体を上から下まで観察していく。

「大きな怪我は無いみたいだな。このくらいなら大丈夫だろ」

 よし、と杏子が頷く。安堵の滲んだその様子を見て、彼女はなんだかむず痒くなった。どう反応すればいいのか分からなくて、唇を結んでそっぽを向く。そのまま何も言わない彼女に対して、杏子は更に言葉を重ねた。

「それじゃ、さっさと進むか。このまま突っ立ってても時間の無駄だしな」

 クルリと踵を返した杏子は、彼女の意志を確認する事無く歩き始めた。そこに迷いは感じられず、どうやら彼女が付いてくるのが当然だと考えているらしい。やっぱり杏子は身勝手だ、と彼女は不機嫌そうに呟いた。とはいえ彼女がいくらジト目で睨んだところで、杏子の歩みが止まるはずもない。

「……はぁ」

 やがて彼女は溜め息をつくと、先を行く杏子を追って歩き始める。少しばかり駆け足気味のそれは、すぐに杏子の背中に追い付いた。そのまま杏子の隣に並んだ彼女は、意を決した様子で口を開く。

「どうしてわたしを助けたの?」

 色々と聞きたい事はあった彼女だが、最初に思い浮かんだのはそれだった。昨日は殺そうとした自分を、どんな理由があって助けたのか。おそらく真面目に取り合うのが馬鹿らしい理屈だとは思いながらも、彼女はそれを尋ねずにはいられなかった。

「どうして、か」

 足を止める事無く、杏子は天井を仰ぎながら呟いた。鏡の世界で宙を歩くかの如き杏子の姿は、ぼんやりとした表情も相俟って、どこか浮き世離れたようにも見える。思わず、彼女は喉を鳴らした。

「助けたかったから、かな」

 大きく、彼女はその目を見開いた。

「アンタは助けてほしかったんだろ? で、アタシは誰かを助けたかった。それだけの話さ」

 瞳に優しげな光を湛えて、杏子が語り掛けてくる。その言葉が理解出来なくて、理解したくなくて、だけど理解したくて、彼女は何も返せなかった。頭の中には疑問が積み重なり、とにかくグチャグチャだ。開いた口からは呻き声すら漏れないし、瞠った目は杏子を映しているかすら怪しい。それほどまでに杏子の答えは、彼女にとって意外なものだったのだ。

「ま、今はただ付いてくりゃいいさ」

 そう言って杏子は、薄く笑みを刻んだ。自信に溢れたその姿は頼りになりそうで、傍に居るだけで安心感を与えてくれそうだった。だけど今は、その優しさが彼女の心を掻き乱す。

「――――かんない」

 気付けば彼女は足を止め、低い声を漏らしていた。

「わかんない! 全ッ然、わかんないよ!!」

 拳を震わせ涙を滲ませ、彼女は力の限り声を張る。
 思わず立ち止まった杏子が振り返り、僅かに目を瞠った。

「昨日は殺そうとしてっ、今日は助けてっ、一体なにがしたいのよ!」

 もう誰の施しも受けない。アイに裏切られたと思った時、彼女はその誓いを胸に刻んだ。でもそんなの、彼女の本心な訳が無い。ずっと助けてほしかった。手を差し伸べてほしかった。誰かに縋りたくて頼りたくて、自分一人で歩くだなんて考えたくもない。そんな弱い彼女だから、やっぱり決意もすぐに揺らいで、こうして杏子の誘いに気持ちが傾いている。

 やめてほしい、と彼女は思った。拒むのは、つまり求めている事の裏返しだ。助けてくれるなら、その手を掴みたい。掴んで二度と放したくない。でも、怖い。手の平を返されるのが恐ろしい。だから彼女は拒絶しようと考えた。最初から手を伸ばさなければ、何も掴めなくても失望する事は無いのだから。

「ほんと、わけがわかんないよ……」

 頬を伝った涙が零れ落ち、彼女は恥じ入るように下を向く。

 答えなんて出せるはずもなく、さりとて諦める勇気も既に無く、彼女は聞き分けの悪い幼子のように泣き続けた。もう考えるのも億劫で、こうしていればそのうち誰かが解決してくれるんじゃないか、なんて子供みたいな願望が浮き上がる。もちろんそんなのは都合の良い妄想に過ぎないけれど、それに縋りたくなるほど、今の彼女は追い詰められていた。

 ハン、と杏子が鳴らす。
 ビクリ、と彼女は肩を揺らした。

「わかんねぇなら――――」

 芯の通った杏子の声が、彼女の頭に深く響く。
 同時に彼女へ近付いてくる足音が聞こえ、それはすぐ傍で止まった。

「アタシがわからせてやる。だから、今は黙って付いてこい」

 彼女の右手が、温かな感触に包まれる。次いで持ち上げられる右手につられて、彼女の視線も上げられた。すると息の触れ合いそうな距離に、笑顔の杏子が立っていた。思わず、彼女は目を丸くする。

「ほら、行くぞ」

 曇りの無い表情でそう告げて、杏子は彼女の手を掴んだまま歩き出す。引っ張られる形で、彼女も足を動かした。

 無茶苦茶だ、と彼女は思う。杏子の主張には理屈も何も存在せず、ただ自分の要求を突きつけているだけに過ぎない。勝手で、自侭で、彼女の意志を無視した蛮行。けれど今の彼女は、たしかにそれを心地よく感じていた。

 千の言葉を重ねるよりも、万の道理を連ねるよりも、握り合った手の温もりの方が心に響く。杏子に先導されながら、彼女はその事に気付かされた。もちろん完全に納得した訳ではない。でもそれ以上の文句を口にする事は出来なくて、彼女は口を尖らせたまま、大人しく杏子に従うのだった。

 暫く、二人は会話も無く通路を進んでいく。とはいえそれは最初の十分程度。我慢出来なくなったのか、途中から杏子がお喋りを始めた。最初は碌に返事もしなかった彼女だが、徐々に短く言葉を返し、遂には会話と呼べるまでになる。明るく話し掛けてくる杏子を無視し続けられるほど、彼女は頑なではいられなかったのだ。

「しかしまぁ、ここも不思議な場所だよな。明かりの一つも無いってのに、こうして視界には困らない」
「魔法って事でいいでしょ。難しく考える必要も無いし」

 彼女がぶっきらぼうに答えれば、杏子は愉快そうに呼気を漏らす。

「たしかにな。そういや元気そうだけど、昨日の怪我は魔法で?」
「……それもある。他にもある」

 杏子の小豆色の瞳が、後ろを歩く彼女を映す。けれど彼女は気にした様子も無く、ぼんやりとした視線を虚空に向けたままだ。その胸中を占めるのは、ここ暫くの、自らの生活についてだった。

「わたし達は魔法少女であって人間じゃない。この体だってそう。魔力にものを言わせて無茶すれば、空腹とか怪我とか病気とか、いろんな欠点を無視できる。たぶん、ただの女の子でしかないわたし達が、少しでも魔女と戦い易くする為の処置だと思う」
「あぁ、そういやそんな話も聞いたね。アタシとしては、いまいち実感が湧かない部分もあるんだけど」

 暢気に話す杏子に対し、彼女はまず溜め息を返した。

「事実だよ。わたしはもう何日も飲まず食わずだしね」
「うえっ。アタシだったら考えられないね。後でなにか奢ってやるよ」

 やだやだ、と杏子が首を振る。どこか軽いその態度は、決して彼女の言葉を軽んじている訳ではなく、むしろ重い空気にならないよう気を遣ったものだろう。それが分かるからこそ、彼女は意識的に杏子から目を逸らした。

 結局、彼女は普通の女の子なのだ。受け入れるにしろ拒むにしろ、それを貫く意志力が無い。だからこうして仲良さげに雑談を交わせば、杏子を近しく感じてしまう。意地を張っていた心に、綻びが生じてしまう。

 ただの女の子に、貫くべき誇りなどない。譲れない矜持なんてある訳ない。だからこれは、自然な事だ。二人の距離が縮まるのは、不思議じゃないのだ。でもちょっと悔しくて、彼女はわざと杏子の言葉を無視するのだった。

 頑なに目を合わせようとしない彼女に対し、杏子は思案げに視線を彷徨わせる。

「……そういや、この魔女はどんな奴だったんだろうな」

 唐突な杏子の話題転換。それは彼女にとって、到底無視出来ない内容だった。

「考えたいの? そんなこと」
「気にはなる。こいつは何に絶望したんだろうってな」

 周りを囲む鏡を眺めながら、杏子は目を細める。

「あの使い魔は厄介な敵だった。もっと数が多けりゃ、あるいは力が強ければ、並の魔法少女が束になっても敵わなかっただろうさ。だが実際にはどうだ。使い魔は一匹だけで、力も弱かった。正直もったいないとしか言えないね」

 たしかに、と彼女は杏子に同意する。一体何をしたのか、杏子は軽くあしらっていたようだが、あの使い魔は万全の状態の彼女でも苦戦は必至だ。もう少し強ければ彼女は殺されていただろうし、十や二十の群を成していれば、もはや絶望するしかない。この魔女にそれだけの力が無かった、とは思わない。少なくとも数を増やす程度は簡単なはずで、ならば現状の不可解さには理由があるのだろうと、彼女は結論付けた。

「たぶんこの魔女は、寂しい奴だったんじゃないかね」

 握っていた彼女の手を放し、杏子は両手で槍を構える。その刃が向けられた先は、壁を覆う鏡の一角だ。何をするのか察した彼女は、数歩後ずさって、杏子から距離を取る。不思議と彼女は、武器を取り出そうとはしなかった。たぶん、心が緩んでいたのだろう。

「自分の使い魔すら信用できない。だからあんな雑魚しか作らなかった。アタシはそう思うよ。こんな嘘っぱちな世界を生み出す奴だ。まともな性根じゃないのは確かだろうさ」

 皮肉げに笑った杏子は、次の瞬間、手にした槍を素早く振るった。
 影を残す薙ぎ払い。煌めく刃が、違えなく鏡に吸い込まれる。

「……え?」

 鏡が割られた。それは彼女が予想していたもの。
 世界が砕けた。これは彼女が考えなかった結末。

 壁が、床が、天井が。鏡が成していた巨大な迷宮は、ただ一振りで全てを壊された。すべての鏡がガラス片となって散り、刹那の内に光の粒子へと姿を変える。何度か瞬きを繰り返した後には、辺り一帯の景色は一変していた。

「あの鏡の迷宮は、いわゆる幻術ってやつだったのさ。元から出口なんてありゃしない。この魔女は自分の気配をちらつかせながら、それを目指すアタシらが疲弊するのを待ってたわけ」

 現れたのは白い世界。なんの障害物も無く、白い床と天井が果てなく続く広い世界。その光景に圧倒されていた彼女は、途中でふと違和感に気付く。自分と杏子以外は何も居ないように思えた世界に、何かが居た気がしたのだ。なんだろう、と目を凝らしてみた彼女は、暫し首を巡らせて、あっと小さく声を上げた。

 居た。たしかに居た。人間よりもずっと大きな何かが、彼女達から離れた場所に佇んでいる。彼女が最初に気付けなかったのは、その表面が鏡張りだった為だ。周りの景色を反射したそれは全身が真っ白で、その形すらも定かではない。それなのに彼女が見付けられたのは、鏡の一部に罅が入っていたからだ。

 この何かが魔女で、あの迷宮を生み出した張本人だろう。鏡に罅が入っているのは、おそらく先程の杏子による攻撃が原因だ。つまり杏子は、どうやったのかアレの存在を的確に察知していたらしい。

「……よく、見破れたね」
「アタシも幻術は得意でね。同業者の勘ってヤツさ」

 杏子の返答を聞いて、彼女は色々と腑に落ちた。あの使い魔が変な行動を取っていたのも、その幻術とやらを使ったからだろう。そうして改めて隣の杏子を見詰めた彼女の目には、その姿が一層頼もしく映っていた。

「さて、そろそろ終いとするか」

 呟くのと同時に、杏子は跳躍した。長い髪をたなびかせ、大きな槍を振り被り、杏子は魔女との間合いをゼロにする。その動作はあまりに自然で、彼女の認識が追い付いた時には、既に魔女は両断されていた。

「いっちょあがりっ!」

 快活に宣言した杏子の向こうで、魔女の体が光となって溶けていく。同時に、周囲の景色がグニャリと歪んだ。彼女が眉をしかめた一瞬の後には、既に白い世界は消えていた。彼女達が立っているのは廃ビルの屋上で、そこはもう日常の中だ。

「ほら、お前にやるよ」

 言葉と共に、杏子が何かを投げて寄越す。
 慌てて彼女が受け取れば、見覚えのある黒い物体が手に収まる。

「これ……」
「取っとけ。アタシは今日だけで三つ集めたしな」

 杏子は軽い調子で話したのに、そこには何故か、重い響きが含まれていた。

 少しの間、彼女は手元のグリーフシードを睨み付ける。やがて一つ息を吐くと、彼女はそれをポケットに仕舞った。だって彼女は、一般的な女の子。張り通す意地なんて、最初から持ち合わせていないのだ。

「じゃ、なにか食いに行くか。手持ちの食い物も切れてるみたいでな」

 パーカーのポケットをあれこれと探りながら、杏子は彼女の方に歩み寄ってくる。魔法少女の衣装を解いた杏子は、前に見た時と同じ服を着ていた。ただ以前と異なるのは、その服がやたらと汚れている点だ。彼女と違いマトモな生活スタイルを確立していそうな杏子が、どうしてそんな服を着ているのか。それはたぶん、今日だけで色々な場所を訪れた所為で、その理由を考えようとして、彼女は思索を打ち切った。

 ただ、気付けば彼女は。

「……ほんとに奢ってくれるの?」

 なんて、言ってみたりして。

「おう、まかせとけ」

 嬉しそうな杏子に向けて、笑ってみたりして。
 ちょっぴり軽くなった心を胸に、杏子の隣に並ぶのだった。


 ◆


 久方振りに彼女が口にした食事は、なんて事は無い鯖味噌定食だった。街角の定食屋で注文したそれは、普通で、平凡で、特別さなんて欠片もない食べ物だ。だけど不思議な温かさがあって、どうしようもなく美味しく感じられて、気付けば彼女が泣いていたのは、誰にも知られてはいけない秘密である。そう、誰にも。たとえ目の前で食事していた人間が居たとしても、知る者は居ないのだ。

 さて、そうしてお腹を満たした彼女は、幸せな気持ちで杏子に付いていった。気が緩んでいたし、浮かれていたとも言える。もちろんそれが悪い訳ではないし、その後も杏子の買い物に付き合わされたが、特に問題は生じなかった。ただ重要なのは、彼女は機嫌がよかったという事だ。久し振りのご飯にありつけた彼女は、とても気分がよかったのだ。そう、この場所に連れて来られるまでは。

「つーわけで、ここが今日の寝床だ」

 平然と告げる杏子の背後には、立派な教会が建っている。否、立派”だった”教会が建っている。郊外に構えるそれは、たしかに街中のものよりも二回りは大きく、見る者に自然と畏敬の念を覚えさせるだろう。でもそれは、建物が十全な状態であった場合の話だ。

「…………ちょーボロいんですけど」

 そう、この教会はボロボロだった。廃墟だった。大きな扉は片方が無く、残る一方も外れかけているし、元は白かったと思われる壁は汚れに汚れ、ステンドグラスも派手に割れている。外側だけでもコレなのだから、内側に至っては何をか言わんやだ。

「えっ。ていうか、えー? わたしと生活レベル変わんなくない?」

 あるぇー、と彼女は首を傾げずにはいられない。

 正直、杏子はもっと良い生活を送っていると思っていた。それが彼女の偽らざる感想だ。たしかに杏子は先ほど寝袋を購入していたが、だからと言ってこんな場所が寝床になるとは思わなかった。だって杏子にはお金がある。家に帰らない以上、杏子もまた一人で生きている訳で、その状況でお金を稼いでいるのなら、もっと上等な住処も手に入れられるはずだ、と彼女は信じていた。

「あー、ホテルとかも無理じゃないけどね」

 じゃあ、なんで。荷物を持って先導する杏子に続きながら、彼女はそう問い掛ける。

「悪いコトだからさ。方法がね。だからアタシは、もうやらないよ」

 適当な椅子に、杏子が荷物を置いていく。その度に白い埃が舞い散った。

 やっぱり、教会の中は散々だ。床は埃や木片、ガラス片などにまみれ、壁に填められたステンドグラスはあちこち割れている。かろうじて椅子は形を残しているが、掃除をしなければ座る気にもなれない。密封性皆無で風だって酷いだろうし、雨を防げるのが唯一の利点と言ってもよさそうなほどだ。それら一つ一つを確認する度に、彼女の気持ちが萎えていく。

「お金もそう。今の蓄えを食い潰したら、新しい稼ぎ方を考えないとね」
「つまり、犯罪者ってわけ?」
「あぁ。アタシは悪いヤツなのさ」

 全ての荷物を置いた杏子が、埃を払って椅子に座る。それに倣って、彼女も近場の椅子に腰掛けた。

「で、更生理由は?」
「自分を見詰め直したから、かな」
「なにそれ?」

 疑問符を浮かべる彼女に対して、杏子は苦笑を返した。

「アタシはさ、人助けがしたくて魔法少女になったんだ」

 一瞬、彼女は何を言われたのか分からなかった。だって、そうだ。昨日の杏子は何をした。彼女を殺そうとしたのだ。たしかに今日は助けてくれたが、殺そうとしたのもまた事実。そんな人間が人助けをしたかっただなんて、悪い冗談としか思えない。ただそうは言っても、彼女は杏子を詰る事は出来なかった。何故なら暗がりに浮かぶ杏子の顔には、深い後悔の色が滲んでいたからだ。

 考えてもみなかった杏子の表情に、彼女は半端に口を開いたまま固まってしまった。そんな彼女を見た杏子が笑う。先程までの暗さを感じさせない、生気に満ちた笑顔だった。思わず肩の力が抜け、彼女は大きく息を吐く。

「昨日の事については謝るよ。あれは完全に八つ当たりだったからね」

 言って、杏子が立ち上がる。杏子は通路を歩き、そのまま講壇のある場所まで上っていく。そうして講壇の前に立つと、杏子は教会全体を見渡した。既に日が沈み、暗がりの中ではあったが、彼女には杏子の顔がよく見える。懐かしむような苦しむようなそれは、杏子とこの場所の繋がりを否応なく感じさせた。

「ここはね、アタシの親父の教会だった」

 どうしてか、彼女はその言葉を自然と受け入れていた。

「昔は凄い数の信者が居たんだよ。アタシが魔法少女になったばかりの頃はさ」

 言われて彼女は、改めて教会の中を見回した。だが、そこには賑わっていた頃の面影すら感じられない。盛者必衰とは言うものの、今のこの場所は、あまりにも寂しく冷たい空間だった。杏子の言葉が真実なら、どうしてこうなってしまったのだろうか。その答えは、既に彼女の中に用意されていた。

「あなたが、そうなるように願ったから?」

 唇を噛んで、杏子は小さく頷いた。

「みんなが親父の話を聞いてくれるよう、アタシはキュゥべえに願ったんだ。親父は立派な人だったけど、教義に無い事まで話しちまってさ。それで、みんなにそっぽを向かれてた。けどちゃんと親父の話を聞けば、誰もが正しいと理解できるって、アタシはそう思ってたんだ」

 だから願ったのだと、杏子は告白する。

「実際、初めは上手くいってた。話を聞いた人は親父に賛同してくれて、日に日に信者は増えていった。アタシもさ、魔法少女として親父とは違う方法で人助けをするんだって、無邪気に張り切ってたんだ」

 そこで言葉を区切って、杏子は天井を仰ぎ見た。その頬に涙は流れない。けれど彼女には、杏子が泣いているように感じられた。

「お父さんにバレたの? 魔法少女の事が」
「……あぁ、バレた。人の心を惑わす魔女だってブチ切れられたよ。親父は本当に真面目で真摯な人だったからさ、耐えられなかったんだ。信者が信仰で集まってくれたわけじゃない事に。娘のアタシが、魔法の力に頼っちまった事に。それで親父は壊れちまってさ。酒に溺れて、最後は家族を道連れに無理心中さ。アタシだけを残してね」

 痛いほどの沈黙が、夜の教会に満ちていく。彼女と杏子。互いに目を合わせる事無く、それでも相手の存在を意識しながら、なんとも言えない空間に身を委ねている。それは、ともすれば一瞬で壊れてしまいそうな、ガラス細工のように儚い時間だった。

「なんだか似てるね」

 沈黙を破ったのは彼女だ。自身の膝元に目線を落としながら、彼女はポツポツと言葉を続けた。

「わたしと、杏子のお父さん。上手くいってると思ったら、信じてた人に裏切られて、残酷な現実を突き付けられた。それで自棄になったんだよね。いろんな事が嫌になって、信じられなくなって、心が黒いナニカに蝕まれていった」

 相違点は多々あるだろう。それでも彼女は、杏子の父に自分を重ねてしまった。自分だけじゃなかったんだと、他にも居たんだと、そんな風に安心したくて。同時に彼女が感じたのは、現状に対する安堵感。一歩間違えれば、どこかで少しでも踏み外していれば、彼女はとっくの昔に終わっていた。それが理解出来るからこそ、まだ踏み止まれている事実に感謝する。

「そっか、そうだな。たしかに似てる。アンタが気に食わなかったのは、そういう理由もあったのかもな」

 額を手で覆った杏子が呟く。それは彼女に対する言葉というよりも、杏子自身に向けたもののように感じられた。

「こんな事にも気付けないなんて、アタシは本気で参ってたんだな」

 僅かに、静寂。次いで盛大に嘆息した杏子は、その視線の先に彼女を捉えた。強い意志の宿った瞳だ。決意を匂わせるそれを見た彼女は、知らず背筋を伸ばしていた。ピンと空気が張り詰め、緊張感が高まっていく。

「改めて言うよ。アタシはアンタを助けたい」

 鋭い声が、冷たい空気を切り裂いた。

「奇跡の代償は絶望だった。アタシは運よく魔女にならなかったけど、やっぱり辛くて目を逸らしてた。人助けなんて割に合わないって自分に言い聞かせて、本心を隠してたんだ。けど、いつまでも自分を騙し続けるのは無理だったみたいでね」

 杏子が息を吸い、吐き出した。

「アタシは誰かの役に立ちたい。そういう人間なんだって、気付いちまった。気付いたら、止まれなかった」

 一つ一つの言葉を噛み締めるように語る杏子の声は、少しだけ震えていた。

 嘘ではない、と彼女は思う。杏子の話は本当で、彼女を助けたいというのも本心だろうと、完全ではないが信じられた。それでも、というよりもだからこそ、彼女は杏子に尋ねたい事があった。

「ねえ、どうして昨日の今日で変わったの? どうしてわたしを助けたいの?」

 杏子が本質的に優しい人間だという事は分かった。彼女を助けたいという意思も理解出来た。だが僅か一日で変われた要因は分からないし、助ける対象に彼女を選んだ理由も分からない。だからこその、どうして。

「別に小難しい理屈はねぇよ」

 恥ずかしそうに頬を染め、杏子が髪を掻き乱す。

「助けてって、言っただろ?」

 当然のように断言する杏子に、彼女はポカンと口を開けた。

 なんだそれは。なんなんだそれは。馬鹿かこいつは、と彼女は思う。こいつは馬鹿だ、と彼女は確信する。たったそれだけの事で生き方を変えるなんて、その程度の理由で助けようと決めるなんて、馬鹿以外の何者でもない。でもそんな杏子だからこそ、彼女は今も生きていて、こうして話をする事が出来るのだ。そう考えると、彼女はなんとも言えない気持ちになった。

「馬鹿みたい。ほんと、馬鹿みたい」

 彼女の呟きはとても小さく、けれど静かな教会にはよく響く。
 杏子が不機嫌そうにそっぽを向いた。彼女が可笑しそうに声を零す。

 奇妙なほど穏やかな空間だった。問題はまだまだ沢山あって、これから色々と苦労を重ねるだろう。それが分かっていても、彼女は不安にならなかった。びっくりするくらい心の中は凪いでいて、温かな何かで満ちている。どうして、なんて言うまでもない。彼女が杏子を信じているからだ。今度こそ、ちゃんと、心の底から信頼しているから、こんなにも落ち着いていられるのだ。

「ねぇ、杏子」
「……なにさ」

 彼女は微笑む。もう随分と浮かべていなかった、とても純粋な笑みだった。

「これからよろしくね」

 きっと彼女は、杏子を頼ってばかりになるだろう。手助けなんて、ほんのちょっとでも出来ればいい方だ。それはたしかに情けないし、申し訳ない。でも彼女はそれ以上に嬉しかった。信頼出来る相手が居る事が幸せだった。そしてそんな彼女を、杏子は受け入れてくれるのだ。

 だって彼女はそういう人間で、たぶん杏子も、そういう人間なのだから。




 -To be continued-


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.078620910644531