【SIDE:人間ズ】
隣国が動いた、その情報はリオレウスの縄張りを挟む反対側にある国でも衝撃を巻き起こした。
抜け駆けされた。
そんな気持ちがあったが、その討伐に派遣されたハンター部隊が逆に壊滅したと聞いて、大多数の者は「いい気味だ」とせせら笑ったが、その意味を理解出来る者達は頭を悩ませる事になった。
「うちは大丈夫なんだろうな?」
彼らの心境を表せば、この一言に尽きる。
喜ぶのはいいが、それ程までに危険な飛竜が居座っているのでは、果たしてうちが討伐可能なのか?
もし、討伐出来ないのならば、喜んでばかりはいられない。
これに対して、軍はこう返した。
「大丈夫だ、我々ならば討伐出来る」
自分達の力を過信する者も、飛竜の戦力を危惧する者もそう言わざるをえなかった。
そもそも過信している者は自分達が負けるとは欠片も思っていなかったから、それも当然だ。そして、危惧する者達でもまさか「出来ません、無理です」とは言えない。言える訳がない。そんな事を言えば、自分達の首が飛ぶ。
結果として、軍は自分達の実力を示す為に、飛竜討伐に出撃したのである。
この討伐隊は軍が主力とはいえ、使える者は何でも使うというか、ハンターも混じってはいた。
ただし、あくまで参考程度のものであり、G級ハンターは一人も混じっていなかった。そもそも、G級ハンターなどギルドでも限られており、隣国に召集された四人がこの近隣全てのG級ハンターだったのだから、いるはずがなかったのだが。
しかし……。
「しょ、将軍!?何をされてるのですか!!」
多数のアプトノスが無差別に狩りたてられ、森には油が撒かれ、火が放たれていた。
「うん?決まっておるではないか。飛竜を誘き寄せておるのだよ」
何を当り前の事を、と言わんばかりの態度に将軍の傍にある参謀に相当する者達は絶句した。
元々この将軍は武威を誇る人物だった。
だが、それ以上に現王の弟にあたる人物でもあった。だからこそ、単純な腕力バカでも取り巻きが発生して、この地位までのし上がったと言える。
将軍曰く、飛竜が縄張りを荒らされたなら、怒って出てくるだろう、と悠然と告げた。
所詮畜生だ、と……。
「し、しかし……」
尚も言い募ろうとした部下に、これ以上は聞く耳を持たんと、ばかりに将軍は背を向ける。
その姿に彼は口を噤むが、内心では将軍を罵っていた。
『幾らリオレウスを討伐したからといって、この地が荒れ果てていては意味がないんだぞ!?それに……』
果たして、怒り狂ったリオレウスが出現した場合、本当にこの戦力で止められるのか、そんな不安が胸中に湧き上がっていた。
……そして、不幸な事に彼の予想は最悪の形で的中する。
【SIDE:転生者】
なんだこれは。
見慣れた光景が変わっていた。
逃げ惑うアプトノスの群。
燃える森。
森に住む動物達が炎の中を逃げ惑う。
森から飛び出してくれば、それもまた殺される。
それをリオレウスはその鋭い視力で全て見た。
元より、リオレウスの視力は高い。だからこそ、空を舞いながら獲物を正確に把握出来るし、逆に閃光玉で視覚を奪われたりする。
その光景をまざまざと見ながら、リオレウスの内心に怒りが煮えたぎってきた。
人の欲望は果てしない。
だが……その為に、これをやるのか。
リオレウスの中に言い知れぬ怒りが湧いてきた。
彼の人としての理性が抑えこんで来た野生の獣が、竜の持つ原初の怒り。それが噴出していた。当人ですら勘違いしていた事だが、リオレウスという種が持つ怒りは消滅した訳ではなかった。ただ、人という理性がそれを表に出さなかっただけの事だ。なまじ長きに渡って封じられてきたからこそ、普段穏やかな人間が怒った時は恐ろしい。
いいだろう、お前らがやりあうというなら。
徹底的にやってやろうじゃないか。
【SIDE:人間ズ】
「飛竜だ!!」
その叫び声が上がったのは軍が行動を開始して、一時間と経たない頃だった。
一斉に空を見上げれば、確かに空を舞う姿がぽつんと空に浮かんでいた。
この時点で、既にハンター達は全員がいなくなっていた。
彼らは野生の獣の恐ろしさというものを知っている。ハンター協会からどれ程危険な竜なのかも伝わっており、G級ハンターが召集された事も知っていた。
……逆に言えば、彼らは軍隊が正々堂々と挑むのは想定外だった。
『軍も当然、危険度は知っているだろう』
そう思っていたのに、いざ始まっていれば怒らせて、草原の真っ只中で勝負を挑むという。
確かに、陣に引っ張り込む事は可能かもしれないが……。
命の危険を、なまじ実戦に参加し続けていたからだろう。敏感に感じ取った彼らは誰ともなく姿を消した。
もちろん、それが出来たのは今回彼らがここへ来たのはあくまで国の中でも一部の者からのお願いであって、正規の依頼ではなかったからだ。それもアドバイスをくれれば、という程度のものだった。
そんな煮えきらぬお願いになったのは、軍が面子の為に正規の依頼を断ったからだ。
だからこそ、『善意の協力者』をお願いするしかなく、ギルド協会もお金を払えば依頼として成立してしまう為に、優遇などを裏で約束して、一部の者を派遣するに留まっていたのだった。だからこそ、アドバイスなりを無視するならば、一言断れば彼らが帰るのを止める手段がなく、将軍が『帰りたいなら帰るが良い』と言った事がそれを後押ししてしまった。
「ようし、来たか!!全軍射撃用意!!……む?」
将軍が気合の篭った声を上げたが、何時の間にか空からリオレウスの姿が消えていた。周囲に確認すれば、雲に入った後、どこに行ったかよく分からなくなったらしい。
きょろきょろと見回す軍の耳に風切り音が響いてきた。
なんだ?
そう思った時。
前衛の弓兵の頭上を超低空飛行でリオレウスが飛び越えた。
「!!??」
引き起こされる風、龍風圧は兵士達を問答無用で吹き飛ばす。
一直線に飛来するリオレウスを真っ向睨み据えて、将軍は剣を抜いた。
「来たか!この……!」
名乗りを上げようとして。
将軍はそれを果たす事はなかった。
高速で襲い掛かったリオレウスは派手に煌びやかに着飾った将軍の姿を見誤りはしなかった。上空から見て、彼が周囲からかしずかれるえらいさんである事も確認した。
そうして、その結果は、将軍が最後まで口にする前にその巨大な爪が将軍を押し潰すという形で結実した。
「が……っ!?ふ……!!」
その巨体故の重量はもがいても抜け出す事など出来るはずもなく。
懸命に振るった剣は力の入らぬ姿勢と怪我故に鋼鉄の壁を殴ったかのように弾き飛ばされた。
慌てて、将軍をそれでも救えとばかりに周囲の人間が動こうとしたその機先を制するように。
リオレウスが吼えた。
最早暴力。
そうとしか言いようのない轟音が辺りを満たした。
リオレウスの前方近辺にいた者達は咆哮によって生み出された衝撃波によって吹き飛ばされた。
そればかりではない。
バインドボイスすら超える、ティガレックスのそれすら上回る余りの轟音に鼓膜を破られ、耳から血を流し、悲鳴を上げて転がる者が続出した。
ゲームでは高級耳栓などといったものが存在する訳だが、現実にはハンターであっても耳栓など装着する者はいない。音とは周囲を感知する為の重要な要素であり、竜の咆哮にも耐えるような耳栓などしようものならば、まともに音が聞こえなくなってしまうからだ。
そんなものをしようものならば、密林を歩いていて急に虫の音が聞こえなくなった、複数で戦っていて味方がモンスターに気付いて注意を促したとしても気付けないではないか。
ハンターと理由は異なるが、兵士達にもまた耳栓をつけたりする理由はなかった。そんなものをつけてしまえば、指示が聞こえなくなる。それは軍隊としての活動を封じるという事以外の何物でもない。
それ故にまともに音を聞く事になってしまったのだ。
それを見届ける間もなく、リオレウスは弱弱しくもがく将軍の頭を咥え……次の瞬間、胴体から引き千切った。吹き上がる血、轟音をもたらした咆哮。その二つから人が立ち直る前にリオレウスは空へと飛び立つ。
上空へ舞い上がったリオレウスは大きく息を吸う。その行動を見て、まだ何とか動けた一部の者は必死になって転がるが、大多数は動けぬままだった。
ガノトトスと呼ばれる水竜がいる。
この世界の人間の大多数は知らぬ事だが、水に生息するかの竜の行動に、水面から顔を出したガノトトスがウォータージェット状の水を頭を振り上げる事で一直線に自身手前から奥へと放ってくる事がある。まるで刃を逆から振り上げるように……。
それが高熱のビームとなって再現され、人を蹂躙した。
【あとがき】
長くなってきたので、一旦切りました
続きでは、都市襲撃です