さすがに硬直しているのはルイズだ。
確かに如何に始祖直系の三王国、その一角を占めるトリステイン最大の名門公爵家の人間といえど、ルイズは別に当主でも次期当主でもなく、三女であり学生。
それでも周囲の者よりはまだマシだろう。
そこ等辺はアンリエッタというトリステインの王女が幼い頃の共にいたのもあったかもしれない。
一方、他の面々はといえば、さすがにキュルケも引きつった顔で一歩下っているし、ギーシュなどは言うに及ばずといった様子だ。
ちなみにガリア国王を迎えるのにそれなりの形をとらねばならない事から、学園の生徒全員がこの場には揃っている。
タバサはさすがに相手が相手なので物怖じしている様子はないが。
本音を言えば、ルイズとてこの場からさっさと逃げたい。それは他の生徒達も同じだろう。
だが、そうはいかない。
ルイズは目の前のガリア王ジョゼフが魔法学院までわざわざやって来た理由が目前の【竜王】にあるのだと理解している以上、そして彼女が学院でだけ通用する名目上とはいえ表向きは【竜王】を使い魔としている以上、この場にいなければならない。
おまけに、ジョゼフが魔法学院にやって来た表向きの理由が伝統あるトリステインの魔法学院の視察及び生徒との交流となっている為、他の者も逃げるに逃げれない。
『ほう、ガリアの王とやらか。しかし、変わった心を持っているな』
「ほほう、どう変わっているのかね?」
『必然であった事を悔いて、その結果、心を凍らせているな』
その瞬間、ルイズ達周囲の人間は空気が変わったように感じられた。
何が変わった、という訳ではない。
だが、確かに【竜王】とジョゼフの間に漂う空気は変わった。
「何を必然とする?」
『君が弟を殺した事だ。どのみち、弟御が王につけば君を暗殺せざるをえなかっただろう。どちらかがどちらかを殺さねばならなかったのだ。悔いる必要もあるまい』
ぎしり、と空気が凍ったような音がした、ような気がした。
タバサは目を見開いている。
ジョゼフが父を殺した、というのは想定内だっただろうが、父が王となっていれば父が目の前のジョゼフを殺していなければならなかったとはどういう事なのか、そんな所か。
「ほう、どうしてそう思うのだ?」
『君が王につけば、表向きは次期王の座を争える程に人望を集める弟御を放置は出来ぬ。国の不安定要因である以上は、君達が王家の住人である以上は君は弟を殺さねばならぬ』
そう、それは事実。
シャルルが生きている限り、例え臣下となろうとも彼を支持する貴族達の存在が、そして彼らの立てる旗となる存在である以上、不安定要因として残り続ける。
『逆に弟御がついていようが、その時は長兄である事を理由に君を支持した貴族が不満を持つだろう。やはり不安定要因となる。その結果は同じ事だ』
そして、それもまた事実。
二人の王子を支持する貴族で国が割れていた以上、どちらが王となろうが、例えジョゼフがシャルルに王位を譲ろうが、何時かは行わねばならない。
どちらかが王位継承権を放棄しても、その子が火種となる。
結局、彼らが王家である以上は、殺し合いは必然であった。
貴族とはいえ、ここにいる子供達はまだそこまで陰湿な争いに関わっている者は、少なくとも表向きはいない。
だからこそ、『どちらかが死なないといけない』という言葉に顔を強張らせていた。
『まあ、殺すに至った理由に関しては考えの余裕が足らなかったというべきか』
「ほう?それは?」
『簡単な事だ。お前の弟が次の王に指名されていたとしたら、お前はどうした?悔しがって喚き散らしたか?』
その言葉にしばらく考えるような素振りを見せたジョゼフは、間もなく俯いた。
周囲の人間がどうしたのか、とうろたえる中、いや、一人シェフィールドだけが我が主に何をしたのかと【竜王】に怒りの視線を向ける中、それを打ち破ったのはジョゼフの笑い声だった。
「は、ははははははははッ、そうか!そういう事か!確かに間抜けにも程があるな、私は!」
今こそジョゼフにも理解出来た。
もし、シャルルが次の王に指名されていたとしたらどうだっただろう?
自分は【竜王】の言うように喚き散らしてただろうか?
そんな訳がない。
きっと自分は内心で腸が煮えくり返りながら、けれど表では弟を祝福し、祝いの言葉を述べただろう。
意地でも弟に悔しがる姿など見せたくなかったに違いない。
……そして、それは弟も同じだっただろう。
それがジョゼフにはよく理解出来た。何の事はない。自分が指名された時のシャルルのあの態度は単なる鏡写しの自分の姿ではないか。それに怒りを覚えるなど何と馬鹿馬鹿しい!
『どのみち王に、いや国の運営に魔法なぞ大して必要ないのだ。お前が卑下する必要もあるまい』
この言葉には、だが周囲から鋭い視線が突き刺さった。
が、ぐるりと視線を【竜王】が巡らせば、その視線に抗して睨み続ける事が出来る者など皆無だった。
『王の務めに、いや政治に魔法を使う場面などどこにあるのだ?』
そう問われて、しばし考えていたジョゼフはだが、あっさりと言った。
「ないな。そんなものは」
ぎょっとしたのは周囲の貴族であるルイズを初めとした面々だ。
否定したのはガリア国王ジョゼフ。
このハルケギニアにおいて、最大の国家のトップに立つ男だ。その男が統治に魔法を不要と断言した。【竜王】を睨んでいた貴族の子供もいたが、全員が今はジョゼフに注視している。
「そうだな。確かにその通りだ。王が魔法を使わねばならぬ状況など、いや、上に立てば立つほど国を動かすに魔法は不要か」
軍ではどうだろう?
王が、将軍が魔法を使わねばならぬ状況などごく僅かな例外を除けば負け戦だろう。
そうならないよう采配を揮うのが彼らの仕事だ。
政治はどうだろう?
土木工事にせよ、治水工事にせよ、或いはその他の魔法が必要な状況があれば、それを命じれば良い。上に立つ者が実際に魔法を使ってみせるなど所詮パフォーマンスの類でしかない。
結局、ジョゼフはその後、【竜王】から少し語られた後一時姿を消したが、現れた後、実にはればれとした顔で帰っていった。
無論、消えた時、護衛の人間やら何やらは大騒動になったのだが結局、問い詰めた人間も全員がちょっかいを出した攻撃すら【竜王】に完全無視され、疲労した所へジョゼフが帰ってきたのだった。
帰り道、ミョズニトニルンはジョゼフに尋ねた。
「どちらへ行かれていたのですか?」
「なに、ちょっとブリミルに会って来ただけの事だ」
そして、その夜。
【竜王】は空を見上げていた。
(干渉しすぎたな)
これ以上はこの世界に干渉するのはよろしくない。
そう判断した【竜王】は翌日ルイズに告げた。
「帰る!?」
『うむ』
まさかそんな事を言われるとは思わず、仰天した声をルイズは上げた。
どうやって帰る気かと問い詰めたが、いともあっさりちょっと次元の壁を越えるだけだと言われて眩暈がした。
どうも、目の前の相手には世界の壁なぞ薄紙も同然らしい。
じゃあ、自分の使い魔はどうするのかと思いきや、一体の竜を呼び出した。
『あ、大将。おひさしぶりやなあ』
そう語った竜は事情を聞くと、それを受け入れた。
当人曰く、暇だし、狩りの獲物も多そうだし。という事だった。自然が多いのも気に入ったらしい。
ルーンのみを受け渡して【竜王】の帰還を見送った後、両者は挨拶を交わした。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
『長い名前やなあ。ルイズでええか。わいは祖竜ミラ・ルーツと呼ばれとった』
そう純白の竜は空気のより美味いこの世界で傍からは獰猛に、当人としては愛嬌たっぷりに笑った。
そして、彼らはまた新たな物語を紡いでゆく。
【SIDE:竜王】
うーん、簡単に片付くからって手出しすぎちゃダメだよなあ。
いかんいかん。反省しよう。
あれぐらいの事なら、あの世界の人達でも簡単に出来るよね。うん。