「ごめんなさい!」
ギーシュは土下座した。
何故、そんな事になったのだろうか?
それには少し時間を遡る必要がある。
その日、誰と付き合っているといった事で盛り上がっていた彼らだったが、ふとメイドの一人が香水の小瓶をギーシュが落としたのに気付いて拾った事から始まった。
その結果巡り巡って、ギーシュの二股がばれ、小瓶を拾ったメイドを責めたのだが……。
『くだらん。悪いのはお前だろうが』
「なに!?誰だ!」
いきなり聞こえた呆れた様子の声に、ギーシュは思わず怒鳴った。
『誰でもいいだろう。そのメイドが悪いのではない。悪いのは二股をかけたお前であり、それがばれてふられたからとて、八つ当たりとは……これが貴族とは貴族というのは余程の恥知らずのようだな』
この言葉には周囲にもカチンと来た者もいたようで、顔をしかめている者がいる。
「誰だ!どこにいる!!」
『食堂の外だ』
怒鳴ったギーシュがいきりたって外に飛び出すが、周囲には誰もいない。
「逃げたか!隠れていないで出て来い!!僕は貴様に決闘を申し込む!!」
『決闘か、よかろう。それと別に逃げてはおらん。上を見ろ』
なにい!とばかりに上を見たギーシュは……そこで硬直した。
そこにいたのは巨竜。
全長50mを超える巨大な竜がギーシュに視線を落としていた。ギーシュに続いて貴族を馬鹿にされたと飛び出してきた面々も固まっている。
『それで、どうするのだ。どこで決闘するのかね?』
硬直していたギーシュはギギギ、と音でもしそうな様子で周囲を見た。
気付けば、自分の友達、だったはずの人間は綺麗に姿を消していた。
既に彼らも知っていた。眼前にいる存在がどんな存在か……。
実はこれ以前にも一騒動があった。教師の一人、風の魔法こそ最強と嘯くギトーによるものだ。
彼の授業中の風こそ最強宣言の際に、『アホらしい』と声が聞こえたせいで、ギトーは竜へと喧嘩を売った。結果は……悲惨だった。
スクウェアメイジであるギトーはライトニングクラウド含め自身のありったけの魔法を叩き付けたが、平然と寝たまま無視していた。そして、攻撃が通じず息を切らせているギトーに他の火水地による攻撃でボコボコにしたのだった。
とはいえ、別に怪我などは一切していない。
いきなり水の玉にすっぽり包まれて地上でたっぷりと潜水を味わい、周囲を取り囲む炎で乾燥+そのままサウナ状態で汗を流し、最後は紐なしバンジーを存分に楽しんだ、それだけの事だ。
ただし、それ以後ギトーが竜を見るなり全力で逃走するようになったのは確からしいが……。
とにかく、スクウェアメイジでさえ赤子扱いされた相手にドットでしかないギーシュが決闘なぞしたらどうなるだろうか?
……考えるまでもない。
おまけに、その時【竜王】は宣言したのだ。
『力試しと言っていたからな、これで終わりとしよう。決闘だったら消す所だが』
さて、自分は先程何と言った?確かに「決闘」と言った。……杖を落としたら、という決闘方法をこの相手が聞いてくれるんだろうか?相手は竜なのに?
だらだらと汗を流すギーシュに【竜王】は告げた。
『先程のメイドとお前が傷つけた女性二人の合計三名に土下座して謝るというのならば、こちらとしては聞かなかった事にしてもいいが』
最後まで聞くまでもなく、ギーシュは即効で黒髪のメイドの下に駆け寄って土下座した。
その翌日、片側の頬に真っ赤なもみじをつけたギーシュと、その傍に寄り添い世話をするケティの姿があったそうだ。
……なお、ちらちらと視線を向けるモンモランシーの姿もあったのだが……ギーシュから見えない位置で、彼女に向けてケティが勝者の笑みを向けて、モンモランシーがびきりとひきつる光景もあったそうである。
さて、そんな学生の事とは別に困っていたのがミス・ロングビルこと土くれのフーケであった。
彼女は学園の宝物庫を狙っていたのだが……。
「……あれ、どうしよう」
最近、お気に入りの寝場所と決めたのか、宝物庫の壁の下付近に【竜王】がどっしりと居座っていたのだ。
コルベールを煽てて、あの壁が物理的な衝撃で何とか出来る事は分かった。
だが、あの竜の前でゴーレムを作って、壁をぶち抜いて、そっから中に入ってお目当ての品を盗み出す、という事は……試す気にもなれない。
彼女は普通のメイジとは異なり、様々なメイジを見てきた。
相手の力の程をある程度見切れなければ、死が待っている。
その盗賊としての勘が轟音を鳴らしているのだ。
『あれヤバイ。敵どころか遊び相手になった瞬間絶対死ぬ』
ふう、とフーケは溜息をついた。
うん、命あっての物種だわね。……学園長に給料上がらないか頼んでみるかねえ……。
まだ、故郷で孤児院をやってるとかある程度ぼかして本当の事話した方があいつを相手にするより勝ち目があるんじゃないか、そう思ったフーケであった。
「……あれ?俺、出番すらねえ?」
その頃、トリスタニアの武器屋で、剣なんてものがお呼びでない為に放置プレイな喋る剣があったりした。