世界の壁を突き破ったのはこれで何度目か忘れた。
ただ、今度の世界は別の世界で覚えがあった。
異質な存在が世界を侵食している世界……。
もう、マヴラヴの記憶なんて殆ど残ってない彼だったが、反面、そうした世界が悲鳴を上げている事はよりはっきりと感じる事が出来た。
だからこそ、力を振るった。
とりあえずは、この寄生虫はきっちり掃除して帰らないと、後味が悪そうだ。
【SIDE:AL4】
新たに出現したBETAと敵対する存在。
光州作戦終了後の人類の混乱は相当なものだった。
何しろ、BETAが全く相手にもならない。
観測で確認されただけでも、最低でも重力制御・慣性制御・ベクトル制御。レーザーに見える何かを全身から何百何千と連射し、弾切れどころかインターバルすら存在しない。
果ては、鉄源ハイブに飛来した【ドラゴン】は更なる一撃でもって、そう、ただの一撃で鉄源ハイブを沈黙に追い込んだ。
BETAが一斉に撤退した事から、鉄源ハイブの反応炉は破壊されたものと見られている。
ただ、これだけなら、強いだけの存在だった。
だが、そこから問題が起きた。【ドラゴン】は鉄源ハイブの傍にしばらく滞在していたのだが、BETAのハイブの傍だ。そこは何も残っていなかった。
……それが三日後にはハイブ周辺は再び豊かな自然が復活していた。
さすがに動物はまだこれからだろうが、草木が生い茂っていたのだ。
これには大混乱が起きた。
明らかに【ドラゴン】に植生を復活させる何かがあると判断せざるをえないからだ。
これで大騒ぎしたのは国内がBETAによって平坦にならされてしまったソ連や中国など国土をBETAに奪われた国々だった。
中には神の化身ではなどと言い出す者まで出てくる始末だ。
香月夕呼は相手をそんな目で見る事はなかったが、少々不機嫌ではあった。
可愛がっている霞が急遽出張する事になったからだ。
AL3の生き残りである彼女は、夕呼にとって頼りになる助手でもあった。だが、今回国連でソ連が活発な活動を行い、それにBETAによって国を失ったり荒らされた国々が同調して、AL3の生き残りを用いた接触を試みたからだ。
複座型の戦術機に乗せて、至近まで近寄らせる。
正直、夕呼としては霞を、あんな相手の傍に近寄らせたくなんてしたくなかったのだが、国連からの正式な命令ではさすがに彼女も分が悪かった。平穏な接触という予定でもあった事だし。
……もっとも、彼女はそんなお題目を信じていた訳ではなかったが、無事、霞が帰ってきて内心、ほっとしている所だった。
「……敵対するつもりはないそうです」
ご苦労様、と他の人間には見せないねぎらう笑顔と共に昨今では手に入れにくくなったセイロンティーを出してやって話をする中、霞から告げられたのは、心を読んだ結果ではなく、伝えられた言葉。
「……話しかけてきた、って事?読み取ったりはしなかったの?」
「あの人の心は……例えるなら海です」
今回外に出た事で、初めて見た海。
その海の如く広大で、人が潜ろうともその僅かな表面を撫でるのみ。その深海の全てを知ろうとすれば飲み込まれる。
精神の巨大さに差がありすぎて、霞をして彼女に読み取れるのは波打ち際で寄せる波を見るだけ。
下手に入り込もうとすれば、逆に飲み込まれて帰って来れなくなるだけ。
事実、今回何人が動員されたか分からないが、次々と強引な接触を試みた気配が消えて行き、最後に残ったのは自分ともう一人だけ。
夕呼はその合流した時に見たという霞の報告から、それがスカーレットツインと呼ばれる相手だと検討をつけた。
ソ連からすれば、本当は霞も押えたい所だっただろうが、生憎護衛には日本帝国がついていた。これはAL4を誘致した日本帝国が、国連の顔を立てる為にわざわざ夕呼から借り出す時に、交換条件として責任持っての護衛を約束したからだ。
また、一人とはいえ自分達の手駒が帰還したのも大きかったのだろう。
夕呼はその他にも話を聞きながら、そのスカーレットツインが生還したのは実戦を多々経験している、すなわち現実に使える力の程を理解しているからだろう、と推測していた。
言い方を変えれば、自分の身の程を知っているとも言う。
逆に、精神の消えたAL3の残滓達は薬なりを使って、心の奥底を探ろうとして帰って来れなかったのだろう。
(まあ、敵対する腹がないなら、あたしとしては当面は構わないか……)
もっとも、そんな思惑は霞の「またおいで、と誘われました」との言葉に真剣に悩み、頭を抱える事になるのだが。
【SIDE:その他】
国連においては、ソ連の作戦によって相手が理性ある存在であると認識できた事や、自然の再生能力を兼ね備えている事から、BETAに対して共同戦線を張る事は可能ではないか、という意見が出た。
現状先の見えないAL4はともかく、G弾に関しては反発していた国々に加えて、オーストラリアやアフリカなどのこれまでAL5に賛成していた国々も損はない、と賛成に回った。
その結果として決まったのが、AL6をAL5に優先させるというものだった。
それはAL5の推進者達にとって看過出来ない決定だった。
何故なら、G弾は力だ。
その力をアメリカが抑える事によって、他国に優位に立てる。
だが、【ドラゴン】はアメリカのものではない。アメリカがその力を押える事が出来れば話は別だが、それも不可能と現時点では判断せざるをえない。
となれば、AL5の優先順位が低下するのは、アメリカのBETA戦終結後の優位性を崩す事に他ならない……そう考えたG弾推進派ならぬ信奉者達は暴挙に出た。
「正体不明の相手だ。今の段階で殲滅しておくべきだ」
その言葉の下に、彼らは再突入型駆逐艦にG弾を密かに運び込み、実に五発のG弾を立て続けに【ドラゴン】に向けて投下した。
結果から言おう。確かに、AL計画の一つは大きくその立場を落としたどころか崩壊寸前に陥った。
ただし、6ではなく5が。
何しろ、落としたG弾はその全てが黒い半球が展開した直後に全て【ドラゴン】の口に飲み込まれた。
直後、いきなり瞬間転移でアメリカに出現した【ドラゴン】は徹底的にG弾の施設を職員は無傷のまま、施設とG弾のみを粉微塵にしただけではなく、G弾を推進していた政府要人に議員に財界人、開発者から官僚に至るまで全員がアメリカ中はおろかカナダや果ては南アメリカやオーストラリアからまで或いは空を舞って、或いは強制転移させられて、全員が【ドラゴン】の前へと引きずり出された。
その上で、震え上がる彼らの顔を一通り見回した【ドラゴン】は今回の投下に関わった人間だけを綺麗にこの世から退場させると再び飛び去ったのである。
かくして、大部分の人間は命を永らえた。
ただし、そんな思いをした人間が果たしてAL5を支援し続けられるかと言うと……そんな訳がなかった。
即効でAL6へと鞍替えしただけならまだしも、AL5の暴走に逆に敵意を抱いて積極的に敵対する側に回った者、【ドラゴン】に神を見て出家した者、などとにかくそれまでのAL5陣営はこの一件で崩壊したと言っていい。
……何しろ、大統領らも見放して、今回ので【ドラゴン】が人類に敵対したらどうすると絶叫する各国へのスケープゴートとして全責任を押し付けようとした訳だから沈む泥舟から人が逃げるのは当然な上に、研究成果も全てが原子レベルで残っているかも怪しい状態と来ている。
最終的に、AL5は緊急時の地球脱出船のみが何とか残るだけとなるのである。