ふう、とリンディ・ハラオウンは深い溜息をついた。
彼女は実質引退していた。
理由は単純、引き取ったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの存在だ。
彼女に親として愛情を注いであげたい。その思いから彼女は提督に在籍はしていたものの、半ば引退を決め込んでいたのだ。
これが認められたのには、出世を狙う連中から彼女が危険視されていた事も大きかった。
何しろ、ジュエルシードに伴う次元震解決、闇の書の完全消滅に関わるなど立て続けに大きな案件を片付ける事に成功した彼女だ。このままいけば、管理局の三提督を継ぐ立場へと昇進していくのでは、と思われていた所へ彼女から「養子に迎えた娘と一緒に暮らしてあげたいので今の地位から退かせて下さい」と言ってきたのだから、渡りに船だっただろう。
そのフェイトが自立した後も、特に目立つ席につくつもりはなかった。
既に子供二人は確固たる地位を築きつつある。
クロノは提督の一人として、エイミィと結婚して家庭も設けた。
フェイトはまだ子供はいないが、かつての夢だった執務官として忙しい日々を送っている。
だから、自分としてはこのまま縁の下の力持ちをして、そのまま引退して孫の面倒を見る生活もいいかなあ、などと思っていたのだが……。
「全く、何でこんな事に……」
「しょうがないじゃない、なり手がいなかったのよ」
目の前では友人であるレティ・ロウランが苦笑している。
現在問題となっているのは第01管理不可世界『竜王の庭園』だ。
この世界、管理世界の只中にあり、以前は一応管理世界に加わっていたが……諸事情により人口が極めて少ない、寂れた世界だったのである。
それが一変したのは、闇の書事件で出現したオーバーS級生体ロストロギア【竜王】の存在だった。
当初は同一存在かは不明だったが、その後の確認で同一存在であると認定された。
そこで回収艦隊が向ったのだが……全てが惨敗した。
「……アルカンシェルを時間差で連発しても全然効果なし、ってどういう相手よ」
当初は鹵獲というか捕獲という名の回収を目指したらしい。
だが、言葉を理解はしているようだが、回収を拒絶された事から当初は鹵獲に移行したのだが……完敗状態で、やっとこさ航行可能な状態でふらふらになりながら離脱、完璧に見逃してもらった、という形で終わった。
そこで次はもう殲滅するしかないと覚悟して向ったのだが、砲撃加えても全然効果なし。遂にアルカンシェルを放ったのだが……直撃にも平然としていたというからもう何をか言わんや、だ。
ここに至り、管理局は何とか会話を成立させるべく、交渉役を求めたのだが、なり手がいない。最終的に白羽の矢が立ったのがリンディ提督だった、という訳だ。正確には伝説の三提督に拝み倒されたというべきか。
「はあ、まあ【竜王】が積極的にこちらに攻撃をかけてこないだけマシと思うしかないわね……」
「相手にされてないだけかもしれないけれどね」
そのレティの言葉に、二人して苦笑する。
あの世界もただ【竜王】だけがいるのならば放置か、封鎖しておけば良かった。
居場所を失った流浪の民らが新天地として流れ込んだ時も、これで各管理世界での問題の一つが解決するとむしろ歓迎された程だ。
問題だったのは、管理世界の犯罪者らが逃げ込んだ事だ。
「あれさえなければ放置しておいても良かったのに……」
管理局の艦船があれからあの世界に近づけないかといえば、そんな事はない。
幾度となくあの世界へと向かい、降り立った者もいるが、その殆どが犯罪者を連行しようとした瞬間に【竜王】にたしなめられ、それに反発して撃滅された。
「フェイトも困惑していたわね」
愛娘であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンはあの『竜王の庭園』に降り立ち、帰還した数少ない魔導師だ。
彼女によると、困惑したという。
あの世界では犯罪者だった人物が真っ当に生きている、というのだ。
ある農場で大規模農業を行っているのがフッケバイン一家だと知った時は驚愕したという。彼女ら曰く、【竜王】のお陰で自分達の感染や衝動が完璧に抑えられているのだという。
自分達とて好き好んで犯罪をしていた訳じゃなく、自分達の持つ要素の影響がなくて、穏やかに暮らせるというのなら、それでいいじゃない、という話だった。むしろ、彼らのような感染者がいたら、この世界に来るよう一応声をかけてくれないか、という旨を伝えられた程だ。
とにかく、フェイトは今回は調査に専念する事にして、犯罪者だった人物らにひたすら接触を図った。原因は下手に手を出して、未帰還となった同僚達の存在ゆえだ。
部下らに対しても、それが出来ないなら艦に戻るよう通達し、手を出さない事を徹底させた。
そのお陰で、かなり詳細な情報が集まったのだ。
「外の世界で犯罪を犯していようが、あの世界で犯罪を犯さないなら放置する。けれど、新たに犯罪を犯すなら容赦しない、か……」
管理局に対しても敵対する腹はない。
そこで自分達のルールを適用するなら容赦しない、という事のようだが……管理局からすれば、管理世界で犯罪を犯した以上は何らかの処罰を与えないといけない。
もっとも、現状ではあの世界自体を牢獄と看做し、通常の移民はともかく犯罪者に関してはあの世界から出ない事を条件に、犯罪者には手出ししない事が現状まとまりつつある。
とにかく、あの世界では力を制御出来なかった者達が、それ故に疎まれ、それ故に犯罪に手を染めてきたような者達が次第に集まりつつある。
気持ちは分からないでもない。
あの世界では、多少の暴走なぞ押さえつけられるだけの力の持ち主がいるし、そもそも暴走する前にやんわりと制御されてしまう。
竜の巫女、そう呼ばれる少女も『初めてこの世界に来た頃は暴走してもおかしくなかったんですよ』と笑っていたという。けれども、常に彼女の傍にいる竜フリード程度ではそもそも暴走すら出来なかったという。穏やかにフリードを通じて、制御をじっくりと学び、そうして彼女の今があるという。
……正直、スカウトしたい人材だ。他にもそういう人材はごろごろしている。
最近では、「犯罪者に対してそのような特例を認めるのならば、こちらとしても何かしらの利益を求めるべきだ」「うまく制御できずに折角の力を扱えずにいる人材をあの世界に送って制御を学ばせてはどうか」といった意見もあるそうだ。
実際、可能ならばその方向でまとめて欲しい、と内々に話もされている。
「まあ、頑張ってまとめてきなさいな」
「気楽に言わないでよ……」
多分大丈夫ではあろうが、物凄く気疲れするであろう仕事なのは間違いないのだから……。