「【竜王】の動きは?」
『ありません、静かなものです』
「……そうか。何か動きがあれば、直ちに連絡を入れてくれたまえ」
『了解です』
ふう、と溜息をつき、受話器を下ろす。
見た目は古式ゆかしい電話機だが、中身は傍受阻止の為の機能を大量に詰め込んだ最新式だ。
「……【竜王】か……」
苦笑する。
今となっては、何とも可愛らしい名前だ。
「今後は【竜神】と呼称するよう提案してみるかな?」
案外、反対意見は出ないような気がするのだ。
現在、月に生身で平然と滞在している彼の存在ならば。
この星に生きる全ての命をあっさりと救ってみせた相手ならば。
それが捕らえられたのはほんの一月足らず前の話だった。
10km単位の巨大な小惑星。それがこの星へと向っていた。
アマチュア天文家によって最初に観測されたそれは瞬く間に『地球にぶつかるのではないか』という噂がネットに広がり、そして沈静化した。
世界のトップクラスの組織が、大学がこぞって観測結果を発表したからだ。
それらは多少違いがあり、中にはアマチュア天文家の意見に賛同するような意見もあったが、総じて共通の判定を下していた。すなわち。
【傍を掠めるだろう、だが落ちてくる危険性はない】
だから、人々は安心して話題のみに乗せていた。
次々と各国の宇宙関係機関が、この予想外に地球近傍を通過する小惑星へと探査機を送り込み、サンプルリターンを目指すのだと猛烈な勢いで開発が進んでいた、という話だった。
もちろん、裏は違う。
この小惑星が直撃コースに乗っている事が判明していたからだ。
核兵器によるコース修正も考慮されたし、映画ばりに直接人員を送り込んでの作業も提案された。
その結果は……。
全てが駄目、と出た。
核兵器は元々空気の伝播による衝撃が大きな武器となる。逆に言えば、伝えるべき媒体となる空気のない宇宙空間では必要な箇所に直撃させる必要が出てくる。
無論、純粋な爆発の威力という面で見ればサイズ比で見て、ずば抜けているのだが……それでも巨大な小惑星の軌道をずらす、となれば、それも現在位置から見て、かなり正確にとなると闇雲に撃つ訳にはいかないのだ。最低でも、そこへ人員を送り込み、どこへ叩き込めばいいかを確認し、ビーコンなりを設置して、といった手順が必須なのだが……とにかく時間が足りない。
それでも何とかしようと誰もが足掻く中、一人がこう言った。
「【竜王】にも話してみたらどうかな?多少なりとも助けになってくれるかもしれん」
さすがに【竜王】でもあのサイズの小惑星相手じゃどうにもならんのでは?
そう思う人間は多かったが、とにかく本気で猫の手でもいいから借りれるなら借りたいぐらいだ。そして間違いなく、【竜王】は猫の手よりは遥かにマシだと判断され、外交団が急遽派遣された。
そうして、それを聞いた【竜王】はあっさりと了承し、飛び立ったのだ。
宇宙に。
最初に報告を聞いた者は全員が耳を疑った。
ある学者は鼻で笑い、事実だと知った時頭を掻き毟って、こう叫んだ。
「本当に生物に分類していいのか!?」
宇宙空間で平然と活動可能な生物。
確かに、そういう類の昆虫がいるのは確かだ。具体的にはクマムシとか。
だが、自由自在に動ける訳ではない。そもそも翼を動かしても動けるようなものではないはずなのだが、【竜王】は平然と飛翔した。
懸命に宇宙に上げた観測機器で追っていた彼らは小惑星に【竜王】が辿り着いた時、そしてその後の光景とその分析が終わった後、乾いた笑いを上げ、各国元首共々口を揃えてこう言った。
「まあ、【竜王】の事ですし」
早い話が思考放棄した訳だ。
その理由も当然といえば当然かもしれない。
如何に【竜王】が地球で空を飛ぶ存在としては巨大な部類といえど、精々が50m超。
目前の秒速km単位で飛来する小惑星のサイズは100kmを優に超える。
なのに具体的に何をしたかといえば、【竜王】は尻尾ではたいただけ。それで小惑星はいきなり90度方向を変えて、宇宙の彼方へそのまますっ飛んでいった。
あまりと言えばあまりに簡単に滅亡の危機は去ったのだった。
後に、彼らは最低でも【竜王】は慣性は制御出来るのだろうと結論した。何しろ、今もどんどん遠方へと遠ざかって行く小惑星には破損がまるでない。
石をバットで打つ事をイメージしてもらえば分かるだろうが、力ずくで何とかしたのならば石、この場合は小惑星が破損していてもおかしくはない。だが、小惑星への破損は全く見られなかった。
ならばベクトルを変えたとしか考えようがない、というのが学者達の結論だった。
生身で宇宙空間を自由に飛行し、小惑星程の重量物の慣性を尻尾ではたくだけでやってのける相手。そんな相手を生物と呼んでいいのか?という者もいた。
正に神の御業だ、と崇める立場を強めた者もいた。
【竜王】自身はその後しばらく月を散策してから、また戻って来た、という訳だ。
無論、『庭園』に帰るまでずっと貴重なその姿はカメラに収め続けられていた、というのが冒頭の場面だ。
結局、この小惑星の話は世間一般には公表されるべき話ではない、と判断された事から【竜王】が何をしたのかも極秘とされ、その結果として【竜神】への改名も棚上げにはなった。
ただ、ますます神聖視される事になったのは、ある意味仕方のない事ではあっただろう……。
【あとがき】
まず、チリオさんを擬人化する予定はありません
彼は徹頭徹尾竜ではある予定なので……竜?これが?と思うかもしれないけど
子供時代を描くのもいいですね、それもネタとして書きたいです
なお、この小惑星がこれだけでかいのに発見されなかった理由は非常に暗かった為です
どういう訳か光を殆ど反射しなかった為に発見が遅れたんですね
……宇宙には、石炭より黒い、光を90%以上吸収してしまう惑星なんてのもあるそうですしね