これは大分昔のお話。
周囲の二国がようやく諦めた頃。
リオレウスはゆったりと世界を旅していた。
無論、時折自分の土地には戻っているが、まだこの頃の人間達はそこまで無理をする必要がなかった。
世界にはまだまだ人の手が入っていない場所が多数あり、危険も至る所に転がっていた。
そんな中、ハンターズギルドにしてみれば、大量の竜種の素材が手に入ったのだ。そして、今後も何年かに一度は安全に手に入る事が期待出来る、となれば敢えてG級ハンターを失う危険まで冒してリオレウス?を討伐する意味などない。
むしろ、危険を考えれば、損しかない。
となればハンターズギルドとしては受ける意味がない。
国の上層部としても自分達が狙われないから、依頼も出せる。逆に言えば、怒らせれば真っ先に自分達が狙われるのが確定している状況で、依頼を出す気になる訳がない。
商人達も通過するだけなら襲撃を受けない。
それなら誰も依頼を出す訳がない。いや、中には血迷ってその領域での大量採取を目論む者もいない訳ではないのだが、動く者がいない。
ハンターは依頼がそもそも出せない。
無頼達は危険には敏感なので、場所を聞くなり金だけ受け取ってさっさと逃げる。
国の兵士達も下手にそういう奴が動けば、自分達の命に関わりかねないので、そういう人間には容赦しないという訳だ。
だからこそ、リオレウスにしてみれば、偶には世界を旅行してみるか、という余裕も持てる。
古龍とも出会えた。
ある山では風翔龍クシャルダオラに。
ある雪山では崩竜ウカムトルバスに。
老山龍ラオシャンロンが歩くのも目撃した。
ラオシャンロンの場合は特に、手を出そうかと思った。
他の古龍やそれに相当する竜が比較的人と接する事のない地域に居を構え、滅多な事では出会わないのに対して、ラオシャンロンはいわば災害だ。
ただ歩き続けるだけだが、それだけでその巨体は甚大な被害を出す。
……それが災いして、未来においては目立つ事もあり、真っ先に絶滅した古龍となった訳だが、まだこの時代にはそんな事、リオレウスにも想像がつくはずもない。
必死に砦を作り、命を賭けてせめて街へのルートからずらそうと戦いを挑んでいく様に少し手を貸してやろうかと思ったのだ。……だが、これも自然のあり方。
ラオシャンロンは悪意を持って進んでいる訳ではない。自分の縄張りを侵した訳でもない。
それならば自分が手を出す事ではない、そう考えたのだ。
……その後、進路をそらす事に失敗し、街が崩壊していく様を見る事になった時には少し堪えたのも事実だた。この頃は、まだ彼の意識は人のそれに近かったのだろう。
「しかし、まさかこんな所でなあ」
ある山での出来事だった。
この山には遺跡があり、半ば以上埋もれるようにして見事な洞窟のような状況になっていた。
そこで彼は一体の同類と出会った。
銀のリオレウス。すなわちリオレウス希少種である。
「何用だ!」
警戒心がとんでもなかった。
ちょっと雨風を凌ぐ一夜の宿に、と思っただけだったのだが、目の前の希少種は今にも襲い掛かってきそうな気配だ。この気配には覚えがあった。
……すなわち、番を得ての子育ての時期だ。
他の種は雌に危険が及ぶかもしれないから排除しようとするだけでなく、これから栄養を必要とするのが分かっているから余裕があれば狩ろうとする。
同種の雄の場合は、雌を奪われる危険がある。
結果、巣に近づく全てを排除しようとする訳だ。
「すまん、一晩の宿が欲しかったんだが……お邪魔みたいだから「お兄ちゃん?」は?」
ふともう一体の声がかかった。
そちらには黄金に輝く鱗を持つリオレイア希少種の姿があった。
「いや、申し訳ない。家内のお兄さんとは」
リオレウス希少種も驚いたようだったが、その後は案外フレンドリーに迎えてくれた。
その辺は幸いだった。
この希少種は相当に頭がいい。
元々希少種は知能が高いものが多いのだが、これが通常種のリオレウスならお構いなしに襲い掛かってくるだろう。
こうして歓迎を兼ねて話が出来るなどという状況になどなりえるはずもない。
「しかし、あの子がこうしてお母さんしてるとはなあ」
焚き火などという事はしない。
彼らはそんなものは必要としない。
暗くとも、それを見通す目がある。
……もっとも、だからこそ竜種は文明を発展させる事が出来ないのだろうと考えている。
だからこそ、何時か人の文明が発展した時、竜種はどうなるのだろう?そう思う。
戦闘機を、戦車を、果ては更なる兵器の存在を知るからこそ、人が何時かその領域に立った時、竜種は果たしてどうなるのだろうか?
家畜を襲うからと狼は絶滅の危機に瀕した。
虎にせよライオンにせよ、かつての記憶にある猛獣はそれ故に住処を追われ、数を減らしていった。
では人すら普通に襲う竜種はどうなのか?
……きっと人は狩るだろう。自分達の生活圏を拡大する為に現在でも普通に狩りを行っているが、牧畜などを進めるならばより一層輪をかけて……。
いや、やめよう。
どうせ、自分が死んだ後の話だ……まさか、この時は自分が延々生き続けるとは思わなかったので、人の急速な発展と竜種の衰退を目撃し、竜種の保護を行う立場になるとは思わなかったのである。
ふと視線を向ける。
そこには妹であるリオレイア希少種と、その腹によりかかるようにして眠る子供達がいた。
最初は警戒していた子供達だったが、両親が警戒していないからだろう。その内穏やかに眠ってしまった。
妹であるリオレイア希少種も、夫であるリオレウス希少種も……共に優しげな視線で見詰めている。
だが、こうして妹と再会出来た事がどれだけの偶然か。
如何に強大な竜種といえど、それは大人になってから。大人になれど、竜種同士の戦いで倒れる竜とているが、それよりも子供の代、新たな縄張りを探す過程で多くの竜は倒れる。
事実、あの縄張りに戻ってみれば、別のリオレウスが入り込んでいた、という事とてあった。
その時、一匹は途中で敵わじと逃げたが、別の時は興奮した若いリオレウスが暴走した結果、殺す事になった。
おそらく彼の弟妹とて下手をすれば、未だに生き残っているのは目前の妹一匹だけかもしれない。
この子供達も大人になれるのは果たして一匹いるかどうか……分かっているのだろう、彼らとて。だが、それでも子孫を残すべく、彼らはこうして卵を産み、育てる。
……自分はどうなのだろう?
自分は同じ竜種に欲情した事がない。
滅多に人の女性と出会う機会がないから分からないが、人の子を愛する事はあるのだろうか?
いや、例え愛したとしても精神的なものに留まるだろう。人の子に竜の卵を産めるはずもない。
そう考えると目の前の妹夫妻が眩しかった。
自分は人から竜となった。それ故に、本来あるべき子を為し、自分の血を後の世に残すという事が出来ない。妹は区別出来た、夫であるリオレウス希少種が賢かったからこうして争わずに済んだ。
……だが、その子、その孫は分からない。
翌朝、彼らに別れを告げ、再び飛び立った。おそらく……彼らと出会う事はもうあるまい。
そんな思いを抱きつつ、静かに空を舞い、やがてその姿は見えなくなっていった。
……【竜王】が巨大な『庭園』を手に入れた頃、その一角にリオレウスとリオレイアの一族が住み着くようになった。
今も、その空域にはリオレウスとリオレイアが比較的多く見られる空域として知られている。
その竜達が、【竜王】とどのような関係なのか……それを知るのは今では【竜王】のみである。
【あとがき】
チートさがまだ小さかった頃のお話も書いてみようと思います