柔らかい日の光が町を照らしている。
その中でまどかは走っていた。
対白夜のトレーニングは順調であった。
痛みに慣れるための訓練である。
その実、それは対ワルプルギスの夜という側面を持っていた。
まどかがワルプルギスの夜で必要なのは耐久力であると思っている。
なぜなら、素手のまどかにとって、ワルプルギスの夜に近づくまでが最も大事だからである。
ほむらの能力を使ってもそれは簡単ではない。
ワルプルギスの夜はあらゆる手段でそれを阻止しようとするだろう。
つまり、近づこうとするまどか達に対して、近づけまいとワルプルギスの夜が邪魔をする一種の耐久戦である。
まどかはそこに勝機があると思った。
その勝機を手にするためにはどれだけ叩かれても無事でいなければならない。
そのためのトレーニングとして、まどかは魔法少女の三人に自分を殴らせたのである。
ただ耐久力を上げるというのなら他にも方法はあった。
しかし、実戦の痛みに耐えるということを考えるのなら、実際に殴られるのが一番だとまどかは思った。
そして、その訓練はすでに終わりである。
ワルプルギスの夜との闘いは明日に控えている。
さらに具体的に言うのなら、一週間前から訓練は調整程度のものである。
一度、肉体の限界までトレーニングをして、身体を回復させているのである。
そして、その回復してピークになった肉体でワルプルギスの夜を迎え撃つつもりであった。
だから、今、まどかは自分の肉体を探るように身体を動かしている。
自分の身体がどれほどのものか、それによってはトレーニングの内容を少し変えるぐらいはするつもりである。
不安はなかった。
普通であれば、強敵と闘う前というものは不安になる。
相手はもっと力があるのではないか?
相手はもっと技術があるのではないか?
相手に自分の持っているものが何もかも通用しないのではないか?
そういう自分が創った不安と闘うことも、また、闘いの一側面である。
相手と闘う前に自分と相対することになる。
その不安を打ち勝つことが重要である。
そうでなければ、不安をわずかにでも忘れるために身体を酷使することになる。
立てなくなるほどに身体を虐めることもある。
そうやってボロボロになった身体で闘うことになれば、勝ち目はなくなってしまう。
その不安がないのである。
まどかはそれは独りでの闘いではないからだと思っている。
一対一ではない。
ほむら、マミ、杏子からの援護を受けることができる。
だから普通では持ち込めないあらゆるものを持ち込むことができる。
あらゆる絆がこの闘いにはついている。
ワルプルギスの夜を倒すために必要なものはすべて持っている。
まどかに恐れるものはなかった。
ほむらの家がにぎやかであった。
まどか、さやか、ほむら、マミ、杏子、何故か恭介が集まっている。
ワルプルギスの夜の襲来の前日に、作戦の確認ということで集まることになっていた。
すると、どうせなら夕食も一緒に食べればいいということになり、それなら、いっそ皆で泊まればいいのではないかということになった。
これは、家族を心配させないためにどうするかということを考えていた、まどかにとっては都合のいいことであった。
ワルプルギスの夜が起こすスーパーセルによって街の人間は避難を強いられることになる。
そして、この街には複数の避難所がある。
このときどうやってで抜け出せばいいのか、ということを考えていたがほむらの家から近いほうの避難所に行っていることにすれば一応は誤魔化すことができる。
まどかがほむらの家に行くことを言うと、さやかはまどかに付いて来ることになり、師であるまどかと恋人であるさやかに付いてくる形で恭介がいるのである。
今はみんなでテーブルを囲んでいる。
じゅうじゅうと何かが焼ける音がしている。
テーブルにはホットプレートが置いてあり、そこで、肉と野菜を焼いている。
やはり食べるペースはまどかが一番早い。
次々と焼いていき、焼いたそばから食べていく。
ほとんど食べるためだけに口を使っている。
その次が杏子と恭介であり、さやか、ほむら、マミが同じペースである。
このときまどかはほとんど話さず、ただ喰らっていた。
まどか以外はそれをネタにしながら和やかに食べていた。
特に接点が薄いと思われていた、さやかと杏子は意外に話が合っているようであった。
杏子の魔女退治に対する姿勢が今までの経緯を含めて、さやかはまどかと杏子のプロレスについては初めて聞いたが、さやかの琴線に触れた。
杏子も気分がいいのもあって、つい口が軽くなっていた。
ほむらは恭介を問い詰めている。
今までの周回でさやかと恭介は上手くいかなかったので、今回、何故付き合うことになったのかかなり興味をそそられていた。
さやかからはすでに話を聞いてあるが、恭介視点での話はまだ聞いていない。
良い機会だからとほむらは質問攻めにしているのである。
恭介は律義にそれに応えている。
マミは隣で聞き耳を立てていた。
ほむらの家に今までなかった喧騒が広がっていた。
夕食は終わった。
就寝の時間である。
恭介は帰っていた。
明日の朝、さやかを迎えに来ることになっている。
ワルプルギスの夜が来るときには恋人と一緒に過ごしたいのだという。
だから、今は魔法少女の三人とさやか、そして、まどかしかいない。
今は寝室に五人がそろっている。
ベットを並べて川の字になっている。
「ねえ、明日は勝ち目あるんだよね?」
さやかが不安そうにまどかに訊いた。
「うーん、そうだね」
まどかは少し黙ってから、言った。
「さやかちゃんはほむらちゃんが未来から来た事は知ってるよね」
「うん」
さやかはまどかが必死に説明した時のことを思い出した。
確かにそれでほむらが未来から来たのだとさやかは納得したのである。
まどかは皆に聞こえる声で言った。
「小さいころにね強くなろうと思ったんだけど、今思えば、そう思ったのは今までほむらちゃんが救いたくても救えなかったわたしの無念があったと思う」
遠い昔を懐かしむような声色であった。
「だからねわたしの力はほむらちゃんが今まで繰り返してきたことの価値でもあるんだと思う」
まどかの眼は天井を向いている。
その眼は、ほむらが繰り返してきた永い時間を視ているようであった。
「だったら、わたしが負けるはずがない」
まどかは静かに燃えていた。
まどか達は四人は、一つの群れに囲まれていた。
どうやらその群れとはサーカスのようであった。
ゾウやライオン、そして、玉乗りをするピエロにテント。
そういうものがまどかたちを通り過ぎてゆく。
さやかとは朝早くに別れた。
恭介とともに避難所に向かった。
その避難所に向かう前に恭介は一礼をさやかは声援をまどかたちに送ってから去って行った。
その後はまどかたちは無言でワルプルギスの夜の出現場所まで向かって来た。
そして、この軍団に遭遇したのである。
ほむらが言っていた、"予兆"と見事に一致していた。
ほむらはふと、まどか達の顔を見た。
何回も挑んでは失敗してきたが、ほとんどは一人で対峙している。
まどか達の顔を見てみたいと思ったのである。
驚いた。
全員が笑みを浮かべていたからである。
マミは冷淡な、杏子は獰猛な、まどかは底知れない、笑みをその顔に張り付けていた。
全員が共通して、牙をむき出しにしていた。
ほむらの背を大きなうねりが走った。
ここまで全員で来れたことをいま実感して、その頼もしさを実感して、ほむらの身体を快感が突き抜けたのである。
そこでまどかと眼があった。
「ふふん、今からそんなんじゃあだめだよ」
確かにまどかの言う通りだとほむらは思った。
こういうものはワルプルギスの夜を倒した時のためにとっておくものである。
「いつもそんな風に、朗らかに笑えばいいのに」
そう言われて、ほむらは自分の顔にふと手を当てた。
確かに口の両端が軽く吊りあがっていた。
――そうか、笑っているんだわたし。
確かに笑っているらしかった。
それも友達と話をしている時に自然と笑うように、柔らかい笑みであった。
そして、魔女降臨のカウントダウンが始まった。
―⑩―
ここに集った四人の少女達。
全員が静かに燃えていた。
まどかの火が全員に燃え移ったのである。
―⑨―
それはまどか達の心の象徴である。
燃えれば燃えるほど強くなる。
燃えれば燃えるほど猛る。
―⑧―
火は小さいように見える。
そのままでは簡単に消されてしまうように見えるだろう。
大きな風ひとつで消されてしまうように見えるだろう。
―⑦―
しかし、それは火の行き場がないだけであり、今か今かと燃え上がる機会を心待ちにしている。
一つの薪。
それを火の中に放り込めばたちまち巨大な炎になるだろう。
―⑥―
ワルプルギスの夜。
最強の魔女。
それが今日くべられる薪の名前である。
―⑤―
いま、まどか達の心には獣があった。
笑みがそう言っている。
獣のように牙をむき出しにしている。
―④―
ここにいるのは四匹の獣である。
獣が舌なめずりをしている。
獣が獲物を心待ちにしている。
―③―
ワルプルギスの夜。
最強の魔女。
それは今日の獲物の名前でもあった。
―②―
四匹の獣は静かに燃えている。
どちらが狩るほうで狩られるほうなのか。
身体に教えてやると猛っている。
―①―
四つの業火に最強の魔女は耐えられるか?
四匹の獣と最強の魔女。
どちらが狩られるほうか?
―⓪―
答えはすぐそこまで迫っていた。