「はぁ、憂鬱ねぇ。今日中に異変解決しなかったらどうしようかしら」「野晒しで寝たら良いじゃない。きっと星が綺麗よ」「目に映る星が全部金平糖なら良かったのに」「なった所で食べられないわ。諦めなさい」「……アリス、なんだか不機嫌そうね。今日は晶の奴にどんな無茶をやらされたのかしら」「私が不機嫌なのは、いきなり現れたアンタが問答無用で攻撃してきたからよ! 何考えてるのよ霊夢っ!!」「黙りなさい、異変の元凶め」「――その台詞が冗談でも本気でも許さないわ」「心が狭いわね。アンタに必要なのは、笑って許してご飯を差し出す度量だと思うわよ」「お腹が減ってるなら普通に言いなさい! こんな回りくどい事しなくても、昼食くらいは出したわよ!!」「私、チキンドリアが食べたいわ。前に一度だけ霖之助さんが作ってくれたんだけど、手間がかかるからってそれから全然作ってくれないのよ」「この期に及んで相伴する気満々なのね……」「分かったなら覚悟なさい。まずは退治するから」「だから、貴方は何がしたいのよ!」「アンタをぶっ飛ばしてチキンドリアを食べた後、異変を解決するつもりよ」「チキンドリアはすぐに作れないから日を改めてにしなさいっ!!」幻想郷覚書 緋想の章・肆「意気天候/女心と上の空」「………あの、妖夢ちゃん、元気出して?」「……その、なんだ。あくまでこれは晶殿用のテストだからな。それほど点数に拘る必要は無いぞ?」 臨時の試験会場となった教室の中で、妖夢ちゃんは顔を俯かせ半泣きになっていた。 原因は――言うまでも無いだろう。藍さんの用意したテストである。 詳しい点数は言わないけど、僕にトリプルスコア以上の差を付けられた事だけは一応語っておく。 ……尚、彼女の名誉のために補足させてもらうが、このテストの結果と知能指数がイコールで繋がる事は無い。 そもそもテストの主な目的とは、それまでの勉強で何を覚えたか確認する事にあるのだ。 僕の知識に合わせた範囲でテストを作れば、必然妖夢ちゃんには分からない奇問難問の数々が出来あがってしまう。 ――受ける前の態度を見るに、元々自信は無かった様だけど。 全然出来なかったからと言って、妖夢ちゃんをおバカ扱いするのはさすがに酷だろう。「私は、自分が情けないです。あまりにも無知で、あまりにも……」「いやいや、深刻に考え過ぎだって。エメラルドタブレットに書かれているヘルメス主義の原理なんて、幻想郷でもまず使わない知識だよ?」 「晶殿の言う通りだ。陰陽五行思想における、五行相生はきちんと答えられただろう? 妖夢殿も知識は十二分にあるよ」「……しかし晶さまは、ほぼ全問正解しております」 そりゃ、僕にとってはおさらいだからね。 むしろ凄いのは、記憶を探れば十中八九答えが出てくる問題を作った藍さんの方だろう。 なるほど、コレは確かに知識の「確認」だ。どこからこれほど詳細な情報を仕入れたのだろうか。 ……うんまぁ、間違いなくねーさま経由だと思うけどね。「お世辞は結構です。自身の未熟さは、嫌という程分かっております! ――藍殿!!」「な、なんだ?」「試験内容の解説をして貰えないでしょうか。いつまでも、後悔してばかりではいられません!」「いや、妖夢殿は別に分からなくても……」「お願いします!!」 意地になってる妖夢ちゃんの姿に、藍さんが困り顔で頭を抱えた。 彼女としてもこれ以上、僕等を拘束する理由は無いのだろう。 こちらに感けて人里の監視を疎かにすると、色んな方面から怒られそうだしねぇ。しかし――「わ、分かった。しかし、簡単にだぞ?」「ありがとうございますっ!!」 自分でも甘いと分かっているはずなのに、結局イエスとしか答えられなかった藍さん。 どうやら、妖夢ちゃんの真剣かつ半泣きな瞳に心が負けてしまったらしい。 ……なるほど、アリスと同類か。色んな意味で理解しましたともさ。 苦労の集中砲火を優先的に受け取っちゃうタイプだね。 負担になっているのは、紫ねーさまの気紛れだけじゃないんだろうなぁ。「いや、妖夢ちゃん。藍さんもそうだけど、僕等もこれから色々とやる事あるよね? 異変解決はどうするの?」「大丈夫です、晶さまは先に稗田殿の所へ行ってください。人里を出るまでには合流致しますので」「―――分かった。藍さん、後はお願いします」 つまり人里での調査は僕だけでやれと言う事ですか。と言うツッコミは辛うじて抑えた。 本人にその気は無いんだろうけど、この子もわりかしイイ性格してるよねぇ。 藍さんとは逆に、無意識に自分の苦労を誰かに押し付けてると言うか……あれ? おかしいな、胸が苦しいぞ?「結界は解いておく。妖夢殿を長時間拘束するつもりは無いから安心してくれ」「まぁ、僕の方は大丈夫ですよ。むしろ何かあったら妖夢ちゃんをこき使ってくださいな」 「はいっ! 全力でお手伝いさせて頂きます!!」「素直に私を解放してくれる事が、私への最高の手伝いなのだが」「じゃあ、行ってきますね!!」 聞こえません聞こえません。僕には何も聞こえません。 藍さん最後のSOSを聞きながして、僕はダッシュで寺子屋を後にするのだった。 しばらく歩いていると、人里で一番立派な建物に辿り着いた。 ここが阿求さんの住んでいる稗田邸である。何度も来たはずだけど、未だに緊張してしまうのは尊敬の念故か。 僕は大きく息を吐き出して残った緊張を追い出すと、稗田邸の門を軽く叩いた。 「すいませーん」 白玉楼の時と違い、不法侵入をしないのは阿求さん以外にも住んでいる人がいるからだ。 声をかけた後しばらく待っていると、門の中からお手伝いさんらしき人が顔を出してくる。「はい、どちら様……で……」「どうも、久遠晶です。阿求さんに会いに来ましたー」「し、しばらくお待ちください!!」 軽く挨拶しただけなのに、真っ青な顔で扉を締められてしまった。 それだけでもかなり複雑な気分になるのに、さらに扉の向こう側からは、何やら聞き捨てならないやり取りが聞こえてきている。 あれが噂の……とか、阿礼乙女様の身が危ない……とか、冗談でも勘弁して欲しいんですが。本気っぽいけどさ。 ひょっとして人間ダウンバーストの噂、人里でもばっちり広がってるのだろうか。 これで阿求さんの好感度までマイナスになっていたら、僕は間違いなく枕を涙で濡らす事になってしまう。 吐き出したのとは違った緊張を心に居座せながら待っていると、五分ほどの間を開けて再び扉が開いた。「お待たせ致しました。当主がお会いするそうです」 先程応対? してくれたお手伝いさんが、おっかなびっくりと言った様子で招き入れてくれる。 まぁ、とりあえず阿求さんの好感度はそれほど下がっていないらしい。 ほっと一息つきながら、ビクビクしているお手伝いさんの案内で進んでいく。 とりあえず彼女らの態度に関してはもうスルーで。泣いてない、泣いてないですじょ? 「当主様、お客人を連れてまいりました」「御苦労様、下がってください。――さて、お久しぶりですね晶さん」「………はぁ」 何故か居間では無く客間に通された僕を待ち受けていたのは、人が一人は隠せる程大きな仕切りだった。 と言うか、現在進行形で阿求さんが隠れている様です。 いつぞやの輝夜さんを思わせる光景だけど、仕切りは分厚くて向こう側を覗き見る事は出来ない。 ……なんか、さっきのお手伝いさんの対応と合わせて拒絶されている様に感じるヨ。 あ、また来たんですか緊張サン。ぶぶ漬け食べますか? え、要らない? 「きょ、今日は何のご用でしょうか」「えーっとまぁ、実は今起きてる異変に関する質問をしに来たんですが」「異変……それは、天気を変える緋色の雲の事ですかね?」「緋色の雲? あー、すいません。変な天気ではありましたが、雲は一つも無かったんでそれは見てないです」 しかし言われてみれば、白玉楼に雪を降らしていた雲はほんのり緋色だった気がする。 うむ、これは貴重な情報だ。少なくともこれからの行動の指針にはなるだろう。 ――で、阿求さんはいつまでそこに隠れてるつもりなんですかね?「ひょっとして阿求さん、髪でも切った?」「なっ、何故にそれを!? まさか晶さん、透視能力を身に付けたのですか!?」「ふっふっふ、ずっと仕切りの向こうに隠れてたからね。もしやと思ったけど――やっぱりかっ!」「あ、そういう……。確かに髪は切りましたが、失敗はしてませんよ。ほら」「いや、髪の毛の一部だけ見せられても。良いから、そろそろ出てきてくれませんか?」「えーっとそれは、その……」 恐らく何かモジモジしているんだろうけど、残念ながらその仕草は僕に伝わりませんよ? どうやらあくまで仕切りから出てくるつもりは無いらしい阿求さんは、出てきていないにも関わらず感情が駄々漏れだった。 うん、まぁ怖がられてるって感じじゃ無いので一安心。とりあえず緊張さんは食うもん食ってとっとと帰れ。 しかしだとすると、この異常なまでの警戒っぷりは何なんだろうか。 思わず首を傾げていると、阿求さんが恐る恐ると言った風に話しかけてきた。 「その前に、一つ確認してよろしいでしょうか?」 「どうぞ」「晶さんは男性――なのですよね」「うん」 何故そんな質問を、と思いつつもとりあえず頷く僕。 肯定の返事をすると同時に、仕切りの向こう側から息を呑む音が聞こえた気がする。「あ、あわわ、あわわわわ……」「あの、阿求さん?」「ち、違うんです!!」 何がですか? お願いなんで分かる様に説明してください。 やっぱり仕切りの向こう側で、ワタワタと動揺し出す阿求さん。 彼女は泣いてるんじゃないかと思う程に声を震わせ、畳みかけるように言葉を重ねてきた。「わっ、私は好んで殿方に抱きついたり、肌を晒す服を見せつけたりするワケじゃないんですよ!」「でも僕、どっちもされましたけど?」「ち、ちがっ、違うんです。しましたけどそれは、誤解していたと言いますかっ、浮かれていたと言いますかっ」「そんなに言い訳しなくても、僕は全然気にして無いですよ?」「――それは、私がペッタンコだからですかっ!!」「気遣いが性的な意味に受け取られてる!?」 仕切りを勢い良く横にズラして、良く分からない怒りをぶつけてくる阿求さん。 非力な彼女のドコにこれほどの力が――等と思っていたら、仕切りの下には絶妙に隠されたコロコロが。 畳とコロコロって相性悪いんじゃないだろーか。等とどうでも良い事を考えていると、顔を真っ赤にした阿求さんが僕に襲いかかってきた。 しかも表情は、半泣きどころか全泣きだ。繰り出してくるパンチは、肉体的には痛くないけど精神的には何故か超痛い。 彼女は言葉にもなっていないほど切実な叫びを上げながら、我武者羅に拳を突き出してくる。 どうしたら良いんだろうかコレは。さっぱり理解できないけど、今謝ったら僕は極悪人になってしまう気がします。「うぁーん! 酷いです鬼です破廉恥ですーっ!! そういう意図は無かったですけど、抱きついたのもあの服見せたのも殿方では貴方が初めてなんですよー!」「落ち着いて阿求さん、今の「気にして無い」はそう言う意味でなくてですね」「良いですか、私は普通の人の半分も生きられない可哀想な身体なんですよ! 成長なんて言わずもがな!! つまりペッタンコなのは運命なんですっ!」 そういうヘヴィーな自虐は、すでに死んでる人か絶対死なない人に言ってください。僕は笑えません。 彼女にだけ許された究極の不謹慎ネタをブチかます阿求さんは、もう何て言うか無敵だった。 「それなのに、初めてだったのに、出てきた感想が「大した事無かった」とか最低最悪の侮辱ですよーっ!」 ぎゃあっ、僕の意見がさらに酷く湾曲されている!? 肉体的なダメージが未だ皆無なのにも関わらず、僕はかつて無いほど追い詰められていた。 何だこの罪悪感。弱い者イジメと称された、メディスンとの弾幕ごっこよりも心が苦しくなるんですが。「特にあのチャイナ服はお気に入りだったんですからね! 阿礼乙女としての格式があるので、外で着る事は出来ませんでしたけどーっ!!」「ああ、確かにあのチャイナは可愛かったね。阿求さんに良く似合ってたよ」「――――っ」 あ、止まった。 唖然とした表情で目を見開いて、じっとこちらを見つめる阿求さん。 まるで時が止まったかの様なその姿が、何故だか知らないが今はとても怖い。 と言うかいい加減、僕の身体の上から退いて頂きたいのですが。 阿求さん、僕に覆いかぶさる様にしがみ付いてるから身体が自然と背中側に傾いちゃうんだよね。 しかしここで彼女に触れると、同時に何かエラいスイッチを押してしまう事になる気がする。 そんな予感を抱きつつ、僕は彼女の肩に右手を―――あ。 じんわりと掌に広がっていく阿求さんの体温。同時に、阿求さんの顔があっという間に真赤に染まっていく。「あ、あの、申し訳ありません、興奮してしまって。決してその、そそそ、そういうつもりじゃなかったんですよ?」「大丈夫、大丈夫だからゆっくりと身体を離して。爆弾を解除する爆弾処理班の様に慎重に」「――はひゅん!?」「はひゅん!?」「ちが、はしたな、わたし、う……うぇぇええええええん」「泣いたーっ!?」 恐らく精神的な負荷がかかり過ぎて、自分でもワケが分からなくなってしまったのだろう。 真っ赤な顔で目を見開いたまま、ボロボロと涙を零す阿求さん。 ヤバい。何がヤバいのか良く分からないけど、このままじゃ危険だ。デンジャーだ。 必死に宥めてみるが、阿求さんの涙も動揺も収まらない。 もしこの場面を誰かに見られたら、僕は色んな意味で死ヌ―――「どうした稗田殿、大丈夫か!!」「あ」 客間と廊下を遮っていた襖が開き、血相を変えた上白沢先生が現れる。 交差する僕と先生の視線。再度硬直する場の空気。それでも泣きじゃくる阿求さん。 緊迫感に支配された場で最初に動いたのは、自分でも意外な事に僕だった。「えへ☆ どうもこんにちは先生!」 はて先生、おかしいですね。貴方は人里の外でぱとろぅるしていたのではございませんか? そんな疑問も込めてニッコリ笑顔を先生に向けると、彼女は同じくにこやかな笑みを返してくれた。 それは教師らしい、優しさと暖かさに満ち溢れた表情で。 無言で有りながら雄弁に、現在の彼女の思いを熱く語ってくれた。 即ち――うるさい、それよりもまずぶっ飛ばすぞと。「こんのぉぉおおおおお、不埒者がぁぁぁああああっ!!!」「で、す、よ、ねぇぇぇぇえええっ」 咄嗟に何とか阿求さんを退避させた事は、とりあえず評価して欲しい。 謎の緑髪角付き妖怪のイメージを纏う上白沢先生が放った横方向への頭突きで、僕の身体は華麗に宙を舞うのだった。 ―――だけど、良かった。いつものオチに至った事が、今は何よりも嬉しいデス。