西暦2307年。
CBが武力介入を開始してから、四ヶ月の時が過ぎようとしていた。
彼らの介入行動回数は六十を超え、人々は、好むと好まざるとに関わらず、彼らの存在を受け入れていく……筈であったのだが。
順調にCBの実働メンバーの行動が上手く進んでいる裏ではQBの暗躍、QBにとっては当然の行動があった。
それはCBが活動を開始してから一ヶ月も経たない時の事。
つまりテロ組織、ラ・イデンラの拠点三ヶ所が叩かれてからほんの数日。
QBはマリア・マギカ、ひいてはリボンズの協力を得て、量産型魔法少女部隊の実践投入を開始して同じく数日が経過していた。
これにより、確かにヴェーダに魔獣の存在と魔法少女の存在の情報が収集され、それにアクセス可能なリボンズは驚いていた。
一つは本当に魔獣が自然発生するという事に。
そしてもう一つは、魔法少女となったイノベイド達の魔獣との戦闘時における身体能力が、自身を含む戦闘型に特化したイノベイドを遙かに越えており、白兵戦であればまず魔法少女イノベイドの圧勝になるというデータばかりが弾き出された事。
これが希望の力によって獲得される魔力というものか、と余りにも非科学的な力であるが、実際に知ったリボンズは好むと好まざるとに関わらず、その事実を受け入れざるを得なかった。
そして、そんなリボンズの元へ、再びQBが現れる。
全ては利の為に。
―リボンズ出張先のホテル―
アレハンドロの命を受けると受けないに関わらず、リボンズは元々独自行動を取るの事がしばしばあった。
全てはヴェーダ本体の位置を特定するという名目の元であったが。
つい最近家出していた時は、アレハンドロにはヴェーダ本体がある可能性があるかもしれないと思われる場所を回る為資源衛生群、ラグランジュに向かったと弁明した。
動機は何とかしてヴェーダの無事を確かめたかったから、「何も告げずに出てしまい、申し訳ありませんでした、アレハンドロ・コーナー様」と謝ったのである。
そして、結局は見つからなかったヴェーダ本体を再び探しに行くためと称してアレハンドロから離れ、丁度単独行動をしていた所であった。
一室の窓際に立っていたリボンズの後ろにQBが忽然と現れて言う。
「リボンズ・アルマーク、魔獣と魔法少女の事、分かってくれたようだね」
リボンズが振り返って言う。
「な……君か。アレは信じ難い事だけど、信じざるを得なかったよ。今日はまた何か用があるのかい?」
「その通りさ。君の計画の変更を提案しに来たんだ」
不快そうにリボンズが言う。
「僕の計画の変更だって?」
「CBは残り数百日のうちに滅ぶ、という計画をね」
「計画を第一段階から変更するなんて妄言にも等しい」
ありえない、とリボンズは言った。
「君にとってメリットがあると思うよ。どうやら君の最初の勘違いから遡る事になるけどね」
「僕の、勘違い?」
何を、とリボンズは不快感を抱く。
「ヴェーダには君も気づいていないブラックボックスがある。そこにはオリジナルの太陽炉だけに与えられる秘密の機能と、それが起動した時、ガンダムマイスター達のパーソナルデータと共にその情報がヴェーダから完全に抹消されるというものがあるんだ。疑問のようだけど、僕らにしてみれば、ヴェーダの情報を知るのは造作も無い事だ。君たちイノベイドはいちいちヴェーダに許可を取らないといけないみたいだけどね」
無機質な赤い双貌がリボンズの奥を見透かすかのように怪しい鈍い輝きを放つ。
「それが事実だとしたら……まさか」
リボンズが動揺する。
「そうだよ。君はイノベイドがCBのガンダムマイスターを務めるという当初ヴェーダに予定されていた計画を自身の滅びを回避する為に人間をマイスターの候補に上げて計画を変更したようだけど、そう、君が今考えている通り、勘違いだったんだね。イオリア・シュヘンベルグは君を殺すつもりは無かったんだよ」
QBに淡々と言われ、リボンズは衝撃の情報を知り、よろける。
「な……そんな……馬鹿な……。イオリアっ……なら、どうして」
せめて僕にだけは教えてくれなかったんだ、とリボンズは思った。
CBは計画の第一段階において、確かに滅びる事になっている。
しかし、それはイオリアの想定の内。
CBの組織内に裏切りが出る事すら。
しかし実際には、オリジナルの太陽炉を保有する、滅びる予定のCBには新たなる力が与えられ、更にはガンダムマイスターの情報をヴェーダから抹消するという事により、ガンダムマイスターをある意味でヴェーダの監視から完全に切り離し、地球に存在しない人間とする事で、安全を獲得させられる事にもなっている。
これには、イノベイドである者達をヴェーダから切り離す事で、生体端末としてではなく、独立した個体である「人間」へと近づけるという意図も含まれていた。
「君は、今君が見下している人間になる筈だったんだ」
「ぁ……アァぁ……あぁァアっ」
QBの一切感情の無い指摘はリボンズの心を酷く抉った。
百数十年余り前、年老いて月の施設でコールドスリープに入るまで、側に仕え慕いすらしていたイオリアが、計画ではCBを滅ぼすとなってはいながらも、本当はその気など無かった事を悟ったリボンズの心の堰は決壊し、嗚咽と共に涙を流し始める。
イオリアは最初に作った僕を捨て駒にするつもりは実は無かったのだと。
「何故泣くんだい? イノベイドである君自身は人間とは違う存在だと思っているみたいだけど、君たちイノベイドは僕らからするとまるで思春期の子供のようだ。知能や技術は高く表面上は優れた存在として振る舞っているつもりなのかもしれないけど、精神が伴っていない」
不思議そうに、訳がわからないよ、とQBは言って、更に淡々とリボンズの心を抉る。
ある意味魔法少女向きだけどね、とは言わなかった。
しばしの間、会話にならずリボンズは涙を流し続けたが、やがて落ち着いた。
リジェネ・レジェッタがイオリアの計画をどこか精神的に子供ながらも純粋に遂行しようとする気持ちが今のリボンズには理解できた。
「君はオリジナルの太陽炉が欲しくないのかい?」
QBが落ち着いた所を見計らって、囁きかける。
問いかけられたリボンズは決意を秘めたように言う。
「そうだね……本来ならアレは最初から、僕たちのものだ。だけど、その事を教えて君たちは何を望むんだい?」
「現在のCBの活動を数百日と言わず、できるだけ長く続けて欲しいんだ。君たちイノベイドは不老の存在。急ぐ必要なんて無いだろう? ヴェーダがそれを拒否するというのなら、僕らがそれを認めさせても良い。あのヴェーダというシステムは確かに君たちにとって有用なものなのだろうけど、常に長期的視点を前提としたその時々の答えしか弾き出さない欠点を抱えている。人間の生殺与奪を機械的に判断するのはそのせいだ」
リボンズはQBの発言に呆れる。
「つまり、結局の所、君たちは感情エネルギーとやらの回収を長く続けたいのか。QB……異星生命体というのは本当のようだ。人間をエネルギー源としか見ないなんて発想は地球の生命ではありえない」
金、地位、権力、etc……QBはそんなものに興味は無い。
リボンズの現在の計画で行くと、CBが滅び、地球統一連邦の元でのヴェーダによる厳正な情報操作が行われれば、人々は世界の裏で密かに行われる出来事を目にする事は無くなってしまう。
それでは感情エネルギーの回収率が減ってしまう。
「やっと信じてくれたみたいだね。だけど、人間を見下している君に言われる筋合いは無いよ」
「は……。君たちの言うとおり、僕たちは不老だ。加速させる予定だった計画を変更しても良い。どうやるかまで説明は必要かい? これから色々考える必要があるけど」
「それには及ばないよ。思考は筒抜けだからね。君にもう一つ教えてあげるよ。君の人間マイスター計画を密かに妨害する行動を取っていたビサイド・ペインという既に死んだ筈のイノベイドの人格データは 彼が隠している1ガンダムにまだ残っているよ。死亡したと君にみせかけるつもりだったようだね」
QBは更にリボンズに過去に死んだ筈の者の情報を教えた。
その言葉にリボンズは眉を寄せて、苦笑する。
「フ……それは耳寄りな情報だね。そうか、残っているのか」
QBはその場所を教えて、言った。
「彼の固有能力は厄介だけど、脳量子波が彼より強い君には効果が無いから、データになっている今のうちに好きにしたら良いんじゃないかな」
そのビサイド・ペインというリボンズと同じ塩基配列パターンであったイノベイドには特殊能力として、他のイノベイドに強制アクセスし、自らのパーソナルデータを上書きして支配する「インストール」や、同じ塩基配列のイノベイドに全てのパーソナルデータを転送する「セーブ」というものを持つ。
但し、自身より脳量子波が強いイノベイドや、ヴェーダとのリンク途絶しているイノベイドには効果がない。
「……なら無論、利用させて貰うよ」
リボンズは、率直にその能力をデータから奪い取る意思を示し、微笑みを浮かべた。
「じゃあ、これで僕は帰るよ」
リボンズの言葉を待たずにQBは消えた。
QBが利を得る事を目的に本来知り得る筈の無い情報を得たリボンズは、即座に高速で思考を始める。
現在存在するオリジナルの太陽炉の数は五つ。
CBのガンダム四機ともう一つはその支援組織フュレシテで色々な機体に使いまわされている物。
イオリアの僕への本来の想いを継ぐのであれば、何としても手に入れたい。
しかし、加えて、QBの頼み通り、超長期的にCBを存続させ、緩やかに愚かな人類の世界統一を進めるとなると、そもそも、五つしかない太陽炉という前提の現状も何ら崩壊しても構わない可能性を帯びる。
三つの陣営のどこよりも優れた技術を保有しているCBを崩壊させるのは新たなオリジナル太陽炉製造にとってマイナスでしかない。
木星には太陽炉製造の為のCBのGNドライヴ建造宇宙船が六隻ある。
後二年もあれば、一つか二つ、資金によってはそれ以上の製造もできる可能性があるのだから。
となれば、このまま野心駄々漏れの金光大使アレハンドロ・コーナーとAEUリニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイ、そして自身の体細胞データを元に生み出した劣化イノベイド共である、チームトリニティを野放しにするのはマズイ。
チームトリニティにはそのフュレシテを襲わせてオリジナルの太陽炉を奪って壊滅させ、更にはCBに対する世界の憎悪を一気に膨らませる予定だったのだから。
とはいえ、自分で蒔いた種なのだが。
だが、今更その事を悔やんでも仕方がない。
アレハンドロに接触したのは200年以上に渡りイオリアの計画を乗っ取る事を虎視眈々と狙っていたコーナー家の潤沢な資産が目当てだった。
とりあえず、アレハンドロは抹殺だ。
というか、監視者は全員抹殺だ。
大人は嫌いだ。
人間を家畜のように見ているQBも嫌いだけど。
QBに位置を教えられた1ガンダムは回収して、あの固有能力を奪おう。
リボンズは、そう、決意した。
ヴェーダの完全掌握とCBに対する援助。
近いうちに、一度は離れたCBに接触する事になるかもしれない。
突然の計画変更に、自分がヴェーダを使って生み出したマイスタータイプのイノベイド達に対する説明が面倒だけれど。
ヒリング・ケアはホイホイ付いてくる。
かくして、QBの私利私欲通りに計画は変わりすぎる。
これでいいのか。
CBはやりすぎたのか。
否、QBがやりすぎだ。
圧倒的物量で行われる殲滅作戦、そこに隠された真の目的とは。
否、圧倒的物量作戦で行われる殲滅作戦はまだ先だった。
QBの真の目的は感情エネルギーの回収。
変わらない。
万能などあり得ないのか。
本話後書き
ここまでお読みいただきありがとうございます。
丁度1stシーズンの紛争・テロに対する介入行動が一段落した所まで終わりました。
後は軍が怒るだけです。
それに入る前に当たり、QBとしては2ndシーズンの状態は全く歓迎できないのでは、と思ったらこんなパターンが出てきました。
粗が多いですが、QBが介入するとこうなるのでは……と。
私は外伝は全くの守備範囲外であり、一応、ガンダム00外伝wikipediaやガンダムキャラクター事典様を読んだ上で外伝キャラクターの名前を出したりもしたのですが、これはおかしいという指摘があれば、容赦無くどうぞお願いします。
また、無理矢理な独自解釈、話を変更させるための曲解もあるので、「それは無いよ」というのであれば、どうぞ。
いえ、最初からガンダム00にQBを投下する事自体「こんなの絶対おかしいよ」な状態な気がしてなりませんが。
ネタの筈ながら、微妙にシリアスでもあり、当、本話を挟まないのであれば、このまま人革連のガンダム鹵獲作戦ないしは、魔法少女部隊の活躍かほむほむとガンダム00登場人物との僅かな接触やら何かに移ります。
監視者(読者様)による暫定本話の存在を了承するか否か、答えを感想掲示板で頂ければ、そのご意見の大体の流れでどうするか決めたいと思います。
追記
ダロス様情報提供ありがとうございます。
該当箇所に修正をかけました。
リボンズがビサイド・ペインの能力を1st当時にどれだけ把握していたのかがよく分からないので、曖昧に誤魔化しました。
完全に間違っていました。
キャラクター事典にアフリカの擬似GNドライブ基地の管理云々と書かれているので、トリニティの面倒も見ているの……か、と勝手に思い込んでいました。
再追記
皆様、了承ありがとうございました。
どうなるか予想がつきませんが、カオスになるのは間違いないです。