モラリア共和国への武力介入を行った四機のガンダムとQB。
その戦場で、刹那・F・セイエイはもしかしたら運命かもしれない男と対峙する。
男の名はサーシェス。
アリー・アル・サーシェス。
―モラリア・山岳地帯―
エクシアは二本のGNビームサーベルを下段に構え、PMCイナクトはリニアライフルの銃身をスライドさせ大型カーボンブレイドに換装したソレを右腕に中段に構え、対峙する。
『ッヘヘ。別に無傷で手に入れようだなんて思っちゃいねぇ! リニアが効かなねぇなら、切り刻むまでよ!』
不敵に笑ってサーシェスはエクシアに突撃する。
「くっ!」
刹那は幼い日のビジョンを脳裏に見ながら寸前でその突撃をエクシアの機体を半身ズラして回避。
PMCイナクトは即座に反転し、
「ちょりサーッ!」
機体を捻りながら、エクシアの右手のGNビームサーベルを鮮やかに蹴り飛ばす。
刹那は目を細める。
この動き!
幼い日、ナイフでサーシェスに手ほどきを受けた時の事が被る。
「っくう」
刹那が焦りの声を漏らし、エクシアは左手のビームサーベルを大きく振りかぶる。
しかし、予期していたかの如くPMCイナクトはそのサーベルを地に叩き落とす。
「ッはァ」
再びビジョンが想起され、刹那は息を飲む。
そして次にエクシアはGNソードを構え、高速振動をさせる。
サーシェスがその様子に言う。
「何本持ってやがんだ? けどなぁッ!」
瞬間、エクシアに飛びかかりる。
エクシアはGNソードを縦に一閃するが、ギリギリで見切りスラスターを僅かに一瞬噴かせ右側に回避。
『にゅぅぅぅっ!!』
エクシアは更に横に一閃し、それを更に僅かに後退してPMCイナクトは避ける。
更に刹那はもう一度横に一閃して刃を返すが、PMCイナクトは機体を持ち上げ、ソレを回避。
エクシアのやや上方に体勢を構え、
『動きが! 見えんだよぉッ!』
高さも利用してカーボンブレードを一気に振りかぶり、エクシアに肉薄。
剣を交える。
「っくぅ!」
刹那が苦々しい表情をする。
そして、幼い日、父を殺し、母にまでも銃口を向け、引き金を引いて殺した瞬間を思い出す。
「っあア」
刹那は息を飲み、怒りに目を鋭くさせ、
「えぇッ! うぅぁぁアァぁアァー!!」
叫び声を上げて、GNソードの出力を急上昇、
「何!?」
交えていたカーボンブレイドの先端部を切り落とした。
サーシェスはその性能に驚愕しながらそのまま切られないよう大きく後退して距離を取った。
「何て切れ味だぁ。これがガンダムの性能って訳、か」
エクシアは出力を平常に戻し構えを解く。
「刹那、どうして武装を解くんだい?」
QBが問いかけるが、刹那はコンソールを操作し、光通信を行う。
「奴の正体を確かめる」
「ふうん」
対して、その光通信を受けたサーシェスは。
「ん。 光通信? コクピットから出てこいだと? 気でも狂ってんのか」
馬鹿にするように吐き捨てた。
刹那はコクピットハッチを開けるスイッチを迷わず押して、確かに開く。
「訳がわからないよ、刹那」
しかし、QBが瞬間的に再びハッチを閉めるスイッチを押し、開きかかって刹那の姿が見えかける前にエクシアのコクピットをすぐにまた閉めた。
「邪魔をするな、QB」
刹那がQBがスイッチにポジションを構えて開けない事に憤る。
「ぁん? 正気かよ? ホントに出て……来ねえじゃねぇかよぉ!! 糞がッ!!」
と、そのコクピットが一瞬開いて期待したが、直ぐに閉まる様子を見てサーシェスは怒鳴った。
一方、憤った刹那にはQBがすぐに返答していた。
「刹那、あのPMCイナクトのパイロットの名前はアリー・アル・サーシェスだよ。顔はこれだ」
双眸を輝かせ、QBは刹那にサーシェスの顔を見せた。
「なぁ!?」
一瞬で誰か分かった刹那は驚愕に息を飲んだ。
その挙動を管制していたクリスティナ・シエラは同様に声を上げていた。
「エクシアがコクピットを開きかけてすぐ閉じました!」
「は?」
スメラギ・李・ノリエガは意味が分からなかった。
その現場ではサーシェスが激昂して、一般機用の予備ブレイドを構え再びエクシアに襲いかかった。
大音量でサーシェスは叫ぶ。
『ぁあ!? てめぇふざけてんのかッ! 戦場を何だと思ってやがる! 糞みてぇな冗談なんぞいらねんだよ!』
「くぅッ!」
その卓越した操縦技術に刹那は押される。
相手がアリー・アル・サーシェスだと分かった事で動揺もしていた為、徐々に後退していく。
再びやや距離が空き、PMCイナクトがエクシアに飛びかかろうとした時、桃色のビームの牽制射撃がその接近を阻んだ。
C5のプラン通りの地域に移動する為、近くに来ていたデュナメスの射撃。
「デュナメスかっ!」
押され気味であった所、救われる形になる刹那。
「狙い撃つぜ!」
言って、ロックオンは精密射撃モードでPMCイナクトにビームを放つ。
しかし、サーシェスは通常の兵士ではありえないような機体操作で、避けてのける。
「なぁっ!? 避けやがった!」
ロックオンが驚愕した。
『おぃおぃ! 二対一ってか! そんな性能しといて宝の持ち腐れだなぁ、ガンダムさんよぉッ!!』
サーシェスが挑発するような発言を大音量でかけながら飛行体勢に入るが、ロックオンは再び射撃をする。
『ちょりサァッ!』
更に、サーシェスは機体を瞬間的にズラし、避けた。
「俺が外したぁ!? 何だこのパイロット!?」
信じられない、と目を見開いてロックオンが驚く。
そこまでで、どちらにしてもこれでは鹵獲は無理だと判断したサーシェスはその場から撤退することにし、デュナメスの砲撃を更に二度も華麗に機体を操作して避け、崖下に隠れ、飛行モードに変形してその場から去っていった。
「何だ、ありゃ……」
四度も避けられた事にロックオンは驚愕した。
[刹那、ロックオン、ミッション続行よ。刹那、後でさっきの説明聞かせてもらうわ]
そこへ、スメラギが通信を入れた。
[了解][……了解]
返答して、二機は再びミッションを続行する。
航空仕様の部隊は軒並みガンダムではなくQBに壊滅させられ、キュリオスに次々と止めを刺されていた。
残る、陸戦型モビルスーツがいる基地ではヴァーチェが今度こそ近頃の鬱憤を晴らす、とばかりに、指定されたプラン通り降下してはGNバズーカで撃滅して行った。
完全に想定以上の速度でミッションが進行していき、フェイズ3、フェイズ4、フェイズ5と楽々移行していった……。
モラリア軍司令部の管制塔では続々と各オペレーターからの報告が入る。
「第3から第6航空隊、恐らくQBにより行動不能! 通信途絶えました!」
「燃料基地、応答無し!」
「PMC第32、33、36輸送隊、応答無し! 通信網が妨害、兵士達の挙動が狂い、全く状況が把握できません!」
帽子を被ったモラリア軍司令官が副官に尋ねる。
「モビルスーツ部隊の損害は?」
「甚大です。……報告されているだけも、航空部隊はそもそも離陸前にほぼ壊滅、AEUの飛行部隊すらも尽く離陸前にほぼ壊滅、撃墜という状況すら起き無かった模様です。陸戦部隊もほぼ同様。最低でも半数以上のモビルスーツが大破させられたと見られます」
報告する副官も現実として受け入れられない様子ながらも、淡々と言った。
「どういう……事だ……」
司令は思わずよろけて倒れかけた。
そこへ、士官が慌てて駆けつけ、直接報告をする。
「司令! PMCトラスト側が撤退の意向を伝えてきていますが」
「馬鹿な。どこに逃げ場があるというのだ……」
司令が絶望に声を絞り出して言った。
―UNION・対ガンダム調査隊(仮)基地―
対ガンダム調査隊(仮)のメンバーが戦況をモニターで見る。
「まさか、これほどとはねぇ」
完全に呆れるようにビリー・カタギリが言った。
「圧倒的だな、ガンダム」
両腕を組んでグラハム・エーカーが言った。
「圧倒的なのはQBとやらもだろうね。どんな魔法を使ってるか知らないけど、何しろ航空部隊が飛べていない」
実に興味深いが気味が悪いと、ビリーが更に言った。
「飛べない航空部隊など航空部隊にあらず」
グラハムはまだQBを見ていない為、信じることができずにいた。
―人革連・低軌道ステーション―
グラハム達と同じように戦況をモニターで見ていたセルゲイ・スミルノフが言う。
「QBの仕業か。人革連だけに出た幻という訳では無かったという事か。……降伏しろ」
AEUのイギリス外務省官邸では大臣同士が会話をしていた。
プランの中でも最悪の結果になりそうという結論であったが、既に復興支援の為の動きは整い、資金援助の内諾も取り付ける事に成功との事。
AEUは筋書き通りモラリアを取り込む事ができる見込みが立った。
そして「せめて黙祷を捧げよう。我々の偉大な兵士達の為に」と、一人が言ったが、それはただの勘違いであった。
何しろ、AEUが派遣した航空部隊のパイロットは実際には一人も死亡していないのだから。
この時点ではまだ情報が伝わっていなかったのである。
PMC本部作戦会議室では、ガンダムの鹵獲が目的だった筈が、それどころか、完全に一方的にPMCの部隊が、主に殲滅王と化しているティエリアに潰されている事で甚大な被害を受けており、嘆きの声が響いた。
通信がGN粒子によってズタズタにされていた為繋がら無かったが、サーシェスが隊長を務める部隊は岩場で全機待機して、そもそも作戦に参加していなかった。
部下達にガンダムと渡り合ったことや、サーシェスの指示の妥当性を賞賛されたサーシェスは「命あっての物種ってな」と答えていた。
タリビア軍兵士とは違い、自発的敵前逃亡の一種のようなものであった。
―モラリア軍司令部・付近空域―
向かうところ敵無しという状況の中、ガンダム四機は隠れる事もなく堂々と有視界で捕捉もできる空を飛んでいた。
[ガンダム全機、予定ポイントを通過しました]
[フェイズ6終了]
クリスティナとフェルトがそれぞれ報告する。
「さあ! 片をつけるわよ! ラストフェイズ開始!」
ここまでくると不謹慎ではあるが、何だか少し爽快さすら感じる、という様子でスメラギは軽く言った。
モラリア軍司令部の目の前に悠々とガンダムが飛来する。
「ガンダム出現!」
「ポイント324、司令部の目の前です!」
オペレーターが報告した。
「強行突破……だと……」
司令官が落ち込んでいるのを他所に副官がやけになって指示する。
「モビルスーツ隊に応戦させろ!」
直ちに、陸戦モビルスーツが格納庫から出撃し、ガンダムを、リニアガンで迎え撃ち始める。
[ヴァーチェ、目標を破砕する!]
中空に止まったヴァーチェはGNキャノンとGNバズーカを同時に放ち、司令部基地内で建物は避けて、斜めに薙ぎ払う。
[デュナメス、目標を狙い撃つ!]
ロックオンは慣れた様子で、コクピットを狙い撃たないように頭部、脚部、腕と次々宣言通り、狙い撃つ。
[キュリオス、介入行動に入る]
飛行モードからモビルスーツ形態に変形し、GNビームサブマシンガンで上から連射、地上を走る陸戦ヘリオンの手足をそぎ落とす。
[エクシア、目標を駆逐する]
いつの間にかコクピットからQBはいなくなっていたが、刹那は特に気にすることもなくGNロングブレイドとGNショートブレイドの二振りでバターのようにヘリオンを切り裂いていった。
五分も経たず、モビルスーツ部隊は全機沈黙。
目の前の光景に呆気に取られていた司令室であったが、首相からの連絡が入り、信号弾を上げて、無条件降伏した。
「ハロ、ミス・スメラギに報告! 敵部隊の白旗確認! ミッション終了!」
それを見たロックオンがハロに言った。
「リョウカイ! リョウカイ!」
ガンダム四機、それとQBの完全勝利であった。
「無条件降伏信号確認。ミッション終了。各自撤退開始」
フェルトが報告した。
「は……」
スメラギがホっと息をついた。
「お見事でした。スメラギ・李・ノリエガ」
王留美が賞賛する。
「QB様様……だったけどね」
スメラギは微妙な目をして言った。
撃破数ではキュリオスが断トツで一位。
殺害数ではヴァーチェが断トツで一位。
本来はキュリオスが相手をする航空部隊により引き起こされる死亡者数が最も大きい筈が完全に異なっていた。
モラリアという狭い国の中で、飛行するモビルスーツが砲撃を放ち、そして損傷を受けて操縦不可能になり墜落して、もしそれがそれぞれ、流れ弾として市街地、機体そのものが同様にと当たれば、二次災害が起こる筈だった。
スメラギはQBが航空部隊の場所にしか出現しなかった理由はそれが原因だったのだと、ほぼ結論づけていた。
もしQBがいなければ死者数は500人は下らない筈であったが、結果は主にヴァーチェと、敵側がガンダムに撃ったリニアガンが各基地に損傷を与えた事による数十程度、それも敵兵士のみに限定という結果だったのである。
「QBの介入を実際に目にして驚きでしたが、いずれにせよヴェーダの推測通りに計画が推移しているのは事実でしてよ」
王留美が言った。
「その点については、私としては、その推測から外れたいんだけどね……」
スメラギは表情に影を落として答えた。
それに王留美が疑問の声を上げる。
「え、何故です?」
「撤収します。機材の処分をお願いね」
スメラギはその疑問には答えずに言った。
「……かしこまりました」
不思議そうに王留美が了承した。
モラリアの非常事態宣言からたったの四時間余りで無条件降伏に至った事に、各陣営、そしてJNNなどには震撼が走った。
―経済特区・東京・大学構内―
日本での翌朝、JNNニュースが流れる。
サジ・クロスロード、ルイス・ハレヴィはモニターの前に立ち止まって見る。
[まず最初は、昨日、モラリア共和国で起こったモラリア軍とAEUの合同軍事演習に対するCBによる武力介入についてのニュースです。非常事態宣言から無条件降伏までの時間は、僅か四時間余りでした。三時間後に行われたモラリア軍広報局の発表によると]
アナウンサーが淡々と話し、サジとルイスの後ろを歩く学生達が、余りの戦闘終結の早さに驚いて去っていく。
[大破したモビルスーツは109機。現時点での戦死者は、兵士49名で、負傷者も数十名、行方不明者は……無し、との事です。また、現地にはQBが出たとの情報が入っています]
「サジ、戦争ってこんなに死ぬ人少なかったっけ?」
何かおかしい、とルイスが尋ねた。
「う……うん……この前のタリビアとセイロン島もそうだったけど、それだけガンダムが圧倒的っていう事なのかな……」
サジも良く分からない、という風に答えた。
「でも、それにしてはモビルスーツの大破数と戦死者数が全然合ってないじゃない」
「うん、全然合ってないね。CBができるだけ人が死なないように配慮してるって事なんじゃないかな」
配慮しているのはQB。
「うーん、そうかもね。QBがまた出たっていうのも関係あるのかもしれないし。セイロン島にタリビア、これで三度目」
「戦闘の映像はJNNじゃ流れないから真相は分からないけどね」
考え込むように二人は話していた。
[ただ今、現地入りした池田特派員と中継が繋がったようです。現場の状況を伝えてもらいましょう。池田さん、お願いします]
映像がモラリアに中継され、池田特派員が映る。
[っあ、はい。池田です。私は今、モラリアの首都、リベールに来ています。見えるでしょうか? 今回の戦闘、市街地に一切被害は無い模様です。ここに来るまでにも確認しましたが、市街地は無傷であるのを確認しました]
映像には確かに、何の損傷も無い、市街地の様子が流れる。
[市民の方にインタビューした所、航空部隊が飛行しているのを見なかった、というコメントを幾つも受けています。非常に不可解ですが、これがQBによるものなのかは分かりません]
それに対し、JNNのアナウンサーが尋ねる。
[私設武装組織CBから犯行声明のようなものは出されていませんか?]
[えー、そのような情報は、私の所には入って来ていません]
池田特派員が答えた。
[分かりました。引き続き情報が入り次第、詳細情報をお伝えします]
まだ、介入が終わってから数時間であるにしても、ニュースで伝えられた情報が、間違っているのではないか、と思えるような内容であった。
世界は死者数の少なさに驚きはしたものの、だからといってCBの行為を正当化することはできないという点では世界共通の認識。
謎は深まるものの、着実にCBに対し世界の関心は集まり、排斥運動も起こり始める。
その後のニュースでも、今回の大規模戦闘の詳細はQBの事を含め、AEUの情報統制と、モラリアへの圧力により、伏せられた。
派遣したAEUのモビルスーツ部隊が、パイロットがQBによって操作されたとはいえ、働かなかったが為に全滅した上、兵士に死者がいないというのはとても公表できるような内容では無い。
そんな事を公表すれば、モラリアを抱え込むAEUの計画が台無しになる可能性すらあるからであった。
リボンズ・アルマークは数日前にアレハンドロ・コーナーの元に戻り、連絡を入れなかった事について釈明を、抜かりなく行い、再びアレハンドロの従者としての位置に戻っていた。
アレハンドロにしてみれば、怪しいことこの上ないが、いずれにせよ、リボンズがいなければどうにもならないので、出て行けとは口が裂けても言えないのが実際の所であった。
それ以来、リボンズとアレハンドロの関係に明らかに見えない壁のようなものができたが、リボンズにしてみれば、迷惑な事この上なく、思考が筒抜けと言うのが更に腹立たしいが、QBを恨まずにはいられなかった。
ともあれ、最終的にリボンズはアレハンドロを抹殺、そして、CBの監視者を行っている人間達を抹殺してしまえば、それ程問題は無い為、今は我慢。
耐える時である。
―CB所有・南国島―
ガンダム四機は島に帰投し、スメラギ達三人はホテルへと戻っていた。
そこで暗号通信が繋がれ、ブリーフィングルームで四人のガンダムマイスターとスメラギの間で刹那の件について話が始まった。
[刹那、一瞬コクピットを開けてすぐ閉めたのはどういう事だったのかしら? ただの操作ミス?]
モニターにスメラギの顔が映る。
しばらく刹那が沈黙を貫いた所、口を開いた。
「俺が開けたら、QBにすぐ閉められた」
紛れもない事実。
「はぁ?」
「何だって?」
[えっと……刹那、あなたが自分で開けて、QBが閉めたの?]
訳がわからない、とばかりにロックオンとアレルヤが声を出し、スメラギが頭が痛い、と眉間に手を当てて尋ねた。
「そうだ」
短く肯定。
その様子をティエリアは無言で見つめる。
[どうして、開けたの?]
まるで子供がイタズラをした原因を聞くかのよう。
しかし、刹那は沈黙を保ったまま答えない。
痺れを切らして、ロックオンが言う。
「おい、理由ぐらい言えって」
仕方なく、刹那が口を開く。
「……確認」
[確認?]
「あ?」
スメラギとロックオンが疑問で返す。
「確認を、しようと思った。PMCのイナクトのパイロットの確認」
刹那が説明した。
その言葉に、ロックオンは渋い顔をして言う。
「あのイナクトのパイロットか……。尋常じゃねぇのは確かだが、コクピットを開けようとする理由にはならないだろ。それとも知ってる奴だったのか?」
刹那が頷く。
「ああ。QBに教えられた」
[またQB……。で、それが誰だったのかは教えてもらえるのかしら?]
スメラギがまたか、と溜息をついて一応尋ねた。
「……今は一人で考えたい」
刹那はこれ以上は言わないというオーラを出して言った。
そこでティエリアが冷淡な声で言う。
「刹那・F・セイエイ。ガンダムマイスターの正体は、太陽炉と同じSレベルでの秘匿義務がある。動機がなんであろうと、戦闘中にコクピットを開け、あまつさえ姿を晒そうとするなど、君はガンダムマイスターに相応しくない」
しかし、その発言を聞いたロックオン、アレルヤ、スメラギの三人は微妙な表情をした。
どこかでつい最近似たような事を聞いたことがあるな、と。
スメラギ達はつい昨日まであの様だったティエリアが言えた義理か、と思わざるを得ない。
当のティエリア本人も僕が言えた義理ではないが……と心中は穏やかではなかった。
言うなれば同族嫌悪。
空気が悪くなるのを察知して、疲れたようにスメラギが口を開く。
[まあ、今回はQBのお陰とは言え未遂に終わったのだし、刹那もそのイナクトのパイロットが誰なのか分かったというのだから二度と同じ相手にコクピットを開けたりはしないでしょう。もう二度と、今回みたいなことはしないように、良いわね、刹那]
「ああ。了解した」
刹那は低い声で応答した。
[できるだけ早いうちに、そのパイロットについて話す気になる事を待ってるわね]
スメラギがそう纏めて、この件は終了した。
しかし、そこへイアン・ヴァスティが血相を変えて駆けつける。
「大変なことになってるぞ!」
「何があった? おやっさん」
[イアン、まさか]
ロックオンが尋ね、スメラギが察知する。
イアンが説明を続ける。
「そのまさかだ。世界の主要都市七ヶ所で、同時にテロが起こった!」
「何だって?」
「多発テロ?」
[やはり、起きてしまったのね……]
ロックオンが驚き、刹那が瞬きをして言い、スメラギが予想通りだ……と嘆いた。
「被害状況は?」
冷静にアレルヤが尋ね、イアンが説明する。
「駅や商業施設で時限式爆弾を使ったらしい。爆発の規模はそれほどでもないらしいが、人が多く集まる所を狙われた。……100人以上の人間が命を落としたそうだ」
「く……なんて事だ」
アレルヤが肩を震わせる。
僕達が直接出した死者数よりも遥かに多いじゃないか……。
QBのお陰による所が大部分であるが。
そこへ更にモニターに王留美が現れる。
[ガンダムマイスターの皆さん、同時テロ実行犯から、たった今ネットワークを通じて、犯行声明文が公開されました]
「む」
[王留美……]
王留美が淡々と報告を続ける。
[ソレスタルビーイングが武力介入を中止し、武装解除を行わない限り、今後も世界中に無差別報復を行っていくと言っています]
ティエリアが想定の範囲内とばかりに言う。
「……やはり目的は我々か」
「その声明を出した組織は?」
アレルヤが尋ねる。
[不明です。エージェントからの調査報告があるまで、マイスターは現地で待機して下さい。スメラギ・李・ノリエガ、イアン・ヴァスティも失礼。では]
言って、王留美はこれからすぐ調査に入る為、通信を切断した。
「どこのどいつかわからねぇが、やってくれるじゃねぇか」
腹立たしそうにロックオンが言い、アレルヤが呟く。
「無差別殺人による脅迫……」
「何と愚かな……。だが、我々が武力介入を止める事はできない」
選択肢は無いと、顔を伏せてティエリアが言った。
そこまで煽るような発言では無いが、意外にもティエリアの言葉に重ねて口を開いたのは刹那。
「そうだ。その組織は、テロという紛争を起こした。ならば、その紛争に武力で介入するのがCB。……行動するのは、俺達ガンダムマイスターだ」
その目には迷いは一切無かった。
ロックオンが声を漏らす。
「刹那……」
そして、スメラギが一度瞼を閉じ、再び開けて通達する。
[刹那……。その通りね。エージェントの調査が終わり、テロ組織の位置が分かり次第、CBは武力介入を行います]
「了解」「了解」「……了解」「了解」
ガンダムマイスターは返答した。
その中で、アレルヤは思った。
刹那とティエリア、仲が悪いようで、そうかと思えば息が合ったり……何だかんだ似たもの同士なのかな、と。
かくして、これより世に一気に強力な負の感情が喚起される。
テロを起こしたのはテロ組織に間違いはないが、平和な日常を壊された国々の市民にしてみれば、大問題。
これまでのCBの活動ではそれ程ではなかったが、ここに来て、身近に死の可能性が感じられるようになる。
そして、その感情の矛先は、テロリストではなく、その根本的原因、つまりCBへと向き、集中していく。
―日本・群馬県見滝原市か、はたまたどこかの都心のビル屋上―
先日と変わらず、ビル風に美しく長く黒髪をたなびかせ、300年近く経っても劣化することの無い赤いリボンが印象的な少女がいた。
紫色の結晶の浄化を行いながら彼女はQBに言う。
「また世界同時多発テロが起きたわね」
まるで彼女は風景を眺めるかのような素振り。
普通の人間に比べると、遙かに長い時の流れを見てきた彼女にしてみれば、悲しみと憎しみばかりが繰り返されるのはこの世の常。
彼女にしてみれば、テロですらまたか、と言える程度のもの。
つい最近だと約十年前の太陽光発電紛争の時もそうだったかしら、と。
「そうだね。これからしばらく、障気が濃くなるよ。魔獣どももそれに比例して湧いてくる」
QBは淡々と言った。
「……分かっているわ。私は出てくる魔獣を倒す、それだけよ」
そうはっきり言って、彼女は黒い結晶を放り投げた。
QBはそれを尻尾でバウンドさせ、うまく背中へと取り込む。
「頼もしいね、暁美ほむら」
心のこもらない口調で彼女がそうですか、と返す。
「それはどうも」
「僕らは君を評価しているんだよ」
なんと言っても、未だかつて300年近くも戦い続ける事ができる魔法少女なんて君だけだからね。
魔法の単純な最高威力では暁美ほむらを上回る魔法少女はこれまでにも多くいたけれど、その彼女たちのどれもが、長くてもせいぜい数十年が限界。
QBにとって彼女を評価するのは当然であった。
「そう」
彼女は別に嬉しくも無いと素っ気なく答え、結晶を放りなげながら、思ったことを呟く。
「……新米魔法少女がまた増えそうね」
「うん、今日はいつもよりも増えたよ」
テロに遭った当事者や、その関係者の少女が主な対象。
悲劇が起きると、魔法少女の契約数は必然的に増えやすい。
瀕死の状態で判断がおぼつかない時や精神的に動揺している少女たちの前に現れると、彼女たちは願いをすぐに口にする。
しかし、これも、これまで散々繰り返されて来ている事。
「仕事が早いわね」
少女は髪を軽く掻き上げて皮肉を言った。
「それが僕らの役目だからね」
当然だよね、とQBが言った。
「どうでも良いと言えばどうでも良いけれど、あなたたち、どうしてCBに接触したのかしら。あなたたちの根本的な目的は自明だけれど」
結晶を放り投げて言った。
彼女には疑問であった。
わざわざ世界にその姿をQBが現したこと。
明らかに今まで無いパターン。
新規契約者を増やすのであれば、CBの仲間と思われるような行為を自らするなど、少し姿の形状を変えればいいだけだとしても、QBにしてみれば最善とは思えない。
どこまでいっても、QBの目的が負の感情の回収なのは変わらないのは分かり切っているが実に不可解。
「効率的だからさ」
QBは背中でキャッチしながら、詳しいことは答えない。
当然理由はイノベイドの存在。
人間を相手取らなくても、ひたすら作ればいいだけであり、尚かつ、脳量子波のお陰で思考が全部筒抜け。
消滅という彼女たちにとっての死の形を恐れる事なく、そして魔獣に向かって、ソウルジェムの消耗を一切気にせず特攻に近い事もできる、卓越した戦闘技術を備えた魔法少女部隊。
一人一人の限界性能はそれ程高くは無いとはいえ、これを都合が良いと言う以外に、何と言えようか。
加えてヴェーダによって情報収集もする事ができる。
一方的に利用すると大抵人間は怒りという感情を見せるのは理解している為、QBは一応協力する事で対価を払っているつもり。
実際、CBにはある意味大きな貸しを作っている。
とはいえ、CBが活動すると感情エネルギー回収が大いに進むので、便乗しているのは間違いないが。
「そう。あなたたちがそう判断したなら、そうなのでしょうね」
まともに答えないだろうとは思っていたわ、と彼女は言った。
「そうだよ」
そして、彼女はその日QBにもう一つだけ質問をする。
「契約者数を増やすのなら、わざわざモラリアで死者を出さないようにあそこまでする意味はあったのかしら? どちらが得かいつも通り天秤にかけて判断しただけなのでしょうけど」
流れ弾や墜落機が発生しないように航空部隊を無力化したのは、寧ろ負の感情を喚起するのを抑えているようですらあり、何より新規魔法少女との契約の機会を逃しているように思えてならない。
QBにしては死者を出さないようにしている事すら目的の為とはいえ、その点について評価はできるけれど。
「もちろんあったよ。僕らは死者を出さない方が効率的だと判断したのさ。CBは全世界に注目を浴びる存在だからね」
QBは少女の質問に肯定した。
負の感情は無事生き残った軍関係者の絶望である程度相殺できている。
人間は自身に認識できない余りに遠く離れた場所で人の死というものに実感が沸きにくいので、局所的な死者が出ることはそれほど効果的ではない。
重要なのはCBという世界に楔を打つ、人々の心理に潜在的に訴えかける存在そのもの。
「局所的なものよりも、全体を取ったという事、ね」
大体そういう事か、と彼女は理解した様子で言った。
イノベイドやヴェーダの存在など思いもよらないので、そう結論づけて、そして彼女はまとめて複数の黒い結晶を放り投げ、両の掌を上に向けたポーズを取る。
QBはそれを上手く全てキャッチし、どことなく美味しそうに背中で飲み込んだが、納得に至ったように見える少女にもう一度肯定の言葉を述べはしなかった。
罪なき者が死んでいく。
それも計画の一部というなら、ガンダムに課せられた罪の何と大きなことなのか。
だがQBに罪の意識など無い。
刹那、運命の人と出会うのか。