―月・裏面極秘施設―
人工生命体イノベイド、リボンズ・アルマークは最初に造られた一人。
塩基配列パターンは0026。
QBの頼みによって同じ塩基配列パターンのイノベイドが急造され、生体ポッドから誕生した。
それに伴い、リボンズはこの月の裏面極秘施設に再び来る時に備え、適切に情報改竄を行い、後をそのイノベイドに任せて去った。
無性であるマイスタータイプではない為、性別は女性、生体年齢は別に魔法少女にも合わせる事も無く、成人。
ライトグリーンの髪色が特徴的な女性。
ヴェーダにもイノベイドを製造する事からその情報は登録され、名前はマリア・マギカ。
言わば魔法少女の母とでも意識するようなネーミングであった。
マリアとリボンズの別れ際の会話は、非常に事務的。
マリアという名前の割には、彼女の母性と呼べる感情は極限まで希薄化されていた。
これから彼女が製造を行う量産少女型イノベイドは、須らく魔法少女となり、いずれ死体も残さず消滅する運命にある。
ある程度の感情は必要だが、製造するイノベイドに対して情を抱く必要性は皆無。
それ故の、該当感情の希薄化。
「マリア、イノベイドの製造と調整、頼むね」
QBが既に端末に向かって作業を開始しているマリアの肩に乗って言った。
「了解。塩基配列パターン8686のイノベイドの製造作業を続行します」
遺伝情報基は、純粋な日本人である、そして歴代最強にして、現在最長齢でもある魔法少女。
元々彼女の遺伝情報には心臓や目に疾患があったが、その点については調整が施され、塩基配列パターン8686として製造される事になった。
この量産型イノベイド製造計画はヴェーダのレベル7の情報の中でも極秘事項として扱われ、アクセスできるイノベイドはリボンズ・アルマークと、例外的にマリア・マギカのみ。
レベル7にアクセスできるティエリア・アーデにも、この情報を見つける事はできない。
ともあれ、ティエリアはそれどころではないが。
ヴェーダ自体の判断は既にQBにハッキングされてしまったからのか、はたまた、元々イオリアの計画の中に異星生命体との来るべき対話が含まれていた事からスムーズに受け入れられたのか……真相はどちらにせよ、この計画は推奨された。
実際、異星生命体QBが必要とする魔法少女、そしてその狩るべき対象の魔獣について、イノベイド魔法少女を端末として情報を集める事ができ、確かに対話への足掛かりとなるのは紛れもない事実。
かくして、ティエリアが勝手に独房に引きこもってしまった一週間以上の間に、塩基配列パターン8686の容姿端麗な美しい黒髪の少女がまず初めに七人、そしてそれ以後同様に……と誕生しだした。
そして量産型魔法少女部隊となる記念すべき初の七人が誕生した時。
オリジナルの少女とは異なり、機動性を重視し全員黒髪ショートヘアーの少女七人がQBの前に整列する。
「さあ、教えてごらん。ホムラ001から007。君たちはどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?」
QBは怪しげなその紅い双眸で、少女達を見つめ、問いかけた。
『円環の理に導かれるその時まで、私は戦い続けたい!』
少女たちは迷うこと無く、願いとも呼べないような願いを口を揃えて言った。
誕生する前からの調整によって、QBにとって都合の良い願いを彼女達が口にする事は、幸か不幸かなど関係なく、決まっていたのだ。
この願いの強さが、オリジナルの少女の想いに比べれば、絶対的に弱いものだとしても。
瞬間、彼女たちは皆揃って苦悶の声を上げ始め、胸の辺りから紫色の輝く結晶が出現する。
「契約は成立だ。君たちの祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を!」
QBが高らかに宣言して、少女たちは目の前に出現した結晶を両手で掴んで、その新たな力を手にした。
……余りにも労力のかからない魔法少女たちの誕生。
彼女たちが人間の魔法少女と決定的に異なるのは脳量子波の操作が可能である事、そして初めから備わった卓越した戦闘技術。
故に、連携して魔獣を倒すことが、人間の魔法少女で組まれたチームよりも最初から、遥かに上手い。
QBは当然だよね、と彼女たちをマリアに輸送機を手配させ、地上へと送り出すのだった。
その活動が表に現れる事は、無い。
―南アフリカ地域・鉱物資源採掘現場―
夜、三日月が夜空に浮かぶ中、ロックオン・ストラトスが先日介入した現場を見まわる人物がいた。
辺りにはロックオンが破壊したワークローダーが放棄した機関砲や、ワークローダー本体が散乱。
「ったぁく、酷ぇもんだなぁ……C何たらってのはよ。ここにある石っころが採れなきゃー、この国の経済は破綻。その影響を受ける国や企業がどんだけあるか……。戦争を止められりゃぁ、下々の者がどうなっても良いらしいやぁ……」
赤味がかった髪と、同じく赤味がかった長く伸びた顎髭が特徴的、野蛮な印象のあるアリー・アル・サーシェスはそう文句を垂れながら、部下を後ろに引き連れながら言った。
そこへ、ダミ声でもう一人部下が携帯を持って現れる。
「隊長ぉ、PMCトラストから入電ッス」
サーシェスはそれを右手に受け取り、耳にあてて、重苦しく口を開く。
「アリー・アル・サーシェスだ。……ぉい、現地まで派遣しておいてキャンセルってのはどういうこった! 戦争屋は戦ってなんぼなんだよぉ! このままじゃモラリアは崩壊すっぞ!」
電話先の相手に怒鳴り、サーシェスは返答を待つ。
「……わかった。本部に戻る」
諦めたように息を吐いて携帯を下ろした。
「何か?」
後ろに控えていた、副官が尋ねた。
サーシェスは意味深に笑い、顔だけ向けて答える。
「ん、フフ。ようやく重い腰を上げやがったぁ。AEUのお偉いさん方がな……」
AEU中央議会では首脳達の間でモラリアへの軍隊派遣についての議論が交わされていた。
AEUはアフリカの軌道エレベーターによる電力送信は始まっているものの、軌道エレベーターそのものの各種施設は未だ完成しておらず、人革連とUNIONに比べ、宇宙開発計画が明らかに遅れている。
AEUがその宇宙開発計画を推進する為にはモラリア共和国のPMCという、傭兵の派遣、兵士の育成、兵器輸送および兵器開発、軍隊維持、それらをビジネスで請け負う民間軍事会社が必要不可欠と考えられていた。
ヨーロッパ南部に位置する小国、モラリア共和国は人口自体は18万と少ないが、300万を超える外国人労働者が国内に在住。
約四千社ある民間企業の二割がPMCによって占められている程PMCは重要な存在。
明らかに紛争を幇助する企業であるが、これまで未だにCBの攻撃対象にならなかったのはヴェーダの判断による所が大きい。
CBの活動により世界の戦争が縮小していけばビジネスは成り立たなくなり、そしていずれ自滅して消滅する可能性も鑑みて、これまで介入は行われ無かった。
実際、既にモラリアの経済は縮小しつつあり、モラリアとしては最悪国家そのものが崩壊しないように、どうにかして経済を立て直す必要がある。
一方、AEUは一刻も早く太陽光発電システムを完全に完成させて、コロニー開発に乗り出したいが、その為には、民間軍事会社の人材と技術が不可欠。
結果両者の利害の一致もあり、例えCBと事を構えてでも、行動を起こす必要がある。
モラリアは例え自国が戦場になったとしても、AEUの援助が必要であり、AEUは軍隊をモラリアに派遣し合同軍事演習という形で距離を近づけたい。
予想通り、CBが武力介入に現れて、戦闘になったとして、もしガンダムを鹵獲できれば僥倖、完全に完敗したとしてもメリットがある。
ただ合同軍事演習を催しただけにも関わらず、ガンダムによる武力介入を受けたAEUは、国民感情に後押しされて、軍備増強路線を邁進する事が可能になるという、メリットが。
加えて、派遣そのもので、モラリアに貸しを作る事で、PMCとの連携を密接にすることができる。
以上が、筋書き。
―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―
フェルト・グレイスが淡々と報告をする。
「GNドライブ、接続良好。GN粒子のチャージ状況、現在75%。散布状況、40%に固定。有視界領域にアンノウン無し」
同じくオペレート席に座るクリスティナ・シエラがそこで、ラッセ・アイオンとリヒテンダール・ツエーリの方を向いて言う。
「ねえ……もう一週間以上経っちゃってるんだけど」
「何がだ?」
ラッセがクリスティナを見ることなく、特に何も考えず聞き返した。
「ティエリアの事。ずっと引きこもったままじゃない。放っておいていいの?」
溜息をついてクリスティナが言った。
「放っとけ放っとけ。スメラギ・李・ノリエガも言ってたが、どっちにしたってティエリアがヴァーチェを降りる事は無理なんだからよ」
なるようになるさ、とラッセは軽く答えた。
ヴァーチェに隠されるナドレの存在はスメラギとイアン・ヴァスティ、そしてティエリア・アーデ本人など、CBメンバーでも一部の者しか知らない。
ナドレのトライアルシステムを起動できるのは脳量子波を操る事ができるティエリアだけ。
事情を知らないものの、そういう事じゃないのよ、とクリスティナは言う。
「それが機密事項だからなのは分かるけど、食事を運ぶ私の身にもなってよ」
刺激しないようにするのが気まずくて面倒だ、とクリスティナの悩みの種になっていた。
CBメンバーに無駄な心労が波及していく。
「なら、俺が代わりに運びましょうか?」
そこへリヒティが振り返り、気さくに提案した。
「えっ、本当? 優しい!」
ややわざとらしく、クリスティナは両手を合わせて感謝した。
「それほどでも……」
リヒティは頭を掻いて照れた。
そのやり取りに、ラッセはやれやれ……と、フェルトは完全無視で指を動かし続けるのだった。
軽く子守が必要になってきているティエリアは、ガンダムマイスターではなく、ここ最近最早荷物と化していた。
当の本人は独房で真っ白に燃え尽きたような様子で、ひたすらうなだれていた。
僕はガンダムマイスター失格だっ……。
頭の中を後悔がぐるぐると回り続け、ティエリアは出口に到達できなかった。
しかし、そこへ、いつまでもそうしていられると困ると独房の扉を開いたのはスメラギ。
「スメラギ・李・ノリエガ……」
一瞬だけ視線を向けたティエリアに、スメラギは溜息をついて言う。
「もう反省は充分でしょ。あなたの力が必要なの、ティエリア」
「ミッション……ですか」
「モラリア共和国大統領が、AEU主要三ヶ国の外相と極秘裏に会談を行っているって情報が入ったわ」
そのスメラギの言葉にティエリアが僅かに反応する。
「モラリア……。PMC」
スメラギが頷く。
「そうよ」
「……我々に対する挑戦、ですか」
次第にティエリアに色が復活していくよう。
「ハードなミッションになるわ。私達も地上に降りて、バックアップに回ります」
スメラギは腕を組んで、ティエリアを見下ろす形で言ったが、まだ反応が薄い。
時間も余り無いのでついに我慢の限界に達したスメラギはキレた。
「……ティーエーリーアッ! さっさとここから出なさいッ!! 直ちに出撃準備に取り掛かって! あなたヴァーチェのガンダムマイスターなのよ!」
ブリッジのメンバーにも聞こえるような大声でスメラギは怒鳴り、ティエリアの両肩をガクガクと揺すり命令した。
「りょ……了解」
揺すられた事で眼鏡がズレたティエリアはスメラギの様子に呆気に取られながらも、なんとか答えた。
「だらしがない。シャキッとしてもう一回!」
スメラギの怒りは収まらない。
「りょ、了解!」
気圧されたティエリアは、目を見開き、改めて了解を口に出して勢い良く立ち上がり、いそいそと出撃準備に入るべく独房から出て行った。
対して、怒鳴り散らしたスメラギは、子供じゃないんだから全く……それに若さが減るじゃない……と嘆きの想いを心に秘めながらも、ブリッジに向かい残りのクルーにミッション開始を伝えた。
クリスティナ達はスメラギが入って来た瞬間、ギョッとした。
怒らせると怖い、と。
人革連ではソーマ・ピーリスのティエレンタオツーでの性能実験が上手く行き、問題無く日々過ぎる一方で、マリナ・イスマイールはフランスの外務省を訪れて太陽光発電の技術支援を求めたが、得られたのは食糧支援の続行のみ、と慣れない外交に苦慮していた。
そんな中、モラリアで行われる合同軍事演習について、それを注視する者達は動向を眺めていた。
―モラリア空軍基地―
基地に向けて、AEUのイナクトが三機飛翔していく。
「ヒィー! ヤッホォォォー!!」
雄叫びを上げて先頭を進むのはパトリック・コーラサワー。
[こちらモラリア空軍基地。着陸を許可します。七番滑走路を使用してください]
それに対して、管制官が通信を入れる。
パトリックの乗るイナクトは自己主張をするかのごとく、管制塔ギリギリをわざと飛ぶ。
職員達は何事かと騒ぐのも知らず、イナクトはそのまま滑走路に着陸してコクピットを開けた。
中から颯爽と出たパトリックはスチャッと左腕をほぼ直角に曲げて上げ、登場の挨拶をする。
「よぉ! AEUのエース、パトリック・コーラサワーだぁ」
自信満々に言い、続けて左人差し指をモラリア軍兵士達に向ける。
「助太刀するぜ! モラリア空軍の諸君?」
その態度に、モラリア軍兵士達は唖然とする。
しかしそれも無視して、パトリックは空を見上げて言う。
「早く来いよガンダムぅ! ギッタギッタにしてやっからよぉ!」
一方CBのメンバー達も動き出し、邸宅にて紅龍が王留美モラリアの情報を伝え、王留美はモビルスーツの総数130機という言葉に最大規模のミッションである事を感じ取り「世界はCBを注視せざるを得なくなる……」と呟いた。
UNIONの軌道エレベーターで地上に下りていたスメラギ、クリスティナ、フェルトの三人はホテルに部屋を取っていたが、モラリアへの直行便が翌日である事から、それぞれ街に出かけて行った。
フェルトはクリスティナに無理矢理連れられて買い物に、スメラギはビリー・カタギリを誘い、酒を飲みに……と。
―CB所有・南国島―
アレルヤ・ハプティズムとロックオン・ストラトス、それに加え、CBの総合整備士であるイアンがエクシアの到着を出迎えた。
コクピットから刹那・F・セイエイが現れ降りて来る。
「おお! 久しぶりだな、刹那」
軽くイアンが声を掛けた。
「イアン・ヴァスティ」
刹那がイアンを見て言った。
イアンは腕を組んで言う。
「一刻も早く、お前に届けたい物があってなぁ」
ロックオンが手を上げて喜ばせるように言う。
「見てのお楽しみって奴」
「プレゼント! プレゼント!」
HAROが音声を出す。
イアンが後ろを示して言う。
「デュナメスの追加武装は、一足先に実装させて貰った」
そこに見えるのは、既に取り付けられているデュナメスのシールド。
続けてイアンが水色のコンテナをタイミング良く開けながら言う。
「で、お前さんのはこいつだ。……エクシア専用、GNブレイド。GNソードと同じ高圧縮した粒子を放出、厚さ3mのEカーボンを難なく切断、できる。どぉだ、感動したか?」
どうだ壮観だろ、とエクシアの新たな実体剣の解説がなされた。
「GNブレイド……」
刹那はそれを見上げ呟いた。
「ガンダムセブンソード。ようやくエクシアの開発コードらしくなったんじゃないか?」
ロックオンが言うと、何も言わずに刹那はエクシアへ踵を返した。
その様子にイアンはその態度は何だと唸って言う。
「何だあいつは? 大急ぎでこんな島くんだりまで運んで来たんだぞ? 少しは感謝ってもんをだなぁ」
最近の若いもんは、とイアンは文句を言った。
アレルヤが苦笑して言う。
「十分感謝していますよ、刹那は」
「えぇ?」
何が、とイアンはアレルヤを見る。
「ああ、刹那は、エクシアにどっぷりだかんなぁ」
ロックオンが引き継ぐように刹那の様子を見ながら言った。
「エクシア……俺のガンダム」
刹那はエクシアを見上げて呟いた。
そういう事か、と刹那様子を眺めながら、イアンはアレルヤとロックオンに尋ねる。
「で、あのQBってのは何なんだ。映像を見た時は腰が抜けるかと思ったぞ」
地上にいたイアンはQBがガンダムマイスター達に接触していたのを知らなかった。
CBのエージェント達はQBのビデオメッセージに何事かと皆一律驚愕していた。
「あの映像の通り、異星生命体だとよ。あのQBが勝手してくれるお陰で、死者が殆ど出てないのだけは評価できるさ。次のミッションでも現れるかどうか、もし出たら取っ捕まえてやる」
ロックオンが説明した。
「味方なのか? というより、見たのか?」
あの生物、本当にいるのか、とイアンは驚いた。
アレルヤが言う。
「ええ、現れましたよ。僕達ガンダムマイスターの前にだけですが」
「殆ど会話にならない訳がわからない奴だ」
困ったもんだとアレルヤとロックオンは口々に言った。
「はぁ、何だかよう分からんが、活動そのものに支障が出てないのは幸いか。確かに死者が出とらんのは良い事だろうな。……だが、異星生命体だというのが本当なら、世紀の大発見じゃないか」
イアンは結局要領を得ないと感想を漏らしながらも、異星体がいたら凄い事だろ、と言った。
「その筈なんですがね……どうにも」
「ああ、全然嬉しくないんだよな」
ガンダムマイスターの正直な感想はこうであった。
そこへ、音を立ててヴァーチェが丁度降下してくるのが見える。
「ティエリアも来たか」
気がついたイアンが待ちかねたように言った。
「やれやれ……」
「やれやれ……ですね」
ティエリア事件を知っている二人は会って何と声をかけたら良いものかと、気が重かった。
―PMC・武器格納庫―
サーシェスとPMCの職員が会話をしていた。
「合同演習ねぇ。まさかAEUが参加するとは思わなかったぜ」
「外交努力の賜物だ。我々ばかりがハズレを引く訳にはいかんよ。AEUにも骨を折って貰わなければな」
「ん、ッフフ。違いねぇ」
サーシェスがそう笑うと格納庫の明かりが点灯される。
そこに見えたのは青色のカラーリングが施されたイナクト、にチューンを施されたもの。
「この機体をお前に預けたい」
「AEUの新型かぁ」
「開発実験用の機体だが、わが社の技術部門でチューンを施した」
クスリと笑い、サーシェスが尋ねる。
「こいつでガンダムを倒せ、と?」
「鹵獲しろ」
「ッフ。……言うに事欠いてぇ」
言うもんだ、とサーシェスが呟いた。
「一生遊んで暮らせる額を用意してある」
その職員の言葉に口笛を吹いて言う。
「そいつぁ、大いに魅力的だな。……だが、例のQなんたらとかいうのが出たらどうすんだ?」
「冗談を言うな。あのようなもの、腰抜けの兵士共の迷言にすぎん」
「こりゃ失礼」
人革連とタリビアの一件のQBについての情報をまともに信じていない会話であった。
しかし、サーシェスはタリビア兵の敵前逃亡をある点で評価してはいた。
命あっての物種、と。
―モラリア・王留美の手配した屋敷―
スメラギ達が車で到着し、王留美に案内されて準備に入った。
用意されている機材にヴェーダとのアクセスを行うためのクリスタルキーを穴に挿し込み、モニターを起動させる。
そこに映し出されたのはモラリア、AEU軍、PMCトラストのリアルタイムの配備状況。
スメラギが腕を組んで言う。
「予定通り、00時をもってミッションを開始。目標は私達に敵対するもの全てよ」
「了解」「了解」
クリスティナとフェルトが返答する。
「QB……という例の生物が現れた場合は想定しているのですか?」
王留美が気に掛かる事を尋ねた。
「想定は敢えて、しないわ。今回も皮肉なことに、出現してくれた方が良いと言えば良いけれど、私達はQBに頼らなくても本来やっていけるのだから。もし現れた場合は臨機応変に想定してある変更プランを随時マイスター達に指示する予定です」
スメラギはもう出るなら出てみろ、出たら出たで利用させてもらうと、開き直って対応する決心をしていた。
スメラギは実のところ、QBの行動可能性も考慮して考えなければならない為、無駄に仕事が増えていた。
昨日ビリー・カタギリとQBという異星生命体について人革連とタリビアの一件をベースに色々話す事ができたりもしていたが、それとこれとはミッションに何の関係も無い。
かくして、再びCBのミッションが始まる。
―モラリア圏内直前―
キュリオスとエクシアが先頭、デュナメス、そしてヴァーチェが一番後ろを、ガンダム四機が初の一斉同地点出撃を行って飛翔していた。
山岳地帯を越え、モラリア領内に入った途端、斥候に飛んでいたモラリアのヘリオンがガンダムを視認し、それを報告した。
[敵さんが気づいたみたいだ。各機、ミッションプランに従って行動しろ。暗号回線は常時開けておけよ。ミス・スメラギからの変更プランが来る。それにまたQBが出るかもしれないからな]
ロックオンが三人に指示する。
[了解][了解][了解]
そのままガンダム各機は散開し、それぞれのポイントに向かう。
応戦にとモラリアの地上から対空砲が発射され、その映像が全世界で中継される。
QBは今回出ないのかという時、やはり絶妙のタイミングで出ていた。
それが最初に分かったのは……アレルヤが指定ポイントに到着した時。
[E332に敵飛行部隊……無し……]
当初の戦術であれば、AEUのヘリオン飛行部隊がキュリオスの前方上空に現れる筈であった。
しかし、そこに見えるのは綺麗な青空のみ。
「全く、スメラギさんの予測は外れるな……」
分かっていながらも、アレルヤはげんなりした目をして、皮肉を吐いた。
[アレルヤ、プランQ2に変更よ……ポイントE301]
スメラギから直接即座に対QB用プラン……飛行部隊の癖に離陸すらしていないAEUのヘリオン部隊の単純破壊が指示される。
無論、滑走路からはパイロット達が退避し始め、それに対してQBという単語が飛び交う管制室では指揮官達は叫び声を上げていた。
[了解……]
息を吐いて了承し、キュリオスは一気に高度を落とし、滑走路に鎮座する緑色のヘリオン群をコンテナに搭載してきていたGNミサイルで、周囲に人がいないのを確認して一掃した。
[敵機編隊を撃破。キュリオス、ミッションプランをQ2で維持]
フェルトからの指示が入った。
[了解。介入行動を続ける]
その後も、航空戦力を基本的に相手にする予定だったキュリオスは離陸できない敵機編隊、それも主にAEU軍部隊が鎮座する滑走路を巡り、次々に金属の塊を撃滅していった。
AEUのエース、パトリック・コーラサワー、ガンダムと戦闘を開始する前からQBに敗北。
……一方クリスティナが管制していた二機は、
[デュナメス、ヴァーチェ、D883にて武力介入に移行]
モラリア軍基地地上に直接降下したロックオンは普通に戦闘を開始する事になった。
その場には濃紺色のカラーリング、PMCヘリオン陸戦型モビルスーツ部隊がいた。
「おいおい、アレルヤだけ優遇かよQB。ハロ、シールド制御頼むぜ」
不公平だろ、とロックオンは悪態をつきながらも、行動を開始する。
「マカサレテ! マカサレテ!」
HAROが音声を出し、PMCの傭兵部隊の砲撃をシールドで防ぐ。
その隙に、悠々とロックオンはライフルを構え、次々に戦闘不能にしていった。
「狙い撃つまでもねぇ!」
一方、そのすぐ別のモラリアのヘリオン部隊がいる基地の地上降下したヴァーチェもデュナメスと同様に戦闘を開始した。
[ヴァーチェ、ヘリオン部隊を一掃する]
両腕に構えたGNバズーカをキィィンという音と共に発射し、基地の端から端まで、斜線上のヘリオン陸戦型を跡形もなく消滅させた。
「勿体無いけど、君のガンダムでは仕方が無いね」
一瞬だけ、QBが現れ、そう言って消えた。
「な。……鬱陶しい。だが、同じ轍は踏まないっ……」
ティエリアは目を吊り上げて、二度とコクピット内で銃は撃たないと改めて決意した。
[ミッション、続行する]
CBの司令室では引き続きクリスティナとフェルトのオペレートが続けられる。
「ヴァーチェ、フェイズ1クリア。フェイズ2に入りました」
クリスティナがそう報告し、
「キュリオス、敵航空……勢力を制圧、フェイズ2に突入」
フェルトが航空というには語弊があると感じたのか、一瞬詰まって報告した。
「気にしないで良いのよ、フェルト。デュナメスのミッションプランをC5に変更して」
気持ちは分かるわ、とスメラギが更に指示する。
「了解」
その様子を見ている王留美が唖然として言う。
「これがガンダムマイスターの力……とQBの力……なんて凄いの」
正直信じられない、という顔。
凄いのはQB。
「うぅん……でも、まだまだ始まったばかりよ」
スメラギはこめかみを押さえ、頭を振って言い、クリスティナに尋ねる。
「エクシアの状況は?」
「予定通り、T554で敵部隊と交戦中です」
クリスティナが答えた。
エクシアが戦闘を行っていたのは山岳地帯。
敵勢力はPMCの陸上モビルスーツ部隊。
エクシアのコクピットにはQBがいた。
「勿体無いからできるだけコクピットは切らないで貰えると助かるよ」
「了解」
刹那は簡潔に了承し、GNソードで次々とPMCのヘリオン陸戦型を駆逐していく。
だが了解する相手はそれでいいのか。
[エクシア、フェイズ1終了。フェイズ2へ]
そう言うと同時に、リニアガンが上空からエクシアに向けて発射され、センサー音が鳴り響く。
即座にエクシアは回避運動を取り、弾丸を避ける。
「新型かっ」
その機影を見て、刹那が言った。
「AEUイナクトをPMCが独自改装したものだね」
旋回したPMCイナクトが次々とリニアガンを撃ち、エクシアがそれを回避する中、QBが解説をした。
しかし、回避に合わせてリニアがエクシアを捉え被弾し始める。
「何!?」
刹那が驚いた。
動きが、読まれている……?
PMCイナクトがエクシアに体当たりをかまし、再び旋回しながら、パイロットが音声を出す。
『っははははは! 機体は良くてもパイロットはイマイチのようだなぁ! えぇ? ガンダムさんよぉ!』
サーシェスである。
「あの声……?」
刹那には心当たりがあるような気がする。
『商売の邪魔ばっかしやがってぇ!』
自分勝手なサーシェスの発言を聞き、刹那は昔、知った事のある人物を思い浮かべ息を飲む。
「ま、まさか」
刹那が動揺している所に、PMCイナクトが上空からエクシアに蹴りを入れる。
『こちとらボーナスがかかってんだ!』
PMCイナクトは地上に降り立つ。
「そんなっ……」
刹那が声を出した。
「いただくぜぇ……ガンダム!」
サーシェスは獰猛な笑いを浮かべた。
義によって動くのが人間であるなら、利によって動くのも、また人間である。
だが、常に利によってしか動かないのがQBである。
束の間の勝利、その果てに絶望があるのか。
ガンダムの真価が問われるのか。