ELSはシンプルな生命体である。
ELSが地球圏に飛来して来るのは小型ELSの一つが木星のワームホールを通り抜けて出てみた所、地球から発せられる脳量子波を感知しつつ偶然エウロパに突撃し、そこでQBも混ざってきたので纏めて同化し、地球に自身達と同じく脳量子波を使用する生命体がいるので単純に彼らなりのコミュニケーションを図ろうとしているだけなのである。
ELSに人類への敵対意思は無いのだ。
ただ人類にとって問題なのはELSのコミュニケーション方法が融合だという事で、加えてELSは有機生命体における死の概念を知らない。
ELSは全ての群体合わせ、意識は一つしか持たない生物であり、肥大化した個体内で意識を共有するためには脳量子波が不可欠。
ELSは他者を知ろうとすると同時に、自身達の事を伝えようともしているが、脳量子波による彼らのメッセージは一度に何から何まで全てを纏めて発せられており、その情報量の膨大さは人間の許容量を遥かに凌駕している。
それゆえ、ELSの脳量子波を感知する人々にとっては理解出来ない強烈な「叫び」としか感じられないのである。
ELSがイノベイターに引き寄せられる理由は当然イノベイターが強い脳量子波を持つから。
これまでELSが同化を試みたイノベイター達はELSの直接による「僕らのことを教えてあげるよ!」という親切心からの情報注入を途中で拒否しシャットアウトし全員意識不明の重体で済んでいるが、ELSにしてみれば自己紹介していたら何故か途中で聞いてくれなくなってしまった上、人間側の自己紹介は一切して貰っていないという状態。
依然としてELSは「にんげんよくわからないなー」という所だが、まだまだ諦めていない。
ELSがQ頭身に擬態する理由は、エウロパで人体の形状を学習し、更にQBが既に地球人類と共存しているのを知り「僕らもQB先輩みたいに共存したいんだ! この姿で分かるかな? 今から全部一度に説明するからイノベイターの皆、僕らとお話しようよ!」という意思表示なのである。
しかし、とんでも逆効果であることをELSは知らない。
―AEU領・軌道エレベーター・高軌道ステーション―
カティ・マネキンは自ら志願し、ELSの地球圏進行に対する防衛のため、宇宙艦隊を率いて出撃する事が国連軍で決まっていた。
本作戦にはセルゲイ・スミルノフ大佐、パング・ハーキュリー大佐なども志願しており、それぞれ艦長として指揮する予定であった。
しかし、作戦に向けて準備が進められていた中、政府及び軍上層部へCBからの声明が入り、作戦が修正される。
士官室で端末を見ながらマネキンが呟く。
「CBの有する量子型演算処理システム・ヴェーダに対する一部アクセス権の許可……」
このようなものがCBにはあったというのか……。
技術水準が余りにも違いすぎる……!
これもイオリア・シュヘンベルグが計画のために考案したとでもいうのか……。
だがそうであればこれまでのCBがあれだけの武力介入を行ってこられたのも頷ける。
マネキンは真剣な表情で両手を動かして行く。
ネットワークに接続されるあらゆる情報端末から情報を収集するヴェーダへの一部アクセスが国連軍にも可能になるという事は、迅速な世界情勢のリアルタイムでの現状把握が可能となり、各陣営間での連携に時間がかかっていた問題も同様に素早く済ませられるという事を意味する。
また、CBは国連軍によるELS進行への防衛作戦への参加を表明していたが、これには一つ裏事情が存在した。
国連軍の計画にはイノベイターの軍人を乗せた艦船を囮としてELSの進行ルートを変更させようという計画があった。
しかしそれを察知したCBは、六十億を超える地球市民を守るのが軍人の使命とはいえ非人道的な作戦である事に加え、艦船やMSを同化される事を危惧して介入に入った。
現状ELSは小型と大型のみで構成された群が木星から延々と6億kmを優に超える距離を途切れることなく連なって迫ってきており、超弩級ELSは未だ木星から動いていない。
交戦するとなれば気の遠くなるような消耗戦となるのは確実で、安定した補給体勢の確保が必須。
そのため、それこそ補給もままならない火星圏付近まで出撃しイノベイターを囮とする作戦は打てる手は全て打つと言ってもはっきり言って悪手でしかなく、ヴェーダによる予測でもELS全ての進行ルートを変更できる確率は無残にも0%という数値が弾きだされた。
そして、CBは月軌道付近での地球防衛のプランを国連軍に提示し、その配置は前衛にCB、後衛に国連軍というものであった。
「あのガンダムが数十機……。何なんだこれは……」
マネキンは外観一枚絵のデータのみであるが、作戦に参加予定のガンダムを見て眉間に縦皺を寄せて拳を握りしめた。
第四代ガンダムはマネキンも見た事はあったが、まだ見たこともない第五世代ガンダムと特に量産機であるガンダムオメガの厳密には明示されていないがその総保有数には言葉を出す気力も起きなかった。
改めてCB掃討作戦が不可能である以外にありえないと考えざるを得なかったのである。
そして、この噂は国連軍MSパイロットの間には既に広まっており「そんなにあんなら俺に一機よこせよ、ったく」とゲイリー・ビアッジことアリー・アル・サーシェスは悪態を吐いたとかなんとか。
まだ生きてた。
―月軌道付近・絶対防衛線―
来たるべくして来たる大群ELS出現から95日後。
銀色のELS群の先頭が地球圏に到達し、人類側による防衛戦が既に始まっていた。
コロニー型外宇宙航行母艦CBの司令室からリボンズ・アルマークが通信で指示を出す。
[S31に向けて次弾、GNブラスターライフル、発射]
CB号の付近に展開する真白を基調に一部パーツが黄色くカラーリングを施されたガンダムオメガとこれまで運用され続けていた2ガンダム数十機のツインアイが光る。
銃身は超高濃度圧縮する過程でプラズマを帯び、両腕で構えられたV字のシルエットを描くGNブラスターライフルの先端がELS群の方角を捉え、コクピット内でトリガーが一斉に引かれた。
数十本の最早禍々しい光とも呼べるような粒子ビームが飛ぶ。
地球にひたすら直進するELSの大群を薙ぎ払い、ビームが通った宙域のELSは小型大型に関わらず悉く消滅した。
外観は2ガンダムの特徴を色濃く受け継ぎながら、GNドライヴを肘からアイガンダム以来から続く尖った両肩のショルダーパッド内に格納されているガンダムオメガは、ダブルオークアンタと同様に見た目にはスッキリしているがその性能は間違いなく第五世代。
GNブラスターライフルを撃っているだけの為、2ガンダムとの違いははっきりとはしないが、確実に性能的に向上している。
一射終了と共に、GNブラスターライフルは熱を排出し、各機はその間、機体すぐ側の使用済み自動誘導式大型GN粒子貯蔵タンクのライフルとの有線接続を切り、新たに届いた同タンクに接続を切り替え、GN粒子急速チャージ補助を開始する。
[S29に向けて次弾、GNブラスターライフル、発射]
数秒で次弾が再び発射され、CB号自体からも各砲台からの電子レーザーが絶え間なく発射され、ELSの地球到達を妨害し続ける。
粒子貯蔵タンクがCB号と各機の間を間断無く行き来し、擬似GNドライヴの電力量が少なった機体はCB号に帰投しては迅速にイノベイドパイロットの交代と共に擬似GNドライヴの換装が行われ、完璧にローテーションで動いていた。
CBの戦術予報士スメラギ・李・ノリエガとリボンズ達を中心に三ヶ月の間に考案された長期の継続性、安定性、効率性を最も重視した地球圏防衛の為の戦術プランの一つである。
しかし、これでも撃ち漏らしが発生し、すぐにELSの川が分割する事もまた想定済みであり、そのためのプトレマイオス3とガンダム。
月軌道の外周かつELSの直進コースとならない地点にコロニー型外宇宙航行母艦CBが駐留し、新造のプトレマイオス3とガンダムはそこからやや離れた宙域にいた。
「ここから先へ通す訳にはいかないッ!」
ティエリア・アーデの宣言と共に巨大な武装モジュールを両肩及び頭に纏うように装備する白と紫色のラファエルガンダムはGNブラスターライフルと、二対のGNビッグキャノンの二種類をそれぞれ交互に間断無く放ち、ELSの進行を防ぐ。
実質MS一機分に相当する武装モジュールはツインドライヴの同調の性質上、全て大容量GN粒子コンデンサーに貯蔵されたGN粒子を使用している。
「GNブラスターライフル、発射!」
白く輝く銃身から桃色の粒子ビームが半円を描くように放たれた。
脳量子波遮断スーツ無しには頭痛に苛まれていたアレルヤ・ハプティズムは、ハレルヤが本気を出せばELSの脳量子波を遮断するという他の誰にもできない事をやってのけられる事で、戦線に、しかも最前線で遮断スーツ無しで参加していた。
その発覚時「だったら最初からやって欲しいよ」とアレルヤは速攻で言ったが、ハレルヤは「ずっとやるのは面倒だ」と言って話は終了。
ハレルヤが遮断できると言えどイノベイターの脳量子波を発している事は変わらず自らの存在がELSを引き寄せてしまうが、アレルヤとハレルヤは巡航形態のハルートを完璧に乗りこなし、囮と迎撃の流れを自身で完結させ、繰り返していた。
アリオスを更に越えた速度を出す事のできるハルートは後方を追尾してくるELSの群を余裕を持って引きつけ、
「いくぜぇぇぇッッ!!」
強烈なGのかかる逆噴射でELSが対応し切れない地点に移動しMS形態に変形、再変形を繰り返して軌道角度を急速変更し、サイドコンテナ先端の主砲であるGNキャノンを弧を描く用に放ち引きつけたELSを一網打尽にする。
「まだまだだぁぁァーッ!」
戦意の高揚しているハレルヤはそのままELSの大群の中に単体で突撃して行きMS形態と巡航形態の変形を自由自在に行い360度ありとあらゆる方向にめまぐるしく夥しい量のGNミサイルを発射しGNソードライフル及びGNキャノンからの粒子ビームを連射。
まさに一騎当千の力を存分に発揮して行く。
アレルヤはイノベイターの勘としてはELSと戦うべきではないのは十二分にわかっていたが、対話をするのであれば恐らく超弩級ELSの元に行かなければならず、防衛をしなければならないのも同じで、ハレルヤが「俺らがやらなくても刹那がじきに目を覚ます」とそれこそ直感めいた事を言った。
「ッ!」
そこへハルートに前後から二体の大型が触手を伸ばして迫る。
瞬間、後方の大型の一つが巨大な粒子ビームで中心を貫かれ爆散した。
「ロックオン・ストラトス、狙い撃つぜ!」
「狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!」「狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!」
全く自重していないプトレマイオス3の側で母艦の護衛も兼ねながらほぼ完全安置からサバーニャに搭乗するロックオン・ストラトスは超々長距離GNバスタースナイパーライフルを以て大型ELSを主に狙い撃ち続けていた。
その射程距離、一万kmは余裕で捉える性能。
デュナメス時代の高高度狙撃銃の発展型である。
秒速約70kmもの速度で移動するELSを大型で的が大きいとは言え、ヴェーダのバックアップも相まって超高速演算処理し目標の動きを正確に予測する事で驚異的な命中精度で次々狙い撃つ様は、寧ろ後方に展開する国連軍に目に毒。
「次!」
掛け声と共に、僅かに遅れて見事に粒子ビームが命中する。
また、同じくその付近ではヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、リジェネ・レジェッタがガンダムオメガに、マリー・パーファシーがアリオスに搭乗してGNブラスターライフルを連射していた。
そのガンダム達の問題の母艦である全長300m超、古い型のオリジナルツインドライヴを一対標準搭載するプトレマイオス3の火器管制は豊富。
ガンダムにも搭載されている最新型ビットを船体がプトレマイオス2に比べ更に大きくなった分だけ搭載した結果、プトレマイオス3の周囲には今や200基のGNビットが飛び、粒子ビームを連射していた。
現在大量のハロによってビットは制御され、艦の各所に搭載されているGNキャノンとGNビームガンによる砲撃をラッセ・アイオンとアニュー・リターナーが担当。
プトレマイオス3はCB号と同じく絶対落ちてはいけない艦だが、GNビットが攻撃のみではなく複数基組み合わさる事で高いGNフィールド展開能力を発揮する機会は今はまだ訪れそうには無かった。
[まだ始まったばかりではあるけど、状況は予測通りと言った所かな]
ブリッジのモニターにリボンズが映った。
「ええ。……いつELSの動きにどんな変化があるかは分からないけど、これなら進行を食い止める事はできる。あとは刹那の容態だけど……」
スメラギが心配するように呟いた。
[刹那・F・セイエイは目を覚ますだろう。精密検査の結果では回復の兆候が出ている]
「そう、ね」
[それに……もしそうでなければ、強制的に治療して目を覚まさせる方法もある]
「え……それはまさか」
スメラギはハッとして聞き返すが、リボンズは淡々と言う。
[そういう事だよ。幾ら進行を今は抑えられてはいても、時間が経過すれば経過するほど不確定要素の増えるこの状況をただ無意味に続ける訳にはいかないからね。それに、今更ではある]
「……複雑だけど、最後はそれしかないわね」
スメラギはやや俯いて言った。
[ダブルオークアンタは刹那・F・セイエイ、彼が望んだ彼の為の機体。真のイノベイターである彼が乗ってこそだ。ヴェーダのターミナルユニット設置も既に完了している]
スメラギは頷いて顔を上げる。
「……ええ、分かっているわ。だから今は……」
月軌道の外周でCBとELSが繰り広げる映像に、月軌道の内周に集結していた国連軍の艦隊とMS群はELSの終わりの見えないような進行には絶望感を拭えなかったが、それと同時に、
「信じられない……」
いかにCBが恐ろしいものであるか震撼せずにはいられなかった。
禍々しい粒子ビームを見続ける中、CBはELSがいなければ一体何に、どこでその戦力を使うつもりなのかと、疑問の湧いた国連軍パイロット、士官は多数。
「CBの新型の武装がよもやあれ程の性能を持っていようとは……ガンダムっ」
グラハム・エーカーは妙な感動と動揺の混じる目でブレイヴに乗る中言った。
しかし、時間の経過に連れて彼らはCBの余りにも安定した超長時間の継続戦闘を目の当たりにし、ジワジワとまた違った驚愕をする事になる……。
―中東・アザディスタン王国・王宮―
地上の各地はELSが到達するという確定情報から、シェルターへの避難が進んでいたが、リアルタイムでの報道に僅かばかりの安堵に包まれていた。
[本日、十時間前、地球圏に到達したELSは国連軍とCBにより絶対防衛戦で現在進行を防がれており地上への被害は出ていません……]
月軌道付近での映像を背景としたニュースを見ながらシーリン・バフティヤールが驚きに呟く。
「まさか、あの大群を防いでいるだなんて」
「CBと国連軍が協力している……」
マリナ・イスマイールは両手を合わせ、少し嬉しそうな穏やかな表情を見せた。
「マリナ……そうね」
シーリンはマリナのその言葉に突っ込みたい所はあったが、わざわざ言いはしなかった。
アザディスタン王国ではシェルターに国民が入りきらず、王宮の全施設を開放して受け入れに当たっていた。
中東国家はガンダムのGN粒子散布回数が多い地域であり、イノベイターの人口、イノベイターの因子持ちの人口も多かったが、アザディスタン王国に脳量子波遮断施設を建設する事などできる訳も無く、進行は防がれていようともELSの脳量子波に対する恐怖から彼らが逃れる事は不可能であった。
「せめて、ずっと苦しんでいる人達の苦痛を和らげる事ができたらいいのだけど……」
マリナは脳量子波の影響を受けている民の姿を思い出しながら胸に手を当てた。
「……無理な物を欲しがっても仕方ないわ。ELSの進行が防がれているだけでも奇跡みたいなものなのに正直この状況が延々と続くようであれば、食料の問題を始めとしてじき辛くなるのは時間の問題よ」
「分かっているわ、シーリン。今、私達に出来る限りの事をしましょう」
この世界情勢においても優しさの伺える表情の変わらないマリナにシーリンはふっと表情を和らげる。
「……そうね。パニックの抑制、民のストレスの緩和、世界平和の象徴のマリナ様の指導力、期待しているわ。私も食糧支援の手配、取り付けられるように動いてみるわ」
木星からのELS進行は昼夜を問うこと無く続く。
夜も更け、眠りに就く時間になった地域の人々の多くは翌朝起きて無事に朝を迎えられるのかと心配で決して良くは眠れない。
そして時間の経過と共に再び今度は朝が訪れれば、絶対防衛戦でELS進行が食い止められているという情報を自身の目で確認にしなければ落ち着けない。
しかしそれよりもやはり過酷なのは前線。
まず一日、24時間の必死の防衛をCBは予てより決めていたローテーションにより交代で休みを取りながら乗り越えるも、しかし日付の変わり目など関係なく対処は延々と続く。
イノベイドがいなければ確実に終わっていたのはコロニー型外宇宙航行母艦CBで言える事だが、プトレマイオス3においても当然に言える事であった。
―CBS-77プトレマイオス3―
コロニー型外宇宙航行母艦CBにも帰投する事無くプトレマイオス3は活動を継続し、ブリッジにてクリスティナ・シエラが思わず音を上げる。
「つ、疲れる……。いつまで続くのか考えると嫌になってくる……」
「確かにこれは、このままだと来るな……」
プトレマイオス3の緊急時の為の操舵を担当し、現在砲撃を続けるラッセも流石に唸った。
そこへ冷静にアニューが言う。
「……現状は問題ありませんので、私に任せてどちらか休まれますか」
「い、いえ……まだ大丈夫です」
「俺も遠慮しておく」
速攻で二人は遠慮した。
所変わって格納庫にはティエリアが一度帰投し、ラファエルから降りたヘルメットを取った。
「アーデさん! お疲れ様です!」
そこへサッと飲み物を持った白いノーマルスーツを着たミレイナ・ヴァスティが近寄って声を掛けた。
少し疲れの見えるティエリアは一瞬迷って飲み物を受け取って言う。
「ああ、整備を頼む。ミレイナも張り切りすぎて倒れないように気をつけた方が良い。すぐに戻る」
「了解です!」
ピッとミレイナは元気よく敬礼した。
ティエリアは折角受け取った飲み物を飲みながらレバーに掴まって艦内を移動し、ある特別な部屋に向かった。
そこにはアーモンド型の形状の生体ポッドが12基並び、そのうち5基は空、残りの7基には人の姿があった。
ティエリアはパイロットスーツから何から何まで全部脱いで空の生体ポッドに入り、目を閉じた。
同時に一つ隣の生体ポッド内の液体が抜かれ始め、排出が終わるとその塩基配列パターン0988の素体の目がゆっくりと開く。
疲労感の無い寸分違わぬティエリア・アーデの姿。
再びパイロットスーツやら何やらを着て、ティエリアは格納庫へと向かった。
「アーデさん、機体に問題無しです! コンデンサーへの急速粒子充填も完了してるです!」
端末を持ったミレイナはすぐに振り向いて報告した。
直ちにティエリアはラファエルに向かって近づいていく。
「迅速な整備感謝する。すぐに出撃する」
「はい、気をつけて下さいです! シエラさん、ラファエルの発進シークエンスお願いするです!」
コクピットへと入るティエリアに声をかけて、ミレイナはブリッジに通信を入れた。
[了解]
準備が整うとラファエルはカタパルトデッキへの移行を開始する。
[ラファエル、射出準備]
ミレイナは格納庫から移動していくラファエルを館内放送を聞きながら見送る。
[リニアボルテージ上昇、730を突破。射出タイミングを譲渡します」
プトレマイオス3のカタパルトが開き、リニアフィールドのランプ全てが点灯する。
[了解。ラファエル、ティエリア・アーデ、行きます!]
ラファエルはリニアフィールドに火花を散らしながら出撃して行った。
ティエリア、ヒリング、リヴァイヴ、リジェネ、アニューはリボンズの手筈により意識データをヴェーダに完全に保全する形で素体から素体への意識転送を可能とし、そのため疲労の蓄積も二つの体を交互に交換し続ける事で休むこと無く超長時間の継続活動を可能たらしめていた。
「GNブラスターライフル、発射!」
―絶対防衛線・コロニー型外宇宙航行母艦CB―
医療室で意識不明の重体の刹那・F・セイエイは寝ていた。
三ヶ月の間に、詳細な医療データにより容態が落ち着いてきた刹那はここへ来て、苦痛に苛まれ、呻き声を上げ出した。
「っく、ぐぅっ、くぅぅッ、うッ」
その刹那の深層意識は遥か遠くに細い光の出口が見えるが、それ以外はどこまでも暗い闇の広がる中だった。
出口に向かって進むような中、過去の走馬灯のようなものが目の前を過る。
少年兵として銃を持って駆けずり回る姿。
片手に拳銃を持ち、生気の無い表情で歩き続ける姿。
少年兵の仲間が銃弾を浴びて血を出しながら生き絶える姿。
何故かマスード・ラフマディー。
そして叫び声を上げる今の刹那の姿。
刹那は光の出口に向かって手を伸ばすが、掌を見てみると瞬く間に血に濡れた手に代わり、叫び声が轟く。
「うッ、ぁうぐぁァッ!」
医療室の台に体を固定されている刹那は大きく背中を反り返した。
刹那の意識は再び暗闇の中。
(もう何も怖くない)
(怖くはない)
刹那の混濁した意識下に囁くように女性の声が響く。
(もう、いいんだよ)
(もう自分を責めなくていいの)
慈愛に満ちた優しい声が刹那の上に降りてくるようにまた響く。
(いつでもどこにでもいる。誰の傍にだって。あなたの傍にも)
刹那は暗闇の中、静かに目を開く。
遠く、遠くに、小さな光が見えた。
再び前方へと手を伸ばす。
すると意識が地球の地上はクルジスへと舞い降りる。
廃墟と化した建物と乾燥した砂地に一輪の小さな黄色い花が咲き、風に吹かれていた。
花弁の一枚が舞い上がったのを見上げると今度はアザディスタンの王宮。
シーリン達が民に物資を配って周り、マリナが子供の民から黄色い花をそっと受け取る姿が見えた。
再び意識は急速に月軌道付近の宙域に舞い上がる。
CBの仲間達が絶え間なく必死に戦い続ける姿があちこちに見えた。
そして月面には、美しい黒髪に赤いリボンをした紫色を基調とした服装の少女の姿が見えた。
少女は月面を歩き、地球を見てから刹那に振り向く。
(あなたはまだ生きている。生きているのよ)
俺は……生きている……。
(いつだって希望はあるのだから)
希望……。
その言葉を復唱した瞬間。
銀河の果てに十文字に眩い輝きが起こる。
純白の法衣を纏い、宇宙にはためく幾条もの桃色の長い髪に白のリボンを付け、金色の目をした神々しい女性が現れ、両手を差し伸べた。
(最後まで、自分を信じて……!)
(がんばって……!)
刹那はその『希望』に、手を伸ばした。
本話後書き
「もう何も怖くない!」
今回はこれがやりたかっただけです。
歌詞アウトという事は重々承知ですが、これもギリギリアウト……なのでしょうか。
それはともかくとして、感想で戦力について危惧して頂き、それについて完全な言い訳を二つ。
第五世代ガンダム(というより第五世代的な武装)であれば、全てのELSが一斉に来ずに魚群が来るだけであれば、ダブルオークアンタフルセイバーが一週間でELSをどうのこうのという話があるそうなので、当然別にそんな事をやる訳ではないですが、防衛はなんとかできるであろうというつもりです。
また、数十機というのが多すぎると言われても文句は言えないのですが、ガガが2ndでわらわら出た事やアイガンダムの頃からの機体パーツなどを流用すれば、資金と資材も豊富なこのCBなら……何とか許容範囲内ではないか、というつもりでもあります。
尚、現在都合よく今の所防げてる感じになってますが、ELSはきちんと学習します。