―プトレマイオス2・ブリッジ―
時は巡り、西暦2314年初頭。
ブリッジ内にはティエリア・アーデとミレイナ・ヴァスティのみの二人の姿があった。
ティエリアは眉間に皺を寄せ真剣にモニターに目を通していたが、そこへウェーブのかかった髪のミレイナがひょこっと後ろを向いて尋ねる。
御年16歳、大人の女に脱皮中との事。
「アーデさん、今何してるんですか?」
何気なくソファに近づいて尋ねると、
「……世界の動向の確認をしている所だ」
ふぅむ、とミレイナは頷き、
「なるほどー。……ミレイナもご一緒しても良いですか?」
そっと尋ねると、ティエリアは一瞬間を置いて簡潔に言う。
「……構わない」
「では失礼するです!」
ミレイナは嬉しそうな顔をしてそのままティエリアの横に移動した。
ティエリアはヴェーダとリンクすれば高速で膨大な情報を確認する事ができたが、ミレイナが来た事でリンクはせずに普通に確認する事にして複数のウインドウを開いた。
ミレイナはふんふんと頷きながら、開かれるウィンドウを見ながら所々口を挟む。
「これはイノベイターさんの増加グラフですね」
「そうだ。ヴェーダの報告では、2312年からイノベイターとなりうる遺伝子的因子を持った人間が次々と発見され、その情報も交えてライザーシステムを起動させている結果、現在も加速度的に増えつつある。年末には1200万人を越すだろう」
2312年を境にしてイノベイターは増加の一途を辿り、その総数は800万人に達していた。
「むむ……とんでも増えるですぅ。何故こんな増え方をするのでしょうか?」
「恐らくイノベイターへの覚醒が花粉症のような発症プロセスを踏むからだろう」
「花粉症……ですか?」
ミレイナはきょとんと首を傾げた。
ティエリアは丁寧に花粉症の説明から始める。
「一般的な花粉症は人間が花粉に接触する度、アレルギー反応を起こしIgEという抗体が過剰生産され体内に蓄積、それがある水準に達して初めて発症の準備が整った状態になる。この状態で花粉に再び接触すると感作が成立したと言い、花粉症を発症する」
「むぅ」
「……体内に花粉の貯まるコップがあるとする。その体内のコップに時間をかけて一定レベルの発症原因である花粉が貯まり、それが溢れると突然発症する、と考えるといい」
ミレイナが閃く。
「分かったですぅ! つまりGN粒子は花粉で、体内のGN粒子が貯まるコップにGN粒子が一杯貯まってそれが溢れるとイノベイターさんに発症するです!」
「……大体、そう考えて良い」
若干突っ込みをいれたい所だったが、ティエリアはそう言った。
しかし、少しミレイナは頬をふくらませる。
「……でもアーデさん、そこまで簡単に説明してくれなくてもミレイナもそれぐらい分かったです……」
「……それは余計な事をした。済まない」
「あ、いえ! ミレイナのために分かりやすく説明してくれて、ありがとうです」
ティエリアの返答にミレイナは慌てて両手を振り、嬉しそうな笑顔で言った。
イノベイター発生の世界分布としては、各国人口密集域に多いのは当然として、CBの武力介入の中心となる中東圏においては比較的多かった。
そして通常の人間とイノベイター間の能力差による問題は軋轢を生み、イノベイターの増加に伴いその問題も拡大傾向にあった。
「軍人のイノベイターさん達、どうにかならないでしょうか……」
軍人のイノベイター達の扱いについて悲しげな顔をして言った。
「イノベイターの能力はまだまだ研究が必要な段階だ。イノベイターがその能力を生かす事のできるインフラ整備の為には研究を通して適切なモデルケースの確立を行う事が不可欠。ヴェーダも国連軍の研究データを収集している以上、問題の解消には現状ではまだ時間が掛かるだろう」
「物事の変化には痛みが付き纏う……ノリエガさん達が良く言う話ですか」
「……そういう事になる」
これまでにイノベイターとなった国連軍MSパイロットで対CB戦に参加した者達はいたが、その場合彼らは尽くコクピット内にQBが現れ出撃キャンセルをさせらた。
それゆえ、彼らは訓練やその他の場面では目覚しい実績を上げてはいても、対ガンダム戦におけるイノベイターの能力のデータ収集は一度も達成された事が無い。
「QBさんのお陰でイノベイターさん達と戦闘しなくて済むのは助かるです」
「確かに厄介なパイロットを相手にせずに済むのは助かるがあのQBの事だ。恐らく余程イノベイターの数を減らしたくないだけなのだろう」
「利害の一致だよね! ですぅ!」
QBの真似をして言った。
「ミレイナ、悪いがQBの真似は止して欲しい」
「ご、ごめんなさいです」
僅かに苛立ちの交じるティエリアに、ミレイナはてへへ、と謝った。
イノベイターに関する情報流出をQBが行って以降、人々の中に何だかんだ言ってイノベイターになりたいと思う人は多かった。
その需要を見越してか、国際旅行代理店の中には「中東圏GN粒子ツアー」、キャッチフレーズは「あなたはもしかしてイノベイターになれるかも」というプランを用意する所が現れた。
CBのプトレマイオスが長期間滞在し、ガンダムが頻繁に出現する中東圏国家群はGN粒子を浴びるスポットとして安定しているが故に。
そして、ガンダムのGN粒子を浴びてあわよくばイノベイターになる目的での中東圏への旅行が世界的ブームへと発展。
結果として、中東国家群の経済が活性化し、治安も劇的に向上していくという……どこか皮肉な現象が起きた。
このブームの裏には中東支援を名目とした王商会やリニアトレイン公社の影がある。
時に、このようなツアーに参加する者達の乗る飛行機を狙うテロが発生しかけた事があったが、全てお見通しであったCBによって悉く失敗に終わり、旅行客達はGN粒子を浴びる事ができたりと、テロリストの思惑とは余計に皮肉な結果となったりした。
「着実に増える『このツアーでイノベイターになりました!』体験談の効果で王商会傘下の旅行代理店のツアー、凄い好評で売上が鰻登りだと聞いてるです!」
「それがCBの活動資金に回ってくる……とんだ茶番だ……」
ティエリアは微妙な表情をして言った。
本当にガンダムのGN粒子を浴びる事がイノベイターへの進化の原因であるのか、という疑問に対しては様々な説があったが、世界的に有名なドクター・テリシラ・ヘルフィやレイフ・エイフマンが「その可能性は高いと見て良い」という肯定する立場を取った事も、ブームの流れを後押しする一因となった。
尚、ツアーには「当ツアーは絶対にイノベイターになる保証をするものではありません」という免責事項がきちんと存在する。
……このようなブームが起きた事で、CBに対する世界の人々の感情は、以前に増して更に複雑になっていた。
どう見てもCBが中東を基点として活動する事が、結果として中東の治安を改善させ経済を活性化させるという現象を引き起こし、テロは未然に防がれ、人々の意識を繋ぎ、果ては人々をイノベイターへと進化させる……。
過去に起きたCBショックの再発は各陣営の協力体制とリボンズの手回しにより起こることは無く、確かに色んな意味で世界は日々混乱しているが、本当の意味での酷い混乱ではない。
CBについてどう思うか、という最近の世論調査によれば「何とも言えない」の割合が随分増えていた。
そして、世界は2315年を目処に地球統一連邦政府の樹立へと動いていた。
リボンズ・アルマークによるヴェーダを使っての世界への裏からの手回しにより、中東圏国家群も交えての統一政府樹立が粛々と進んでいる。
中東政策に対し、消極的、否定的な意見を持つ議員達は軒並みリボンズの手回しで失脚しその勢力を大きく削り、AEU議員ブリジアらの宥和政策を掲げる派閥がその勢力を着実に伸ばしていた。
また、ガンダムのライザーシステムによるゲリラGN意識共有議会の発生は、一撃で、一瞬にして各政治家の思惑を顕にし、それにより急速に各政府議会の浄化が……多大な混乱と大問題と共に……進んだ。
「今更ですけど、これってある意味テロだと思うです」
「僕達は七年前に活動を開始した時から稀代のテロリストだ」
「そうだったです」
政治面での一方、軍事面では2311年のCB活動再開から三年の間に国連軍は国家の枠を越えて再編が行われつつあるが、完全な一元化を果たすのは地球統一連邦政府が樹立するのがまず先。
三年の間に国連軍のGN粒子運用技術も時間の経過の分だけの向上を見せ、GNビームサーベル、GNビームライフル、GNバルカン、GNディフェンスロッドなどの装備は標準搭載されている。
当然、CBの物とは未だ大きく性能差が開くが、国連軍が自ら治安維持を行う分には、過去に第三国に野放図に輸出されたアンフやヘリオンなどの機体に対しては圧倒的な性能を誇り、GNドライヴの製造に合わせその数を増やし続けていた。
80歳を数えるレイフ・エイフマンを筆頭にUNION及びAEUを中心とした技術陣は最新新型可変機「ブレイヴ」を開発。
CBのガンダムに対抗し、全て二基のGNドライヴを搭載するだけ搭載した仕様であり、ツインドライヴではなく、言わばダブルドライヴ。
更にレイフ・エイフマンは自身で積み上げた理論により、トランザムも実現してみせた。
当然、システムの名前は「トランザム」という呼称はされておらず、加えて擬似GNドライヴでのトランザムの問題として、GN粒子を使いきってしまうと炉が焼き切れる問題もあり、完全な最終手段としてMSへ搭載されている。
また、国連軍はプトレマイオスという凶悪な戦艦に対抗し、地上及び宇宙には新型の艦船も就航し始めていた。
「三年で随分国連軍の技術も上がったです」
「トランザムを実現したのは脅威ではある……。だが、依然全く恐るに足らない。こちらも第五世代ガンダムの開発が佳境に入っている」
「はいです! プトレマイオス3もあるですぅ」
ワクワクしながらミレイナが言った。
「どれも、過剰かもしれないが……」
いずれ人類が外宇宙に旅立つには技術の開発は役立つのは間違いなのだろうが、ティエリアにしてみれば、どう考えても過剰戦力であった。
否、第四世代ガンダムと現行のプトレマイオス2の時点で明らかに過剰。
そこへフェルト・グレイスがブリッジに入ってくる。
「ミレイナー、こうた……」
「グレイスさん!」
わぁっとミレイナは声を上げた。
「こ、交代……する?」
ミレイナはささっとフェルトに近づき、耳打ちする。
「……できれば、後でお願いするです」
そして、真顔であった。
「わ、分かったわ。……じゃあ、また後でね」
う、うん……とフェルトが頷くと、ミレイナはガッツポーズをして言う。
「グレイスさんも、頑張って下さいです!」
「な、何をっ」
「何でもです!」
慌てるフェルトにミレイナはしたり顔でそう言った。
逆に恥ずかしくなったフェルトはそのままそそくさとブリッジから再び出た。
「はぁ……」
とりあえず、フェルトはそのまま自室に戻ることにした。
が、
「お。どうしたフェルト」
通路で偶然ロックオンと出くわした。
「ろ、ロックオン!?」
思わずフェルトはうわぁっ、と大きな声で驚いた。
ロックオンもつられて驚く。
「おぉっ。ど、どうした。そんな声上げて。……ミレイナと交代するんじゃなかったのか?」
大声を上げた事を気まずいと感じながらフェルトは説明する。
「う、うん……。ミレイナにもう少し後でお願いしますって言われて」
「おぉ、そうか。ミレイナも頑張るなぁ。っとそれじゃ、俺は格納庫に行って来る」
「う、うん」
そして、ロックオンは格納庫へと向かって別れた。
一方、スメラギ・李・ノリエガは作戦立案室で第五世代ガンダムの情報を見ていた。
「イアンさん達……手を抜くつもりは無いとは言ってたけど、この先、どこまで行くのかしら……」
スメラギはイアンやシェリリン達始め、CBのメカニック達の事を思いながら呟いた。
GNT-0000-1、ガンダムダブルオークアンタ。
GNT-0000-2、ガンダムサバーニャ。
GNT-0000-3、ガンダムハルート。
GNT-0000-4、ガンダムラファエル。
CBT-0000-3、ガンダムオメガ。
第五世代ガンダム群。
2313年末に木星からまた新たに完成した六基のオリジナルGNドライヴが届き、CBが現在保有するオリジナルGNドライヴの数は計23基。
「この調子だと……」
そこへ、唐突にヴェーダからの情報が表示される。
「え……木星の有人探査船が地球圏に向けて勝手に動き出した……? 何故……?」
船籍番号9374、船名:エウロパ。
約130年前に木星有人探査計画の為に地球から旅立った巨大な宇宙船。
乗組員の殆どがCBの関係者であり、木星周囲六ヶ所にGNドライヴ建造艦を造り、20年掛けて五基のGNドライヴを製造、地球圏に送還後、乗組員は全て死亡、GNドライヴ建造艦はモスボールされ、エウロパ自体は事故に偽装されてこれまで放置されていた。
エウロパが勝手に動き出したのは、一隻のGNドライヴ建造艦からの情報であるが、現地での対応は実質不可能に近かった。
木星の赤道面での直径は14万2984km、円周に換算して約44万9000km。
対して地球の赤道面での直径は1万2756km、円周に換算して約4万km。
地球の約11倍の大きさ。
そして、木星の衛星の数は65。
その中でも特に巨大な四つのガリレオ衛星というものが存在し、木星に近い順にイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと言う。
ガリレオ衛星で最も外側の直径4806km、水星と同規模の衛星カリストは木星から約188万kmの位置を公転している。
そして、六隻のGNドライヴ建造艦の位置する場所は互いに200万kmは優に離れた距離に存在しているのである。
そんな中、突然高速で移動しだしたエウロパの追跡を行うのは言うまでもなく困難であった。
「地球圏到達は……」
―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―
リボンズが一人、広間のソファに座っていた。
スメラギと同じくエウロパが動き出した事を知ったリボンズも不思議に思っていた。
「何故、あの船が今更……。それに、動力も無しに」
そこへQBが突然現れ、落ち着いた声で言う。
「とうとう、彼らがこの星にやって来てしまった」
問いただすようにリボンズが言う。
「QB。……それはどういう意味だい」
「僕らQBに続く、来るべき対話の時だよ」
「まさか、来たるべき対話は数世紀先の……君たちは例外だが」
リボンズは言いかけてすぐに表情を顰めた。
「僕らが君達人類有史以前からこの星に来ていたんだ。別にいつ他の生命体が来てもおかしくはないよ」
「……確かに、そう言われればそうだ。君はエウロパに乗っているという……その異星生命体を知っているのかい?」
探るようにリボンズは尋ねた。
あっさりとQBは答える。
「知っているよ。僕らからそれを君達に全て伝えるのは簡単だけど、それで良いのかい?」
リボンズは思わずフッと息を吐く。
「……何の為の来るべき対話なのか、という訳か」
「先に言っておくけど、これは君達人類の問題だ。僕らの力を借りなければ、未知との遭遇を乗り越えられないと言うのなら、人類はそれまでだ」
リボンズはその突き放すようなQBの発言に目を細める。
「人類が滅べば君達は感情エネルギーの回収に問題を来たす。それは君達にとってはありえない筈だろう」
「そうだね。だから僕らは最低限の事は既にした。人類が最悪滅ぶようなことにはならないから安心してよ!」
即座にQBは消えた。
リボンズは息を吐き、眉間にそっと手を当てる。
「……これは何だか、今までに無く、嫌な予感しかしないな……」
第五世代の最終調整、早めた方が良さそうだ……。
QBが確かに最悪の事態にはならないように何かをしたのだとは嘘を吐かない習性から理解はしたが、同時にQBが何か碌でも無いことを考えているのは間違い無いと、リボンズは確信した。
とうとう訪れる、それでも早過ぎる、本当の異星生命体との来るべき対話。
最初のイノベイド、リボンズ・アルマークは人類の存亡をかけて静かに立ち上がる。
QBは信用ならない。
地球六十億を超える人類はこれから起きる事を、まだ何も知る由もない。
本話後書き
何か閑話的な物を挟んだ方が良いのかと思いつつ本話、大分短いですが、時間軸は劇場版ガンダム00、突入です。
どうしようもない2ndで、完全にだらけ気味になって来ていましたが、本ネタもいよいよ終わりが見えて参りました。
その割に急ぎ足な感に自覚はありますので、何かご要望があれば感想板でご意見(例えばグラハムはどうしてる?などなど……)を頂ければ幸いです。
そして、SERAVEE様、イノベイターに関する花粉症による説明、感想板で教えて下さり改めて、ありがとうございました。
本編中で解説するとしたら、大体こんな感じなのではないかと、ネタにさせて頂きました。