2311年から活動再開した驚異的戦力を誇るCBの勢いは留まる事を知らなかった。
対する国連管理下での三陣営は技術開発を主として、過去歴史的には異例と言える程の急速な纏まりを月日の経過と共に見せ始める。
国連MS技術研究所として機能していた機関はMSの開発だけでは不十分であり、広範な宇宙開発も視野に入れるべきだとして、国連宇宙局技術研究所と改称され運用に至り、各国トップの技術者達が集う最先端の研究所となる。
正式なスローガンではないが「追いつけCB、追い越せCB」というのが大体皆が心に抱く想いであり、最早陣営同士の争いを続けていては打倒CBなど夢のまた夢とは、言い過ぎとも言い切れない。
もたもたしていればしている程寧ろCBとの技術水準が隔絶していくが故に。
そして実際に、その後もCBは月日の経過に従い次々と新装備を投入し、ガンダムを兵器を超越した存在として運用するのが常態化し始める。
―中東圏・某国―
中東国家郊外での武力介入後、一機のガンダムの姿が首都圏で見られていた。
GNT-0001+GNR-010、ダブルオーライザー。
「ライザーシステムで高濃度GN粒子散布領域を作る!」
宣言して、刹那・F・セイエイはコンソール付近のスイッチを二つ押す。
「ライザーシステム作動! ライザーシステム作動!」
ハロが音声を上げてパタパタと反応すると、機体背部のライザーユニットからGN-Rビットが機体周囲に射出され、同時にダブルオーライザーの機体が紅く輝き出す。
天使の翼を描く様に展開したGN粒子広域散布補助機能を専用搭載したGN-Rビットは通常のGNビットに比較して一回り大きく、周囲に一際広域に鮮やかな翠色の高濃度GN粒子散布領域を急速に造り出して行く。
遡ること幾日。
コロニー型外宇宙航行母艦CBにて。
「これは行ける筈です師匠!」
「ああ。よぉし、完成だ」
シェリリン・ハイドとイアン・ヴァスティの二人がライザーユニットを隔壁越しに見ながら声を上げた。
イアンが顎を撫でながら言う。
「ユニットメインフレームのクラビカルアンテナに各高度センサー類、シェリリンが開発したGNリフレクションを搭載した新型GN-Rビット。これだけ豪華なら現状では充分だろう」
「私が開発したシステムが役に立つなんて感激です」
GNリフレクションとはトランザムによるGN粒子開放時における機体周囲のGN粒子操作を主としたシステムである。
以前は使用者の制御技術が問われる物であったが、ハロのバックアップによりその問題を克服している。
そこへ余裕の表情でリボンズ・アルマークがオーライザーの横に並ぶまだ完成には至っていない機体群を一瞥して呟く。
「……順次ロールアウト予定の各第四世代ガンダム専用の広域GN粒子散布支援装備ライザーユニット、2ガンダムにはゼータユニットを装備させてダブルゼータ……」
それに対し、イアンが苦笑する。
「このまま行くと、先に困るのは機体名の方かもしれんなぁ」
「運用中の第四世代ガンダムから収集しているデータから、次の第五世代……。今から機体名候補考えときます!」
「……気が早いね。とは言え、今後目下の予定では後三ヶ月で新たに六基新型GNドライヴも届く事だし、早いとも言い切れないか」
リボンズの言葉を聞いてシェリリンはニコニコして自分の世界に入り気味になる。
「あー、今から待ち遠しくなって来るなぁ」
「まるでオリジナルGNドライヴのバーゲンセールだなぁ」
イアンが腕を組んで言うと、リボンズは少し遠い目をする。
「バーゲンセールというには……製造コストは決して安くは無いけどね……」
方方からの資金が無ければとてもではないが、フル操業でオリジナルGNドライヴの製造は困難を極める。
それはそれとして、リボンズはJB・モレノが人間のマイスター達の身体検査をプトレマイオス2で頻繁に行っている結果から、現状では刹那の脳量子波が既にイノベイドの水準にまで強まって来ている情報に注目していた。
さて、イノベイターの脳量子波がどれほどまで高まるものなのか、この目で見届けさせて貰おうじゃないか。
何はともあれ、かくしてまず初めに刹那の駆るダブルオーの為のライザーユニット、オーライザーがロールアウトした。
トランザム終了までの180秒間の間、多くの人々の想いを脳量子波で感じ取る刹那の目の虹彩は仄かに輝いていた。
―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―
「ダブルオーライザー、トランザム限界時間です」
フェルト・グレイスが報告すると、続けてクリスティナ・シエラが言う。
「散布領域半径は通常時の1,6倍を記録しました」
「散布領域範囲自体はいつもの2,6倍に拡大したという事……。流石はイアンさん達ね」
スメラギ・李・ノリエガが感心して頷き、続けてガンダムの格納庫に待機しているミレイナ・ヴァスティを呼び出す。
「ミレイナ、ダブルオーライザーが戻ったら整備お願いね」
[了解ですぅ!]
映ったミレイナはやる気に満ちた目で敬礼して答えて通信は閉じた。
「元気っすねー」
「全くだな。……けどよ、幾らトレミーが余程の事がなければ落ちないにせよ、14歳になったからと言って乗艦させて良かったのか?」
リヒテンダール・ツエーリに続き、ラッセ・アイオンがそうスメラギに対してのつもりで尋ねると、先にフェルトが微妙な表情で言う。
「ラッセさん、私も14歳からクルーなんですが……」
「そうよラッセ」
ラッセは言われて思い出した。
「ん……そうだったな。言っておくが、他意は無いからな」
「分かってます」
そこへクリスティナが指を立てて思い出すように言う。
「でも、そう考えると、フェルト大きくなったわよねぇ。最初の頃が懐かしいわぁ」
「クリスの言う通りね。ホント、大きくなったわ」
しみじみとスメラギもそれに乗り、妙に暖かい視線を送られてフェルトが少し慌てる。
「なっ、何ですか二人していきなり」
「ん。別に? 思い出してただけよ?」
「そうそう」
にこーと二人は微笑み、フェルトは一つ息をついて作業に戻った。
ミレイナはイアンがリボンズと共にコロニー型外宇宙航行母艦CBへと移った為に、オペーレーターも勤められ、また本人の意思もあって、プトレマイオスクルーとなったのであった。
どうやら、少しティエリア・アーデに興味があるらしい。
その後、間もなくダブルオーライザーはプトレマイオスに帰還し、コクピットから降りて艦内の通路を移動する刹那は不意に脳裏にある言葉が蘇った。
(……魔獣はこの星に生きる人々の怒り、憎しみ、悲しみのような負の感情が強まると自然に発生する存在)
(魔法少女は魔獣が人に害となって返る前に狩り続ける、それだけ)
魔獣……。
(人の世の呪い)
人に害となって返る……魔獣に意思は……。
《……刹那・F・セイエイ、君は魔獣に興味があるのかい?》
そこへ刹那の頭にどこからともなく可愛らしい声が響く。
《……QBか?》
《そうだよ。魔獣に興味があるなら、一度彼らに対してダブルオーでトランザムを試してみるのも良いかもしれないね》
刹那はQBの声に探りを入れる。
《……何が目的だ》
《僕らにとっても、魔獣そのものの原理は良く分からない。それがもし、君とダブルオーの力で何なのかが分かるのなら、僕らにとっては好都合だからね。それを伝えただけさ。もちろん急ぐ必要も、絶対に必要という訳でもないけどね》
そう言って、QBの一方的な脳量子波通信は終わった。
「今……俺の思考を……」
刹那の呟きは通路の空気へと溶けこんでいった。
―UNION領・経済特区・東京・国際空港―
三陣営の中で最初に軌道エレベーター、通称タワーの完成と運用に漕ぎ着けたのはUNIONである。
そしてタワーのリニアトレイン事業を一手に請け負うのがリニアトレイン公社。
2311年下半期、サジ・クロスロードは大学卒業後、CBの活動再開で世間は慌ただしい中、なるようになるままに当のリニアトレイン公社グループに就職が決まり、今まさに長らく姉弟で住んでいたマンションから離れ、飛行機に乗る所であった。
空港のゲートにて、サジが言う。
「じゃあ、姉さん。行ってくるよ」
絹江・クロスロードが頷いて言う。
「行ってらっしゃい。あっちでルイスと仲良くね。私も出張で良くそっちには行くし、その時には連絡するわ」
「うん、分かった。こっちも連絡するよ。……それじゃ、そろそろ時間だから」
時間を確認してサジは荷物を持つ。
「はい、それじゃ。頑張るのよ」
「姉さんも元気で」
言って、サジはゲートの向こうへと去って行った。
一人残った絹江はサジが見えなくなるのを見送り、ふっと息をついて踵を返す。
これでサジも独り立ち……か。
長かったようで短かったような、不思議な感じ。
そして今の私があるのも、あの時あの子がいたから……。
そうでなければ、私は今頃生きていなかったかもしれない。
今度からは私がしっかり料理しないと。
……次は、いつ頃来るかしら。
絹江は少し複雑な感情を胸に、暁美ほむらの事をふと思いながら、空港を出てタクシーに乗った。
自宅に戻って玄関を開けると、自分の物ではない靴があった。
「あっ」
急ぎ足でリビングに戻ると、そこにはソファに礼儀正しく座る少女の姿があった。
「お邪魔しています」
慣れた様子で絹江が言う。
「……いらっしゃい、暁美さん。お昼食べるかしら?」
「はい、ではご馳走になります」
少女は伏せ目がちに頷いた。
「分かったわ。少し待ってね」
言って準備を整えると、絹江はキッチンに入り昼食を作り始めた。
間もなく料理が出来上がると、二人は向い合って普通に食べる。
少しして、絹江がゆっくり口を開く。
「……今日、サジが飛行機に乗ってUNIONの軌道エレベーターに行ったんだけど、サジからは暁美さんにはよろしくって言ってたわ」
一瞬間を置いて少女が答える。
「……そうですか、お言葉受け取ったと伝えて下さい。……これまでの料理、美味しかったです、ありがとうございました、と伝えて貰えますか」
「ええ、もちろん。必ず伝えておくわ」
絹江は深く頷いて言った。
その後黙々と少女は料理を食べると、きちんと礼を述べて、いつも通り特に長くいることもなく絹江に見送られて玄関から出た。
少女はCBの新設監視者組織の一人であり、ブリュン・ソンドハイムを介してCBの行動の活動目的について定期的に情報を得ている。
高濃度のGN粒子を散布し、人々の脳量子波を強める事で、人類のイノベイターなんていう存在への進化を促す……。
高度な相互理解能力を持つ人類……もし、その計画通りになるのだとすれば、人が宿命的に生み出す世の呪いも少しは減るのかもしれない。
これが彼が変わる、彼らが世界を変えるという事……なのかしらね……。
少女は東京の昼の風景を見ながら、どこかへと姿を消していった。
―人革連・ロシア南部軍事基地―
セーターを着た私服のセルゲイ・スミルノフは基地内の上級士官宿舎のリビングでソファに座り、物思いに耽っていた。
中尉……ソーマ・ピーリスの人格は超人機関が当時組織の存続を図る為に中尉を軍に送り出す際に植えつけた仮の人格だったとはな……。
今の人格のマリー・パーファシーはピーリスであった時の記憶が存在し、ピーリスの人格も深層に存在している……。
スミルノフは両手を組み直した。
国連軍によるCBの母艦への同時攻撃作戦が完全失敗した際、アレルヤ・ハプティズムの脳量子波による呼びかけにより、ピーリスに眠っていたマリー・パーファシーの人格は表層に現れた。
気絶状態でMSごと回収されたピーリスは、意識回復後、身体検査と事情聴取を受ける日々が続いた。
本人の要望とスミルノフの手回しもありMSパイロットとして前線に出る事はもちろんMSのテストパイロットとしての任務も解任され、それ以後、スミルノフの下での監視という名目で軍基地内で落ち着いた生活を送っていた。
そこへ、マリーが現れる。
「失礼します、大佐。お茶を淹れたのでどうぞ」
「……あ、ああ。ありがとう」
スミルノフにとってはソーマ・ピーリスでありながら、確実に目の前の人物がマリーという別の人格を持った人物であるというのは違和感を拭えずにはいられなかった。
「すいません大佐、迷惑をお掛けして……」
「君が気にする事ではない。元を辿れば超人機関……我が軍に責がある」
そうスミルノフが返すと、マリーは気まずそうな表情をし、一礼してリビングを後にした。
スミルノフはマリーに伝えられた事を思い出す。
(スミルノフ大佐、ソーマ・ピーリスを対ガンダム戦だけに徴用し、他の作戦に参加させなかったこと、感謝しています)
本当に、私の知っている中尉ではないのだな……。
彼女が羽つきガンダムのパイロット、アレルヤという被験体E-57に伝えられたのは、兵士として戦いに出るのを止めて平穏に暮らして欲しいという事……。
その通り、今は前線を離れてはいるが、しかし、ここに彼女がいることは、幸せとは言えないだろうな……。
人革連軍にとって、機密情報を知っているマリー・パーファシーは退役させて市井に出すというのは有り得ない。
軍の管理下の施設で軟禁に近い形で置いておく以外の選択としては、最悪秘密裏に抹殺する方法がありえ、何とも言えない閉塞感をスミルノフは感じずにはいられなかった……。
そんな個人の想いとは関係なしに、CBのガンダムはその後約三ヶ月の間、次々に追加装備を実装し、世界各地に出現しては武力介入、そうでない時にはただひたすら高濃度GN粒子を広域に散布するという活動を続けて行った。
―UNION・軌道エレベーター・地上都市部―
それが最早日常と化したある日の事。
お気に入りの私服姿のルイス・ハレヴィはサジの腕に絡みついて街中を歩いていた。
「んふふー」
満面の笑みを浮かべるルイスに対し、特に周囲の視線を引いている訳ではないが人目がどうしても気になるサジは困った様子で言う。
「ちょっと、ルイス、歩きにくいんだけど」
「ん? それぐらい我慢して?」
ルイスは上目遣いに命令した。
一瞬間を置いてサジが観念する。
「……はい。我慢します……」
その返答にルイスはむっとして言う。
「なぁに、私といるの嬉しくないの?」
「いや、それはもちろん、う、嬉しい……よ?」
だが、それより恥ずかしいんだけど、という思いがサジには先行していた。
「ホントにぃ? こうして当てたりするのは……どう?」
疑わしい視線を向けて、ルイスはわざとサジに更に密着すると、途端に慌ててサジが声を上げる。
「っ、ちょっとルイス! 本当に恥ずかしいから!」
「我慢して!」
「我慢出来ないよ!」
「えっ……?」
パッとルイスはサジから離れて自分の体を守るようにした。
妙な空気を感じ取り、一層慌ててサジがわたわたと取り繕う。
「いやっ、そう言う意味じゃなくて」
「っていうことはやっぱり変な想像した?」
「違うから!」
ショックを受けたような表情でルイスは沈み込み、
「え……違うの? ……当てて反応しないとか……私ちょっと自信失うんだけど……」
ボソボソ言った。
「ルイス……」
どうしたら良いのコレ……。
サジはとても、困った。
しかし突如、通信機器が異常を来すと同時に翠色のGN粒子が周囲一帯に広がり、人々は不思議な感覚に囚われる。
「こ、これは……」
サジが上を見上げるように呟いた。
《サジ……》
サジの頭にルイスの声が響く。
《ルイス?》
《え、サジ、聞こえるの?》
《う、うん。……これが例のガンダムの……》
《あのね、サジ。私ね……サジの事が……》
ルイスの妙に甘い声と共に、サジにその気持ちが伝わる。
《ル、ルイス……》
《あのね、サジ! サジ!》
そして、翠色の空間の筈が、二人の間は桃色空間。
ガンダムは天使と形容される事はあったが、まさに恋のキューピッドでもあったのか。
この状況を人呼んで、リア充爆発済み……と言うとか……なんとか。
だがガンダムマイスターには関係ない。
平和な対話が行われたりする一方で、都市部での意識共有領域の形成は実は悪いこと考えている政治家の思考が周囲にダダ漏れになったりと……色々危険極まりない精神テロであった。
運悪く被害にあったそういう人々は大体その後白い目で見られる事になるとか、酷い時には……。
どこかの乙女座は曰く「ガンダムの能力も考えものだなぁ」と評したという。
……時の流れは人の意思とは関わらず刻々と過ぎ、CBの動きが一層加速したのは2312年初頭。
木星で新たに製造された六基のオリジナルのGNドライヴが予定通り、地球圏へと到着。
それまで擬似GNドライヴを搭載していた三機の2ガンダムはそれらを搭載し、計八機がオリジナルのツインドライヴを搭載する事となり、かくして全人類イノベイター化計画はリボンズの思惑通り加速して行くのであった。
―人革領・オムスク都市部郊外・住宅街―
人革領内地方都市オムスク。
南にカザフスタンとの国境が存在し元ロシア連邦で言えば中南部に位置する都市、その郊外の住宅街。
一月の平均気温はマイナスを記録し、午後五時には日が沈んでいて既に暗く、空気は張り詰めるように寒い。
そんな中、コートをきつく着込み、首にはマフラーを巻いた姿のハイスクール一年目の少女が白い息を吐きながら学校帰りの道を一人早足で歩いていた。
茶髪のショートカットに右の目元には泣きぼくろのある少女の名をアーミア・リーと言った。
世間ではCBのガンダムなどというものが日々現れてはあちこちで不可解な現象を起こして回っているとニュースで聞き飽きていたアーミアも、ガンダムが中東地域からのトランザム離脱時の余波で不思議現象を一瞬だけ体験した事があったが、基本的に普段の日常は変わらぬ平凡な日常だった。
「さむ……」
はー、と真っ白な息を吐き、アーミアはアスファルトの歩道を踏みしめ、先を急ぐ。
しかし、一歩を踏み出した瞬間、いきなり周囲の景色が灰色に変化した。
「な……なに……?」
時間が止まっているかのようなその異質な空間に、アーミアは戸惑いながら一歩二歩と後ろに下がる。
そこへ、巨大な白いローブを着た巨人のようで顔面には四角い何かが幾つも浮いて出ている異形の姿をした三体の者が、アスファルトの地面から湧き出すようにアーミアの前方に突如として現れゆらゆらと左右に揺れながら徐々に近づいてくる。
「なっ、なに? 何なのっ?」
低い嘆きのような呻くような声が響き渡り、アーミアは竦み上がった。
「いや……っ」
先頭の魔獣の右手の指がゆっくりとアーミアを捉えようかというその時。
魔獣より遥かに大きなダブルオーライザーが上空から介入に現れた。
「……は?」
アーミアの絶句と共に、ダブルオーライザーは粒子ビームを放ち、蒸発音を上げて魔獣の右腕を吹き飛ばした次の瞬間。
ダブルオーライザーは一瞬紅く光ると眩く白く輝き、翠色に輝くGN粒子が灰色の空間を埋め尽くす。
「うぁぁっ!」
その眩しさにアーミアは思わず目を閉じて声を上げた。
刹那の両眼の虹彩が煌き、叫び声を上げる。
「お前達は何者だ! こたえろおおぉォォッー!」
その瞬間、刹那の意識は七色の星雲が広がる不思議な空間の中に跳んだ。
《答えてくれ! お前達は何者なのか!》
両手を広げて前方のどこまでも深い暗闇に向かって語りかける、が、
《っァァァー!》
魔獣から恐怖、怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる人々の負の感情が強烈な奔流となって頭を急激に圧迫し、刹那は苦悶の声を上げる。
「う、うォぁぁァァッッ――!!」
コクピット内にもその叫びは響き渡った。
「ほむら!」
QBが呼ぶと、絶叫する刹那の横にいた少女が冷静に頷く。
「行くわよ」
言って、少女の姿はコクピットから消え、瞬時に地上現れた。
依然として翠色に輝く空間内で少女は、弓を引き絞り、放つ。
紫色の魔力矢は魔獣の頭部を粉砕し、続けてもう一体も消滅させ、三体目に狙いを定めようとした時。
「ほむら、トランザムが終わるまで後150秒待ってよ!」
肩に何気なく現れていたQBが言った。
「っ……やむを得ないわね。なら」
少女は手早く威力を抑えた魔力矢を数本連射し、魔獣の攻撃手段となる部位を破壊した。
そのまま後ろを振り返り、髪を掻き上げる。
そして少女はカッカッと足音を立てて、腰を抜かしてアスファルトにへたりこんでいるアーミアの元へと歩き出した。
「……彼女に、見られてしまったわね」
息を吐いて言う少女にQBは全く動じない様子を見せる。
「でも、どうやら悪いことだけではない」
「……どういう事かしら」
「実験にはなった、という事さ。彼女は魔法少女としての素質もあったけど、それ以上にイノベイターになり得る強い因子を持っている」
少女は目を細める。
「……わざわざここに連れてきたのは計画通りだったという訳ね」
「その通りさ」
全く悪びれる様子を見せないQB。
そしてQBのもう一つの計画通り、膨大かつ高濃度のツインドライヴのトランザムによって生成されるGN粒子を至近距離で浴びたアーミアの虹彩は仄かに輝いていた。
少女はアーミアへと近きながら、一瞬ダブルオーライザーに頭を向けた。
魔獣に対しては失敗だったようね……。
そう心のなかで想い、再びアーミアに向き直り、数mの距離で立ち止まる。
「……あ、あなたは一体……?」
困惑の表情を浮かべるアーミアは少女に向かって呼びかけた。
「ただの通りすがりよ。ここで見たこと、忘れなさい」
冷淡な声で少女はそう言い切った。
「え?」
アーミアが間の抜けた声を上げた瞬間、少女の肩に乗るQBの両目が怪しく紅く光る。
「でも忘れられないだろうから、忘れて貰うよ」
「っ! ぅァぁ!」
その光を直視したアーミアは僅かに悲鳴を上げるとその場でパタリと上体を倒した。
そのまま少女は近づき、気絶したアーミアをすぐ近くの建物に上体をもたれかけさせるようにした。
「丁度時間だ。頼むよ、ほむら」
QBがそう言うと、ダブルオーライザーの輝きが丁度収束し始めた。
「……分かったわ」
了承して、少女はサッと振り向き、弓を顕現させ流れるように弓を引き絞り、残る最後の消滅しかけの一体に止めを刺した。
続けて素早く少女は背中に翼を顕現させ、中空で滞空するダブルオーライザーの肩口にふわりと乗ると、強制的に魔力操作し、その場から周囲の風景が戻ると同時に上空へと離脱して行った。
暗い夜の中、しばらく飛行していると移動中にコクピットの中に再び入った少女の横で気絶していた刹那が意識を取り戻す。
「ぅ……うぅ。俺は……」
「目が覚めたようね」
自動操縦に切り替わっているダブルオーライザーの操縦桿は勝手に動き、プトレマイオス2へと進路を取っていた。
刹那は少女を見て言う。
「暁美ほむら……。そうか……負の感情に呑まれて……」
「何か、分かった事はあったかしら」
「ああ。……大量の人間が一箇所に閉じ込められて叫び声を上げているようだった。だが、奴らに意思は感じられなかった。まるで何かの規則に従って動いているだけのような……」
刹那は感じ取ったことを述べた。
その言葉に少女は考えこむようにして復唱する。
「何かの、規則……」
あの子が宇宙を改変した結果……。
「……そう。私としては、納得の行く話ではあるわね……。私はここで失礼させて貰うわ」
「……ああ。済まない」
刹那は未だ気分が優れず少し辛そうに言った。
「魔獣の事は気にせず、あなたは為すべき事を為せば良い。あなた達の行動で変わっていく世界、見ているわ。……また機会があれば」
そう伝えて、少女はコクピットの中から姿を消した。
一方、しばし遡ればQBに記憶を軽く操作されて気絶していたアーミアはすぐに意識を取り戻していた。
「あれ、何で私……。さ、さむっ!」
がたがたと震えて、アーミアは鞄を掴んですぐに立ち上がり、夜道を走って家へと向かっていった。
イノベイターとして革新したという事実を知ること無く。
その後、普段の生活の中でアーミアは自身の能力が飛躍的に伸びたことを多くの場面で感じるようになる事をまだ、知る由もない。
―ほむホーム―
少女は紅茶を落ち着いて一口飲み、カップを皿に置いた。
「刹那の話からすると、魔獣の存在はこの宇宙の一つの法則として成り立っている可能性があるようだね。君が以前話した仮説を裏付け得る情報だ」
「だから、仮説じゃなくて本当のことよ」
酷くあっさりと少女は言った。
「だからこうして魔獣の本質に近づく試みをしたんじゃないか」
「そうだったわね」
「いずれにせよ、まだ僕らにしてみれば確証が得られた訳じゃない。魔獣の存在は僕らが君たち人類と理想的な共栄関係を築くには役立っているけど、理解できない事象が付き纏う。魔獣が宇宙空間で発生しないのはその一つだ」
「それは私も知った事ではないわね」
少女にしてみれば宇宙空間にまで魔法少女が一定数いなければならない訳ではない事は何ら構わない。
しかし、QBにとっては大問題。
「僕らにしてみれば困るんだよね。コロニーでさえ魔獣が発生しないことは分かっているけど、このまま人類がいずれ外宇宙に出て新たな惑星に移り住む事になった時、魔獣が発生するのかどうか分からない。仮に地球上でしか魔獣が発生しないのだとしたら大変だよ」
少女はより一層冷めた目付きでQBの相手をする。
「……そうなんでしょうね、あなた達にとっては。……でももしそうだとすると、確かにおかしな事ね」
QBは少女の声色に全く気にせず同意する。
「うん、全くだ。僕らは今の所君たち人類しか見出していないけど、この宇宙には他にも人類のような個々が感情を有する独立した生命体がいる可能性は充分ありえる。いや、確実にいると言って良い」
「そうかもしれないわね」
言って、少女は紅茶を飲む。
「だとすれば、魔獣が地球上にしか発生しないというのはまず有り得ない。僕らとしては、君たち人類が月でも火星でも良いから移住して、惑星上になら魔獣が発生するのかどうか確認したい所なんだよ」
でなければ、人類が移住する前に他に僕らが目ぼしい生命体を見つけて確かめる必要がある。
と、そうQBは全く包み隠さず、今後も人類が生き続ける限り感情エネルギーを収集し続ける意図を述べた。
少女は皮肉交じりに息を吐く。
「……あなた達も、色々あるわね」
「宇宙の寿命を伸ばす為には必要な事だからね。当然だよ」
QBは断言し、少女はまた素っ気無く返す。
「そうね。……あなた達はそういう奴らよね。ところで、さっきの彼女は例のイノベイターとやらにでもなったのかしら?」
「なったよ。本人はまだ気づいていないだろうけどね」
無意識に発している脳量子波の強さから間違いない。
「……けど、あなた達が人類の進化を気にする必要性はあるのかしら?」
「君たち人類が本格的に外宇宙へ進出するにはイノベイターへと進化するのはプラスに働くからね。僕らにとっても重要さ」
例え相互理解能力が高まって魔獣の発生総量が減るかもしれないとしてもね。
「そう。……元々CBの計画に入っていた事のようだし、私の口出しする話でもないわね……」
言って、少女はカップに残った紅茶を飲み干した。
「これからイノベイターは増えていくよ」
必ずね。
その確認も丁度取れたし、このまま計画が進めば地球人類のイノベイターへの進化は進む。
ワームホールを通って宇宙域を移動する彼らが来る頃には……。
そう、QBが密かに考えている事を、少女はおろか、誰も知る由も無かった……。
本話後書き
まず、最近別の作品をフラフラ書いていて申し訳ありませんでした。
そして先に申し上げますが、今回の後書きは割とどうでも良い上に長いです。
魔獣に向かってトランザム! に至る経緯をばっさりカットした事、申し訳ありませんでした。
完全にご都合です。
実際には以前に出現させたAEU領に住むオリジナル魔法少女を出す予定だったのですが、劇場版の萌キャラ、玄関子ことアーミア・リーが「人革領の地方都市に住んでいる」という情報を延々と漁っていたら見つけてしまったのが原因でした。
アーミアと実は同じ学校に通っていた的な設定で颯爽登場的な流れで行く筈でしたが、アーミアの住所が何と人革領という事が今更発覚し……先に調べておけば……と深く反省です。
住所をロシアのオムスクに設定した理由ですが、劇場版での街並みが中国圏ではなさそうという印象を私が勝手に受けた事と、劇場版にてビリー・カタギリの嫁となったミーナ・カーマイン研究員が「これを見て」と言ってモニターに映したELS落下地点を示す赤い点のある人革領から大体オムスク辺りだろうと判断した事によります。
アーミア・リーという名前からしてリーという苗字がLEE、中国語にして「李」となり、中国圏である可能性もあります。
とすると他二点のELS落下地点は中国北西部・新疆ウイグル自治区の東と西辺りという事になるのですが、googlemapの航空写真で確認すると砂漠が広がっており、都市らしい都市がありません。
300年も経てば緑化して都市もできる可能性はあるのかもしれませんが、一応そういう事情からロシアのオムスク……と致しました。
蛇足でアーミアの年齢問題についてですが、多分学校は9月始まりなのだろうという想定だと、特段問題はないかというつもりで高校1年に設定しています。
次に、魔獣の設定ですが……盛大な後出しジャンケン臭いながら、いえ、確定的ですが、本作では本話の通り「とりあえず魔獣は宇宙空間では出ない」という事にさせて頂きます。
以前から妄想していたのですが、人革連のコロニー内で魔獣が発生する……というのが何だか心に引っかかって仕方がなく、そう言えば『人革連「罠が仕掛けられない……だと」』でQBに「人革連のスペースコロニー・全球にね。拉致した子供で人体実験を繰り返している。結果が出ないと処分するなんて、勿体無いよね」などと発言させている辺り、コロニーでも魔獣が出るっぽい事を示唆してしまっているのですが、ご容赦下さい、申し訳ありません。
……と、やはり長い割にどうでも良かったりします。
そして今後話の流れ上、イノベイターを増やしつつ劇場版に突入予定なのですが、ここで問題があります。
実際無いといえば無いのですが、異論を呼びそうだという事で、ご意見を伺いたく思い述べさせて頂きます。
・ロックオンがイノベイターに革新するか否か
・アレルヤがイノベイターに革新するか否か
と、この点なのですが、個人的にはロックオンはサーシェス殺さない限り革新はしなさそう、かつ、殺しても革新しなさそうに思います。
一方でアレルヤは意外とアリ……かな、と。
こうなると他のプトレマイオスクルーも大問題なのですが、全ての原因はいまいちイノベイターへの覚醒条件がはっきりしない事によります。
アニメ本編と外伝の作中においてイノベイターになった例としては
・刹那・F・セイエイ
→ツインドライヴのトランザムを繰り返し、致死性の擬似GN粒子の弾丸を受けて、それを克服しつつ、かつ、変わるという強固な信念を胸に見事覚醒。
・デカルト・シャーマン
→上記の刹那のトランザムバーストを宙域で一度浴びただけであっさり覚醒。
・アーミア・リー
→ELSと同化された際に、ELSの情報注入を拒絶する意思を示して死亡を免れ、覚醒して……ELSに交信してしまった。
(拒絶して生き残った異例の時点でアーミアはイノベイター覚醒の為の素質は元々相当高かったと推定して本話では革新させました)
・レナード・ファインズ
→ガルムガンダムでCだかDレベルだかの脳量子波を出してELSと鬼ごっこして何だかんだ捕まってしまい、気がついたら覚醒していた。
・クラウス・グラード
→劇場版50年後、何か年老いた姿で覚醒していた。
・その他大勢
→劇場版50年後、80億程度人類がいてそのうち四割が単純に覚醒すると32億人。
……と、個々人によって大分差があります。
劇場版50年後の人類4割覚醒の原因が実はGNドライヴではなくELSによるものであるかどうかは……はっきりしませんが、いずれにせよ劇場版後、毎年6400万人がイノベイターに覚醒する必要があります。
毎年一定数増えるのがありえず、幾何級数的に「ノ」の形のように増えるのだとすれば、ここで簡略的な算出をするとして、
50年×51÷2=総項数1275 そして、
32億÷1275=一コマ約250万人
……これを2314年劇場版後に当てはめると、
2315年に一コマ→250万人
2316年にニコマ→500万人(計750万人)
2317年に三コマ→750万人(計1500万人)
……以下略。
となり、たった三年で劇場版00後、イノベイターの人口は1500万人になり、その後も順調に増えないと全人類の4割には至らない計算になります。
こうしてみると何にせよやたらガンガン増えなければならないのが分かるかと思います。
ここで、これだけ増えながら人類の革新を促すツインドライヴのGN粒子を散々浴びたら、流石にCBの人間メンバーも刹那以外でも誰かしら革新しても何ら不思議ではない……という事になり、特に「ロックオンとアレルヤはどうなるのか」という問題に戻ります。
ごちゃごちゃごねている割に単純に私が皆様にお尋ねしたいのは、アレルヤは革新させても良いでしょうか……という事です。
もちろん他に、CBメンバーで「あの人はGN粒子浴びれば意外と覚醒しそう」というご意見があれば参考にさせて頂きたく思います。
……この件は正直こちらで全て決めて、作中でパッと出し「えっ、○○が覚醒してる!?」とした方が【ネタ】を冠している本作としては良い気もしたのですが、「○○が革新とかねーよ!」というご意見も出そうだという事で、どうかご容赦下さい。