QB。
その本当の名をインキュベーターという。
彼らは広大な宇宙の中から地球人類を感情エネルギーを回収しうるエネルギー源として見いだした。
しかし、QBはそれ以来人類だけをその唯一の回収源と定め、人類と同様にエネルギー源となりうる可能性がある他の惑星の生命体を探し続けていなかった訳ではない。
そのようなリスク分散は合理性そのものを体現するようなQBにとって考えるまでもないのは明白。
故に、QBは宇宙空間各地に独自の方法によって常に探索に動いている。
CBの進める地球人類の全イノベイター化計画は遡れば全てはQBがCBの計画に介入した事に端を発している。
イノベイターへと覚醒した人類は強力な脳量子波を操る事ができ、高い相互理解能力を持ち、問題を争いではなく対話によって解決する傾向があると、イオリア・シュヘンベルグの計画の中ではそうだとされている。
地球人類のイノベイターへの変革の過渡期を経て、全地球人類がイノベイター化し切った場合、地球で発生する魔獣の数は確実に減少する。
当然、そうなればQBの感情エネルギーの回収率も必然的に減少する。
人類有史以来、文明に関わり続けているQBにしてみれば、今や数十億に膨れ上がった人類から生み出されている日毎感情エネルギー総量は遙か過去に比較すればその比ではない。
しかし、常にできる限り効率性を上げ、合理的に感情エネルギーを回収するのがQB。
そして、QBにとって人類が依然としてエネルギー源たるのは厳然たる事実。
とある魔法少女によって宇宙が改変される前、魔法少女にはグリーフシードと呼ばれるソウルジェムが変化したものと密接な関わりがあった。
まるでそのグリーフシードのような外観をしたものが改変後の現在の宇宙にも存在していたのだ。
それは直径三千万kmの異星金属生命体の集合体。
黒く巨大玉葱のようなソレがとある宇宙空間を放浪するのをQBは見つけていた。
彼の異星金属生命体は極めて強力な脳量子波を発する。
QBが彼らの事情を観察する事により知ると、ある一つの計画が浮上した。
イノベイターとなった地球人類に対し、外宇宙からの未知の生命体をあてがい、それが極めて強力な脳量子波を指向性を持たせて放出した場合果たしてどうなるのか。
(このまま放っておくと近いうちいずれ彼らが自然に地球へ辿りつく可能性は高い)
(そこで彼らに人類の性質について最低限の情報を提供しておけば、イノベイターの脳量子波に干渉する大きな存在となりうるだろう)
(タイミングは図る必要があるね)
(僕らが手引きした場合人類は僕らに怒りというものを覚えるだろうけど、彼らが自力でたどり着いた場合は仕方ないよね)
(それに、僕らが彼らに情報を教えなければ地球には甚大な被害が出るだろう)
(だとしたら、これを利用しない手はないじゃないか)
人類の預かり知らぬ所で、QBの影が蠢く。
CBの地上部隊としてのガンダム輸送艦プトレマイオスが中東圏の高度上空に堂々とその姿を晒して現れ、そして国連軍が結成されてから凡そ二ヶ月。
その間、CBは中東圏を基点として世界各地の武力介入を行い続け、その影響は急速に世界の紛争及びテロ組織の活動の縮小となって現れた。
更にそれだけに止まらず、オリジナルのGNドライヴを積んだ五機のガンダムは世界各地を飛び周りながら頻繁にトランザムを始動させて移動する事により、高濃度GN粒子散布領域を発生させ人々の意識を繋ぐという超常現象を引き起こすようにもなっていた。
アザディスタン王国第一皇女マリナ・イスマイールが平和を願う想いを首都に伝え、争いを鎮めたという出来事に端を発し、ガンダムが引き起こすその現象に遭遇した人々は流れ星に願いをするかのように、平和への想いを抱くようにするという社会現象が起き始め、連日ニュースでも取り上げられるようになっていた。
武力介入というそれ自体テロと呼べる行為を繰り返すCBのガンダムに対する世論は、意識共有現象によって微妙な揺らぎを見せ始めていたが、結成された国連軍はどうあってもCBを認める訳にはいかないのだ。
CBショックの悪夢を繰り返さない為に世界が一つに纏まろうとしている事を示す為には。
―中東圏国境付近・AEU軍前線駐屯基地―
ゲイリー・ビアッジことアリー・アル・サーシェスは空を見上げて呟く。
「さぁて、化け物みてぇなガンダムとその調子こいた輸送艦とようやく戦えるって訳だぁ」
正直別に嬉しくはねぇがな。
幾らこっちにもGNドライヴがあっても、流石にあの性能差だぁ。
あの輸送艦も見立てでは下手すりゃガンダムよりヤバイ兵器になってるかもしれねえってのに、また結局物量作戦とは芸がないというかぁ、まあ、それ以外に方法がないのも確かに事実、ではある。
お偉いさん方が世界に宣言したからとはいえ、さてはてどうなることやら。
慈悲深い事にガンダムさんは兵士殺しがお嫌いだ。
あのクルジスのガキがそのガンダムに乗ってるってのは全く、癪に触るがな。
その一方で、カティ・マネキンは管制室でスクリーンを見ていた。
「この配置をしてもCBは動かないつもりか……」
つまり、それだけの余裕があるという事。
AEU・UNION・人革連の三軍各方面からの中東圏国境地帯の包囲。
攻撃を仕掛けた瞬間、空域を離脱するか、迎撃に入るか……。
せめてあの輸送艦さえ叩ければ良いが、この作戦、敵は十機にも満たないMSに一隻の輸送艦だけにも関わらず、CBの余裕を考えると、とても作戦が成功するとはおもえん……。
「大佐、我が軍の作戦開始時刻です」
オペレーターが報告した。
「これより、作戦を開始する!」
―中東圏砂漠地帯上空・プトレマイオス2・ブリッジ―
人の住まない砂漠の広がる地域にプトレマイオスはいた。
クリスティナ・シエラが報告する。
「国連軍各MS部隊、発進しました」
「こちらも作戦開始といきましょ」
スメラギ・李・ノリエガが宣言すると、各員が応答する。
「了解」「了解です」「了解っす」「了解だ」
最後にラッセ・アイオンが言うと、リジェネ・レジェッタの顔がモニターに映る。
[スメラギ・李・ノリエガ、こちらはいつでも構いません]
「了解よ。お願いするわね」
[もちろんです]
言って、通信が切れた。
「さあ、トレミーがここからテコでも動かない事を証明するわよ!」
プトレマイオスのガンダム格納庫ではなく、そこから遠くない所に四ヶ所のMSのコクピットを模した部屋がある。
パイロットスーツを着たリジェネ・レジェッタ、ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、アニュー・リターナーの四人は各自その部屋で待機していた。
その部屋の正体は脳量子波同調システムを実装した砲撃室。
グラハム・エーカーらUNION軍MSパイロット達はMS形態のウイングに乗り、一路目標へとその先頭を進んでいた。
[全モビルスーツパイロットに通達。各指定ポイントに到達後、1400に敵輸送艦及びガンダムへの三方向同時ミサイル攻撃を敢行されたし]
「作戦内容は心得ている」
そう、グラハムは管制室からの通信に独りごちた。
そしてUNION軍ではウイング部隊の後続にフラッグ及びリアルド、AEU軍ではコネクト部隊の後続にイナクト及びヘリオン、人革連軍ではGNティエレン部隊の後続に、ティエレン全領域対応型がプトレマイオスを指定ポイントでモニターに捉えた。
全MSは携行してきたミサイルユニットの発射準備に取りかかり、予定時刻1400に至った。
[全機、ミサイル発射!]
「さあ、どう出る。動かず、ガンダムを出さないならば例の防御システムで防ぎきるのか」
管制室でマネキンが呟いた。
砂漠の空に、一ヶ所に向けて数百のミサイルが発射される。
一切の動きを見せないプトレマイオスは、その時ようやく動いた。
「脳量子波同調、システムオールグリーン。GNビット、射出」
「ゲイゲキカイシ! ゲイゲキカイシ!」
四人のイノベイドが同時に僅かに口元をつり上げると、複数の数字が浮かび上がって表示される操縦桿を動かした。
プトレマイオスの外壁装甲が次々に開放され、計156基のGNビットが一斉に飛翔する。
「そう来るかCなんたらぁッ! やっぱただの輸送艦じゃねぇよなァッ! とんでもねぇ兵器だァ!」
予想していたサーシェスの狂気と狂喜に満ちた叫び声と共に、砂漠の三ヶ所の空で盛大な爆発が発生し始めた。
その目の虹彩が輝く四人は全領域映像を捉えながら縦横無尽にGNビットを操りプトレマイオスに迫るミサイル群を粒子ビームで次々に爆散させて行く。
僅か数秒後。
静寂が訪れた。
「ミサイル全弾、撃墜されました!」
「例の特殊武装ッ! ッく、構わん、作戦続行!」
「り、了解!」
マネキンは指示を出し、片手で机を叩きつけた。
「あれは断じて輸送艦などではない……戦艦だ」
何だあの特殊武装の数は……ッ!
「敵MS接近、数各34、32、33。総数99機、GNドライヴ搭載型です」
フェルト・グレイスが報告すると、スメラギがすぐに指示を出す。
「下部コンテナからガンダム各機直接出撃、迎撃を。四人は火気管制の操作を継続」
「了解です。下部コンテナオープン。ダブルオー、ケルディム、アリオス、セラヴィー、出撃します」
クリスティナの操作に従って、下部コンテナが開き、ガンダム四機が出撃した。
「アイハブコントロール。……それにしてもガンダムも大概だけど……このプトレマイオスも酷いな……」
微妙な表情を浮かべながらアレルヤ・ハプティズムが呟いた。
《それより、分かってんだろアレルヤぁ?》
《ああ、分かってるさ……。マリーが来ている》
《そうだ。それでどうする。あのポンコツを戦闘不能にした後、マリーごと鹵獲でもするかぁ?》
《できる訳》
《だが、そうでもしなきゃ超兵のあいつは何度でも来るぜェ?》
《しかし、マリーの意志は》
《ありゃマリーじゃねぇだろ。上書きされた仮の人格だぁ》
《確かにそうだが》
《うだうだ言ってねぇでやりゃいんだよ! 相棒の仲間お得意の対話とかいう真似ごとでもなんでもよぉ!》
そうハレルヤはアレルヤに叫んだ。
刹那の真似……か。
確かにトランザムの現象なら脳量子波遮断スーツも関係ない。
「だがまずは、迎撃に専念する」
言って、アレルヤは操縦桿を動かした。
間もなく、再び一方的な戦闘が始まった。
プトレマイオスの上にケルディムは位置取り、GNライフルビットを一斉に射出する。
「ハロ、盛大に狙い撃つぜ!」
『狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!』
既に156基あるGNビットに、更に10基の遠距離狙撃型のGNビットが空に加わり、三方向に向けて粒子ビームを発射し出した。
UNION軍に向けてセラヴィーが飛ぶ。
「僕にも脳量子波は使える! セラヴィーッ!!」
ティエリア・アーデはそう声を上げて虹彩を輝かせ、GNビットを射出する。
AEU軍に向けてダブルオーが迫る。
「ダブルオー、目標を駆逐する!」
人革連軍に向けてアリオスが飛翔する。
「アリオス、迎撃行動に入る!」
迎撃というには余りに苛烈なソレは、攻める側の国連軍にとっては悪夢だった。
[全ウイングファイターに告ぐ! 全て避けて見せろッ!]
グラハムはそう自身含め34人の全ウイングファイターに鼓舞するように告げ、巡航形態で変態機動を見せながら粒子ビームの嵐を掻い潜りセラヴィーへと向かって行く。
その後ろ姿を見てダリル・ダッジが呟く。
「隊長……」
言いたいことは分かりますが……。
[ダリル、隊長に遅れを取るなよ!]
そう思った瞬間、ハワード・メイスンからの通信が入り、
「了解ッ!」
この小尉に昇格した准尉も大概だ! とやけくそ気味に返事をして地獄のような光景の広がる先へと後を追った。
相変わらず手加減した砲撃と言えど、尋常ではない数放たれるその粒子ビームに接近するMSは次々と被弾し、戦線離脱を余儀なくされて行った。
「その放熱板の一つでも貰い受けるぞガンダムッ!」
グラハムは阿修羅のような表情でセラヴィーに迫りながらトライデントストライカーを連射する。
そこへセラヴィーの周囲に纏わりつくように飛ぶ十数のプトレマイオスのGNビットがその連射を防ぎ、即座に接近を邪魔するように粒子ビームを次々に放った。
「くぅッ!」
ウイングは機体の進路を大きく逸らし、ローリングしながら宣言通り全て避けてみせる。
《あのUNIONのエースパイロット、相変わらずだね》
《戦闘中に話しかけるなリジェネ・レジェッタ!》
そう頭に話しかけてくるリジェネに叫び返し、ティエリアは粒子ビームの中を潜り抜けてくるウイングと交戦を開始した。
アリオスが飛翔する方角ではヒリングの操るGNビットが猛威を奮っていった。
「いけ! いっけぇッ! 的が、デカイのよッ!」
そう好戦的にヒリングがプトレマイオスで叫んでいる事などアレルヤは知らなかったが、
《あの緑エセ女、お楽しみみたいだなァ!》
《そうだね……僕らが出るまでも》
《んな事言ってねぇで俺に体を貸しな!》
《ハレ》
瞬間的に切り替わったハレルヤが叫び声をあげる。
「いくぜぇぇぇッッ!!」
一気にスラスターを噴かせ、アリオスはGNティエレンに襲いかかって行った。
既に僚機が幾つも戦闘不能に陥らされた中、一撃粒子ビームを被弾しセルゲイ・スミルノフが声を上げる。
「ぅくっ、これだから無謀だと!」
奴らめ、コクピットとGNドライヴは狙わないとは言え。
[大佐!]
「大丈夫だ。回避に専念しろ中尉! 来るぞ!」
[羽付き!]
「ぐぁぁッー!? 大佐ぁー!!」
呆気なくリヴァイヴの操るGNビットを被弾し、AEUのエース、パトリック・コーラサワーは華やかに撃墜され、砂漠に落ちていった。
「ッハハハハ! 何だ何だCなんたらァッ! つまんねぇんだよ! つまらなさすぎて面白え!」
一方で、機体を瞬間的にズラす事でサーシェスはその混沌の中、愉悦の表情を浮かべて攻撃を避け続けていた。
そのどこか見覚えのある動きに刹那・F・セイエイが気づく。
「あの機体の動き……まさか」
アリー・アル・サーシェス。
「ロックオン、奴が、アリー・アル・サーシェスがいる」
[何? ……そうだ今はAEUのパイロットになってたんだったなッ。どこまでもこけにしやがって。刹那、俺がッ]
ロックオン・ストラトスがそう言おうとした所、背後から高濃度のGN粒子が辺りに広がるのに気がついた。
「トランザムか?」
[アレルヤ!]
トランザムを、アレルヤとハレルヤは始動した。
《目覚めろ! マリー・パーファシーッ!!》
アリオスはMS形態で中空に滞空しながら膨大なGN粒子を放出する。
スミルノフ機とスーマ・ピーリス機はアリオスとの余りの機動性の違いから接触して一瞬にして戦闘不能になり、砂漠に落ちていたが、二人はその不思議な感覚と声に反応する。
《これが例の!》
《頭に声? っア、ぅあァァー!!》
アレルヤとハレルヤの指向性の伴った脳量子波を脳量子波遮断スーツを無視してピーリスはそれを受信し、脳裏に再生され始めたビジョンに絶叫を上げ、間もなく気絶した。
「トランザム……中断」
言って、アレルヤはピーリスが気絶した事に気がついてすぐにトランザムを途中停止しした。
あっと言う間に意識共有領域は消滅する。
[どうした中尉! 中尉! ピーリスッ!]
スミルノフはピーリス機に通信を入れるが、返答は無かった。
そこへ出撃せず途中待機していたフラッグやイナクトなどのMS群がいる所より撤退信号弾が今更上がった。
「は。上げるぐらいなら最初からやるなってのによぉ。ったぁくっ」
吐き捨てて、すぐにサーシェスはコネクトを最速で飛ばしその場から撤退した。
「っ、あのやろッ!」
アリオスの方向に気を取られていたロックオンはそれに気づいて声を上げた。
「チッ……」
[ガンダム各機戦闘終了。トレミーに帰還してください]
「……了解した」
―CBS-74プトレマイオス2・ブリーフィングルーム―
ガンダム各機を収容したプトレマイオスは国連軍が砂漠に墜落したMS部隊を回収できるよう、その高度を上げて遙か上空に上がっていった。
「勝手にトランザムを始動させてすいませんでした」
まずアレルヤが謝った。
「まあ使ってしまった以上今更ね。普段から始動させているのに、今回だけ駄目という訳ではないし。理由を、というと例の人革の超兵よね」
「……はい」
「どうなったか……説明できるかしら?」
答えを促すようにスメラギが尋ねた。
「ほぼ恐らく、マリー・パーファシーは覚醒したと思います」
「……そう。覚醒させてどうするつもりだった?」
アレルヤは困った表情を浮かべる。
「どうするつもりというか、マリーを覚醒させない事には何も始まらないですから。せめて、彼女が戦場に出るのを辞めると良いんですが……」
「そう言われるとその通りね。まあこの話は余り続けても仕方がないから、ここまでにしましょう。さて、今回の作戦だったけれど……」
そして、スメラギは今回の作戦の総評をした後、その場を解散とした。
しかし、思うところあってブリーフィングルームに残る二人がいた。
「ロックオン、奴がまた出てきたらどうする」
その刹那の問いにロックオンは即座に口を開こうとして一瞬止める。
(……憎いよ。憎い、けど、人殺しはしたく……ないっ)
そう少女の言葉が脳裏に響いた。
今更だな……。
ロックオンは軽く頭を振って言う。
「言うまでもない。残念ながら俺は奴だけは許せないんでね」
「……そうか」
「刹那、お前はどうする」
「俺は……」
そう問われて刹那は一瞬止まり、再び口を開く。
「俺は……駆逐する。だが、俺のは……俺がやった事だ。家族の仇を討つなら……ロックオン」
刹那のその目はロックオンの目を一切逸らさずに捉えていた。
「……刹那。あぁ、分かったよ」
国連軍の前に、プトレマイオスはその真の能力を解放した。
リジェネ・レジェッタの出番はあった。
実は最も出番が無かったのは砲撃士であるラッセ・アイオンだった。
アレルヤ専用イベントはキッチリあった。