―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―
大型モニターには人革連国家主席の発表が映しだされていた。
[セイロン島におけるCBの武力介入により、我々は大きな損害を受けました。紛争根絶を謡いながら、生物兵器までも戦場に投入するCBが行っている行為は、国家の秩序を乱すテロリズム以外の何者でもありません。私達人類革新連盟は、断固とした態度で彼らのテロ行為に挑んでいく所存です。まず手始めに……]
神妙な面持ちでトレミーに現在いたプトレマイオスクルーの面々がその映像を見続ける。
プトレマイオスの操舵士、リヒテンダール・ツエーリが微妙な表情で言う。
「一応っていうのか、嫌われたもんすね」
「……反応としては予想通りだろ」
唸るようにプトレマイオスの砲撃士、ラッセ・アイオンが返した。
「けど、私達と……QBのしたことで人革連の軍備が増強されていく可能性も……」
複数の事が原因で心配そうにクリスティナ・シエラが言った。
「彼らが、仮に、そうすると言うのなら、我々は武力介入を続けていくだけです……」
QBというまだ自身の目で見てもいない存在が原因の大半で、元気が無さそうに壁にもたれていたティエリア・アーデが言った。
合わせるように、フェルト・グレイスが呟く。
「戦争の根絶……」
「フェルトの言うとおり、私達CBはソレが目的よ。とはいえ、私達も直接QBと話ができればいいのだけど……」
スメラギ・李・ノリエガが困ったように纏めた。
アザディスタン王国王宮では、マリナ・イスマイールとその個人的に雇われた側近が会話を交わしていた。
その会話の中で、テロの波が都市部にまで押し寄せて来た以上、このまま行けば、CBかQBかは知らないが、介入にやってくる可能性があるだろうと、その事をマリナは不安そうに呟いていた……。
―CB所有・南国島―
ロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズムの二人は島に全員帰投していた。
キュリオスをガラス窓越しに眺められる休憩室でアレルヤは椅子に座り足を組んでいた。
そこへHAROを抱えたロックオンが声をかける。
「聞いたか、アレルヤ。リアルIRAの活動休止声明」
「ええ……」
分かっているという風に軽くアレルヤが答えた。
「あの声明で、俺達を評価する国も出ているようだが、それは一時的なものだ。武力介入を恐れて先手を打ったにすぎん」
「僕達がいなくなれば、彼らはすぐに活動を再開する。……わかってますよ。紛争根絶は、そんなに簡単に達成できるものじゃない」
何か暗い表情で二人は会話を交わし、ロックオンが少し明るく言う。
「だからさ。休めるときに休んどけよ。すぐに忙しくなる……筈だ」
明らかに苦笑い。
「というか、あのQBは実在するんですか? 僕は肉眼で確認する前に消えられたぐらい印象が薄いんですが」
QBに別に関わりたくなどないが、何かハブられた気がしたアレルヤが尋ねた。
対して、もう何か諦めたようにロックオンが言う。
「ああ、実在はする。アレは神出鬼没だ。次出たら取っ捕まえてやる」
「頑張ってください」
他人事のようにアレルヤが言った。
「おいおい、アレルヤも今度出たら捕まえろよ」
「作戦行動中に操縦桿を放すのは危険ですよ。ですが、やはりあのQBは紛争根絶が真の目的ではなさそうですね」
アレルヤは途中から真剣に言った。
「……だろうな。俺達を利用してやがる節がある」
ロックオンも真剣に返した。
QBは基本的にCBが介入する時にしか現れない。
前回はロックオンに任せて眺めるだけ眺めて去っていった。
刹那の元では前回と同じく介入をしたが、指揮官機と思われるティエレンには介入をしなかった。
行動が一貫していないQB、まず紛争根絶が第一の目的ではないのは明らか。
「警戒をする必要はありますが……いずれにせよ、僕達はミッションが提示されたらそれを遂行するだけです」
「その通り。それまで身体を休めとくってもんだ」
言いながら、ロックオンは手をひらひらと振ってその場を後にした。
―人革連・統合司令部―
キム司令がセルゲイ・スミルノフ中佐を呼び出し、椅子に腰掛けたまま、問いかける。
「で、どうだった中佐。中佐はQBに遭遇する事無く、ただ一人ガンダムと手合わせができたのだろう? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」
その目には強い興味が宿っていた。
「はっ。私見ですが、あのガンダムという機体に対抗できるモビルスーツは、この世界のどこにも存在しないと思われます」
QBに遭遇していない以上、スミルノフはガンダムの事についてのみ報告した。
「それほどの性能かね?」
「あくまで、私見です」
キム司令は面白そうに、本題に入る。
「なら、君を呼び寄せた甲斐があるな。QBに遭遇せずにガンダムと一戦交えた君ならば……。中佐、ガンダムを手に入れろ。ユニオンやAEUよりも先にだ。QBは出現しない時もあるそうだ」
スミルノフが敬礼する。
「はっ!」
「専任の部隊を新設する。人選は君に任せるが、一人だけ面倒を見て貰いたい兵がいる」
キム司令の言葉にスミルノフは怪訝な声を出す。
「ぅん?」
「入りたまえ」
キム司令は閉じている扉に声をかけた。
すると扉が開けられ、白に近い髪色、鋭く無感情な眼光の若い女性兵士がツカツカと入ってくる。
彼女は近づいて止まり、敬礼して言う。
「失礼します。超人機関、技術研究所より派遣されました超兵一号、ソーマ・ピーリス少尉です」
その自己紹介にスミルノフは疑問の声を上げる。
「超人機関? 司令、まさかあの計画が」
それにキム司令が皮肉めいて答える。
「水面下で続けられていたそうだ。上層部は対ガンダムの切り札と考えている。……QBが出なければ、の話だが」
そこへ、ピーリスが一歩前に出てスミルノフを見て感情を感じさせない声で言う。
「本日付けで中佐の専任部隊へ着任することになりました。よろしくお願いします」
スミルノフはピーリスの何も感じないような目をみながら、息をついて言った。
「……それにしては若すぎる」
UNIONの対ガンダム調査隊(仮)施設では、グラハムの要望通り、フラッグにカスタムチューンが施され、カスタム・フラッグが完成していた。
そこには、更にハワード・メイスン准尉、ダリル・ダッジ曹長がグラハムに呼ばれて着任し、いよいよ部隊らしくなり始めていた。
CBの次なる介入ミッションはUNIONに加盟しているタリビア共和国がCBを利用する意図で動き始めた事でほぼ確定していった。
世界の要人達は、ほぼ皆全てが、タリビアの見え透いた行動を理解していたが、最も重要なのはCBがどう動くかを見極める事であった。
タリビアは反米感情の強い国であったが、タリビア政府としてはアメリカ主導の政策に切り替えたい。
そこで、タリビアはわざとUNIONからの脱退を宣言し、武装もやむなしと宣言する事で、わざとCBを呼び出し、介入させる意図があった。
そうすれば、CBに介入されたタリビアは率先して米軍の助けを借りざるを得なくなり、ひいては、タリビアは国内の反米感情を押さえ、政策の方針も本来の目的通り、舵を切る事ができるという筋書きであった。
その当のCBはといえば……。
―CBS-70プトレマイオス・スメラギ・李・ノリエガの戦術立案室―
スメラギはモニターを操作しながら、呟く。
「ヴェーダ、あなたの予測を聞かせて。……私の予報と同じね」
結果は自分と同じで一応安堵する。
「対応プランは十二種。そのどれを選択しても私達の立場は危うくなる……のは、QBの存在を考慮しない場合」
溜息をついて言葉を続ける。
「現れるのか、現れないのかは分からないけれど、あっという間にQBに振り回される事になるなんてやりきれないわね。ヴェーダにQBが前回と同じような洗脳活動をフルに行って兵士達を無力化するという条件で予測を聞くと……。ほら……もう、戦術も何もないじゃない……」
スメラギは自身の存在意義について、悩み始め、頭を抱え込んだ。
少しして、タリビアの声明があり、気を取り直すように息を吐いて、ブリーフィングルームに移動して宣言した。
「ミッションを開始します。ガンダムマイスターたちに連絡を」
できればQBとも話がしたい、とは言わなかった。
結果として、タリビアに向けてUNION艦隊は出撃し、対するタリビア軍は主要都市にモビルスーツを配備する事となった。
更に対する、CBは刹那は港に沈めてあるエクシアへと向かい、アレルヤとロックオンはそれぞれ、キュリオスとデュナメスに乗り込んで、三機が出撃した。
今回もティエリアは働かない。
―タリビア主要都市地域―
エクシアはUNIONの空母が進行している上空を無視するが如く、タリビアへと向かい、デュナメスとキュリオスはUNIONのフラッグに後を付けられながらも、それも無視して飛翔していった。
UNION、タリビア、CB、まさに三者一色即発という状況に一番最初に介入を起こしたのはそのどれでもなく、QBであった。
ガンダム三機が到着する前の絶妙なタイミングで首都地上に整列していたタリビアのモビルスーツのパイロット達に一斉に異変が起きた。
「何だ!?」「これがQBかぁっ!?」「QBだとぉ!?」
という叫び声がしたかと思えば、すぐに兵士達は皆コクピットから降り始めてしまう。
付近に通常の歩兵は殆どおらず、彼らはそのままゾロゾロと持ち場を離れるという、他から見ればまさに訳がわからないという様相を呈していた。
ただの一機すら、タリビアのオレンジ色のモビルスーツが飛行することもなく、沈黙を保ったまま、地上にただの的として整列していた。
三つの主要都市に散開したガンダム各機との映像をリアルタイムで共有していたプトレマイオスは作戦行動開始前にも関わらず、唖然としていた。
もう、何なの、という表情でスメラギが投げやりに伝える。
[ミッション、スタート……]
しかしそれに対して、三人のガンダムマイスターはそれぞれきちんと返答した。
「タリビアを戦争幇助国と断定。目標を駆逐する」
刹那はいつも通り。
「キュリオス、介入行動を開始します……」
げんなりしたアレルヤ。
「デュナメス。……目標を狙い撃つぜ」
一番やる気のある発言は刹那だったであろう。
三機はズラリと並んでいるただの的を作業的に壊し始めた。
アレルヤは初めてのQBからのバックアップを受けた戦闘とも言えない戦闘中、呟いた。
「しかし……これは一方的だ……とか、そういう以前の問題だよ……」
完全に茶番のようであった。
何しろ、流れ弾の一つも飛ぶ事はなく、ただモビルスーツが壊されただけ。
ガンダムマイスターの元に今回QBが現れる事はなかった。
「人様の事を利用して、勝手しなさんなというにはタリビアの自業自得なんだか……」
やれやれ、と言うロックオンは、QBに利用されている形になっている自分達はどうなんだ、と思わざるを得なかった。
一瞬にして、ミッションを終了したガンダム三機はさっさとタリビアから離脱し始めた。
その光景を遠くから観測していたUNION艦隊はガンダムより、寧ろタリビア軍の動きに驚愕し「タリビア軍兵士が全員敵前逃亡!?」と報告した。
「タリビア軍兵士は、兵士の名を語るのもおこがましいようだ」
と小馬鹿にしたようにUNION艦隊の誰かが言ったのはいつかそのままブーメランとして自身に帰ってくるのか。
タリビア首相の居る官邸では、兵士達が全員敵前逃亡し、残ったモビルスーツが全機CBに破壊されたという情報に首相は呆然としたが、残された道はただ一つ「ブライアン大統領へホットラインを……」と側近に伝え、こちらの茶番も終了を迎える。
結果、タリビアはUNION脱退宣言を撤回、UNIONは加盟国を防衛するとして、CBに攻撃を開始する声明を出す。
瞬間、満を持して、グラハム・エーカーの駆るカスタム・フラッグが急発進し、通常のフラッグのスペックの二倍以上の速度でエクシアを猛追する。
「これでガンダムと戦える。CBの行動が早すぎたが充分見事な対応だプレジデントッ!」
そう言って追いついた所でグラハムはエクシアに向けて砲撃を開始する。
「はッ?」
刹那はその速さに驚きながらも、弾丸を避け、フラッグを交わす。
対してカスタム・フラッグは旋回しながら空中変形を行う。
「空中変形!? だがッ!」
刹那は驚きながらも、ビームを放つ。
しかし、グラハムはそのビームを尽く避けてのける。
「速い!」
刹那が驚愕し、今度はカスタム・フラッグが砲撃で応戦し、エクシアを水面に追い詰める。
が、エクシアはそのまま水中に潜り、その場から離脱した。
残されたグラハムの元に部下が追いついて賛辞を述べる。
[お見事です、中尉!]
[逃げられたよ……。交戦することができたのは僥倖。カスタム・フラッグ。一応対抗してみせたが……しかし、水中行動すら可能とは汎用性が高すぎるぞ。ガンダム]
グラハムはQBの介入もなく、ガンダムと交戦できた事には嬉しそうであったが、ガンダムの性能には憤りを抱いたのであった。
この一件は即日ニュースになり、世界の人々は目にする事になった。
CB、タリビアに軍事介入、と題されたテロップが流れたが、何故か映った現場の映像は整列したまま破壊されたタリビアのモビルスーツだけ。
とても戦闘が行われたとは思えない、有様。
否、そもそも戦闘など行われてはいないのだが。
報道の中で、タリビア軍の兵士は全員敵前逃亡という情報が流れたことに、サジ・クロスロードは「CBってそんなに怖いのかな……。戦いが起きていないなら、結果としては良いのかもしれないけど……」と複雑そうに言葉を述べた。
絹江・クロスロードは、自宅で端末を操作していたが、寧ろこのタリビア軍兵士側の動きと、人革連の発表にあった通り、CBの生物兵器使用疑惑について、頭を悩ませていた……。
―月・裏面極秘施設―
「言っても、君は勝手に行動してしまうようだけど、死者を出さないように拘る必要性はあるのかい?」
リボンズが端末を操作しながらQBに問う。
「僕らとしてはこれで充分なんだよ。勿体無いし。それより、できるだけ早く用意して欲しいな」
「僕も暇ではないからね……。もう一人、イノベイドを用意したら、帰らせてもらうよ」
リボンズは正直来なければ良かったと思いながらも、QBは利害が一致する限り……は、自身に協力するというのを早くも理解した為、QBの欲しいイノベイドの製造を担当するためのイノベイドを用意する作業を行っていた。
負の感情を集めるのならば、死者が出たほうが手っ取り早いのか。
QBにしてみれば、敵前逃亡という容疑をかけられた兵士達の絶望、そしてその家族のほぼ同様の絶望、全世界の人々から彼らに向けられる冷たい感情……それで充分負の感情は喚起できる。
これは感情の存在は理解できていても、その本質を理解できないが故のQBならではの思考。
しかし、嵌められた形になった彼らからしてみれば、まさに、外道。
……死んでしまえば、人間は感情エネルギーを発生させない。
それに、まだ魔法少女部隊は作られてもいない。
そして現在既存の魔法少女達の負担が増加しすぎて皆消耗によって消滅してしまうような事態は困る。
つまりは、時期尚早。
低軌道ステーションでの出会いが、アレルヤを過去へと誘うのか。
急ぐ必要はあるのか、キュリオス。
命朽ち果てる可能性はあるのか。
抗えぬ重力が、ガンダムを蝕むのか。