―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―
「粒子同調率……97%で安定しました」
フェルト・グレイスの報告。
「凄い……」
「97%……流石と言ったところか」
シェリリン・ハイドとイアン・ヴァスティが続けて驚きの声を上げた。
「これで0ガンダムのGNドライヴを除く5対のツインドライヴの各マッチングテストは完了になります」
アニュー・リターナーが冷静に端末を操作しながら言い、イアンが唸る。
「あぁ、違いない。マッチングテスト、無事完了だな」
リボンズ・アルマークがヒリング・ケアに伝える。
「お疲れ様、ヒリング。Zガンダムから降りて良いよ」
[りょーかい]
すると、ヒリングはコクピットを開き、Zガンダムからワイヤーを伝って降り始める。
再稼働した木星のGNドライヴ建造艦六隻で各一基ずつ完成し、2309年末に送られてきた計六基の新たなオリジナルGNドライヴ。
その内四基はそれぞれエクシアのGNドライヴ、デュナメスのGNドライヴ、キュリオスのGNドライヴ、ヴァーチェのGNドライヴに粒子同調率が合うように調整された新規製造の物。
そして、残りの二基は木星現地で同調率を合うように調整を施した結果、粒子同調率97%のツインドライヴとなった。
0ガンダムのGNドライヴを初めとする計五基のGNドライヴが完成したのは2213年。
約100年の間にGNドライヴ製造に欠かせない粒子加速器を初めとする科学技術は劇的に向上し、その性能は当時の物と比較するまでも無い。
加えて、GNドライヴの全製造情報をヴェーダの中からQBが情報を引き出した事が特に大きい。
2307年の下半期から潤沢な資金とイノベイド達により急ピッチで研究の進められたGN粒子を推進力とした木星圏までの航行技術に始まり、結果、約二年半弱で六基のGNドライヴ製造が果たされた。
そして、新たな六基のGNドライヴの製造後の現在も木星現地では既に、更に六基のGNドライヴの製造が進められており、それも2311年末には完成・到着予定。
リボンズは室内でイノベイドのメンバーと人間のメンバーが普通に共同して作業している姿を視界に捉えながら、GNドライヴのマッチングテストが完了した事に、何も問題はない、と思う。
リボンズの心境に変化が現れたのは、木星で六基のGNドライヴの完成が間近となった頃。
オリジナルのGNドライヴの製造、本当に作れるものなのか実際に完成するまでは分からない。
だが、一度に六基が完成するというほぼ確定情報を得てしまった所、リボンズの認識の中で、オリジナルのGNドライヴは結局の所、擬似GNドライヴと違って木星でないと作れないが別に作れないわけではないという、ただ「その程度の違い」という重要性にシフトした。
更に、GNドライブの全製造情報を元に擬似GNドライヴの性能を更に洗練させてみれば、オリジナルのGNドライヴとの違いは、稼働が有限か無限が決定的である以外は、出力はほぼ引き出す機体次第、トランザムも使用可能かつトランザム始動中に途中停止する事により炉が焼き切れる事も無く、ツインドライヴとして使用した場合その同調率は99%~100%の間というオリジナルのGNドライヴよりも寧ろ非常に安定した数値を弾きだした。
オリジナルのGNドライヴは半永久稼働するメリットの一方で大量生産ができないデメリットを抱え、擬似GNドライヴは電力による有限稼働をデメリットとすれば地球圏で大量生産が可能というメリットがある。
それぞれに長所短所があり、リボンズは自身の手元にオリジナルのGNドライヴが無い事に一時期固執してもいたが、それも今は昔の話。
2311年末に到着予定のオリジナルのGNドライヴの粒子同調率は一度の製造を得たノウハウにより、更に向上するのは既に分かっている。
不老の存在であり、身体も容器にすぎず、人間の為に死ぬ運命にあると思っていたのは間違いだったとQBから教えられたリボンズにしてみれば、特に何に焦るという必要も無くなり、以前のように人間を下等な存在と見下し、それによって自身の優位性を確かめる、というように頑張る必要もかなり薄まっていた。
そんなリボンズの、人間を見下す意識を徐々に薄まらせる最も大きな影響を与えたのは意外にも……というには何らおかしくはないが、それはイアン・ヴァスティ。
リボンズは2307年からアニューを派遣し、イアン達の研究を協力・監視させていた。
イアンの発想とその設計には無駄と思える事もあったが、所謂マッドと呼べる人種の発想はイノベイドにはまず「無い」もの。
イノベイドは往々にして先に何々が必要だから、と到達地点を考えた上で開発をするが、イアンとその弟子シェリリンなどを初めとしたCBのマッドな技術屋は突然閃き「こんなのどうよ」と到達地点が定まらないまま、何か変に凝り始め、結果として「良い物」ができあがる。
自身でも研究を進めていたのに、アニューとヴェーダから寄せられてくる情報を目にし、それが自身の開発している物よりもより良い物であることを知ったリボンズは、優劣の問題に拘るまでもなく、そもそも考えた方が違うと理解し、素直に評価した。
野心ばかりが滲むアレハンドロ・コーナーの傍に長く居て人間に対する認識が正直偏りすぎていたとも、リボンズは思ったぐらいであり、極めつけにQBという価値観のまるで違う生物と会話をしているうちに人間に対する優劣に拘るのも次第になんだかどうでも良くなっていったのだった。
その事もあってか、2309年末のオリジナルGNドライヴ六基の到着にほぼ合わせて、リボンズはこのヴェーダの「並列起動」も終えたコロニー型外宇宙航行母艦をCBの研究開発施設として一部開放した。
当然、招かれたCBメンバー達は、そのコロニー型外宇宙航行母艦CBの巨大さは勿論、ヴェーダがある事を目にして大いに驚き、リボンズ達が落ち着いて自己紹介をして早々、主にティエリア・アーデが厳しく問い詰めるような事もあったが、それはそれとして今に至る。
リボンズがヴェーダの所在を明かすという行為を意外にも余裕を持って取れたのは、月面の極秘施設に全く同型のヴェーダのメインターミナルが存在し、現在も並行して稼動している事までは知られていないが故。
そして、イノベイド魔法少女の生産がどこかで行われているとは推測されていても、その月で行われている事も知られてはいない。
元々CBの保有する大小の施設は各ラグランジュエリアの資源衛星群のあちこちに存在する為、全員が揃って引越した訳では当然無いが、それでもある程度のメンバーが現在このコロニー型外宇宙航行母艦CBで活動していた。
何より全長15kmある艦の一部開放とはいえ、名称にコロニー型とある通り、居住性は非常に高く、一部のメンバーには休養とでも言うのか……ロイヤルニート生活を送っている者がいた。
クラシックの曲が程よい音量で流れる広間のソファで、リヴァイヴ・リバイバルがグラスを揺らし、右手にいる人物に問いかける。
「ミス・スメラギ、そのワインはどうです?」
「ええ……美味しいわ。宇宙でこんな風にワインが飲めるなんて素敵ね」
不謹慎だとは思いながらも、CBの行動で予想通り荒れに荒れた世界情勢に傷んだ心を薄めるにはやっぱり酒のスメラギ・李・ノリエガはそっと顔を左に向けて答えた。
戦術予報が仕事のスメラギにとって、開発が行われている今、暇だった。
一方、リヴァイヴは元々落ち着いた性格で柔軟性もある人物で、CBメンバーとも普通に交流を交わす中、リボンズと同じように能力の高いCBメンバーを認めるようになり、こうしてスメラギの酒の相手をしたりもしていたのである。
「それに、今流れてるの、いい曲ね」
「ミス・スメラギもそう思いますか。丁度今流れているこれは上条恭介という21世紀のヴァイオリニストのソロが聴きどころなんですよ」
流れている曲は全てリヴァイヴの趣味であり、そう、説明した。
「21世紀のヴァイオリニスト……。音楽は時代を超えて楽しめる」
「まさにその通りですね」
そこへ、机にモニターが表示され、通信が入る。
[GNドライヴのマッチングテストが終了したぞ。5対のツインドライヴ全て安定稼働だ。って何だ、まぁた酒飲んどるのか……]
イアンはスメラギ達を見て少し呆れた。
「それは良い情報ですね」
リヴァイヴが言い、
「順調で何よりね。イアンさん達もお祝いに一緒に飲みます?」
一向に悪びれる様子も無くスメラギはワイングラスを見せるようにして言った。
[あぁ……後でな。地上に降りてるメンバーにもこっちで連絡を入れておくが良いか?]
今まだ忙しいという様子でイアンは尋ねると、スメラギが目を軽く閉じて言う。
「お願いします」
そして、モニターが閉じられる。
「そろそろ、第四世代の本格的な機体テストですね」
「そう……なるわね」
スメラギはやや遠い目をして言った。
「乗り気ではありませんか」
リヴァイヴの問いにスメラギは軽く首を振る。
「いいえ。……ここまで来たからにはそんな事言ってられないもの」
「……そうですか」
そんな二人がいる一方で、コロニー型外宇宙航行母艦CBの艦船用ドックでは、プトレマイオス2の開発も進められていた。
そのブリッジにて、席についてコンソールを操作する者たちがいた。
「ティエリア、リジェネ、システムはどう?」
クリスティナ・シエラは軽く後ろを振り返って声を掛けた。
「今のところエラーは無い。見つけたら報告する」
「こっちも今は無いよ」
ティエリアは仕事だとばかりに生真面目に返答し、ティエリアの隣の席についているリジェネは軽く返した。
「了解。見つけたらよろしくね」
カタカタと高速で手を動かし、クリスティナは思う。
いつの間にかこの二人の顔が同じなのにも慣れちゃったなぁ……。
まあ、性格全然違うから見分けるの簡単だけど。
……それにしても。
このプトレマイオス2、トレミーの面影全然残ってないのよねぇ……。
やたら大きいし。
そんな事を思いながらクリスティナはプトレマイオス2の為のシステムのプログラミング構築を続けた。
―UNION領・テリシラ邸―
「随分有名になっていたのはずっと知っていたが、しかし、テリシラもイノベイドだったとはねぇ……世界は狭いというか。髪型は変わっているけど、確かに全く姿は変わっていない」
ははは、と軽く笑いながらサングラスを外したジョイス・モレノが、テリシラ・ヘルフィに言った。
「お陰様で医者を続けています。私もイノベイドとして覚醒したときは少し驚きました。ですが、音信不通になっていたモレノ先生がCBに所属していたとは思いもよりませんでしたよ」
モレノはCBに所属するきっかけとなった時の事を思い出すように目を細める。
「まぁ……あの時は色々偶然で、選択肢も無かったからね。だが私も同じように居合わせたイアンも今ではCBに所属している事には後悔は無いよ」
その言葉を聞いて、テリシラは静かに無言で納得した様子を見せ、数秒の沈黙の後ふと口を開く。
「イアン・ヴァスティというと、モレノ先生と一緒に病気の患者を看て欲しいと声を掛けてきたあの時の人物だったのですから、本当に偶然も偶然ですね」
AEU領内において、当時AEUのメカニックであったイアンが、同僚に急患が出たものの新型のMSの運搬をしていた事から情報機密の関係で困っていた所、国境無き医師団の医者として活動していたモレノとテリシラが車で偶然付近を通りかかり、助けを求められたのが三人の初めての出会った時の事。
「あぁ、イアンとはあの時会って以来が腐れ縁の始まりだったね。そうか、もう十年以上も前になるか」
「ええ」
テリシラは紅茶を飲む。
「テリシラに『君は若いねぇ』なんて言ったのが懐かしいな……。ところで、私にさっきの監視者の話なんてしたがヴェーダから禁止されていないのかい」
モレノは少し真剣な表情をして言った。
「禁止の指示は降りていません。監視者とは言っても、全員の意見の一致が原則の存在ですからね」
「確かに……利害関係がどうこうというアレではないか。ましてや私がテリシラに媚びを売るというのも変な話だ」
モレノは軽く苦笑し、テリシラも同じように苦笑する。
「全くです。私がモレノ先生に何か要求を迫るというのも無いですからね」
こうして、二人は談笑を交わすのであった。
―AEUフランス空軍基地―
国連管理下において擬似GNドライヴの製造数の報告は厳格に義務付けられてはいたが、擬似GNドライヴの構造解析終了後、各陣営が常に同数を生産し、保有するという事は無かった。
なぜなら、擬似GNドライヴの製造自体には莫大な資金が必要であり、当然財力の差が製造数の鍵を握る以上、保有数の足並みを揃え続けるというのは土台無理な話である。
国連で厳格に管理すべきという案も出たが、国連自体そもそも拠出額に国毎に差があり、それを平等に分配というのはそれこそ統一政府も無い現状、揉めるのは必然と言えた。
そんな中、PMCトラストの職員も多く出向して研究開発に従事しているAEU軍のMS開発局では、AEUイナクトを母体とした擬似GNドライヴ搭載機の開発が行われていた。
推進力利用だけを目的として擬似GNドライヴを構造上の幾つもの問題を度外視して搭載したGNイナクトは確かに動作し、その瞬間出力は既存のMSを遥かに超えた。
しかし、GN粒子を推進力としたスラスターに関する技術の造詣が浅すぎ、度々の動作不良を起こし、安定して運用するには程遠い物であった。
AEUに加え、これと全く同じ問題を抱えていた人革連に手を差し伸べる形となったのが、UNIONの主任技術者、レイフ・エイフマンのUNION軍上層部への強い提言に始まる、擬似GNドライヴ搭載機の為の基礎技術の陣営の枠を超えた、擬似GNドライヴの構造解析後にも継続した共同研究であった。
当初UNION軍上層部は当然の如く、エイフマンの提言に難色を示した。
擬似GNドライヴ解析において、他の技術者の追随を許さなかったエイフマンはMS開発においても同様の事になるのは明らかであり、UNIONが他の陣営を一気に引き離す事のできるまたと無い機会であったが故。
しかし、世界的に有名とはいえ、一介の技術者にすぎないながら、エイフマンの粘り強い主張にUNION軍上層部はUNIONの一部議員にもその意見が耳に入り、AEUと人革連との議論の結果、二陣営は断る理由もなく、通った。
エイフマンが強く共同研究の継続を主張した理由は、CBの擬似GNドライヴ譲渡の意図を十全に理解し、その意図自体には賛成であったが為。
CBからの擬似GNドライヴ提供を機運として歩み寄りが始まった中、MS開発が再び各陣営がそれぞれに擬似GNドライヴ搭載機についてゼロから技術を積み上げる事になれば、形式上国連管理下で纏まっているとはいえ、以前と状況は何も変わらず、数年もして技術格差が広がれば広がるほど、協調関係が崩れてしまう危険性が高まる。
それを危惧して、ハナミという存在がCBから送られてきた自身の在り方を考えてのエイフマンの提言であった。
それにより、継続して優秀な技術者が国連管理下の元研究を継続し、基礎的部分に関しては、三陣営共に足並みを揃えて一定水準まで技術向上が進むことになる。
そして、AEUで開発しているAEUイナクトをほぼそのまま母体とした擬似GNドライヴ搭載機。
AEU-GN10、AEUコネクト。
GNドライヴはイナクトの胸部に収められてはいるが、スラスターはエクシアの外観からコーンスラスターが分かり易いとは言え、依然技術的問題でキュリオスの脚部やデュナメスの腰部のスラスターなどの既存の推進機構と形が近いタイプのスラスターを元々飛行用推進剤を噴かせていたスラスターをGN粒子放出用に転換させ、見た目には余りイナクトと変化の見られない機体。
演習場にて武装を持たないコネクトがその運動性試験の為に規定パターンで飛び回る。
「はっ、大分良くなってきたじゃねぇか。GNドライヴってのぁ大したもんだぁ。機体が軽い」
その機体に乗るパイロット、ゲイリー・ビアッジ中尉、又の名をアリー・アル・サーシェスはコクピットの中でこう呟いた。
「だがぁ、UNIONの新型の方がよっぽど進んでると来てる訳で……AEUの技術屋には頑張って貰わねぇと困るな」
それか、UNION軍に転属出来ればだが……。
と思った事は口に出さず、サーシェスは機体の操作を続ける。
[ビアッジ中尉、飛行パターンをF2に変更して下さい]
「了解だ」
即座にサーシェスは飛行パターンを変更する。
しっかし、こいつは持ち逃げした所で充電設備がなけりゃどうしようもねぇ。
全く、Cなんたらのせいでこんな正規軍なんて軍規やらの面倒な所にいなけりゃならねぇとはな。
操縦の腕でテストパイロットにはなったものの……物足りねぇ、物足りねぇぜ。
そう、戦争不足で中毒気味なサーシェスではあったが、タクラマカン砂漠でのフランス第四独立外人騎兵連隊に所属して以来、サーシェスは部隊を転々としながらも、戦争を起こす側から一転、治安維持の名目で同じ穴の狢のテロリストを徹底的に叩く側になり、着々と功績を上げ、当然のように操縦の腕を買われ擬似GNドライヴ搭載機のパイロットの位置を難なく確保していた。
そして、最近前線に出ること無く、データ収集の為の機体テストばかり行っているサーシェスが鬱憤を晴らす方法は模擬戦。
「あらよっとぉ!」
サーシェスは軽々と要求されるパターンを再現してみせる。
あぁ物足りねぇ……次の模擬戦でまたコーラ叩いてやっかぁ。
そんな、サーシェスの憂さ晴らしの標的となっているパトリック・コーラサワーは同じ空軍基地で、丁度サーシェスの機体テストを待機室で両手に力を込めて見ていた。
「くーっ、やっぱすげぇ!」
2000回のスペシャルスクランブルをこなし、模擬戦全勝のエースパイロットであるパトリックは、階級は同じ中尉でありながらサーシェスとは明らかな上下関係ができていた。
パトリックは同じAEUフランス軍の所属である関係で、サーシェスと両機共にイナクトで模擬戦をする機会があり、その際完膚なきまでに敗北し、プライドを傷つけられて大いに落ち込んだ。
しかし、その事でカティ・マネキンに電話で話してみれば「貴様は今まで調子に乗りすぎだ。それで少しは態度も治ればもう少しまともな男になりそうだがな」と忙しいマネキンにそう投げやりに言われて以来、馬鹿の一つ覚えの如く、言葉通り「もう少しまともな男」になるべく、普段の態度が改まったと言う。
そして、何故かサーシェスの事も尊敬するようになって今に至るが、普段の仕事に徹するサーシェスはパトリックからはとにかく「できる男」に見え、その本性に全く気づく事は、無かった。
[コーラサワー少尉、機体の準備に入ってください]
「ぉ、了解!」
パトリックはきちんと敬礼した。
―AEUスコットランド―
草原に墓石が並ぶ墓地。
ロックオン・ストラトスはディランディ家の墓石に花束を添えて、しばらくの間その場で佇む。
父さん、母さん、エイミー……。
そこへ、背後から足跡がし、声が掛けられる。
「こんにちは」
ロックオンはゆっくりと振り返ると、
「よぉ、お嬢ちゃん。……久しぶりだな」
そう答えた。
その人物は、三年で成長した、大分落ち着いた様子のリリアーナ・ラヴィーニャであった。
リリアーナは軽く頭を下げると、持ってきていた花束をディランディ家の墓石にそっと添え、黙祷を捧げた。
「……ありがとうな」
リリアーナは首を振る。
「いえ……こちらこそ。毎年両親の墓に花束を添えてくれて、ありがとうございます」
「……ああ」
ロックオンは静かに言った。
ロックオンは2307年以来、AEUイタリアにあるリリアーナの両親の墓にせめてもと個人的に毎年花束を添えていた。
リリアーナは命日に自分も墓参りに訪れた時、それに気づき、一体誰だろうと試しにQBに聞いてみれば「ガンダムに乗っていた背の高いパイロットだよ」と教えた事で、QBを介してリリアーナとロックオンの間ではたまに伝言レベルで交流があったのだった。
「生活はどうだ?」
「今は普通にハイスクールで学生生活を過ごしてます。……魔法少女なので、いつまで普通に生活できるかは分からないですけど」
少し悲しさも見えるような微妙な笑顔でリリアーナ言い、更に続ける。
「……でも、私と同じような境遇の子が一緒に生活している所からはいつでも来て構わないと言って貰っていて、そんなに不安は無いです」
「……そうか」
ロックオンは少しホッとした表情で言った。
リリアーナは自分から口を開いて話し出す。
「私、こんな力があっても、まだどうしたら良いのか分からないですけど、とにかく生きてみようと思ってます。この三年、世界は色々大変ですけど、紛争が殆ど無くなったのに、こうなるのはやっぱり世界自体どこかおかしいんだと思います。あの時の私みたいに、手を差し伸べてくれる人がいて、それに自分から手を伸ばすだけで少しでも救われるのに、こんなに世界は憎しみに溢れてしまう。それでも、今やっと少しずつ世界は変わって来ていると思います。溢れていた魔獣も段々減ってきているので……」
世界の憎しみを魔獣という存在によって直に感じ取る事ができるリリアーナ……魔法少女の言葉はロックオンにとって普通の会話には無い真実味のあるものだった。
ロックオンは一度目を閉じ、もう一度開けて言う。
「そうだな……。お嬢ちゃん達には悪いが、俺達はまた活動を始める。……きっとテロもまた起きるだろう。だが、俺達が原因である以上、その過去は俺達の手で払拭する必要がある」
リリアーナは一瞬俯き、ロックオンに想いを伝える。
「……あの、CBが世界を変える事、願ってるので」
ロックオンは頷く。
「ああ、必ず変えてみせるさ」
「はい」
―UNION領・国連MS技術研究所―
国連管理下とはいえ、元々はUNION軍の施設の一つが共同研究所として使用されていた。
「ここが共同研究所……」
ソーマ・ピーリスがそう呟くと、セルゲイ・スミルノフが言う。
「行くぞ」
「了解です、大佐」
スミルノフはピーリスに加え、他数名を伴い、施設へと入っていく。
人革連はMS開発においてUNIONとAEUの双方に遅れを取っていた。
元々ティエレンはフレーム強度や内部容積に大きな余裕があり、擬似GNドライヴやその粒子供給コードなどの機器を組み込むのに都合の良い構造をしていた為、擬似GNドライヴ搭載の際には容積的問題は僅少であるというメリットがあったが、それでも、ただ積めば良いという問題では全く無かった。
GNティエレン(原型機、MSJ-06III-A、ティエレン全領域対応型)は擬似GNドライヴを積む時点で、ようやく地上でも問題なく超重量のEカーボンを飛行させられる仕様になった全領域対応型ティエレンの全身各所に搭載している幾つものスラスターが、GN粒子による質量軽減効果により不必要になってしまったのである。
かと言って、それらのスラスターをGN粒子対応型にしようとも、AEUと同じく動作不良が多発した。
UNIONとAEUと全く原型機の機体質量が違うティエレンをGNドライヴ対応型にする為には、どうしてもGN粒子に関する基礎技術が必要であり、そのノウハウが存在しない人革連には新鋭機開発には共同研究は非常に有り難い物であった。
AEUは優秀な技術者のある程度の分散を図っていたが、人革連は優秀な技術者を軒並み共同研究所に出向させていた為、新鋭機の開発に関する情報も共同研究所現地が最も進んでいた。
そして、人革連パイロットのトップガンは視察も兼ねてはいたが、主に直接現地での機体テストを行う為に訪れたのである。
スミルノフ達は人革連の技術者に出迎えられ、施設を巡り、AEUとUNIONの技術者達とも挨拶をしながら、まずは視察を行った。
スミルノフ達はこの場での最も重要な人物であるエイフマンにも挨拶を行っていたが、ピーリスの視界に、もこっとした髪型のUNIONの技研の制服を着てはいるがどうも場違いに思える少女と覚しき人物が部屋の端でコンソールを操作している後ろ姿が目に止まった。
子供がこんな所で何故……。
そうピーリスが思った所で、スミルノフ達の会話が終わる。
「ではそろそろ失礼させて頂きます」
スミルノフ達はエイフマンに敬礼をして、人革連の技術者の案内に従い、ティエレン系列の機体の開発を進めている場所へと移動を開始した。
室内を出る直前、もう一度だけピーリスは後ろを振り返ると、直前までエイフマンの傍で共に会話に参加していたビリー・カタギリが少女と会話しているのが見えた。
「中尉、何か気になる事でもあったか」
少し通路を進むと、スミルノフがそう尋ねた。
「いえ……ただ……いえ、やはり何でもありません」
スミルノフはその受け答えに怪訝な表情をしたが移動中でもあり、深く詮索はしなかった。
一方で、スミルノフ達の応対も終えたエイフマン達はしばらくして、UNIONの新鋭機開発の為に、離れた場所にあるUNION関係者以外立ち入り禁止の研究棟に移動する。
エイフマン達のモニターの前にはフラッグを踏襲した新型の立体設計図が表示されていた。
SVMS-GN02、ユニオンウイング。
名称の由来は、グラハム・エーカーがキュリオスが空を飛ぶ映像を見て「私達にもあのような翼があれば……」と呟いたのを偶然横で聞いていたハナミの割と安易な発案によるもの。
2307年からガンダムの外観上から予測範囲内でGNドライヴの大きさなども考慮し地道かつ綿密に設計が進められていただけに機体フレームは完成していた。
基礎技術の共同研究をしているとはいえ、流石に既に三年近くかけている新鋭機の設計情報まではAEUと人革連に明かす筈も無かった。
カタギリがコンソールを操作すると、ウイングが飛行形態、人型形態の可変を難なく行う映像がモニターに表示される。
「この前のグラハムの操縦した機体テストのデータですが、新しいOSは問題なく動作していますね」
「そのようじゃな」
ウイングはパイロット技能に関係なく空中変形を標準でスムーズに行え、カスタムフラッグの時には削りに削った装甲を再びある程度戻し、GNドライヴの出力に耐えうる強度を持ち、加えて高い機動性能を備えた機体である。
「この前の機体テストの映像か」
そこへ、グラハムが現れる。
「少佐!」
「グラハム。今日はどうしてここに」
ハナミとカタギリがそれぞれ言うと、グラハムが答える。
「人革のエースパイロットが来ていると聞いた」
「それでか。相変わらず耳が早いね。……君の言うとおり、ロシアの荒熊、セルゲイ・スミルノフ大佐と挨拶したよ」
その説明にグラハムは目を少し開く。
「ロシアの荒熊が直々に来ているのか」
「視察も兼ねていますけど、ティエレンの後継機開発の為に一緒に来たパイロットの中から専属のテストパイロットの選定をするそうですよ」
「なるほど」
ハナミの説明にグラハムは納得したが、それは人革連のエースパイロット数人がこの共同研究所に滞在する事を意味していた。
人革連のパイロットが来ていると聞いてやってきたグラハムであったが、都合が良いと機体の洗練の為の意見なども交わした。
それも一段落し、ふと、グラハムが尋ねる。
「CBが表向き姿を消してからしばらく……プロフェッサー、再びCBが姿を現すとしたらいつ頃になるとお考えですか」
エイフマンが唸る。
「ふむ……2311年が一つの可能性、と言った所じゃろう」
「年明けですか」
「各国家間の話し合いで資源採掘権の取り決めも纏まった今、新しく変化の起きた経済が安定してまたCBの武力介入に耐えうる状況になるのはその頃という事ですね」
カタギリが言い、エイフマンは肯定する。
「うむ……」
「だが、カタギリ、それではまた世界が混乱する事になる」
カタギリは両手を軽く広げて言う。
「それは勿論間違いではないけど、世界が全く同じ二の舞になることは無いと思うよ。CBが自分から渡したGNドライヴ搭載機の運用目処が立って来ている今、再びCBが現れた時に三陣営が正式に軍事同盟を結ぶ事は容易だからね」
「世界を一つに纏めるという例の話か……」
グラハムは顎に手を当てた。
徐にエイフマンが呟くように言う。
「……CBにとっての次の柱は、恐らく中東にはなるじゃろうが……どうなる事か」
その言葉にグラハムは単語を復唱する。
「中東……」
UNION、AEU、人革連……三陣営が軍事同盟を締結しようとも、国連管理下で纏まる以上、世界的石油輸出規制を一方的に決議した国連に対する中東の反発感情は変わらないという事……か。
加えて、GNドライヴの技術も三陣営で独占されている今、スイール王国のような一部豊かな中東国家の反発は膨らむ。
だが、アザディスタンのような化石燃料の枯渇している国は支援を頼るしかない。
その支援自体も現状は国と国、それぞれの間での関係でしかない。
それももし、三陣営が政治的にも一つになるのであれば、その状況も変わる可能性がある……。
宗教の特に根強い中東で、CBの今まで通りの武力介入でどうにかできるとも思い難いが……。
しかし、CBが世界に対し行動を起こすことを求めているのなら、他人事ではない……か。
―UNION領・経済特区・東京・クロスロード家―
サジ・クロスロードは来年の秋には大学を卒業するが、今はまだ学生生活を過ごしていた。
2309年の秋にルイス・ハレヴィは交換留学の期間が終了した為、スイスに帰国して離ればなれになったが、ほぼ毎日ルイスはサジに電話をかけていた。
[じゃあ、また明日ね、サジ]
映像通信でルイスは笑顔で手を振った。
「うん、またね、ルイス」
サジも軽く手を振って返し、電話を終えた。
直後、ダイニングテーブルに端末を置いて作業している絹江・クロスロードが言う。
「それにしても、ルイスも本当にマメねぇ……。ここまで来ると相当本気だってようやく分かってくるわ……」
正直帰国したらそれきりバッタリになるかと思ってたんだけど……。
浮気するなよ、とか毎日電話で言う子って何よ……。
「あはは……」
というか姉さんまだルイスが本気じゃないかもしれないと思ってたんだ……。
「ところで、どうするの?」
「何が?」
はぁ、と絹江が言う。
「就職先よ。ルイス……の、お母さんが……紹介するって言ってるんでしょ? 素直に受けるのかどうかさっさとはっきりしないと失礼よ」
いつからか知らないけどルイスのお母さんもサジの事気に入ってたのは最大の誤算だったわ……。
「あぁ……うん。……素直に受けた方がいいとは思うんだけど、それはそれでどうなのかなーって……」
サジは微妙な表情で首を傾げた。
「まぁ……分かるけど。もし断るなら、絶対どこどこに入りたいとかそういう理由があってお断りしますって、先方が納得できるぐらいの説明はしなさいよ」
絹江は忠告するように言った。
「わ、分かってるよ。ただ、姉さんの言うとおりだと、断る理由無いんだよ……。入れるなら入りたいと思ってたぐらいの所だし……」
サジの贅沢な悩みに、絹江もそれはそれで仕方がないかと微妙な表情で言う。
「そうよね……リニアトレイン公社だものね……」
「うん……」
返す言葉も無いとサジは頷く。
「サジ、あんた、そんなに高いプライドがあるとは思えないんだけど、どうなの?」
絹江は更にサジの心を抉る。
「う……」
「コネで入社するのは良心が痛む……だけど、自分でエントリーして絶対入れる自信もない、と。それで落ちた後、やっぱりお願いしますなんて言ったら最高に格好悪いわねぇ……」
絹江は片手を頬に触れて想像するように言った。
それを想像してサジも嫌な未来予想だと思う。
「はい……」
「さっき自分で言ってたけど、素直に受けた方がいいと思ってるなら、素直に受けるのが一番無難ね」
「……僕もそう思います」
この話は結論が出た。
再び絹江は端末を操作しながら思う。
リニアトレイン公社……超優良企業でうちのJNNの最大のスポンサーでもある。
でも、間違いなくCBに出資しているのよね……。
絹江はJNN記者である事から、ヴェーダにCBのエージェントとして指示された仕事は、ヴェーダが集める事のできないアナログな世界の情報を報告し、マスコミ関係でCB関連の情報を操作している人物がいないかその動向を報告するなどなど……地道に行っていた。
この二年、世界の情勢の不安定さに、実働部隊ではないとはいえ、CBに所属しているという自覚が少なくともある絹江は、少なくない罪悪感を覚え、落ち込んだ時期もあった。
それでも、できることをする以外に方法も無く、絹江は今に至る。
そこへ不意にサジが絹江に声を掛ける。
「ところで、姉さん、そろそろまた暁美さん来るかな?」
よくよく聞いてみるとルイスと声がそっくりな姉さんの知り合いの謎の女の子。
気がつくと家にいたりして、本当にご飯……しかも殆ど僕が作るのを食べるだけ……。
三年経っても全然変わってないとか、それ以外にも色々アレだけど、何回かあるうちにもう慣れたなぁ……。
お礼だって言って日本の地方のお土産持ってきたりしてくれるし、良い子だけど……。
「そうね。……一週間か、二週間か……そろそろ来る頃ね」
「何が良いかな?」
絹江が悩むが、
「んー、お気になさらず、ってきっと言うでしょうけど、いつも通りで良いと……思うわ」
投げた。
サジは薄々言うだろうとは思ってたよ、と聞いた意味ないとばかりにため息を吐く。
「やっぱり……。そのいつも通りっていうの、意外と困るんだよね……」
「可愛い女の子がどこか幸せそうにご飯食べるのが見られるんだから、安い悩みでしょ」
絹江はカタカタと両手を動かしながら、何の気無しにそう言った。
「えーっ! だったら最初から姉さんが作ろうよ!? 姉さんの知り合いでしょ!?」
思わずサジは突っ込んだが、
「だって、サジ、あんたの方が料理上手でしょ」
絹江はあっさりと結論を言った。
「はい……そうですね……」
―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―
GNドライヴのマッチングテストを無事終了した所で、イアンは地上に降りているメンバーにも暗号通信を行い、機体テストに入る時期について連絡を済ませた。
「師匠、各ガンダムのGNドライヴの換装完了です」
そこへ、マッチングテストの終了したオリジナルのGNドライヴをそれぞれの第四世代ガンダムに改めて搭載する作業が終了した事をシェリリンが報告した。
それを聞き、イアンは腰に手を当て、各ガンダムを眺め壮観だとばかりに言う。
「了解だ。これでようやく本格的な機体テストに入れるな」
GNT-0001、ガンダムルシフェル。
GNT-0002、ガンダムイーノック。
GNT-0003、ガンダムアリオス。
GNT-0004、ガンダムセラヴィー。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
CBT-002、2ガンダム。
計12機のツインドライヴ仕様、第四世代ガンダム。
内、七機のZガンダムが擬似GNドライヴ搭載型。
世界を変えるガンダムが、静かにその目覚めを待っていた。
人々の与り知らぬ所で、今、ツインドライヴが胎動の時を迎える。
トランザムで真に覚醒するオリジナルのツインドライブが、CBを未知の領域へと誘う。
それは、新たな世界が放つ産声なのか。
本話後書き
まず、申し訳ありません。
第四世代ガンダムの名前は、上から二つは嘘です。
特にガンダムイーノックは大嘘です。
中の人が同じだからやってみた! とかそういうアレです。
「普通に白けるわー」と思われた皆様、改めて申し訳ないです。
以下、7/22変更。
感想版で数多くのご意見を頂き、ダブルオーをそのままダブルオーとするのに無理があるかと思っていたのですが、そんな事はなかったという事で、ダブルオーはダブルオーにさせて頂きます。
次話で改めて修正した機体名を再掲します(本話の記事ではネタとして据え置きとさせて頂きます)。