―王留美所有・小型輸送艇―
イタリアに滞在してリリアーナ・ラヴィーニャの監視を行っていた王留美は紅龍を伴い、私有の輸送機で東京の別荘へと飛んでいた。
「こんなに事が早く動くなんて」
フフと王留美は機内で笑みを浮かべる。
監視していた魔法少女とは違う魔法少女が同席しているなんて好都合だわ。
そこへ紅龍が現れる。
「お嬢様、絹江・クロスロードの素性、判明しました」
言って、端末を渡す。
「絹江・クロスロード……JNN記者取材班。JNNのCBに関する報道特集第一回目の取材を主導で行った人物。随分あちこち企業にも取材を申し込みをしていたようね。王商会にも。……家族構成は大学一年の弟が一人のみ。あら」
読み上げ、サジ・クロスロードの顔写真を出した所、数ヶ月前、天柱の低起動ステーションで見かけた気がすると、王留美は思う。
「母親を早くに亡くし、同じく既に故人の父親はフリージャーナリスト。報道関係の間では有名。取材先の企業に濡れ衣を着せられ、投獄された」
続けて淡々と王留美は読み上げ終えた。
「では、予定の通りに」
言って、王留美は端末を閉じた。
「承知致しました」
そこで王留美は機内で仮眠を取り、数時間。
再び起きて用意が整った所で、紅龍が伝える。
「何かしら?」
「お嬢様、暁美ほむら、について検索した所、約300年前に失踪した人物と同名である事が判明しました」
難しい顔をして紅龍は言ったが、王留美も目を丸くする。
「300年前? 流石に冗談ではなくて?」
「私もそう思いますが一応一致する情報です。写真までは残存していない為確認は取れませんでした。間もなく、東京へは後一時間程で到着です」
その言葉を聞き、王留美は了承する。
「分かったわ」
そして一時間。
別荘の前に輸送機が到着。
二人が降りると、別荘の使用人達が出迎えた。
「伝えた通り、お世話の必要はなくてよ」
カツカツと歩き、王留美はそう言って、石畳を進む。
「失礼」
紅龍も後に続いた。
そして広間に到着。
扉を開けると、刹那・F・セイエイは顔を向け、少女はスッと目を開け、絹江・クロスロードは緊張した様子で同じように見た。
「王留美」
刹那が言った。
「刹那・F・セイエイ、そちらの二人ね」
王留美が刹那から絹江と少女へと視線を移して言う。
絹江と少女は立ち上がるが、絹江は驚愕していた。
丁度良い距離まで近づいた王留美が丁寧に自己紹介をする。
「王留美です。CBのエージェントをしております。こちらはパートナーである紅龍です」
手で後ろに控える紅龍示した。
絹江は驚きが収まらなかったが、先に少女が名乗る。
「暁美ほむらです」
それが耳に入り、絹江も慌てて言う。
「絹江、クロスロードです」
絹江の様子を見て、王留美は僅かに微笑を浮かべ、
「その節は当商会への取材、丁重にお断りさせて頂きましたわ」
と言った。
「は……はい。その節は無理を言って失礼しました」
絹江は痛い所を突かれ、頭を下げたが、心中はまだ驚いていた。
まさか王家の当主その人がCBのエージェントだったなんて……。
「お構い無く。スメラギさんから話は伺っております。手配も整っていますのでご安心下さい。クロスロードさんはJNNの記者という事ですが、私達と同じくエージェント、情報収集を主として活動して頂きます。常時はこれまで通り仕事を続けて下さい」
絹江は王留美の言葉を真剣に聞く。
「必要がある時、適宜指示が端末に降りますので、それに従って行動して頂ければ構いませんわ」
「は、はい」
既にどうなるかが決定していた事に絹江は置いて行かれかけるが、それに構わず王留美が言う。
「では紅龍、活動の内容を教えて差し上げて頂戴」
「承知致しました。クロスロードさん、どうぞこちらへ」
紅龍が一歩前に出て絹江を手で示し、広間から続く別室へと案内していった。
広間に残ったのは王留美、刹那、少女。
刹那は自然に立ち上がり、二人にある程度の距離まで近づく。
「さて、貴女は魔法少女……という事で合っているのかしら?」
王留美が興味深そうに少女の左手の甲の菱形の紫色の宝石を一瞥して尋ねた。
「合っています」
簡潔に少女は肯定する。
「それは良かった。では、私達も別室に参りましょう」
王留美は刹那と少女を案内しようとするが、少女が口を開く。
「絹江・クロスロードの当面の命の保証は確保されたのですか」
王留美は少し目を見開いたが、表情を緩め、
「この王家当主の私が保証致しますわ。CBのエージェントとしてクロスロードさんのバイオメトリクスがCBのデータバンクに登録されるので、一般人の扱いからは除外されます」
自信を持って説明した。
「分かりました」
少女は表情を崩さずに答えた。
少女としても、後にQBが夜、肩に現れた時に尋ねれば済む事であった。
改めて、王留美に従い、少女と刹那は歩いてCB用の機材が備えられている部屋へと向かう。
開けると部屋の端から端にコンソールが配備され、壁面には巨大なモニターが見えた。
王留美はコンソールの一つに長方形のクリスタルキーを挿し込み、起動させる。
瞬時にコンソールが起動し、灰色だったモニターは電気が入り、真っ白になり、次々と文字列が浮かび上がる。
「プトレマイオスと繋ぎますので少々かかります」
王留美はコンソールを操作し、暗号通信を送る。
―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―
「スメラギさん、王留美から暗号通信来ました!」
クリスティナ・シエラが後ろを振り返ってスメラギに言った。
「来たわね」
スメラギ・李・ノリエガは待ってましたという様子で言い、クリスティナの席の元に向かう。
クリスティナが暗号を解除し、メッセージを表示する。
すぐに目を通したスメラギが指示を出す。
「クリス、ブリーフィングルームへマイスター達の集合をかけて、モニターを王留美の屋敷との接続をお願い」
「了解です。スメラギさん、私も興味あるんですけど、駄目ですか?」
クリスティナはスメラギをいたずらっぽい表情で見上げた。
「俺もあります」
リヒテンダール・ツエーリも操舵席から手を上げて言った。
「そこは中継映像で我慢して」
スメラギは困った様子で言った。
クリスティナはやっぱり、とわざとらしく項垂れ、艦内放送を掛ける。
「……了解です。マイスターズはブリーフィングルームへ私服で集合して下さい」
「じゃ、行ってくるわね」
スメラギは言って、ブリッジを後にする。
廊下をレバーを掴んで移動し、ブリーフィングルームへ。
続々とロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデが到着する。
ロックオンは機体が受けた損傷から、受けた衝撃を詳細に分析調べる為に地上からプトレマイオスへと上がり、イアン・ヴァスティから文句を言われた後だった。
「スメラギさん、本当に僕達姿を見せても良いんですか?」
アレルヤがスメラギに尋ねた。
スメラギはアレルヤに顔を向け、割合軽い様子で言う。
「私服だし、大丈夫よ。ガンダムマイスターである事は言わなければ分からないのだから。それに、あちらも、裏も裏の存在のようだし」
「まさか、本物の魔法少女なんてものがお出ましとな」
ロックオンは腕を組んで言った。
「見極める必要がある」
ティエリアは気難しい顔をした。
スメラギは体の前で手を組んで言う。。
「会ってみてのお楽しみよ。王留美からの情報とクリスの確認によると、暁美ほむらという子は約300年前の失踪者と同名らしいわ」
ティエリアとロックオンは馬鹿馬鹿しいという様子をし、アレルヤが呆れた顔で尋ねる。
「まさか、信じているんですか?」
「いいえ?」
語尾を上げてスメラギは答えた。
「何ですか、それ」
スメラギが笑う。
「気にしない気にしない」
そこへクリスティナからの通信が入る。
[モニターの接続、完了しました]
「ありがとう。繋いで頂戴」
そして、ブリーフィングルームのモニターが繋がる。
―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―
こちらにも、モニターにメッセージが入り、プトレマイオス側の用意が整った事が分かる。
そして王留美が更に操作すると、モニター一面にはプトレマイオスのブリーフィングルーム全体が映しだされる。
そこには四名の姿。
各員見慣れない少女を見てそれぞれの表情を浮かべた。
「スメラギさん、お揃いですわね」
王留美がフフ、と笑いながら言った。
[ええ、こういう事にね。見事な手配、感謝するわ]
スメラギは頷いて言った。
「恐れ入ります」
王留美が一礼した。
そして、悪いわねという様子でスメラギが口を開く。
[数時間振りだけれど、四人もいて御免なさい、暁美ほむらさん]
少女は即座に答える。
「構いません」
その答え方に腕を組んだロックオン、そしてアレルヤが微妙な顔をして一瞬だけティエリアの方を見た。
[それでは、早速で悪いけど、魔法少女……について聞かせて貰えるかしら?]
スメラギは真面目に魔法少女なんて言うのやっぱり違和感あるわね、という様子で言った。
「分かりました。ただ、その前に先にCBが魔法少女に襲撃を受けたという件について教えて貰えませんか?」
少女はその方が早いと言った。
スメラギは一から聞いて行きたかったがそれでも構わないと頷く。
[……そうね、分かったわ。王留美]
王留美が優雅に一礼し、
「お任せ下さい」
コンソールを操作し始め、すぐに準備が整う。
「再生します」
モニターにデュナメスのミッションレコーダーに記録された問題の映像が再生される。
槌を振り回す少女がガンダムを襲う映像を最初から最後まで見たところで、少女は軽く髪を掻き上げた。
続けて、王留美が映像の少女についての素性を説明する。
「この人物は、AEUイタリア出身、リリアーナ・ラヴィーニャ、14歳。半年前の爆破テロによって両親が死亡しています」
リリアーナの素性を王留美が解説し終えた所でスメラギが尋ねる。
[と、言うことなのだけど、あなたの見解はどうかしら?]
少し間を置き、少女が目を細めて言う。
「……大体の事情は想像が付きます。説明する前にもう一つ。素性を調べているということは他にも詳しい情報を得ているように思いますが、どうですか?」
次に王留美を意図的に見た。
ここでスメラギは厄介だと感じた。
説明はすると言ったけど、この子は必要以上の事を話す気はないようね……。
そして、スメラギは王留美が更に自分を見てきたので、頷いて返した。
「では、私達が得た情報に基づいた仮説を」
言って、説明を始める。
「QBと契約すると魔法少女となる代わりに願いを叶える事ができる。魔法少女は魔獣と呼ばれる存在を魔法を使って倒し、恐らくそこから得られたグリーフシードと呼ばれる黒い結晶を使ってソウルジェムと呼ばれる宝石の濁りを浄化する。そして、使い終わったグリーフシードはQBが回収する。但し、魔法少女は消耗しすぎると消えるらしいという情報を得ていますわ」
王留美は流暢に述べた。
じっと聞いていた少女が一呼吸置いて口を開き、スメラギ達は思わず緊張する。
「……合っています。そしてCBを襲撃した魔法少女は、大方、両親を失った恨みをCBの象徴であるガンダムに向けた。そこへQBが現れ魔法少女となる契約を持ち掛け、実際に契約した。願いはガンダムを倒せる力が欲しい。このような所でしょう」
スメラギ達は余りにさらりと言われた事で一瞬反応が遅れてしまい、少女が続けて結論を言う。
「……はっきり言えば、この魔法少女、CBの自由に対処して問題ありません」
スメラギは少女の特に何も思うことはないという様子を見て若干眉をひそめ、ロックオンとアレルヤも我に帰って同じような表情をする。
[……つまり、迎撃して構わないと言うの?]
「はい」
肯定。
少女は分かっていた。
リリアーナはガンダムを倒す力を願った以上、倒せないと自覚したその時には絶望で消滅するしかない。
そもそも、憎悪が原動力の魔法少女は短命にならざるを得ない。
最初に契約を持ち掛けたのはQBだとしても、契約するかどうか意思表示をするのは少女の自己責任。
常に一少女とQBの間のみに契約関係は成立する。
そこに第三者が関与する余地は本質的に存在しない。
ここで黙っていたティエリアが問いただすように言う。
[君はこのリリアーナ・ラヴィーニャと同じその魔法少女であっても関係は無いのか?]
「その魔法少女と私に共通するのはQBと契約をして魔法少女になったという事実だけ。私はその魔法少女と関係ありません」
少女は淡々と回答し、そこでティエリアも一応は疑いの目を止めた。
殆ど少女が話す事も無く魔法少女がCBを襲撃した件の結論は出てしまった。
しかし、スメラギ達には魔法少女、そしてQBに対する謎がまだあった。
スメラギは未だ信じ切れず、つい確認をする。
「少し話を前に戻すけど、願いが叶うというのは本当?」
「信じるか信じないかは自由です」
少女の受け答えに、スメラギは興味半分から一転、効果的に少女から情報を引き出そうと質問を変える。
[分かったわ。……グリーフシードが得られるという魔獣とQB、そしてCBにどういう関係があるか、教えて貰えるかしら?]
魔獣とは何かなどとと聞かれた場合はCBに関係は無いと言うつもりだったが、少女は仕方が無いかと口を開く。
「……CBが活動すると魔獣が増え、グリーフシードを回収したいQBには効率的です」
一同は耳を疑った。
CBの活動で何故魔獣が増えるのか、と。
[ど……うして、CBの活動で魔獣が増えるの?]
動揺しているスメラギを意に介さず、少女は至って冷静に返す。
「理由を聞いたとして、CBは活動を止めるのですか?」
核心を突いた問いに一同は息を飲んだ。
だが、そこへアレルヤが答える。
[……止めないさ。だけど、僕は僕達の行動で起きる事をできるだけ知っておきたい]
それが僕達の咎だというなら尚更。
アレルヤの目を見た少女はゆっくり口を開く。
「……魔獣はこの星に生きる人々の怒り、憎しみ、悲しみのような負の感情が強まると自然に発生する存在。だから、世界の敵意を集めているCBの活動によって魔獣は必然的により多く生まれます」
それを聞いたアレルヤ達は信じられないと目に動揺の色を浮かべる。
一方で王留美は興味深そうな目をする。
[馬鹿なっ……。感情でそのようなモノが生まれるなど]
ティエリアの口から呟きが漏れた。
しかし、信じて貰う必要も無いという様子で少女は沈黙を貫く。
今度はロックオンが一つ唸り、組んでいた腕を下ろす。
[そのグリーフシードとやらを集めて、QBが何企んでるか知ってるのか?]
「知りません」
少女は即答した。
宇宙の熱的死を防ぐ為に回収した感情エネルギーを使うなど私の知る事ではないのだから。
ばっさり話を終わらされてしまいロックオンは苦い顔をするが、再びアレルヤが少女の話を真実という前提で尋ねる。
[僕達CBの活動について君は個人的にどう思っているか聞かせて貰えないかい? 間接的に僕達の活動は魔法少女である君の負担を増やしているのだろうし……]
しかし、アレルヤの期待に反し、少女ははっきりと言う。
「特に活動について何も思う事はありません」
何も思うことは無いという発言にアレルヤは言葉が返せなかった。
ロックオンは僅かに不快感を抱いて少女に問う。
[それは自分には関係無いって事か?]
「はい。魔法少女は魔獣が人に害となって返る前に狩り続ける、それだけです」
少女は気にせず肯定した。
少女は至って冷静に答えたものの、少なくとも紛争に対しては否定的な様子がロックオンには伺えた。
その上、彼女がその近くでずっと黙ったままの刹那に被ってしまい、つい尋ねる。
[魔法少女としての立場の前に思うことも無いのか?]
ロックオンの問いに、少女は別にCBに対して意見しに来た訳ではないと、虚空を見る。
「私にとってCBの活動は、気がつけば20年以上続いた太陽光発電紛争の次。時代の流れの中の出来事の一つのようなものです」
皆、少女の浮世離れした言い方に困惑するが、ロックオンが強烈な違和感に気づく。
[……気がつけば20年って、一体幾つだ]
どう見てもまだ14、15歳だろ、と。
問われて、今度は少女が今までになく、しまったという顔をした。
しかし、この際良いかと少女はすぐに冷静に戻り、
「……あと少しで300ぐらいかしら」
完全に音が消えた。
モニターの向こう側に見える四人は一切動かず石の如し。
ギギ……と頭を動かしてスメラギが復活する。
[……い、一瞬信じそうになったけど、中々言えない冗談ね]
[そ、そうですね]
スメラギとアレルヤが口々に言ったが全く顔が笑っていない。
300年前の失踪者と同名である話は予めしていたが、少女からそれを匂わせる発言を口にするとは思っていなかった。
そこへ王留美がまさかと思いながら少女に問う。
「暁美ほむらという名が約300年前に失踪した人物と同一なのは偶然でして?」
再びモニターの向こうが凍りつく。
少女はゆっくり口を開き、
「同一人物です」
真顔で言った。
「まあ」
―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―
「え……えぇぇぇぇえええ!?」
ブリッジではモニターを見ていたクリスティナが叫び声を上げていた。
「おいおい、これが本当なら生きた化石だぞ!」
ラッセも思わずモニターに向かって声を上げた。
逆にリヒテンダールは完全に引いて言う。
「嘘言ってるようにも見えないすけど、流石に……」
「長生き……」
フェルトは目を丸くして呟いた。
―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―
ブリーフィングルームは沈黙が続いていた。
少女が年齢発言をした後「この辺りで良いですか?」と私の説明はこれで終わりです、という雰囲気に流され、そのまま通信終了となり、今に至る。
ロックオンは徐に手を頭に当てる。
「あー、何なんだか」
「何、だろうね……」
アレルヤは遠い目をした。
「……人は見かけによらないとはこう言うことなのかしら……ね」
確実に年下と思って話しかけていたのを恥ずかしく思うスメラギ。
「いずれにせよ、襲撃してきた魔法少女は単独である事がはっきりした。再び遭遇する時には対処するだけです」
ティエリアは難しい顔をして話を戻したが、QBについて大して情報が得られなかった為不満そうであった。
「結局、刹那の言った通りか。俺達が撒いた種なら俺達でケリをつけるしかないってこった」
聞いたロックオンも話を戻し、仕方ないと言った。
「そう、ね……」
スメラギが呟き、アレルヤが顔を顰める。
「その原因の一端にQBが関わっているのが複雑ですよ……」
スメラギが溜息をつく。
「全くね。信じるか信じないか自由と言われたけど、QBは人の負の感情から生まれるグリーフシードを回収するのが目的というのは恐らく事実なのでしょう。私達の活動にQBが介入してくるのは必然的だった、という訳ね」
そこへロックオンが腑に落ちない様子で言う。
「だが、ミス・スメラギ。QBはわざわざ俺達に接触してこなくても、魔獣とやらは増えたんじゃないのか?」
「リジェネ・レジェッタが伝えてきた事が答えよ」
スメラギが落ち着いて答え、ロックオンが思い出して納得する。
「ああ、CBが壊滅する予定だったっていうアレか」
「いや……恐らくそれだけではない」
「ティエリア?」
スメラギが思いつめたようなティエリアを見た。
「……何でもありません。退出します」
言って、ティエリアはブリーフィングルームから一人先に出て行った。
「何だ?」
ロックオンが怪訝な様子で言うが、スメラギがハッと気がつく。
「まさか……だから」
アレルヤが不思議そうに尋ねる。
「どうしたんです? スメラギさんまで」
「……QBにとっていかにCBが都合が良いかと思っただけよ。私も行くわね」
スメラギは気にしないでと、苦笑してブリーフィングルームを後にした。
ティエリアとリジェネ、そしてエイフマン教授の元に現れたハナミという子。
もし、魔法少女になり得るのだとしたら……。
憂慮すべきなのか、既に助けられている形になっている事に感謝すべきなのか……困ったものね。
スメラギは、はぁ、と息を吐いて、ブリッジへと向かって行った。
―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―
モニターは元の白い画面となって室内を照らしていた。
結局経過した時間は30分にも満たず、紅龍が絹江に説明をしている方はまだまだ始まったばかり。
モニターを明かりとして、室内自体はほの暗い中、終始黙り続けていた刹那が問う。
「300年生きているというのは、本当か」
「本当よ」
少女は簡潔に答えながら思う。
魔法少女は人間として生きているとは言えないかもしれないけれど。
刹那が僅かに頷いて言う。
「何が見えた」
刹那の言葉の足りない問いかけに王留美はキョトンとする。
「人は変わっていない」
少女は刹那を一瞥してポツリと言った。
王留美は刹那に答えた少女に驚いて少し口を開け、次にまた刹那が何を言うのかと顔を向ける。
300年生きている、つまりそれに等しい時間世界を見てきたと言う少女の言葉を重く感じ、刹那は拳を僅かに震わせ低い声で言う。
「変われ、ないのか」
少女は刹那の様子を見て、徐に髪を掻き上げて、
「……あなたが変わりたいと望むなら、変わるかどうかはあなた次第よ」
諭すように言った。
「俺、次第……」
刹那は下を向いて復唱した。
「そうよ」
言って、少女は自然に歩きだして、部屋から出ていく。
思わず少女の言葉に考え込んでしまっていた王留美がそれに気づき、急いで自分も少女の後を追いかけ扉を開け、見えた少女の背中に向かって期待を込めた声を掛ける。
「時に、私もQBと契約する事はできまして?」
少女の足がピタリと止まる。
「その命と引き替えにしてまで、叶えたい願いがありますか」
「それは……」
王留美は言葉に詰まった。
「その願いも無いのなら、契約しても魔法少女に課せられる運命に縛られるだけよ」
少女は僅かに顔を左に向け、その左目で王留美を睨みつけて言った。
少女は王留美の問いには答えなかった。
しかし王留美は自覚する。
私は何かを望んでいるけれど、それが何かは分からない。
ただ、世界が変わりさえすれば、理不尽に決められた私の人生も変われるかもしれないと思っていた。
けれど、彼女は言った。
変わりたいと望むなら、変わるかどうかはあなた次第。
例え世界が変わったとしても、私が変わるとは限らない。
王留美は、ここに来るまでQBと契約すれば願いを叶えられるという話に漠然とした何かを期待していたが、自分自身の願いが具体的にどういうものか考えてはいなかった。
仮に世界が変わって欲しいと願った所で、どう変わって欲しいのかもはっきりしない、契約しても魔法少女として魔獣との戦いに縛られ続ける。
沈黙した王留美に構わず、少女は一人、広間へと戻っていった。
それから少し。
部屋の扉の前で立ち尽くしたままの王留美の後ろから刹那が現れる。
「どうかしたのか」
声を掛けられ、王留美が驚いて振り向く。
「い、いえ」
「そうか」
刹那はその言葉を聞いて気にせず広間へと戻ろうと王留美の横を通って歩き出す。
その刹那の背中に少女の後ろ姿が被り、王留美は呼び止める。
「刹那・F・セイエイ。あなたはどうするつもり」
刹那は足を止め、
「俺は変わる」
そう一言。
そのまま去っていく。
残った王留美はその場で呟いた。
「変、わる……」
……その後、王留美もとぼとぼと歩きだし、少女と刹那のいる広間へ戻った。
微妙な雰囲気の空間の中、時間だけが過ぎていった。
しばらくして絹江と説明を終えた紅龍も戻り、絹江は王留美達に礼を述べ、三人は来るときと同じく車に乗った。
運転席と後部座席の間には仕切りがあり、会話が聞こえないようになっていたが、生憎会話自体が無かった。
しかし、痺れを切らしたのか、絹江が少女に尋ねる。
「暁美さんは最近、アメリカに行った事はあるかしら?」
「ありません」
即座に否定が返る。
絹江は目を閉じたままの少女のその威圧感に気圧されるが、だとすると一体、と思う。
髪の毛の長さが絶対的に違う。
良く似た別人なのかしら……。
絹江は携帯を操作して写真を出し、もう一度と少女の近くに見せて言う。
「こ……この写真の子に見覚えは?」
すると少女はゆっくりと目を開け、写真を見て一瞬目を見開くが、
「ありません」
再びの否定。
「そ……そう、ありがとう。他人の空似、かしらね……」
苦い顔をして絹江は呟いた。
目を閉じ直した少女は思う。
これは偶然……それとも。
QBが一般の前に姿を現した事は違和感があるとは、わざわざCBと話し合うつもりも無かったから言わなかったけれど、効率的というQBの言葉には根本的に何か大きなメリットがあるのかもしれない。
……しかし、それも大した意味を持ちはしない。
いずれにせよ、QBは活動を止めたりはしないのだから。
一方、大分落ち着きつつあった絹江は少女の言った魔法少女、という単語について尋ねたかったが、実際に尋ねようという気にはならなかった。
絶対に答えそうに無い上、尋ねた瞬間「愚か」と逆に叱られる未来が容易に想像できた。
車は午前の東京の街を走り、人気の無い所で停車し、三人を降ろした。
「俺は先に戻る」
刹那は二人に言って、
「えっ?」
絹江の声を気にする事なく、足早に勝手に行ってしまった。
絹江が片手を伸ばして何かを言おうとした所に、少女が呟く。
「一緒にいる所を見られないように……」
「あ、そ……そういう事」
絹江はそうか、と納得して手を降ろした。
「では、私もこれで」
言って、少女もカッカッと歩き出す。
「ま、待って」
絹江の制止の言葉に足が止まる。
「良かったら、私の家に寄っていかない? も、もちろん、詮索するつもりは無くて……せめてご飯だけでもというかその……」
更に慌てて取り繕うように絹江が言う中、
「……分かりました」
少女は絹江の顔を見上げて言った。
絹江はこんなに簡単に了承が得られるとは思っていなかったので驚く。
「ほ、本当に良いの?」
「冗談なら帰ります」
すぐに少女は踵を返そうとする。
「本当! 本当よ」
危うく、少女は本当に帰る所だった。
少女が誘いに乗った理由は、夜、QBが現れ絹江の安全が本当に確保されたのか尋ね、確かめられるまでは、絹江の付近を離れない方が良いと考えた為。
―UNION領・経済特区・東京・クロスロード姉弟のマンション―
誘った割には会話無く、二人は部屋の前まで到着した。
「ど、どうぞ」
ぎこちない絹江に対し、少女は落ち着いた様子で言う。
「お邪魔します」
玄関で絹江は先に靴を脱いで上がり、少女に声を掛ける。
「あ、ブーツは靴箱を使ってい」
「それには及びません」
絹江の言葉を遮り、少女は左手の甲の宝石に触れ、全身が紫色に一瞬輝く。
すると、少女の姿は上から下まで一般的な服装に変化し、靴もブーツではなくなっていた。
「え……あ……」
絹江は口をパクパクさせて驚く。
「詮索は、しないですよね」
なら気にしないで、と何食わぬ顔で少女は靴を脱いで上がった。
「え……ええ……」
絹江は誘導されるように頷き、少女をリビングへと案内して、ソファに座るように勧めた。
少女はスッと座り、絹江は飲み物を用意しようと冷蔵庫を開ける。
さっきの、何。
ま、魔法?
だから、魔法少女?
訳が、分からない……。
絹江は左手で頭に触れる。
それにあの子、私が尋ねられないと分かっていてやったわね。
開けた冷蔵庫には碌に飲み物が無かった為、パタリと扉を閉じ、茶を淹れる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少女は軽く頭を下げて、茶飲みに手を伸ばし口元に運んで飲んだ。
そして絹江は誘った通り、昼食を作り始めた。
「何か食べたいものは?」と尋ねると「お構いなく」と答えた少女に絹江は本当にやりにくいわ……と感じたが、この際だしと、夕食に食べるような食事を作った。
ソファからダイニングテーブルへと少女を勧め、二人で向かい合う。
「頂きます」
少女は両手を合わせて言った。
「ご飯はお代わりあるから遠慮せず言ってね。……頂きます」
絹江はそう言って自分も手を合わせた。
黙々と食事を取る少女に、無駄に緊張してどうも箸が進まない絹江。
気がつくと茶碗のご飯が無くなっており、少女が真顔で尋ねる。
「お代わり、頂けますか?」
「も、もちろんよ。ちょっと待っててね」
絹江は茶碗を受け取り、お代わりをよそいにキッチンに行き、戻る。
「ありがとうございます」
自然に受け取った少女は黙々ともぐもぐ食事を続け、次第に絹江も緊張が解けていった。
「ごちそうさまでした」
その言葉を聞き、絹江は恐る恐る尋ねる。
「……口に、合ったかしら?」
少女が深く頷く。
「とても、美味しかったです。絹江さんは料理が上手ですね」
どことなく、充足感に満ちたような声に、絹江も少し顔がほころぶ。
「それは良かったわ。ありがとう。でも実は弟の方が料理上手いのよ」
「弟さん、ですか」
「大学で宇宙工学を学んでいるんだけど。私が仕事で家を空ける事が多い関係でね……」
少女は絹江に弟がいて、それが唯一の肉親である事も昨日の時点で知っていた。
絹江は少女の事情について尋ねたい心を押さえ、少し話を続けようとした矢先。
玄関の扉が開く音がする。
サジはアルバイトに行こうと家に帰って来たが、玄関が開いていた上に、見知らぬ靴が置いてある事を不思議に思った。
「あれ?」
そのまま靴を脱ぎながら、上がると、廊下に絹江が顔を出す。
「サジ、お帰り」
「姉さんの方こそお帰り。夜帰ってきてた事、気づかなかったよ。今からバイト行くけど、誰か来てるの?」
言いながらサジはリビングへと向かう。
「ええ、ちょっとね」
絹江は微妙な表情をして返し、サジは怪訝に思いながら、リビングに着くとそこには少女が一人。
サジは少女の張りつめたような雰囲気に、ぎこちなく挨拶する。
「こ、こんにちは……」
「お邪魔してます」
少女は落ち着いて会釈をした。
どこの子、とサジは聞きたい所ではあったが、失礼かと思い、同じように会釈をして、少女をやや避けるように遠回りして自分の部屋に向かった。
それに絹江はホッと一息。
部屋に戻ったサジは鞄を降ろす。
「刹那に似た雰囲気の子だったな……」
日本人みたいだけど、姉さんどこで知り合ったんだろう。
そう考えながら、サジはピザの宅配のアルバイトへ行く準備を手早く整え、
「それじゃ、行ってくるよ。ごゆっくりどうぞ」
リビングを通りがけにサジは絹江と少女にそう言って玄関に向かった。
「行ってらっしゃい」
絹江が見送り、再び二人。
そして沈黙。
何か言わないと、と絹江が内心焦り始めた所、意外にも少女が口を開く。
「仕事は、どうですか」
含みを持たせた言い方に、絹江はCBの事だとすぐに理解する。
「一通りは大丈夫。情報収集をするだけだから。専用の端末も受け取っているし」
端末を受け取った時、市販の物とは一線を画している事に驚いたのを思い出しながら絹江は言った。
「そうですか」
絹江の言い方に、当面しばらくは大丈夫そうだと少女は判断し、
「そろそろ、失礼します」
席から立ち上がった。
「ま、まだ居てくれて良いのよ」
唐突な切り出しに絹江は呼び止めようとしたが、
「いえ、お構いなく」
少女はスタスタと歩き、玄関で靴を履いて、再び紫色の光を纏い、服装を変化させ、またもや絹江を驚かせた。
「料理、ごちそうさまでした」
「よ……良かったらまた家にご飯食べに来てね」
絹江は頭の中でもっと違う、言う事あるでしょ、と思いながらも焦って口から出たのはこうであった。
少女は軽く会釈し、
「その時には。失礼します」
扉を開けて出た。
思わず絹江は靴も履かずに急いで玄関扉を遅れて開けたが、そこに少女の姿は既に無かった。
「え……」
……その後、絹江は不思議に思いながらも、CBに属する一人のエージェントとしての仕事と、今まで通りJNN記者としての仕事を続ける事を考えているうち、時間は刻々と過ぎていった。
陽が落ちてしばらく、再びサジはアルバイトから帰宅した。
リビングに足を踏み入れると絹江はダイニングテーブルで何かを鞄に仕舞い終わり、手を離した所。
サジはそれには気にせず言う。
「姉さん、最近ずっと仕事で家開けてばかりだけど、大丈夫? 疲れてるように見えるよ」
「……大丈夫よ。もう出張続きもこれで一段落だから。ほら、今日は夕食作ってあるから」
絹江は大丈夫ではないと思いながらも、努めて表情には出さず、気分を切り替えるようにサジにキッチンに用意してある夕食を勧めた。
「あ、うん。分かった、ありがとう」
サジがキッチンへと向かう所へ絹江が尋ねる。
「そういえば、いつからこの時間にバイト始めたの?」
「つい最近だよ」
サジは軽く答える。
「何か欲しい物でもあるの? 何だか良い事あったみたいな顔してるけど」
「ちょ、ちょっとね……」
あはは、とサジは笑ってごまかしながら食事を運び、それに絹江は少し呆れた様子で言う。
「ま、程々にしておきなさいよ」
「分かってるよ。頂きます」
サジが食べ始めたのを見ながら、絹江はふと思う。
程々にしておくべきだったのは私の方、ね……。
「姉さん、どうしたの? 顔に何かついてる?」
見られているように感じたサジが尋ねた。
「何でも、無いわよ」
サジを見て、元の日常だと感じた絹江は安堵してそう言った。
「ところで、今日来てた子誰?」
思い出したようにサジが言った。
「ルイスがいるサジには紹介しません」
「えぇ? 何それ」
サジは意味分からないよと言った。
「さあ?」
絹江はとぼけた。
―ほむホーム―
奥行きのない白い空間に、古風な時計類が空に飾りかけられ、背もたれのない複数の色の椅子が円を描いて並ぶ間。
「暁美ほむら、そろそろ時間だよ」
影になっている境界からQBが現れた。
「……分かっているわ。外の彼女、抹殺対象から外れたのかしら?」
少女は立ち上がりながら言い、ソウルジェムに触れて変身する。
「そうだね、外れたよ」
QBは慣れたように素早く駆け、少女の肩に上って言った。
「そう」
短く、しかし、少し安堵したような声。
カッカッと歩きながら続けて少女が口を開く。
「ところで、私に瓜二つの人間がいるらしいわね」
QBは至って普通に答える。
「瓜二つの人間がいてもおかしくはないんじゃないかな」
君の遺伝子を元に製造している人工生命体だからね。
当然の結果さ。
「……そういう事にしておくわ」
少女はフッと息を吐き、影から出ると、そこはクロスロード姉弟の玄関の前。
「今夜も障気が濃いね」
「行くわよ」
そして、闇夜の東京街へ、少女の姿は消えていった……。
本話後書き・反省
妥協投稿になりました。
ほむほむが何をどこまで話すかというのがメインであると皆様予測されていたと思われますが、拍子抜けになった感は自覚あります。
19話投稿時点で20話の原型も続けて用意してあったのですが、そのほむほむはやたらペラペラ話してました。
しかし、説明が冗長、プトレマイオス組みのリアクションが何度目だろうか、という感が強く、これは違うと思い、何度か書き直しました。
途中、ほむほむがQBを呼んで、CBメンバーと問答するパターンも出ましたが、それも何か違うと思い、没に。
結局、余計なことは一切話す必要なしというスタンスのほむほむとなり、本話に至りました。
個人的には悔しいので、やり直しに挑戦したいとは思いますが、とりあえず、今回はこれで、という事で投稿致します。
そして、これから現実事情で投稿間隔が開く事になる事、報告させて頂きます。