―月・裏面極秘施設―
JNNには政府関係からメッセージ放送を止めるように要請が入ったが時既に遅し。
QBの煽り声明文は三陣営の首脳陣の顔にこれでもかという程泥を塗った。
CBの方から動力機関を譲渡するというのも、信じ難い事ではあったが、受け取るとしたら、三陣営はCBに敗北し、完全に屈服した事を認めるも同義。
しかし、それよりも重要なのは、このメッセージが世界に流れた事で、三陣営に対する世論の風当たりが強くなった事であった。
故に、情報規制を敷いたとしても、ガンダムの鹵獲作戦を続けるのは悪手であった。
最早三陣営に残された道は、甘んじて怪しげな動力機関譲渡を受けるか、断固辞退してやせ我慢するしかない……。
「これで良かったのかい?」
「ああ。愚かな人間は期待した分だけ絶望するものだよ。そして人間は我慢弱いからね」
このQBのメッセージはリボンズ・アルマークが「感情エネルギーを集めたいならどうだい?」と勧めた案であった。
QBは未だに「僕らQBはCBの仲間だよ」などとCBの一員である事を公表した事は無く、あくまでもQBはQB。
そのQBが「近いうちに渡すつもりがあるらしいよ」と伝聞調で言うのはCBが絶対に渡すと言っている訳では無いのだと三陣営にとって取れる事が重要。
自称異星生命体で世界に知れ渡っているQBにとっての近いうちとは人類に換算してどれほどの期間なのかも具体的に図る術はない。
要するに、煽るだけ煽り、妙に期待させるだけ期待させて、放置し、絶望に代わるのを一度待つという作戦である。
QBは感情が理解できないので、この作戦に効果がどれほどあるかは不明であったが、CBというインパクトの強さを利用して、簡単に感情を喚起させられるならとQBは素で煽っただけ。
CBとしても、QBが勝手に言った事でありながらも、非常に効果的な牽制ができたのは間違いない。
とはいえ、ヴェーダの計画の中では、依然、イオリア計画は進める事にも変わりは無い。
近いうちが数日、数週間という筈もないが、ヴェーダが世界情勢を観測し、三陣営の勢力が衰退する兆しを見せる前に、疑似GNドライブを流すのは確定している。
疑似GNドライブを譲渡する事はCBの優位性を失う事、ひいてはCBが壊滅する可能性を孕んでいるが、その可能性は低い。
QBというモビルスーツのパイロットに精神干渉をする生物兵器がいれば、驚異的な情報操作も可能なヴェーダも依然としてCBの手中。
CBのガンダムマイスターもそれこそ四人どころではない。
渡すつもりの疑似GNドライブも本当にドライブの必要最低限の部分だけであり、結果、CBとの技術格差は30年以上開いている事になる。
コーン型スラスター、GNコンデンサー、GN粒子の制御を行うクラビカルアンテナ、OS、各種武装そのものなど、見える部分に関してはCBのガンダムの映像を参考にすれば少しはマシとしても、その隔たりは厚い。
しかも、ヴェーダからのバックアップなど受けられないが、擬似GNドライブ稼動時には発せられるGN粒子のシグナルで、ヴェーダから位置が全て特定できる。
その上、蓄積された研究データはその努力も空しく、ヴェーダを通してCBには筒抜け。
どこまでも掌の上。
そして、CBはQBがヴェーダからちょろまかしたデータにより早くも新たな力へ繋がるデータを手に入れていた。
「これは凄いね。オリジナルの太陽炉の全製造情報にトランザムシステムのデータとツインドライブシステムの理論……。トランザムがあれば木星への行き来も数ヶ月単位に短縮でき、オリジナルの太陽炉も製造しやすくなる。ツインドライブシステムを完成させれば、第四世代のガンダムもできそうだ。……この情報は、イアン・ヴァスティにも送るとしようか」
言って、イアンらが研究・開発してくれればその情報もヴェーダから入ってくるし、とリボンズは即座に動き始めた。
本来ドライブの全製造情報の引き出しなど確実にヴェーダに拒否される筈であるが、ヴェーダは残念ながらQBには逆らえないという致命的な弱点を抱えていた。
一方、当のプトレマイオスはQBの爆弾発言に皆腰を抜かしかけていたが、ヴェーダからCBの技術水準と三陣営のソレとの差と、世界情勢の観測によって、当分適切な時機が来るまでは擬似GNドライブの放出はしない旨が伝わり、スメラギ・李・ノリエガが、その場を纏めた。
そんな中、格好良くないメカは勝てないという持論を持つイアンは大体解析し終えたアイガンダムの見た目にうんうんと感心して唸り声を上げていた。
「このデザイン、実にガンダムだなぁ」
[イアンさん、ヴェーダから何か凄い情報が送られてきました!]
そこへクリスティナ・シエラが驚きの様子でイアンに通信を行った。
「んん?」
その後、イアンがプトレマイオスの中で狂喜乱舞した姿が普通に鬱陶しかったという。
かくして、第四世代ガンダム、この際全部ツインドライブ化計画が始動してしまう。
インフレが止まる気配が無い。
―日本・群馬県見滝原市―
発達した交通機関によって東京と群馬の間にかかる時間も僅か。
絹江・クロスロードは電車に乗っていたが、ニュースで流れた例のQBの声明に思い切りむせていた。
「けほっ、けほっ! ……何よこれ」
どういう事なの……。
QBは嘘をつかないのだとしても、ならこの「らしい」という言い方はどう見るべきなのかしら。
CBが動力機関を渡すかもしれないと、そう言った事をそのまま言う分には嘘にはならない……か。
それにこの煽り方……前からそう、まるでわざと敵意を向けて欲しいと言っているようだわ。
CBにとってもQBが予想外だと言う説でそのまま考えると……。
QBは世界にCBに敵意を向けて欲しい、けれど、あの様子からすると壊滅させて欲しいというつもりもない。
このまま素直に考えると、異星生命体QBにとって、CBに世界の敵意を向ける事には何か利益があるという事に……。
そしてそこに失踪者、十代の少女が関連してくる……?
「何の利益があるのよ……」
絹江はそこまで考えてため息を吐いた。
架空の生物のバクじゃないけど人間の夢でも食べるみたいな事でもしてると言うの……?
絹江はそこまでで思考を停止させ、電車が目的地についた所で降車した。
「見滝原……」
21世紀、あの子の情報がある年代だと世界的に有名になったヴァイオリニスト上条恭介の生誕の地でもある場所。
彼が有名になってからの対談やインタビュー記録で残っていたものを遡ると、当時の医療技術では回復の見込みは無い筈の症状が奇跡的に治ったとか、同時期に幼なじみが失踪……して、しばらくは落ち込んでいた時期もあったが、今の妻に支えられて……とか。
奇跡的に治った、だけを見れば、良く聞くような話ではあるけど、今の私にはこの幼なじみの失踪が気になる……。
もう殆ど情報は得られないだろうけど。
そう考えながら絹江はソフトで作成した暁美ほむらの精巧な似顔絵の載った写真を手に、聞き込みを始めた。
「この女の子を見かけた事ありませんか?」
と、道行く人や、店の人に聞くも、当然ながら、空振り続き。
一旦聞き込みは中止し、見滝原の地元にしか無い資料館で上条恭介関連の紙媒体の情報を調べたりもした。
そこで初めて、上条恭介の幼なじみの名前が美樹さやかという少女である事が分かり、確かに失踪者年鑑にも該当人物名があった事までは分かった。
そして午後に入り、偶然中学を見かけた所で、駄目もとでもと、下校する生徒にも聞き込みをした。
「ごめんなさい、この女の子を見かけた事ないかしら?」
と、三人組の女子生徒に尋ねると、
「知りませーん」「知らないです」
二人は首を振ったが、一人だけはその絵を凝視していた。
「えっと、もしかして、知ってる?」
絹江は期待を込めて聞いた。
「い、いえ、知らないです。全然」
その女子生徒は片手をブンブン振って否定し、三人でそのまま帰っていった。
夕方、公園のベンチで絹江は腰掛けた。
「はぁ……」
上条恭介関連の情報は詳しく分かったものの、流石に無茶あったかな……。
溜息をつきながら、丁度携帯に連絡が入ったのに気づき、絹江はソレを取り出して、部下からかと思いながら確認する。
「え?」
写真付きのメールであり、そこには暁美ほむらと瓜二つの人物が端に斜めを向いてはいるが偶然映っているものであった。
髪型はショートカットであり、リボンもしていない。
メール本文によれば、通常の仕事に戻って、各地の特派員から送られてくる写真の中のどれを記事に載せるかという作業を行っていた所、偶然端に映っているのを見つけたというのが、発見の経緯。
他人の空似かもしれませんけど、先輩、気にするかと思ったので送ります、と括られて終わっていた。
場所はアメリカ。
「髪を切った……のかしら。それにしても、あの年で国を飛ぶなんて……」
意外とお金持ちなのかしら……と絹江は見当違いの方向へと思考が進み始めだしていた。
そのまま、日も落ち、夜になった所で、仕事を終えた者達が帰宅の途につき始めた所、あの子に会ったのは深夜だったし、と聞き込みを始めた。
殆どが空振りであったが、とある女性が見た所、
「あぁ……何ヶ月か前だったか、深夜、帰りに見たのは、多分この子だったと思います」
思い出すように言った。
「本当ですか?」
「え、ええ。でも、私も帰りで、この子とはすぐに違う方向に曲がったので……それだけですけど」
絹江の期待するような言葉に、女性は何なんだろうと思いながら答えた。
「この見滝原で見たんですよね?」
「はい」
そこまで確認が取れた所で、絹江は礼を言った。
確かにこの街にあの子はいた。
少なくともここに来たのは無駄足では無かったという事で、絹江は大分気分が良くなっていた。
夜遅くまで粘った所で、絹江はホテルへと向かっていったが、その絹江をとあるビルの屋上から遥か遠目に捉えた少女の存在に気づく事は無かった。
「暁美ほむら、一日中あの記者は君の事を探し回っていたようだけど、放っておくのかい?」
少女の肩に乗るQBが尋ねた。
「……わざと深夜一人になろうとする程なら重症ね。少し迂闊だったわ。わざわざ私を探し始めるなんて」
少女は髪を掻き上げながら至って冷静な口調で言い、QBの方に顔を向ける。
「QB。機会がある時に、情報をくれたあの子に一応お礼を伝えておいて貰えるかしら?」
「構わないよ」
QBはそうあっさり了承の旨を伝えた。
少女は、絹江が自身の事を聞きまわっている事を、絹江が偶然にも聞き込みをした、同業者である女子生徒の一人からQBを介して、伝えられた事で知ったのだった。
今回群馬に一人来た絹江が、暁美ほむらに直接会う事は、無かった。
少女にしてみれば、次会えば必ず、一から質問を受ける事間違いなしであり、今自分から会いに行くなどあり得なかった。
その当の絹江はと言えば、イオリアの追跡取材も兼ねて、暁美ほむらの写真が撮影されたばかりと思われるアメリカにも出張しようか、と次の事も考えていたのだったが、そこまでは少女が知る由もない。
―UNION・レイフ・エイフマン邸―
QBからの声明が流れたその夜、オーバーフラッグス基地から軍関係者に車で送迎され帰路についたレイフ・エイフマンは玄関の戸を開け、中に入る。
親類はいるものの特に問題なく一人で生活しているエイフマンであるが、リビングの明かりを点けると腰を抜かしかけた。
「これは一体」
エイフマンが目を向けたソファーには、銀色に近い髪、もこっとした丸い髪型の子どもがすやすやと寝ていた。
これが、大人であれば、明らかに侵入者扱いする所だが、子供となると警戒心が薄れるのが人間。
更には、夜も遅いという事で、どこかに連絡するという訳にも行かない。
「どうしたものか……」
エイフマンは唸りながらも、とりあえず、翌日は休日である事もあり、子供には毛布を上から掛け、自身も寝ることにした。
ただ、その際髪の毛は一本だけ採取した。
そして翌朝。
エイフマンが起床して、何か音がすると思いながらそちらに向かうと、テーブルに既に朝食が並んでいた。
「おはようございます、プロフェッサー!」
満面の笑顔で十代に入ったばかりかという年頃の少女が振り返り、先制で挨拶を仕掛けた。
「お……おはよう」
何とか搾り出して返した答えも微妙な言い方になってしまうが、少女は気にせず、最後に飲み物をトレーに乗せて机へと運んだ。
「朝食できました」
ニコニコしながら言い、どうぞ食べてくださいと言わんばかりの様子に、エイフマンは考えを整理しがてら、仕度をして、席についた。
非常に上手な料理であったのだが、エイフマンは味を感じている余裕もなく、とにかく食べ終えた。
「して……お嬢さんは、どなたかな?」
ようやく、落ち着いた所でエイフマンが問いかけた。
「ハナミです!」
右手を勢い良く上げて宣誓した。
「……ハナミ君か」
「はい!」
エイフマンは難しい表情をして復唱し、元気な返事に対し、続けて一番の問題について尋ねた。
「この家にどうやって入った?」
「玄関を開けて入りました」
「……そうか」
エイフマンは訳が分からなかった。
通報するのは全く正しい筈であるが、何か違うと思わざるを得ず、更に質問を重ねる。
「何をしに来たのかな?」
瞬間的に返答が来る。
「プロフェッサーの研究を手伝いに来ました!」
「わしの研究を?」
どうして、とエイフマンが尋ねる。
「はい! こう見えてわたし凄いですよ。じゃーん! これを見て下さい」
すかさず、ハナミは紙を取り出して見せた。
自然な動作で受け取ってしまったエイフマンはそれに目を通し、
「っは……これは」
驚きに息を飲んだ。
「昨日帰りの遅いプロフェッサーの書斎で見つけた手書きの理論をわたしなりに考えてみました!」
ハナミが明るくそう解説した。
「……ふむ」
エイフマンは適当に反応し、先に紙に書かれている内容にスラスラと目を通していく。
その目の動きが止まった所、顔を上げて、ハナミに尋ねた。
「本当に、君は何者だ?」
「プロフェッサーの助手です!」
噛み合わない会話にエイフマンは真剣な表情から一転、再び微妙な表情をする。
「……いつなった?」
「今です!」
不審すぎるものの、見た目が可愛らしい子供であるだけに、エイフマンは困った。
しかし、試しに色々問題を出してみると、自称凄いというだけあって、口を開いて出てくる各分野に関する専門知識と、それを十二分に駆使して回答する様はエイフマンの国際大学院の教え子の一般的水準を遙かに凌駕していた。
つい勢いで、エイフマンは先の手書きの資料についても深く尋ねたが最後、不審すぎる問題はどこか彼方へ吹き飛び、とりあえず無理矢理追い出すという選択肢はエイフマンの頭の中から完全消滅した。
その後、調べ物をすると言って、エイフマンは自室の研究室で髪の毛から抽出したハナミのバイオメトリクスを元に、該当データを探した所、有り得ない情報を見た。
UNIONの国際大学の宇宙物理学科を卒業済みになっている事から始まり、住所はエイフマンの自宅、続柄はエイフマンの養子と設定されていたのである。
「何が起きておるというのだ……」
エイフマンはこれを知った時、余りの気味の悪さに愕然とした。
その情報には一切何らかのデータの改竄を行った痕跡の欠片すら残っておらず、まるで元からそうであったかのようであった。
極めつけは、更にその後すぐ、エイフマンが操作していた端末のモニターに勝手にメッセージが表示されだした事であった。
内容は「ハナミをお願いします。必ずお役に立つでしょう。ハナミは我々についての記憶は存在しません。最後に、くれぐれも早まった行動に出ないようお気をつけて……」と。
このメッセージを目で追いかけたエイフマンはごくりと唾を飲み込んだ。
「まさか……あの特殊粒子に詳しすぎる事を考えると、メッセージを送ってきおったのは恐らくCB……。これはわしに対する牽制と監視」
一発で、ハナミを送り出してきたのがCBだとエイフマンは見抜いたが、既にもう詰んでいるのだろうと思わずにはいられなかった。
恐らく何か不用意な事をすれば、始末されるのだろう、と。
そこへ、何の裏も無い表情でハナミが部屋の扉を開けて入ってくる。
「失礼します、プロフェッサー。お茶をお持ちしました。浮かない顔ですが、どうかなされましたか?」
心配そうに首を傾げるハナミにエイフマンは複雑な感情を抱きながら口を開いた。
「少し考え事をしていただけじゃ。ありがとう」
「何か悩み事があったらわたしに遠慮無く言ってください!」
ハナミはコップをエイフマンの机に乗せ、そのまま両手を胸元に構えて、応援するようなポーズを取った。
「その時は、そうさせてもらうとしよう」
そこでエイフマンは表情を緩めて言った。
かくして、無自覚な監視者に纏わりつかれるエイフマンの生活が始まる。
―アフリカ・紛争地帯―
QBによる声明から数日。
ヴェーダからまた再び、変わらずミッションが届くようになり、ガンダム各機は武力介入を行っていた。
「デュナメス、目標を狙い撃つ」
三陣営による手出しも無く、アンフ同士の戦闘に対し、武力介入ミッションを続けていたロックオン。
ミッション終了と共に、去ろうとしたその時。
「コドモセッキン! コドモセッキン!」
HAROが回転しながら伝える。
「何?」
ロックオンが生体反応がある方向へとデュナメスを向ける。
するとモニターには場違いに派手なフリフリの服を纏った一人の少女が信じられない速度で走ってくるのが映る。
「ありゃ、何だぁ?」
ロックオンは訳がわからないと目を丸くした。
薄緑色の髪をした、少女は突如、虚空から等身大の槌を取り出して更に急加速する。
「ガンダムーッ!!」
少女が叫んでいる言葉を集音してロックオンは聞き取ったが、冷静に対応する。
「どういう事か知らねぇが、長居する事は無い」
言って、機体を離陸させ、上昇させる。
しかし、
「なぁ!?」
少女が構えていた合金性に見える槌を振りかぶった瞬間、突如ソレが巨大化しながら柄も伸び、デュナメスの側面にクリーンヒットする。
「くぁっ」
衝撃でコクピット内ごと揺れ、機体も体勢が崩れ、仰向けに地に叩きつけられる。
瞬時に槌は縮小し、依然100m以上離れているものの、間髪置かず、少女はそのまま高く跳躍し、槌を両手で頭の後ろに振りかぶる。
「でぇぇぇアァ!!」
瞬間、槌の先端がドリルに変形、超巨大化し、柄も一気に伸びながら、そのまま振り下ろされる。
「しま」
「シールド制御! シールド制御!」
瞬間、HAROがGNフルシールドを前面に展開し、直撃を防ぐ。
「うぉァっ」
100m以上から振り落とされた槌の運動量によって、デュナメスの機体が地面に沈み込む衝撃でロックオンがコックピット内で揺すられる。
ドリルはキィィンという音を立て、右側のフルシールドを急速に削って行く。
「っァ! 仕方ねぇ!」
エマージェンシー音が鳴り響く中、ロックオンは舌打ちしながら、左のフルシールドをズラし、膝部からGNミサイルを四基射出する。
攻撃を仕掛けている少女の方も、振り降ろしている最中は動く事ができず、飛来するGNミサイルを視認して、槌を一瞬で元に戻し、前方に走りこむ。
間もなくGNミサイルが着弾し、その爆発で地面が抉られる。
発生した爆風によって少女は背後から押されて飛ばされ、地面に前のめりの体勢からゴロゴロと転がる。
「っ、くぅ」
デュナメスが立ち上がるのと同時に、少女も両手両膝を地面についた状態から立ち上がろうとする。
その距離依然、数十m。
「何なんだあの子供は? 離脱するぞハロ!」
ロックオンは大分焦りながら言い、そのままもう一度上昇する。
しかし、息を切らせながら立ち上がった少女もそれをタダでは見逃さず、
「当たれぇっ!!」
再び槌を一気に伸ばし、デュナメスの機体に向けて巨大化したソレを振り抜く。
二度も同じ手を喰うか、とロックオンは機体を逸らし、猛烈な風切音を発生させるその攻撃を避ける。
「このしつこさ尋常じゃねぇぞ!」
言ってる傍から、再び槌が逆方向から伸びながら迫る。
「チッ!」
舌打ちしてそれを避けるが、少女は辛そうな表情を浮かべながらも、今度は元に戻した槌を地面に向け、そのまま柄のみ伸ばし、デュナメス目がけて上空へと昇る。
「何処の如意棒だよ!」
ロックオンは急接近する少女をかわす為に、軌道を変更させる。
瞬間、少女を先端に乗せた柄が過ぎ去るのがデュナメスのモニターに映る。
デュナメスは空域を去ろうとそのまま後退する形で機体を操作するが、少女の追撃は終わらない。
空中に滞空した状態で少女は槌の状態を元に戻し、その場でもう一度槌を巨大化させて位置的に下方前方にいるデュナメスに振りかぶる。
「アぁぁあァアッ!!」
「またっ」
ロックオンは機体を斜めに傾け、その直撃を逸らす。
槌は左のフルシールドを掠りながら、そのまますり抜けて行く。
そこまでで、消耗が激しすぎた少女は地面に墜落していき始めるが、落ちる前に、また槌の柄を伸ばし、難を逃れた。
モニターでそれを捉えていたロックオンはほっと溜息をついた。
「……今のは夢か? あれが本当の超兵とか無しだぞ、おぃ」
言って、デュナメスはそのまま太平洋にある基地へと帰還して行った。
一方、少女は地面に仰向けになり、槌も仕舞い、服装も普通の状態に戻って息を切らせていた。
少女は右手首のブレスレットについている六角形の薄緑色の宝石を見る。
六割を超える部分が暗く濁った色になっていた。
「っ……消耗が。はァっ……ミサイルさえなければ絶対仕留められたのにっ……うぅっ……」
苦悶の表情を浮かべる少女はCBに対する反抗テロの一つで、両親を失った少女。
QBに命を対価に願ったのは「ガンダムを破壊できる力」。
最初はCBを今すぐ消滅させて欲しいと言ったが、それは希望の願いではなく復讐心という負の感情による願いであり、エントロピーを凌駕できなかった。
結果、魔力を使わない素の状態で少女は壮絶な身体能力を獲得し、魔法少女として使う武器も破壊という願いを表すように巨大化すると十数トンの質量に膨れ上がる槌となった。
再び、帰投したロックオンはコンテナに格納したデュナメスを見るとGNフルシールドがごっそり削れていてあと僅かで貫通寸前、機体の左側は装甲が凹んでいる事に驚愕した。
「こいつは酷ぇ……」
夢だと思いたいが、現実。
生身の少女が振り回す如意ハンマーに襲われた事はミッションレコーダーの映像にも記録されている。
「おかえり、ロックオン。 ええっ!? どこのモビルスーツにやられたんだい?」
そこへアレルヤ・ハプティズムが労いの声をかけに来たが、デュナメスの損傷を見て目を丸くする。
「コドモ! コドモ!」
HAROが答えた。
「子供?」
「あー、言っても信じられないだろ。今からブリーフィング開いてそこで見せるさ」
ロックオンはアレルヤの肩を叩いて、移動を促した。
そして、ブリーフィングを開き、スメラギと通信を繋いだ。
刹那・F・セイエイは別の場所で依然ミッション中。
ティエリア・アーデはイアンと共に、ラグランジュ3のCBのドッグでアイガンダムの性能実験中で不在。
[何かあったの、ロックオン?]
「あったも何も、とりえあえずこれを見てくれ」
言って、ロックオンは大問題の映像を再生した。
生身の少女と機動兵器の戦い。
「なんだい、これ」
「ロックオン、もう一度。もう一度、再生してもらえるかしら?」
アレルヤは率直に言い、スメラギは目を擦ってリプレイを要求した。
「おぉ、何度でも?」
投げやりにロックオンは再生した。
すると、スメラギは更にもう一度再生を要求し、結局三回見た。
[ロックオン、いつこんな映像加工したの?]
「……エイプリルフールには季節はずれだと思うよ」
信じる気は皆無。
「いやいや、本当にこの子供にやられてデュナメスは損傷したんだって。アレルヤはデュナメス見たろ?」
ロックオンは両手を広げて言った。
「……あんなフリフリの服を着た女の子が?」
[巨大なハンマーを振り回す?]
言外に、それは無い、という雰囲気が漂った。
「まぁ、無いよな……」
ロックオンも遠い目をして呟いた。
[い、一応クリスとフェルトにこの子の顔を照合させるよう頼むわ]
その後、ヴェーダを使って照合は、済んだ。
映像を初めて見たフェルト・グレイスの感想は「ロックオン……大丈夫?」という心優しい心配の言葉であった筈だが、大丈夫の前に「頭」という単語が聞こえたような気がするとクリスティナ・シエラは後にロックオンに言ったという。
―UNION領・某酒場―
戦術予想では予想しきれないような訳の分からない事ばかりが起き、スメラギはストレスが溜まっていた。
ヴェーダからのミッションもまだ数日は届かないという事で、単身スメラギは地上に降り、ビリー・カタギリと連絡を取り、前回とはまた違う酒場に来ていた。
「やあ、また連絡をこうしてくれるなんて嬉しいよ」
丁度、カタギリがやってくる。
カタギリも酒を頼み、軽く挨拶を交わした所、スメラギが先に口を開く。
「あの、エイフマン教授は元気?」
「ん? 気になるなら今度会いに来ると良いよ。そうだ、最近教授、個人的な友人の紹介で凄い女の子を預かっててね」
カタギリが楽しそうに言った。
「凄い女の子!?」
スメラギの脳裏に思わず、ある意味凄すぎる女の子が頭に浮かび、つい叫び声を上げてしまう。
「ど、どうしたんだい? 君がそんなリアクションをするなんて」
若干カタギリは引き気味。
「う、ううん、気にしないで……。それで、どんな凄い子か聞いても良い?」
しまった、という顔をしてスメラギは恥ずかしそうにしたが、エイフマンの元に現れた子という話に心配が募る。
「宇宙物理工学、モビルスーツ工学に精通している上に、礼儀正しい子でね。オーバーフラッグスに興味を持ってくれたみたいで、エイフマン教授が一昨日連れて来た時、僕も驚いたよ」
対照的にカタギリは楽しそうにペラペラと話をする。
「その子が何かしたの?」
「そうだね、エイフマン教授が研究している、例の特殊粒子に関してのデータを見て色々興味深い事を言ったり、フラッグの設計図を見て、端末でそれに設計図を加え始めたと思ったら、巡航形態時にディフェンスロッドを後方に向きを変えて射撃できる機構を考えたりアイデアが良いんだよ」
「へぇ、それは凄いわね」
スメラギはここまで来て、もしかして、と子供の正体に目星をつけていた。
「どんな子か、写真は無い?」
「ああ、あるよ。グラハムが肩車してるのだけどね」
カタギリが思いだし笑いをしながら見せた端末の写真にはグラハム・エーカーが真剣な顔でハナミを肩車してカスタム・フラッグの巡航形態を上から見られるようにしている所であった。
「何か、変ね」
思わず、スメラギはグラハムの表情と、満面の笑みのハナミのギャップに笑うが、内心冷や汗を大量にかいていた。
フェルトがタクラマカン砂漠の一件以降、存在を知ることとなったフェレシュテのシェリリン・ハイドとプトレマイオスのブリッジで通信し、ぎこちない会話をしているのを微笑ましく見ていた時に一緒に映っていた、ハナヨというハロから出現する少女に酷似していたからである。
その後、スメラギは表情には出さないよう努めて話を続けていた所、カタギリの一つ開けた隣のカウンター席に茶髪のショートカットに青を基調にした服装を着た女性がため息を付きながら着いたのに気づかず、カタギリがタクラマカン砂漠の件を話し始める。
「いやぁ、君の言ったとおり、ガンダムは四機だけとは限らなかったよ」
ははは、と諦めにも近い笑い声をカタギリが上げた。
「何機も出たって噂は耳にしたわ」
「合計で十一機。うちのオーバーフラッグスに現れた白と紫色の新型は性能は勿論、隊長、さっきの写真のグラハムが言うにはパイロットも相当な手練だったらしいよ」
スメラギはすぐに、ティエリア用に持ってこられたあの機体か、と思いながら相づちを打つ。
「そんなに?」
「ああ。QBにも出られた上に、この前のあの声明。あれだけ直球だと悔しいが、動力機関はかなり魅力的に思うよ。嘘かもしれないけどね」
振り回されてばかりで大変だよ、とカタギリは言った。
「QBは真実を言いはしないけれど、嘘はつかない、そうですよ」
そう、カタギリとスメラギははっきり聞こえた声に振り返る。
「え?」「え?」
「お二人の所すいません。CBとQBの話が聞こえたのでつい」
絹江は同時に二人が声を上げた事で、申し訳なさそうにしながらも会釈をした。
「あの、今の言葉、どういう事か聞かせて貰えませんか?」
カタギリがスメラギがいる状況に微妙な顔をした所、スメラギが先手を打って尋ねた。
「クジョウ君?」
「ビリーは興味無いの? 席移動させて貰うわね」
言って、スメラギはカタギリと絹江の間の席に移動した。
カタギリはスメラギのその行動に少し驚きつつも、内心興味はあったので助かっていた。
「申し遅れました、JNN記者の絹江・クロスロードです」
絹江は名刺を取り出して二人に渡す。
「リーサ・クジョウです」
「ビリー・カタギリです」
二人もそれぞれ自己紹介をした。
「それで、さっきの話は……?」
「ええ、QBについて何か知っている様子の……こういう容姿の女の子に偶然会って、その時去り際に言われた言葉なんです」
言いながら、絹江は暁美ほむらの似顔絵を見せた。
スメラギはまた少女が出てきた事に考える様子を見せる一方、カタギリが尋ねる。
「それは意味深な言葉ですねぇ。絹江さんは何を専門にされているんですか?」
「ここ数ヶ月はイオリア・シュヘンベルグとQBの追跡です。両者共に戦争根絶とは別の真の目的があるように思えて……」
でも、なかなか上手くいかないんですけどね、と絹江が答えた。
「ほぉ、教授と似たような事を考えている方がいるとは」
感心したようにカタギリが言った。
「失礼ですが教授というのは?」
「レイフ・エイフマン教授です」
「あの有名な」
絹江が驚いた。
「ビリー、教授はどんな事を?」
スメラギはエイフマンがカタギリの口から出てきた事で尋ねた。
「ああ、例えば、CBは紛争の火種を抱えたまま宇宙に進出する人類への警告と見ていると言っていたよ」
「流石、エイフマン教授ね……」
スメラギはリジェネ・レジェッタから聞いた事が脳裏に蘇り、確かに、教授が抹殺対象になるのも仕方ない、と思った。
「僕も最近は実際これが殆どの答えなんじゃないかと考えていてね。どうもガンダムに搭載されている動力機関は本来宇宙へ進出する為のものの可能性が高いんじゃないかって」
スメラギが感心するように言った事で、ついカタギリも自分も、と口を開いた。
「それは、永久機関という事でしょうか?」
真剣に聞いていた絹江が食いつくように尋ねる。
「あぁ、すいません、僕はこういう者で、はっきりとは答えられないですが、そう考えるのが妥当だとは思いますよ」
カタギリは苦い表情をして、身分証を見せ、自分がUNION軍関係者である事を示して答えた。
「な……なるほど」
絹江もそれを見て、少し焦り気味に答えた。
「どうしたんだい、固まってるけど」
スメラギが完全停止しているのに気が付いて、カタギリが声をかけた。
「い、いえ、大丈夫よ。ビリーの言う話、凄くありそう、って思って」
焦るスメラギの口から取り繕う言葉が漏れる。
「それでも、推測の域を出ないけどね」
カタギリは満更でも無さそうながら苦笑して言ったが、スメラギは今ここで思い至っていた。
イオリア計画の最終段階の残り半分が外宇宙進出だとすると、辻褄が合うと。
そして、咄嗟にこのままCBの話をするのはマズイと思ったスメラギは話を振る。
「絹江さん、QBについては他にどのような事を? 勿論、話せないのであれば」
「いえ、特にはっきりした事は分かっていないんですが……。異星生命体QBにとって、CBに世界の『敵意』……のような、注目を集めさせる事それ自体に何か利益があるのではないか、と思います。そして、もしかしたら十代の少女の失踪者達もそこに何か関連している……。でも、結局は先程の似顔絵の子にもう一度会うぐらいしか情報を得る方法は今のところ無さそうなんですけどね」
絹江は困った様子で自身の憶測ばかりの考えを述べた。
「敵意を集める事それ自体に利益がある……ですか。オカルトみたいですねぇ」
カタギリは率直な感想を言った。
「私も正直、オカルトみたいな話だとは思います」
「その、十代の少女の失踪者達というのは?」
スメラギが絹江の気になる発言に質問をする。
「ええ、報道関係の資料に失踪者年鑑というものがあるのですが、過去300年、十代女性の失踪者の割合を調べてみると常に他の年代、他の性別よりも統計的に見て、頭一つ出た明らかな偏りがあるんです。これも定期的にオカルト界隈では話題になるそうなのですが、今まで明確な理由が出たことも無く、表立って取り上げ難い話なんだそうです」
私もオカルトには興味なかったんですが、実際に調べてみて初めて分かりました、と絹江は言った。
「そうなんですか、初めて知りましたよ」
「私も、初めて聞きました」
スメラギはカタギリと同じように興味深そうに反応して見せたが、思い当たる例の件が急速に肥大化していくのを感じた。
その後もQBについての会話を適当に交わした所で、絹江は「お邪魔してすいません、貴重なお話ありがとうございました」と言って、先に席を立とうと腰をあげかけた所、スメラギが引き止める。
「イオリアの追跡はまだ続けられるんですか?」
振り向いて、キョトンとした顔で絹江は答える。
「え? はい、そのつもりですが」
「……でしたら、深みに嵌らないよう気をつけた方が良いですよ」
スメラギは絹江に真剣な表情で忠告した。
「そうだね。CBの組織は各国の諜報機関でも掴めていない。抹殺はまず行っていると考えた方が良いでしょう」
カタギリから絹江を見ているスメラギの表情は見えないものの、確かにクジョウの言うとおりだと、忠告をする。
「ま、抹殺……ですか」
絹江は全く笑えないですねと、顔を引きつらせたが、
「お二人共、ご忠告ありがとうございます、それでは失礼します」
言って、絹江は頭を下げて、場を後にした。
残ったスメラギとカタギリもしばらく会話を交わした所で、また会おうと言った所で別れた。
ホテルへと戻ったスメラギは、酒を飲んでストレスを誤魔化す筈が、更に抹殺対象に入りそうな人物を二人目にした上、エイフマンの元に既にハナミというどう考えても怪しさ限界突破のティエリアとリジェネの関係と同様と覚しき少女が現れている事、更にはQBに対する疑惑が急速に込み上げてくると、余計に悩みの種が増えただけだった。
「胃が、痛い……」
スメラギの翌朝の呟きは単純に飲み過ぎが原因なのか。
最早武力介入に障害無しのCB。
そんなガンダムマイスターの前に姿を見せた華やかなるMS。
表と裏が交錯した時、その先に何があるのか。
オーバーフラッグスに送り込まれた無自覚な監視者は何を及ぼすのか。