―王留美所有・小型輸送艇―
UNIONの増援部隊の到着により、クーデターそのものは沈静化していたが、各地で呼応するように爆破テロが頻発していた。
そんな午前も半ばという頃、刹那・F・セイエイはロックオン・ストラトスに頼まれて、太陽光発電受信アンテナ施設に向けてミサイルを発射したと思われる地点へと向かわせられた。
クルジスはアザディスタンに吸収された国家であり、刹那であれば、現地を歩いていてもおかしくはないから。
[国連大使アレハンドロ・コーナー氏ら国連使節団の代表団が爆破テロにより、命を失った模様です。未だ現地アザディスタンの状況は悪く、詳しい情報が入り次第またお伝え致します]
そのJNNニュースを見ながらロックオンは再びピンク色の小型輸送艇で休んでいたが、王留美は酷く動揺していた。
「まさかあの方が襲撃を受けて亡くなるなんて……。国外退去を進言した矢先にこれでは」
もっと強く主張しておくべきだったと、王留美は後悔の色の交じる口調で呟いた。
「あの方ってのは国連大使の事かい?」
ロックオンは豪華な長椅子の背もたれに背中を預けて茶を飲みながら尋ねた。
「そうです。紅龍……エージェントからの情報はまだ無くて?」
「依然、情報ありません。何分、アザディスタン内にいるエージェントの数は僅かです。ただ、保守派の犯行という線が高いと思われます。しかし、まさか大使が亡くなるとは私も……」
紅龍もまだ信じられないという様子で答えた。
「信じ難い事だわ……」
王留美はCBの監視者であるアレハンドロ・コーナーの事を知っており、また、彼が監視者を緊急招集する権限も持っている事を知っていた。
「仲の良い知り合いだったのか?」
「ええ、そのような所ですわ」
王留美はロックオンの問いに目を閉じて肯定した。
「それは残念だったな……」
ばつが悪そうにロックオンが言った。
しばしの沈黙の後、続けて口を開く。
「やはり今回の一連の事件、第三勢力の可能性が高いかもしれないな」
気分を落ち着けたいと、丁度紅茶を飲もうとした王留美が疑問の声を上げる。
「ん? 第三勢力?」
ロックオンが肯定して、目線を落としながら自身の考えを述べる。
「ああ。アザディスタン側の要請を受けたUNION、そして武力介入を行った俺達の他に……内紛を誘発している勢力がいる」
「その勢力がマスード・ラフマディーを拉致したと?」
王留美の傍で立って控えていた紅龍が尋ねる。
「俺の勝手な推測だが……ヴェーダだって、その可能性を示唆してたんだろ?」
王留美がカップを完全に下ろして尋ねる。
「その根拠は?」
その質問に対し、ロックオンはテーブルに備え付けられているモニターを起動し、太陽光発電受信アンテナ施設の地図を出す。
「受信アンテナの建設現場で、遠方からのミサイル攻撃があった……。火力からして、モビルスーツを使用した可能性が高い」
王留美がそのモニターを見ながら顎に手を当てて呟く。
「モビルスーツを運用する組織……一体何の為に?」
ロックオンは溜息をつき、両手でお手上げだという様子で言う。
「分からんよ。だから、刹那に調べに行かせた。この国で、俺達は目立ちすぎるからな」
その当の刹那は、頼まれた通り、指定ポイントの不毛の岩場地帯を端末を持って歩き、モビルスーツがいた残留反応を辿っていた。
丁度、その付近にUNIONのグラハム・エーカーとビリー・カタギリが居り、同じように調査をしていた。
刹那はその二人に気が付きすぐに岩の裏に隠れるが、グラハムにその存在を気づかれ、出てくるように言われた。
カタギリは刹那を見て、地元の人間かと思い声を掛け、刹那も普段ではありえないキャラクターを捏造した演技を行い、そのまま場を離れようとした。
しかし、突如グラハムが刹那に対し質問を投げかけ、そのやりとりの末、グラハムは鋭い勘を働かせ、刹那が戦っている人間である事を見抜き、銃を後ろ手に構えていることをも看破した。
一触即発の雰囲気になったが、グラハムは突然ペラペラと受信アンテナを攻撃した機体の情報を話し始め、そのまま撤収していった。
その話で、刹那はPMCのイナクトと聞いてアリー・アル・サーシェスの事をすぐに想起し、走り出したのだった。
―アザディスタン王国・王宮―
マリナ・イスマイールは、朝、国のニュースで国民に落ち着くよう呼びかける所までは何とか堪えられたものの、最早この世の終わりかという様子で組んだ両手に頭を当て、打ちひしがれていた。
その様子を見たシーリン・バフティヤールが檄を飛ばす。
「毅然としなさい! マリナ・イスマイール! あなたはこの国の王女なのよ!」
「シーリン……。でも……マスード・ラフマディーの行方はまだ分からなければ、コーナー大使までが亡くなるなんて、私、どうしたらいいかっ……!」
我慢できずにマリナは涙を流し始める。
マリナに檄を飛ばしたシーリン自身も実際の所かなり参っていた。
何か企みがあって支援を申し込んできたかと思えてならず、不審の目を向けていた国連大使がまさかのテロを受け、死亡だなんて……。
国際社会からのアザディスタンの評価はこれ以上落ち用の無い所まで落ちたようなものだわ……。
まさか本当にあの男は何の見返りも無しに善意でこの国に支援を申し出ていたとでも言うの?
だとしたらなんて貴重な人をっ……。
マスード・ラフマディーはまだ捜索中で仮に見つけられるとしても、時間がかかる。
状況は最悪ね……。
受信アンテナも破壊され、国連の技術者達は当然全員撤退。
勢いづいた保守派のテロは依然継続中。
しかも、CBにまで介入されて……。
この状況をせめて少しだけでも打開するためには、マスード・ラフマディーを保護するしかない。
そうするしか……。
シーリンはマリナの啜り泣く声を聞きながら、拳を強く握り締めた。
「ぅっ……何て……無力なの、私はっ……」
そこへ、扉をノックする音がし、SPが誰か確認を取る為に開ける。
するといつもの侍女であった。
「失礼します……」
しかし、茶を持ってきた訳でもなく、コツコツを足音を立てて入ってくる。
シーリンが不快そうに声を出す。
「何の用かしら? 今は」
瞬間、侍女はマリナに銃を向け、震えながら、
「死ね! 改革派の、手先がっ!」
「っぁ!」
マリナが驚愕に目を見開くが、彼女が引き金を引くよりも先に、SPが侍女に向かって発砲し、その場で射殺した。
ドサリという音と共に侍女の身体は床に倒れる。
シーリンは間一髪の事に息をつく。
しかし、マリナはガタガタと震えながら膝を床につけ、顔を両手で覆う。
「どうして……なぜ……くぅぅっ……何故私達は、こんなにも憎みあわなければならないのっ……。酷いわ……こんなのあんまりよっ……」
そこにあったのは、マリナの深い深い絶望。
走りだしていた刹那は、ロックオンに端末で連絡を入れ、ポイントF3987という地点が怪しいと伝え、動き始めていた。
それに合わせ、ロックオンも何もしないよりはマシだと付き合う事にしたが、王留美が紅龍も連れていけば要人救出に役に立つと勧め、ガンダム二機が出撃する事になった。
―ポイントF3987―
スポンサーが死んだ、という情報を聞いたアリー・アル・サーシェスはCBのせいで段取りがぐちゃぐちゃどころか、そもそも仕事をする意味自体が完全崩壊しかけていたが、午前になって連絡があった。
その連絡を聞くうちにサーシェスは再び獰猛な笑みを浮かべ、部下達に仕事の続行を伝えたのだった。
もう少し連絡が入るのが遅ければ、マスード・ラフマディーをこの場で殺してとんずらする寸前であったが、ギリギリのタイミングでの連絡。
そして陽が落ちる寸前の夕方になり今に至る。
「まさか、スポンサーが代わるとはなぁっ! まだ運は尽きてないらしいぜぇ。面白くなってきやがった。どっちにしても、この国は戦争だぁ!」
ははは、と笑い声を上げ、PMCイナクトのコクピットにふんぞり返り、水を飲んだ。
[隊長ぉ、このじいさん、飯どころか水も飲みませんぜ]
そこへ部下からの通信が入る。
[ほっとけほっとけ。敵の施しを受けたたくねんだろうよ]
「全く……この国の奴らは融通が利かねぇ」
やれやれ、とサーシェスは言った。
[隊長、こちらに接近する機影があります]
更に他の部下から通信が入る。
[UNIONの偵察か?]
[違います]
「ぅん?」
サーシェスはPMCイナクトのモニターでその機影を捉える。
[あの白いモビルスーツはっ!]
「ハッ……ガンダムかっ!」
それに見入るように身体を起こして食いつくように言う。
サーシェスは即座にPMCイナクトを起動させ、エクシアを向かい打つべく飛び上がる。
[ガンダムはこちらで引き受けるぅっ! じいさんを連れて脱出しろ!]
[了解]
サーシェスは部下にマスード・ラフマディーを連れて、ジープで逃げるように指示を出した。
そして、エクシアとの戦闘が始まる。
サーシェスは、モラリアの時に刹那の姿を見る事は無かったが、その立ち回りには覚えがあり、ここに来てとうとう、昔自身が洗脳したクルジスのガキである事を確信した。
戦闘中、刹那がサーシェスに怒りを顕にして音声で思いの丈をぶつけつも、サーシェスがまともに取り合うことは無かった。
地面に叩きつけられ、コクピットハッチを無理矢理開けられかけたが、エクシアは反撃し、PMCイナクトの右腕を切り落とし、サーシェスを撤退させた。
サーシェスはそれでも、予定通りのつもりであったが、日が落ち、脱出を図って走らせていたジープにはロックオンと紅龍が待ち構えていた。
牽制射撃で車を止めさせた所、紅龍が人間離れした戦闘能力でマシンガンの中を全部避けて走りぬけ、こめかみに強烈な蹴りを入れて制圧、マスード・ラフマディーを人質にとったサーシェスの部下三人はロックオンが全員狙撃で抹殺。
マスード・ラフマディーの救出は成功したのだった。
その後すぐ、エクシアが合流し、丁度届いたスメラギ・李・ノリエガのミッションプラン通り、マスード・ラフマディーをエクシアでアザディスタン王宮に護送する事となる。
ただ、そのミッションプランにティエリア・アーデは猛烈な非難を口にしていた。
なぜなら、ガンダムマイスターである刹那の姿を今度こそ晒す事になってしまうから。
しかし、かくして、マスード・ラフマディーの護送ミッションは行われる。
アザディスタン王宮にはCBからメッセージが届き、マスード・ラフマディーを保護したという内容に、完全に絶望の淵にあったマリナも、僅かに希望を取り戻し、縋るような思いでそれを信じ、早期停戦への会談を開くことを決意した。
全世界が注目する中、アザディスタン王宮前にてJNNの池田特派員が中継を行っていた所、エクシアが上空から降下して現れる。
そのエクシアの姿はスメラギの作戦通り、完全非武装。
地面にいたマシンガンを構えた数名の市民がエクシアに向けて乱射するのも無視、アンフが砲弾を撃つのも堪え、一歩一歩振動を立てながら、王宮のテラスで膝をついた。
―アザディスタン王国・王宮―
エクシアが右腕をテラスに届くようにした所で、コクピットハッチを開き刹那が現れる。
刹那が右手を出してマスード・ラフマディーを呼ぶ。
「王宮へ」
「うん……あまり良い乗り心地ではないな」
マスード・ラフマディーがコクピットから出ながら率直な感想を言う。
「申し訳ありません」
刹那が謝ったものの、マスード・ラフマディーは目を閉じて、僅かに腰を下げて感謝の意を表す。
「礼を言わせてもらう」
「お早く」
刹那が言うとすぐに、マスード・ラフマディーは王宮へとそのまま直接入る。
SPに守られながらマスード・ラフマディーは奥へと入る。
そこで刹那はすぐにコクピットに戻ろうとするが、
「刹那・F・セイエイ! っは……本当に、本当にあなたなの!?」
マリナがシーリンの制止も聞かず、駆け寄って言う。
「マリナ・イスマイール。これから次第だ。俺達がまた来るかどうか」
刹那は立ち止まり、半身ずらして、肯定はしないが言い、その声でマリナは理解する。
「っ……刹那……」
不安そうな表情でマリナが両手を合わせて名前を呼ぶ。
「戦え、お前の信じる神のために」
言って、すぐに刹那はコクピットハッチを閉める。
「刹那!」
もう一度マリナが呼ぶが、エクシアは起動、太陽炉を稼働させ、そのまま真っ直ぐ青い空の広がる上空へと飛び去った。
マスード・ラフマディーは、誘拐の首謀グループが傭兵部隊であり、この内紛が仕組まれたものであると公表。
黒幕は、アザディスタンの近代化を阻止しようとする勢力との見方が強いが、犯行声明などは出されていない。
その後、マリナ・イスマイールとマスード・ラフマディーは共同声明で、内戦およびテロ活動の中止を国民に呼びかけた。
しかし、アザディスタンでの内紛は、未だ続いている。
アザディスタンにとって、一つ幸いであるのは、国連使節団が亡くなるという事件がありながらも、その善意の心で支援を行おうとしていた国連大使アレハンドロ・コーナーの意向を汲み、彼の盛大な葬式の後、国連から新たな使節団が派遣され、太陽光受信アンテナ建設計画再開に向けて話が進められる事になった事であった。
―月・裏面極秘施設―
リボンズ・アルマークは健在。
「アレハンドロ・コーナー、あなたが天に召され、自分が天使になった気分はどうかな……。QB、これから、歪む筈だった計画は再び修正され、新たな軌道に乗るよ」
ヴェーダの真上で、リボンズは悠々と床から僅かに浮かびながら、床にいるQBに対して言った。
「助かるよ。リボンズ・アルマーク」
しかし、全く感謝の念は感じられないQBの言葉。
リボンズはCBが活動を始めてからの四ヶ月で結局ヴェーダをレベル7まで掌握し、ビサイド・ペインの固有能力も手に入れていた。
ヴェーダを完全掌握した時、イオリア・シュヘンベルグがコールドスリープの状態にあるポッドが出現したが、リボンズはそれをまたすぐに封印した。
QBからは例のブラックボックスは情報を引き出すだけならやっても構わないと言われている上、本当に太陽炉に隠された機能があるのか確かめる為に、イオリアを撃つ訳にもいかない。
ヴェーダと完全にリンクしたリボンズは、アザディスタンでの一件の際には代えの身体を用い、死ぬ最後までアレハンドロに疑われる事はなく、その抹殺を計画通り遂行した。
そしてリボンズはまだ残る修正の為に行うべき事を思う。
アレハンドロは抹殺した。
コーナー家の財産の大半を占めるアレハンドロが私的に所有していたガンダム関連が目的であった、表にはまず知られる事の無い口座などの資産の接収もヴェーダで手を出したから問題はない。
次の対象はアレハンドロという枷の無くなったラグナ・ハーヴェイだ、と。
ヴェーダを完全掌握した時、リボンズはそれだけでもかなりの充足感に満ち足りていたが、ヴェーダが何を目的にしているのかを知り、こらえ切れずに笑い声を上げた。
来るべき対話。
それは人類が外宇宙に飛び出し、異星生命体と接触した時に、対話を図る事。
既にQBという明らかな異星生命体と接触し、会話も交わし、そればかりか協力関係まで結んだリボンズにしてみればこれほど皮肉な事は無い。
イオリア計画の第一段階はCBの武力介入を発端とする世界の統合。
第二段階は人類意思の統一。
第三段階は人類を外宇宙に進出させ、来るべき対話に備える。
それがイオリア計画の全貌であった。
リボンズは第二段階までは把握していたが、第三段階までは知らなかった。
現実は第一段階も終わらないうちから第三段階の最後、来るべき対話が先に行われるなど、これを皮肉と言えず何と言えようか。
まさに段取りがぐちゃぐちゃである。
「QB、君たちはヴェーダからイオリア計画の全貌を知っていた上で接触して来たのかい? それとも改竄したのかな?」
ヴェーダを完全掌握した時のリボンズのQBに対する問いかけはこうであった。
「僕らは無意味な改竄をしたりはしないよ。イオリア・シュヘンベルグの誤算は僕らが人類の有史以前からこの惑星に来ていたことだろうね。ヴェーダを見つけた時は僕らも驚いたよ。イオリア計画は確かに、君たち人類がいずれはこの星を離れて僕たちの仲間入りをするには必要な事だろうからね」
人間が自ら考えつくにしては中々まともな計画だ、とQBは評価していた。
「そうかい。しかし、来るべき対話の第一号が君たちQBであった事は僕たちにとっては良い事だったのか、悪い事だったのか……どちらだろうね」
リボンズは僅かな笑みを浮かべて呟くように言った。
「僕らは君たち人類に対して、他の異星文明の生命体よりも譲歩している筈だよ。こうして、知的生命体と認めた上で交渉しているんだしね」
QBは良いか悪いかは言わず、そう、淡々と答えた。
「全く……君たちQBのそういう言い方は、変わりそうにないね」
少なからず不快感を感じるのに、QBははっきりとは未だに聞いていないが、そもそも感情を持っていないようだから、無駄な議論か、と思いリボンズはやれやれと息を付いた。
三つの国家群による合同軍事演習に仕掛けられた紛争。
死地へと赴くマイスターの胸に去来するものとは。
それが、ガンダムであるなら何なのか。