西暦2307年、地球の化石燃料は枯渇し、人類は、新たなるエネルギー資源を太陽光発電に委ねた。
半世紀近い計画の末、全長約5万kmにも及ぶ三本の軌道エレベーターを中心とした太陽光発電システムが完成する。
半永久的なエネルギーを生み出すその巨大構造物建造のため、世界は大きく三つの国家群に集約された。
米国を中心とした世界経済連合、通称UNION。
中国、ロシア、インドを中心とした人類革新連盟。
そして、新ヨーロッパ共同体AEU。
……軌道エレベーターはその巨大さから、防衛が困難であり、構造上の観点から見ても酷く脆い建造物である。
そんな危うい状況の中でも、各国家群は、己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサムゲームを続けていた。
そう、24世紀になっても人類は未だ一つになりきれずにいたのだ。
そんな世界に対して楔を打ち込む者達が現れる。
モビルスーツガンダムを有する私設武装組織CB。
彼らは、世界から紛争を無くすため、民族、国家、宗教を超越した作戦行動を展開していく。
CBが、世界に変革を誘発する……筈だった。
世界に変革を誘発するのはCBだけでは無くQBもそうであった。
人々に「訳がわからないよ」とその日散々言わしめたQBは現れるのか。
ヴェーダがハッキングされていたのは、件の映像だけだったというのが、CBのメンバーには嫌な予感を抱かせずにはいられなかった……。
―経済特区・東京―
夕日が沈みかかる頃、ルイス・ハレヴィが道を走り、その後ろをサジ・クロスロードが追いかける。
[私達はCB。機動兵器ガンダムを所有する私設武装組織です。私達CBの活動目的は、この世界から戦争行為を根絶することにあります……]
「またやってる……。これで何回目?」
ルイスが街中のモニターに足を止めて言い、サジが息を切らせて追いつく。
「はあ、はあ、はぁ……。ルイス、CBとQB、いるのかな?」
「へ?」
ルイスが目を見開く。
「イタズラみたいなメッセージ。QBは自分の利益の為にって言ったのに、CBは自分の利益の為に行動はしないって言う。どっちにしても、そんな行動する人がいるなんて……」
[……僕らはQB。地球人類の君たちからすると、異星生命体とでも言うのかな。僕らQBの活動目的は、この地球から戦争行為を根絶することにあるんだ。僕らは、僕らの利益の為に行動する]
朝からというもの、途中から加わったCBと、本家QBの映像が交互に流される。
QBのアップの顔については「何か怖い」「不気味」という意見が早くも局に寄せられており流すのをやめるかどうか、JNNは困っていた。
「ほら、QBははっきり自分の利益って言ってるから、何か利益があるんじゃない? CBはすごいボランティアとか」
ルイスが笑って言った。
「QBの方は突っ込み所が多すぎるよ……。CBのイタズラ映像の線が有力だって言われてるし」
ため息を一つついて、サジが答えた。
「えー、でも、どうしてイタズラする必要があるの?」
「う……さあ……」
サジは答えに詰まった。
―人革連・国家主席官邸―
国家主席が手を組み、そこに顎を乗せて、CBとQBの映像を見終え、スクリーンを閉じて側近の人物に言う。
「天柱のテロ事件に介入してきた組織か……」
「可能性は極めて高いと思われます。QBは無視すれば、この声明の中でCBは、機動兵器ガンダムを有していると」
側近が近づき、卓上のスクリーンを開く。
「……御覧ください。我が宇宙軍が記録した未確認モビルスーツの映像です」
「ガンダム……」
国家主席はガンダムヴァーチェを見て呟いた。
一方AEU首都では首脳陣が会議室に集い、新型のイナクトと条約で定めれている以上の軍隊を軌道エレベーターに駐屯させている事を公にされた事が話し合われ、QBなど無かった事にされていた。
―UNION・大統領官邸―
大統領は官邸室のガラス越しに外を眺めながら呟く。
「武力による戦争の根絶か……。デイビット、彼らは我が国の代わりを務めてくれるらしい」
後ろに控えていたデイビットが答える。
「大統領、彼らは本気なのでしょうか? 何の見返りもなく……」
大統領はデイビットを振り返って話す。
「我々が他国の紛争に介入するのは、国民の安全と国益を確保するためだ。決して、慈善事業ではないよ」
「すぐにでも化けの皮が剥がれるでしょう。その時、彼らを裁くのは、我々の使命となります」
「そうだな……。QBの皮は剥げるのかどうかは分からない、が」
下らない冗談のつもりで、大統領が言った。
「お戯れを」
大統領は再び外を向く。
「はは。……軌道エレベーターが稼働して十年。経済が安定し始めた矢先にこれ、か」
―CB所有・南国島―
緑色のカラーリングのパイロットスートを着たロックオン・ストラトスが同じく青色のカラーリングのソレを着た刹那・F・セイエイに近づいて言った。
「どの国のニュースも、俺達……と、QBの話題で持ちきりだ。『ふざけの過ぎる謎の武装集団とその謎のマスコット、全世界に対して戦争根絶を宣言する』ってな。あのQBのせいでほとんどの奴らが、信じる気が無いようだがな。全く、どうなってんだか」
大きな溜息混じりに言葉が吐かれる。
「ならば、信じさせましょう」
そこへ、声がかけられる
「お」
ロックオンが振り向けば、不思議発見な服を着た王留美が紅龍に所謂お姫様抱っこをされていた。
「CBの理念は、行動によってのみ示される。あの生物は不気味だけれど、もう私達は止まる事を許されないのだから」
「王留美……」
刹那が言う。
「お早いおつきで」
ロックオンが一応歓迎するように言う。
「セカンドミッションよ」
―建設途上のアフリカタワーの郊外路上―
ジープが路肩に止まっていた。
前座席に座り背を預けるグラハム・エーカーに、端末を高速で操作するビリー・カタギリが声をかける。
「軍に戻らなくていいのかい? 今ごろ大わらわだよ」
グラハムは振り向くこと無く、答える。
「ガンダムの性能が知りたいのだよ。あの機体は特殊すぎる」
何か思うところあるとばかりに、その目が鋭くなる。
「戦闘能力は元より、アレが現れるとレーダーや通信、電子装置に障害が起こった。全てはあの光が原因だ。カタギリ、あれは何なんだ?」
グラハムはようやくカタギリに振り向いて尋ねる。
「現段階では特殊な粒子としか言えないよ」
そう言いながらコーヒーを飲み言葉を続ける。
「恐らくあの光は、フォトンの崩壊現象によるものだね」
「特殊な……粒子……」
そうグラハムが呟くと、近くに赤い車が到着し、二人はジープから揃って降りた。
「粒子だけじゃない。あの機体には、まだ秘密があると思うなぁ。……もしかしたら、実はあのQBという自称異星生命体が乗っているという可能性もあるかもしれないけど」
冗談交じりに言いながらカタギリはジープのドアを閉める。
「フ……好意を抱くよ」
不意にグラハムが言う。
「え?」
「……興味以上の対象だということさ」
そこへスーツを着たUNION軍の者が近づき、敬礼する。
「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、Mスワッドへの帰投命令です」
「その旨を良しとする」
グラハムが答え、二人は敬礼をした。
―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―
ブリーフィングルーム内には、スメラギ・李・ノリエガ、イラついた様子のティエリア・アーデ、そして、アレルヤ・ハプティズム。
通信で地上の南国島と繋がれたモニターには、ロックオンと刹那が映る。
スメラギが腰に腕を当てて話し始める。
「セイロン島は現在、無政府状態。多数派のシンハラ人と少数派のタミル人との民族紛争が原因よ。この紛争は、20世紀から断続的に行われているわ。この民族紛争に、CBは、武力介入します。但し、計画を変更して、ヴェーチェとキュリオスは今回はトレミーで待機よ」
「一体、何なんだ……あの生物は……」
ブツブツとティエリアが呟く。
「……ミス・スメラギ。QBってのはそんなに警戒する必要はあるのか?」
モニターの向こう側から、ロックオンが尋ねる。
「ヴェーダを映像だけとはいえ、ハッキングされていたのは事実。あのマスコットみたいな生物が、本当に実在するのかという所から真偽の程は分からないけれど、ヴェーダも二機での作戦行動を推奨しているわ。ロックオン、刹那をお願いね」
スメラギの説明に対し、仕方ないとロックオンは返答した。
「……は。了解だ」
……そして、作戦開始時刻間近。
[3300をもって、セカンドミッションを開始します。……繰り返します。3300をもって、セカンドミッションを開始します]
クリスティナ・シエラが艦内放送を行う。
プトレマイオス内の通路をアレルヤとティエリアがレバーに手を置いて移動する。
「まさか、計画を変える事になるとはね……。全く、嫌になるようで、それはそれでどうなのかというか……」
アレルヤが複雑な表情で言った。
「本当に、最悪だっ……。機体テスト込みの実戦の筈が、僕達はコクピットで待機だなどと。これでは計画達成率に影響がっ」
ティエリアは普段では有り得ない程に、精神状態がブレブレの様子。
「君がそんなに動揺する所を見るとは思わなかったよ……」
意外すぎるとばかりに、アレルヤが言った。
「ごめんね、ティエリア」
そこへ、反対の通路からスメラギ・李・ノリエガが現れティエリアへ言葉をかける。
「問題……ありません……。覚悟の上で参加しているんですから」
強がりにしか聞こえない、意気消沈した発言にスメラギはやや言葉に詰まるも返す。
「強いんだ……」
「弱くは……無いつもりです……」
言葉とは裏腹なティエリアであった。
「……行きます」
やれやれ、とアレルヤはガンダムのコンテナへと向かうべく言い、上に昇る。
ティエリアも無言でそれに従った。
「……ティエリア、動揺……しすぎよ」
生暖かい目で見送るように、スメラギが言った。
かくして、インド南部、旧スリランカ、セイロン島でのセカンドミッションが開始され、ガンダムの出撃はエクシアとデュナメスだけとなった。
ヴァーチェとキュリオスが大気圏突入を行わない為にCBの降下予定ポイントが地球の軍関係者に知られる事は無く、ガンダム二機の出現が確認されたのは、セイロン島で目視可能になってからであった。
グラハム・エーカーはCBがセイロン島に介入をかけるとは露知らず、UNIONの輸送機でそのまま帰投していったのだった……。
しかし、そんな事よりもげに恐ろしきは宣言通り、QBの出現であった……。
―セイロン島―
優勢な人革連部隊がシンハラ人部隊を叩いていた。
[敵部隊の30%を叩いた。このまま一気に殲滅させるぞ!]
人革連の大尉が部隊に通信を入れた。
「そうはいかないよ」
[な、何だ!?]
どこからともなく声がしたと思えば、コクピット内に、QBが現れた。
「大尉! こちらにも何かがぁ!?」
QBが人革連、シンハラ人部隊を問わず、各モビルスーツのコクピット内にそれぞれ忽然と現れ、顔面を完全に覆ったヘルメットにも関わらず、その双眸が怪しく輝き、それがパイロットの目から脳へと何か伝わった。
「うぁあぁはアァー!?」
パイロットはQBによって、理解不可能なビジョンを見せられ、操縦桿から思わず手を離して頭を抱え、叫び声を上げる。
モビルスーツは挙動が止まる。
「そのまま、この金属の塊から降りて戻ってよ!」
可愛らしい少年のような声を出して、親切にも、QBはコクピットのハッチを開けるスイッチを押して出口を作った。
叫び声を上げながらも、パイロット達は皆、洗脳されたかのようにヘルメットを取り外し、虚ろな目でコクピットから揃って降り始め、それぞれ、フラフラと戻るべき所へ歩き始める。
丁度その時、エクシアとデュナミスは戦闘を行っている地域の映像をいち早く捕捉していた。
「何だ、あれは。兵士が全員モビルスーツから降りて歩いているだと……?」
「紛争が……終わっているのか……」
ロックオンと刹那は信じられない光景に混乱する。
「ロックオン・ストラトス、あの金属の塊を全部狙い撃ってよ!」
突如、デュナミスのコクピットにQBが現れ、愛嬌を振りまくように首を傾げてロックオンにお願いをした。
「なぁっ!? どっから出た!?」
ロックオンが驚き、思わず操縦桿を離しかける。
「僕はQB。ロックオン、狙い撃ってよ!」
「QB! QB!」
HAROがQBの方を向き、音声を出す。
[ロックオン、一体これは何だ]
刹那から通信が入る。
[……QBだとよ]
[Q……B……]
「君たちはガンダムで、紛争を根絶するんだろう? あの金属の塊を壊さないのかい?」
不思議そうにQBがロックオンに尋ねる。
「……言われなくても、要望通り狙い撃ってやるよ。そこにいられると邪魔だ」
言いたいことは山ほどあるが、ロックオンは眉間に皺を寄せて答えた。
「助かるよ。失礼」
言って、QBはロックオンのヘルメットの上に移動した。
「っておい!」
突然頭に飛び乗って来た事でロックオンは怒った。
「失礼だと言ったじゃないか」
一切悪びれる様子もなくQBは答えた。
「ッチ……。スメラギ・李・ノリエガの戦況予測も糞もねぇぞ」
まさにロックオンの言葉通り、戦況予測は完全に役に立たなくなっていた。
[刹那、手間が省けたと思ってやるぞ]
[……了解。目標を駆逐する]
意外にも落ち着いていた刹那はヘルメットにQBを乗せ、目標ポイントへと向かった。
その後は、もぬけの空となったモビルスーツをロックオンが狙い撃って鉄屑とし、刹那は刹那でエクシアを駆りバラバラに解体していった。
その進行速度は想定より遥かに早いのは当然。
何より、的が動かない。
この間も、QBは場所を選ばずセイロン島各地に出現していた。
銃を構えた歩兵の目の前に現れては洗脳、人革連のモビルスーツを収容している施設にいた兵士達も一人残らず、その場から撤退させられていた。
兵士の中には、QBを視認した瞬間、撃ち殺す事もした者もいたが、すぐに代わりのQBが現れ、洗脳、自身の死体は咀嚼して始末。
QBの出現は水上艦も例外ではなく、乗組員は全員、救命用ボートに乗り、艦を後にした。
ゾロゾロと兵士達が虚ろな目で持ち場を離れるという奇怪な光景が繰り広げられ、最大の混乱に見舞われたのは、人革連の司令塔。
応答を求めても「QB、QBが出たぁ!」と叫び声がたまに聞こえても誰一人まともな返答をしないというストレスで胃に穴が空きそうな所、有視界では確かにガンダムの機影が映り、もぬけの空になったモビルスーツを、軍の施設を、水上艦を……容赦無く破壊していくのが見えた。
被害額はいくらなのか……計算したくもなかった。
しばらくの一方的なガンダムの行動の結果、キュリオスとヴァーチェがいた場合とほぼ同等の戦果を、しかもまさかの戦死者ゼロで達成。
「それなりの戦果を期待どころか……これは大したもんだろ。これで満足か、QB?」
拍子抜けした様子でロックオンが頭の上のQBに尋ねる。
「うん。ありがとう、ロックオン。じゃあ、僕は帰るね」
言って、QBは忽然と消えた。
「って待てよ、おい!」
ロックオンは声を上げた。
「キエタ! キエタ!」
HAROが回転しながら音声を出し、ロックオンは溜息を吐く。
「……訳が分からないぜ……全く」
[刹那、帰投するぞ]
[了解]
そして……エクシアとデュナミスはセイロン島を後にした。
QBが去ってからしばらくして、洗脳を受けた者達は皆、無事に我に返ったという。
それが幸いかどうかはともかく、命あっての物種。
―経済特区・東京、JNN本社ビル―
「どう? 見つかった?」
絹江・クロスロードが部下に尋ねる。
「ビンゴですよ、絹江さん!」
モニターに映った写真を見て絹江が言う。
「やっぱり、イオリア・シュヘンベルグ」
「でもー、この人、200年以上前に死んでますけど……」
頭を掻きながら部下が言う。
そこへ、受話器を耳と肩に挟みながら別の記者が声を上げる。
「CBが出た!? 旧スリランカの内紛に武力干渉。双方に攻撃ぃ!?」
「双方に攻撃って……?」
職員がその言葉に揃って驚く。
「そんなことをしたら、どちらの感情も悪化させるだけなのに。……CB、一体何を考えているの?」
絹江は思いつめる表情で呟いた。
そこへ更に驚愕の声で、先程の記者が怒鳴り声を上げる。
「何! 死者はゼロだと!? どういう事だ!?」
「ええ!?」
再び、職員が騒然とする。
「武力介入しておいて、死者がゼロ……?」
信じられない、という表情の絹江であった……。
―人革連・高軌道ステーション通路―
「馬鹿な……。一度の軍事介入で300年以上続いている紛争が終わると本気で思っているのか? それに死者がゼロだと……ありえん。QBが出た……?」
セルゲイ・スミルノフも混乱した。
―CB所有・南国島―
「一度だけじゃない。何度でも介入するわ。QBは……完全に想定外だけれど……」
落ち着いて茶を飲みたい所、素直に心からとも言えない王留美であった。
―UNION領・都心の一室―
「リボンズーッ!!」
アレハンドロ・コーナーはそれどころではなかった。
―CBS-70プトレマイオス―
「CB……私達は、物事を変える時に付きまとう痛み……の筈なのに。QB……一体どういうことなの。……私の戦術が……台なしよ」
スメラギ・李・ノリエガ……ティエリアに加え更にもう一人、QBによって精神的ショックを受けた。
対話すら拒絶する行為を受け止める術はあるのか。
そもそも突きつけられもしない無い刃に、少年は時代の変革を感じるのか。
これぞ、誰かが否定したいかもしれない、現実。