<注意!>・このssはオリジナル主人公(転生ではない)モノである。
・束と千冬は同じ年齢、かつ箒や一夏とは七歳差である。(正確な年齢が分からなかったので)
以上をご確認の上、『将来の夢?神主です (インフィニット・ストラトス)』をお楽しみ下さい。
***********************************************************
篠ノ之尊(しののの みこと)の朝は早い。
朝六時には目を覚まして神社の掃除をし、父さんと共に剣道場で朝稽古までこなす。
小学六年生にはありえない程の健康的な生活だが、それを辛いと思った事はない。
生まれ育ったこの神社の事が好きだったし、古流武術に属する剣道も父さんや隣に住んでいる千冬さんに誉められて以来熱心にこなしていた。
妹であり、四つ年下の箒が練習に参加するようになってからは尚の事だったと言っていい。
何時だったか、将来の夢は神社の後を継いで神主になる事だと言うと父さんは泣いて喜んでくれた。
「…………はぁ」
だが、そんな彼でも疲れたように溜息を吐く事がある。
それは我が家の天才――――いや天災である三歳上の姉が何かを仕出かした時だ。
「何!? 理科室の骨格標本が突然喋り出した!?」
「すみませんすみませんウチの姉さんが大変ご迷惑を」
あれは四年前だったか。
どんな魔改造を施されたかは知らないが、千冬さんに叩き壊される前には往年のマイケルを思い出させる完璧なスリラーダンスまで披露していた。
「何!? 音楽室のベートーベンが飛び回ったばかりか目からビームを!?」
「すみませんすみませんウチの姉さんが大変ご迷惑を」
三年前の夏だ。
モーツァルトとバッハも含めたオールレンジ攻撃を物ともせずに叩き壊した千冬さんは本当に凄いと思う。
「What!? The satellite received hacking!?」
「I'm sorry. The elder sister troubled you very much」
ようやく姉さんが小学校を卒業し、ほっと一息と思うと今度は世界だった。
流石の千冬さんも人工衛星は叩き壊せなかったらしく、後で悔しそうにしていた。
「何!? 我が国に向けて二千発ものミサイルが発射された!?」
「あははははは! もうどうにでもなれ!」
これが今年の事。
姉さんがこっそり教えてくれた所によると、この時殆どのミサイルを叩き落としたのは千冬さんだったらしい。
あの人は人類辞めたんじゃなかろうか。
ともかく。
これが後に「白騎士事件」と呼ばれた出来事であり、これを皮切りに僕ら篠ノ之家の運命は大きく変えられていくことになる。
篠ノ之神社の神主になるという、僕の夢も。
それでも僕は、姉さんを嫌いになる事ができなかった。
**********
――――六年後、世界の何処かにて
一人の青年が足音荒く廊下を進んでいく。
そこそこに鍛えているのか程良く筋肉の乗った体。
彼が一歩を踏み出す度、邪魔にならぬよう、うなじから腰まで細く一房に纏め上げられた黒髪が揺れる。
それが今年十九歳になった尊の姿だった。
「姉さん!」
スパーン、と気持ちのいい音を鳴らして扉を引き開く。
扉の向こうの薄暗い空間には何だかよく分からない機械が乱雑に立ち並び、それに囲まれるようにして女性が作業に没頭していた。
ウサギの耳のようなカチューシャを付け、機械の女王然と鎮座する彼女こそ長女、篠ノ之束である。
「なになに?
どうしたのみー君そんなに慌てて。
箒ちゃんの入学式は明後日だよ?」
「分かってるよ!
どうせこっそり覗きにいくつもりなんだろ?」
「オ~イエス。
それにしても箒ちゃんってばみー君にだけ電話するんだもんなぁ。
束さんちょっとショック」
「姉さんが無茶苦茶ばっかりするからだよ!
もう少し他人様の迷惑を考えるようになれば箒だってちゃんと連絡ぐらいする――――ってそうじゃなくて!」
頭を振った尊が流されそうになった話題を切り捨てる。
「昨日の論文発表の事だよ。
何でまたわざわざ喧嘩売るような真似したのさ」
「?」
あ、ダメだこの人。
全く理解できてないや。
「人の前に出るのが嫌だっていうからネット会談にしてあげたのに質問にはロクに答えないし、一方的に話して勝手に切っちゃったんだろ!?
さっき僕の所に苦情が来たんだよ!」
「いいじゃんいいじゃんそんなの放っとけば~。
そうやって一々構っちゃうから面倒事押し付けられるんだよ?」
「筆頭ハアナタデスケドネ」
お人好しが災いしたのかもしれない。
この六年を姉と一緒に行動する内、気が付くと尊の名は束のマネージャーとして広く認知されていた。
ほぼコミュニケーションが不可能と言ってもいい束に比べればまだ話が分かると判断されたのだろう。
特に何かをした訳でもないのに、各国トップとの間にホットラインまで用意されているのだ。
お陰で“色々な”所に顔パスが利く超VIP待遇である。
「あ、そうだ!」
「……今度は何ですか」
と、また突然何かを思い出したように束が声を上げた。
尊の対応も慣れたものである。
何をするのか分かった訳ではなく、ただ理解するのを諦めたというだけの事だが。
「IS学園の事だけど、みー君が箒ちゃんの先生になれるように色々手配しておいたから頑張ってねー」
「はぁ!?」
「正確には副担任だけどー」
いやいやそういう問題じゃない。
そんな話、全くこれっぽっちも聞いた覚えがない。
「え?え?え? ちょっと待ってよ姉さん。
僕は中学だってロクに行ってないんだよ?
しかもようやく高校出た位の年だよ?
それがどうやって先生なんかやるのさ」
束が家を出たあの日、放っておけずに付いて行って以来学校と呼べるものには通っていない。
尊のイメージはあくまで小学校の先生だが、それにしたってとてもそこまでそつなくこなすような自信はなかった。
「大丈夫大丈夫。
その辺は束さんが上手くやっといたし、ちーちゃんがちゃんとサポートしてくれるから!」
「姉さんの太鼓判ほど恐いものなんて無いんだけど……千冬さんが?」
「そう!
そ・れ・にー、IS学園で必要なのは“先生”じゃなくて、あくまでISの事を教えられる人材だよ?
その点じゃみー君に敵う人間なんていないいなーい」
「まぁ……それはね」
まともに質問の受け答えをしない束に代わって相談窓口みたいな事をしていたから、説明に関しては専門家だ。
実際に出来るのは精々メンテナンス程度までとしても、何の知識もない大統領相手に即興でプレゼンをやった経歴は伊達ではない。
束と比べる事はできないが、そういう意味で尊の学も相当なレベルではあった。
……もちろん、姉がドタキャンしなければそんな事をする必要もなかったのは言うまでもない。
「箒ちゃんが心配だしー、いっ君にだって会えるよ?
しかもちーちゃんとずぅっと一緒に居られるオマケ付き!
どうどう? やってみない?」
「むぅ……」
腕を組んで殊更に悩む振り。
が、実の所結論はとうに出ていた。
はぁ、と一息ついた尊は眉間を揉んで、
「……久し振りに家の様子も見てきたいしね」
「よっし決まりー!」
**********
「――――という事がありまして」
「束の奴は相変わらずか」
そしてあれよという間に尊はIS学園の門をくぐっていた。
右手には着替えなどを放り込んだトランクケース。
いかにも新社会人、という風のスーツも似合っていなくはない。
「しかし、まさか本当にあいつも来るのか?」
隣を歩いているのは尊を出迎えに来てくれていた千冬だ。
ばっちりスーツを着こなした千冬の立ち姿は惚れ惚れする程に決まっている。
あの姉もこの人の何万分の一かを見習ってくれれば世界は随分平和になるだろうに。
「いやいや。
万が一があったらいけないし何とか止めましたよ。
ずっとブーブー文句言ってましたけどね」
「そうか、よくやってくれた。
ただでさえ今年は一夏もいるというのにこれ以上悩みの種を増やされたら堪らん」
「はっはっは僕だって赴任早々謝罪回りなんてしたくないですから」
あの姉がIS学園などという目立つ場所に現れたら一体どんな騒ぎが起こるのか。
想像もしたくないが、校舎の形が残っていればまだマシだと思う。
そしてその尻拭いをする事になるのは誰あろう、自分だ。
「……いつもながら、苦労してるんだな」
「止めて下さい、泣いてしまいます」
幼少時代を知られているだけに、同情の視線は心に響く。
あれはいつだったか、夜中に「すみません!」という自分の悲痛な叫びで目が覚めた事もあった。
あの時は我ながら遂におかしくなったかと心底震えたものである。
「……何にしても、ようやく姉さんから解放されたんで羽を伸ばさせてもらいますよ」
そうだ。
考え方を変えてみると、ここに姉さんはいない。
今は一夏や箒のISに没頭している筈だから当分変な騒ぎも起こさない筈!
「自由……なんて甘美な響き」
「おいおいお前は今から仕事だぞ。
分かってるだろうな?」
「そんなもの姉さんに振り回されるのに比べたらバカンスですよ、バカンス」
事もなげに言う尊だが、それはそれは大変だった。
姉本人だけでなく姉に集ろうとする有象無象の相手もせねばならなかったのだ。
実際、幾つ体があっても足りないような経験をしてきた。
強請りや泣き落としなどほんの序の口、銃を突き付けられて――――どころか艦砲を向けられての“お話”などという事もあった。
篠ノ之束のスポークスマンになるとはそういう事である。
「それで今度は妹の面倒を見ようというんだから、お前も大概酔狂だな」
「……そうですね」
クックッと千冬はからかうように笑っている。
しかし一転、当の尊の瞳はどこか遠くを見ているようで。
「電話は出来る限りするようにしてたんですけどね。
顔を合わせるのは本当に六年振りですから……」
「尊……」
やば、と思ったのは時既に遅く。
二人の間には変に重い空気が纏わりついてしまった。
折角の再会だというのにこんな雰囲気のまま居るだなんてのはご免である。
「まぁ弟の為にモンド・グロッソ放り投げたどこかの酔狂さんには敵いませんよ」
「年上をからかうな、馬鹿者」
頭頂に懐かしい鉄拳が落ちる。
別にさほど痛くはなかったが、尊はお約束として頭をさすってみせる。
これでこの話はお終い。
昔からの手打ちの合図だった。
「しかし、今更だが背が伸びたな」
「昔なら上からズドン、ですもんね」
もう、尊の視線は千冬よりもさらに上の位置にある。
さっきだってわざわざ尊の方から体を竦めて当りにいったようなものだ。
「少しは逞しくなった……か?」
「鍛えてますから」
「フフッそうか……。
なるほど、それは楽しみだ」
誇示するように二の腕を見せつけてみせる。
千冬も嬉しそうに笑ってくれた。
そしてそのまま尊より一歩前に出る。
「いいだろう。
今日からお前は同僚だ」
差し出された手の意味を分からない尊ではない。
訓練の後を示す豆の残る手の平でしっかりと掴む。
「よろしく、篠ノ之先生」
「こちらこそよろしくお願いします。
織斑先生」
**********
「すぅ……」
『1年1組』。
そう表札のかかった扉を前にし、尊は深く息を吸った。
「さて、行きますか」
一歩を踏み出すと自動のドアが自ら道を開けた。
教室の中には三十人近い生徒達が行儀よく席に着き、部屋に入ってきた自分の姿を追っている。
皆一様に目を見張っているのがはっきり分かるが、二人ほどは特にそれが顕著だった。
「み、尊さん!?」
驚きの声を上げたのは千冬さんの実の弟に当る少年、織斑一夏。
生まれた頃から知っている尊にとっても彼は弟のような存在だ。
ISなんぞを動かしてしまったのが運の尽きだろうが、元気一杯なようで大変よろしい。
一方で我が妹、箒の方は言葉も出ないのか池の鯉みたいに口をパクパクしている。
リボンで長い黒髪を結った大和撫子風の箒だが、これで去年は剣道で全国制覇を果たした兵である。
健康に育ったようで兄としても嬉しい限りだ。
「やぁ、久し振りだね一夏。
色々言いたい事はあるだろうけど、それはまた後でな」
一応これでも教師である。
公平を保つ為にも、授業中にあまり慣れ合う訳にはいかないのだ。
「えっ、いや尊さん――――」
「おや? 織斑君はそんなに喋りたいのかい?
それじゃあ後でやる自己紹介、織斑君にはトップバッターをやってもらおうか」
「うえっ!?
か、勘弁して下さい……」
「なら少し静かにしているように」
そうして尊は広く教室を見渡した。
皆尊の言葉を待っている。
「それでは改めまして、皆さん入学おめでとう。
僕は副担任の篠ノ之尊です」
(男の、先生だよね?)
(若ー)
(男の人にISが教えられるの?)
(ていうか篠ノ之ってもしかしてIS開発者の……)
それまでどうにか保たれていた沈黙もついに限界らしかった。
ざわざわ、とさざ波のようにどよめきが広がっていく。
「ゴホン」
尊はそれを咳払い一つで制した。
一夏の二の舞を避けてか、再び生徒達の視線が尊へと集中する。
「君達は今日からここ、IS学園の生徒です。
このクラスの仲間は学校でも放課後でも一緒になるので、これからの学園生活を楽しく過ごす為にも皆助け合い、仲良くやりましょう。
もちろん僕も君達のサポートには全力を注ぐつもりです。
分からない事があれば遠慮なく頼ってきて下さい」
ここは普通の学校とは様々な意味で違う。
全寮制という制度をとっているのも勉学に集中させる意味だけでなく、生徒達の保護という側面の方が強い位だ。
いっそ味方なのは同じクラスの人間だけだとすら言っていい。
友誼を深めるのは、いわば義務なのだ。
「それでは自己紹介をしてもらいましょうか。
出席番号順で、まずは相川さんからどうぞ」
「あ、はい――――」
そうして順繰りに自己紹介は進んでいき、
「さて、次は織斑君。
彼はとても面白い紹介をしてくれるそうなので期待させてもらいましょう」
「ちょっ、尊さん!
ハードル上げないで下さいよ!」
「皆唯一の男性IS操者に興味津々なんです。
今こそ男を見せなさい、男を」
「うぐぐ……」
酷かな、とは思うがこれも運命だ。
実体験から言っても適当に揉まれた方が強くなるのである。
これからの彼の人生を思えば、今ここで恥をかく事は決して損にはならないのだ。
それに。
「あー……えーっ、と織斑一夏です。
よろしくお願いします」
「…………」
「…………」
「うっ……」
誰もが一夏の次の言葉を待っている。
助けを求めるように箒へ送った視線もあっさり躱され、面白い程に渋面を披露してくれた。
「尊さん……」
「頑張れ織斑君、君なら出来る」
「そんなぁ……」
真っ白になった頭で思い悩んでいる一夏を見ているとこう、なんだ……癒される。
人生の殆どを姉に振り回されて生きてきただけに、こういうのは凄く新鮮であった。
恨むなよ一夏。
君はいい弟分だったが、僕の姉さんが悪いのだよ!
心の内で高笑いを上げる尊だったが、ふと入口の方でドアが開く音がするのに気付いた。
現れたのは会議に出席していた筈の千冬である。
教室に入るや、即座に状況を見切ったらしい彼女はツカツカと一夏の下へ歩み寄って行く。
一方、それに気付かない一夏はいよいよ進退極まったらしい。
「以上で――――スゥッ!?」
鉄拳が彼の言葉を遮った。
あれは舌をやってしまったのでは……。
「いっつぁー……って、げ!?
千冬姉!?」
「学校では織斑先生、だ」
再びの鉄拳。
哀れ一夏は教室の染みになった。
流石の尊も腰が引けるレベルである。
「お、織斑先生……その辺で勘弁しておいて下さい。
皆引いてます」
「チッ……ああ。
クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」
「いえ……。
織斑君もありがとう。
座ってくれていいですよ」
「はい……ありがとうございます……」
チッ、って……。
止めなかったらもう二、三発いってたんですか?
一夏の感謝の視線が良心に痛い尊であった。
しかし、済んだ事を気にしても仕方がない。
「では丁度良いので織斑先生も自己紹介お願いできますか?」
「うむ」
男前な返事を返したかと思うと、千冬が前に出た。
それだけで教室の空気がガラリと変わる。
「諸君! 私が担任の織斑千冬だ!
君達新人を一年で使いものにするのが仕事だ」
「キャーーーーー!!!」
半ば予想できた事ながら、黄色い悲鳴は教室中のそこかしこから炸裂した。
第一回モンド・グロッソ格闘部門及び、総合優勝。
第二回モンド・グロッソでの不戦敗を除いて無敗の全戦全勝、ただの一度も土をついた事のないその強さ。
文字通り当代最強の名を欲しいままにする千冬は、その隔絶した容姿と相まってカルト的な人気を誇っているのである。
「ここにいる篠ノ之先生も男性ながらISに関しては専門家だ。
特に基礎講習では彼の右に出る者はいない。
彼の授業は値千金と考えて聞き漏らす事のないように!」
「はい!」
織斑千冬のお墨付きは随分効果のあるものらしい。
こちらを見る生徒の目が胡散臭いものから一転、あっという間に尊敬のそれに変わってしまっていた。
「えー、それでは自己紹介を続けてもらいましょうか」
「はい! 篠ノ之先生!」
これはこれでいいかもしれない。
華の女子高生に囲まれてそう思う篠ノ之尊、十九歳の春であった。
**********
さて、その休憩時間。
廊下に出た尊の下には血相を変えた箒が詰め寄って来ていた。
「ど、どういう事ですか兄さん!
いきなり教師だなんて!」
「あはは、相変わらず姉さんの思いつきだよ、箒。
今は悪くないかと思ってるけどね」
「はぁ? 姉さんが?」
明らかに色々邪推しているジト目だった。
尊同様、姉の無軌道ぶりに迷惑を被ってきただけに警戒するのは仕方もない話ではある。
「あれでも家族の事は心配してるんだよ。
他人には冷たいから尚更さ」
「……信じられません」
「今はそれでもいいよ。
まぁ、そんな事より――――」
と、尊はやおら箒の頭へと腕を伸ばした。
幼い頃そうしてあげたように、髪型を崩さぬよう優しく撫でる。
「大きくなったね、箒。
ずっと放っておいてごめん」
「……ッ!」
尊が姉と一緒に姿を晦ましてより篠ノ之家は日本国政府の監視下におかれた。
誘拐やテロの脅威から守るために止むを得ない、という言い分もあったろうが、この娘は両親とすら引き離されて今まで暮らしてきたのだ。
それが多感な時期の少女にとってどれだけ心細かったか、尊には想像も出来ない。
「……子供扱いは、止めて下さい」
「ああ、そうだね」
言いながら、手は止めない。
箒も顔を俯かせて尊のされるがままになっている。
「でも、幾つになったってお前は僕の可愛い妹さ。
これは信じてくれるかな?」
「…………はい」
ぽつり、と漏れた小さな言葉。
それは六年の時を超えて届いたような気がした。
うん、素直ないい子だ。
「そうかそうか。
じゃあそろそろ涙を拭いて、笑顔を見せて欲しいな、兄さんは」
「な、泣いてません!」
「ははは、そうだね」
大慌てで涙を拭う箒の口元にもようやく笑みが過る。
それは贔屓目にみてもとても最高に綺麗なものだった。
「よし、それじゃ一夏にも会っといで。
今の笑顔ならあの朴念仁でもイチコロさ」
「べ、別に私は一夏の事など……!」
顔真っ赤にして何を言ってるんだか。
思い返せばこの末妹、道場に通っていた頃からもの凄く“分かりにくい”愛情表現をしていた。
そういう所は六年経っても未だに変わっていないらしかった。
「ほらほら。
急がないと隣の子が声を掛けようとしてるよ?
先を越されてもいいのかな?」
「な!?」
ほんとこの娘は一夏の事となると食い付きがいいなぁ。
ただ、一夏に話しかけようとしている子がいたのは事実だ。
というか、別のクラスからわざわざ彼を見に来た女の子達がいるような状況であり、皆声を掛けるタイミングを計りかねているようであった。
箒の危機感を煽るには十分過ぎる程である。
「……ええと、ちょっと失礼してもいいでしょうか」
「うん、行ってらっしゃい」
「いえ私はあくまで幼馴染として、その、旧交を温めようと……」
「あ、遂に後ろの子が――――」
「行ってきます!」
ようやく行ったか。
凄い速さで教室の中に飛び込んでいった箒が、それでも往生際悪く澄ました顔で一夏に話しかけている。
あの笑顔で行けと言ったのに、どうにも不器用な事である。
「やれやれ」
「手のかかる妹で大変だな?」
一夏を外に引っ張って行く箒を見ながら誰にともなく呟いた言葉。
しかしそれに返す声があった。
「ええ。
ま、そこが可愛いんですがね」
「この兄バカめ」
振り返った先、いつの間にか尊の傍には千冬が立っていた。
とはいって、尊はからかい半分の言葉にも動じた様子はない。
むしろ堂々としたものだった。
「愛情はちゃんと見せてあげるべきですよ。
千冬さんもどうです? 偶には言葉にしてみては」
「何の事だかさっぱり分からんな」
「ウチの妹に取られた後だと相手にしてくれないかもしれませんよ?」
「ほう……」
ピキッ、という音が聞こえたのは幻聴ではない。
千冬の米神にははっきりと筋が走っているのが見えた。
「あの一夏の事だ。
私は篠ノ之の奴では少し荷が勝ち過ぎるのではないかと思うが?」
「へぇ……」
それは事実上、箒では不足だと言われたも同然である。
温厚を旨とする尊としてもその暴言を無視する訳にはいかなかった。
「流石ブラコンはよく見てますな。
ねぇ? 千冬“義姉さん”?」
「姉も妹も大好きなお前程ではなかろうさ。
なぁ? シスコン?」
空間が軋むとはこの事か。
両者の体から漏れ出る殺気と呼ぶのも生温い圧力は瞬く間に周囲を席巻し、平和な学園を魍魎の跋扈する魔界へと変貌させてしまった。
風を纏う一歩で瞬時に間合いを詰めた二人が、額を突き合わす程の距離で睨み合う。
「悲しいなぁ。
私の後ろをちょこまかと付いて来ては「千冬さんをお嫁さんにするんだ」とか言ってくれたあの可愛い尊が、こんなに捻くれてしまっ、て!」
ガッ!と千冬からの頭突きが鈍い音を立てる。
一瞬ふらついた尊だったが、彼とて負けてはいない。
「そういえば、「私よりも強くなったらな」とか言ってましたっけぇ?
何なら今すぐにでも嫁に貰ってあげますよ。
そしたら一夏も安心して箒と付き合えるでしょうし、ね!」
ゴッ!と額の衝突が重音を響かせた。
今度は千冬がのけぞる側だったが、間も置かずまたも二人同時に額をぶつけ合う。
「面白い事を言うじゃないか尊」
「ええもう本気ですからねぇ千冬さん」
攻撃的な笑みを交わす二人の周囲で、緊張感に耐えられなかった女生徒がバタバタと倒れて行く。
めでたい入学式を迎えた筈のこの日、IS学園には突如卒倒する生徒が続出し、保健室は未曽有の大混乱に見舞われる羽目になる。
が、当の二人はそんな現実も眼中にない。
「ふふふふふふふふふふ」「はははははははははは」
地獄の底から這い出たが如き不気味な哄笑。
しかしそれが、不安を煽る程ピタリと止む。
よく見ればそれは二人が同じように息を吸っていたからだと気付くだろう。
もっとも、その時には既にまともに立っている生徒など廊下のどこにも存在しなかったが。
「…………」
「…………」
そして。
遂には、その吸気も限界に達する。
「「表へ出ろ!!」」
二人の喝は同時に炸裂した。
(あとがき)
信じられるか? これ、二日で書いたんだぜ?
「鋼の騎士 タイプゼロ」の方がシリアステイストなんでギャグと会話の練習用にやってみたんですが、思いの他筆が進む進む。
偶には息抜きもしてみるもんですなー。
この勢いに乗って本投稿の方も素早く上げられるといいんですが……。