▼▽▼▽▼▽
おいまた混ざったぞ。
『私は、負けた』
だが人格も砕いて混ぜ込めな勢いだったさっきよりはずっと軽い。意思を示しあっていた時よりはやや深いが。ただ繋がり自体がもう切れかかっているのか、全体的に揺らいでいる。
『間違っていたのか、あの日の憧れも、そこから生まれたこの私も』
『そんな訳ねーだろうが』
視線――ってよりかは意識でラウラが在るのを感じている。向かい合っているようで、背中合わせのようでもある。近いようでもあるし、遠いようでもある。
『……お前が言うのか。私の憧れを否定して、砕いたお前が』
ふくれっ面でこっちを睨む『ラウラ』は実際のラウラよりも小さい。
小さいっていうか幼い。自我の芽生えが千冬さんと会った日、という推測を裏付けるように。そんなに大きくない身体にすら、心が追いついていない姿が在った。
『叩いた程度で砕ける程やわじゃねえだろてめえ。お前の憧れは俺が気に入らないだけで、別に間違ってる訳じゃねーよ。お前が見て感じて想った結果、抱いた憧れなんだろ。だったらお前にとっては間違いなく正しいよ。ただそれを俺含め他人がどう想うかは別の話っつーだけ』
いわゆる精神年齢ってやつ――ちょっと待て。それだと俺はうわちょっとでかい。待ってこれ俺今元の形してるんじゃねえの。か、鏡! どっかに鏡あるわけねェ――!!
『間違いじゃない、ないんだけど。ただ、まあ。折角こっちに来たんだしさ。この機会にもっと千冬さんのこと、色々見ていけよ。話してけよ。思い出話だって付き合うぜ、俺だってあの子の外面に興味あるし』
『どうして――そんな、』
ラウラが困惑しているのは、俺の意思に嘘が無いと伝わっているから。気にしていない風に振舞っているのではなく、本当に気にしていないと伝わっているから。
確かに互いに潰し合った。敵意で削り合った。相手の主張を否定して砕きにかかった。けれども俺が否定したいのはラウラの憧れ、その奥の理想像だけで――決してラウラ自身ではない。そこさえ除けば好きとか嫌いをはっきり言ってぶつけてくるタイプは嫌いじゃない。
『全部知って、それでもまだ強さがいいって言うならそれは、それでいい。でも最終的に――あの子の全部を好きになってくれると、俺は嬉しい。お前みたいな強い奴があの子の味方になってくれると、俺はとても嬉しい』
『どうして、私にそう言える? 私は、本気でお前を潰そうとしただろう!? 戦っただろう!? なのにどうして、どうしてそんな受け入れるような事を、言えるんだ、お前、は……』
俺はこいつに変わって欲しいから戦ったんじゃない。変えられるとも思っていない。結局、暴力に出来るのは相手の否定と自己の主張だけだから。
ただもう少しだけでも、俺の知ってる千冬さんの事をこいつにも知って欲しい。つか見てる部分がちょっと違うだけで、俺とこいつは同類だと思うのよ。だからもうちょい一緒に過ごせば、嫌でも俺の言いたいことわかるんじゃねえかな。
『織斑一夏、お前は、お前は――』
ラウラは様々な感情を蠢かせる。困惑、怒り、悔しさ――色んな感情にさいなまれて、ぐちゃぐちゃなその様は『人間』にしか出来ない事だ。
全部の感情を一通り現し終わり、その殆どが内側に消えるように引っ込んでいく。消化したのか、一旦脇に置いたのか。どちにらにしろラウラが自身の感情を受け入れた事に違いはない。
『――――強いな』
穏やかな顔で、けれど力強く。
ラウラが俺を賞賛する。
『あ。ところで話変わるんだけど、ちょっと聞いていい?』
ラウラの意識全体が、がくーんと傾いだ。
前のめりにずっこけた的な反応なんだと思う。たぶん。
『わかってきた、わかってきたぞ……! この図太さも、貴様の強さの一部だ……! わかっている、わかっているが……! どうにも無性に認めたくない…………ッ!』
『大袈裟なやっちゃな』
ちょっと気になってた事がある。
さっき俺はラウラの記憶を知った。覗いて見た、のではなく”混ざって”知った。こちらが一方的に見に行ったのではなく、互いの手持ちを同じ場所にぶちまけた訳だ――ならば。逆も起こりうるのではないか。
俺がラウラの総てを知ったように、ラウラも俺の総てを知ったのではないか。
『お前には、俺の分はどう見えるんだ?』
『……………………』
揺らぎが、加速する。恐らく今度こそ本当に”切れる”。
ラウラは俺――というよりかはその後ろ側にある何かを見る。そして繋がりが切れる前に、答えを寄越した。
▼▼▼
――見えないものが、見える。
半分正解、半分ハズレ。
文字や言葉が表せないように、記憶も何かしらバグって伝わらない事だけ伝わるらしい。セキュリティ厳重で良かったよーな残念なよーな。
『………………そうかー。これでも駄目なのか。こっちの奴にはどーやっても伝わらねえんだな、前の事は』
ま、いっか。
▽▽▽
――教官は、その『弟』の事をどうおもっているのですか
どうしても我慢できずに、聞いてしまった事がある。
よく考えずとも、わざわざ質問する事ではない。それよりももっと他の有意義な質問に時間を割くべきだ。ISの操縦にしろ、生身での肉弾戦にしろ、当時の私に不足しているものはたくさんあったのだから。
「……………………姉と弟だ。それ以上でも、以下でもない」
想定通りの答えだった。けれども教官の顔に浮かんでいたのは、一度も見た事がない表情だった。力強さも、凛々しさも欠片もない。どころか弱々しいとしか言えない。哀しそうで、辛そうで、見ているこちらの胸が締め付けられるような。
それはきっともっと多種の感情が複雑に塗り込められていたのだろう。当時の私には理解できる筈もない。それでも、その気持ちを向けられる相手が特別なのだとは解った。
だから私は一見無駄に思える質問をして、その事実を確認したのだ。
私の知らない顔をさせる相手は、きっと私より特別だ。
それが許せない、私が一番でありたかったから。
想うだけでなく、想われたかった。
彼女の完全さを害するから許せない――そして、彼女に何も影響を与えられない自分が何よりもっとも許せない。
――羨ましかった、だけだった。
自分の気持ちがちゃんと判っていれば、結果は違ったものになったのだろうか。
いや、それだけじゃ駄目だろうか。
それに加えて、私は前提を間違えていたから。
最初から弱くなかった。目に見えて強力ではないだけだった。奥に得体のしれないものを隠していた。教官よりは強くない。けれどもあれを弱いとは決して言えない。『弱い相手』という思い込みを最後まで覆せなかったのが、きっと何よりの敗因だ。
あんなものを抱えて、まともでいられるなんてまともではない。
少なくとも私に同じ事は出来ない。攻撃力や性能の面において、私の方が遥かに優っているはずなのに。ならばきっと他の部分が私より優れているのだ。
あれは、強さの別の形の一つ。
それが何なのか、今の私には解らない。それが何なのか、私は知りたい。きっとそこには私に必要な物があるのだ。今日の敗北を勝利へと変える何かがある、そう思えてならない。
お前を、知りたい。
もっと、深く。
ああ、でも。生まれる前でも、生まれた後でも初めてだ。
負けたのにどこか心地いい、なんて。
▽▽▽
「うーん、やっぱり微妙だなあー!」
バンバンバンバンと机を叩きながら、失望を言葉に変えて吐き捨てる。
過程がどれだけ白熱しようが、求めていた結果が得られないのでは意味が無い。
「質はもう上げられないから、今度は量で……でもそうすると不確定要素が増えるし不純物も混じりやすくなる、でもそっちの方が……コントールしきれない? それは大丈夫、わたしがもっとがんばればいいだけ…………とりあえず、今回は」
出てしまった結果は仕方がない。考えるのは次のこと。過去どころか今にも留まらず、次の次、そのまた次へと彼女は思考を巡らせる。同時進行で考えた内容が、組み上げられ、用意され、根回しされて――現実が、変えられていく。
そのついでとばかりに、彼女は宙に浮かぶディスプレイの1枚へと指を伸ばして。
「はい、おかわり」
▽▽▽
IS学園に鳴り響いた警報は二種類あった。
一つはアリーナ内で異常事態が起こった事を報せるためのもの。もう一つは――所属不明機の襲来を報せるもの。
アリーナ内で始まった混乱に少し遅れ、真っ赤なビームが学園へと飛来する。
攻撃自体は自動展開したシールドに防がれはしたものの。たった一撃でシールドは最大出力での展開を強いられる。前回現れた無人機の武装ならば完全に耐久が可能な筈のシールドが。今回の襲撃者が、前回よりも強力な武装を施されている事が示される。
高速で迫り来る機体は、黒いマネキンの様な姿をしていた。
これまでと同じ真っ黒な装甲板。けれども前回より遥かにスマートに整形され、女性的なシルエットを描いている。頭部の複眼レンズはバイザー型ライン・アイに置き換えられ。肥大化したハイパーセンサーは羊の巻角のようだ。右腕は肘から先が巨大なブレードになっており、左腕は4つの穴を開けた巨大な砲。最初から戦闘だけしか想定されていないのが見て取れる。
無人機が左腕を振り翳す。
数発、どころかもう一撃でもまともにビームを受ければシールドは消失する。けれども次に無人機が撃ったのはシールドではなかった。下方――海面より飛び出した砲弾と思しき形状の物体である。
ビームの直撃を受けた砲弾は呆気無く融解し、破壊される――前面装甲だけが。即座に前方の装甲と、後方のブースターがパージされ、砲弾は機体へ姿を変える。
現れるのは『訓練用』から『戦闘用』に戻された打鉄、その一機。
全体的に装甲が増加され、物理シールドは単純に大型化しただけでなく刺突用のスパイク、更には小型のブースター等も擁した複合兵装と化している。両腕にはどちらもブレードを装備し、白兵戦用に調整されているのが見て取れる。
なにより中身が別物といっていいほどに違う。何よりISにおいての生命線であるエネルギーの総量が訓練機とは比較にならない。
大型のブレードを振り翳す打鉄を迎え撃つため、無人機も刃と直結した右腕を振り上げ――ようとして、弾丸に殴りつけられて体制を崩す。そこを狙いすまして、打鉄がブレードを振るう。
装甲を削り取られながらも、無人機のセンサーは休みなく蠢く。
ここよりまだ遠く、攻撃目標であるIS学園。その学園をすっぽりと覆うシールドの外側に大型の台のようなものがくっついている。
正確には、シールドに沿って全周に稼働できる砲台。そこに銃身だけで10メートル近いレールガンを構えて座すのは、打鉄と同じく『戦闘用』のラファール・リヴァイヴ。
大量に増設された増加装甲は物理的な防御力を引き上げ、学園から直接供給されるエネルギーはシールドの出力を引き上げる。
桁違いに跳ね上がった重量に加え移動を完全に砲台任せにしている分機動力は無いに等しい。だが役目は砲撃支援だけでなく、敵の攻撃を引きつけて高い防御力でそれを受け止める事も含まれている。
単純な性能だけを比較すれば、無人機の方が優っている。数の優位もやりようによっては覆せるだろう。だが学園のISを駆るのは決して素人ではない。世界の上位トップ10ではないが、確実に上から数えた方が早い実力者達だ。
だから勝敗はほぼ決まっている。
最終的に、無人機は破壊されて海に墜ちることになるだろう。学園を破壊することも、そこで暮らす生徒を傷つける事も決して起こりえないし、起こさせない。
この無人機には、絶対に不可能だ。
学園が襲撃者の存在を察知したのは、ビームを放たれたから。そこから前は無人機の存在も行動も、察知できていない。移動中にユニットを脱ぎ捨てた事も把握していない。それがステルス機構を搭載した外部ユニットである事も、知らない。
上空より別の無人機が迫り来、
▽▼▽
「――――――ッ!!」
いや。
いやいやいや。
「嘘だろおい、またかよ!?」
上から何か来る。何も見えないし聞こえないけど、敵なのはわかる。それだけ解れば十分だ。どうでもいいけどパターン的にあの黒いのの可能性がすこぶる高い。どうでもよくねえぞこれ。てか絶対そうだ。
「シロ! 機体は後どのくらい保つ!?」
【…………】
軋むのは意識と身体と機体、とにかく全部。
だからこそ動かなければならない。身体も機体も限界だ、俺とラウラはこれ以上は何をどうやっても足手まといにしかならない。ならばせめて引っ張る足を少なくするためにもさっさと引っ込むに限る。
めっちゃ早く解る時ってさ。
来る相手もめっちゃ速いって事なんだよね。
「あっそうだラウラ拾わねーと! シロ! もうちょっと頑張れない!?」
【……………………】
何かが上空から降ってき――突っ込んできた。奔った閃光は遮断シールドがぶち破られた時のもの。爆音は何かが地面に着弾した時のもの。掘り返す勢いで地面が吹き飛び、巻き上がる土煙が周囲に吹き荒れる。
塞がった生身の視界を補うために、機体のセンサーで転がってるラウラの補足を試みる。が、反応が無い。それどこらかさっきから返答すら無い。襲撃者に気を取られ過ぎていた。シロと白式の様子がおかしい事に、ようやく気が付く。
【ア・サアウアヒア・サアウア楹ニアサア゙ア・サアウアシアソアサア螻・サアウアヒアシア雎テアナアッアg】
「待ってそれ何語!?」
思っていた以上に様子の変さが凄まじい。聞こえてきたのが何なのか純粋に理解できない。間違いなく声ではない。音というにも歪な何か。破損した音声ファイルを無理矢理再生した、もしくは文字化けをそのまま発音したかのような。
「………………あれ?」
がらんがらんと音を立てながら、すぐ横に塊が転がってくる。破片と思しき物体は、地面の一部でも、アリーナの部品でもない。真っ黒い装甲版で覆われた、何かの一部。前回の延長線上と思しき造形だから、何なのか見当がついた。それは頭部と呼ばれる部品だったはずだ。
それは。俺が襲撃者の正体だと思っていた。
無人機の――残骸だった。
では、降ってきたものが何なのか。その答えは目の前にある。近すぎて見えないほどに直ぐ傍に居る。頭の中のどこかで、攻撃されると察知していた。けれどもそれが意識に伝わる時はすでに攻撃が終わりかけている。意識が逸れたのは無人機の残骸を確認した短い間だったのに。一秒を何十個にも小分けにした、ほんの瞬間だけだったのに。
回避防御迎撃どころか、驚く事にすら時間が足りない。
エネルギーシールド、装甲、絶対防御、ISスーツ、皮膚、肉、骨――進行方向にあった、”何もかも”が切り裂かれる。振るわれた何かに押されて、千切れかかった身体が吹き飛ばされる。最後に、視界に映るのは、機体だけでなく身体だけでなく、遅れて吹き出した赤い血すら、も、切り分けるかのように在る、
真っ白い光を放つ、爪。
▽▽▽
根本的に形状が違う。
頭部、胴体、四肢という構成する要素の呼称と数はほぼ同じ。けれども配置が全く異なる。特に『腕』は呼び方も異なる。腕と呼ぶのは二足歩行の形状の際にこそ相応しい。四足歩行の形状をしているのだから――『前脚』と呼ぶべきだ。
純白の装甲、下にフレーム、更に奥には内部機構、最奥には中核である結晶体。無人機は間違いではないが、正しくはない。人の代わりを詰め込んだのではなく。もっと前の段階から『人』という要素を必要としないように造られている。
地面を踏みしめる四肢の先の爪、口内から覗く牙。人間よりずっと鋭く、強靭に出来ている。元々武器として使うために在るからだ。更に、その爪牙は淡く輝いてすらいる。まるで光を固めて形にしたかのように。
頭部で、目に相当するセンサーの集合部分が一際強く真っ赤な光を放つ。地を踏みしめ地面を抉り切る爪と、開いた口から覗く牙もまた一層強く輝きを増した。
獣のよう、ではなく。
真実として『獣』である。
”鋼鉄のおおかみ”
轟いたのは爆音ではない、絶叫でもない、駆動音でもない。もっと力強く生々しく、聞くものを震わせる凄みや恐ろしさを塗り込められている。人工物にはありえないはずの、本能から発せられたもの。
鋼の内から生じた野性が、ここに『咆哮』する。