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遺伝子強化試験体C-0037。
人口合成された遺伝子を投じられ、鉄の子宮が生み落としたもの。
暗い、暗い、闇の中に私はいる。
▽▼▽
なんじゃこりゃあ。
目の前の出来事への感想はこの一言に尽きる。他に何を思えというのか。
刀刺したら相手が溶けた。
単純に意味がわからねえ。
唐突かつ意味不明すぎて、俺の頭じゃ推測すら出来やしない。いや待てよ零落白夜の隠された機能という可能性も、
【違います】
じゃあお手上げだ。俺には今何が起きているのか何もわからない。
が、わからないのは目の前で起きている事についてだけ。それ以外は話は別。今最も重要な事については、しっかり把握している。
”勝負はまだ、終わってない”
「シロォ! 刃と推進力! 他はいらん!!」
【はい】
説明になっていない命令。詳しく話す余裕が無い。
それでも白式の中の人は俺の意図を正しく読み取った。白式の機体が光になって解けていく。総てではない。幾つかのパーツと機構は残る。
結果として浮いたエネルギーを”必要”な部分に回す。更に必要なパーツからも可能な限り削る。最終的に残ったのはフレームが剥き出しになった手脚、骨組み寸前のスラスター。そして雪片弐型――”零落白夜”。
黒い装甲から変わり果てた何かが流動する。けれど突き刺さった光の刀身は黒を意に介さない。それどころか逆に押し退けてすらいる。
刀身は、侵されない。
だから避けてきた訳だ。
白光を迂回して、刀身を握り支える機体の腕、そこから更に俺の腕へ、どんどん登ってくる。黒いのに触れられた場所は――これ焼けてるのか、溶けてるのかどっちだ。とりあえず滅茶苦茶痛い。うわ何か煙出てる。地面に広がった分が、足元からも登ってくるのが視界の端に映った。
これ以上近寄ってはいけないと、頭の中のどっかが告げている。
だからどうしたと、他の全てが叫んでいる。
白式の周囲を覆っている紫電は、目の前のISだったものが吐いているのとは別。背部のスラスターが、脚部の力場発生装置が、可能な限り出力を上げている事から発生した物。
進行方向は前方だ。
安全な後方ではない。頭の中でどれだけ言われようともそこは曲げられない。俺の敵は”前”に居るのに、どうして下がらにゃならんのか。
視界が不規則に明滅する。機体の異常が頭の中に伝わってどっかおかしくなったのか。けれどもここまで近づきゃ、多少見えなくても支障はない。
【警告。エネルギー低下、機体損傷拡大。退避及び離脱を提案します】
「そうか、わかった」
予感でも実感でもなく、音声ではっきりと警告される。
黒い何かが一層大きく膨れ上がって、広がった。白式を丸ごと飲み込むと告げているかのよう。わかりやすい脅威が迫る。一目で異常な存在がそこに在る。
ここが最後だと、頭のどっかが一層強く震えた。発動しっぱなしの零落白夜が祟ってすでにエネルギーは風前の灯ほどしかない。スラスターもこれ以上物理的な損傷が増えれば機能を失うだろう。
だから、まだ動ける内に。
「行くぞ」
【はい】
――――もう一歩だけでも、前へ。
▽▽▽
シュヴァルツェア・レーゲンに起こった異常、あとパートナーの奇行。その2つを同時に叩きつけられたシャルの思考は緊急事態の最中にあって完全に停止状態にあった。どちらかというと後者の方が精神的ダメージがでかい。
『非常事態発令! トーナメントの全試合を中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに避難すること! 繰り返す――』
我に返ったのは、アリーナ内に響き渡ったアナウンスのお陰だった。即座に周囲を見回して、状況をより正確に取得するまでにさほど時間はかからない。
自身が生徒に分類され避難を指示されていること、直ぐにでも教師が救援に来ること。それらをきちんと把握した上で。
シャルは背後の出口でなく前方のシュヴァルツェア・レーゲン――だったものへと機体を飛ばす。接近しながら、両手のアサルトライフルの引き金を引いた。
吐き出される弾丸は黒い塊に殺到する。組み合った白式に当たる危険もあるが、今最も優先すべきは一夏をあの黒い塊から引き剥がす事だ。
が、マガジンを2つ使い切っても状況は変わらない。
「効か、ない――?」
装甲で弾かれているのではない。装甲を突き破った弾丸が内部を抉っているのでもない。もっと違う事が起きている。弾丸は黒い塊の表面に着弾した端から”沈んでいく”。まるで、そう、まるで『飲み込まれている』かのように見える。
背筋に悪寒。接近戦どころか、接近すること自体が危険を伴うのだと何故だか理解できた。
「駄目だ! 逃げて一夏! はやくっ!!」
至近距離の白式が未だ健在な理由は直ぐに察しが付いた。シャルは零落白夜の『エネルギー無効化』という特性を知っているから。
そして『持続時間が短い』という欠点も知っている。
既に零落白夜が発動してから秒でなく分単位で経過している。このまま膠着状態が続けば、間違いなくエネルギー切れになって、それで、
「一夏! 一夏ってば!! 早くそこから逃げてってば!! 聞こえないの!?」
考えてしまった事を振り払うように。一層強く呼びかける。
が、応えは無い。通信は生きている。そもそもこの距離なら肉声も届くはず。なのに視界の先で一夏は身じろぎすらしない。
動けないのだろうか。無事に見えるのは外見だけなのか。嫌な想像ばかりが思考を埋めていく。近寄るのは怖かった。けれどもじっとしているのも耐えられなかった。だったらやる事は一つだけ、で、
(………………………………あ、違う。もしかして)
ここまで結構乙女だった顔が一瞬で真顔に切り替わった。
感情が抜け落ちたともいえる。だって察してしまったのだ。きっと事前にしっかり認識していたから、思い当たれたのだろう。
シャルロット・ルクレールと織斑一夏は根本的に違う分類の人間である。
だからシャルが『いくらなんでもそれはない』と思ったコトが、織斑一夏にとっては十二分に当たり前だったりする訳で。だから、つまりは。
届いているけど”聴いてない”。
応えが返ってくる訳がない。織斑一夏の頭の中から、今この瞬間『シャルロット』という存在はスッポ抜けている。それだけじゃない。目的以外のほとんど全部を放り捨てているんだ。本当に、本当に、事前に言っていた通りに。
こんな状況なのにまだ――ラウラ・ボーデヴィッヒに勝つことしか考えていない!
「――――っ、もうーっ! ばかっ!!」
両腕のライフルを放り捨てて機体を加速させる。
事実がどうであれ、やるべき事は変わらない。思うことも言いたいことも山を越える程にあるが、事態は一刻を争う。無視されているなら――ちょっと本当に腹が立つ――実力行使に躊躇いはない。
あの黒い機体の成れの果てに触れるのは危険かもしれない。けれども白式を掴む分には危険はない。加え、上手く行けば”前回”の様にラファールのエネルギーを白式に譲渡できるかもしれない。零落白夜の使用時間が伸びれば、それだけ有利になる。
結論は正しかった。
選択も間違っていなかった。
ただ、気付いたのが遅すぎた。
事が起こって直ぐに行動していれば、きっと間に合った。
けれども思考や行動を幾つも間に挟んだから、当たり前の様に時間切れになった。
「あ、待っ――」
反射的に伸ばした手は未だ全然届かない位置を空振る。
中途半端な距離に居るシャルの瞳に結果が映った。それまでの膠着が嘘のように。一気に膨れ上がった黒色は白を覆い尽くしてしまった。
光がもう、見えない。
「そんな、うそ」
恐怖を振り払ってでも進む理由が無くなって、止まる。危険が去った訳ではないと、頭でわかってはいるのに。退避も迎撃も何もせず、できず。
呆然と間抜けなまでに、ただそこに佇む。
だから、気付いていない。
確かに見えなくなったけれども、見えなくなっただけであって、
光は、最後まで消えていない。
▼▽▼▽▼▽
暗い、暗い、闇の中に私はいた。
ただ戦いのためだけに作られた――生まれたとは言い難い。
ただ戦いのためだけに鍛えられた――育てられたとは言い難い。
いかにして人体を攻撃するか、どうすれば敵軍に打撃を与えられるのか。
格闘術、銃の扱い、各種兵器の操縦方法を入力されて、仕上げられていく。
私は優秀であった。
性能面において最高レベルを記録し続けた。要求された項目を過不足無く完了し、求められた通りの結果を提供し続けた。
疑問も不満も無く、また喜びも無かった。製造された理由と過程を考えれば総て当然だ。感慨など抱くはずもない。それに結果に『心動かされる』事そのものが、必要とされていなかった。
ISという『世界最強の兵器』と定義づけられた存在が登場する。
直ぐに適合性向上のための処置を行うという決定が伝えられた。同意は必要ない。性能が向上するのならば私には施されて当然だった。
『越界の瞳』。
脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上、超高速戦闘状況下における動体反射の強化をもたらす擬似ハイパーセンサー。
処置の名称であり、ナノマシン処置を施された眼球を指す言葉でもある。危険性は無く、理論の上ではそもそも不適合という現象がありえない――はず、だった
しかし現実に不適合現象は起きた。稼動状態のままカットできない制御不能状態、金色へと変質し二度と元には戻らない左目がその証。
片方の眼球が狂い、
総てが狂いだした。
事故以降、私はIS訓練において後れを取る事になる。
一度だけではない。何度も。それどころか確実に、IS訓練においてのみ最高の成績どころか最低限度の成績すら達成できない。
いくら他のどんな能力が優秀であろうとも、どれだけ大量の兵器を操れようとも。頂点と定義付けられたISが扱えないのでは意味が無く。私はトップの座から転落した。
私は『優秀』であるべきとされていた。
だから私は『優秀』であった。
『優秀』であるから私であった。
では『優秀』でなくなった私は――――――――何なのだろう。
どんな過酷な訓練でも耐えられた。いかなる難敵をも打ち倒してきた。そんな高性能で強靭な筈の自身が、あっけなく瓦解していく。
存在する理由と意義を見失い――違う、最初から知らなかった。存在する理由や意義という最低限度のものが必要とされていなかった。ならば足場が消えてしまったのではなく、どこにも立っていなかった。では今まで何に立っていた、どこにどう在った。わからない。何もわからない。まず何をどう考えればいいのかがわからない。それは、教えられていなかった。
部隊員からの嘲笑が聴覚から入り込み、蔑みの視線が視覚から入り込んで、内側にある何かが壊れていく。何が崩れているのかはわからない。わかるために必要な何もかもが、何も手を付けられないまま錆び付いていた。
出来損ないの烙印は不可視であるにも関わらず、熱を持たないにも関わらず、それでも確かに私灼いていく。
『兵器』として不完全とされた。
他の総ても根本的に『欠陥品』なのだと気付いてしまった。
わからない、何もわからない、何も見えない視たくない聞こえない聴きたくない――――暗い、暗い、闇の中に私は居る。自問に答えはなく、より深くへ、より暗くへ、止まること無く転げ落ちていく。
「ここ最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。そうだな……お前なら一ヶ月もあれば部隊内最強の地位へと戻れるだろう――お前、名前は」
「はい。遺伝子強化試験体C-0037であります」
「誰が記号を聞いたこの馬鹿者。そんなものいちいち憶えていられるか。もう一度だけ聞くぞ、名前は?」
「――――”ラウラ・ボーデヴィッヒ”、です」
光のような、応えが差して。
世界は一変した。
彼女の名前は『織斑千冬』。世界最強の肩書と、それに見合う実力を持った人。
教官の教えに総てがあった。ISの扱い方は当然の事、当時の私に不足していた事への応えが詰め込まれていた。
――そうか。ああなればいいのか。
目指す域、取るべき形を識った事で、励むという事を憶えた。強烈だった、鮮烈だった、必然と抱いた憧れこそが、在る理由となった。
自身に欠けている要素を総て備える、あの人に少しでも近付きたい。その感情が不完全な私を塗り潰し、新たな私を形作った。
出来損ないで欠陥品の『C-0037』はもう死んだ。
初めて名前を口に出したその日に『ラウラ・ボーデヴィッヒ』へと生まれ変わったから。
教官の言葉通りに、教え通りに。一ヶ月が経つ頃には、IS専門と変わった部隊の中で最強の地位を取り戻していた。
喜びは無かった。安堵も無い。躊躇いも後悔も。かつて見下された部隊員達へも何も思うこともない。ただただ冷めやらぬ教官への焦がれだけがあった。
少しでも知ろうと、可能な限り時間を作って話をした。会話も重要だが、何よりも少しでも傍に在りたかった。一秒でも長く見ていたかった、刻みつけておきたかった。
気付いてしまった。
強く、凛々しく、堂々としているその姿に。ごくわずかとはいえ翳りが生じる瞬間があった。特定の話題――特定の人物に触れる時。
彼女にそんな表情をさせる事が、悩ませるという事そのものが。完全な彼女を、もしかしたら変えうるという可能性が存在することが。
だから、許せない。
絶対に許容できない。認めない認められない。完全な彼女に憧れる自分が、その完全さに害を及ぼす存在を認める訳にはいかない。
敗北させる。折る。砕く。消す。完膚なきまでに。動いていることに耐えられない。動かなくなるまで壊さなくてはならない。あれを、あの男を――お前を、
『私は、許さない』
『だったらぶちぶち言ってねーで、お前が直接殴りに来いや』
見つけた。
聞こえたのも返したのも声じゃない。ここに音はない。意識そのものの中だから。 隅っこで真っ黒い何かにくるまって縮こまっているそいつの首根っこを空いた左手で掴む。後は引っ張り上げるだけ。連動するように、まとわりついてる真っ黒い何かが膨張した。渡さないという意思表示のようだ。
これは謎の物質なんかじゃありゃしない。
そもそもここに『物質』は無い。膨大な量の記号が密集して、黒としか認識できなくなっているだけ。たぶん。
『ちぇーすー』
さっきまで空いていた左手の先に、今は細い首根っこがある。
では元から塞がっていた右手の先は――柄だ。
ならば必然として。
その先には、刀身がある。
▽▽▽
「――――とおおぉぁああ゛ぁ゛ァ゛!!」
声が轟く。肉声の限界に挑む程の大音量。
形を成しかけていた黒い塊が突如内側から弾け飛んだ。
飛び散った分、その場に残留していた分、すべてが黒い機体の残骸へと姿を変え――戻していく。真っ先に飲み込まれた操縦者も吐き出されるように地に転がる。
逆再生のように液体が固体へ戻っていく様は異様だった。でも誰もそれに対して何も思わなかった。まず見てすらいない。
他の物に目を奪われていたから。直接にしろ、モニター越しにしろ、この光景に立ち会った総ての人間は一人の例外もなく別の物を見ていた。
上へと振り抜かれた刀身が、頭上へと掲げられている。
纏わり付く黒を総て祓って、圧倒的な白が在る。
光が形を成していた。
噴き出した光が刀身の形になっていたこれまでとは、全く違う。出力の上下に伴う僅かな揺らぎは一切見られない。
固形、物質と見紛うほどに確かな刀身。エネルギーであるはずなのに、今では見る者に重さすら感じさせる。元を知らなければ、固体が発光していると勘違いするだろう。
けれど形成する総ては光だった。それでも下手な物質よりも強い存在感を放っている。
目撃した誰もが言葉を失うほどの、圧倒的な――実体だった。
それでも周りを停められた時間はそう長くない。一人、また一人と我に返っていく。
感じ方は千差万別で、感嘆だったり、恐怖だったり、不安だったりした。
けれども大半の者が次に抱いたのは同じだった。原因不明の事態を解決したのが正体不明の現象という気持ち悪さは残るが、それでも解決したことに違いはない。
だから、大体は安堵していた。
この騒動はこれで終わったのだと。
▽▼▽
「ぶえー超気持ち悪い!!」
頭ン中に残るさっきの余韻を消したくて頭を全力で振った。
余計気持ち悪くなった。
吐きそう。
前に出るとは言ったけど、相手の頭ん中までのめりこむ羽目になるとはさすがに思ってなかったわ。いや入ったっていうよりか混ざった感じだったけど、超今更だけど何あれ。
とにかく他人の記憶に自分の意識が混ざるのってもう本当に超絶気持ち悪い。二度とやりたくねえ。やりたくても出来ないだろうけど。気抜くと主観が迷子になりそうな感じとでもいうのか。しかも一回でも見失ったら取り返しつかなくなるなアレ。
それにしても、だ。
見て――この場合『知った』かもしれん――しまったのは完全に偶然だ。でもあんだけ尊敬してるんだ。さぞ劇的な出会いをしたのだろうと推測するのは馬鹿でもできる。
だから予想通りではあったんだけどさ。
ただ予想を正面から叩き壊すっつーか、思ってた以上だったっつーか。
もう問答無用でかっこいいじゃんズルい。何であんな男前なのあの人。凄い完璧に逆光になってて一枚絵みたいになってるじゃねえか。
一番必要なタイミングに一番必要なものを叩き込んでくれたんだ。
そりゃ、ああも心酔するわな。
「………………」
【……、機体状況、実体ダメージレベル高、エネルギーカートリッジ残弾数《0》、エネルギー危険域、各機能、停止寸前ですが、戦闘終了まで、何とか保たせました。】
見下ろす先に、そいつが転がっていた。うつ伏せなので顔は見えない。
さあて。覗き見みたいになったのは後でごめんなさいするとして。それでも俺は知れてよかったと思うよ。
お前は本当に、ちゃんと千冬さんが好きだったんだな。
よくある名前や肩書に酔った薄っぺらなものなんかじゃなくて。ちゃんと会って話して教えられて、感じた魅力の結果として好きになったんだな。
オッケー、わかった。わかったよ。
やっぱりお前、許せねえわ。
「いーつーまーでー寝ーてーんーだ――」
【…………あの、機体の状況がですね、もうですね】
脚を上げる。それだけで身体が軋む。倦怠感の凄いのにまとわりつかれている。肉体ですら既にそれだけ限界。一番負荷がかかった頭の中はもっと酷い――だから?
「立てオラァ!!」
脚を振り下ろす最中に黒い機体を爪先で引っ掛けた。かけた回転によって黒い機体が操縦者ごと宙に跳ね上がって、綺麗に脚から落ちた。放っておけば再度地面に倒れるだけのそれに向かって、白式が刀を振り上げた。
【えっと。あの、あっ…………………………はい】
当たるどころか掠りでもすれば終わるだろう。
当たらなければ、まだまだ続く。
今にも倒れそうになっていたのではなく、後ろ向きに反っていただけ。反りで蓄えた勢いを加えて、前方へと折れ曲がってきた。
身体全部で繰り出された頭突きが、一番ヤバイ頭部を盛大に叩き揺らす。視界が不自然な明滅を繰り返した。割れたか切れたか、こちらの額からぱたぱたと液体が滴る。あちらでは眼帯がはらりと地に落ちる――衝撃で外れたのか、外したのか。
悲鳴みたいな音を上げながら残骸寸前のレールカノンが首を向け――る前に刀身を突き刺した。何の抵抗もなく刀身は砲身にするりとねじ込まれる。
瞬間、レールカノンは破砕音混じりに急稼働、爆発。衝撃に煽られるまま、手の中から雪片弐型がすっぽ抜けて宙を舞う。こちらの攻撃で爆発したのではない。最初からこっちの武器を”巻き込む”のが目的だったのか。
それでも至近距離での爆発だ。こっちどころかラウラ自身の身体も叩く。
”互いに”ぶっ倒れそうになるのを堪えて踏み止まる。歯を食いしばって、突き刺すほど強く地面を脚で踏みしめて、顔を上げる。解き放たれた金色の瞳。放つ無機質な輝きを、ねじ伏せるように睨み返す。
「今まで見てきた中で、お前が一番本物で、お前が一番許せねえ……! 直接会っておきながら、強さしか見えなかったのかこの節穴野郎が……!!」
「……い、許さない、許さない、認めない、認めてはいけない、絶対、絶対に……!!」
てめえは本当に本気の本心で、織斑千冬は完全で完璧で最強であると憧れ叫ぶ。
確かにカッコイイだろうよ、美しいだろうよ、崇めたくもなるだろうよ。
でも、でもな。違うんだよ、それは俺の知ってる織斑千冬とあんまりにも違いすぎるんだよ。俺が知ってる織斑千冬はもっとぐーたらでダメ人間だ、もっと可愛げがあっていじりがいがあるんだよ。確かに強いけど、それはあくまで要素の一つであって、根幹じゃないと俺は思っている。
ならばお前の憧れを肯定してしまったら。俺の好きなとこ全部否定する事になるっつー事だろ――認められるかそんな事ッ!!
俺が偽物であるかは、ここでは何にも関係ない。
てめえが言う通りに『弟』として俺は不出来な偽物だ。でも今俺を突き動かしているのは、偽物として過ごした間の思い出だ。今まであの子を見てきた結果として在る気持ちだ。
”完璧な千冬様が好き”
という、お前の『本物』に匹敵する理由が俺にはある。
俺の戦う理由、お前の否定を真正面から迎え撃って、逆に否定するだけの強さのある理由。紛れも無く『本物』の理由、それは――
”俺はちょっと抜けてる千冬ちゃんのが好きだから!!”
「ラウラ・ボーデヴィッヒ”――――ッ!!」
「織斑一夏――ッ!!」
話し合え? 譲歩しろ? ――無理だね!
言葉を尽くしても足りないんだ。より上位の記憶を交わしたって全然足りやしない。
俺やこいつみたいなのは、直接ぶつからなきゃ、理解は出来ても納得出来ない――馬鹿だから! 俺達はそういう生き物なんだから!
まだ何にも終わっちゃいない。
こんな中途半端じゃ終われない、止められない。
むしろこっちとしちゃ、ようやく本格的に始まったようなもんだ。
真っ直ぐ前に叩きつけるように突き出した。
顔面にねじ込まれた鋼の拳から、肉を叩く感触と音がする。
さあ! 人生を示そうぜッ!!