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『IS学園の設備』
IS学園にはISアリーナ、IS整備室、IS開発室といったISを運用研究するために必要な設備、環境が万全の体制で整えられている。
他にも通常の教育機関としての施設は勿論、寮や食堂等、全体的にかなり高い水準で充実した設備を有している。
当然、それらはIS学園に女子生徒しか存在しないことを前提としている。
――とある人物の手記より抜粋。
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分の悪い賭けは眺める側に限る。
自分がかける側で、しかも分の悪い方というのは是非ごめんこうむりたい。まあ今回は売り言葉を倉庫買いした俺が悪い。本当に嫌ならあのまま黙っていれば良かったのだし。
今回の件(決闘)をこっちで馴染みの連中が知れば恐らく『また後先考えずに突っ走ったな』と言うのだろう。
でもそれは基本的に俺を誤解している。
今回の事はまあちょっとあっちに置いておくが、基本的に後を考えて、大丈夫そうな時しか無茶はしない。周りが言う『感情任せ』で突っ走ったことなんて実際数えるほどしか無い。
でもこれ言っても信じてもらえないんだよね。何でだろう。
「さあて。本当にどうしたもんかね」
今日の授業はすべて終わり、放課後に突入している。
最初の授業を受けた時点で解っていたが、まるで授業についていけない。
予備知識があるので多少はマシなのだろうが、今日教わった内容の中で正しく理解できている範囲は一割あればいい方だろうか。
まあ、俺の頭のロースペックぶりは今に始まった事じゃない。付き合い方だって知っている。ともかくやるたけやるだけである。
それにしても相変わらず多量の視線を感じる。放課後の今はクラスメートだけでなく、他のクラスや他学年と思しき女の子達まで居るようだし。
(…………案外直ぐ慣れるもんだな。まあそれどこじゃ無くなったてのもあるけど)
相変わらず俺(唯一の男)は周囲から好奇の視線に晒され続けている。今は他に明確な目標が出来て、しかもそれが酷く難題なせいだろう。
既にあまり気にならない。とりあえず別れの挨拶を言うクラスメートに手を振り返しながら冗談交じりの挨拶を投げる余裕くらいはあった。
「ああ、織斑くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「うぇい? 何か用ですか山田先生」
俺を呼び止めたのは、副担任の山田先生である。すごくどうでもいい事だけど、この人制服来たら生徒に混じれると思う。
「えっとですね、寮の部屋が決まりました」
「寮?」
差し出されたのは、部屋番号の書かれた紙とキー。言葉と流れから察するに、キーはおそらく寮の部屋のものだろう。
このIS学園は全寮制だ。生徒――つまりは未来のIS操縦者達の保護という目的もあるのだろう。ISがあってもそれを動かすものが居なければ意味が無い。故に優秀なIS操縦者、その素質を持ったものの扱いには躍起になるのだ。
「あれ? 最初一週間は自宅から通学て話じゃねんですか?」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです……織斑くん。そのあたりのことって政府(日本政府)から聞いてます?」
最後だけは内容のせいか、小さな声で耳打ちだった。
「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」
要は予定を無理矢理詰めてまで俺をIS学園に留めておきたいらしい。
それは他国から保護しやすいからなのか、逃げないように監視しやすいからなのかどっちなんだろうね政府のお偉いさん方。
まあこっちとしては通学時間が短縮できる程度の感想しか無いのだが。
「山田先生、しつもーん」
「はいっ、なんでしょう織斑くん」
「相部屋ってことは女子と同じ部屋ってことですよね。ルームメイト誰ですか?」
このIS学園で男子生徒は俺一人――それも歴代で俺一人。なので男子生徒が存在するための設備は最初から用意されていないのだ。当然寮も女子寮しかない、だから部屋割り云々で色々面倒な事になっている訳だし。
っていうか当然のように男子と女子で同じ部屋が認められるんだけど、教育機関としてどうなんだろう。
「篠ノ之箒だ」
俺の質問に答えたのは山田先生ではなく千冬さんだった。何故解るかというと声でわかる。ほらやっぱり千冬さんだった。
「……彼女かあ」
「不服か?」
「いえ別に……ああ、そだ荷物取りに帰んないと」
「それは私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」
「それはありがとうございま――」
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があれば十分だろう」
「――アレ俺もう全部用意してまとめてありましたよね、何その必要なもん更に厳選したみたいな言い方。うわ嫌な予感」
部屋が決まるまでは自宅通学とはいえ、寮に入る事自体は最初から決まっていた。なので荷物の用意はあらかじめやっておいたのだ。
が、今の千冬さんの言い方から察するに娯楽関係のものは置き去りにされている可能性が出てきた。
「多すぎる荷物を減らしてやったんだ。感謝しろ」
ああ確定だこれ。
そんな、着替え等の生活必需品だけだったら元の三分の一もなくなるぞ。減らしすぎだろういくらなんでも。そこまでごっそり減った時点でちょっとくらいは思うとこがないのかこの人は。ああ、思ったのが少なくなったから良かったねなのかちくしょうめ!
「わー、そうなんだーうれしいなー……って言えるかァ――! いくらなんでもちょっとザックリしすぎじゃねーかな千冬ちゃん!!」
来るとわかっていても、察知した瞬間に着弾するんだから回避も防御も出来やしない。
”ドゴシャァ”
これ絶対名簿で出せる破壊音じゃない。
そして人間の頭部で鳴っていい音じゃない。
「――織 斑 先 生 だ」
ターミネーター化したダースベイダーがジョーズに乗ってやって来た様な威圧感とでも言えばいいのだろうかコレ。
それから数十秒、悲鳴をあげる事すら出来ず陸に打ち上げられた魚のごとくビチビチ跳ね回って激痛に悶える羽目になった。
「て、照れ隠しで発揮していい威力じゃねえ……!!」
「足りなかったか」
「いえもう十分ですすいませんでした織斑先生!!」
そういえば最初に千冬ちゃんって呼んだ時は思いっきり吹っ飛ばされたっけ。年下相手だからこう、つるっと口走った瞬間に壁と盛大に激突していたあの衝撃は忘れようもない。
「じゃ、じゃあ時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、織斑くんが今のところ使えません」
山田先生が恐る恐るといった様子で話を再開する。
そういや今寮の話だったっけ。
「あ、大浴場ってどの辺にあるんですかね……いや流石に案内版とかに書いてあるか」
「言っておくが、アホな事は考えない方が身のためだぞ」
「おっ、織斑くんっ、まさか女子のお風呂を覗くつもりなんですか!? だだだっ、ダメですよっ!!」
「いや……絶対に近付かないために場所知りたいんですけど。何が悲しくてそんなトラブルが起こりそうな場所に自分から近付かなければならんのですか……」
「えぇっ? 女の子に興味がないんですか!?」
「実は俺年上好きなんで学生には興味無いんですよ。山田先生くらいからが守備範囲です」
たぶん、聞けば明らかに適当言ってるのがわかってもらえると思う。完全な棒読みだし。実際隣の千冬さんは呆れ通り越した顔してるし。そもそも山田先生は年上っていうには雰囲気が幼すぎるし。
「そ、そんな……だ、ダメですよ織斑くん……先生強引にされると弱いんですから……でも学校でなんて……わ、私男の人は初めてなのに……で、でもでも織斑先生の弟さんだったら…………」
だというのに山田先生はボッと音を立てて顔を赤くした。それからあわあわと視線やら腕を左右に振りながら何か口の中でもごもごと言葉もどきを量産し始める。
大丈夫かこの人。
いろんな意味で。
「私達はこれから会議があるからもう行くが、お前もさっさと寮に行け」
「そーします……」
絶賛トリップ中の山田先生とは打って変わって、千冬さんは相変わらずの通常進行。
既に帰り支度は終えていたので、鞄を引っ掴んで立ち上がる。
「……篠ノ之には話すのか?」
「まあ彼女、俺(織斑一夏)の事覚えてるみたいだし。全部はともかく、最低限度は伝えとこうかなと」
話すというのは無論俺の状況の事である。結局今だ篠ノ之さんにはろくに説明出来ていない。まあ相部屋になるというなら話す機会はいくらでもあるだろう。
それに短い期間でも寝食を共にするというのは、都合がいい。言葉で説明すよりも、より深く今の『織斑一夏』がどういうものかを理解してもらえるだろうから。道徳的な問題はちょっとどっか行っといてもらおう。
「そうか」
異世界に旅立って(トリップ)戻ってこない山田先生の首根っこを捕まえて引きずりながら、いつも通りの引き締まった表情で千冬さんが言う。一応聞いてみただけで俺の返事はどうでもいい、そんな空気を感じさせる。
さあて、百人以上居る同級生の中から最も俺に都合が良い娘と”偶然”ルームメイトになる確率ってどの位低いんだろうね、織斑『先生』。
「気ぃつかってくれてありがとよ、千冬ちゃん」
いつもの凛とした表情でなく、羞恥に染まった赤面顔は一瞬で見えなくなる。そして全速力で閉めたドアに高速で飛翔したクラス名簿が激突してとんでもない音を立てた。
だから照れ隠しで発揮していい威力じゃないって。