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No.26038の一覧
[0] 東方ギャザリング (東方×MTG 転生チート オリ主)[roisin](2014/11/08 16:47)
[1] 第00話 プロローグ[roisin](2013/02/20 07:12)
[2] 第01話 大地に立つ[roisin](2012/07/01 17:54)
[3] 第02話 原作キャラと出会う[roisin](2012/07/01 18:01)
[4] 第03話 神と人の差[roisin](2012/07/01 18:05)
[5] 第04話 名前[roisin](2012/07/01 18:08)
[6] 第05話 洩矢の国で[roisin](2012/07/03 21:08)
[7] 第06話 悪魔の代価[roisin](2012/07/01 18:34)
[8] 第07話 異国の妖怪と大和の神[roisin](2012/07/01 18:39)
[9] 第08話 満身創痍[roisin](2012/07/01 18:44)
[10] 第09話 目が覚めたら[roisin](2012/07/01 18:51)
[11] 第10話 対話と悪戯とお星様[roisin](2012/07/01 18:57)
[12] 第11話 大和の日々《前編》[roisin](2012/07/01 21:35)
[13] 第12話 大和の日々《中編》[roisin](2013/01/05 19:41)
[14] 第13話 大和の日々《後編》[roisin](2012/07/01 21:37)
[15] 第14話 大和の日々《おまけ》[roisin](2012/07/01 21:37)
[16] 第15話 鬼[roisin](2013/02/20 07:27)
[17] 第16話 Hulk Flash[roisin](2013/02/20 07:27)
[18] 第17話 ぐだぐだな戦後[roisin](2012/07/01 17:49)
[19] 第18話 崇められて 強請られて[roisin](2012/07/01 17:49)
[20] 第19話 浜鍋[roisin](2012/07/08 19:48)
[21] 第20話 歩み寄る気持ち[roisin](2012/07/08 19:48)
[22] 第21話 太郎の代わりに[roisin](2012/09/23 03:40)
[23] 第22話 月の異名を持つ女性[roisin](2012/09/23 03:39)
[24] 第23話 青い人[roisin](2012/07/01 17:36)
[25] 第24話 プレインズウォーカー[roisin](2012/07/01 17:37)
[26] 第25話 手札破壊[roisin](2013/02/20 07:23)
[27] 第26話 蓬莱の国では[roisin](2012/07/01 17:38)
[28] 第27話 氷結世界に潜む者[roisin](2012/07/01 17:39)
[29] 第28話 Hexmage Depths《前編》[roisin](2013/07/24 23:03)
[30] 第29話 Hexmage Depths《中編》[roisin](2012/07/01 17:42)
[31] 第30話 Hexmage Depths《後編》[roisin](2012/07/01 17:42)
[32] 第31話 一方の大和の国[roisin](2012/10/27 18:57)
[33] 第32話 移動中《前編》[roisin](2012/09/20 20:50)
[34] 第33話 移動中《後編》[roisin](2012/09/20 20:50)
[35] 第34話 対面[roisin](2012/07/08 20:18)
[36] 第35話 高御産巣日[roisin](2013/07/25 23:16)
[37] 第36話 病室にて[roisin](2012/07/08 20:18)
[38] 第37話 玉兎[roisin](2012/07/08 20:18)
[39] 第38話 置き土産[roisin](2012/09/20 20:52)
[40] 第39話 力の使い方[roisin](2013/07/25 00:25)
[41] 第40話 飲み過ぎ&飲ませ過ぎ《前編》[roisin](2012/09/20 20:52)
[42] 第41話 飲み過ぎ&飲ませ過ぎ《後編》[roisin](2012/07/08 20:19)
[43] 第42話 地上へ[roisin](2012/09/20 20:53)
[44] 第43話 小さな小さな《表側》[roisin](2013/01/05 19:43)
[45] 第44話 小さな小さな《裏側》[roisin](2012/10/06 15:48)
[46] 第45話 砂上の楼閣[roisin](2013/11/04 23:10)
[47] 第46話 アドバイザー[roisin](2013/11/04 23:10)
[48] 第47話 悪乗り[roisin](2013/11/04 23:11)
[49] 第48話 Awakening[roisin](2013/11/04 23:12)
[50] 第49話 陥穽[roisin](2013/11/04 23:16)
[51] 第50話 沼[roisin](2014/02/23 22:00)
[83] 第51話 墨目[roisin](2014/02/23 22:01)
[84] 第52話 土地破壊[roisin](2014/02/23 22:04)
[85] 第53話 若返り[roisin](2014/01/25 13:11)
[86] 第54話 宝物神[roisin](2014/01/25 13:12)
[87] 第55話 大地創造[roisin](2014/01/25 13:12)
[88] 第56話 温泉にて《前編》[roisin](2014/02/23 22:12)
[89] 第57話 温泉にて《後編》[roisin](2014/02/23 22:17)
[90] 第58話 監視する者[roisin](2014/02/23 22:21)
[92] 第59話 仙人《前編》[roisin](2014/02/23 22:28)
[94] 第60話 仙人《後編》[roisin](2014/03/06 13:35)
[95] 第??話 覚[roisin](2014/05/24 02:25)
[97] 第24話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:27)
[98] 第25話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:28)
[99] 第26話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:29)
[100] 第27話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:29)
[102] 第28話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:30)
[103] 第29話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:15)
[104] 第30話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:15)
[105] 第31話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:16)
[106] 第32話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:17)
[107] 第??話 スカーレット[roisin](2014/12/31 18:22)
[108] ご報告[roisin](2014/12/31 18:39)
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[26038] 第50話 沼
Name: roisin◆78006b0a ID:ba167160 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/02/23 22:00






 平天大聖の協力。

 勝手に話を持ち掛けてしまった時には酷評の色が強かったけれど、それもこうして時が経てば、最善の一手とも思えるものへと。怪我の功名を如実に感じます。はい。

 当初の予定では、【頂雲の湖】の水を遠方の枯渇水脈まで流し、足場を一気に崩し去ろう。との算段であった。

 しかしながら、これにはネズミさん達に強く負担を強いるものであり、4マナ【エンチャント】の【覚醒】を用いる事で、何とか余裕の範囲内に収められたものの、それが無かったのであれば、かなりの負担が掛かる作業具合だったと思う訳で。

 けれど、平天大聖から協力を確約を貰った事によって、それも必要無くなった。大きな二つの要であった、広範囲の地盤沈下を狙う組と、【頂雲の湖】の湖に大穴空けて、引き水用の水路を開通させておく組の、後者を削れたのだ。多分、作業内容の半分は短縮&簡略化に成功したんじゃないかと思う。

 余った労働力は、必然、選択肢に幅を持たせる結果を生む。それが何に繋がったといえば、協力を取り付けた張本人、平天大聖への対応策に、である。



(【頂雲の湖】の山頂から地下をぶち抜く、百数十メートルの縦穴。……落とし穴の延長線上で、冗談っぽく言った案が採用されるとは思わんかったわ)



 常にこちら……俺の周囲で、色々と観察していた平天大聖の事だ。今回の作戦を行う時には、まず間違いなく近距離に居るものだと予想はしていた。

 まぁ、そもそもが、約束を果たした瞬間から行動に移る可能性が高かったのだ。

 先の妖術を思い返すと、こちらの予想も付かない方法で何かやられていた可能性もあったなと、背筋にぶるりと来るものがあるけれど、確実に事を成すのならば近場に居る可能性が高く……、を色々と考えた結果、じゃあどすればサクっと脱出出来るのかを突き詰めた案が、先のアレ。脱出ルートな落とし穴。

 最後の一手は穴の蓋部分の裏にへばり付いていた【メムナイト】に手伝ってもらったんだが、あれは機械……【アーティファクト】じゃなかったら、一晩壁に張り付いているのは無理だったんじゃないかと思えます。

 そもそもが、ネズミさん達だと一気に穴を開ける手段が難しいってんで彼に頼んだのだが、適材適所を実践できたようだ。

 場合によってはその場でドンパチ行う状況もあったけれど、そうなると弱点(俺)が思いっきり露出&敵の間近な状況は非常に宜しくないと判明し、まずは距離を置いて、体勢を立て直す時間を捻出するのが、唯一にして最大の目的。

 それを行うまでに、相手に先手を切らせちゃならないだの、会話のペースを握れだの、それでいて能力は極力温存しておくように(孔明談)。との忠告を何処まで守れるかを加味し、何とかギリギリなラインを維持出来たんじゃないかと思える一連であった。



(で、誰一人欠ける事なく撤退出来たは良いものの……)



 流石にこれは予想外。

 鈍痛が響く後頭部と、ヒリヒリする両の頬―――であった筈なのだが、今はもう、それを感じる暇……余裕も無い。

 ここは、人間の軍隊と、【頂雲の湖】の、中間くらいだろうか。微妙に軍隊の方面が、下方へとなだらかな斜面になっているので、様子はそこそこに把握出来る。

 ……ただそれも、微妙に視界が塞がっている為に、不満が残るのだが。

 視界の先には、真っ白な小山が一つ。【頂雲の湖】を出した身としてはあれだけど、大砂漠のど真ん中には、似つかわしくないこと、この上ない。

 しかもそれはどういう原理か、地響きさせながらゆーっくりと動いており、更には眼やら角やら尻尾やらが付属されている、珍妙奇天烈な山のようで。

 随分と珍しい……いや、初めて目にする山だな。これはカメラにでも撮って、どこぞの投稿サイトにでもUPすれば、一躍時の人に―――……



「……前にも言った通り、七天大聖というのは、妖怪達が住むタッキリ山一帯を統べる、最も力のある妖怪達の総称だ。人型は、あくまで仮の姿。それぞれに元があって、空を泳ぐ魚だったり、城をも絞め壊す蛇だったり、と。半分程度しか正体は知らいけど、それをまとめる大聖の頂点、平天大聖の詳細は、これっぽっちも入ってこなかった。まぁ、元々は天界に住んでいた、とは耳にするから、神々ならば知っているもの……では……あるんだろうけど……」



 ……軽く現実逃避をしていたので、不安を覚えたせいかもしれない。こちらに意識を引き戻す為だと思われる、リン様の現状解説であったのだが、



「……でけぇ」



 黄色い大地と青々とした空が広がるだけであった風景に、突如現れた白い小山。

 寸法表記間違ってんだろ、と、これを生んだ何かに対して突っ込みたくなる気持ちを抑えながら、ひたすらに巨大。ただ巨大。それはもうべらぼうに大きな白牛……まず間違いなく、あの平天大聖の正体……真の姿であろうものを見て、呆けてしまう。



(【マリット・レイジ】に届くんじゃないか? あの大きさは)



 少なくとも、標高……うん、標高。標高は絶対に超えているだろう。主に四肢の長さが原因で。

 高さだけでも、東京の紅白な電波塔を軽く超えてる。ともすれば、スカイでツリーな電波塔にも迫るかもしれん。

 歩くだけで地響きが~。とか、こうも間近で体験する日が来ようとは。貴重な体験ではあるけれど、今からそれに挑む身としては、御免被る事実である。



 しかしながら、いつまでもこうしている訳にもいかない理由が、白牛さんの目前に。

 悠々と……それこそ、一歩進んでは止まり。を繰り返し行っている平天大聖の歩みのその先は、つい先程、数万規模でボッシュートした、ウィリクの国の軍隊さん。

 奥から、軍隊―――平天大聖―――俺達―――【頂雲の湖】が、直線上に並ぶ順か。後はそれらの間に、砂漠の広大な距離が加われば、適切な図解と言えるだろう。



(何だったかな……冬に石どけたり、木の皮を剥いだら、そこに冬眠中の虫のコロニーを見つけて……それが一生懸命逃げていくような……)



 それとも、蟻地獄から這い出る蟻、というのも合ってるんじゃないかと思う。

 軍隊の逃げ足は、鈍重。

 殆どの者が何処かしらに負傷しているようで、足を引き摺っていたり、肩に手をやっていたりと、それこそ死に物狂いで痛む体を動かしている印象を受けた。

 元々彼ら……ウィリクさんの国民に対しては印象が悪いので、いっそこのままスルーしてしまおうかと邪念が過ぎるけれど、どちらにしろこうなれば、軍のみに留まらず、国にまで侵攻する未来は眼に見えている。

 遅かれ早かれ対処しなければならないのなら、国力である民を失う前の方が良い。場合によっては、恩なども感じてくれるかもしれないし。



(そういや……)



 俺自身は見ていないけれど、リンの事前情報では鉄砲っぽいのを所持している筈なのだが、一度として発砲音は聞こえない。皆、少しでも遠くへ、一歩でも距離を取ろうと足掻いていた。

 まぁ、それも、巨大な雄牛と化した平天大聖を見れば……それが迫ってくる状況であれば、否応無く理解させられる。押寄せる津波に、拳銃で対応するような気持ちなんだろう。彼らの心境は。



「……ありゃ怖ぇわ」

「うん……」



 独り言のつもりだったのだが、リンが同意をしてくれた。ちょっと嬉しい。



「さって、とッ!」



 快音一発。両の手の平で、自身の頬を張る。



「―――い”ッ!?」



 しまった。事前に何処ぞの小ネズミ妖怪が、入念にそこをシバいていたのを失念していた。傷口に塩を塗るような真似になってしまい、予想以上の激痛が涙腺を刺激する。

 ただ、それも今はありがたい。

 不可能ではないのだろうが、ああも馬鹿げた巨大モニュメントを相手にするのは、今まで一度も無かった事だ。良い気付け薬である。



(つっても、な)



 不安はあるが、やってやれない事は無い、と。そう思えてならないのは、増長や満身に準ずるものでは無い筈だ。



「おー痛ぇ……。んじゃ、計画通りに」



 コクリと頷くリンと、無言で肯定する孔明が、それぞれに構える。

 既に人手? は配置済み。後は今後の流れ次第で、交渉か、抑止か、撤退かを迅速に行うだけ。

【メムナイト】に乗り、遠くへ離れていく【伏龍、孔明】を見送る。安全な……あの巨体を見ると安置無さそうだけど……安全そうな、ここら辺を一望出来る場所まで孔明を下ろして、【メムナイト】が戻ってくれば、作戦開始である。

 今、この場に居るのはリンと俺だけ。

 傍らで懸命に何かを耐える姿に、唯でさえ小さな身を縮込ませていた。



(何かこう……元気付けられる言葉……とか……)



 けれど、『大丈夫』とか『問題ない』とか。思い浮かぶのは、気休め以外の何にも感じられない、微妙なものばかり。先にネズミさん相手に身振り手振りの大演説(笑)を繰り出した身としては、一歩踏み出すに対して勇気が要る。

 自身の引き出しの少なさに焦りを覚え……それでも案が出ない事に、声を掛ける、という手段を放棄。



「んっ」



 疑念なのか、容認なのか。リンは、今一つ反応に困る声を出した。

 ぐしゃぐしゃと、こちらの胸に届かないくらいの、触り心地の良い頭を撫で回す。落ち込んだ時とか、むしゃくしゃした時とか、そういった時には、体を動かしたり、熱い風呂に入ったりするのが一番だと思ったから。

 本当ならお湯にでも浸かりたいんだが、状況が状況なので、それは除外。

 ということで、体を動かす(強制的に)方面を実行。変則ではあるが、ようは体に直接刺激を与えるのが目的である。『女の髪は命』を一蹴する乱暴さだったのだが、こちらの真意を汲み取ってくれたようで、傍らの存在は、極度の不安から適度な緊張へと、纏う空気を変えてくれた。

 反応を確かめるべく眺めていると、リンが服の上から、胸元を握る動作を行った。いつの間にやら簡易的な紐で結ばれた、首元から下げられ、服の下に隠されている【弱者の石】の感触を確かめているのだろう。

 この【アーティファクト】は敵も味方も問わず、効力をもたらすもの。しかしながら、この手の効果範囲が、未だに何処まで及ぶのか判明していないのだ。

 目の届く範囲か。この辺りの土地一帯か。あるいは、まるっと世界全てなのか。

 色々と制限を受けている身としては、少なくとも世界丸ごとは無いと思うのだが、今最も気になるものは、及ぼす最高地点ではなく、最低範囲。

 過去に使った全体再生である【活力の覆い】や、全体に【プロテクション】を与える【恭しきマントラ】。それらは決して狭くない範囲をカバー出来ていた。

 それに、唯一にして最大の対象である目標は、あんなにデカいのだ。距離が離れていようとも、片足の一本くらいは範囲内に収まっているだろう。



「ま、駄目なら俺がガンバりゃ良いだけの話……という事で」

「?」



 何でもねぇですよ~、と撫でる手に力を込めた。流石に強過ぎたのか、不満の色を感じ取る。

 と、それに合わせて、後方から、硬質のものが砂へと突き刺さる音が連続で聞こえてきた。

 振り返って見てみれば、案の定な【メムナイト】。孔明先生が乗っていないのを見るに、しっかりと送り届けてくれたらしい。



 ―――では。



「ん”ん”……あー、あー。……ん”ん”ん”」



 喉の異物を取り除くように、気道を確保。

 何をするのか察したリンが、自らの手を頭に上げて、ぺたりと伏せた耳の上から、その手を乗せ……無い!?



「―――何ッ!?」



 こいつッ! 獣耳の方じゃなくて、人の耳の方を押さえやがった! いやまぁ確かに人耳の方は自力じゃ閉じられないけどさ!



「ッ!? ………………なんだい?」



 緊急事態発生に対しての驚きだと判断して、即座に振り返ったであろうリンの顔は、みるみるうちに曇り空。どうやら俺の態度で、何かしらを感じ取ってくれたようです。

 よしこれから。という場面で出鼻を挫かれたせいだろう。怪訝な表情がありありと。それでもこちらに応えてくれる辺り、優しさを感じずには居られません! というか、俺だって出鼻を挫かれたようなもんですし!



「だってお前! 耳! 頭!(意訳・獣耳キャラは、獣耳の方を押さえるものではないのですか?)」



 何を言っているんだと眉間に小さな皺を寄せ、無言のままに、呆れ顔。

 きっと漫画的表現ならば、リンの頭上には、こんがらがった糸屑のような絵柄が見えるだろう。



「……分かった分かった。何かは分からないけど、よく分かったから。君のどうでも良い疑問は今は置いておいて、今は目の前の事に集中してくれ」



 疑念を完全に無視する形で正論を繰り出し、リンは会話を止めてしまった。

 二の句を告げられず、出掛かった言葉を飲み込むように、押し黙る。

 くそっ、それ気になって仕方ないんですけど!



「あっ……うっ……けちっ! これが終わったら、絶対それ追求してやるからな!」



 丁度【メムナイト】も到着。準備万端、時間ギリギリ。【今田家の猟犬、勇丸】や【伏龍、孔明】、【メムナイト】……は微妙なとこだが、【弱者の石】よりは少ないか―――の維持コストで疲労が徐々に蓄積中だが、これならまだまだ耐えられる。

 というかそもそもネズミって、自分で自分の耳を畳めない筈じゃ……。



(……えぇいっ、それもこれも、全部アイツのせいだッ!)



 行き場の無い不満は、どういう訳か、全て目の前の白牛へと。

 胸いっぱいに空気を取り入れ、あの馬鹿デカい巨獣まで届くよう、精一杯の力を腹に込め―――。





「―――この……ホモ野郎がああああああーーーーーッ!!」





 それらを一息で出し切った。

 ホモなんて言葉、知らないどころか、きっとまだ造られてすらいない。しっかり伝えたいのであれば……えーと、あれだ。同性愛者が適切か。

 けれど、そこは便利な八意印の翻訳機。拡声機能でも備わっていたのか、聞こえるかどうかも怪しい距離であったのに、動く小山と化した平天大聖の歩みが、ピタリと止まる。これで駄目なら【メムナイト】に騎乗して注意を引く手筈であったけれど、どうやら、そうせずには済みそうだ。

 遠目で見ればゆっくりと。近場で見れば、巨大船舶の大回頭。振り向く動作だけで足元には軽い砂嵐が起こっているのだから、つくづく大きな相手である事を知らしめている。

 と、素肌に突き刺さる何かを感じ、恐らくの出所であろう、小さな隣人さんを見てみれば。



「……」



 ……いやん。リンの目線が絶対零度。

 異文化であった為に不安なところはあったけど、やっぱり侮辱にはるんだな、これ。

 しかし、その視線はあまり好ましくない。愛が感じられませんので。

 うぅん、ここは一つ……。



「……あ~、いいか? 大概の男にとって、掘る側じゃなくて、掘られるという行為は、それはそれは―――」

「そんな解説聞きたくないよ!」

「良いから聞け! さっきの空気を流す為には、多少強引に押し切らなければならいと、古今東西の相場は決まってるんだ!」

「あの平天大聖に挑もうとしている以上の相場は求めてない!」



 ……確かに。

 後十数秒でこちらへと完全に体を向ける超巨大な白牛以上の強引さなど、今この場にある筈が無いのだった。



「……ご尤もです」



 薮蛇だったか。

 最後の息抜きも兼ねて。など内心思っていたのだが、ちょっと抜き過ぎたかもしらん。



「んじゃ、ま……たった今失った名誉を、挽回とか回復とか、そういったの目指しながら、奮闘してみるとしましょうか」



 そもそもが、名誉等などという輝かしいものなど、端っから持ち合わせてはいないのだけれど。仮に持っていたとしても、所持した次の瞬間には、流れ作業の如く廃棄しているようなもんですし。

 場違いながら、『やれやれ』とか言いたげなリンが、なんだかとても似合っている気がした。場が場なだけに、相手によっては今度こそ本当に呆れられる可能性もあったけれど、あの白牛を前にして軽口を叩ける心境を、肯定的に受け止めてくれたようだ。どうやら、今までの付き合いの中で、こちらの性格をある程度把握してくれたらしい。例えその把握が、どういう方面の意味であれ。



(……これが終わったら、水遊びやってからバイバイした方が良さげかなぁ)



【頂雲の湖】を出した頃に考えていた案を、実行に移す機会が見つかった。

 終わり良ければ。な、お言葉を信じ、何か出来る事は無いものかと考えた結果が、それであった。フラグだろうか。とも思うけれど、呟かなければ大丈夫と思う事にした。

 最有力候補は、やっぱり【頂雲の湖】だろう。ウィリク様と二人で、親子水入らずな展開などやってみたい。そう、心に留めて置く。





 時間にして、大体二十秒。ずっしずっしと四肢を動かし、反転、回転、180度。完全に、こちらの方へと向き直る白牛様。

 きっちり、こっちに目線が向いたのを確認し、



「よう」



 大声を出した訳じゃないので聞こえる筈も無いのだが、しゅたっ! と自前の片手を上げた挨拶をすれば、連動するように出て来た言葉だ。格別、何を求めたものじゃない。



≪―――これはこれは。まさか呪いを掛けたお方が、こうも易々と眼前に現れようとは、夢にも思いませんでしたよ≫



 浦辺の戸島村で襲われ……出会った鬼の一角の比じゃない声が、俺達の全身を揺らす。出す音の一言一句が、振動兵器なんじゃないかと疑ってしまう程。

 判断に困るところがあるけれど、どうやら普段通りに話しているらしい。これで大声を出された日にゃあ、鼓膜どころか、横隔膜にすら影響が出かねない。というか破られかねない。実行される前に、行動に移しておくのが吉と見た。

 しかし、だ。



(え、何……呪い? 何それ)



 そんな禍々しい系の術なぞ、行使した記憶は無い。



「……知らないなぁ。俺はこれとって何もやってないんだが」



 って、あ。



≪ご謙遜を。この状態は、中々に堪えるものがある。神々であっても、ここまで私を弄んだ存在は居ませんでしたよ。―――出来ましたら、すぐにでも解いて欲しいのなのですがねぇ≫



 自分の言葉の、『何もやってない』辺りで気がついた。

 やってないわきゃ無いのです。しっかりやっておりました。

 恨みとか呪いとか、そういった方面とは真逆の性質―――【色】であったので、即座には関連付けられなかったけれど、まず間違いなく、【お粗末】か、もしくは【弱者の石】の事を指しているんだろう。両方かもしれないが。

 素の反応がすっとぼけた返しになってしまったが、あちらにとっては、知ってるけど知らないふり。な態度に見えたんじゃないだろうか。お惚け挑発行為、な感じで。

 しかし、今の平天大聖の状態を見るに、どう【弱者の石】やら【お粗末】やらのの効力が発揮されているのか、ヒジョーに首を傾げたくなる。どう見てもラスボス風(第一形態・巨大的な意味で)だと思うのだが、一体何がランクダウンしているのだろう。



≪―――しかし、今更、何か御用でしょうか? 私の一世一代の告白を無碍にするほどの、急な事情がおありのようでしたが≫



 うわーい、色々と根に持ってるお言葉だ。

 体に似合わず懐はミニマムなんですね。なんて言ってみたいが、パチ屋で会話をするかの如く、大音量で聞き取り難い事この上ない声色から判断するに、当人は本心からそう思っている訳ではないようだ。礼儀上の売り言葉に買い言葉、を行っただけっぽい。

 というか、お前にゃ奥さん居た筈だろう。一世一代の告白とやらは、その時にはやらなかったんだろうか。



(……まさか、コクったんじゃなくて、コクられたのか!?)



 いやまぁ、あの美貌でしたら嫌でも理解してしまうものでしょうけど。

 詳細な事情など分かる筈も無いのだが……今初めて、こいつに対する個人的な恨みが自分の中に生まれた気がする。



「生憎と、こちとら初心なんでな。雰囲気もへったくれも無い状況じゃあ、頷くもんも頷けねぇわ」

≪なんと。これは私とした事が。あれでも充分に場を盛り上げたつもりだったのですが、自分の気持ちを優先し過ぎて、尊重を忘れてしまったとは。汗顔ですねぇ。いやはや、私もまだまだ。くっくっくっ……≫

「……その、盛り上げるってのがどういう方面にか、強く突っ込みたいところなんだが……」



 何度思い返してみても、あの盛り上げ方には、危機感メーターの上昇以外に無いと思うのだが。



≪なるほど。あなたは入れられる方より、入れる方が好みですか。……まぁ、始めは……オスなら誰しもそのようなものでしたか。懐かしい。―――私の要望に応えて頂けるのなら……あなたになら、構いませんよ?≫



 って、そっちに食いつきやがったか! 突っ込む、を意図的に捻じ曲げやがってからに!

 ヤバス。さっきの挑発、墓穴だったくさい。色んな意味で。

 今はでっかい白牛な格好だが、人型であった頃の顔立ちは、そこいらの女が十派一絡げになっても太刀打ち出来ない程に整っていた。女装でもさせて言い寄られたら、男は十人が十人、頬を赤く染めるだろう。それが例え、同姓ある。と理解した上であっても。

 そして、そんな俺も例に漏れず、男。

 場合によっちゃあ、さっきの言葉で胸に来るものがあったかもしれないが、



(今は、なぁ……)



 気分がノってる時には、そういう認識は極度に低くなる。

 一時ではあったが、相手の事情をしっかりと認知した状態であっても―――神奈子さんに殺意を覚えた時もあった。結果的に丸く収まったから良いとはいえ、今にして思えば、流れ次第で神奈子さんを、【死の影】で頭から。な未来もあったのだ。

 それに今の平天大聖は、どっからどう見ても、牛。人間の姿ならまだしも、連想すら難しい対象では、俺の心には波一つ起こりはしない。



「一応、もう一度聞いておく。あん時は……ほら。なんていうか、バタバタしてたからな。こっちの聞き間違えだったかもしれねぇし……そうだったら―――」



 自分の口の端を吊り上げながら。ふてぶてしい、を体現しつつ。



「―――後味悪いじゃん?」



 一陣の風。



≪―――ほう≫



 愉快だ。との反応に乗せて、巨大な白牛が鼻息を一つ、ふざけた空気ごと、こちらへ向けて吐き出した。

 挑発を兼ねた軽口で返す、俺の言わんとする事をしっかり理解してくれたようで、その表情は獰猛な笑みに彩られている。

 後味が悪いとは、味わえる事は前提であり、この場合の味わうとは、相手を―――下すという事。勝利を得る事が大前提の物言いであるのだから。



≪それでは、今一度。―――今度こそ、天地に響き渡り、あなたの心まで届くように致しましょう≫



 挑発、成功。

 我を忘れさせるほどのものではないけれど、気分を害したのは間違いない。この分ならば、このまま突っ立っていても、あちらの方からやって来てくれるだろう。ありがたい事だ。


 
 現状の特筆すべき維持コストは、【今田家の猟犬、勇丸】の1と、【伏龍、孔明】の4、の二点。次点で【弱者の石】の1マナ。

【メムナイト】はコスト無しなので……まぁそれでも【土地】とかよりは消費しているんだが、殆ど気になるものではないので、除外しておく。

 使用したものはマナは、【濃霧】の1と【お粗末】の2。使用コスト合計、3。

 残弾……使用可能なカード枚数は八で、残りのマナは5と来た。

 色々行えばマナがカツカツになるのはいつもの事だけれど、展開次第で今回は、カード枚数も限度額まで使用する。

 本当なら事前に【被覆】なり【死への抵抗】なりの、何かしらのカードでも使っておくのが安全なのだが、孔明先生が予想している今後の展開を考えるに、削れるところは削っておきたい。

 勿論、駄目そうなら即使用。【ダークスティール】化か、【プロテクション】を即座に。って感じで、何とか。

 なので、自ら対処可能な事態であれば、それらを使用する事なく、自力で対処すべし。

 この、未知の大声が響き渡るであろう展開であっても。



「リン」



 急いで指先を湿らせて、自分の両耳に突っ込んだ。同様の事をリンに行うよう、目配せと、やや強めの口調で名を呼ぶ事で、察してもらう。

 落とし穴大作戦の際。孔明と悪食ネズミ達の橋渡しとして、数日間携わっていただけあって、俺の拙い肉体言語でも、その意図する所を十全に汲み取ってくれたようだ。尤も、そうじゃなくても、今までの流れから言って、嫌々ながらも先の展開が見えていたからだろう。

 いそいそと、こちらにならう形で、追っかけモーションを実行。可愛いですなぁ。癒されますなぁ。

 ……指製の耳栓も人間の耳の方にやるのか。獣耳は基本フリーなんだろうか、と募る疑念を沸きに退け、



「口は開けておくといい……らしいぞ」



 リンが耳を完全に塞ぐ前で助かった。こちらの言葉も、しっかり伝わったようだ。かじった程度の漫画の知識だが、所々リアル指向な作風であったので、本当っぽいと判断。試してみよと思います。

 両の耳に指を突っ込み、あんぐりと口を開ける、男と少女。その後ろには、【メムナイト】。

 目の前の危機に対して、何とも間抜けな格好であると漠然ながら思うけれど、鼓膜の破裂という痛々しい未来を考慮すれば、この格好は『仕方ない】の一言で片付けられる羞恥心。嫌な方向に経験値の上昇が見られます。この面の皮の厚さを生かす機会は、あまり訪れて欲しくないものだ。

 大きく息を吸い込んで、腹の底から力を込める。穴の奥へとめり込まんばかりに指先を深く耳へと押し当てて、大きく口を開け。



 そして―――来た。



≪――――――■×▲○▼●●■□ーーーーッッッ!!!≫



 全長キロに迫る体躯の白牛、平天大聖の、咆哮。

 足元の砂が揺れ動く。周囲の雲が四散する。

 自力のスペックも関係しているのだろうが、何か特別な―――妖術か、能力か。それらと併用していなければ、ここまでの現象を引き起こせるものなのだろうか。

 体中に叩き付けられる振動が、脳味噌までも掻き乱す。気絶までは行かずとも、揺れる視界によって、自分の平衡感覚が狂ってしまったのが分かった。

 何か言葉を発した、と思わせるだけの振動の強弱は感じ取れるが、ここまで来たのなら、それはもう言葉というカテゴリから逸脱している。振動兵器そのものだ。高層ビルが乱立する一帯で行ったのであれば、全ての窓ガラスが四散していた事だろう。そこに意思疎通の意図は、微塵も感じ取れるものでは無い。



「来たぞッ!!」



 咆哮が止んだと同時、小山が突撃を開始する。若干朦朧とする頭を振って、リンへと警戒の声を掛けた自身の声は、はっきり言葉に出てきただろうか。

 その移動は、風を切り裂き、なんて例えが良く似合う。

 中々の距離があった筈なのだが、あれのガチ徒歩は規格外。元々の巨大さ故か、遅めのモーションが唯一の救いだとは思うけれど、



「うっそ!?」



 ズンッ!! と一踏み。砂塵と微震が発生する。

 踏み出した一歩で、あっという間に詰められた。もう一歩……いや二歩か……。それを繰り返すだけで、巨大な白牛の蹄の餌食は確定だ。

 俺なら走っても二十分以上は掛かる距離だと思ったのだが、比べる相手が悪かった。

 とはいえ、それでも。



「ツクモ!」

「おうよッ!」



 元より、蜀の大軍師たる諸葛孔明の策に変化なし。

 遠方に見える、慌てふためく人間の軍隊を見ながら、



(あそこにゃ届くなー、あそこにゃ届くなー……の、召喚! 【沼】!!)











『沼』

【基本地形】の一つ。【タップ】する事で、黒のマナを一つ生み出す。

 黒を主として扱うプレイヤーにとって、最も馴染みの深いカード。不気味さと神秘性を併せ持つ絵柄が多い。

 他の【色】にも間々あるが、【黒】には【沼】の出ている数を参照し、それによって高効率のダメージやライフロスを起こすカードが比較的に多く、【コントロール】系の【黒】を扱うプレイヤーと対戦した場合には注意が必要である。










 乾いた大地に出現する、対極に近い性質。見渡す限りの黒の大地は、高い粘度の表れ。脱出困難の証。

 そこに足を囚われたが最後、成す術もなく暗い泥沼の奥底にまで誘い込まれるのだと、否応無く理解させられる。

 申し訳程度に生え揃う木々は、どれもが力無く地面へとしな垂れ掛かり、突如として発生した霧は、【濃霧】には及ばずとも、【沼】を挟んだ視界の先を見通すのは不可能な程度に漂っていた。



≪―――ちぃッ!≫



 馬鹿でかい声……いや、音か。驚愕、と判断出来る振動が周囲へと木霊する。

 突進する白牛の足元。それらを全て、底なし(かどうかは分からんが)沼へと変えたのだから。

 とはいえ、相手はそれも織り込み済みの筈。

 先の【頂雲の湖】や【禁忌の果樹園】の召喚のせいで、『土地を思うがままに誕生させられる』といった認識をしたのは、想像に難くない。

 一つ目だけなら、それのみしか出せないと思う可能性も色濃かったけれど、それが二つ目ともなれば、土地の改変を瞬時に、容易く行う存在である。と認知された事だろう。

 ならば、対策を採られていると考えるのは必須。そうなれば、後は済し崩しに相手のペースに呑まれる展開が待ち受けている。

 よって。



「動くなッ!」



 思考の欠落。手札破壊能力を持つ【暴露】を発動。

【死の門の悪魔】を代償として、平天大聖へと対象を定め、



(みっけ!)



 複数ある思考の内、条件反射にも近いそれ―――『体勢を立て直す』という考えを削除。月の賢人や戦姫であっても、ほぼ100%な性能を発揮してくれたものなのだ。短期的な効果しか見込めないけれど、信頼性は充分です。



≪ッ!?≫



 雪原に棒を刺すかの如く、あっという間に【沼】へと片足を付け根まで沈ませた白牛が、何の姿勢制御も行わず、その巨体を横倒しにした。百メートル以上はある前足がずぶりと地面に同化してしまったのを見るに、どうやら、本当に底なしな【土地】であるらしい。

 沸き立つ泥津波と、周囲へと散る霧が、その威力を感じさせる。

 人型ではなく牛型である為に分かり難いが、多分呆気に取られたであろう、僅かに口を丸の字に開いた状態を見て、少し、胸の内が晴れた気がした。

 何となく、氷山へと激突し沈没した、某巨大客船を連想させる光景であるのだが、



「なっ!?」

「ぶっ!? 泥キター!」



 こっちにも襲い来る高さ数メートルの泥波に、これは予想していなかったとの思いを込めつつ、言葉短く感想を述べて、すぐさま思考を切り替える。

 状況が状況だけに、津波ではなく、波の方だとは思うのだが、幾ら【メムナイト】の上とはいえ、あの水量……いや物量か……? は、堪えるものがある筈だ。



(ひらりマントー!!)



 無論、あらゆるものを跳ね返すという、青狸御用達の秘密道具ではないけれど。

 諏訪子さんから貰った外套を外し、リンと俺の両方を包み込む様、羽織り直す。全体を覆える面積は無いけれど、やらないよりは何倍もマシな筈だ。



「―――いけッ!!」



 その間に、タイミングを見計らっていたリンが指示を出す。

 小さな全身を駆使して、精一杯の声と態度で命を下した直後に合わせ、体全体を隠す為、なるべく隙間の生まれないよう、蛇柄の白い布を巻きつけた。

 元々小柄であった事も幸いし、ほぼ全身を覆う事が出来たのは行幸だ。その分、俺の体が露出してしまうのは、男としての名誉だと思う事にして。

 目の高さに上げられた【メムナイト】の胴体から伸びる二本のマニュピレーターをしっかりと掴み&掴まれ。



(月の衣服に乞うご期待!!)



 洗濯的な意味で。と、内心で自嘲気味に呟いたと同時―――俺達の体は、粘度の高い濁流に激突した。















 視界の半分が、黒で覆われている。

 さて、これが何であったのかを思い返すだけで、滾る感情が心を満たす。



(何たるザマでしょう。天より下った先が、泥沼への接吻だとは)



 くつくつと嗤う。皮肉の効いた現状に、怒りとはまた別の、愉快と思える感情も覚えるものだ。

 若輩の頃、幾数もの力ある存在を仰ぎ見た過去を思い出す。あの時の血肉と屈辱の味は、今でもこの胸の内と舌の上にある。その味を、この泥に見た気がする。と、場違いながらも、感傷に耽る。

 丁度、体の右半分が露出する形か。泥沼に浮かぶ孤島と化した自らの体は沈み切る事をせずに、今もこうして、黒の中に浮かび上がる、白い異物となっていた。



(口惜しい……)



 本来の自分であれば、このような“小さな”沼地など障害になるかも怪しい地形であるというのに、今の力は……さて、どれくらいにまで制限されているというのか。

 正体不明の術によって、力も、能力も、全てが無視出来ないまでに低下してしまった現状は、一体いつこの呪いを掛けられたのか分からぬ不安と共に、数々の呪術を跳ね除け、あるは跳ね返して来た過去を通して見ても、背筋の凍るものがある。

 本来の半分以下の大きさにしか戻れぬ体と能力。この状況から脱出すべく、何かを行おうとしたのだが、その行うべき何かが、とんと思い出せないという異常。

 そして、現状、最も厄介である……



(……拙いですねぇ)



 疲労が回復“し難い”という、単純にして効果絶大の術。

 あるいは能力か、それ以外の手段かもしれないが、忌々しい事に、詳細に調べる術を今は持たない。

 術、と仮定しておくとして、これは真綿で首を絞めるかの如く、自らの行く末―――死という終わりが垣間見えるもの。

 何もせずに休んでいれば徐々に戻る力とはいえ、こうも世話しなく動き続けてしまっては……。



(ですが……もう……間も無く……)



 昨晩、秘密裏に飛ばした文は、既に根城へ届いている頃だろう。

 四六時中張り付き、監視を行っていた【メムナイト】なる奇怪な鉄馬の為に大分遅れてしまったが、それも、闇夜に紛れ、上空へと待機させていた鳥妖怪、姑獲鳥(こかくちょう)を見抜くのは敵わなかったようだ。

 上空へと消え去った赤蜥蜴の探索にと思い、当初から命を下しておいたのだが、思わぬところで役に立ってくれたものだ。

 他の大聖達が間に合うかどうかは怪しいが……いや、そもそも動くかどうかが難しいところか。しかし、一番乗せ易い……欲望に従順……素直な心を持つ、新たに義兄弟の契りを交わした岩猿は、まず間違いなく訪れる筈だ。このような不可思議な天界は、あれが好むところなのだから。

 まぁ、こうして状況を鑑みても、まさか。と、起こっている現実を否定したくなる。

 奇妙奇天烈な術を使うとはいえ、たった一人……と一匹の鼠妖怪の為にこのような事を行おうとは、出会った直後の自分が知れば、一笑に伏した事だろう。



(あの果樹園から生み出される実だけは、何としても確保しておかなければ)



 一口齧る度に自らの力の上昇を実感させられるあの実は、もたらす成果だけを見れば、同種以上のものがあるにはある。しかし、それが云十万の鼠に食わせても尽きぬ―――何度も生み出していた―――無限に等しい数ならば、タッキリ山全体の強化を計っている身としては、最大限優先すべきものだ。

 その為に、急遽、万全を期す形へと方針を決めた。

『動ける配下は総出で』との命を出したが。

 そう、今後の流れに安堵をした直後―――視界の黒が動き出した。



(……はて)



 この沼は、勝手に動くものであっただろうか。

 土地ごと押し潰す自らの重量によって、蓄えられた泥水を周囲へと零れさせたのは記憶している。けれどそれは、ああも滑らかに動くものなのだろうか。

 今体の半分を漬す粘度から考えるに、もっと、纏わり付く悪意宛らの……。





 ―――チュウ、と。

 小さな小さな。それこそ、普段の自分であれば、気づきすらしない鳴き声を、目の前の泥から耳にした。





(―――ッ!!)



 怖気が走る、とはこの事か。

 視界を覆い尽くす黒は、一片足りとも見紛う事も無い程に、矮小な存在によって成されたものだった。

 比重の差によって泥沼にも沈み切る事も無く、歩みは遅くとも、一歩一歩着実にこちらとの距離を詰めてくる、鼠、鼠、鼠の群れ。



(これはッ)



 普段ならば気にも留めない、羽虫以下の存在であるというのに、何よりこの時、この状態。説明不可能、理解不能な術に掛かり、あらゆる点で劣化をみせる自分であっては、これ以上の脅威は考え難い。

 あれは……あれらは、どういう理屈か、通常の鼠とは一線を引く力を宿していた。侮った見方をしても、人間と同等か、それに準ずる程に。

 接近は、好ましくない。



≪ぐっ!≫



 迫り来る恐怖から逃れる様に、まずは顔から。と、持ち上げる。

 けれどそれも、掛かる荷重で、僅かに頭を浮かせるだけで、より一層体全体を沈み込ませるだけにしかならず。

 ならばと、ぬかるむ土地の固着化と、浮遊の妖術を練るものの、前者は“体制を整えなければ”意味は無く、後者は自らの重量によって、飛翔の域にまで及ばない。



(ッ! 何を今更!)



 そうだ。この状況から離脱を図るには、四肢を動かし、術を操り、『体勢を立て直す』だけで済むというのに、何故それを行わなかったのか。



(素晴らしい、忘却術まで備えておいでのようだ―――ッ!)



 恐らく、大幅に力の落ちた術と共に掛けられていたものだろう。皮肉を込めて、内心で毒づいた。

 術にしろ、能力にしろ、それ以外にしろ。思考を弄るという行為は中々に困難である筈なのだが、それを微塵も、苦も無く行使し、更には全く気づかれずに相手……自分へと掛けた手腕は、傀儡などよりも、いっそ、大聖の一人として迎え入れたい衝動に駆られてしまう。



(いや、それもありですか―――ねぇ!)



 忘れ去った……思い出した行動を再発させた。

 固着化させた泥へと、無事であった左の前足を突き立てる。

 僅かに蹄が沈んだが、ぬかるんだものではなく、ビシリと罅割れた音を聞くに、力を込めれば、この泥沼からの脱出は叶うもの、と思えるもので。



≪しまッ≫



 結局、それは思うまでの範囲で止まってしまう。

 ただ安直に、泥を固着化させたのが拙かった。

 これ幸いと、地を這っていた塵芥共が疾走を始め、瞬く間にこちらの……脱出しようと突き立てた左前足へと到達する。

 蟻塚に棒を突き入れるかの如く、忽ちの内に黒い柱と様変わりした自らの足は……、



≪―――ッ≫



 表情が硬くなる。体に無駄な力が入る。

 プツプツと、極小の針で表皮を突き刺される……削られる感覚が、久しく忘れていた、背筋の凍る思いを呼び起こす。

 それでも、この程度ならば、半日以上は耐えられる。

 尤も、そんな慰めなど―――。



(たかが鼠如きにッ!)



 ―――無様。余りに劣化した力を嘆く。

 鼠の牙どころか、下級の妖怪程度ならば傷一つすら残せず健在である純白の毛皮は、その役割を果たさない。

 何せ、毛を掻い潜る形で噛み付かれているのだ。鎧の下から攻撃されては、満足に防御も行えず、ただ死を待つばかり。

 本来であれば、例え毛を除いた表皮であっても、雑多な攻撃は受け付けないものであったのだが、今はそれも叶わない。このままでは、座して死を待つ他に、道は無い。



 よって、自ら道を造る事を選ぶ。

 一瞬人型を取り、すぐさま、また元の姿へと戻れれば、状況の打破には打って付けではあるものの、あれは中々に体力を使う。疲労が抜け難い現状では、避けるべき行動。



≪はぁ!≫



 黒く染まった足を高々と振り上げて、硬質化した沼へと叩き付け、付着した塵を弾き飛ばす。

 しかし、思ったよりも効果が現れない。

 幾分かはこそぎ取れたようではあるが、叩き潰した感触は、想像の半分にも届かぬもの。

 とはいえ、当然と言えば当然か。

 何せ足を上げた瞬間には、大地へ接触するであろう箇所から、鼠は、移動か離脱を果たしていたのだから。

 まるで何者かが指揮するように、即座に、迅速に、早々と。全体を見渡し、瞬く間に指示を受け、動く様は、上に立つ者として最も望むべきものの一つ。

 それが自らに向けられた牙であると理解しながらも、小さく込み上がる欲望は、これらを手に入れる手段を模索せずには居られない。



≪はははっ! これはいけない! よろしくありませんねぇ!≫



 大地に湧き出る泉の如く、静かに忍び寄る疲労を無視し、再度前足を大地に打ち付け、強引に、全身を沼地から弾き起こす。

 舞い上がる土砂と、塊となった泥が、宛ら、大地の怒り―――火山弾にも見える。



 ……が、それも今一歩遅かったようだ。



≪ぬッ!?≫



 この感触は、耳、の内部から。

 耳の付近を這い回る怖気は、頭部へと……背後から接近を果たしたであろう、小賢しい鼠らに他ならない。目前の脅威ばかりに目を向けて、周囲への警戒を怠っていた事実を突き付けられた。

 全身を灼熱化させるか、霧状に姿を変えるか、極寒の冷気を纏うべきか。それとも、単純に硬質化を成すべきか。

 いずれにせよ、より力を消費する事態を避けられなかった事を僅かに悔いて―――、



「―――もう、止めにしないか?」



 場違いも甚だしい、申し訳なさの滲み出た声が届いた。




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