草木も眠る丑三つ時……だと思う。
時計なんて無いので大体の感覚で今まで過ごしてきたが、時間の分からなかった初めの頃は何故だか不安に駆られたものも、たった二年程度だが、遠い昔と感じられる。
人間、無ければ無いで、どうにかなるものである。
三~四話程度の日本昔話劇場を終え、おねむになった子供達を家へと寝かしつけてから、俺は宴会へと戻っていって。
彼らの耳を傾ける様子は、話しているこっちとしても気持ちのいいもので、思わず身振り手振りの大リアクションになりながら話していた。
(花咲じいさんなんて、勇丸との合同演技かってくらいの状況だったしなぁ)
俺による、意地悪じいさん&正直じいさんの一人二役だったが、我ながら良い演技していたと思う。
若干の疲れが心地良く、宴の場へと目をやれば、人と妖、それぞれがもはや区別無く入り乱れて話に花を咲かせている。
鬼の自慢話を感心しながら聞く輪もあれば、人間の苦難に立ち向かう姿勢に心を打たれる鬼もいた。
まずは互いの境遇や生き様などを酒の肴にしているようだ。
で、俺も誰か知ってる奴の辺りで飲もうかと思ったら。
「おーい、九十九ー。こっちだこっちー」
「兄ちゃん、こっちこいよー」
といった感じで一角とおじさんに合流。
あの後からずっと二人は飲み合っていたらしい。
で、そこに俺も混ざって、勇丸と合わせて四人でワイワイと騒いでしばらくしたら……。
「何だ! 兄ちゃんまだ女を知らんのか!」
「ぐはははは! 鬼を負かした男が経験の1つも無いたぁ、面白い世の中になったじゃねぇか!」
「うっさい! こちとら相手を見つけるのにも一苦労だっつぅの! ヲタ舐めんなゴルァ!」
酒も入って良い感じに回って来て、馬鹿話にも熱が入ってくる。
ただ、女性関係の話を俺に振るのは勘弁してほしかった。
お陰でフラグを一本圧し折ってきた時の記憶まで蘇って来てしまう。
「俺だって………俺だってなぁ………つい最近ほっぺたにちゅーして貰ったってのになぁ………見た目が犯罪だけど超美人なんだぞ………うぅ、ぐすっ」
「(まさか頬に接吻程度しか経験が無いってことなのか……だとしたら……―――すまねぇ、勇丸。そう睨まんでくれ)お、おい兄ちゃん。その、何だ。悪かった。俺が悪かったから、もうその事は忘れそう、な?」
「(おいおい何だこの落ち込み様は……洒落にならん影が背中に煤けて見えるぞ……)おいらも悪かった。九十九、飲め。で、気分を変えよう。なぁに、おいら達を負かした奴だ。女なんて、これから沢山言い寄ってくる“筈”だ!」
「ぐすっ、ぐすっ……うぅ、ありがとう……」
そう言って、注いで貰った酒を流し込む。
何だか二人の言葉に哀れみの類が見え隠れしているような印象を受けたのだが、分かってくれたのなら嬉しいので素直に喜んでおく事にする。
そして、それからまた会話がしばらく続き、酒の肴を出したり追加のビアタンクを増量したりしているうちに、この村に鬼が住む、という話に移っていった。
俺が来るまでにある程度はまとまって話をしていたようで、大体の概要は既に決まっているようだった。
「で、ここに住居を構えようかと思うけれど、流石に村に住み着くのは色々と問題があるから、何処か別の場所が良い、と」
「そうなんだ。ココは元々人間の村。そこに妖怪のおいら達が住み着いちゃあ、他の人間なんて絶対に寄ってこない。それこそ、帝の軍隊とかくらいしか、な」
「それじゃあ俺達人間とも折り合いが悪いってんで、遠すぎず近すぎず、良さそうな場所に家を建てようって考えている訳よ」
当然と言えば当然だ。
鬼と仲良くする、という目標は掲げたが、だからといって今まで築き上げたこの村以外の人間達との交流を途絶する訳ではない。
人は今までの繋がりを綺麗サッパリ切り捨てられる程強い生き物ではないし、そうする必要が迫ってきている事態でもない。
よって、先程言った条件の住処を辺りの地形を考慮しながら検討するのだが……。
「北は一面海の沿岸。西東は平地だけど村との交流があって人目があり、南は森林というより山岳地帯で、岩肌が多くて隠れ難い、と」
「参った。はやくも手詰まりだな」
がははは、と豪快に一角が笑う。
諦めるの早ぇよ。とも思ったが、単に状況がそれ以上の思考を許さないだけの事。
正攻法で前後左右はダメだとしたら、こう、裏技的な何かは無いものなのだろうか。
(ここって東方プロジェクトだったよな……。だったら結界の一つや二つ、どうにか出来ないもんか)
現実と幻想郷を分ける結界、博麗大結界。
もはや語るまでも無いその結界を、劣化版でも良いからココら辺に作れないものだろうか。
「なぁ、一角」
「ん?」
「結界とか作って、その中に閉じ篭れんの?」
「そりゃ無理だ。ありゃあ、よっぽど力のある妖怪がやるかしないと、精々が視界をぼやけさせる程度だな。しかも、それにしたって俺達が住む場所全体に張るとなっちゃあ、今ココに居るおいら達全員の力で何とかって位だ。穴でも掘って隠れていた方がマシだな」
第一専門外だ。と締め括り、鬼のリーダーは断言した。
そういや大結界作る時にゆかりんも苦労したっつってたしなぁ。
規模が小さいからっておいそれと出来るものでもないのか。
……ん? 穴でも掘って……?
「一角。最後のとこ、もう一回言って」
「おいら達は結界に関する事は専門外」
「その少し前」
「……穴でも掘って隠れていた方がマシ?」
途端、俺は一角の両肩にガシッと手を置いた。
「ナイスだ一角。そうだ。その案で行こう。それなら地震やら隕石でも落ちてこない限りはまず大丈夫な筈だ!」
「ないす? よく分からんが、何か案が見つかったのか?」
「その通り! 一角よ、鬼ってのは地面の中でも生きていけるか?」
「おいおい、生き埋めは流石に応えるぞ。まさか本当に穴でも掘ってそこに埋める気なのか?」
「すまん、言葉が足りなかった。洞窟とか、そういった場所での生活には不満ってあるか?」
「別に無いな。あまり狭いと嫌だが、多少なら空気が淀んでいようが湿気っていようが気にならんぞ」
問題は無し、と。
後は実際に出来るかどうか試してみるのみ、だな。
「よっしゃー、お前らついて来ーい」
ふらつく足元に力を入れて、狂った平衡感覚を楽しみながら、宴会の輪から離れていく。
付き添う勇丸が心配そうに横へ並ぶ。
それに釣られるように、何だ何だと言いながら、一角とおじさんは俺の後を着いて来た。
で、村の外。
率いているメンバーの若干違う桃太郎になりながら、人気の無い大岩の前まで移動してきた。
何処にもであるような場所で、これといったものは、先程言った岩くらい。
「おーい九十九。ここに何があるってんだ?」
「そうだぜ兄ちゃん。小便なら一人で行ってくれよー」
「ふっふっふー、そんな事を言えるのは今のうちだぜぇ~」
いつもならば、他人に披露する時には事前に試してからにするのだが、今回は別に慎重を期する場面でもないし酒も入っているしで、何の根拠もなく言いたい放題である。
(選択カードは【土地】。ものは………青寄りで行ってみるかな)
既にカードを使ってから、もう一日以上は経っている筈。
昨日はこの時間帯に後ろの一角達と戦っていたなんて嘘のようだ。
そう思いながら、今まで一度しか使ったことの無い【土地】カードを施行する。
「召喚!【水没した地下墓地】!」
『水没した地下墓地』
土地と呼ばれる部類の中で『基本地形』と『特殊地形』の2つに部類されるものの、後者。青か黒のマナのどちらかを生み出す効果を持つ。
事前に【島】か【沼】のどちらかを召喚していなければ、マナを生み出す動作がワンテンポ(一ターン)遅れてしまうが、それを込みにしても、その汎用性の高さには一目置かれるものがある。
『基本地形』
MTGには6種の属性が存在し、それぞれ、白・緑・赤・黒・青と、そのどれにでも対応する無がある。
そして無を除く5色には、そのエネルギー元となるマナを生み出す基本である土地が存在している。
白は『平地』、緑は『森』、赤は『山』、黒は『沼』、青は『島』となっている。『島なら全部生み出せるんじゃね?』なんて思ってはいけない。
MTGにおいてゲームの基本中の基本となるカードである為、様々な絵師達によって、同じく様々な絵が描かれている。独特の世界観を表したものから、一枚の額に入れても違和感の無い荘厳なものまで多種多様。一度見ていただきたいと思う。
『特殊地形』
上記の平地、森、山、沼、島以外の土地カード全てを指す。それだけ。基本地形でない土地は、特殊地形である。
過去に【土地】カードを使用したのは一度だけ。
この地に来てから初めての夜。完全孤立無援の野宿を慣行する為、【隠れ家】というカードを使った。
今思えば消費する体力が全く無かった事にもっと注意を向けておけば良かったと後悔しながら、今目の前に広がっている光景に、満足げに頷く。
そこには、ぽっかりと空いた穴が一つ。
牛車でも通れそうな大きさの、何処のボスを倒しに行くんですかってくらいのRPGダンジョンのような入り口がそびえ立っていた。
奥がおぼろげに見えているのは、月光なのか光苔とかカードの効果なのだろうか。
これでゾンビでも出てくれば、そのままお化け屋敷のアトラクションで日本ならトップ三に入れそうな佇まいである。
名前に反して完全に水没している訳ではなく、浸水程度に留まっているのがこのカードの絵柄の特徴だ。
「……あれ、可笑しいな。さっきまで何も無かった場所に変な洞窟が」
「太郎、お前もか。俺もな? 洞窟が出来ているように見えるんだ。きっと飲み過ぎだな。九十九の酒は美味いから、ついつい羽目を外し過ぎたらしい」
そのままガハハと笑う二人。
おじさんは兎も角、一角の声は良く通るものだから自重してほしいところだが、それよりも今は目の前の現実を直視してもらわねば、話が先に進まない。
「違うっつーの! ちゃんとあるよ! 見て分からんかったら触って確かめてもいいから~、ほんとにも~」
口調が駄々っ子モードへ若干入ったのは、酒のせいだと思いたい。
言われて『ほんとか~?』って表情を浮かべながら洞窟の入り口をペタペタと触り。
匂いを嗅ぎ、手や足で感触を確かめ、その上で改めて目を凝らしたようだ。
「……本当にお前がやったのか?」
やっと事態を飲み込めたようで、一角がそう尋ねて来た。
おじさんはおじさんで、やはり未だに信じられないという風に洞窟の確認を行っている。
「一角達が住む場所が無いんだろ? だったら地下なんてどうかなと思ってさ。不満なら言ってくれ。他のものを考えるから」
「……お前は、他にどんな事が出来るんだ?」
「どんな……ねぇ。酒や飯、クリ……式神(としておくか。詳細話すのもあれだし)の召喚はやっただろ? 後は大和の国でみんなの治療だな。それくらいかな、今までやった事は」
一瞬、一角の声色が堅くなったのに『俺って凄いだろー』的な気分になる。
『自分に何が出来るのかを探している最中なのさ』とラノベで出てきそうな旅人の台詞を言ってみる。
この手の台詞、一度は言ってみたかったんだよねぇ。
だって昔じゃ言う機会なんてまず訪れないし、あの手の台詞は自分に何かしらの可能性がある、と思っている人にしか言えない。
防災屋で一生を終える事を覚悟していた俺には、眩し過ぎる言葉だ。
「もしかして、今大和の国で噂になってる事件は全部お前の仕業か?」
「あぁ、そうだぞ。なんてったって、この兄ちゃんはあの八坂の神と対等に渡り合った奴だからな!」
今まで蚊帳の外であったおじさんが、唐突に混ざってきた。
嬉々として話す内容に感じたが、俺は『いやぁ』と照れた仕草で肯定してみせる。
ただ、渡り合ったってのは言い過ぎだと思うんだ。
精々一矢報いた程度のもので、神奈子さんが連戦などしていなかったら、恐らく秒殺モノだっただろう。………実際にも秒殺に近いものだった、という突っ込みはナシの方面で。
「何でも、来る村を間違えちまったそうでな。一晩横になれる場所を探して、うちの村に来たそうなんだ」
「ほぉ~。じゃあ、兄ちゃんは偶然この村に立ち寄ったばかりか、さらにおいら達とも遭遇して戦いになったと」
「うん、我ながら貴重な体験をしたと思うよ」
偶然の重なり具合的に。
本当なら、一晩だけおじさんの家にお世話になって、翌日には出発しようとしていたのだ。
それが何の因果か鬼との遭遇。
戦いに勝利に、宴を催し、住む土地の作成まで助力しているという現在。
『そろそろ行かないと不味いのでは』と時間に追われる昔を思い出して急いで事を成した日もあったが、今の時代では到着が一、二週間遅れるのもザラにある出来事なので、後一日二日程度は全く問題無い。
(あ~、でも早く帰らないと諏訪子さん達の酒が……)
帰ったら何作ろう、的な主夫になった気持ちだ。
……というか顔合わせづらくて堪らないの忘れてた。どうしよう。いっそ、このまま何処かにトンズラしてしまおうか。
「九十九ー、中に入るが構わないよなー?」
そう言いながら、一角は早速洞窟へと足を踏み入れていた。
既に入ってしまっているのに、俺に尋ねた意味は何だったのだろう。
「構わないけど、後で感想聞かせてー。さっきも言ったけど、ダメそうなら他のものにするからさ」
「……九十九よ、お前さんは何者だ? おいら達が知っている人外の奴らは、嵐を起こしたり稲作を芳醇に実らせたりはするが、お前のそれは明らかに一線を超えてやがる。時間を掛ければ出来るが、瞬きをする間に洞窟が一個出来ちまった。こんな奴ぁおいらは知らねぇ。おまけに、その口ぶりじゃあ似たような事がまだまだ―――それも簡単に出来るようじゃねぇか。人間でない事は分かる。かといって妖怪だと言われれば、否だ。お前からはこれっぽっちも邪な気配がしない。……気になるんだ。お前の正体が」
「それには俺も同感だ。兄ちゃんは人間だっつったが、都の名のある妖術使いでも、兄ちゃんと比べれば月と鼈(すっぽん)。人間が一体どうしたら兄ちゃんみたいになるのか気になるね」
でかいくてゴツい体系に似合わず、まるで宝物を見つけた子供のように、その瞳でじっと見つめてくる一角と。
同じく無精髭の似合うナイスミドルなおじさんが尋ねてくる。
二人共恐れや憧れなどではなく、純粋に好奇心が湧き上がっているのだろう。
いつか、神奈子さんに言われた事を思い出す。
お前は何の神だ、と。
その時は神でなく人だと言い張ったが、渋る俺に仕方なくその言葉を信じてくれたようなものだった。
そろそろ、相手が納得し易く、そして自分でも納得の出来る身分とやらを考える時期なのかもしれない。
だが。
「正体っつってもなぁ。一応は元人間みたいなもんだけど……生憎、決まった部類が無いんだ。だもんだから、二人の質問には正確には答えられんのですよ」
鬼を相手に嘘はいけない。それはおじさん相手でも同様だ。
嘘でもないけど本当でもない作戦を使っても良いけれど、勇丸は例外だとして、初の人外の友達っぽい相手と一宿一飯の恩人に、そんな真似はしたくない。
なので、正直に自分の置かれている状況を伝えて納得してもらう。
自分にも分からないものを相手が分かる筈も無いから、分かったら(決まったら)伝える事にする旨を伝える。
「どうしても何かに決めたいって言うなら、俺は俺。俺以外の何者でもない」
王道の台詞を引用し、それっぽくキメた言葉を使ってみる。
だって今の俺には、それ以上に説明のしようが無いのだから。
「……決まってないって言うんじゃどうしようもねぇな。―――分かった。お前はお前だ、九十九」
「あ~あ、これでまた酒の肴が増えると思ったんだがなぁ」
言葉とは裏腹に、おじさんの言葉にはこれっぽっちも残念な様子が窺えない。
一角の方はじっと見つめていた眼力を緩め、ふと虚空に顔を向けた後、何かに思いを馳せるよう息を吐く。
「どんなすげぇ奴かと思ったら、まだ何者でもない奴だったとはなぁ。おいらの知らない神か妖怪の類だと思ったんだがなぁ」
「事情は話せないけど、こっちに来てからまだ二年くらいだからな。無名で当然さ」
「兄ちゃん、その事情ってやつを俺達は一番聞きたいんだぜ? 全く良い根性してるよ」
「いやホント勘弁して下さい。これで下手な事言おうものなら後々大変になるのが目に見えてるんですよ」
「太郎、諦めろ。九十九はおいら達に良くしてくれる。それだけで良いじゃねぇか」
「ポロっと口が滑ってくれるかもしれないって思った程度さ。別に無理強いする気はねぇよ」
「そうかい。精々気持ちが変わらない事を祈るこった」
「そうするさ。………さて、と。兄ちゃん、俺はこの事を村長に伝えてくる。不可侵の場所にしてもらわにゃあな。二人はどうする?」
「おいらも一度戻って、仲間達に声を掛けてココの探索だな。この場所なら人通りもなくて、中もちょっと―――環境は悪いが広々で、ちょっと地形を弄ってやりゃあ入り口が見難いと来た。おいら達妖怪が住むにゃあうってつけの場所さ」
分かった、と返事をして二人を見送る。
こんなに便利そうなら、【土地】系のカードは今度からどんどん使っていこうと思い直す。
体力消費の感覚が全くなく、恐らく俺が意識するまでずっと残り続けるっぽいこの洞窟。
カードを使って体力の消費が無いというのは素晴らしいと実感しながら、なら試しにと、別の【土地】を、カードを思い描きながら実行してみる。
だが、どんなに思案してみてもそれは現実にはならずに、ただ現状があり続けるだけに留まっている。
一日に使えるカードは九種までとなっていたが、【土地】カードに関しては一日に一枚だけのようだ。
本来なばら、MTGにおいて【土地】とはゲームの基礎にして基本。
一ターンに一枚のみ自分の場に置く事が出来、【土地】は同じく一ターンに一度だけ、その【土地】固有のマナを一つ―――例外もあるが―――発生させる事が出来る。
土地を多く並べれば並べるほど一度に得られるマナは増大し、それによってより強力な呪文に繋げていけるのだ。
生憎と、今の俺ではこの根源たるマナの発生という機能が使用不可になっているが、この地下洞窟を見る限りはまだその機能は必要なさそう。
(マナさえ発生すればコンボやら強力【シナジー】炸裂のオンパレードなんだけどなぁ)
MTGなのにマナの発生が不可とか、黒くない松崎しげるとか、キャラクターの居ない某千葉のテーマパークとかのレベルだ。
一体いつになったらこの根源的なルールは開放されるのかとため息が漏れる。
―――解決しなければならない問題は山のように。
カードの効果をうまく使えば対処出来そうだが、一万を超え、もはや二万近くあるMTGを全て把握するのは現状では不可能だ。
ゆっくり、それこそ数年、数十年かけて覚えていくしかないと、高すぎる壁に愚痴を零す。
「先が長すぎて嫌になりそうだよー。でもその辺の感情を制御出来るってのはマジであって良かったな……。勇丸~、今後とも仲良くしような~?」
諏訪子さんの気持ちが少し分かった気がする今日この頃。
恐らく俺が維持し続ける限りずっと側に居てくれるであろう相棒の鼻の頭を掻きながら、俺も二人が消えて行った宴の方へと足を進ませた。
その翌日。
俺はおじさんと二人で朝日の昇った浜辺を歩いていた。
一角達は洞窟の探検&改造。
村人達はいつもの仕事は行っておらず、友好条約みたいなものを結んだ鬼達への対処を話す会議などやっていた。
「おじさんって会議に出なくて良かったの?」
「飲み過ぎて体がだるくてなぁ。あんだけ飲んで悪酔いしないってんだから、とんでもない酒を飲んでたのは分かるんだが、どうも昨日は騒ぎすぎたらしい」
「あの後一角と飲み比べなんてするからですよ。結局それが原因で『洞窟探検は明日の朝から』って一角達が言っましたもん」
「いけると思ったんだよー。あの酒なら幾らでも飲めたしな」
「鬼と人間を同系列で見ちゃいけませんって」
軽く笑いあいながら、吹き付ける潮風を胸いっぱいに吸い込む。
昔ならこういった場所には親戚の家へとお世話になるか、旅行先のホテルにでも行かなければ味わえなかった経験だ。
これで朝はパンやスクランブルエッグにミルクかコーヒーなどだったのなら完全にリゾートホテルだが、俺の周りにはぼさぼさの髪をしている完全極東アジア顔の中年男性が一人と、白い大型犬が一匹。
とてもじゃないが、観光地に来ているとは思えない。
「兄ちゃんが来てからまだ三日も経ってないってのに、この村は今後大きく変わるなぁ」
「でしょうね。妖怪の―――鬼との共存を目指す村なんて、俺の知る限りココが初めてですよ」
「おいおい、他人事のように言ってるが、お前さんにゃあ今後とも協力して貰わんと色々と困るぞ」
「分かってますって。ただ、出来るだけそっちで対処して下さいよ。俺だってずっとこの村に入れる訳じゃありません。それに、今日か明日にでも元の目指していた村へ出発しようと思ってるんですから」
「安心してくれ。未だに一角達には怖いと思う気持ちはあるが、あいつら良い奴らだからな。近いうちに蟠りも薄くなるだろ」
自分をとって食おうとしていた相手に対して凄い事を言える人物である。
この辺の思考の幅とでもいうのか、懐の広さは見習うべきなのか、どうなのか。
「あぁ、そうだ。壊れた家な。中々の住み心地だ。ちっと体の違いから来るっぽい縮尺の差はあるが、しっかりした作りの良い家だよ」」
「あいつら本当に一日で家作ったのか……。すげぇー」
「何言ってんだ。あいつらだって、一日どころか一瞬で洞窟作った兄ちゃんにゃあ、言われたかねぇだろう」
カッカッカと子気味の良い音を響かせながら、おじさんは高笑いを響かせる。
それもそうだ、と俺も釣られて笑い出す。
「そうそう、兄ちゃんに伝えたい事があってな」
「ん? 何です?」
「村長がな。『来年の春から、村長はお前だ』って言われたんだ」
「おお、凄いじゃないですか」
「鬼とのいざこざから逃げたかったって気もしてるんだがな」
「ははは、確かに鬼と対峙していた時の村長って影薄い……というか空気でいようと徹していましたからね」
「もう歳も歳だし、丁度良い機会だったってことさ。―――それでな? 村長になるにあたって、俺ぁ苗字を貰う事になった訳よ」
「おー。おめでとうございます。これで名実共に、村の代表ですね」
「おうよ。ってことで、改めて名乗らせてもらうぜ。心して聞きな!」
「おじさんノリノリですね! 分かりました。是非教えて下さい!」
これから鬼との交流で粉骨砕身するであろうおじさんの顔はとても晴れやかなもので、これからの出来事にやる気MAXって覚悟が溢れ出ているかのようだ。
「浦辺の戸島村、来年から村長を務める“浦島 太郎”だ。九十九兄ちゃん、これからも宜しくな」
「大和の国、守矢の地から来た九十九です。浦島太郎おじさん、これからも宜しくお願いします」
お互い、がっちりと片手で握手をする。
流石に投網猟を行っていただけあって、中々の握力で俺の手が潰れそうになりそうだ。ナイス筋力だぜ、おじさん
……ん? うらしま……たろう……?
「何だ……? お、海亀とは珍しいな。よし、今夜はあれを食うか」
あまりに唐突だった為、『おじさんそれフラグー!』と突っ込む事もない。
俺の考えがまとまる間もなく、おじさんは俺の横を通り過ぎて、奥に居た、浜辺へ打ち上げられている亀へと向かっていった。
「でかいな、これから村の皆にも……ん? この亀、なんで光ってるんだ?」
聞こえた声に我に返り、その方向へと顔を向ける。
そこには落ちていたであろう木の枝で亀を突くおじさんが見とれ、対して突かれている亀は、ぐったりとしていて動く気配が見えない。
とりあえず俺もそこへと向かいながら、先程おじさんが名乗った苗字について思案する。
(浦島って……あの浦島? 助けた亀に連れられて云々の? えー、うっそー……)
おまけと言わんばかりに亀とのツーショットになる浦島おじさん。
村の名前だって、あの御伽噺と何の脈略も無いものだと思っていた為に聞き流していた位だ。
色々と聞きたいし突っ込みたい場面ではあるが、近づいていくうちに、問題の亀へと視線が移っていって―――
(……あれ、あの亀、なんか変じゃね?)
俺の胴体程もある大きな海亀。
とても立派な体格で、あれなら大人1人くらいは上に乗せられそうだ、と思う。れっつ竜宮城。
しかし、問題はそこではない。
あの亀、おじさんが言ったように、所々が光っているのだ。
―――いや、正確には発光している。
まるで電気がショートするかのような光源が亀の体から発せられていて、見た光景は、先程言った言葉がまさにピタリと当てはまった。
(って、この亀……火花散らしてるんですけど……)
見えた亀の体は、所々が傷つけられた後が残っており、その箇所から見えるのは、俺の世界では良くあった“機械”と呼ばれるもの。
それが表皮の間から覗いていて、時折その箇所から青白い火花が弾け飛んでいた。
これは……一体……。
「何だこの亀は? 体の中に雷様でも飼ってるのか?」
そう言いながら、機会部分と思われる箇所に木の枝を押し当ててる。
それに連動するかのように火花を散らす光景は面白いかもしれないが、どんな代物だが彼らよりは分かっている自分としては、即刻止めさせなければならない。
この手の類は、最悪自爆オチだと相場は決まっているの……だ……?
「む? 散らす火花が増えてないか?」
おじさんそれフラグー!!
僅かの間に二回もイベント起こす発言するとか大したもんです。ってそうじゃない。
やばいのよ!
虎口に飛び込まんとしていると分かっているだけに即行動を起こす。
無邪気に言ったおじさんの台詞に、俺は慌てて声を張り上げた。
「逃げろ!!」
この手の台詞は、実際には『何で?』とか『どうして?』なんて疑問がまず返って来るので意味は薄いのだが、声を出さずにはいられない。
しかし唯一、勇丸だけは俺の意思を分かってくれたようで、おじさんの背中を口で咥えて全力ダッシュでこの場から離脱してくれた。
勇丸GJ! と内心で親指を立てて感謝の意思を伝えると、『逃げて下さい』って返答が来たので、慌てて現状を思い返す。
さて、後は俺も逃げて―――
―――途端、メカ海亀の周囲に光の壁が出現する。
それはまるで自分を覆うバリアのようで―――その中に俺も囚われた。
「意味分かんねぇぞコンチクショウ!」
脱出しようとバリアののようなものからの離脱を試みるものの、文字通り壁となった光の膜がそれを拒む。
ガラスのような触り心地の強固な防壁に一撃入れてやろうと拳を振り上げた所で、背後の亀が、まるで内側から飲み込まれるかの様に消えていく。
(ブラックホールみたいな感じか!?)
一刻もない状況の中で、混乱せずに物事を考えられているのは、きっと何度かの危機的状況を乗り切ったからなのだろうか。
とりあえずはココから脱出する為のカードを思い浮かべて見るものの、既に俺の体までブラックホール(仮)の方へと引き寄せられている。
ちょっと自力での脱出は無理くさいと判断し、退避系カードではなく保守系のカードで安全を確保しようと画策し、即座にそれを実行した。
(【死への抵抗】! 対象は俺!)
『死への抵抗』
1マナで緑のインスタント
クリーチャー1体を対象とし、それはこのターン終了時まで破壊されない。
過去、俺は諏訪子さんと対峙した時に【不可侵】という受けるダメージをゼロにする【エンチャント】を装備した。
だがあれは神気―――威圧感による心の負荷を防ぐ事は無かった。
このダメージという範囲が何処までなのか分からない以上、現状での使用には疑問が残る。
よって、ダメージを受けないという部類分けではなく、ダメージを与えても意味のない効果を付与させた。
勿論例外は多々あるが、鋼の肉体よりも強固で頑丈な体へと変えてくれる筈のもの。
呪文を唱えると同時、俺の目前に1枚の金属板が出現した。
黒く、フリスビーのような大きさ。
鈍く光り、表面に何か文字の彫られたそれは、【ダークスティール】と呼ばれる特殊合金で出来ていた。
『ダークスティール』
とある次元の管理者(神)が作り出した。
光を吸収する特性があり、その結果、黒色に鈍く光っているようにみえる魔法の金属。
取り込んだ光を、まるで蛍が周囲を舞うかのように出現させ、飛び回らせる性質を持つ。
特殊な魔法によってのみ造り出し形作ることができ、決して壊れることはないとされている。
まるで俺の周りで遊ぶ妖精のように周囲を漂うフリスビー型の【ダークスティール】に、効果の発動を実感したと同時、別の疑問が沸き上がった。
(俺って破壊不可になってるんだよな? この円盤使って攻撃防げって意味じゃないよな?)
またやらかしてしまった感が焦りに変わる前に、俺の体は亀と共に黒い渦の中心へと飲み込まれていく。
「兄ちゃん!!」
その僅かの間。
バリアのようなものを挟んでいても声は届くようで、遠くからおじさんが必死に声を張り上げているのが聞こえてきた。
勇丸はまだ距離を離すべく疾走しており、これなら俺の場所にミサイルの絨毯爆撃が降って来たって回避出来そうな位に退避してくれた。
もはや応えるだけの間もなく、体は半分以上この場所から消え去っている最中、せめて少しでも安心させなければと思って、僅かに残っていた右手の親指を立てて、グッドのサインを作る。
―――後にして思えば、そんなサインなどその時代の人は知る筈もなかったのだが、その時の俺はそれが精一杯で。
そうして、俺の視界は一面の黒へと塗り潰されていった。
周りに見えるのは一転、一面の白。
上下左右前後ろと、見回してみれば全てが真っ白な部屋に俺は居た。
小中学校の教室一個分位の大きさだろうか。
その室内の中央に、俺と、完全に壊れてしまったであろうメカ亀。
……気絶しながら移動出来たのなら、また『ここは……』なんて言って、既に俺という存在を周囲に知らしめた後に行動すれば良かった。介護されてる的な意味で。
だが意識のあるまま、見ず知らずの誰かと唐突に対面した場合、はたして何と言ってコミュニケーションを取れば良いのやら。
「……あなた、誰?」
月の光りを織り込んだような銀と、月の夜を混ぜ込んだ蒼の2つを融和させたような髪に、左右対称の赤と青の服と帽子。
その上から純白の羽織―――白衣をまとい、こちらに目線を向けるその人物こそ、『月の頭脳』『月の賢者』などの月を代表する二つ名を持つ、八意 永琳その人である。