土煙が張れたそこに立っていたのは、もはや満身創痍の鬼だった。
衣類は所々千切れ、両手は垂れ下がり、足元はふらつき、けれど決して膝を折る事はないとでも言う風に。
(目だけギラつかせやがって……カッコいいじゃねぇか)
これだけのことを仕出かしたせいか体内のアルコールが抜けてきて、幾分、思考の波が落ちついてきたお陰で、相手を多少は冷静に観察する事が出来た。
改めて周りの状況を見てみれば……。まぁ、あの出来事にしてこの惨状あり、といったところか。
(―――あ、おじさんとか子共達……村人のみんなも来てたのか)
唖然とした表情でこちらを見て『何なんだこの光景は』って顔をしていらっしゃる。
それもそうか。おじさんの家どころか、その周囲の建造物も跡形もなく。
地形は変わり、焦げ臭い香りが漂い、鬼達が倒れ、天使達が浮き―――と、言葉にしても状況が掴めなさそうな現状だ。
あぁ~、どう話をしたもんかなぁ。
疲れてるんだよなぁ、休みたいなぁ。今なら三秒で眠れる自信がある。
このままだと本当にぶっ倒れてしまいそうなので、負担を減らすよう、召喚していた方々に目を向けて。
(天使さん、お疲れ様でしたー)
あぁ、帰り際の笑顔が素敵です。
にこやかに手を振る天使達を全て還しながら、勇丸と俺と鬼という構図になった。
満身創痍の敵に、止めの有無を決定出来る俺。
……この状況なら語りの一つでも入れれば仲良くなれるんじゃね? なんて思ってみたり。
これはあれだ。
敵が味方になるフラグに似ている―――というか、そうに違いない!
喧嘩が好きで、宴会が好きで。勝負事にはしっかりとした信念の下に、勝ち負けを潔く受け入れる種族だった筈だ。相手が嘘でもついていない限りは。
宣言なしのガチンコ勝負だったが、俺側は健全の、相手は疲労困憊どころか壊滅状態。勝敗は明らかだろう。
―――村人達もそうだが、俺の命を奪おうとしたのだ。多少なりとも理不尽な要求は呑んでもらわねば。
勇丸を先頭にし、鬼へと近づく。
無用心だとは思ったが、相手はこちらに意識を向けることもなく、立っているだけで精一杯のようだった。
「おい」
鬼の目前。腕を伸ばせば届く距離で声をかける。
この距離ならば、例え勇丸であっても対処するのは不可能だろう。
ただし、今回の立場は逆。こちらが強者。あちらは弱者。
けれど、油断せず、慢心せず。
いつでも逃げれるように、重心は後ろに傾けながら。
本当は余裕な気持ちを出したいのだが、仮にも大妖怪の一角を担っている相手なだけあって、勇丸を挟んで見ているだけでも、回れ右をして布団に篭っていたくなる。
『調子こいた』『距離詰めすぎた』と立ち止まってから思うが、ここまで来たのなら逃げられない。
後は、やるだけ。
自分で自分を追い込まねば動かない&動けない性格が恨めしい。
「おい、聞こえてるんだろ。目くらい見ろよ」
「……うるせぇ……聞こえてるよ……」
ゆっくりと目線をこちらに合わせる一本鬼に、それだけで体が縮み上がる。
それを拳を握り込むことで、体中に震え広がるのを抑えた。
今大事なのは、言葉と態度。
ここで舐められたら、俺は人生再スタートだ。死亡的な意味で。
「お前は負けた。分かるな?」
「……あぁ、味方は全滅。おいらはズタボロ……完敗だよ」
「なら、もうこの村を襲うな。別に人を採って食うの事態は何も言わない。ただ、ここだけは襲うんじゃない」
「……はぁ?」
うむうむ、良い反応だ。
“おいら”なんて漫画の世界でしか聞いたことないが、東方世界だってのと古代日本だとそれが普通なのかと思い、個性だと割り切って流す事にする。
「おいら達を負かしたんだろ。だったらこの首取ってなんぼの関係じゃねぇか」
「普通は、な。あー、どう言ったもんか……」
勿論、ただの善意でこんな提案している訳ではない。
この鬼達を通じて、萃香や勇儀―――他の鬼とエンカウントした時に、少しでも勝負にならないよう策を講じているだけ。
基本、俺は自分と関わりのない相手の心配までする事は無い。
過去にも言った気がするが、相手が頼ってきたとかならいざ知らず、見ず知らずの誰かの為にがんばれる心は持ち合わせていないのだ。
それに、コイツらは食う為にここの里へ来たのだと言った。
腹が減れば誰でも何かを食べるし、誰もが持っているその欲求を否定など出来よう筈も無い。
ただ、仮に俺自身が―――大切な何かがその欲求によって襲われたのだとしたら、話は別だ。弱肉強食の摂理に乗っ取り、抵抗という名の虐殺を行う用意はある。
よって、我が侭な俺の気持ちと生理現象を理解出来るが故の同情を脳内裁判にて考慮し、ここだけ襲わないで下さいと言ってみた。
この出来事によって、前に見逃してもらった、とかそういった感じで話を広めてくれれば、少なくとも他の鬼達と出会った場合、即、死亡コースはないだろう。
今の俺ではあの鬼四天王に名を連ねている両名に勝てる気がせず、仮にあったとしても、周辺への被害の大きさとか未だ試した事の無いデッキだったり制限だったり、自身の死を考慮に入れなければ勝ちを得るのには、とてもとても。
死の門の悪魔は最後の手段その1で、【ハルクフラッシュ】も強い事には変わりないのだが、雑魚相手なら兎も角、トップランカークラス相手には如何せん決め手に欠けるのが今回の戦闘での印象だ。
それに、ここで『萃香や勇儀さん達と仲良くしたいから』なんて説明してしまうと『何でお前がその二人を知っている』とかその辺の説明をしなければならない。
それは不味い。
知名度が高ければそれで通せそうなのだが、それ系の情報を仕入れていなかったので却下。
『実は転生前のゲームで……』なんて言える筈もなく、かといって鬼相手にまた嘘を付くのは頂けない。
よって、ここは強引に流す事にする。
「まぁいいじゃないか。お前は敗者、俺は勝者。だったら大人しく言う事聞けってんだ」
「……分かった。従おう」
すげぇ! 俺すげぇ! こんな厳つい相手を屈服させちゃったぜ!(注・凄いのは天使やゾンビ、勇丸です)
勝敗を強調したせいか、口調まで従順になったのが気に掛かるが、これも弱肉強食の一環だと思って受け入れる。
っと、とりあえず、幾つか確認しないといけないことがあるので聞いてみることにしよう。
この辺を勘違いしていると、後々でしっぺ返しを受けてしまいそうだから。
「質問だ。鬼達の中ではお前らはどれくらいの強さなんだ?」
「……大体真ん中くらいだ」
ふむふむ、これで鬼の強さの程度は分かった。これくらいで中なら、まぁ納得の範囲内だろう。対処出来そう的な意味で。
能力も無さそうで、単純に豪腕の者が集まっているだけの相手。
まだ上がいるのかという不安と、これで対策を講じられるという安心感が湧き出てくる。
「次。お前ら、嘘は嫌いか?」
「あぁ、大嫌いだ」
即答。
しかも“大”まで付くか。……さっきはすまん事したかなぁ。
勘違いしてはならないのが、鬼は本当に嘘が嫌いかどうか、という情報。
そしてそれは真実のようで、鬼という種族には、楔や自戒の類である、信念―――もしくは生き様を貫く者達なのだと判断出来る。
幸いにして日本古事記というか東方プロジェクト通りの設定だった為、嘘を付くという地雷を回避するのは容易な部類だったが、これが未知だった場合には何かの拍子で踏みかねない。
ここを怠ってしまったのなら、俺は諏訪大戦と同じ類の苦渋を味わう事になる。
相手を知るには相手の恐怖―――嫌だと思う事を知りなさい、とサーヴァントとかで戦う話の某赤い悪魔は言っていた。
その為には、少なくとも原作で知っている設定を鵜呑みにせず、せめて1度は自身で確かめてから行動を起こす方が良い。
その辺りさえ履き違えなければ、俺は今後もやっていけるだろう。
「最後だ。……お前、酒好きか?」
「あ、あぁ……好き、だが……」
いきなり方向性の違う質問に面食らったのか、若干詰まりながらも答えた。
そりゃそうだ。俺だって同じ状況ならば返答に困る。
で、鬼は酒好きって設定も合っていそうなので、媚売って仲良くなる為に、貢物でもしてみようかと思う今日この頃。……というか今。
縁も出来た。勝負も勝った。後は今後の付き合い方だが、選択肢は『無関心』『嫌悪』『好意』の3つが思い当たり、だったら『好意』一択だろうと思って、手に持っていたあれを目の前に掲げる。
それは、酒瓶。
戦闘の初めから終わりまでずっと持っていたそれは、傍から見ればさぞシュールな光景だっただろう。
ただ、それを見せられた一本鬼は、意味が分からないとばかりに困惑の色を浮かべる。
そういえば瓶なんて代物は、今の時代じゃ存在しなかったか。
村人達も初めてこれを見た時には何かの宝石か、なんて驚いていたし、今の時代は竹や動物の胃で出来た水筒、水瓶に瓢箪などが主流だった。
このような、無色の入れ物など全く未知の物質だろう。
「お前、名前は?」
「……一角(いっかく)」
「一角か。似合ってるな、カッコいいし。俺は九十九って言うんだ。で、丁度凄く美味い酒を持ってるんだが……飲め」
「は、はぁ……くれるんなら貰うけどよ……」
そう言って、蓋を開けた酒瓶を渡して、ジェスチャーでラッパ飲みをして見せ、はよ飲めと催促する。
俺が持っているのは『純米大吟醸』万寿。
最良という訳でもないが、それでもこの時代に現存するどの日本酒よりも美味いであろうという思惑はある。俺が気に入ってる部類の一つだ。
訝しむ様子を見せながらも、恐る恐る―――じゃない!? こいつ、一気に酒瓶を傾けやがった!
まるで胃へと直通しているかのように口に当てられた瓶の中身が減ってゆき、あっという間に空になる。河童と天狗は別としても、酒豪の名がこれ程似合う種族もそうは居ないだろう。
2リットル近くあった液体が完全に消え、鬼……一角は、まるで魂が抜け落ちたかのような、恍惚とした表情を浮かべた。
渡した酒に毒とか嫌がらせ用のただの水とかその手の考慮が全く無かったのは、俺を信用してくれたのか酒が好きだっただけなのか悩むところではある。
どう声をかけたものか。
酒の方はお気に召したようだが……これは樽で出すべきだっただろうか。
「……うめぇ」
「そ、そうか。気に入ってくれたようで何よりだ」
「もう、無いのか?」
「あるけど、疲れたかから今は厳しい。やったら気絶しそう」
「……まだ出せるんだな?」
あ、あれ? 今のとこは『じゃあしょうがねぇな』みたいに引き下がる場面じゃなかったか。
視線が結構致命的なレベルで睨まれていることが分かったので、ここは大人しく酒を出す事にする。やっぱ距離詰め過ぎたなぁ(汗
ここで選択肢を間違えたのなら、さっきも言ったとおり、人生リトライだ。何としても回避せねば。
「あ、あぁ……仕方ない。お前、寝ている俺を殺そうとかはしないよな?」
「当たり前だ。勝負に負けて、こんな美味い酒まで出してくれる奴の寝首を掻くような真似、この角に賭けてやらねぇ。勿論、仲間にも言って聞かせる」
殺気とはまた違った覇気に当てられて、ビビった俺は新しく酒を出す事にする。
鬼が手を出さないと言うのなら、それは本当なんだろう。
……ただ、威嚇というか最後の駄目押しで、一応こちらの力を見せておこうと思った。
そういう理由―――力の誇示的な意味もあるのだが、内心はもっと別の事を考えていたり。
ここまでする意味は薄そうだが、やらないで何かあった時に、後悔したくない。
それに、何度も言うが、こちらは勝者なのだ。
少し位は役得があっても良い筈なのだ。自己満足的な意味合いで。
「嘘を言うようには見えないが、一応、もし破った場合には、酷い事になるってのを覚えておいてくれ」
「おいらが嘘を付くって言いたいのか」
けれど、それら自己満足は相手を見てから行えばよかったと、蛇に睨まれた蛙状態になりながら思った。
というかもっと事態は不味い方向へと行っている―――軽く逆鱗を撫でているので、本音全開のぶっちゃけトークで会話を進める事にする。
じゃないと、瞬きをする間に俺の命が刈り取られてしまいそうで。
ここは一つ、テンション上げて押し切ってみるとしよう。
「違うんだ。さっきのは建前で……ようはお前に自慢したいんだよ。俺はまだもう少し余裕がありますって。偉ぶりたいんだよ天狗になりたいんだよ敵に恐れられる俺最高とか思いたいんだよ! 言わせんなよ恥ずかしい!」
「あ、あぁ……す、すまなかっ、た?」
黙っていようと思っていたけれど、勢いに任せて言ったのが功を奏したようで、一角はこちらの勢いに負けて何を許したのか分からない謝罪を行ってきた。
とりあえずは流せたようだが、いやはや、参ったものだ。
アルコールは殆ど抜けた筈だが、まだ何処かに残っていたのかもしれない。
普段なら口に出す事の無い『カッコイイ俺目指してます』トークもダバダバと出てきている。これくらいで済んだのは、はてさて幸か不幸か。酒の勢い、恐るべし。
……けれど、俺が底の浅い優越感に浸りたくとも、使用可能なカード枚数は“七”。
勇丸、ジャンドールから数えて、丁度七枚使い切ってしまったので、本来ならば、カードで何かするのは不可能であるのだが。
―――諏訪大戦で判明したレベルアップ、最後の一つが使用枚数の増加。
従来までは七枚のみだったが、今回からは八を通り越して、九枚に増えていた。
一段階ずつ制限が外れていくものだとばかり思っていたので、増え方の規則性が掴めないが、一足飛びでレベルアップしてくのは決して悪い事ではないので、とりあえずは諸手を上げて喜んだものだ。
マナのストックは後1。枚数にいたっては二。
マナ1の枚数二とはいえ、一応余裕を持たせて勝利を収められたことに安堵しながら、本当はこの戦闘中に使う予定だった呪文を思い描く。
それは、赤の火力呪文。
属性的に青に部類されそうなのだが、火力は赤が主流であり、破壊と混乱はこの色の特徴だ。MTG的には、赤を代表する呪文の1つである。
見た目が派手で、低コスト。それでいてこのランクでは最高クラスの威力なのだから、過去に使った【ショック】や【焦熱の槍】が不憫でしょうがない。
使う呪文は『稲妻』
1マナにして無条件で3点のダメージを選んだ対象に与える、MTG界において、最高の火力呪文の一角として名高い、全ての火力カードの原点。
同じ使用マナで、過去使った火力呪文の【焦熱の槍】が一点、【ショック】が二点。それらと比較すると、とりあえずその強さを何となく分かっていただけると思う。ちなみに1マナ四点ダメージを与えるカードは、デメリット付きでない限り存在せず、同性能の1マナ三点のダメージを与えるカードも、様々な制約付きでない限り存在しない。
名前からして危険な香りがするので使いどころに悩んでいたのだが、こんな場面だ。しっかり効果を確かめてみるとしよう。
さて、問題は何処に落とすか……なのだが。
山や平原とかだと燃えそうなのでアウト。平原なんて見えないけれど。
近場の木は論外で、後残っている場所と言えば……海。
これは上手くいけば、海魚もゲット出来て一石二鳥だろう。
考えもまとまったところで、改めて一角へと向き直る。
余裕が出てきたせいか、ただ怖かっただけの顔も、今ではどことなく愛嬌のある表情を浮かべている気さえしてくる。気持ちの余裕って大事ね。
「分かった。そこまで言うのなら、お前を信じよう」
嘘が嫌いという言葉を聴いた時から本当は信じていたのだが、『お前を認めたから俺は気を許した』的な台詞を言ってみる。
そう言って、周りを取り囲む村人達へと体を回転させた。
「誰か! 俺が持っていた宝石の散りばめられた袋を……っておじさん」
「あ、あぁ……よく覚えてないんだが、持って来ちまった……」
溺れる者が掴む候補にジャン袋を追加すべきだろうか。酒瓶を持ってきた俺が言えた義理ではないが。
戸惑うおじさんに近づき、持っていたジャン袋を受け取る。
皆の顔は先ほどと変わる様子はなく、まるで事態が飲み込めていないといった表情だ。
説明しなきゃいけないかなぁ。いけないよなぁ。でも疲れてるし……一角に言ってもらうか。
「一角、後でここの人達に今までの出来事を説明してくれ。俺は疲れた」
そう言って、返事も待たずにジャン袋に手を突っ込む。
本当は樽で出したかったのだが、袋の取り出し口の大きさがサッカーやらバスケットボールくらいしかないので、もう少し小さめの―――ビアタンクとでも呼ぶのだろうか。
鋼鉄かステンレスか。何の素材で出来ているのかは分からないが、金属製の、居酒屋の隅に置いてあったり野球会場で売り子さんが背負っているあの容器に酒が入っているのを思い描きながら、取り出した。
普通はビールやらコーラやらの炭酸飲料を入れておく容器だった筈だが、まぁこういう使い方もありだろう。
この線で合金とか貴金属とかの、金属チートとかも考えてみるかねぇ。
金属製の容器もはやり始めて見るようで、鬼どころか村人達まで何を出したのかと覗くように、けれど彼らは近寄れずに遠巻きに眺めている。
それを、十本。
大体一つが二十リットルくらいだから、結構な量を出したと思う。
出し入れだけで腕がパンパンになりそうで、さらに召喚の疲労から、戦闘の累計も合わさって、今にもぶっ倒れてしまいそうだ。
もはや立っていられずに、どかりと胡坐を掻いて地面に座っている状態に陥っているのが今の俺。
このまま宴会に突入出来そうな格好だが、それをしたのなら。俺はすぐさま気絶するだろう。
「ここをな? こうやって緩めると蓋が取れるから、それで中身を取り出して飲んでくれ」
そう言って、開け方を実演。
推奨している方法がタンクからの直飲みだが、先ほどやっていた一升瓶のラッパ飲みを思い返してみれば、それでも問題はないだろうと内心苦笑する。
酒が絡んでいるせいか、一角の目つきは真剣そのもので、俺の一挙一動を逃さないとばかりに目を皿のようにして観察していた。
(鬼にビアタンクの使い方を教える人間ってのも、何ともいえない状況だよなぁ。写真にでも撮りたいねぇ)
写真かぁ。撮れるものならこの光景を残しておきたいと思いつつ、一角が実際に蓋を開けるのを見届ける。今度は絵でも描いてみるか。
パカッっと子気味の良い音を立てて開いた蓋に、驚きと小さな感動で鬼の表情がコロコロと変わる様は、とても貴重な出来事であったと思う。
そして、ここからが問題なのだが……。
このビアタンク、言うまでもなく俺の時代で普通に使われていた代物の一つである。過去にジャン袋で出した食材―――と一緒に出てくる食器類。
当然これらの品々を残しておくとタイムパラドックスやら何やらが起こりそうなので、これらの処理は、それを取り出したジャン袋に再度突っ込んで念じれば消える、という方法を発見し、そうやって解決していた。
出した後の処理までしてくれるなんて、ジャン袋万能過ぎ。
とはいえ何でも回収してくれるものではなく、あくまで袋から出したものだけを処理するようで、食べ終えた食い散らかしの中に他の料理が混ざっていたりすると、少し悲惨な結果になるのだが。
「……おーい! おじさん! 後で漁に出て行くと良いよー。魚が一杯水面に浮いていると思うからー!」
遠巻きその一と化していたおじさんへ『投網の修理をしていたのだから、恐らく職は漁師なんだろう』とかいい加減な決め付けで声をかけ、ようやく夜も明けてきた海へと視線を向ける。
あぁ、良い夜明けだ。“日本の夜明けぜよ”とか内心で某偉人風にキメながら、対象を沖合いに定めて……。
(【稲妻】発動!!)
撃った。
途端、視界を朝日より赤白い光が満たす。
耳を覆いたくなるような雷鳴が響き、一本どころか幾本もの閃光となった【稲妻】が、“この辺”と思った箇所に降り注ぐ。
幾筋も閃光が走り雷鳴がつんざく空に目を細めながら、至近距離で使わなくて正解だったと安堵。
効果は数秒もしないうちに終えたが、瞬時に立ち込めた大量の水蒸気が、その威力を物語っていた。
これで三点ダメージなのだから、クリーチャーと呪文の数値は別計算なのだろうかと朦朧とする思考の中で、俺の意識は闇へと溶けていった。