「ただいまー。」
元気な声と笑顔を浮かべながら珊瑚は自らの故郷である退治屋の里へと戻っていく。その背中には飛来骨と共に大きな荷物も担いでいる。かなりの大荷物であったため思ったよりも遅くなってしまったようだ。
「おかえり、珊瑚ちゃん。」
「獲物は?」
珊瑚の帰還を知った里の村人たちが次々に集まってくる。そこにはどこか家庭の温かさを感じさせる雰囲気がある。退治屋の里は数十人の小さな里であり、それ故に村人同士が家族同然の親しい付き合いを行っている。もちろん退治屋の里ではあるものの村人の全てが退治屋なわけではなく、普通の村同様、畑仕事で生計をたてている者、家事を行っている者など様々。だがやはり退治屋の仕事が一番里にとっての収入の柱であるため、退治屋である珊瑚たちは特に村人たちから感謝されているのだった。
「大ムカデだよ。少しだけど足と皮を持ってきたんだ。鎧作りに使えるよね。」
珊瑚は担いでいた袋の中から先日退治した大ムカデの足と皮の一部を取り出しながら村人たちに渡していく。それが四魂のカケラに加えての今回の依頼の報酬。妖怪の牙や、爪などは妖怪退治の武器や防具の材料になる。それは退治屋の自分たちにとっても必要なものであり、またそれを里の外で売ることで新たな収入にもなる。そのため珊瑚は今回は依頼のあった村から報酬をもらわなかったのだった。そして村人たちが慣れた様子でそれらを工房に運び出していくのを珊瑚が手伝おうとしたその時、
「おかえり、姉上!」
嬉しそうな声と共に鎖鎌を腰に携えた少年が走りながら珊瑚へと近づいてくる。その隣には小さな猫の様な動物、いや妖怪の姿もある。どうやら少年同様、珊瑚が戻ってきたことを喜んでいるらしい。
「琥珀、雲母、ただいま!」
珊瑚は優しい笑みを向けながら自らの弟である琥珀とパートナーである雲母に応える。雲母はかわいらしい鳴き声を発しながら珊瑚の肩に飛び乗ってくる。珊瑚はそれを撫でながら可愛がっている。そこがいつもの雲母の指定席。
雲母は今は小さな猫の様な姿だが、戦闘の際には大きな化け猫へとその姿を大きく変える。その強さは並みの妖怪では相手にならない程。それに加え空を飛ぶことができるため、遠く離れた場所の退治屋の依頼を受ける際には特に頼りになる仲間であり、珊瑚と共に行動をすることが多い存在だった。
「今日はいつもより遅かったんだね。何かあったの?」
そんな嬉しそうな雲母の様子を眺めながらも琥珀が興味深そうに珊瑚へと尋ねる。珊瑚の目の前にいる少年、琥珀は今年で十一になる珊瑚の弟であり、退治屋の頭の息子。その姿から恐らくは先程まで鎖鎌の訓練を行っていたのだろうことに珊瑚は気づく。ちゃんと訓練をしているかどうか心配していたがどうやら問題なかったらしい。珊瑚はどこか安堵した表情を見せながら
「ちょっと飛び込みの依頼があってね。それは後で話してあげるから先に父上のところに行ってくるよ。渡さないといけない物があるからね。」
珊瑚はどこか真剣な表情で自らの懐からある物を取り出す。その掌には小さなカケラが握られている。それは大ムカデの体の中から出てきた四魂のカケラだった―――――
「四魂のカケラを手に入れたか。でかしたな珊瑚。」
そう言いながら髭を生やした初老の男性が珊瑚から渡された四魂のカケラを神棚へと奉る。その男性は珊瑚の父であり、退治屋の頭。珊瑚は依頼の報告のために父を訪ねてきたのだった。珊瑚はそのまま父が拝んでいる神棚に目を向ける。そこには珊瑚の持ってきたものに加えて二つの四魂のカケラの姿がある。それは退治屋の依頼の中で珊瑚たちが今まで集めたカケラ達。だがその全ては同じ様に黒ずんだ光を放っている。それは邪気。邪な妖怪たちの手に渡っていたために四魂のカケラはその邪気にまみれてしまっているのだった。
「こんなんでカケラの邪気は鎮まるの?」
「いや、無理だろうな。これほどの邪気を浄化するには強い力を持った巫女様に頼むしかない。」
珊瑚の疑問に難しい顔をしながら父は呟く。自分たちは妖怪退治屋であるが浄化の力を持っているわけではない。それは本来、巫女の役目。だが四魂のカケラの邪気は強力なもの。普通の巫女では浄化することは叶わないだろう。だが巫女はその数が少なく、特に力が強い者であれば尚のこと。実際、里の近くにはそれほどの力を持つ巫女はいなかった。依頼をこなす傍らでそれを探しているがすぐに見つかりそうにはないのが最近の頭の悩みの種だった。そんな自らの父の姿に目を奪われながらも珊瑚は先日の依頼の内容を報告していく。そして飛び込みで入った依頼の話題になった時、
「犬夜叉………?」
父はどこか驚いたような反応を示す。そんな父の姿に珊瑚は驚きを隠せない。確かに半妖である犬夜叉の存在、話し合いで解決することができたことなどいつもの依頼とは勝手が違ってはいたがそれほどまで驚くようなことだろうか。何よりもまるで
「父上、犬夜叉のこと何か知ってるの?」
犬夜叉のことを知っているかのような反応を示した父に珊瑚は聞き返す。父はそんな珊瑚の問いを聞きながらもどこか考え事をしているかのような仕草を見せる。それはまるで昔のことを思いだそうとしているかのよう。そしてしばらくの間の後、
「ああ………確か五十年ほど前に封印された半妖だったはずだ。」
遠い記憶を思い返すかのように父は珊瑚へと自らが聞きおぼえている内容を伝えていく。それは先代、つまり珊瑚の祖父から聞かされた話。
五十年前、里から出た四魂の玉を桔梗という霊力の強い巫女に預け、清めてもらったこと。
だがその四魂の玉を狙う者は後を絶たず、巫女は戦いの日々を過ごしていたこと。
そんな中、犬夜叉という半妖が四魂の玉を手に入れるために桔梗がいる村を襲ったこと。
その際に、致命傷を負ったものの桔梗は最後の力を振り絞り犬夜叉を封印したこと。
四魂の玉は桔梗の亡骸と共にこの世から消え去ったこと。
珊瑚の父はどこか悲しげな表情を見せながら事実を語っていく。それは先代の想いを思い出していたから。先代の頭は桔梗に四魂の玉を預けたことを生涯後悔し続けていた。確かに桔梗は並はずれた力を持った巫女であり、事実その玉の邪気を清めることができた。だがどんなに強い力を持っていたとしても、巫女だとしても桔梗は少女であったことを里の者はもちろん、桔梗の村の者たちも気づくことができなかった。そう無念そうに自分に語っていた自らの父の姿が頭の目に焼き付いていた。
だがそんな父の姿を見つめながらも珊瑚はどこか納得がいかないような表情を見せていた。
それは違和感。
父上の話は恐らくは間違いない事実だろう。先代から伝えられたものであればなおさらだ。しかしその話の中で出てくる犬夜叉のイメージと先日の犬夜叉の姿がどうしても一致しない。
父上の話では犬夜叉は四魂の玉を手に入れるために桔梗という巫女と村を襲ったらしいが珊瑚にはどうにもそれが信じられなかった。一週間と言う短い時間ではあったが犬夜叉の人となりは理解できた。七宝と言う純粋な子供の妖怪があんなに懐いていることからも犬夜叉がお人好しであるのは疑いようがない。加えて犬夜叉は四魂の玉を使う気が、いや玉に関する執着すら全く感じられなかった。自分をだますための嘘をついていた可能性もあるがそうは見えなった。なら村を襲ったのにも何か理由があったのではないか。珊瑚があごに手を当てながら一人考え込んでいると
「とにかく、もう一度その犬夜叉と会ってみる必要があるな。四魂のカケラを持っているのなら尚のことな。」
頭はそうどこか決意した顔で告げる。どうやら父の中でも色々と気になることがあるらしい。だがそれは自分も同様。初めて会った時から妙なところが多い犬夜叉ではあったが自分の想像以上に事情が複雑そうだ。
「……分かった、その時にはあたしも一緒に行くよ。」
珊瑚は想像以上に二人との再会の時が近いことを感じながらもその場を後にするのだった―――――
「ほんとに姉上が負けちゃったの?」
「ああ、悔しいけど完敗だったよ。」
どこか信じられないといった様子で縁側に腰掛けている琥珀が珊瑚に話しかける。対する珊瑚は畳の上でうつぶせになり、雲母と戯れながらそうどこかあっさりと答える。そんな珊瑚の言葉に琥珀は驚きを隠せない。
珊瑚は退治屋の里で一番の使い手であり、その実力は頭も認めている程。その強さを琥珀も何度も目にしている。何よりもそんな姉の様に強くなりたいと思ったのが退治屋になろうと思った一番の理由。だがどうしても臆病な性格が災いし、上手くいっていないのが琥珀の最大の悩みだった。そしてそんな姉が敵わなかったという半妖。それ自体にも驚いたがそれでも無事に帰ってきたことの方が琥珀を驚かせていた。
退治屋の仕事は死と隣り合わせ。敗北すると言うことは死を意味しているからだ。しかし姉の話ではその半妖はとどめを刺さず、見逃してくれたらしい。いくら半妖とはいえ普通あり得ないような話に琥珀は聞き入ってしまう。
「そうなんだ……一度会ってみたいな。」
「きっと二人とも喜ぶと思うよ。それに今度会う時には借りを返さないといけないからね。」
琥珀の素直な言葉に答えつつも珊瑚はどこか不敵な笑みを浮かべながらそう宣言する。そんな珊瑚の姿に琥珀は苦笑いするしかない。負けず嫌いの姉にしては素直に負けを認めていると思っていたがどうやらあきらめていたわけではないらしい。いつもも通りの姉の姿に相手をさせられるであろう半妖の犬夜叉に内心琥珀が同情していると
「ついでにあんたの訓練にも付き合ってあげるよ。あさってには初めての実戦に出るんだから。」
「うっ………」
珊瑚は立ち上がりながら琥珀に近づいてくる。だがその言葉に琥珀は思わず口を噤んでしまう。その表情には怯えと不安が満ちている。そんな琥珀の姿にどこか呆れながらも珊瑚は近づいていく。それは先程、頭から伝えられた依頼。それに琥珀は初めて参加することになった。年齢的にも実戦にも出てもおかしくないのだがその性格から先延ばしにしてきたのだがどうやら頭も決心したらしい。
だが肝心の琥珀はこの有様。どうしても不安は隠しきれないようだ。その心境は珊瑚にも分かる。今では里一番の手練である珊瑚だが最初からそうだったわけではない。最初の実戦では足が震え、上手く動くことができなかった。だがそれは当たり前。命のやり取りを最初から簡単にできる者などそうはいない。だが頭や仲間たちの助けもあり、珊瑚はここまで成長することができた。ならば今度は自分がその役目を果たす番。
「心配ないさ。あたしも父上も付いてる。何かあっても助けてあげられるさ。」
「……う、うん。」
珊瑚は優しく諭しながら琥珀の肩にその手を乗せる。そこには姉としての姿と同じ退治屋として琥珀に期待している眼差しがある。珊瑚は琥珀が決して弱くないことを知っている。いや、才能でいえば自分にも引けは取らない程のものをもっているはず。だが琥珀はそれに気づいていない。ならば少しでもその自信をつけていけるように手を貸していこう。珊瑚はそう決意する。
琥珀もそんな珊瑚の想いを感じ取ったかのように笑みを浮かべる。だが琥珀はその胸に中にある言いようのない不安を誤魔化すことができずにいる。
それが何なのか分からないまま、珊瑚と琥珀にとっての運命の夜が訪れようとしていた―――――
日も落ち、薄暗い闇が辺りを覆い尽くしている中、大きな屋敷に多くの人影がある。だがその雰囲気はとても普通の物とは思えないような緊張感に満ちていた。
「夜な夜な大蜘蛛がこの城を襲い、城中の者も既に何名か喰われておる。仕留められるか?」
そんな城の中に座り込んでいるこの城の城主が眼下にいる珊瑚たち退治屋に向かってそう問いかける。珊瑚たちはそんな城主に向かって面を下げながら控えている。
城を襲う大蜘蛛の退治。それが今回の依頼の内容。
城の者たちだけでは手に負えないと言うことでその退治が珊瑚たちの里に依頼されたのが事の経緯。だが聞いた話ではそれほど強力な妖怪ではないらしい。だがそれにも関わらず頭は珊瑚を筆頭に里の手練たちを依頼に同行させていた。それは琥珀の初の実戦と言うことが一番の理由。口には出さないがやはり琥珀のことは心配しているらしいことに珊瑚は気づく。
「里の中から手練を選りすぐってまいりました。」
城主の問いに一部の迷いもなく頭は即答する。それは間違いない事実。だが
「手練と申しても……おなごらしき者や子供まで居るではないか。」
城主の目にはそう映らなかったらしい。しかしそれは無理もないこと。珊瑚はともかく琥珀は十一の少年。それを目の前にすれば不安が芽生えない方がおかしいだろう。現に先の大ムカデの依頼でも村人たちは実際に見るまで珊瑚の実力を疑っていたのだから。
「この二名は手前の娘と息子にて……里の中でも一、二を争う名手。」
そんな城主の不安をかき消すかのように頭は自信を持ってそう告げる。だがその言葉には少し誇張表現が含まれていたのだが。
「……だってさ。頑張れよ、琥珀。」
父の意図に気づいた珊瑚がそうどこかからかうように琥珀に呟く。その口元は防毒面と呼ばれるマスクの様なものによって隠れているため見ることができないがそれが笑っているのは明らかだった。
「父上の嘘つき………」
もはや引っ込みがつかなくなってしまった琥珀はあきらめとともに覚悟を決めながら自らの武器である鎖鎌に力を込める。こうなってしまっては仕方ない。上手くできるかどうかは分からないができる限りのことをするしかない。琥珀の目には先程まであった焦りと不安がなくなりつつあった。その様子に珊瑚は安堵する。恐らくは緊張しすぎている琥珀に気づいた父なりの心遣いだったのだろう。後は実戦を乗り切るだけ。そう考えた瞬間、空からこの世の物とは思えない程巨大な蜘蛛が姿を現す。それがこの城を襲っている大蜘蛛であることは疑いようがない。
その姿に城中が緊張に包まれる。城の警備の者たちもその武器を手に構えるがその姿には全く覇気が無い。それは悟ったから。自分たちでは目の前の蜘蛛には、妖怪には敵わないと。いくら妖怪退治屋と言ってもこんな化けものをどうやって倒すのか。そんな不安と恐怖が辺りを支配しかけたその時、
「囲めっ!」
頭の号令と共に退治屋たちが弾けるように動き出す。その動きには一切の迷いも、一部の隙もない。まさに退治屋のとしての姿がそこにはあった。退治屋たちは散開しながら蜘蛛を取り囲むように陣を作って行く。大蜘蛛はすぐに退治屋たちが自分にとっての障害であることに気づき、その口から蜘蛛の糸をはきだすことによってそれを排除しようとする。
だがその攻撃は一つとして退治屋たちを捉えることができない。それは長年の経験と磨き上げてきた実力によるもの。それが人間でありながら妖怪と渡りあうことができる退治屋の姿だった。その光景に城内の者たちは目を奪われていた。もはやここが戦場であることを忘れてしまうほどの何かがそこにはあった。そしてそれは戦いの中に身を置いている琥珀も同じだった。
「飛来骨っ!」
珊瑚の飛来骨がその威力を持ってその大蜘蛛の体を一撃で打ち砕く。既に頭たちによって足を奪われていた大蜘蛛にそれを防ぐ手立てはない。いや、もしそれがあったとしても飛来骨の攻撃を耐えることなどできなかっただろう。
「す……凄い、姉上………」
その光景に思わずそんな声が琥珀の口から洩れる。それは憧れ。自分と歳が離れているとはいえ珊瑚はまだ十六歳の少女。にもかかわらずあんな強さを持っている。珊瑚だけではない。父上も、仲間たちも身惚れてしまうほどの力を持っている。それが妖怪退治屋。自分が目指すもの。その事実に琥珀の心が高まっていく。
自分はまだみんなのように上手く戦うことはできないかもしれない。でもいつかみんなと同じように、あの領域に。そして妖怪によって苦しめられている人たちを守りたい。
それは初めて琥珀が誰かに言われたからではなく、自分自身で感じた感情。そしてそれこそが退治屋にとって、強くなるために最も必要なもの。琥珀はそう自分の気持ちに気づき、戦いに加わろうとした瞬間、
琥珀の目の前から光が消えた―――――
そして珊瑚の一撃が決め手となったのか、大蜘蛛はその場に崩れ落ち身動きができなくなってしまった。それを見て取った頭たちはとどめを刺すために近づいていく。だがそこには全く油断は見られない。
「よし、頭をつぶすぞ。とどめだ。」
頭の合図と共に退治屋たちがその武器を構える。そしてその光景を琥珀同様、珊瑚も少し離れていたところから見つめていた。
(簡単すぎるな……この蜘蛛、妖気も薄いし……)
珊瑚はそう内心で考える。体の大きさの割には大したことない妖怪だった。少し呆気なさすぎるような気もするがたまにはこういうこともあるだろう。珊瑚はそうどこか気の抜けたこと考える。
それは油断。だがそれは無理のないこと。実力でいえば一番だが経験においては頭たちの方が圧倒的に上。加えて珊瑚は先日の依頼をこなしてからほとんど休んでおらず、疲労もたまっている。それを責めることなど誰もできないだろう。だがそれが致命的だった。
珊瑚は気づく。琥珀がその手にある鎖鎌を構えていることに。それは何もおかしいことではない。恐らくは大蜘蛛に頭達と共にとどめを刺すつもりなのだろう。
そう。ただそれだけ。何の問題もない。
なのに何故。自分はこんなにも目を見開いているのだろう。息ができないのだろう。血の気が失せているのだろう。
それは直感したから。琥珀の手にしている鎖鎌が大蜘蛛を狙っているのではないこと。
その手にある鎖鎌が放たれる。それはとてもいつもの琥珀の物とは思えないほどに機械的で、無慈悲なもの。
その鎌が、凶刃が放たれる。その先には自らの父である頭、そして家族同然の仲間たちがいる。
だが彼らは気づかない。その刃が自分たちに放たれたことに。
当たり前だ。一体誰が想像できる。琥珀が、あの琥珀が、誰よりも優しい心を持った琥珀がそんなことをするなどと。
珊瑚はその光景に目を見開いたまま動くことができない。
その手が、足が動かない。声を上げることもできない。
それほどの一瞬の出来事。だがそれを珊瑚は捉えていた。
琥珀の動きが、鎖鎌の動きがまるでスローモーションように見える。それはまるで走馬灯の様。だがそれに体が、思考が追い付かない。
その死神の鎌が退治屋たちの首に襲いかかる。その首をその名の通り斬り落とすために。そしてそれを珊瑚は止めることができない。
それはまるで運命。それにより珊瑚と琥珀は消えることない罪と傷を負うことになる。それは定められていたこと。本来の歴史。だが
それを覆すことができる者がこの時代には存在していた。
「…………………え?」
その声は一体誰のものだったのか。それが自分が発したものであることすら珊瑚は気づかない。その瞳はただその姿を目に捕えていた。
それは一瞬で琥珀と頭たちの間に割り込み。その刃を防いでしまった。その速度はまさに疾風。とても人間が出せるものではない。一体誰が。そこには
赤い着物を着、
銀の長髪をたなびかせ
頭に犬の耳をした少年の姿があった
これが、珊瑚と琥珀の運命が大きく変わった瞬間だった―――――