薄暗い洞窟の中、奈落は一人自らの掌を見つめ続けている。その中には完全な四魂の玉があった。玉は完全に邪気に染まっており一点の光も見られない。まさしく闇そのもの。いや玉そのものが奈落だといっても過言ではない程だった。
(長かった………)
奈落はそんな四魂の玉を見つめながらこれまでの自分を思い出す。
初めは野盗鬼蜘蛛のあさましい願いから全てが始まった。
その願いを叶えるために鬼蜘蛛は妖怪たちと一つとなり半妖奈落となった。
そして犬夜叉と桔梗の中を引き裂き邪気にまみれた四魂の玉をわが手にしようとした。
しかし桔梗は自らと共に四魂の玉をこの世から消し去った。
もはや四魂の玉を手に入れることは叶わない。そう思っていた。
だが五十年後、桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの世に再び四魂の玉を復活させた。
それは砕け散り無数のカケラとなりそれをめぐり封印を解かれた犬夜叉と争いながらカケラを奪いあった。
そして今、ついに全てのカケラが自分の元に集まり四魂の玉は完成した。これで長年に渡る悲願が達成された。これで自分は半妖ではなく完全な妖怪になることができる。そして犬夜叉たちを葬り去る。完璧だ。何もかもが思惑通り。だが――――――
本当にそれでいいのか。
何かを忘れている。
自分は何故五十年前に四魂の玉を手に入れた時。そのままその場を去らなかったのか。
何故犬夜叉と桔梗を憎しみ合わさせる必要があったのか。
何故―――――
「くだらん。」
奈落は立ち上がり思考を断ち切る。それはこれ以上それを考えてはならないという無意識からの行動だった。奈落はそのまま自らの手にある四魂の玉の力を解き放つ。その瞬間、凄まじい力が奈落を包み込みその体が作りかえられていく。その力は今までの比ではなかった。そして奈落は全てを理解する。
「ふっ………なるほどな……だがそんなことはもはやどうでもいい。わしはわしの思う通りにやる。犬夜叉……決着の時だ………。」
今、長くに渡る因縁の闘いが終わりを迎えようとしていた………。
「ただいま、みんな!」
制服を着たかごめが慌てた様子で犬夜叉たちの元に走り寄って行く。犬夜叉たちは今、村の外れに集まっていた。その視線の先には黒く染まった空とそれに引き込まれるように集まって行く妖怪たちの姿がある。それは奈落が四魂の玉を使ったことを意味していた。
「ちゃんと卒業できたのか、かごめ?」
犬夜叉が面白半分にそうかごめをからかう。かごめは先程まで井戸で元の世界に戻り中学校の卒業式に参加していたのだった。
「失礼ね、ちゃんと卒業したわよ!」
そんな犬夜叉の冗談に頬を膨らませながらかごめが食って掛かる。そんないつもどおりに二人に弥勒と珊瑚は笑みを浮かべる。とてもこれから最後の闘いに赴くとは思えないような雰囲気だった。そんな中七宝が一人顔を俯かせながら何かを考え込んでいた
「どうしたの、七宝ちゃん?」
その様子に気づいたかごめが七宝に優しく話しかける。七宝はしばらくそのまま俯いた後
「おらは一緒に行ってはいかんのか………?」
そうどこかさびしそうに呟く。七宝は今回の闘いには加わらないことになっていた。奈落が完全な四魂の玉を手に入れて変化しその瘴気も桁外れの物になってしまったこと。七宝を庇いながら闘う余裕がないことが理由だった。七宝自身もそのことは理解し納得していたがやはり一緒に戦いたい気持ちは残っていた。
「七宝ちゃん………。」
七宝の胸中に気づきながらもかごめはそれ以上声をかけることができない。そんな中
「辛気臭い顔してんじゃねえぞ、七宝!」
犬夜叉がそう七宝に向かって言い放つ。七宝驚きながら顔を上げ犬夜叉に目をやる。
「俺たちは奈落を倒して帰ってくる。だからお前は俺達が帰ってくる場所をちゃんと守ってるんだ。いいな!!」
「犬夜叉………。」
犬夜叉の言葉を七宝は驚いた顔をしながら聞き続ける。そしてかごめたちがそんな犬夜叉の言葉を肯定するように七宝に視線を向ける。それは七宝が間違いなく仲間であることを示していた。
「そうじゃな……おらは大人じゃからな!おらがしっかりせねば!!」
七宝はそう元気な声を上げながら宣言する。その目には涙が浮かんでいたが皆それには触れず七宝を微笑ましく見つめる。そして一行は奈落がいるであろう先に目を向ける。皆の表情に緊張が走る。間違いなくこれが奈落との最後の闘い。全ての因縁に決着をつけるべく犬夜叉たちは空に飛び立っていった………。
「あれは……。」
かごめが目の前の光景に思わず息をのむ。そこには空を覆いつくような巨大な蜘蛛の姿があった。それが四魂の玉を手に入れた奈落の真の姿だった。その周りには引き寄せられるように無数の妖怪が集まり取り込まれていく。奈落は今もまだ成長し続けていた。
「どうする、犬夜叉?」
「決まってる、たたっ斬って中に突入するぞ!」
そう言いながら犬夜叉が鉄砕牙を構えようとした時、突然蜘蛛の体が開き大きな入口ができる。まるで犬夜叉たちが来るのを待っていたかのような動きだった。
「私たちを誘い込もうとしているようですね………。」
「あたしたちがどうするか中から見物してるに違いないよ。」
弥勒と珊瑚がそんな蜘蛛の様子を見ながら戦闘態勢に入る。その口には防毒面がつけられていた。それはこれから突入するのは奈落の体内。その瘴気に対抗するためのものだった。
「行くぞ、みんな!!」
「うん!!」
犬夜叉の叫びに続くようにかごめたちも次々に奈落の体内に飛び込んでいく。その体内には無数の糸と蜘蛛の姿があった。その蜘蛛は先の闘いで弥勒と珊瑚が苦戦をした冥王獣の鎧甲を纏った蜘蛛たちだった。しかし犬夜叉たちは全く臆することなく襲いかかってくる無数の蜘蛛たちに向かっていく。
「風の傷っ!!」
犬夜叉の風の傷が先陣を切り次々に蜘蛛たちを薙ぎ払っていく。犬夜叉の力は竜骨精たちとの戦いの中でさらに力を増していた。妖怪化が無くともその強さはまさしく本物。今の犬夜叉の前ではいかに堅い冥王獣の鎧甲といえどもひとたまりもなかった。しかし風の傷から逃れた蜘蛛たちがかごめたちに狙いを変え襲いかかってくる。しかし
「そこっ!!」
「飛来骨っ!!」
「させませんっ!!」
既に臨戦態勢に入っていたかごめたちはそれに立ち向かっていく。かごめの破魔の矢が次々に蜘蛛たちを浄化する。それに続くように珊瑚の飛来骨が蜘蛛たちの邪気を砕きながら吹き飛ばしていく。蜘蛛たちもそれに対抗しようと無数の糸を放ってくるがそれを弥勒が破魔の札で防いでいく。弥勒の風穴は限界に近いところまで先の闘いで使ってしまっている。弥勒はそのことを考え風穴を温存しつつ蜘蛛たちの相手をしていた。
四人はそのままかごめが感じる四魂の玉の気配がある場所に向かって一直線に向かっていく。短期決戦。それが犬夜叉たちの作戦だった。四魂の玉を手に入れた以上、奈落の妖力、体は無尽蔵に増えていくことは間違いない。ならば奈落の本体と四魂の玉を狙った短期決戦を挑むほかない。犬夜叉たちはそう考え奈落の体内を突き進んでいく。その姿に淀みや危なげなさは全くない。互いが互いを信頼し背中を任せながら完璧な連携で闘い抜いていく。それはこれまでの旅の中で培われてきた犬夜叉たちの絆の強さを物語っていた
そんな中突然奈落の体が大きく動き出す。それに呼応して犬夜叉たちの足場も次々に崩れだす。
「気をつけろ、何か仕掛けてくる気だ!!」
そう叫びながら犬夜叉は周囲を警戒する。その瞬間、犬夜叉とかごめの前の地面が盛り上がり大きな壁ができ、弥勒、珊瑚と分断されてしまう。しかもそれは何重もの鎧甲でできたものだった。
「弥勒様、珊瑚ちゃん!!」
かごめがその壁を何とか壊して二人と合流しようとするも壁を壊しきることができない。それは犬夜叉も同様だった。
(ちくしょう………)
犬夜叉は鉄砕牙を握りしめながら考える。妖怪化か冥道残月破を使えばこの壁を壊すことはできるだろう。だが妖怪化を使えば大きな体力を使ってしまう。そして冥道残月破は奈落を倒すための切り札。もしここで見せてしまえば奈落は自分たちの前に姿を現さないだろう。逆を言えばこのままなら間違いなく奈落は自分たちのとどめをさすために自ら姿を現すということ。
「……かごめ、このまま先に進むぞ!!」
「う……うん!!」
迷いながらも犬夜叉はそのままかごめと共に奈落のいる場所へ向かって進み始めた。
「飛来骨っ!!」
珊瑚が叫びと共に壁に向かって飛来骨を投げ放つ。しかし邪気を砕く飛来骨でもその壁を破壊することはできなかった。
「どうする……法師様……?」
これからどう行動するか弥勒と相談しようと珊瑚が話しかける。しかしいつまでたっても返事が返ってこない。珊瑚はそのことに気づき弥勒に改めて目をやる。弥勒は真剣な表情で何か考え事をしている。その顔には明らかに焦りが浮かんでいた。
「どうしたの、法師様!?」
そんな弥勒の様子に慌てて珊瑚が走り寄る。何か体にあったのかと思ったのだが弥勒は傷一つ負ってはいなかった。
「珊瑚……なぜ奈落は我々と二人を分断したのだと思う……?」
弥勒はそう静かに珊瑚に問う。珊瑚はいきなりそんなことを問われ戸惑うしかない。
「それは……戦力を分散させるためじゃ……。」
珊瑚はそう答える。それは恐らく間違いないだろう。しかし弥勒はそれだけではないと考えていた。
「奈落は犬夜叉とかごめ様を最大の脅威と考えているはず……なのになぜその二人を引き離さなかったのか……もしかすると……」
弥勒の言葉の意味に気づき珊瑚の顔が強張る。
奈落は犬夜叉とかごめを陥れる手を持っている。そう考えるほかなかった。
二人がそう気付いた瞬間、周りに先程までとは比べ物にならない数の蜘蛛たちが二人を取り囲んでくる。それはまるで二人を足止めするために動いているようだった。
「珊瑚、一刻も早く二人と合流します、行きますよ!!」
「分かった!!」
弥勒と珊瑚はその全力を持って蜘蛛たちに立ち向かっていく。しかしその圧倒的物量に苦戦を強いられるのだった……。
「あそこよ、犬夜叉!!」
犬夜叉の背中に乗っているかごめがある地点を指さす。そこには邪気によって黒く染まった四魂の玉の気配があった。犬夜叉はその場所に向かって飛び降りる。そしてその瞬間、どこからともなく狒々の皮を被った奈落が姿を現す。その手には四魂の玉が握られていた。
「待っていたぞ……犬夜叉……。」
奈落は邪悪な笑みを浮かべながらそう告げる。その姿は以前と同じだがその妖気と瘴気は桁はずれに上がっていた。
「奈落………今日がてめえの最期だ!!」
犬夜叉はすぐさまに鉄砕牙を抜き構える。今自分の目の前にいるのは間違いなく奈落の本体。ならば全力を持って闘うのみ。そして犬夜叉が妖力を高め妖怪化しようとした時
「ほう……犬夜叉……貴様、わしと心中しようというのか……?」
そう奈落は心底面白そうに言い放つ。
「………っ!!」
その瞬間、犬夜叉は思わず動きを止めてしまう。その顔は驚愕に満ちていた。奈落が何を言おうとしているのかを犬夜叉はすぐさま理解する。何故そのことを知っているのか。犬夜叉は混乱の極致にあった。しかし
「え……どういうこと……?」
かごめは二人が何を話しているのか全く分からずそう口にする。かごめはそのまま犬夜叉に視線を向ける。しかし犬夜叉は何も答えようとはしなかった。
「ほう……犬夜叉……かごめには伝えていなかったのか……まあ無理もない……お前は」
「はあああああっ!!」
奈落がかごめに向けて何かを言おうとした瞬間、それを止めるために犬夜叉は妖怪化し奈落に飛びかかって行く。そして鉄砕牙が奈落に振り下ろされようとした時、
「無駄だ。」
奈落がそう呟きながら四魂の玉に力を込める。その瞬間、犬夜叉は突然そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「う……ぐ………!!」
犬夜叉はそのまま苦悶の声を上げ続ける。何とか立ち上がろうとするが何度立ち上がろうとしても体は全く動かない。まるで糸が切れてしまった操り人形のようだった。そんな犬夜叉の姿を奈落は満足そうに見下ろしている。
「犬夜叉っ!!」
かごめはそんな犬夜叉を庇うように走り寄る。そして犬夜叉を何とか起こそうとするが犬夜叉の体には全く力が入っていなかった。しかし体には怪我は見られない。一体どうして。かごめは自分の目の前で起こっていることを理解することができない。しかしかごめはこれと同じことが一度あったことを思い出す。それは奈落との二度目の闘いの時。犬夜叉が奈落にとどめを刺そうとした時のことだった。その時にも犬夜叉は突然意識を失い倒れ込んでしまった。しかしその理由が分からない。そんなかごめの様子が気に入ったのか奈落はそのままかごめと犬夜叉に向かって近づいてくる。
「来ないで、来たら容赦しないわよ!!」
かごめは弓を構え犬夜叉を庇いながら奈落に対峙する。しかしその体は震えていた。それは奈落を恐れてのことではない。犬夜叉が瀕死になってしまっていることへの恐怖からだった。
「ふ……憐れな女だ……。このまま死んでも死にきれんだろう……。冥土の土産にいいことを教えてやろう……。」
「やっ……め……ろっ………!」
奈落が何を言おうとしているのか気づいた犬夜叉は息も絶え絶えに抵抗しようとするも声を出すのがやっとだった。そして
「犬夜叉は四魂の玉の力によって命をつないでいる。」
奈落はそう犬夜叉の真実を告げた。
「……………………え?」
かごめはそんな奈落の言葉に目を見開く。その言葉の意味が分からない。
命をつないでいる?
四魂の玉で?
犬夜叉が?
どうして?
混乱の中かごめは犬夜叉に目を向ける。そしてその犬夜叉の目がそれが真実であることを物語っていた。
奈落はそんな二人を見ながらもさらに言葉をつなぐ。
「わしは四魂の玉を手に入れたことで全てを理解した。驚いたぞ……まさか貴様が本物の犬夜叉ではなかったとはな……。そして同時に四魂の玉がお前の魂を犬夜叉の体にとどめておるのが分かった………。」
少年の魂は四魂の玉の、正確には琥珀に使われていた四魂のカケラの力によって犬夜叉の体に宿っていた。そのため犬夜叉は琥珀の気配、正しくは琥珀の四魂のカケラの気配を感じ取ることができていた。以前、犬夜叉が奈落にとどめを刺そうとした時、犬夜叉の体が動かなくなったのも奈落に四魂の玉を完成させるための四魂の玉の意志によるものだった。
犬夜叉は琥珀のカケラを手に取った瞬間、その全てを理解し自分の運命を悟った。しかし自分と一緒に生きて行くと言ってくれたかごめにどうしてもそのことを伝えることができなかった。奈落は少年の魂をとどめている四魂の玉の力を弱め、犬夜叉を動けなくしていた。だが奈落の力をもってしてもその力を完全になくすことはできなかった。奈落も気付いていないがそれもやはり四魂の玉の意志によるものだった。
「そしてこのわし……『奈落』も四魂の玉の意志によって生まれたものだということもだ。例えわしを倒したところで新たな『奈落』が生まれるだけ。四魂の玉がこの世にある限り闘いは永遠に続く……。そして四魂の玉をこの世からなくすということは……『犬夜叉を殺す』ということだ。」
奈落がそう告げた瞬間、かごめは膝から地面に崩れ落ちる。その目には涙があふれ流れ続ける。
かごめが闘う理由。
それは犬夜叉と一緒に生きて行くこと。
だが奈落を倒し、四魂の玉を消滅させるということは犬夜叉を死なすということ。
どうしようもできない状況にかごめは絶望し、闘う意志を失ってしまった。
「……かっ……ごめ……しっかり…しろっ!!」
犬夜叉が力を振り絞りながらかごめに叫ぶもかごめは地面に座り込んだまま動こうとはしなかった。そしてその状況は奈落の手によって弥勒と珊瑚にも伝わっていた。
「かごめちゃん!!」
「かごめ様!!」
珊瑚と弥勒は自分たちの目の前に映し出されている光景に向かって叫ぶ。一刻も早く二人を助けにいかなければならない。しかし次々に現れる蜘蛛たちによって行く手を阻まれ進むことができない。珊瑚と弥勒はかごめがどれほど犬夜叉のことを想っているかを知っている。だからこそかごめの心が折れてしまっていることに気づいていた。このままでは犬夜叉とかごめは奈落にやられてしまう。
どうしようもない状況に弥勒と珊瑚の心は絶望に染まって行ってしまった。
「ふ……やはり人間は愚かだ……。他人のことばかり考え絶望するとはな……おかげで四魂の玉の汚れはさらに力を増した……。」
そう言いながら奈落は自らの手にある四魂の玉に目をやる。その色はさらに闇に近くなり力を増している。それはかごめたちの絶望の心によって起きたものだった。
「では……最後の仕上げと行くか……。」
奈落がそう呟いた瞬間、犬夜叉たちの前には新たな光景が映し出される。それは楓の村の様子だった。そしてそこには村を囲むように群がっている蜘蛛たちの姿があった。
「ぬう………!!」
楓が自らの手にある神具に霊力を込め結界を張り続ける。同時にかごめの霊力を込めた霊石の結界もその力を発揮する。しかしその力を前にしても蜘蛛たちはひるむことなく結界に群がってくる。
(まさかこれほどとは……!!このままでは……!!)
楓は霊力をとうとう使い果たしその場に座り込んでしまう。そしてついに結界が破られ蜘蛛たちが村に侵入してくる。村人たちは何とか対抗しようとするがその鎧甲に歯が立たない。そして村人たちがその糸に襲われかけた時
「危ないっ!!」
「狐火っ!!」
琥珀と七宝の二人の攻撃によってそれは防がれた。二人は村人を庇うように蜘蛛たちに対峙する。しかし蜘蛛たちの攻撃によって二人は次第に追い詰められていく。しかしそれでも二人は決してあきらめようとはしなかった。
(七宝ちゃん………)
そんな七宝の様子をかごめはうつろな目で眺め続ける。
もういい。
これ以上抵抗したら死んでしまう。
早く逃げて。
七宝ちゃんまで死んでしまったらもう……
かごめの心はもう壊れる寸前だった。
それでも七宝は決してあきらめようとはしなかった。
七宝にとって犬夜叉とかごめはもう一人の父と母だった。
文句を言いながらも自分と遊んでくれる犬夜叉、優しく自分を包み込んでくれるかごめ。
七宝はそんなふたりが本当に大好きだった。
一緒に旅した日々は本当に楽しいものだった。
それを守るために、みんなが帰る場所を守るために、七宝は逃げるわけにはいかなかった。
しかしついに七宝は追い詰められその前に蜘蛛が群がってくる。琥珀が何とか助けようとするも間に合わない。
(犬夜叉……かごめ……!!)
七宝はそのまま痛みに備えて目をつぶる。しかしいつまでたっても痛みは襲ってこなかった。七宝は恐る恐る目を開く。目の前には
自分を守るように背中を見せたまま立っている殺生丸の姿があった。
七宝は目の前の状況が分からずただ眼を見開くことしかできない。殺生丸はそんな七宝を一瞥した後、爆砕牙を振り下ろす。その瞬間、目の前の蜘蛛たちは塵一つ残さず消滅してしまう。その光景に琥珀も思わず動きを止めてしまう。
「大丈夫か、七宝!?」
そう言いながら七宝の肩に小さな何かが飛び乗ってくる。それは冥加だった。
「冥加じい……なんでこんなところに……?」
七宝が驚きながら冥加に尋ねる。危険なところには絶対姿を見せない冥加がいることに七宝は驚愕していた。
「犬夜叉様たちが最後の闘いに赴かれると知って援軍を呼びに行っておったのじゃ!」
そう冥加は胸を張って告げる。冥加は犬夜叉たちがいない隙を狙って奈落が村を襲う可能性を考え殺生丸に助けを頼みに行っていたのだった。もちろん殺生丸はそれを断り続けたのだがその熱意に負けたのか救援に駆けつけてくれたのだった。
蜘蛛たちは殺生丸を最大の脅威だと判断し次々に襲いかかって行く。しかし
「まだあがくか……爆砕牙!!」
その一振りによって蜘蛛たちは為すすべなく葬られていく。殺生丸の前には鎧甲を持った蜘蛛が何匹いようと全くの無力だった。
「流石は殺生丸様の爆砕牙は格が違う!!」
「殺生丸様すごーい!!」
そんな殺生丸を見ながら阿吽に乗った邪見とりんが姿を現す。
「よーし、わしだって……人頭杖!!」
邪見が放つ炎が蜘蛛たちの吐く糸を次々に焼き払っていき、蜘蛛たちもそんな炎に怯えるような仕草を見せる。
「いくらでもかかってきなさい!!」
「邪見様、頑張って!!」
「ありがとー!!」
邪見は頭の上で人頭杖を振り回しながら蜘蛛たちに向かっていく。
それに合わせるように七宝、琥珀も希望を取り戻し村を守るために戦っていく。
その瞬間、黒く闇に染まっていた四魂の玉に一点の光が生まれる。それは七宝が生み出した一筋の希望だった。
「ちっ……遊びはこれまでだ!死ぬがいい!!」
そのことに焦りを感じた奈落は触手を操り座り込んでいるかごめに向かって放つ。犬夜叉は何とかかごめを庇おうとするも体を動かすことができない。
「かごめ―――――っ!!」
そのままかごめが触手に貫かれるかと思われた時、触手は次々に浄化され砕け散って行く。それはかごめの神通力によるものだった。
「貴様……!!」
奈落が驚愕と共にかごめを睨みつける。かごめはゆっくりとその場を立ち上がる。そして涙を拭いながら顔を上げ奈落に向かい合う。その目には確かな意志が宿っていた。
「私は…………」
かごめは先程の光景を思い出す。みんな自分たちを信じて、帰ってくることを信じて戦ってくれている。
この戦いは自分だけの物ではない。犬夜叉や弥勒、珊瑚、七宝たち…………そして桔梗の想いを自分は背負っている。だから………
「私はあんたなんかに絶対負けないっ!!!」
その瞬間、かごめの体からまばゆい光と霊力が溢れだす。それはかごめの中に還って行った桔梗の想いが形になったものだった。その力によって四魂の玉の汚れが浄化され光が広がって行く。
「おのれっ!!」
奈落がそのことに恐怖し全力でかごめに向かって触手を放とうとする。その数は例えかごめといえど防ぎきれるものではない。奈落が勝利を確信し攻撃しようとした瞬間、奈落の体に異変が起こった。
「七宝……琥珀……みんな……」
あきらめずに闘い続ける二人の姿に珊瑚の心に希望が蘇る。そしてそれは弥勒も同様だった。しかし今の自分たちでは犬夜叉たちを助けに行くことはできない。だがこのまま黙ってあきらめることなどできるわけがない。
弥勒は自らの右腕の封印に手をかける。その手からは既に空気が漏れるような音が聞こえている。もはや一刻の猶予もない。
もう一度風穴を使えば自分は間違いなく死んでしまうだろう。だがそれでも――――
そう弥勒が考えた瞬間、珊瑚の手が弥勒の手に重ねられる。
「珊瑚………。」
弥勒は驚いた顔で自分の傍にいる珊瑚に目をやる。珊瑚はそんな弥勒に向かってただ笑いかけている。二人の間にもはや言葉はいらなかった。
死ぬためでも奈落を倒すためでもない。
生きるため、犬夜叉とかごめを救うために二人は最後の風穴を解き放った。
その力により奈落の体は崩壊し次々に風穴に吸い込まれていく。本体は別にあるとはいえ体の一部であることに変わりはない。それが崩壊していくことの影響は奈落にも伝わった。
「ちっ……無駄なことを!!」
奈落が弥勒が風穴を使い自分の体を壊していることに気づき意識をそちらに向ける。その瞬間、鉄砕牙が大きな鼓動を起こす。
(鉄砕牙っ!?)
同時に犬夜叉の体に自由が戻る。それは鉄砕牙の中に残されていた最後の守り刀の力だった。その力によって少年の魂は再び完全に犬夜叉の体に憑依する。そして犬夜叉はその力を解放し妖怪化しながら奈落に向かって飛びかかって行く。
「何っ!?」
奈落は想定外の事態に驚愕する。すぐさま四魂の玉の力で犬夜叉の動きを封じようとするも鉄砕牙の力によってそれは封じられる。
「風の傷っ!!」
犬夜叉が全力を持って鉄砕牙を振り下ろすと同時に真の風の傷が奈落を飲み込んでいく。だか四魂の玉によって力を増した結界はそれすらも凌ぐ強度を持っていた。触手は次々に消し飛んでいくものの奈落は全くの無傷だった。だが犬夜叉はそんな様子を見ても全く動じない。そして犬夜叉が鉄砕牙に力を込めた瞬間、その刀身が黒く変化する。そしてその刀身からこの世のものではない力が溢れてくる。その感覚に奈落は本能で恐怖する。それはまさしく『死』そのものだった。
「させんっ!!!」
奈落が渾身の力を持って犬夜叉に刀を振らせまいと触手を伸ばす。しかしそれは一本の矢によって一つの残らず浄化されていく。それは本来の力を取り戻したかごめの破魔の矢の力だった。
犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を込める。それに呼応するように鉄砕牙が震える。この力は殺生丸の母の力。その力を犬夜叉と殺生丸の父が己の牙に持たせたものだった。その力は命の重さを知り、慈しむ心がなければ扱えないもの。そしてその力は今、殺生丸から少年へ受け継がれた。
今、この瞬間かつてこの国を二分していた大妖怪、闘牙王の刀、『鉄砕牙』が完成した。
「冥道残月破っ!!」
犬夜叉が鉄砕牙を振り切った瞬間、無数の冥道の刃が奈落を切り裂いていく。それは四魂の玉の結界をもってしても防ぐことができない。
巨大な冥道を開き敵を葬り去るのは殺生丸の資質。そして鉄砕牙は『斬る刀』。今の形はまさに犬夜叉と刀と技が一つになったことを意味していた。
そして冥道残月破によって奈落は為すすべなく冥界に葬られていく。そんなさなか奈落の目には
かつて自分を看病していた桔梗の姿が映る。その美しさに奈落はかつての自分を思い出す。
自分の本当の願いそれは
そうだ――――
わしはただ――――
桔梗の心が欲しかった―――――
奈落は自らの本心に気づきながらこの世から姿を消した――――――
「………………」
「や……やったの……?」
かごめが恐る恐る犬夜叉にそう尋ねる。もし奈落の言っていたことが本当なら犬夜叉も一緒に死んでしまうのではないかと心配しながらかごめは犬夜叉に近づいていく。しかし犬夜叉に変化は特に見られなかった。そのことにかごめが安堵した時、
四魂の玉の気配がまだ残っていることに気づいた。
「え………?」
その瞬間、四魂の玉がかごめの目の前に現れると同時にまばゆい光を放つ。
「かごめっ!!」
そのことに気づいた犬夜叉が何とかかごめの手をつかもうとする。しかし光が収まった先にはかごめの姿はなく、四魂の玉だけが後に残っていた………。
「……め……ごめ……起きろ、かごめっ!!」
「え………?」
かごめは誰かの声と共に目を覚まし顔を上げる。自分は目の前には机がある。どうやら学校で居眠りをしてしまっていたようだ。今、何時間目だったかを思い出そうとした時、
目の前に人間の姿の犬夜叉がいることに気づいた。
「犬……夜叉………?」
かごめは驚愕の表情で目の前の少年を見つめる。その姿は間違いなく犬夜叉だった。しかも人間の姿になっているだけではない。その服はかごめが合格した高校の物。そしてかごめは自分も中学の制服ではなく高校の制服を着ていることに気づいた。
「どうして犬夜叉がここに……?」
「何言ってんだかごめ?まだ寝ぼけてんのか?」
そんなかごめの様子がおかしいことに気づいた犬夜叉がかごめに近づいていく。その仕草、口調、姿は間違いなく自分が知っている犬夜叉だった。突然の事態にかごめが困惑していると
「あ、犬夜叉君だ。」
「何、また夫婦喧嘩?」
「いいなー。私も早く彼氏が欲しい。」
かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけて集まってくる。皆同じように高校の制服を着ている。友人たちは混乱しているかごめをよそに犬夜叉に詰め寄りからかっている。犬夜叉はそんな友人たちに顔を赤くしながら反論していた。そんな様子をかごめはどこか他人事のように眺めていると
「おい、かごめ!さっさと帰るぞ!」
「え……ちょっと……。」
犬夜叉がかごめの手を取り強引に教室から連れ出して行く。そんな様子に友人たちは騒いでいるが犬夜叉はそれを振り切るようにかごめを連れながら学校を後にした。
「……ったく、かごめ、あいつらいつもどうにかならねえのか?」
「う……うん……。」
犬夜叉と並んで帰路に着きながらかごめは隣にいる犬夜叉に目をやる。間違いなくこの少年は自分が知っている犬夜叉だ。でもどうしてだろう。何か大事なことを忘れているような気がする。私は確か………。
「おい、かごめ。」
「な……何っ!?」
いきなり話しかけられたことに驚きの声を上げるかごめ。犬夜叉はそんなかごめの様子を訝しみながらも言葉を続ける。
「お前ん家に着いたぞ。さっさと入ろうぜ。」
そう言いながら犬夜叉は勝手知ったるといった様子で家に上がり込んでいく。かごめはそんな犬夜叉に慌てながら付いていく。
「な……なんで私の家に入って行くの!?」
「何言ってんだ、お前が晩飯おごってくれるっていうから来たんじゃねえか。」
かごめの言葉に犬夜叉はそう困惑しながら答える。かごめは自分がそんなことを言ったのかすら分からない。だがそんなことを言ったような気もする。まるで夢の中の様だ。かごめはそう思いながらも犬夜叉と共に家に上がって行った。
「あら、おかえりかごめ。今日は犬夜叉君も一緒?」
「おお、久しぶりじゃな。犬夜叉君。」
「あ、犬夜叉兄ちゃんだ!」
かごめたちの姿に気づいたかごめの母と祖父、弟の草太が出迎える。その対応は犬夜叉が来るのは当たり前の様なものだった。
「ねえ、兄ちゃん新しいゲーム買ったんだ!一緒にやろうよ、姉ちゃん下手だから相手にならないんだ!」
「犬夜叉君、うちの神社を継ぐ気はないかの?どうしても家には跡取りが必要なんじゃ!」
「ちゃんとご飯は食べてるの、犬夜叉君?一人暮らしは大変だろうからいつでも来ていいのよ。」
犬夜叉たちは当たり前のように話しを続けている。
これが私の日常。
犬夜叉と一緒に学校に行って一緒に遊んで一緒に過ごす。私が本当に望んでいる願いの形。でも
何かが違う。
何かを忘れている。
かごめはそのまま一人家を抜け出し神社の境内を歩き続ける。
そしてその先には一本の巨大な御神木があった。
それを目にした瞬間、かごめは全てを思い出した。
「っ!!」
かごめは急に自分の目の前が真っ暗になっていることに驚く。いや暗いのではない。周りには何もない。自分以外誰もいない。どこまでも広がっている闇があるだけだった。そのことにかごめが気づいた瞬間、目の前に一つの光が現れる。それは完成された四魂の玉だった。
「四魂の玉っ!?」
そしてかごめは自分が四魂の玉の放った光に飲み込まれたことを思い出す。一体自分がどうなってしまったのか考えようとした時
『巫女よ……時はきた……』
四魂の玉から男とも女とも分からない声が聞こえてくる。かごめはそれが四魂の玉の意志であることに気づく。
「ここはどこ!?さっきのは一体何なの!?」
かごめは手を握りしめながら気丈に四魂の玉に問いかける。
『ここは四魂の玉の中。そして先程の光景はお前が見た幻。お前がこれから過ごすことができるかもしれない世界の日々。』
その言葉でかごめは全てを理解する。さっきの幻は犬夜叉が元の体に戻れた後の世界、あり得るかもしれない世界の幻だった。
『あの世界に辿り着きたいか……?ならば………願え、この四魂の玉に。犬夜叉と共に生きたいと。さもなくばお前たちは二度と出会うことはできない。』
それは四魂の玉のかごめに対する最後の問いだった。
(二度と……会えない……?)
かごめの脳裏に犬夜叉との思い出が次々に思いだされる。
共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に過ごした旅の日々。
全部……全部……犬夜叉がいたから過ごせた日々。これからも過ごしたい日々。
でも犬夜叉は四魂の玉の力がなければ生きていけない。
もし四魂の玉がなくなれば……犬夜叉は死んでしまう。
もう二度と会えない。
あの声も、あの温もりも………全て失ってしまう。
四魂の玉に願えばあの幻の日々が待っている。
あの幻は私の……本当に……本当に望んでいた夢だった………。
私は…………………
「私は………何も願わない。」
かごめは静かに目を閉じながらそう呟く。
「例え会えなくなっても……犬夜叉と過ごした思い出はなくならない……」
その目には涙が溢れていた。四魂の玉は永遠に争いを生む存在。桔梗もその命と共に四魂の玉をこの世から消し去った。その意志を受け継いだ自分がここで負けるわけにはいかない。なによりも
「例え会えなくなっても……私と犬夜叉はずっと一緒なんだから!!」
かごめは力強くそう宣言する。そして
「消えなさい!四魂の玉!!」
かごめは唯一正しい答えに辿り着いた――――
その瞬間、四魂の玉は砕け散り消滅していく――――
今、永遠に続いていた四魂の玉の争いに終止符が打たれたのだった――――
日が沈みかけ夕陽が辺りを赤く染めている森の中、御神木の下に犬夜叉とかごめの姿がある。犬夜叉は閉じながらかごめに膝枕をされている。かごめはそんな犬夜叉を眺めながら話しかけ続ける。
「覚えてる……?前にもこうやって膝枕してあげたことがあったけ……。」
「ああ………。」
「あの時は本当に恥ずかしかったんだから……犬夜叉ったら全然起きないんだもん。」
「ああ………。」
「この首飾り……本当にありがとう……今度は私が犬夜叉に何かプレゼントしなきゃね……」
「ああ………。」
「内緒にしようと思ってたんだけど……りんちゃんから聞いたの。犬夜叉、私の為に強くなろうとしてくれてたって………。私それを聞いて本当に嬉しかったの。」
「ああ………。」
「でもね……私も、犬夜叉を守るくらい強くなりたかったんだから。結局犬夜叉に守ってもらってばかりだったけど………。」
「これからは私が犬夜叉を守ってあげるんだから………」
「だから………ねえ……起きてよ……犬夜叉………」
かごめは優しく犬夜叉の頬を撫でる。その顔は本当に幸せそうに眠っていた。しかしその目が開かれることはなかった。犬夜叉の頬に一粒の涙が落ちる。
「約束したじゃない………一緒に……生きてくれるって………」
「ずっと一緒に……いてくれるって……………」
「犬夜叉………………」
かごめはそのまま犬夜叉を抱きしめながら静かに泣き続ける。
それに合わせるかのように御神木から光が満ちてくる。
犬夜叉とかごめ、二人の長い旅は終わりを迎えたのだった――――