「すごい数の妖怪じゃな……。」
「ええ……しかも一匹一匹の強さも並はずれたものです……。」
七宝の言葉にそう弥勒が相槌をうつ。今、犬夜叉たちの視線の先には竜骨精に従う妖怪の軍勢の姿がある。そしてその妖気から弥勒の言う通りその妖怪たちは一匹一匹が名のある妖怪であることは疑いようがなかった。そしてこれから自分たちはあの軍勢に、さらにその軍勢を合わせたよりも強いであろう二人の妖怪に挑もうとしている。皆覚悟していたこととはいえその圧倒的軍勢を目の当たりにし犬夜叉たちは緊張を隠せない。そしてそんな中かごめがその軍勢の異変に気づく。
「あれは……?」
かごめの言葉に続くように犬夜叉たちは一斉にその視線の先に目をやる。そこには妖怪の軍勢の中に一本の道ができるように地面がえぐられている光景があった。それはまるで何かの爪痕のように見えた。
「間違いねえ……師匠だ。」
その傷跡を見た犬夜叉が確信を持ってそう告げる。それは間違いなく殺生丸の蒼龍波によるものだった。しかし自分たちの視界のなかには殺生丸の姿はない。既に竜骨精と瑪瑙丸の元に向かってしまったようだった。
「殺生丸様……。」
りんが不安そうな表情をしながらそう呟く。犬夜叉はそんなりんを見て改めて覚悟を決める。そして腰にある鉄砕牙を抜き放った。
「風の傷で一気にあの中を突っ切る……いいな!?」
犬夜叉は決意に満ちた声でそうかごめたちに宣言する。かごめたちの顔にはもう迷いは見られない。皆、命を懸けて闘うことを心に誓いあう。犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を注ぎ込む。それに呼応するように鉄砕牙から風が巻き起こる。まるでそれはこれからの闘いの苛烈さを物語るような激しさだった。そのまま鉄砕牙を構えながら犬夜叉は一点を見つめる。それは殺生丸が作った爪痕の先、竜骨精と瑪瑙丸がいるであろう地だった。静かに目閉じながら犬夜叉は心を落ち着かせる。そして
「風の……傷!!!」
その叫びとともに鉄砕牙を振り切った。その瞬間、強力な風の傷が妖怪の軍勢に向かって放たれる。それはそのまま妖怪たちを薙ぎ払い一本の道を作って行く。まるでそれは犬夜叉たちを導くような爪痕を残しながら進んでいった。
「行くぞ、かごめ!!」
「うん!!」
犬夜叉はそのままかごめを背負い風の傷を追うように妖怪の軍勢に飛び込んでいく。
「行きますよ、珊瑚、七宝!!」
「ああ!!」
「おう!!」
弥勒と珊瑚、七宝は雲母にりんと邪見は阿吽に乗りながらその後に続いていく。
今この瞬間、決戦の火蓋は切って落とされた……。
悠然と歩みを進める一つの人影がある。それは一点の迷いもなく一つの方向に向かって進んでいく。その前に立ちふさがる者があるならば何者であれ容赦はしない。そう感じられるほどの妖気と闘気を放っている。しかし
「お前か……殺生丸……。」
それを感じながらも全く動じず、それどころかむしろ喜びすら見せながら一人の男が姿を現す。殺生丸と瑪瑙丸。二人の大妖怪はそのまま真正面から互いに睨みあう。その間には二人が放つ妖気によって凄まじい風が巻き起こっていた。並みの妖怪ならそれに巻き込まれるだけで命を落としてしまうだろう。
「貴様に用はない……そこをどけ。」
殺生丸は瑪瑙丸を睨みつけたままそう淡々と呟く。その目が応じなければ殺すと物語っていた。しかし
「そうはいかん。前も言ったように御館様をお守りするのが俺の役目だ。……それに本音を言えばお前が来てくれて感謝している。俺の求めるものは心躍る闘い。お前が相手ならそれも満たされるだろう。」
そう言いながら瑪瑙丸は己の腰にある竜骨刀を抜きそれを殺生丸に向ける。その目は強者と闘うことができる喜びに満ちていた。そしてそれに合わせるように殺生丸が闘鬼刃を構えようとした時
「師匠っ!!」
そう叫びながらかごめを背負った犬夜叉が二人の前に姿を現す。二人はそれに合わせるかのように動きを止める。そして少し遅れながらもりんと邪見を乗せた阿吽も姿を現す。しかしそこには弥勒たちの姿がなかった。弥勒たちは妖怪の軍勢たちを足止めするために竜骨精たちを犬夜叉に任せ、あの場に残ったのだった。
「なるほど……あの時の連中か……。」
瑪瑙丸は犬夜叉たちを見ながら冷静にそう呟く。そこに全く油断は見られない。ここにいるということはあの妖怪の軍勢を退けてきたということ。どうやら自分の認識を改めなければならないと判断したからだ。犬夜叉はそのまま殺生丸と瑪瑙丸に目をやる。どうやらまだ戦いは始まっていないようだ。自分が何とか間に合ったことに心の中で安堵する。そして
「師匠……ここは任せてください。」
鉄砕牙を瑪瑙丸に向かって構えながら犬夜叉はそう殺生丸に進言する。瑪瑙丸はそんな犬夜叉の言葉に一瞬驚いたような表情を見せる。犬夜叉は殺生丸の加勢に来て共に自分と闘うだろうと考えていたからだ。
(こいつ………)
殺生丸はそのまま黙って犬夜叉に目をやる。こんなところまでやってきてそんな戯言を言いに来たのかと内心呆れかけた時、殺生丸は犬夜叉の違和感に気づく。犬夜叉の放つ妖気が以前とは大きく異なっている。力の大きさそのものは大きく変わっていないがその妖気から感じる質は自分、いやかつての父の妖気のそれに近かった。そのことに気づいた殺生丸は
「…………好きにしろ。」
そう言い残しそのまま竜骨精の元に向かって再び歩き始める。瑪瑙丸はそんな殺生丸を見ながらも手を出そうとはしない。どうやら犬夜叉の相手をすることに決めたようだった。
「殺生丸様!!」
「こ……これ、りん!!」
りんが再び歩き出した殺生丸に向かって叫ぶ。しかし殺生丸はそんなりんに一度振り返るが一言もそれには応じずそのまま去って行ってしまった。
「お前の決意に免じて相手をしてやろう。」
瑪瑙丸はそう言いながら竜骨刀を今度は犬夜叉に向かってむけるそして同時に瑪瑙丸の妖気が高まって行く。その妖気の強さに犬夜叉は思わず後ずさりをしてしまう。
(すげえ……予想以上だ……!!)
犬夜叉は竜骨精との戦いによって瀕死になってしまっていたため瑪瑙丸の強さを見るのはこれが初めてだった。弥勒たちから傷ついていたとはいえ殺生丸の一撃を難なく防ぎ、吹き飛ばしたことを知った犬夜叉はその強さを頭では理解していた。しかし実際にそれを目の前にすることでその圧倒的な存在感を感じ萎縮してしまう。瑪瑙丸はそんな犬夜叉の様子に気づいたのか
「来ないのか……ならこちらから行くぞ。」
そう呟いた後に一気に距離を詰め犬夜叉に斬りかかってくる。
「くっ……!!」
犬夜叉は咄嗟にそれを鉄砕牙で受けるがその威力によって後ろに吹き飛ばされてしまう。犬夜叉は鉄砕牙を地面に突き立てながら何とか体勢を立て直す。しかし瑪瑙丸はその場から動かず追撃してくる気配がなかった。瑪瑙丸は改めて刀を構えながら
「どうした……その程度か?」
そうまるで犬夜叉を試すかのような言葉をかけてくる。犬夜叉はそんな瑪瑙丸に戸惑いながらも鉄砕牙を構えなおす。もはや考えることなど何もない。目の前の相手と闘いそして勝つ。それが今の自分のなすべきことだった。
「はあっ!!」
先の一撃で緊張が解けた犬夜叉は弾けるように瑪瑙丸に飛びかかり鉄砕牙を振り下ろす。そして瑪瑙丸は当然のようにそれを受け止める。その衝撃によって瑪瑙丸の足元の地面がめり込んでいく。しかし瑪瑙丸はそのまま軽々と犬夜叉を押し返す。
「くそっ……!!」
犬夜叉は地面に降り立つと同時に間髪いれず再び瑪瑙丸に斬りかかる。そして瑪瑙丸はそれらを全て捌き切っていく。鉄砕牙と竜骨刀、二つの名刀は幾度となくその刃を交えそのたびに両者の間には無数の火花が散る。それはまさしく剣舞というにふさわしい光景。りんと邪見はその光景に目を奪われ声を出すことができない。そして両者の間に距離ができる。その瞬間、犬夜叉は鉄砕牙を大きく振りかぶり
「風の傷っ!!」
全力の風の傷を瑪瑙丸に向かって放った。しかし瑪瑙丸はその場から動かずそのまま竜骨刀を自身に前にかざし妖力を込める。風の傷はその剣圧のみで切り裂かれてしまった。
(剣圧だけで……!!)
その光景に犬夜叉は内心舌打ちする。元より今の自分の攻撃が通じるとは思っていなかったがまさか剣圧だけで全力の風の傷を防がれるとは思っていなかった。何よりも驚いたのはその強さ。先程の闘いで感じた力の差は圧倒的だった。間違いなくその強さは自分が知っている殺生丸以上のもの。今の自分では逆立ちしたところで一太刀も浴びせることはできないだろう。だが同時に犬夜叉は奇妙なことに気づく。それは瑪瑙丸が持つ妖気、闘気にまるで邪気や悪意が感じられないことだった。それはまるで純粋そのもの。とても人間たちを虐殺している妖怪が持つものとは思えないものだった。そんなことを考えていた時
「犬夜叉っ!!」
風の傷を破られた犬夜叉の隙を援護しようとかごめが全力の破魔の矢を瑪瑙丸に向かって放つ。その矢はそのまま一直線に瑪瑙丸に向かって迫って行く。だがそれは瑪瑙丸の刀の一振りによって難なく防がれてしまう。
(そんな……!?)
そのあまりの強さにかごめは驚愕する。かごめの矢はあの奈落ですら完全には防ぐことができない程の霊力を秘めている。それは巫女が持つ力では最高位に近いものだ。しかしその力ですら今の瑪瑙丸や竜骨精の前には通用しなかった。そして瑪瑙丸はそのままかごめに向かって視線を向ける。だがかごめはそれを見ながらも決して怯えることはなかった。竜骨精との戦いで自分は傷ついた犬夜叉の姿によって闘う意志を失くしてしまった。でも今は違う。かごめは犬夜叉に守られてばかりいる自分が嫌だった。一緒に犬夜叉と闘い、生きて行く。それがかごめの願いだった。その願いを叶えるために自分はくじけるわけにはいかない。かごめはそのまま自らの周りに結界を張る準備をする。
(まずいっ!!)
犬夜叉は慌ててかごめを庇うようにその前に立つ。そして瑪瑙丸の攻撃に備えたがいつまでたっても瑪瑙丸は攻撃を仕掛けてこなかった。そのことに気づいた二人は驚きを隠せない。
「お前……何で攻撃してこなかったんだ……?」
鉄砕牙を構えながら犬夜叉は瑪瑙丸にそう問いただす。今のはまるでかごめがいたから手を止めたように見えたからだ。
「俺は女、子供は殺さん……それだけだ。」
瑪瑙丸は当然のようにそう告げる。その目がそれが真実であることを物語っていた。犬夜叉はその言葉に一瞬、我を忘れてしまう。そして
「お前……どうして竜骨精なんかに従ってるんだ?」
思わずそう尋ねてしまう。犬夜叉には先の闘いで瑪瑙丸は人間を虐殺するような妖怪には思えなかった。
「何を聞くかと思えば……強い者に従う……それが妖怪のあるべき姿だ。」
瑪瑙丸は犬夜叉の言葉の意味が分からないと言ったふうにそう答える。
「お前だって十分強えじゃねえか……それなのに何で……」
「………かつて俺は御館様に挑み、そして敗れた。本当ならその場で俺は殺されるはずだったが俺は生かされこの刀を譲り受けた。御館様のために闘う……それが俺の全てだ。」
瑪瑙丸は一切の迷いなくそう宣言する。しかし
「なんでお前はそこであきらめちまったんだ……なんで強くなってもう一度竜骨精に挑まなかったんだ……本当は逃げてるだけじゃねえのか!?」
犬夜叉はそう瑪瑙丸に向かって叫ぶ。瑪瑙丸の強さは本物だ。それなのになぜあきらめて竜骨精に従っているのか。犬夜叉にはそれが我慢ならなかった。瑪瑙丸はその言葉を黙って聞き続ける。そしてしばらく間の後
「ふっ……ははっ……ははははは!!」
突然何かが吹っ切れたように笑い始めた。犬夜叉たちはその光景に驚きそのまま動きを止めてしまう。瑪瑙丸も笑いが止まらない自分自身に驚いているのかしばらくそのまま笑い続ける。そしてそれが収まった後改めて瑪瑙丸は犬夜叉に目を向ける。
「いや……すまなかった……俺にそんな口を利くやつは久しくいなかったからな。……確かにお前の言う通り、俺はそこであきらめた負け犬だ。だが負け犬にも意地はある。」
そうどこか残念そうな表情を見せながら瑪瑙丸は再び戦闘態勢を取る。そしてそれまでとは違い本気の殺気をもって犬夜叉に向かい合う。
「その若さでその強さ……才能……大したものだ。だが俺には通用しない。後百年も経てば結果は違ったかもしれんがこれも時の運。少し惜しい気もするが……御館様のためお前にはここで死んでもらう。」
瑪瑙丸はそのまま竜骨刀を構えその切っ先を犬夜叉に向ける。
「そうかよ………。」
犬夜叉はそのまま瑪瑙丸に合わせるように鉄砕牙を構える。その目には先程以上の力が宿っていた。
「俺は負けねえ……師匠もだ…………俺はお前を倒す!!」
そう叫んだ瞬間、犬夜叉の体から凄まじい妖気が放たれる。それは犬夜叉の周りに渦巻きどんどん力を増していく。そしてそれに呼応するように鉄砕牙が震えだす。
「きゃあっ!」
「何じゃ……一体!?」
その凄まじさにりんと邪見が思わず悲鳴を上げる。しかしかごめは一人その姿をまっすぐに見つめている。
そして犬夜叉の体に変化が現れる。爪は鋭くとがり、その顔には妖怪の証である痣が浮かび上がってくる。それは犬夜叉が妖怪化をしてしまった証だった。だが大きくそれまで異なることがあった。
それは目だった。その目は以前のように赤く染まっていない。その目には確かな少年の人の心が宿っていた。
(温かい………)
かごめは犬夜叉が放つ妖気に温かさを感じる。それは以前の妖怪化した犬夜叉の妖気とはまるで違っていた。力強いだけではない。その妖気はかごめを守りたいという強い少年の想いが形となったものだった。
鉄砕牙はそんな少年に共鳴するかのように震え続ける。それは鉄砕牙の喜びを表していた。鉄砕牙は人を慈しみ守ろうとする心がないと扱えない刀。少年は鉄砕牙を手にしたあの時から変わらずにその心を持ち育んできた。そして今、少年はついに鉄砕牙にふさわしい自分自身の強さを身に付け、真の鉄砕牙の継承者となった。
この瞬間、妖怪の力と人の心を持った存在、『半妖犬夜叉』が完成した。
「行くぞ!!」
少年の自分の限界に挑む戦いが今まさに始まろうとしていた………。
妖怪の軍勢たちは今、自分たちの理解できない事態に浮足立っていた。先程の二度にわたる強力な妖力波によって多くの仲間たちが一撃で葬られてしまった、それはまだいい。見たところそれを放ってきたのは大妖怪だったからだ。しかし今自分たちの目の前で起きている光景はなんだ。二人の人間と二匹の妖怪によって何百といる妖怪が足止めをされている。それは妖怪たちにとって悪夢以外の何物でもなかった。
「飛来骨っ!!」
妖怪たちの群れに向かって珊瑚が飛来骨を放つ。妖怪たちはその攻撃にむかって迎撃しようとする。だがその攻撃をものともせずに飛来骨は妖怪たちに向かっていきその体を次々に破壊していく。その威力は以前の飛来骨を大きく上回っていた。
珊瑚は飛来骨を直すために薬老毒仙と呼ばれる仙人の元を訪れていた。飛来骨を直すだけなら刀々斎に頼めば済むこと。しかしそれでは意味がない。これまでも自分は奈落に対して有効な攻撃手段を持ち合わせておらずいつも犬夜叉やかごめ、弥勒に頼ってしまっていることを心苦しく思っていた。弥勒を、仲間を守るために珊瑚は薬老毒仙の試練を乗り越え奈落の邪気すら打ち砕く力を持つ新たな飛来骨を手に入れたのだった。
「風穴っ!!」
己の右腕の封印を解き放ち風穴によって弥勒は次々に妖怪を吸いこんでいく。弥勒の風穴は本来一体多数に向いておりその力は今、遺憾なく発揮されていた。しかし妖怪たちの中には毒や邪気を持つ者も多くいる。にもかかわらず弥勒は表情を変えずにその力を使い続ける。
弥勒は珊瑚が試練を受けている間に薬老毒仙に頼み痛みを感じなくなる薬を譲り受けていた。当然そのことは誰も知らない。弥勒も珊瑚と同様、奈落との戦いの中で役に立てず犬夜叉とかごめにばかり負担をかけていることに悔しさを感じていた。珊瑚を、仲間を守るためなら自らの寿命を縮めることになろうとも後悔はしない。その決意を持って弥勒はこの戦いに赴いていた。
しかし風穴を使っている弥勒の背後に妖怪たちが迫る。弥勒の風穴が一番の脅威だと判断したからだ。そのまま妖怪たちが弥勒に襲いかかろうとした時
「狐火っ!」
妖怪たちに向かって炎が放たれる。妖怪たちはそれによって思わず動きを止める。そしてその瞬間、七宝を乗せた雲母が妖怪たちを薙ぎ払っていく。
「助かりましたよ、七宝、雲母!!」
弥勒は風穴を閉じながら二人に礼を言う。四人はそのまま互いを庇いながら戦い続けるそこに迷いは見られない。
「しかし流石に手強いね……。」
弥勒と背中合わせになりながら珊瑚がそう愚痴る。既にかなりの数の妖怪たちを退治したはずだがその数はまるで減っていないように見えた。
「弱音を吐いている場合ではありませんよ、珊瑚。犬夜叉とかごめ様はこの妖怪たちを全て合わせたよりも強い妖怪と闘っているのですから。」
そんな珊瑚に笑いながら弥勒は答える。珊瑚はそんな弥勒を背中に感じながら
「そうだね……法師様の子を産むまでは死ぬわけにはいかないからね。」
そう唐突に告げた。
「………………………は?」
弥勒はそんな珊瑚の言葉に間抜けな声を上げる。弥勒はそのまま珊瑚に振り返る。珊瑚はそんな弥勒の反応が可笑しいのか笑い続けている。しかしそれが冗談ではないことは弥勒にもはっきりと伝わっていた。弥勒は大きな溜息を突きながら
「全く………ならなおさら生きて帰らなければいけませんね。」
そう笑いながら再び妖怪たちに向かって風穴を開く。
「そうだよ……妖怪退治屋をするって約束、守ってもらうからね。」
珊瑚も飛来骨を担ぎながら妖怪たちに向かい合う。そんな二人を見ながら七宝と雲母も決意をあらたにする。
四人は犬夜叉とかごめの勝利を信じ、絶対に生きて帰るという誓いを胸に圧倒的不利な戦場を駆け抜けて行くのだった………。
「これは…………」
瑪瑙丸は目の前の光景に思わず感嘆の声を漏らす。自分の前にいる半妖の少年から放たれる妖気は間違いなく大妖怪に匹敵するもの。いやそれすら超えるかもしれない程だった。そして何よりその妖気に瑪瑙丸はかつての大戦を思い出す。それは殺生丸と犬夜叉の父の妖気だった。父の強さには及ばないもののその妖気の質はまさに父のそれだった。
「行くぞ!!」
その言葉と同時に自分の目の前に一瞬で犬夜叉が肉薄してくる。瑪瑙丸は咄嗟に刀を構えるが一瞬反応が遅れる。犬夜叉はその隙を突き鉄砕牙を振り切る。その威力によって瑪瑙丸は遥か後方の崖に向かって吹き飛ばされてしまう。しかし瑪瑙丸は体をひねりながら受け身を取りその衝撃を受け流す。そして顔を上げた先には自分に迫ってくる鉄砕牙の剣圧があった。その威力によって辺りは凄まじい衝撃に襲われる。その跡にはもう一つの谷ができてしまうほどだった。
「す…凄い、凄いよ、邪見様!!」
その光景を目にしたりんが思わず歓声を上げる。邪見は自分の目の前で起きていることがまだ信じられないと言った様子だった。
(この力……まるで殺生丸様と同等……いやそれ以上!?)
邪見はかつて犬夜叉の姿に殺生丸の面影を見たことがある。それが間違いではなかったことを邪見は確信する。
犬夜叉は息を整えながら再び鉄砕牙を構える。そしてその視線の先から傷ついた瑪瑙丸が姿を現す。しかし傷を負っているにもかかわらずその妖気は全く衰えてはいない。いや、むしろさらに強さを増しているようだった。
「先の言葉を詫びよう……お前は強い……これからは俺も全力で行く……。」
その言葉とともに竜骨刀に妖力が込められていく。その目には怒りも憎しみも見られない。ただ純粋に強い者と闘うことができる、その喜びに満ちていた。両者の間に緊張が走る。そして次の瞬間、全ての音が消え去った。
二人は凄まじい速度で互いにぶつかり合いその刀を合わせて行く。もはやそれはかごめたちの目では追いきれない程の闘いだった。
犬夜叉は自分がまるで鉄砕牙と一つになっているかのような感覚に囚われる。
刀が軽い。
体が熱い。
動きが見える。
今、犬夜叉は大妖怪の域に到達していた。
素晴らしい。
その言葉しか浮かばない。
瑪瑙丸は自分と闘い続けている少年に敬意をすら感じる。
わずか二百年ほどしか生きていない半妖がこれほどの力を持っている。
何よりもその心に驚嘆する。
刀を交えればおのずとその使い手の心を感じ取ることができる。
この少年は一人の少女のために、ただそれだけのためにこれだけの力を手に入れていた。
それは自分や竜骨精すら持ちえない心の在り方だった。
いや、もはや言葉は必要ない。
ただ純粋にこの少年に勝ちたい。それはいつのまにか瑪瑙丸が忘れ去ってしまっていた己が闘う理由だった。
両者の間に数えきれない程の数の剣閃がぶつかり合う。その一撃一撃にまさしく一撃必殺に相応しい威力が秘められている。その衝撃によって谷は崩れ地面は割れ地形が変わって行く。そんな戦いが永遠に続くかに思われた時、徐々に犬夜叉が瑪瑙丸に押され始める。
(ち……くしょう……!!)
犬夜叉はそんな自分の状況に気づくもどうすることもできない。視界がかすむ、意識が遠のく、体が軋む。それは妖怪化による代償だった。いくら妖怪化を制御できるとはいえその負担がなくなったわけではない。五分。それが少年が妖怪化を行える限界だった。しかしまだ三分もたたないうちに少年は自分の限界がもうそこまで近づいていることに気づく。実際に闘いながら妖怪化を制御するのは困難を極める。そして自分は明らかに限界以上の力を引き出している。戦いをこれ以上長引かせるわけにはいかない。犬夜叉はそう判断し瑪瑙丸から一瞬で距離を取り鉄砕牙を振りかぶる。
瑪瑙丸は犬夜叉の意図に気づいたのかそれに合わせるように竜骨刀に妖力を込める。それだけで辺りは激しい妖気にさらされる。二人の刀から溢れる妖気がぶつかり合い嵐を巻き起こす。そして
「風の……傷っ!!!」
犬夜叉が鉄砕牙の真の威力の風の傷を解き放つ。それは凄まじい破壊力を持って瑪瑙丸に襲いかかる。そして
「はああああっ!!!」
瑪瑙丸の竜骨刀からもそれに応じるように妖力波が放たれる。その威力は鉄砕牙の真の風の傷に勝るとも劣らぬ力を持っている。
二つの力ぶつかり合う。その衝撃で辺りはさらに激しい衝撃に襲われる。かごめたちはその場に蹲りながらりんと邪見を庇い結界を張り続ける。
犬夜叉はそのまま全力を持って鉄砕牙に力を込める。しかしそれ以上風の傷を押し込むことができない。相手の技を返す爆流波を放つ余裕も流れも感じ取れない。
瑪瑙丸は風の傷の真の威力を目の前にしながらも全く動じない。ただ勝利のために。そのために瑪瑙丸は竜骨刀に妖力を込め続ける。そしてついに二つの妖力は拮抗したまま大爆発を起こす。それが収まった後には竜骨刀を構えた瑪瑙丸と鉄砕牙を杖代わりにしながら何とか立っている犬夜叉の姿があった。そして犬夜叉の妖怪化が解けてしまっていることにかごめが気付く。
「犬夜叉っ!!」
かごめが叫ぶも犬夜叉はそのまま立っているのが精いっぱいのようだった。しかし犬夜叉はそのまま瑪瑙丸に対峙する。その目に宿った力はまだ失われていなかった。
「まだ意志を失っていないか……。認めよう、犬夜叉……お前は強い。そして感謝する……お前のおかげで俺はかつての自分を取り戻せた。」
そう言いながら瑪瑙丸は再び竜骨刀に全力の妖力を込める。それは犬夜叉への最大の賛辞だった。かごめがそんな犬夜叉を救うために弓を構える。そしてかごめは犬夜叉が自分に視線を向けていることに気づく。その瞬間、かごめは全てを理解した。
「さらばだ。」
その言葉とともに全力の瑪瑙丸の攻撃が放たれる。そしてその瞬間
「犬夜叉―――――っ!!!」
かごめがその妖力波に向かって渾身の力を込めた破魔の矢を放つ。それはそのまま瑪瑙丸の妖力波に向かって飛びこんでいく。その破魔の力が妖気を浄化しようとするもその圧倒的力の前に吹き飛ばされてしまう。
しかしその一瞬、妖力波に歪ができた。
その瞬間、犬夜叉は最後の力を振り絞り妖怪化しながら妖力波に向かって飛びこんでいく。その余波によって火鼠の衣は破れ体には無数の傷ができて行く。しかし犬夜叉はそれに耐えながら突き進む。その手には鉄砕牙が握られている。鉄砕牙も自らの主に応えるためにその力を振り絞る。犬夜叉はかごめが作ってくれた最初にして最後のチャンスをつかみ取る。その目には妖力のひずみが見えていた。そして
「爆流波―――――――っ!!!」
全ての力を込めた奥義を放った。それは瑪瑙丸の妖力を巻き込み逆流させていく。それは犬夜叉とかごめ、二人の力が瑪瑙丸の力を上回ったことを意味していた。瑪瑙丸の敗因はかごめを侮り注意を怠ったこと。もし瑪瑙丸がそのことに気づいていれば結果は全く逆のものになっていただろう。そして瑪瑙丸は爆流波に飲み込まれながら
(そうか……誰かのために強く……そして共に闘う……これがお前達の『強さ』か………………)
どこか満足そうな顔をしながら瑪瑙丸はこの世を去って行った………。
犬夜叉と瑪瑙丸が闘ってる谷から離れた場所で二つの人影が対峙していた。
一つは殺生丸。しかしその体は既に傷だらけだった。服は破れ鎧は砕けその表情は苦悶に満ちている。
そしてもう一つは竜骨精。しかしその体は全くの無傷。そして竜骨精はつまらないといった表情で殺生丸を見下す。その力の差はやはり覆せるものではなかった。
「馬鹿な奴だ……先の闘いで敵わないことは分かり切っていただろうに……。」
そう言いながら竜骨精は遊びは終わったと言わんばかりに刀に妖力を込める。殺生丸はそれを見ながらも動こうとはしない。
「目触りだ、奴の元に行くがいい。」
そう告げると同時に竜骨刀を振り下ろす。その瞬間、殺生丸は渾身の力でその攻撃を避けながら天生牙に手を掛ける。そして竜骨精に向かって冥道残月破を放った。
「無駄だ。」
しかし竜骨精は刀を一振りすることで己の妖力をコントロールし真円の冥道を閉じてしまう。もはや竜骨精の前に天生牙は無力だった。だがその一瞬の隙を突いて殺生丸は竜骨精の後ろに回り込む。殺生丸は冥道残月破を囮に使ったのだった。殺生丸はそのまま闘鬼刃を竜骨精に向かって振り下ろす。しかし竜骨精は反応が遅れたにもかかわらずそれを竜骨刀で受け止める。
その衝撃で二人を中心に辺りの地面が吹き飛ばされていく。二人はまるでクレーターのようになってしまった地面の中心で鍔迫り合いを起こす。しかしその均衡はすぐに崩れ殺生丸は押し込まれていってしまう。
「やはりお前は奴には遠く及ばん……奴はこのわしに匹敵する強さを持っていた……それなのにどうだ……奴はその力を弱く醜い人間などのために使い……そして挙句の果てには人間の女とその子供である半妖などのためにみじめに死んでいった………!救いようのない愚か者だ!!」
竜骨精は初めて怒りの感情を見せながらそう慟哭する。その言葉には竜骨精の想いが込められていた。
「黙れ……」
殺生丸の持つ闘鬼刃に力がこもり次第に竜骨精を押し戻していく。同時に凄まじい妖力が闘鬼刃に注ぎ込まれる。闘鬼刃はそのあまりの強さに悲鳴を上げ、その刀身にはついにヒビが入り始める。だが
「黙れええええっ!!!」
殺生丸はそのまま全力で闘鬼刃を押し込む。その妖力によってついに竜骨精の体に一太刀の傷が生まれる。しかしそれと同時に闘鬼刃はその力に耐えきれずついに折れてしまった。
「終わりだ。」
冷たくそう言い放ちながら竜骨精が竜骨刀の力を解き放つ。凄まじい妖力が殺生丸を襲う。殺生丸は咄嗟に天生牙の結界を働かせる。しかしその攻撃はそれすらも容易く破り殺生丸を飲み込んでいく。そしてその瞬間、
殺生丸は左腕を失った。