「よっと。」
少年が空中に木の幹を投げる。そしてそれは地面に落ちる前に鎖鎌によってバラバラになってしまった。
「すげえ!」
それを見てもう一人の少年が歓声を上げる。
「何でそんなことができるんだ?」
「なんでだろう……俺もよく覚えていないんだ……。」
罰が悪そうな顔で鎖鎌を持った少年が答える。その少年は間違いなく琥珀だった。
琥珀は目を覚ますと自分の知らない森の中に一人倒れ込んでいた。名前だけは何とか思い出したもののそれ以外のことは何も思い出すことができず途方に暮れていたところを近くの村に住んでいる恭也という自分と同じぐらいの年頃の少年とその姉に助けられ今に至っていた。
「でもかっこいいよなー。今度おれにも教えてくれよ!」
恭也は興味深々に琥珀が持っている鎖鎌に目をやる。そんな恭也に琥珀が苦笑いしていると
「こら、恭也。またあんたは危ないことをしようとしてるね。」
「げ……るか姉ちゃん……。」
恭也よりも五つ年上のるかが怒りながら太助に近づいてくる。
「遊んでばっかりいないで少しは琥珀を見習って村の手伝いをしたらどうだい!」
「こ……琥珀、逃げるぞ!」
恭也はすぐさま琥珀の手を握り走り出す。るかはそんな恭也に呆れながらもどこか楽しそうにしている。
(なんだろう……二人を見ているとなんだか懐かしい感じがする……)
琥珀は二人を見ながらそんなことを考えるのだった……。
そして三人がいつものように家で食事を取ろうとした時
「妖怪だ、妖怪が出たぞー!!」
そんな叫び声が村に響き渡った。
「妖怪!?」
琥珀たちは慌てて家の外に飛び出す。目の前には妖怪の大群に襲われている村の光景が広がっていた。
「どうしてこんなに多くの妖怪が……!?」
るかが驚いた表情でそう呟く。これまで何度か妖怪が村を襲ったことはあったがこれほどの数の妖怪が一気に村を襲ってくることなど考えられないことだった。
そして村の妖怪たちは三人に気付き近づいてくる。
「貴様、四魂のカケラを持っているな……。」
妖怪たちが琥珀の体にある四魂のカケラの気配に気づく。妖怪たちは四魂のカケラを狙って村にやってきたのだった。
(四魂のカケラ……?)
その言葉に琥珀は聞きおぼえがあった。そして
「ぐ……っ!!」
それと同時に次々に記憶が頭の中に蘇り琥珀はその場にうずくまってしまう。
「琥珀!?」
恭也はそんな琥珀を助けようと琥珀の前に出る。
「なんだお前……?」
「こ……琥珀から離れろ!」
恭也は震える体を誤魔化しながら妖怪たちに立ち向かう。しかし
「邪魔だ、死ね!!」
妖怪の攻撃が太助を襲う。そのまま恭也が切り刻まれようとした時
「恭也っ!!」
るかが間一髪のところで恭也を助け出す。
「姉ちゃん!!」
しかしるかはそのまま妖怪の手に捕まってしまう。その苦痛にうめき声を上げるるか。
「う………。」
「姉ちゃんっ!!」
恭也は何とかるかを助けようとする。そして琥珀はその光景を見ながら
『琥珀………』
全ての記憶を思い出した。
(お……俺は……姉上を……父上……みんな………)
琥珀は自分がこれまで行ってきたことを思い出し凄まじい後悔と罪悪感にさいなまれる。その目には涙が溢れ体は震えが収まらない。
琥珀の心は壊れてしまう寸前だった。しかし
『犬夜叉もかごめちゃんも法師様も……こんなあたしと琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……!だから琥珀……お前も戦うんだ!!』
珊瑚の言葉が琥珀に語りかける。
『お前は弱虫で…臆病だったけど……本当は強くて優しい心を持ってた……!だから奈落なんかに負けるんじゃない!あたしが……みんなが力を貸してあげるから!!』
それはこんな弱い自分を信じてくれた珊瑚の言葉だった。そして
琥珀は目の前の二人を救うために再び立ち上がった。
「恭也……逃げて………。」
るかが朦朧とした意識の中で恭也に話しかける。このままでは恭也も琥珀も殺されてしまう。しかし
「いやだ、姉ちゃんを置いて行くなんてできない!!」
恭也はその場から離れようとはしなかった。そして別の妖怪が恭也に襲いかかった瞬間、その妖怪の首が飛んだ。
「え……?」
いきなりのことに恭也は唖然としてしまう。そして同時にるかを捕まえていた妖怪も鎖鎌によって倒された。
「きゃっ!」
るかはそのまま地面に尻もちを突く。恭也はあわててそのままルカに近づいていく。そして自分たちを妖怪から守るように立ちふさがっている琥珀の姿に気付く。
「琥珀………?」
「二人とも…そこから動かないで……。」
琥珀はそう言いながら目の前の妖怪たちを睨みつける。その数は今の琥珀ではとても倒しきれるものではなかった。逃げるだけなら何とかなるかもしれない。しかし自分には今守るべき二人がいる。
「俺はもう二度と逃げない!!」
琥珀がそう叫び鎖鎌を構えた瞬間、一本の矢が妖怪たちの群れを襲った。そしてその矢によって次々に妖怪たちが浄化されていく。後には一匹の妖怪も残っていなかった。
「え……?」
琥珀はあっけにとられたように矢が放たれた方向に目をやる。そこには弓を構えた桔梗の姿があった。
(四魂のカケラの気配を追ってきたが……。あの少年の体に四魂のカケラの気配がある……それにこの邪気………)
桔梗はそのまま琥珀に近づいていく。
「あの……あなたは……?」
琥珀が自分を助けてくれた礼を言おうと桔梗に尋ねる。しかし
「お前……奈落の手の者だな……。」
桔梗のその言葉によって琥珀の表情がこわばる。
「琥珀……?」
そんな琥珀に気付いたるかが心配そうな声を上げる。琥珀はそんなるかを見ながら
「事情を話します………付いてきてください……。」
そう桔梗に言いながら琥珀は村から離れ森に向かって走り出す。
「琥珀どこに行くんだん!?」
恭也が慌てて琥珀に向かって叫ぶ。琥珀はそんな恭也を見ながら
「ありがとう……二人とも………二人のおかげで俺は自分を取り戻せた……元気で……。」
笑顔でそう言い残し去って行った。桔梗も一人、その後を追っていく。
「琥珀………。」
残された二人は心配そうに琥珀の姿を見つめ続けるのだった……。
村から離れた森の中で琥珀は自分の事情を桔梗に説明した。そして桔梗はそれを黙って聞き続けていた。
(この少年……犬夜叉の仲間の弟か………)
桔梗は説明からこの少年が犬夜叉の関係者であることに気付く。そして琥珀はそのまま一人森に向かって進んでいこうとする。
「どこに行くつもりだ?」
「奈落の元です……あいつはまだ俺が記憶を取り戻したことに気付いていない……この命と引き換えにしても俺はあいつを殺してみせます……。」
決意に満ちた表情でそう言いながら琥珀はその場を去ろうとする。桔梗はそんな琥珀をしばらく見つめてから
「命と引き換えにしても奈落を殺す……その言葉に嘘はないな……?」
そう琥珀に問いただす。
「桔梗様……?」
琥珀は桔梗の言葉の真意が分からず聞き返す。
「私の目的も奈落を殺すことだ……そしてそのためには奴の手に渡っていない四魂のカケラを使う必要がある……。」
桔梗が四魂のカケラを追っていたのにはそのためだった。そして桔梗は感情を殺した声でさらに続ける。
「お前のその四魂のカケラを使えば奈落を殺すことができる……しかしそのカケラを使えばお前は死んでしまうだろう……それでもお前は奈落を殺したいと思うか……?」
桔梗の言葉を黙って聞き続ける琥珀。そして
「俺のこのカケラで奈落を殺すことができるなら……かまいません!!」
琥珀は絶対の意思を持ってそれに答える。
桔梗はそんな琥珀を見据えた後ゆっくりと琥珀に近づく。そしてその四魂のカケラに向かって手をかざす。その瞬間カケラにあった奈落の邪気は浄化され代わりに光が宿った。
「これは……」
「浄化の光だ……これでお前はもう奈落に操られることはない……私と一緒にいる間はな……。」
そう言い残し桔梗は歩き出す。
「桔梗様、よろしくお願いします!」
琥珀はその後を追っていく。桔梗はそんな琥珀を見ながら
(私は人でも女でもない……犬夜叉がいないこの世界で……奈落を殺す……それだけが私が現世にある理由だ………)
そう自分に言い聞かせるのだった……。
花が咲き乱れている草原の中に三人の人影がある。それは殺生丸一行だった。
「えいっ!」
りんが摘んできた花を邪見の頭に載せる。
「何するんじゃりん!」
邪見はそのことに怒りりんを追いかける。りんはそんな邪見をからかうように逃げ回る。殺生丸は近くにある大きな石に腰をかけながらその様子を眺めていた。そしていくらかの時間が流れた時、
(この臭い……)
殺生丸が突然その場から立ち上がった。
「殺生丸様?」
「どうされました、殺生丸様?」
りんと邪見がそんな殺生丸に気付き声をかける。しかし
「貴様たちはここに残れ。」
そう言い残し殺生丸は一人森の中に姿を消した……。
殺生丸は一人森の中を進んでいく。そしてしばらく進んだ先に狒々の皮を被った奈落が待ち受けていた。
「お久しぶりです……殺生丸様……。」
奈落は頭を下げながら殺生丸に話しかける。
「たしか……奈落とか言ったか……わざと臭いを漏らしてまで私に何の用だ……?」
殺生丸は無表情のまま奈落に問いただす。
「特別なことはございません……ただ犬夜叉を殺していただきたい……。」
奈落は下を向いたままそう殺生丸に告げる。殺生丸は奈落にしばらく目をやった後
「どうやら犬夜叉に手ひどくやられたと見える……。傀儡を使う力すら残っていないか……。」
殺生丸は奈落に残っている風の傷の匂いを感じ取り奈落の状態を見抜く。そして
「そんな戯言をこの殺生丸が聞くとでも思ったか……。この私が引導をくれてやろう……。」
そう言いながら殺生丸は闘鬼刃を抜き奈落にその切っ先を向ける。
「ふ……あなた様はこの奈落の誘いを断ることはできません……。」
そう奈落が口にした瞬間、闘鬼刃が奈落を切り裂く。しかしそこには狒々の皮しか残っていなかった。奈落は間一髪のところで上空に逃げ去っていた。
「馬鹿が……この私から逃げられるとでも思っているのか。」
殺生丸の妖気が高まり目が赤く染まっていく。そしてそのまま奈落を追おうとした時
「くくく…、殺生丸様。変化してわしを追うよりもお連れの小娘を早く迎えに行かれたほうがよい……。」
「………。」
奈落はそう言い残し姿を消す。殺生丸はそのまま凄まじい速度で元来た道を戻って行った……。
「邪見様……。」
「わしから離れるでないぞ、りん!」
りんを庇いながら邪見は人頭杖を構える。邪見たちの前には妖怪の大群が迫ってきていた。
(こやつら……殺生丸様がいなくなった途端に……狙いはりんか……!)
邪見の人頭杖を握る手に力がこもる。いくら邪見といえどこの数の妖怪をりんを庇いながら戦うのには無理があった。
(しかし……りんに何かあればわしが殺生丸様に殺される……!)
邪見がそう考えた時、妖怪たちが一斉に邪見たちに向かってくる。邪見が人頭杖を使おうとした瞬間
妖怪たちは強力な風によって一瞬で消え去ってしまった。後には地面に巨大な爪痕の様な物が残っているだけだった。
「何じゃ……!?」
突然の出来事に邪見が慌てて周りの状況をうかがう。目の前には鉄砕牙を担いだ犬夜叉の後ろ姿があった。
「大丈夫か、邪見、りん?」
犬夜叉は一息ついた後、二人に話しかける。
「犬夜叉様っ!!」
りんが喜びの声を上げ犬夜叉に飛びついてくる。しかし邪見はそこから動こうとはしなかった。
(殺生丸様………)
邪見は先程の犬夜叉の姿に初めて出会った殺生丸の姿を見ていた。
「どうした邪見、どこか怪我でもしたのか?」
そんな邪見の様子に気づいた犬夜叉が話しかける。
「な…なんでもないわい!何でお前がこんなところにおるんじゃ!?」
我に返った邪見は慌てて犬夜叉に食って掛かる。
「助けてやったのに何だよその言い草は……。」
犬夜叉が邪見の態度に呆れていると
「犬夜叉―!」
かごめたちが慌てた様子で犬夜叉の後を追ってきていた。犬夜叉はりんと邪見、その近くに感じる奈落の気配に気づきかごめたちを置いて急いで駆けつけたのだった……。
「師匠は?」
「今、どこかに出かけちゃってるの。」
犬夜叉の言葉にりんが答える。
「犬夜叉、その子は?」
遅れてやってきたかごめが雲母からおり二人に近づいてきた。
「はじめまして、わたしりんっていうの!」
りんが元気よくかごめに向かって自己紹介をする。かごめはそんなりんに微笑みながら
「私はかごめっていうの。よろしくね、りんちゃん。」
そう優しく話しかける。するとりんは一瞬驚いたような顔をしながら
「あなたがかごめ様……?」
そう呟く。そんなりんの様子をかごめが不思議に思っていると
「せ…殺生丸様!」
邪見が大きな声を上げる。すると殺生丸が森の中から姿を現した。
「殺生丸様!」
りんが喜びの声を上げながら殺生丸に近づく。殺生丸はそんなりんを見た後犬夜叉たちに目をやる。
「犬夜叉様が妖怪から助けてくれたの!」
りんが殺生丸に説明をする。すると
「わ…わしだけで十分でしたが犬夜叉の奴がどうしてもというので……。」
邪見が慌てて弁明をする。
「もう…邪見様ったら……。」
りんはそんな邪見を見ながら呆れたような声を出す。
「殺生丸って……あの殺生丸?」
珊瑚が驚いたような声を上げる。弥勒も同じように驚いているようだった。
「二人とも知ってるの?」
かごめはそんな二人を見ながら尋ねる。
「うん……強力な妖怪であたしたち退治屋の間では手を出すなって言われてるんだ……。」
珊瑚はそう言いながら少し緊張した面持ちで殺生丸を見据える。
「私も似たようなものです……。もっとも私は噂を聞いたことがある程度ですが……。」
弥勒も珊瑚の言葉に続く。
「そうなんだ……。」
かごめは再び殺生丸に目をやる。確かに冷たそうな表情をしているがりんや邪見の様子からそれほど怖そうな雰囲気は感じなかった。
「お…お久しぶりです…師匠!」
犬夜叉が緊張した様子で殺生丸にあいさつをする。殺生丸は黙って犬夜叉と鉄砕牙に目をやった後
「犬夜叉……貴様、奈落とか言う半妖に後れを取ったな……。」
そう犬夜叉に問いただす。
「う……。」
痛いところを突かれ犬夜叉は言葉に詰まる。その背中に冷や汗が流れる。何とか弁明しようとするが
「抜け、犬夜叉……。貴様が鉄砕牙の使い手にふさわしいかどうか試してやる……。」
そう言った瞬間、殺生丸が闘鬼刃を抜き犬夜叉に斬りかかる。
「くっ!」
犬夜叉もそれに合わせ咄嗟に鉄砕牙を鞘から抜きそれを受け止める。そしてそのまま戦いが始まった。
「犬夜叉っ!」
かごめがそんな二人を見て声を上げる。何とか止めようとした時
「大丈夫だよ、かごめ様。」
りんが笑いながらかごめの手を握りそれを止める。
「でも……。」
「ふん……いつものことじゃ……。」
邪見が殺生丸と犬夜叉を眺めながら呆れたように言う。どうやらこの二人にとってはあの光景は見慣れたもののようだった。
犬夜叉と殺生丸の間に無数の火花が散る。しかし犬夜叉は防戦一方だった。
「ぐ………っ!!」
何とか反撃しようとするが殺生丸の猛攻の前に押し込まれてしまう犬夜叉。そしてついに犬夜叉はそのまま吹き飛ばされてしまった。
「くそ……!」
なんとかすぐに起き上がり殺生丸に向かい合う。しかし殺生丸はそのまま動こうとはしなかった。
「……?」
犬夜叉はそんな殺生丸の様子に戸惑う。殺生丸は犬夜叉を睨みつけながら
「犬夜叉……貴様いつから手加減できるほど強くなった……?」
そう言い放つ。
「え……?」
犬夜叉は殺生丸の言葉に思わず聞き返してしまう。
「殺す気でかかってこい……。でなければ私が貴様を殺す。」
殺生丸の妖気が高まって行く。それがその言葉が嘘ではないことを物語っていた。
(そうだ……俺は何を考えてたんだ……)
犬夜叉は殺生丸の言葉で目を覚ます。今まで犬夜叉は先日の奈落を除いて自分よりの弱い相手としか戦ってこなかった。そのため修行で培ったはずの「挑む姿勢」が無くなってしまっていた。何よりも相手は殺生丸。自分が全力を出しても敵うか分からない相手。そして自分があの頃よりどれだけ強くなったか殺生丸に示したい。そのことに気付いた犬夜叉の目に力が宿る。
「行きます、師匠!!」
そう叫んだ瞬間、犬夜叉は殺生丸に飛びかかって行く。
「はあっ!!」
犬夜叉が全力で鉄砕牙を振り下ろす。そして殺生丸はそれを闘鬼刃で受け止める。その衝撃で殺生丸の足が地面にめり込む。しかし
「ふん。」
殺生丸はそれを難なく力で押し返す。そしてそのまま犬夜叉に斬りかかる。犬夜叉も体勢を整えながらそれに応える。二人は一進一退の攻防を繰り広げていた。
「すごい……。犬夜叉と互角なんて……。」
二人の戦いに思わず目を奪われるかごめ。今まで奈落を除いて修行を終えた犬夜叉が苦戦をしているのをほとんど見たことがなかったかごめは驚いていた。しかし
「ううん、互角じゃないよ……。」
珊瑚が冷静に戦いを眺めながらかごめの言葉を否定する。
「え?」
珊瑚の言葉に思わず疑問の声を上げるかごめ。かごめの目には二人が互角に戦っているようにしか見えなかった。しかし
「殺生丸は片手しか使っていません……。」
弥勒が珊瑚の言葉にそうつけ加える。殺生丸は戦いが始まってから右腕しか使っていなかった。
二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。犬夜叉は両手を使い全力で鉄砕牙を押し込むが殺生丸は右腕のみでそれに拮抗していた。
(ちくしょう……!!)
犬夜叉ももちろんそのことに気付いていた。しかしそれが今の自分と殺生丸の力の差だった。だが
(絶対両手を使わせてみせる……!!)
犬夜叉はそのまま後ろに大きく後退した。しかし殺生丸はそんな隙は与えないとばかりに追撃してくる。そして殺生丸の闘鬼刃が犬夜叉に迫る。犬夜叉はそれを何とか防いだ。そして
(これは…鉄砕牙の鞘……?)
殺生丸が闘鬼刃を受け止めているのが鉄砕牙ではなくその鞘であることに気付く。犬夜叉はそのまま左手に握った鞘で闘鬼刃を抑え込む。
(もらった!!)
犬夜叉はそのまま残った右手の鉄砕牙を殺生丸に振り下ろす。しかしその刃が殺生丸に届こうとした瞬間、犬夜叉の手首が殺生丸の左腕に掴まれる。そしてその爪からの毒によって犬夜叉の手首が溶かされていってしまう。
「ぐっ!!」
犬夜叉は何とか力づくでその手を振り払いその場から離脱する。しかしその際に鉄砕牙を手放してしまった。
「愚かな……終わりだ。」
最早勝負がついたと悟った殺生丸が犬夜叉に斬りかかる。しかし犬夜叉は鉄砕牙の鞘を握り
「来い、鉄砕牙!!」
そう叫んだ。
その瞬間、地面に突き刺さっていた鉄砕牙が殺生丸に向かって飛んでくる。それは鞘が鉄砕牙を呼んだために起こったことだった。
「ちっ。」
殺生丸は自分の背後から迫る鉄砕牙を体をひねり躱す。そして犬夜叉はその隙を見逃さなかった。
「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力で鉄砕牙を振り下ろす。凄まじい妖力が殺生丸に迫る。しかし殺生丸はそれに全く動じず闘鬼刃を構え
「蒼龍波」
奥義をもってそれに応えた。
二つの巨大な妖力がぶつかり合う。その衝撃で地面は割れ暴風が吹き荒れていた。
「きゃあっ!」
「皆さん、ここから離れましょう!」
かごめたちは慌ててその場から離れていく。なおも二人の技のせめぎ合いは続いていた。
「ぐうううっ!!」
犬夜叉は今の自分が出せる全力を持って風の傷を放っていた。しかしそれでも殺生丸の蒼龍波を押し返すことができずにいた。
(この程度か……)
殺生丸はそんな犬夜叉を見ながら冷静に考える。以前、殺生丸は犬夜叉が放った風の傷で吹き飛んだと思われる山の様子を見ていた。もしあれを犬夜叉がやったものだとすればこの程度の威力のはずがなかった。殺生丸はそう思いわざと力を抜いていたのだがどうやらこれが犬夜叉の全力であるようだった。殺生丸はそう判断し
「終わりだ。」
闘鬼刃に力を込めた。
その瞬間、今まで拮抗していた二つの力に変化が生じる。蒼龍波が一気に風の傷を飲み込んでいく。そしてそのまま犬夜叉がそれに飲み込まれたかに見えた時、
「爆流波――――!!!」
犬夜叉は奥義を放った。
その瞬間、犬夜叉の風の傷が蒼龍波を飲み込みその流れを逆流させていく。それは以前、殺生丸が見たものではなく完成された爆流波だった。二つの奥義を合わせた威力の妖力波が殺生丸を襲う。そして殺生丸はそのままそれに飲み込まれてしまった。
「殺生丸様っ!?」
その様子に邪見が思わず悲鳴を上げる。
煙が晴れた後には地の果てまで続くような爪痕が地面に残っていた。
「ハアッ……ハァッ……!!」
犬夜叉が自分のすべての力を使い尽くし呼吸を荒げる。そして顔を上げた瞬間
「っ!!」
自分の首筋に闘鬼刃が突きつけられていることに気付いた。殺生丸は無傷で犬夜叉の後ろを取っていた。二人の間に緊張が走り
「……参りました。」
犬夜叉の言葉でそれは消え去ったのだった……。
「犬夜叉が負けちゃった……。」
かごめが驚いたように二人を見ながらそう呟く。
「あれでも全力は出してなさそうだったね……。」
「全く…ついていけませんね……。」
珊瑚と弥勒もその後に続く。
殺生丸は闘鬼刃を下ろしながら
「……どうやら遊んでいたわけではないようだな。」
そう言い残し犬夜叉から離れて行った。
その後一行は夕食の準備をすることになり犬夜叉と弥勒は食材の調達へ。かごめと珊瑚、りんは調理の準備をすることになった。
「こんなもんかな。」
元の世界から持ってきたガスコンロと鍋にダシを準備しかごめは満足した声を上げる。
「ほんと便利だよね。かごめちゃんの世界は。」
珊瑚はガスコンロを見ながら感心する。そしてかごめはりんがじっと自分の顔を見つめていることに気付いた。
「どうしたの、りんちゃん?」
かごめはかご見こみながらりんに話しかける。しかしりんはそのまま黙ってかごめを見続けていた。
「そういえばどうしてりんちゃんは私のことを知ってたの?」
かごめは先程のりんの様子を不思議に思いそう尋ねる。
「犬夜叉様が言ってたから!」
「犬夜叉が……?」
りんの返答に思わず聞き返してしまうかごめ。さらにりんは
「守りたい大切な人だって。だから犬夜叉様は頑張って修行してたの。だからりんもかごめ様に会ってみたかったんだ!」
そうかごめに伝える。それとほぼ同時に
「今帰ったぞ。」
「なかなか大漁でしたな。」
そう言いながら犬夜叉と弥勒が戻ってきた。
「お帰り、犬夜叉様!弥勒様!」
りんが嬉しそうに二人に近づきながら取ってきた魚を見せてもらっている。そして犬夜叉は自分をじっと見つめているかごめに気付く。
「なんだよ、かごめ?」
「ううん、何でもない。」
かごめは微笑みながらそう犬夜叉に答えるのだった。
その日の夕食はりんと邪見も加わりいつもより賑やかなものになった。とくにりんは大勢で食べるのが特に気に入ったのかはしゃいでいる。そんなりんを悪態を突きつつ邪見が面倒を見ていた。そんな中
「はい、どうぞ。」
そう言いながらかごめが少し離れたところに座り込んでいる殺生丸に向かって食事を差し出す。殺生丸はそれを一瞥し
「……余計なことをするな。人間の食い物は口に合わん。」
そう一蹴する。
「そう……。じゃあ一緒にあっちに行きましょう?そのほうがりんちゃんも喜ぶと思うし……。」
かごめは苦笑いしながらそう殺生丸に提案する。しかし殺生丸はそこから動こうとはしなかった。
(なんかやりづらいわね……)
そんなことを考えていると殺生丸が自分を見つめていることにかごめは気づいた。
「何、どうかしたの?」
かごめは話しかけるも殺生丸はそのままかごめを見つめ続ける。
(この女が犬夜叉が強くなりたい理由か……)
そして
「貴様はなぜ奴と一緒にいる……?」
殺生丸はそうかごめに問いかける。
「え……犬夜叉のこと……?」
いきなりそんなことを聞かれるとは思っていなかったかごめは言葉に詰まる。そして少しの間の後
「そんなの一緒にいたいからに決まってるじゃない。あなただってりんちゃんや邪見と一緒にいるじゃない。それと同じよ。」
そう当たり前のことのように答えた。
「…………。」
殺生丸はしばらく目を閉じた後、立ち上がりそのまま森の中に姿を消した。かごめは殺生丸を見ながら
(なんか……犬夜叉に似てるかも……。)
そんなことを考えるのだった……。
夜遅くなったこともあり犬夜叉たちはここで野宿することになった。犬夜叉とかごめ、りんと七宝の四人がテントで弥勒と珊瑚が寝袋で寝ることになったのだった。
「ん……。」
珊瑚が人の気配を感じ目を覚ます。そこには一人森の中を進んでいる弥勒の姿があった。
(法師様……?)
珊瑚はそのまま弥勒の後を追っていった……。
「ふう……。」
弥勒は大きな溜息を突く。目の前には右腕の風穴があった。
(やはりあの時の奈落との戦いが原因か……)
弥勒の風穴は思ったよりも早い速度で広がってしまっていた。どうやら奈落との戦いで無理をしたことがたたってしまったらしい。後どれだけの時間が残っているか。そんなことを考えていると
「法師様……?」
珊瑚が心配そうに弥勒に近づいてきた。
「珊瑚……いつからそこに……?」
風穴に木を取られていたため弥勒は珊瑚に気付くことができなかった。
「ごめん、盗み見するつもりはなかったんだけど……。」
誤りながら珊瑚は弥勒の隣に腰を下ろす。
「いえ…構いませんよ。」
弥勒はそんな珊瑚へ笑いながら答える。二人の間に沈黙が流れる。そして
「やっぱり…風穴のこと……?」
珊瑚が聞きづらそうにしながらも弥勒に尋ねる。
「誤魔化してもしかたなさそうですね……。その通りです。少し広がってしまいましてね……。犬夜叉とかごめ様には内密にお願いします。」
「でも……。」
珊瑚は弥勒に反論しようとする。しかし
「あの二人……特に犬夜叉には負担をかけたくないのですよ……。犬夜叉は私たちの中では一番強い……しかし心の面ではまだ危ういところがある。それをかごめ様が補っている。私にはそう見えるのです……。だからこそこれ以上二人に余計な心配をかけるわけにはいきません。」
「…………。」
真剣な表情でそう語る弥勒に珊瑚はそれ以上何もいうことができなった。しかし
「法師様はあたしや琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……。だから私も法師様に力を貸すよ。これはあたしの勝手だから構わないよね?」
そう珊瑚は笑いながら弥勒に告げる。弥勒はそんな珊瑚をあっけにとられるように見つめた後
「そうですね……頼りにしてますよ。珊瑚。」
そう答えた。そしてしばらくの間の後
弥勒の手が珊瑚の尻を撫でまわした。同時に森には何かをたたいたような大きな音が響いたのだった……。