ある小さな村に晴海という坊主とその弟子が訪れていた。二人は寺に戻ろうとしている途中、村に邪気を感じこの村に立ち寄ることにしたのだった…。
「邪気を感じる…?」
村で畑仕事をしている村人が晴海の言葉に疑問の声を上げる。
「さよう、この近辺に渦をなしておる。何か怪異があるのではないかな?」
晴海はこのあたりでは有名な坊主でありその実力もかなりのもの。この村に邪気を発するものがあることは間違いない。しかし村人たちには全く心当たりがないようだった。
「何言ってる坊様、こんな平和なとこはねえぞ。」
「うん。特にあの巫女様が来てからはな。」
村人たちは口をそろえてそう言う。
「巫女…だと?」
そして晴海と弟子はその巫女に会うために村に案内してもらうことになった。
村の川の近くで一人の巫女と子どもたちが薬草を集めていた。
「桔梗様、これ薬草でしょ?」
「桔梗様、こっちは?」
子供たちが草を摘んでは嬉しそうに桔梗に見せに行く。桔梗はそんな子供たちを優しくあやしていた。
(なんだ?あの女は…。あれは…この世のものではない!)
木に隠れながら様子をうかがっていた晴海は一目で桔梗がこの世のものではないことに気付く。
「みんな、おいで。草の見分け方を教えるから。」
そう言いながら桔梗は村の子供たちに薬草の見分け方を教えて行く。その光景は誰が見ても微笑ましいものだった。
「あの巫女が魔物なんでございますか?晴海様、私には人間にしか見えませぬが……。」
弟子がその様子を見ながら疑問の声を上げる。
「貴様は修行が足りん。」
そう言いながら晴海がさらに用心深く桔梗を観察しようとした時
「そこのお坊様…。」
桔梗が二人に話しかける。
「これはこれは…気づいおられたか。」
しかし晴海は何食わぬ顔で茂みから現れ、桔梗に近づく。
「ずっと私を見ておられましたね…。」
そんな晴海を見据えながら静かな口調で桔梗が問いただす。
「いや、あまりのお美しさに見惚れてしもうた。」
「ご冗談を…」
晴海の言葉に桔梗は微笑みながら答える。そして晴海はそんな桔梗を見ながらそのすぐ側に巻物を落とす。
「拾っていただけぬかな?」
「……」
桔梗は巻物を見つめたまま黙り込む。そんな桔梗の様子を見ながら晴海はさらに続ける。
「これは破魔の経文でな。妖怪がこれに触れるとたちどころに正体を現すという。」
晴海はそれを使い桔梗の正体を暴こうと考えていた。しかし桔梗はためらいなくその巻物を手に取り
「それは…ありがたいお経でございますね。さ、どうぞ。」
そう言いながら晴海に手渡す。
(何事も起らぬ…!?)
予想に反し何も起こらないことを訝しみながら晴海は桔梗から巻物を受けとる。そしてその瞬間、晴海の体に衝撃が走った。
(な…何だ……!?無数の粒が体を通り抜けた…!?)
「さ、行こうみんな。」
「はーい。」
晴海が自分の状況に戸惑っているうちに桔梗と子どもたちはその場を離れて行く。
「晴海様、いったいどうなすったんです?」
晴海の様子がおかしいことに気付いた弟子が話しかけてくる。
「…見てみよ。」
晴海はそう言いながら巻物に視線を向ける。
「経文が…消し飛んでいる!?」
弟子が驚きの声を上げる。巻物は書かれていた破魔の経文がなくなり白紙なってしまっていた。
(あの女…破魔の経を跳ね返し、その文字でわしを貫きおった…!)
晴海は桔梗が自分には手に負えないほどの力を持ったものだと気付く。しかしそれを分かった上で晴海は桔梗に忠告する。
「巫女どの!どのような未練があるか知らぬが…ここはお前様の居場所ではないはず…。在るべき処に帰りなされ!」
「あいつ、何言ってんだ?」
「変な坊主…。」
事情が分からない子供たちは疑問の声を上げながら桔梗に付いていく。
「……」
桔梗は振り返りながらもそのまま子どもたちと先に進んでいった。
「じゃあまた明日なー。」
「さようなら。桔梗様。」
子供たちも家に戻って行きあとには桔梗と小夜(さよ)という一人の少女だけになった。
「ねー桔梗様。」
「うん?」
小夜が桔梗に近づき手を握りながら話しかける。
「明日も草や花のこと教えてね?」
小夜はそのまま桔梗の返事を待つ。しかし考え事をしているのか桔梗の様子がおかしいことに気付いた。
「……桔梗様?」
「……」
そんな桔梗の様子に小夜は不安を感じ
「ねえ…どこにも行かないよね?」
そう桔梗に尋ねる。
「小夜……」
桔梗はそんな小夜の様子に気付き小夜の顔を覗き込むように屈みこみながら話しかける。
「小夜は私が好きか?」
「うんっ大好き!」
小夜は桔梗の言葉にすぐさま答える。桔梗はそんな小夜に微笑みながら
「ありがとう…私も小夜が妹みたいに可愛いよ。」
そう口にした。
「えへへ~っ本当!?」
「ああ。」
小夜は桔梗の言葉が嬉しかったのか顔を赤くしながら照れてしまう。桔梗はそんな小夜の姿に幼いころの楓の姿を重ねていた。そして小夜を家に送り届け自分の家に向かいながら
(もう少し一緒にいてやりたかったけれど……潮時か……。)
桔梗はこれからのことを考え始めていた……。
(なんだか桔梗様元気がなかったな……。昼間のお坊さんのせいかな……。)
夜になり家の中で家族とともに布団に入っている小夜だったが桔梗のことが気になりなかなか寝付くことができないでいた。
(ふ~っ眠れないや。)
小夜は起き上がり何の気なしに家の外の様子をうかがう。するとそこには一人で森に向かって歩いている桔梗の姿があった。
(桔梗様……?)
小夜はいけないことかもしれないと思いながらもその後を追っていった。
しばらく森の中を進み桔梗は月明かりに照らされている池の近くで足を止めた。
(こんな夜遅く…なにしてるんだろ?)
小夜は木の陰に隠れながら桔梗の様子をうかがう。そして小夜は昼間の晴海の言葉を思い出す。
(桔梗様まさか……このままどこかに行っちゃうんじゃ……)
そんなふうに小夜が考えた時、桔梗に向かって無数の光の玉が集まって行く。それは月明かりと合わさりどこか幻想的な光景だった。しかしその光の玉を運んでいるのは死魂虫と呼ばれる妖怪だった。
「憐れな女の死魂たち……私とともに来い……。」
そして死魂たちは桔梗の体に入り込んでいく。
(犬夜叉…もうすぐ迎えに行く……)
桔梗はそのまま犬夜叉のことを想い続ける。
(桔梗様が妖怪を操っている…!?)
小夜は桔梗の様子に恐怖を感じてしまう。どうしてあんなに優しい桔梗がこんなことをしているのか考えた瞬間、小夜は足もとの木の枝を踏み音を立ててしまった。
「誰だ!」
桔梗が厳しい顔で音をした方向を睨みつける。そしてそこには尻もちをついた小夜の姿あった。
「小夜…見て…いたのか……。」
桔梗は悲しげな表情をしながら小夜に近づいていく。小夜はそんな桔梗の姿を見ながらどこか不安そうな表情を見せる。
「小夜……。」
桔梗はそんな小夜を安心させようと手を伸ばす。しかし
「っ!!」
小夜は眼を閉じ怯えるように体を丸めてしまう。そんな小夜を見ながら
「……ごめんね…恐い思いをさせてしまったね……。」
桔梗はそう告げる。そしてそのまま桔梗は小夜から離れるように森に向かって歩いていく。
「桔梗…様……。」
小夜はそれを見ながらどうしたらいいのか分からず桔梗の名を呼ぶことしかできない。
「さよなら…ごめんね…。」
桔梗は振り返りそう告げてから一人森の中に姿を消した……。
かごめが戦国時代に戻ってから数日後、犬夜叉たちは再び四魂のカケラ集めを再開した。しかし四魂のカケラはかなり遠くにあるのかかごめはカケラの気配を感じることができなかった。そして今一行は森の中を進んでいるのだがなぜか犬夜叉たちはギスギスした雰囲気で皆一様に難しい顔をしている。その中でも特に犬夜叉はどこか罰が悪いような表情で冷や汗を流していた。そんな中
「犬夜叉…本当にその弥勒って人を仲間にしないといけないの?」
珊瑚がどこか刺がある口調で犬夜叉に話しかける。
「う……」
犬夜叉はそんな珊瑚の迫力に言葉を返すことができない。
「犬夜叉……。」
犬夜叉から首飾りをもらったことで機嫌がいいはずのかごめも何か言いたいことがあるのか犬夜叉に視線を向ける。
「おら、今日は布団で寝れると思っておったのに……。」
七宝も犬夜叉を怨むような視線を向ける。
珊瑚たちが怒っているのには理由があった。
日も暮れかけてきたので犬夜叉たちは近くの村で宿をとることにした。何とか宿をとることもでき時間が余ったので犬夜叉たちは弥勒の情報を村で集めることになった。そして犬夜叉たちは弥勒が最近この村を訪れているという情報を手に入れることができた。喜んだ犬夜叉たちだったがすぐにそのことを後悔することになる。
なぜなら弥勒はこの村の領主に対してインチキなお祓いを行い財産を持ち逃げしてしまっていたからだ。さらに犬夜叉たちは弥勒の仲間だと勘違いされ領主とその家来たちに追いかけまわされる羽目になった。なんとか逃げ切った犬夜叉たちだったが村に戻ることもできず今に至っていた…。
「その弥勒って人本当に頼りになる人なの?」
怪しむような眼で珊瑚は犬夜叉を見据える。犬夜叉は
(未来のお前の夫だよ!!)
と叫びたいところだったがそんなことをいうわけにもいかず犬夜叉は何とかこの話題を変えることができないか考える。すると犬夜叉は近くに人里の匂いがあることに気付いた。
「近くに村がある、今日はそこに泊るぞ!」
そう言いながら一人村に向かって走り出してしまった。
「ちょっと待ちなよ、犬夜叉!」
「もう……。」
「おらがしっかりせねば……。」
その後をかごめたちは慌てて追いかけて行った。
「思ったより小さな村だな…。」
犬夜叉はそう言いながら今日泊まる宿がないか探そうとする。すると一人の少女が驚いたようにこちらを見つめていることに気付く。犬夜叉は初め半妖である自分に驚いているのかと思ったがそれは違っていた。少女の視線はかごめに向けられていたからだ。そして少女は
「桔梗様…?」
そう呟いた。
「え…?」
いきなりのことに事情が分からず呆然とするかごめ。そして
「桔梗様っ!戻ってきたんだね!」
少女はそう言いながらかごめに抱きついてくる。事情が分からない犬夜叉たちはしばらく困惑するのだった…。
それから落ち着いた小夜から犬夜叉たちは桔梗について聞かされることになる。
少し前から村に巫女として一緒に暮らしていたこと。とても優しく怪我人や妖怪に困っている村人を助けてくれたこと。子供たちには特に優しく、一緒に遊んでもらったこと。そして
「私が桔梗様が妖怪を操っているところを見ちゃったから…桔梗様は村を出て行っちゃたの……。」
小夜は後悔するように言葉をつなぐ。
「そうだったの……。」
かごめはそんな小夜をあやしながら桔梗のことを考える。
かごめは直接桔梗に会ったことはなかったが記憶に触れることで桔梗がどんな女性であるかは分かっていた。犬夜叉と楓から犬夜叉への恨みに囚われているため犬夜叉を殺そうとしたという話を聞いたときにも本当に桔梗がそんなことをするのだろうかと疑問に思ったほどだった。小夜の話に出てくる桔梗の姿こそが本来の桔梗なのだとかごめは感じていた。そしてかごめは犬夜叉に視線を向ける。
「………」
犬夜叉はどこか厳しい顔をして考え事をしているようだった。そして
「…みんな、楓の村に戻るぞ。」
そう言い残し再び森に向かって歩き始めてしまう。
「犬夜叉、ここに泊るんじゃなかったの?」
「待たんか、犬夜叉!」
珊瑚と七宝が話しかけるも犬夜叉はそれに耳を貸さずそのまま進んでいってしまう。
(犬夜叉…桔梗に会いたくないのね……)
かごめだけが犬夜叉の気持ちに気付きその後を追っていく。そして珊瑚と七宝、雲母も仕方なくその後に続くのだった……。
何とか村に戻ろうとしたが流石に距離があり結局犬夜叉たちは森で野宿することになってしまった。いつものようにかごめたちはテントで犬夜叉は外で眠ることになった。しかし皆が寝鎮まっている中でかごめは一人、目を覚ました。
(なんだろう…妙な気配がする…)
かごめはこれまで感じたことのない気配に気づきテントの外に出る。犬夜叉はそれには気づかず眠っているようだった。
かごめは自分が感じた気配の方向に目をやる。するとそこには光の玉が森の中に向かって進んでいる光景があった。
(あれは…死魂虫…!)
かごめはかつて犬夜叉から桔梗について聞いていたためそれが桔梗の操る死魂虫だと気付いた。
(近くに桔梗がいるんだわ……)
かごめはさっきの村に行ってからずっと何とか犬夜叉が本物の犬夜叉ではないこと、本当の仇は奈落であることを桔梗に伝えることはできないかと考えていた。しかし犬夜叉と桔梗が出会ってしまえばきっと戦いになってしまう。
(なら私が行った方がいいかも……)
かごめは少し迷ったが犬夜叉を起こさず一人死魂虫の後を追って森に入って行った。
(どこまで行くのよ……)
かごめは慣れない山道を何とか転ばないように進む。そして死魂虫が姿を消してしまう。慌ててかごめはその後を追おうとした。しかし
「きゃっ!」
山の段差に足を取られ下にずれ落ちてしまう。
「痛た……。」
かごめが何とか立ち上がり顔を上げるとそこには木にもたれかかりながら眠っている桔梗の姿があった。
(ね…眠ってる……?)
かごめが緊張しながら恐る恐る桔梗に近づいていく。
(私になんか…似てないじゃない?綺麗……)
かごめは桔梗の顔を見ながらその美しさに思わず身惚れてしまう。そして桔梗はゆっくりと目を覚ます。
「おまえ…!」
桔梗は飛び起きながらいきなり自分の目の前にかごめがいることに驚きの声を上げる。かごめもいきなり桔梗が起きたことに驚き後ずさりしてしまった。
「お前、私の結界を通り抜けてきたのか?」
桔梗はかごめを見据えながら問いただす。
「えっ、けっ結界!?あったけ?そんなの…」
かごめは森の中を進んできたがそんなものがあるとは全く気付かなかった。
「……そうか……おまえは私だからな……。」
桔梗は少し思案したあとそう呟く。
「あの……。」
かごめがその言葉に異を唱えようとするが
「犬夜叉は…犬夜叉は一緒ではないのか……?」
桔梗の言葉によってそれは遮られてしまった。
「……今は私一人よ…。」
かごめは緊張した様子で答える。桔梗はそんなかごめを見ながら
「お前…犬夜叉の何なのだ?」
そう尋ねてきた。
(わ…私は……)
思わず考え込んでしまうかごめだったがすぐに桔梗の言っている犬夜叉と自分が考えている犬夜叉は違うことに気付く。
「私は…あなたに話があったからここに来たの……。」
かごめが意を決して桔梗に切り出す。
「話だと…?」
そしてかごめは話し始める。
自分が桔梗の生まれ変わりで未来の人間であること。犬夜叉の封印を解いたこと。その時には既に犬夜叉の中に別の自分と同じ未来の世界の少年が乗り移っていたこと。本物の犬夜叉がどうなってしまったのかはまだ分からないことを桔梗に伝えた。
桔梗は黙って聞き続けていたが
「楓もそんなことを言っていたな……。」
そう呟く。
「じゃあ…。」
自分の話を分かってもらえたと思ったかごめは安堵の声を上げる。しかし
「お前は…犬夜叉の体に他人の魂が宿るなど…本当にありうると思っているのか…?」
そう桔梗は冷たく言い放つ。そして桔梗の放つ雰囲気が剣呑なものなっていくことにかごめは気づいた。思わずかごめが桔梗から離れようとした時
「お前は邪魔だ。」
「え…?」
桔梗の指がかごめの額に触れる。その瞬間かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。
(体が…動かない…!)
何とかしようとするがかごめの体はピクリとも動かなかった。
「お前がここにいるということは…近くに犬夜叉がいるのだな…。」
桔梗はそのままかごめを置いたまま犬夜叉がいるほうへ向かって歩き始めようとする。
「まっ待って!まだ犬夜叉を殺すつもりなの!?」
かごめは何とか力を振り絞って桔梗に向かって叫ぶ。
「当然だ…私は犬夜叉を怨みながら死んだ…。犬夜叉を殺さなければ私は救われない……。」
桔梗は冷酷にそうかごめに告げる。しかし
「今の犬夜叉はあなたの知ってる犬夜叉じゃない!それに…五十年前にあなたと犬夜叉を罠にかけて憎み合せたのは奈落っていう妖怪なの!それがあなたの本当の仇なの…だから…!」
かごめは必死に自分の知っていることを桔梗に伝えようとする。しかしその瞬間、死魂虫がかごめの体に巻きつきかごめを締め付ける。
「き…桔梗…」
その苦しさでうまく声を出すことができないかごめ。
「…仇なぞ討ったところでこの身は生き返りなどしない。」
そう言いながら桔梗はかごめに近づく。そしてかごめの制服から四魂のカケラを奪い取った。
「あ……。」
「四魂の玉は元々私が清めていたもの…。お前なんぞが持つものではない…。」
桔梗はそのままかごめに手を伸ばしながら
「お前は私だ……この世にあるのは一人だけでいい……。」
そう告げた。
(殺される!!)
かごめは桔梗の殺気に身を震わせる。そして桔梗の手がかごめの手に触れようとした瞬間
「かごめっ!!」
犬夜叉の声が森に響き渡った。
「い…犬夜叉……。」
かごめが息も絶え絶えに犬夜叉に話しかける。犬夜叉はその様子を見て一瞬で状況を理解する。そして
「かごめから離れろっ!!」
犬夜叉は桔梗に飛びかかり爪を振り下ろす。
「なっ…!」
いきなり斬りかかられるとは考えもしなかった桔梗は慌ててそれを避けながらかごめから距離を取る。
犬夜叉はそのままかごめに巻きついている死魂虫を切り裂いた。
「大丈夫かっ、かごめ!?」
「う…うん…。」
犬夜叉はかごめが無事なことに安堵する。そしてすぐさまかごめを庇うように桔梗に向かい合う。犬夜叉と桔梗の間に沈黙が流れる。そして
「犬夜叉……。」
そう言いながら桔梗が犬夜叉に近づこうとする。
しかし犬夜叉はその瞬間、鉄砕牙を鞘から振り抜いた。同時に凄まじい衝撃があたりを襲う。砂埃がおさまった後には桔梗のすぐ横に地面をえぐる大きな爪痕が残っていた。
「それ以上近づいたら容赦しねえ……。」
犬夜叉は鉄砕牙の切っ先を桔梗に向けながらそう告げる。その殺気と視線がそれがただの脅しではないことを物語っていた。
(犬夜叉……。)
かごめは尋常ではない犬夜叉の様子に戸惑う。いつもの犬夜叉なら桔梗に対してこれほどまでの態度は見せないはずだった。しかしかごめを殺されかけたという事実が犬夜叉の頭に完全に血を登らせていた。
桔梗はそんな犬夜叉を驚いた表情で見つめる。いままで犬夜叉とは何度も四魂の玉をめぐって争ってきたがこれほど明確な殺意を感じるのは初めてのことだったからだ。
三人の間に長い沈黙が流れる。そして
「お前は…本当に…私が知っている犬夜叉ではないのだな……。」
桔梗は儚げな表情でそう呟く。そして桔梗の体に死魂虫が集まって行く。
そのまま桔梗は犬夜叉に一度振り返った後そのまま森の中に姿を消した……。
「ふう……。」
犬夜叉は桔梗が立ち去ったことを確認し、鉄砕牙を鞘に納める。
「かごめ、本当に怪我はねえか?」
心配そうに犬夜叉はかごめの体を確認する。
「うん…本当に大丈夫だから……。」
そんな犬夜叉に戸惑いながらかごめは桔梗のことを考える。
(桔梗…泣いてた……。)
かごめは桔梗が立ち去る瞬間、泣いていることに気が付いていた。そしてかごめは
「犬夜叉は…桔梗のことどう思ってるの?」
そう犬夜叉に尋ねる。
「な…なんだよ、いきなり…。」
いきなりそんな事を言い出すかごめに戸惑う犬夜叉。
「そういえばちゃんと聞いたことなかったと思って……。」
これまでかごめは桔梗について犬夜叉と話したことはあったがどれも客観的なことばかりで犬夜叉自身が桔梗をどう思っているのかは聞いたことがなかった。
「………」
犬夜叉はそのまま黙り込んでしまう。そしてしばらくの間の後
「一言でいえば……苦手だ……。」
そう呟いた。
「苦手…?」
「ああ…犬夜叉の記憶を見てるから桔梗が本当はいい奴なんだってことは分かってる…。でも桔梗と会うと記憶のせいで頭が痛くなるし…一度殺されかかったからな…。どうしても苦手だ……。」
犬夜叉は今の自分の気持ちを包み隠さず話す。
「それに悪いとも思ってる……。俺がいなければ本当は本物の犬夜叉に会えたはずだしな……。」
犬夜叉はそう言いながら俯いてしまう。自分の預かり知らぬこととはいえ少年はある意味本物の犬夜叉を殺してしまっているようなものだった。そのことに少年は強い罪悪感を感じていた。そんな犬夜叉に寄り添いながら
「私たちには…何もできないのかな……。」
かごめは桔梗が去った方向を見ながら呟く。
(俺に…できること……)
犬夜叉はそのかごめの言葉聞きながら何かを考え続けるのだった……。
月が明るさを放っている中、楓は村で一人寝る準備を行っていた。
(犬夜叉たちがおらんとこの家も静かだな……。)
いつもは騒がしくてかなわないがいざ一人になるとその騒がしさがいかに幸せなことか感じる楓だった。そしてそろそろ横になろうと考えた時
「楓……。」
楓は聞き覚えのある声が入口からしたことに驚く。
「桔梗…お姉様…?」
桔梗はそんな楓の様子を見ながら家に入ってくる。しかし楓は桔梗を見据えたまま黙っているままだった。
「どうした楓…姉の私が恐いのか?」
桔梗は儚げに笑いながら楓に話しかける。
「……桔梗お姉様、まだ犬夜叉の命を狙っておられるのか?」
楓は静かな口調で桔梗に尋ねる。
「今しがた、その犬夜叉と会ってきた。」
「っ!!」
楓が犬夜叉の身を案じ表情をこわばらせる。そんな楓に気付いた桔梗は
「安心しろ…犬夜叉には手を出しておらん……。」
そう楓に告げる。その言葉に楓は安堵する。そして
「話せ楓。犬夜叉と…奈落という者のことを……。」
桔梗は楓を見据えながら問いただす。
「はい……。」
それから楓は自分の知る限りの犬夜叉と奈落のことを桔梗に話すのだった。
桔梗はそれを黙って聞き続ける。全てを話し終えた楓は
「お姉様…今の犬夜叉に宿っている少年は犬夜叉とは関係のない別人です…。どうか…。」
そう桔梗に懇願する。
「別人…か…。」
桔梗は楓の言葉を聞きながらそう呟く。
「お姉様…?」
そんな桔梗の様子に戸惑う楓。
「楓…犬夜叉の体に別人の魂が宿り動かすことなど本当にできると思っているのか?」
そう桔梗は楓に向かって言葉を投げかける。
「そ…それはどういう…?」
桔梗の言葉の真意がつかめない楓は聞き返す。
「人間の魂と体は強く結び付いている…。例え他人の体に乗り移れたとしても体を動かして生きて行くことなどできるはずがない…。それが別人ならな…。」
「そ…それでは……。」
楓はそこで桔梗の言葉の真意に気付く。
「そう…恐らく犬夜叉に宿っているのは犬夜叉の生まれ変わりだろう……。」
桔梗は無表情のままそう告げる。
楓はそのことを知り様々なことに納得がいった。どうして少年が犬夜叉に憑依したのか。修行したとはいえ短時間で半妖の体を使いこなしたこと。元々犬夜叉のために遺された鉄砕牙が少年を認めたこと。
そして何よりも犬夜叉の生まれ変わりである少年と桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの時代で再び出会い惹かれあっていること。とても偶然とは思えない。まるでそれは
「運命……。」
楓の口からその言葉が漏れる。
「運命…か……。」
桔梗は何かを考え込むように黙り込んでしまう。
「しかし、それでは本物の犬夜叉は一体……?」
「……この世には同じ魂は一つしか存在できない。恐らく私が犬夜叉を封印した時、私と同じように犬夜叉の魂は転生してしまったのだろう……。」
そう言いながら桔梗はその場から立ち上がり家を出て行こうとする。
「お姉様!」
楓はその後ろ姿を見ながら叫ぶ。
「未練は…断ち切れませんか?」
桔梗は振り返り
「また会おう……。」
そう言い残し村を後にする。
(生まれ変わりである者たちは私たちにはできなかったことをやっている……。しかし私と犬夜叉は……。)
桔梗は自分の頬に残った涙の跡をぬぐいながら一人さまよい続けるのだった……