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No.25604の一覧
[0] 【完結】魔法少女ありか☆マギカ (まどかマギカ オリ魔法少女ループ)[ネイチャー](2012/03/15 03:28)
[1] 『あの頃に戻りたい』[ネイチャー](2012/01/02 21:38)
[2] 『現実って、摩訶不思議』[ネイチャー](2012/01/02 21:39)
[3] 『うん、わかった。絶対に』[ネイチャー](2012/01/02 21:39)
[4] 『やっぱり私はクズだよ』[ネイチャー](2012/01/02 21:39)
[5] 『まるで亡霊ね』[ネイチャー](2012/01/02 21:39)
[6] 『誰か、私を呼んだ?』[ネイチャー](2012/01/02 21:39)
[7] 『ただいま』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[8] 『私が守ってあげる』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[9] 『ごめんなさいでもありがとう』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[10] 『そう、君は魔法少女になったんだよ!』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[11] 『ん?』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[12] 『ようやくおはなしできる』[ネイチャー](2012/01/02 21:40)
[13] 『わたし』[ネイチャー](2012/01/02 21:41)
[14] 『もちろん殺すつもり』[ネイチャー](2012/01/02 21:42)
[15] 最終話『幸せの所在』[ネイチャー](2012/02/12 06:06)
[16] ――ARiKa?[ネイチャー](2012/02/09 06:57)
[17] ――ARK[ネイチャー](2012/02/12 06:06)
[18] ――救いの方舟は現在此処に[ネイチャー](2012/03/07 01:29)
[19] ――アリカ・マギカ  (完結)[ネイチャー](2012/03/15 03:28)
[20] あとがき・設定[ネイチャー](2012/03/17 04:54)
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[25604] 『ようやくおはなしできる』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:f4bd6d72 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/02 21:40
「やっぱり、こうなるんだね……」


マミにいつもの通り拒絶されたありかは病院の中庭に出た。何度も何度も入院しているだけに、もはや勝手知ったるなんとやら。たぶん今マミのいる病室からなら目をつぶっていても出られるだろう中庭で一人、沈み込んでいた。
目を楽しませようと溢れる緑を尻目に、全く晴れない心を抱えたままベンチに座り込む。木陰の白いベンチはべちゃりと、お尻に冷たい拒絶感を伝えてきた。前に座った人がジュースか何かをこぼしていったらしい。

それでも、ありかは立ち上がらなかった。お似合いだと思ったからだ。……冷たさが体温に馴染んで引き伸ばされていく過程に希望を覚える自分が情けない。


――ああ、そりゃあそうだよ。
今までとの違いはマミが事故にあったかどうかという部分だけで、運命の何が変わるわけでもない。それでどうするというのだ。
ループを壊すことができるのかと一瞬抱いた希望はまた、刹那で塵に還る。

そりゃあそうだ。世界に無理を通してまで図々しくも幸せな時間に戻ってきたありかが、不幸になるマミも守らずそのままのうのうと過ごそうだなんて、虫が良すぎる。
人のためにならないで、こんな亡霊の自分だけが幸せを噛み締めるなんてことがあれば、それは神さまの采配ミスでしかありえない。許されるはずなんてない。


「このまま、自殺でもしてやろうかな」

それもいいかもしれない。助けるのを失敗した時点で、ありかには過去に戻る義務がある。
そのためだったら、どうせ残り少ない命なのだ。ちょっと死ぬのを早めたところで、一体誰が否定できようか。いい加減に死ぬときの魂を引き裂かれるような痛みも慣れているし、デメリットなんてない。
だったらもう一度死んでしまって、しばらくマミと楽しく過ごせばそれでいい。それでいいはず……。


――悪寒。

突如背筋を撫でるように広がったその圧倒的な空気に、周囲を盗み見る。そこには今までと何も変わらぬ病院の中庭があった。
デッサンも狂ってないし、妙な甘ったるい匂いもしなければ感覚の塗り替えられる異常さも感じない。せいぜい、呼吸がし辛くなって庭園に存在した暗がりが不気味に蠢く程度だ。
……そう、影という影の闇が深まり、狂える12体の聖者が闇の中よりその身を引き起こす。その身の丈はありかのゆうに2倍を越える。強烈な悪意が発散されて死の恐怖を嫌でも想起させ、引き摺り出す。

だが、所詮はその程度でしかない。

身体が凍るほどの恐ろしさも無ければ世界を塗り替えもしない。引きずり込んだまま粘っこく深淵に誘うような、腐った腐汁が足りていない。こんなあっさりとした敵意、ありかにとってみれば問題など数だけしかない小者だ。
気付いていることを悟らせぬように体制を変えぬまま、密かに首からかけた水晶をとり、いつでも振り回せるように手の内に忍ばせる。いつもの装備である肉切り包丁がなく片手が空いているのが不安要素だが、避けて当てれば構うまい。


――じり。

自然体に俯いたまま、闇が動き出す瞬間を待つ。仮面がその牙を剥き出しに、矮小な少女を喰らわんと咆哮するその刹那をただ、待つ。
無風の空間の中、ぎしぎしとその推進力をたわめる気配を感じ取る。悪感情でできた殺意の路が12方向から形成され、一直線にありかを狙っているのが視える。

余裕はあった。

既に攻撃の軌道は視えている。速度もありかの動体視力ならば問題ない。あとは来るべき時に、あるべき力の流れを加えて最小限の力で巻き飛ばすだけだ。
のどかな日差しがありかの背中を淡く暖めるのが逆に滑稽だった。周囲からは悪意の風、上空からは祝福の光だなんてギャップが激しすぎて笑えてくる。……我ながらずいぶん余裕があるものだ、あの繰り返しを始めた頃が嘘みたいに落ち着いている。
悪意を受け流して笑うなんてできなかったし、ましてや気配を読んで攻撃の軌跡を探るなんて以ての外だ。というか今でもどうしてできてるのかわけがわからない、私はバトルマンガの主人公か! なんて自らツッコミを入れてみたりして……

――刻は動き出す。

弧を描いて猛進してくる狂信者たち。しかし、私はギリギリまで動かない。
囲むように突進してくるのなら、ありかのやることは決まっている。引きつけて、引きつけて――

いち、バケモノがジャンプの頂点に達し、速度を増して向かってくる。

にい、12匹のバケモノどもが、その目をぎろりとモンタージュにして突き進む。


そして、



「ありかあああああああああああああああああ!」

「ん?」


さん、絶叫に首をかしげつつも立ち上がりながら腰を回旋、踊るように掌で撫でて、12匹のバケモノの軌道を次々そらせる。そのまま1匹に全ての衝撃をぶつけてやると、まずはそいつが靄に還った。
残り11匹となったやつらは錐揉み回転しながら明後日へと吹っ飛んでゆく。実はこのような飛ばし方は初めてだったのでちょっと見入る。もっとも面白いものでもなかったので数秒で見飽きたが。

「あり……か……?」

振り向いて声の源を確認すると、表情を凍らせたマミが病室の窓から見下ろしていた。その青ざめた顔があまりに病室という硬い豆腐みたいな箱詰め空間に似合っているものだから、なんかの怪談に出てきそうで少し心がときめいた。
……こんなに和んでいて難だけど、口をパクパクさせて見ているマミをそのままにするわけにも行くまい。

「怖がらないでいいよ、マミ。なんせ私はバケモノキラーなんだから」

ありかはにこりとひとつマミに笑いかけると、そのまま11匹の異形に向き直りつつ首を傾げる。悪意の路を沿うように、耳脇1mmを通って光芒が後方へ通りすぎて行った。
だが恐怖はない。殺気を感知してその流れを避ける。異形の指先から放たれ予測通りの場所を通る閃光を、身を倒れこませながら掻い潜る。

――いける。

動きは鈍いしわかりやすい。手でいなせるほど安全な攻撃ではないがくねりもしなければ漂いもしない。どうせ当たらないのだからありかを傷つけるには至らないただの豆鉄砲にすぎない。
掻い潜り、身を竦め、側転し……そこで後退。

――目の前にあったのは、殺意の壁。

寸前で身を引いた眼前で膨大な量の金糸の束が、すべてを切断せんと地に突きたった。そのまま左から捻り込むように懐へ潜ろうとするも、再び一定以上へは進めなくなる。
圧倒的にリーチが足りていない。庭の花を区切っていた木製の杭を引き抜き、そのまま突き掛る。塞がれる。それが駄目なら病院の壁を蹴り飛ばし上空から、それで駄目なら右から、それでも駄目なら後ろから――

行き場のない迷路の如き悪意の弾幕に、ありかはどうしても踏み込めない。
これが常ならば、レーザーくらい左手に持った包丁ですっぱりと切断して突進できそうなものだが、生憎と今は右手の水晶のみだ。花壇から抜いた杭を投擲しても、やはりバケモノに通じない――まるで効いている気がしない。正面から渾身の力で投擲しようと、ライフル弾のように回転を加えて投げようと、ナイフ投げのように縦回転で投げようとその弾丸は突き立たない。


戦いはバケモノの致命打も届かない、ありかの身体も踏み込めない、完全な膠着状態へ陥っていた。
―― 否、正確に言えばありかが不利だ。ありかは所詮、ただの技量を磨き抜いた小学生の少女に過ぎない。故にどれだけ効率化しようと体力は有限であり、体が長時間の戦闘を前提にできていない。
どうせすぐにループしてしまうからと、ある程度の技術を身につけてからは走りこみやらのトレーニングは行っていない。効率化を起こして運動不足に陥っていたフシさえあるほどだ、そんな小学生に無尽蔵の体力などあろうはずもない。
恐ろしさはない。落ち着いているし、むしろリラックスできていると言ってもいい。しかし、燻る焦りだけは抑えきれない。そもそも落ち着き自体が戦闘の中で無駄な体力を使わないという理念のもと修得せざる負えなかった本能であり、ありかの気質自体とは何ら関連を持たないのだから。





「……これは想定外だ。まさか、変身も魔法もなしにあれだけ魔獣相手に戦える魔法少女がいるなんてね」

白い獣はそのガラス玉のような赤目にマミの親友だった人物を映し出しながら感嘆の声を上げた。窓枠に足をかけマミを促すように首を傾げて、その姿を蛙を解剖するかのように見つめ続ける。
マミだって、あのありかがまるで蜂のように消えては下がり、消えては下がる光景など見れば、夢のなかの出来事かと眼と正気を疑ってしまうのも無理もない。
一方、キュゥべえとしても彼女は非常に興味深い観察対象だった。

「特に魂が人とも魔法少女ともつかない奇妙な状態になってるのが興味深いよ。まったく、魔法少女はどんな理不尽だって現実にする。いったい彼女はどんな願いを叶えたんだろうね」

その一言に、マミの肩がびくりと跳ね上がる。

「ちょっと待って、春見さんも魔法少女だっていうの……?」

「そうだね。少々変わり種ではあるけど、おそらく彼女も僕と契約した魔法少女のひとりだ」

帰ってくるのは、実にあっさりとした肯定だ。
つぶらな紅い瞳は動かずありかを注視し、その戦法、能力、そして現在の戦況を冷静に、冷徹に分析を続ける。


「でもやっぱり無理みたいだね。このままじゃ力及ばず、といったところかな?」


キュゥべえはそう言うが、マミにはとてもそうは思えない。ありかの投擲する杭は届き、魔獣の光線はありかに掠りもしない。
風に舞う木の葉のようにひらりひらりと、危なげ無く細いビームをかわしていくありかが傷つくだなんて、とても思えなかった。
ちょこまかと避けながら、危なげ無く杭を投げ続けるありかに任せておけば、じきに魔獣は倒れるだろう。

――きっと、このまま私が見ているだけでも大丈夫よね?

そんな淡い希望を、マミは持たずにはいられなかった。
マミだってなりたての魔法少女だとはいえ、もともとはただの小学生女児だ。魔法なんて使ったこともないし、ましてや魔獣なんていう化け物と勇敢に戦えだなんて無理な話だろう。
だから、そうなるまで気付くことはなかったのだ。

――すぽーん。

擬音をつけるのならそんな音が正しかっただろう。今まで危なげ無く、落ち着いて魔獣の光芒から逃れてきたありかの腕はあまりにも呆気無くすっ飛んだのだから。
そのままありかは攻撃手段を失い、強張った顔で息を荒らげつつ、後退に後退を重ね、いつしか庭園の隅にまで追い込まれていた。もはや逃げる場所は無いし、魔獣もありかへの興味を失い、病院内の物色すら始めようとしている。
――今まで磐石と思われたありかが、一瞬で窮地に陥っていた。
嘘だと言ってもらいたくて傍らのキュゥべえに目をやると、彼は泰然自若としてルビーの瞳をありかへ向けていた。
その姿に安堵を覚え――

「今のはまずかったよ……。彼女は魔法の扱い方を知らないようだ、痛覚の遮断もできなければ、自分の体の修復さえできそうにない……。避けられなかったのは痛すぎたね」

その一言にマミの思考が凍った。無様に光線を避けて地に転がるありかが、その現実感を補填する。
それでもまだまだ現実感がある光景とは言い難い。なにせ普通の小学生だった身だ、勢い良く動脈性の紅を吹き出し、歯を食いしばって蒼白な顔を脂汗で濡らす顔だなんて、現実感が……

――タスケテ

ある。いくらだって、ある。
失くした腕を求めて喘ぐ唇も、捩じ切れた足を抱える姿も、眼を白くしたまま冷たくなっていく(カラダ)も、全部知っている。
だって、私はその生きのこり(シニゾコナイ)なんだから……!

「君はこの現状を鑑みて、何をしたいと思ったんだい?」

「私は……」

白い獣の問いかけに、少女は口を紡ぐ。
だがそれは、決して淀んだからではない。決意を――その祈りをより硬く、強靭に研ぎ澄ますための作業工程に過ぎないのだ。

「私は……、私は友達を守るわ!」

――刹那、黄金の輝きが病室を覆い尽くす。

「なら願うといい、君はもう魔法少女だ。どんな敵も、理不尽も、全てを祈りの力で覆すことができる。さあ、解き放ってごらん……君の魔法を!」

蜂蜜色の宝石の留められた髪留め、腰にはコルセット、首筋にはリボン。魔法少女としての衣装に変わったマミは、すぐさま祈りを解き放つ。
――ありかを助けて!
マミの心の叫びと共に生まれた黄色のリボンの奔流がありかを包み、死の常闇より救い上げる。ミイラのように包み込めば次の瞬間にはもう、次の瞬間には五体満足のありかが小さな右手をぷらぷらと動かした。

「これは……?」

ありかが唖然として己の身を眺めるのを尻目に、マミは病室の窓から飛び降りた。よくある変身というやつのおかげか、迫る地面も止まっているようにしか見えず、そのまま着地に失敗しても怪我をする気すらしない。
……ならば、精いっぱいにかっこをつけてやろう。ありかにも、キュゥべえにも、最大限に魅せつけてやろう。
まだ怖いけれど、それでも魔法を使った瞬間には既に、己の異能を理解できていた。

やれる。自分の魔法の本質が『束縛』のリボンであることを前提にして、魔法をしゅるしゅると組み立てる。
変身と共に流れた知識で分かる。ありかが駄目だったのは威力の不足と射程の短さ ――ならばマミが放つのは、大威力にして長射程の粉砕兵器。

リボンをくるくると螺旋状に巻いて固定し、即席の砲身へ。隙間なく空中に固定された砲台に我先にと襲いかかるか細い光芒を、生み出したリボンが次々叩き落とす。
イメージするのは一発の砲弾。歴史の授業で先生の語った、前装式のマスケット。

魔法の炸薬を詰め込んで、魔法の弾丸を装填し、魔法の雷管が顕現すると、密集してレーザーを放つ魔獣たちに砲身を向ける。


「アルテマ……」

そこに撃鉄はない。爆発と固めることしかまだできないマミにとっては、複雑な機構は用意できない。
だがそれ以上に、そんなものは必要なかった。

「―― シュート!」

ハンマーはマミの拳。全身の力を集約して渾身の一撃を叩き込むや否や、凄まじい轟音を立てて魔力が炸裂した。
その衝撃に小揺るぎもしない砲身は、捉えた弾道を過たず魔獣を捉え、爆散。

噴出する爆炎の中で、断末魔の悲鳴を上げて十の魔獣が消え去っていった。


「やった……のよね……?」

弱まる悪意に、知らずのうちに腰が砕けへたり込む。ついにやった……、魔獣を初めて倒したのだ。
そう実感が湧いてくると、だんだんと勝利の喜びが溢れ出してくる。
こちらへよろめくように歩み寄るありかに対して、「大丈夫だったかしら?」なんて余裕の声すら上げられるほどに平静を取り戻していた。

――背後からマミを覆う影。

すっと、ありかが動く。何の気もなしに振るわれたソウルジェムが宙に弧を描くと、そのときには既に、軌跡に巻き込まれた魔獣が一体消滅していた。





「えっと……、一匹、生き残ってたよ」

「あの……ありがとう」

……気まずい。ついさっきまで喧嘩というか、一方通行同士のすれ違いというか、不和を起こしていた友だち同士だ。
ちょっとばかり大きな激発物はあったが、逆に言えばそれだけで、仲直りするための足がかりも何も無い。

それでも。

「あ、あの……春見さんっ!」


それでもマミは食い下がる。
魔獣相手に一歩踏み出し、ありかを助けて勝利を導いた巴マミなのだ! 今までのただの小学生の小娘とは違う、世間の荒波を一人で渡っていかねばならない巴マミなのだ!

故に――!

「その……いいお天気よねっ!」

「う、うん! アルティメットいい天気だよね!」

ヘタレた。すごく流した。
それでも一歩を踏み出し、確かに前に進んだのだ!

「うんうん、ウルトラスーパーいいお天気だと思うわよね!」

「Yes! とってもマーヴェラスいい天気さ!」

「……」
「……」


一歩踏み出した足はまた一歩戻ってきた。
あれだけ迷惑だのなんだの罵っておいて、どう話していいものか考えもつかない。

それで結局、考えて考えて……。


「ちょっとそこで一緒にお茶でも飲まないかしら……?」

「あ、うん。そだね」


とりあえず話を先送りにした。






**************






しかし、存外にマミの選択は正しかったと言えるだろう。

未だに実感こそ湧いていないが天涯孤独となった身だ、頼れる知り合いも多くないし、友だちも今まで通り付き合ってくれるかわからない。
変わらないと確信できるまで親しいような友人はありかだけだったというのに、そのありかとケンカしてしまったわけなので、頼る人間はいなかったと言ってもいい。
しかし、この病院の中にはまだ、頼るべき友がいたのだった。いや、ついさっきできていたではないか!

「よく頑張ったじゃないか、二人とも」

「キュゥべえ……!」

白い毛並みに桃色がかったたれ耳、金色にぴかぴか光るリングが傾げる首に振られて宙に浮く。

「まあ席に付くといいよ。キミたちにだって積もる話ってものがあるだろう?」

そう、謎の小動物こと魔法少女の相棒、キュゥべえだ。
尻尾でバランスを取りながら示した先へとことこと歩き、そのまま空き席の前のテーブルに跳び乗った。


「……マミぃ、これ、お知り合い?」

「えっと……、友だち? よ」

へぇ、と心ここにあらずといった風にでも呟けたのはきっと、喧嘩別れしたと思ったら謎の生物を友だちとして紹介された人間が取りうる反応としては最上だったろう。







「さて、春見ありか。キミにまず聞いておきたいんだけれども、魔法少女って知ってるかい?」


うっわ、なにこれモフかわいい!
いろいろと思うところはあったが、ありかはそのつぶらな瞳とツヤの良い白毛にメロメロであった。

絶交したと思ったら新しい友だちを作っていて、しかもその友だちがこんなよくわからない小動物で、しかもそいつがテレパシーで喋るときたもんだ。
こりゃヤバい。こりゃたまげた。

「魔法少女って、アニメでやってるアレ?」

ううむ、と心の中で唸りながらもありかは脳に蓄えた情報の精査を忘れない。
もっとも出てきた情報なんてのは黒と白の衣装を纏った二人組が、パンチとキックで敵を叩きのめした後に合体技で焼却するシーンくらいだった。


「イメージは持っているようだね。春見ありか、キミと巴マミはもう魔法少女になっているんだ」

たしかに、振り子をもってバケモノと格闘を繰り広げ、包丁をぐっさり埋め込んで己の敵を排除する。
既にありかは魔法少女だなんて言われたら、確かに本人は納得せざる負えないのであった。

そして、それはマミもなはず。
ありかはちらりと振り返ると、普段はカールをかけている巻き髪を下ろし、深刻な顔でキュゥべえの話を聞いていた。


「君たち二人にはこれから、人の心の闇から生まれる魔獣と戦って、倒して欲しいんだ!」


なんとも安っぽい台詞だった。
いくら肉体が小学生だろうと体感的にはとっくのとうに成人しているレベルである精神年齢なありかにしてみれば胡散臭さすら感じる夢とファンタジーに満ちた設定だ。

――でも、そんなものだよね。

大人になってしまったからヒネて考えてしまっているだけで、もっと素直に受け止めるべき言葉であるはずだ。マミだって真剣に耳を傾けているし、キュゥべえだってさっきから表情ひとつ変えないで本気で話してくれている。
それを笑ったり揚げ足をとったりするのは無粋というか、失礼に当たる行為に決まってる。

それに今まで散々っぱらファンタジーに魔獣と殺し合ってきたのに、今更ファンタジーなマンガかなにかの設定みたいな現実を信じないというのはあまりに虫が良すぎた。
それでもやっぱり実感が湧かないが、それでもやっと見つけた未来への架け橋なのだ。足踏みなんてしていられない。


「とりあえず、魔法少女の定義ってものを教えて欲しいかも知んない」

すぐに信じられないなら信じる努力をするべきだ。
実感ある理解は知識を土台に作られる……とすれば、質問するのが手っ取り早い。
わからないことは恐怖であり、聞けそうな相手がいるなら遠慮無く質問すべきだって、ありかは経験から散々学んできたのだし。


「うーん、魔法少女の定義か。それは難しい質問だ」

流石におともの小動物といえど、魔法少女の根本的な部分を聞かれると解答に困るようだ。
経済学者に「経済って何?」と聞いたらきっと困るだろうとか、そんな感じで困っているのかな、とありかは想像した。

「魔法少女は、願いによってその身を戦闘に向いた身体に変じた、宇宙の寿命をのばすために戦う戦士さ。その主な仕事は魔獣を狩ることで、変身するだけで防御力や主観時間の速度が上昇する力も持っているよ」

魔法なんかは変身しなくても使えるけどね、と口を動かさずに説明するキュゥべえと、一緒に真剣な目で聞いているマミ。
ふむふむともっともらしく頷きながらそれからいくらかの質問を重ね、情報を整理する。

つまるところ、こうだ。
魔法少女は願い事を叶える代わりに戦うために肉体改造を行ったマジカル★リーサルウェポンで、宇宙を破壊する敵、魔獣どもを倒すために戦うことが使命である。
魔獣は人の心の闇から生まれ、放っておくと自殺や暴力事件が増えていってしまう。
魔法を使うとマジカル変身アイテムことソウルジェムが濁り、どんどん魔法が使いづらくなっていく。早い話魔力が目減りしてしまうそうな。
魔力はべつに宿屋に泊まっても回復しない。魔獣を狩るとほぼ確実にドロップするグリーフシードと呼ばれる魔力回復アイテムを使って回復し、そのままにしておくと負の感情を集めて危険なので後でキュゥべえに回収してもらうことが必要となる。

「じゃあ、ソウルジェムが濁り切るとどうなるの?」

思案げに虚空を見上げるマミの疑問はもっともだった。というかありかも今聞こうとしていたところだ。

「濁りきったソウルジェムは消滅し、君たちは魔法少女としての死を迎えることとなるね」

瞳を揺らさず、事もなげにキュゥべえは言い切った。
それはやはり……。

「要するに、魔法が使えなくなるってことでいいの?」
「そうだね、ソウルジェムが消滅した君たちには、もう祈りを力に変えることはできはしないだろうさ」

たまらず尋ねたありかには無情にも半拍おかずに返答した。

――やっぱ、ソウルジェムが消えちゃうと魔法が使えなくなるのかぁ。

ありかは今まで整理した情報にひとつ書き加えた。
魔法少女は、ソウルジェムの魔力を使い切ると二度と魔法が使えなくなる。それは外部から破壊されても同じことで、なるべくソウルジェムは全力で守るべし。


――ん?


「質問です、キュゥべえ先生!」
「好きに呼ぶといいよ、何だい?」

ノリはあまりよくなかった。乗るでもスルーするでもないのがまた妙な哀愁を誘う。
気を取り直し、ひとつ質問を重ねた。

「ワタシ、今まですっごくソウルジェムぶん回して魔獣を狩りとってきたんですけど、なんで平気なんですか?」

ふざけてはいるが、これは大きな疑問だ。
自慢ではないがありかには、いままでのソウルジェムの扱いの悪さに関しては自信があった。回す殴る置き去りにするを繰り返し、魔法も使わずに魔獣を数千殴り殺すだなんてことも行ってきた。尋常な話ではない。


「それは、きっと君の契約が不自然な形で成されているのが原因だろうね」

どきり、とありかの心臓が脈を打った。

「魂の在り様が普通の魔法少女とは、まるで強引に固定しているみたいにぜんぜん違うんだ。僕自身も実に興味深く感じる現象だよ、これは」

強引に、固定。
幾度も同じ時を繰り返し、永遠に魔獣を倒し続けるきっかけとなった願い「あの頃に戻りたい」、それが妙に脳裏をよぎる。
記憶を持ち越し、脳の記憶容量なんてものを無視して経験を溜め込み、自己は固定され変わることはできない。
それが妙に、不吉に感じた。

突然上の空になったことを訝るマミに大丈夫と返し、ありかは足の指をたわめる。


「春見さんは結局、これからも戦っていくの?」

表情はいつものすまし顔と変わらない。小さいころと違って本当に表情を隠すのが上手くなったことはわかるが、でもまだ甘い。
まつ毛の震えは不安を示しているし、指にも肩にも力が入りすぎだ。

そりゃ怖いだろう、ありかも最初はそうだった。だったら無意味に不吉な空気を伝染させるなんてしちゃ駄目だ。
ありかはいつも通りでいないといけない、じゃないとマミを守ることなんてできないんだから――!


「うん、戦うよ。今まで変身とか魔法とか抜きでも戦えてきたんだし、これからもっとラクになるんだから、魔法を捨てる手はないじゃない!」

「……やっぱり、私が魔法少女になる前からずっと、戦ってきたのね」

 その通りだ。
でもそれは同時に正しくない。この時間軸においては、春見ありかはせいぜい一月程度のキャリアしかない新米だ。

でも――

「うんうん、このベテランオブベテランこと、春見ありかに任せときなさい。マミは大人しく家で待ってれば、それでいいからさ!」

それでマミの心に安心感を与えられるなら、どんな微妙なセンでも構わない。
自己を捨ててでも周りの人間を守らねば、逆行している価値はないのだから――!


「生憎だけれど、それは受け入れられないわね」

へ?
ありかは頭に疑問符を浮かべてマミを凝視した。

「私だって、と……友だちだけを戦わせてのうのうと暮らすほど、肝が据わってはいないのよ……」

ちょっと顔を俯け、伺うような上目遣い。手は所在なさ気にくりくりと膝の上で踊り、肩はちょっぴり猫背気味。
そんな姿を見て、ちょっと安心する。

――ああ、まだ友だちだって認めてくれるんだなって。


ありがと、と呟き、それでも、と続けた。

「それでもやっぱり、しばらくはマミだって大変だと思うよ? その間くらいは私に任せておいていいんだけど」

事故の処理や天涯孤独になったことで発生した問題の処理だってあるだろう。
精神的に時間だって必要だろう。
せめてその間は、その間だけでも守らせて欲しかった。
マミの眼を正面から見据え、答えを待つ。マミもそれに気づくと、同じく目線を正面へと向けた。


「……わかったわよ、お言葉に甘えることにするわね」

しばしの目線の競り合いに勝ったのはありかだった。
重ねた年月が、執念の重さの違いだろうか、結局マミが根負けする形になってしまった。


「んじゃあ、とりあえずここまで! ちょっと私も変身ってのを試してみたいから、ちょっとお手洗いまで!」

そのまま上機嫌で席を立ったありかは、そのままトイレまで歩く。
私もついていくわ、とマミも連れ立ってまずはトイレの個室まで。

ひとしきりまあ、用を足してから手洗い場まで移動して鏡の前に立った。

手を洗って、ハンカチで拭こうとしたらなんか血まみれだったので壁のペーパータオルを使って水分を拭い、ゴミ箱にぽいと捨てた。

ここからが本番だ。


「それじゃ、私の初変身! いってみよーか!」

「はいはい……」

無意味にテンションを上げたありかにマミが投げやりな拍手を送った。
それはかつてあった、いつものノリの再現だ。ありかが軽くふざけてマミがブレーキをそこそこにきかせながら操縦する、幼い頃から続いてきた典型的な型のひとつだ。


そのまま胸元から透明な宝玉――ソウルジェムを取り出し、変じる自分を想像する。

強く可憐に勇敢に、全てを守る守護の戦士。そこから一気にイメージを膨らませ、光として解き放った。

――変わる。

自分の中の魂の何処かが、春見ありかのこころとからだに絡みついていくのを感じる。リンクし、根を張っていくのを感じる。
今までが嘘や虚ろみたいに、ありとあらゆる感覚が鮮明になっていくのが実感できる。
書き割りの林檎が瑞々しい果肉を持つように、すべての現実が真なる現実に書き換わるようで……。






「こんにちは、『私』。ようやくおはなしできるね――」



次の刹那には現実感は幽かな残り香となって消え失せて、霧の湖の上で独り、鏡に写ったような自分自身と向かい合っていた。















☆あとがき
ティロフィナーレ☆零式\(●)/
リアル事情とダンボール戦機で遅れました。

実はありかは純粋にエネルギー的攻撃で弾幕を張られると相性が悪かったりします。
物理的にどうにかなるのなら銃弾だって「180度だって出来るんだ――!」って言って投げ返せるんですけどね。
あとQBさんは基本的に誠実デスヨ? みんなが勝手に勘違いしてるだけなので、彼は悪くないんですよ?

一瞬今までの呼び声をすべて女神の声にしようかと悩んだものの、さすがに根本から立ち行かなくなるので取りやめました。


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