カリギュラが崩れ落ちるのを目にしたルフィは、腕を伸ばし、氷漬けの甲板を掴むと、ゴムの腕の伸縮を利用し、ミホークに頭から突撃した。
「ウォォォォォォォォォ!この野郎ォォォォォォォォ!」
だが、ミホークは軸をずらすだけでその突撃を難なくかわす。
「おぶッ!」
ルフィはそのまま氷上に激突した。
「…若き海賊団の船長よ。貴様の激情は理解できる。だが、今の貴様の力量では、おれに触れることすらできん。カリギュラの仇を取りたいというのであれば、あの剣士と同様に、強くなれ。おれはグランドラインで、お前たちを待っているぞ」
ミホークは頭を氷にめり込ませたルフィに語りかけると、黒刀を氷上へと叩きつけた。
バギャァァン!
凄まじい音を立てて氷塊が割れる。それだけに止まらず、辺りの海も荒れ狂う。
それにまぎれ、ミホークは姿を消した。
そして、動かなくなったカリギュラの身体も海の中に…
「ヤべぇ!カリギュラちゃんが落ちた!」
「やめろボケナス!」
慌てて海へ飛び込もうとするサンジをゼフが蹴りを入れて止める。
「何しやがるクソジジイ!」
「テメェこの荒れ狂う海に飛び込んで無事にあのボケアマの死体を回収できると思ってんのか?テメェもくたばっちまうのがオチだ!」
「―――!」
ゼフの言葉にサンジは何も言い返せなかった。
「…ん?おれは確か………!そうだ!おい、あの化け物はどこだ!」
その時、手下に別の残骸に運ばれていたクリークが目を覚ました。
「ド、ドン!気が付いたんですね!」
「いいから状況を説明しやがれ!」
手下は自分が見たことをクリークに説明した。
「ハッハッハ!あの化け物は鷹の目の男に殺されたってわけか!これは傑作だな!」
大声をあげてカリギュラを嘲笑うクリーク。
「おい、お前…」
それに怒りを込めて答える声があった。
「嘲笑ったな…仲間のために戦ったカリギュラを嘲笑ったな!」
「ハッ!己の実力も考えずに世界最強の剣士に挑むなんざ、馬鹿でもしねぇよ」
なおも嘲笑をやめないクリークに、更に怒りの視線を向ける者達がいた。
「…あのクソ野郎がここに来なければ、カリギュラちゃんが死ぬことは無かった。おれはあいつにメシを食わせたことは後悔してねぇが、あの疫病神がカリギュラちゃんを嘲笑ってるのは許せねぇ」
「応よ!カリギュラの弔い合戦だ!あの鷹の目の化け物を連れてきた落とし前、しっかりとつけて貰おうじゃねぇか!」
「…ボケアマの奴ぁ、怒りに駆られながらも、このレストランを破壊しないようにしていた。…最初は海賊どもにくれてやろうかとも思ったが、やめだ。野郎ども!死んでもあのクズ共をぶちのめせ!」
「「「応!」」」
士気を高めるコック達を前に、クリークは不敵に笑む。
「ハッ!まあいい、最初の計画通り、レストランを奪うぞ。行け!野郎ども!」
「「「「「ウオオォォォォォォォ!」」」」」
今ここに、ルフィ&バラティエコック対クリーク海賊団の戦いが始まった。
◆
(…冷たい)
(…ここは、どこだ)
(…塩辛い…魚が泳いでいる…ここは、海中か)
(…身体は、どうなっている。私は心臓を貫かれて、死んだはずではなかったか)
反射的に胸に触れてみるが、其処に穴など無かった。
そこにあったのは、ひび割れた外装甲…?
(この外装甲は先ほどの混成型のときのモノとは違う…)
混成型の―――ミホークとの戦いで纏っていた外装甲はもっと身体に密着し、身体のラインが浮き出るような形だった。だが、今の外骨格はまさに鎧のようで、まるで私の原型のような…!
(まさか!)
私はすぐさまブレードの側面を鏡代わりにして、自身の姿を確認する。
竜を思わせる厳つい顔と大きな双曲角、重鎧を更に厳つくしたような蒼銀の外装甲。巨大な翼型ブースト。鋼鉄をも容易く引きちぎれそうな双腕と鋭いブレード。長く大きなハ虫類型の尾。そして、7メートル近い身長。
―――それは、久方ぶりに見た、『カリギュラ』本来の姿だった。
勿論、ダメージの所為でひび割れが激しかったが。
(何故だ。………そうか、海中に居るせいか)
悪魔の実の能力者は海に嫌われる。
なぜかは詳しくわかっていないらしいが、能力者が海等の“溜まった水”に全身が付かると、その能力が使えなくなるうえ、全身の力が抜けるという。
(つまり、私のヒトヒトの実の効果が今は無効化されているということか)
私はヒトヒトの実の効果で人間の姿を取っている。ゆえに、いかにオラクル細胞がその能力を吸収していようとも、水に入ればその能力が喪失という特性が残っているので、原型に戻るということか。
原型時ならば、酸素を取り入れて呼吸する必要もないので、海中でも問題なく、むしろ陸より高い戦闘能力を発揮できるだろう。
(…確かに原型に戻っているにしては出力が低い。だが、それでも混成型の時よりは高いな)
もう一つのペナルティである、脱力感は確かに感じるものの、それでも中途半端にヒト型である時より出力が上がっている。
(まあ、原型に戻ったことの考察はこれくらいにしよう。次に、何故心臓を貫かれて生きているかということだな。………可能性としては一つか)
私は元の世界で人間たちが『ハンニバル』と呼ぶアラガミの亜種だ。ハンニバルの特徴の一つに“コアの再生”がある。文字通り、コアを破壊されても、代わりのコアを瞬時に生成出来る能力だ。当然、私もその能力を持っている。
(まさか、ヒト型になってもその能力を失っていないとはな。これは少々予想外だった。…今考えると、今際の際の台詞が恥ずかしいな)
いや、あのときは本当に死ぬと思っていた。本気で。
(コア…ヒトの場合は心臓か。それを再生できるとなると、低位のアラガミとそれほど大差がないかもしれないな)
まとめると、「死んだと思ったけど生き還った」と言ったところか。
次に、詳しい破損状況を調べる。
(…ふむ、ミホークにやられたのは人間細胞だけのようだな。オラクル細胞自体の損傷は無し。まあ、ゴッドイーター達の使う神機でコアを捕食されたわけでも無いからな。当然と言えば当然か)
現在、私の身体は、オラクル細胞と人間の細胞が混在して構成されている。ヒトヒトの実を喰べた際、オラクル細胞の欠損を補うように、“この世界の人間”を構成する人間細胞が現れた。
最初は人間細胞の比率が圧倒的に高かったが、現在は捕喰を進めたので、オラクル細胞と人間細胞の比率はオラクル細胞に偏りつつある。能力喪失中は、逆に人間細胞の部分をオラクル細胞が無理やり穴埋めしていると言ったところか。
また、オラクル細胞もヒトヒトの実の能力…正確にはヒト型形態の構成を取り込んでいるため、全ての細胞がオラクル細胞になったとしても、人間体になれなくなるということは無いだろう。
ただ、その場合は、もう人間とは言えないが。
オラクル細胞は非常に“強靭な”細胞である。斬られようが、潰されようが、焼かれようが、オラクル細胞自体は死滅しない。正確にいえば、それらの現象を起こす物体を、オラクル細胞が“喰べて”しまうのだ。余談だが、私が捕喰をするということは、オラクル細胞が捕喰をしているということと同義である。
元の世界で、私たちに対抗できるとされているゴッドイーター達ですら、完全にオラクル細胞を死滅させることは不可能だった。私たちアラガミはこのオラクル細胞でのみ構成されており、それを制御するコアがあるというのが基本的な作りだ。ゴッドイーター達はこのコアを自らの神機で捕喰することにより、オラクル細胞の制御を崩壊させて、アラガミを倒しているに過ぎない。
つまり、ミホークとの戦闘でのダメージは、全て人間細胞が受けたものであり、オラクル細胞は一切傷ついていないということだ。ミホークに斬られたブレード等のオラクル細胞も、まだ私の制御化にあるので、どこにあろうとも戻ってくる。ただ、人間細胞を含む心臓…コアを急速に再生したことによるエネルギー消費が少々問題だが。
(腹が減ったな…)
適当に目の前を泳ぐ魚を捕食する。
(駄目だな。この程度では例え100万匹捕喰しようともエネルギーの足しにもならん…適当に近くに居る人間を…いや、駄目だ。ルフィと約束したじゃないか、『敵対している人間』以外は襲わないと)
仲間との約束を破るわけにはいかないので、もっと大きな獲物を探すべく、海底を探索することにした。
本当ならば、直帰が望ましい。が、帰る前に、少しくらい腹ごしらえしてもいいだろう。
◆
「ガハ…サンジさん達に見栄張ったはいいものの、どうやら、ここまでだな」
仲間―――クリーク海賊団の生き残りが積まれた船の中で、ギンは1人血を吐きながら呟く。
あの後、バラティエでは激しい戦闘があった。そして、クリーク海賊団は負けた。
その戦闘の際、サンジを殺せなかったギンにクリークが毒ガス弾を放った。その毒を受けたギンは、今まさに死の淵に居た。
「ドン…おれはここまでですが、あんたなら、必ず海賊王になれる。地獄の底でその瞬間をいつまでも待っていますよ」
今だ目を覚まさないクリークに語りかけると、ギンはそのまま倒れこんだ。段々と目の前が暗くなっていく。
ギンは、目の前が完全に闇に閉ざされる瞬間、海面に血のように赤い光を見たような気がした。
深血色の光に、底無しの絶望と不吉を感じたが、死にゆく彼にはどうすることもできなかった。
◆
(やはり、魚では駄目だな。腹の足しにもならん。通常時なら美味いと思えるのだが…)
これ以上は時間の無駄だと感じ、海上に上がってルフィたちのいるバラティエを探そうと思ったそのとき。
(あれは、船の船底か?)
小さな船、否、ボートの船底が見えた。
(…乗っている奴らを確認するか。敵ならそのまま喰えるしな)
私の身体は水に浮かばないので、ブースターからエネルギーを噴出し、空を飛ぶ要領で水面を目指す。出来る限り音と衝撃を抑えながら上昇し、ボートから少し離れた海面から顔を少しだけ出すと、ボートの乗員を確認した。
(…どうやったらあんな洗ったばかりの洗濯物みたいに積み重なってボートに乗るんだ)
ボートの上には人間が幾重にも積み重なって乗っていた。そして、その中に見覚えのある顔が2人。
1人はバンダナを巻いた男…ギンだ。だが、倒れこんだままでピクリとも動かない。
(ギンは…死んでいるな。傷は多いが致命傷は無い。顔色が極端に悪いことから推察すると、毒か何かか)
何があったかはわからないが、生体反応が感じられない。あれはギンのなれの果てだ。ならば、気にする必要はない。
もう1人は気絶しているようだ。奴はバラティエを襲った…あー、何といったか……ど、ど、ド…ドンタコス?
…何か違う気がするが、まあ、良い。奴がいるということは、全員あの一味なのだろう。すなわち、『敵』というわけだ。ならば、やることは一つ………
―――イ
―――タ
―――ダ
―――キ
―――マ
―――ス
◆
「なかなか美味かったな。あの鎧は」
私は空を飛びながら一人ごちる。行き先は当然バラティエだ。悪魔の実のおかげで水に浮かず、大して流されていなかったらしい。空を飛ぶとすぐにバラティエが見えた。
ちなみに、姿は人間型に戻っている。やはり、現段階では海の中でのみ原型に戻れるようだ。
(ただ、セーフティとして通常時は原型に戻れないということも忘れてはいけないな。海の中で戻れるのはそのセーフティを無理やり外しているようなものだ。どんな反動があるか解ったものではない。今のところ、支障は出ていないようだが、注意しなければな)
そんなことを考えている内に、バラティエに着いた。多少破損があるが、修理すれば問題ない程度だ。
私は甲板に着地し、ブースターを仕舞う。さて、ルフィ達はどこかな?
「…ずいぶん静かだな」
いつもなら怒号が飛び交うバラティエからは考えられない静けさだ。そう思いながら皆を探していると、裏手から声が聞こえてきた。
「確かあちらは私とミホークが戦った場所だな」
そちらに歩いて行くと―――
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「カリギュラ…おれ、絶対に海賊王になるから。お前の分まで、精一杯生きるから!」
「カリギュラちゃん…君みたいな本物のレディと一時でも過ごせたことに感謝を」
「カリギュラー!テメェが死ぬなんて…ウォォォォォ!」
「泣くなパティ!カリギュラが安心して逝けねぇだろうが…くぅ!」
私の葬式が行われていた。
捧げられている花束が無駄に本格的な水葬を演出しているのが何とも言えない。
………本気で出て行き辛い。
まあ、心臓を思い切り貫かれて、あまつさえ海に落ちて生きていられるとは思わないよな、普通。
…ああ、罪悪感で胸が痛むが、出ていかないことには何も始まらないか。
「…私の死を悼むのはもう少し先にしてくれ」
「「「「「(゜Д゜)」」」」」
「………」
「「「「「(゜Д゜)」」」」」
「………」
「「「「「ギャーーーーーーーッ!カリギュラが化けて出たァーーーーーーーッ!!」」」」」
「…まだ生きている。とりあえず落ち着け」
その後、全員を落ちつけるのに小一時間掛かった。
「ところでルフィ、その頭の大きな絆創膏はどうしたんだ?」
「これか?クリークの奴と戦ったときの怪我だ。怪我人が多すぎて包帯が足りなかったんだ」
「このクソ野郎、クリークの剣林弾雨の攻撃に真正面から突っ込んでいきやがったから、傷だらけなんだよ」
全員を落ちつかせた後、私はルフィ、サンジと一緒にテラスに出て再会を喜び合っていた。
「ほう、クリークと戦ったのか。どうだ、奴は強かったか?」
「あー、確かに強かったけど…カリギュラやミホークよりはずっと弱かったと思う」
「だな、カリギュラちゃんと鷹の目の戦闘が凄過ぎてショボク見えたくらいだ」
まあ、大して修復度も上がっていないしな。所詮、その程度の男だったということか。
「あ!そうだカリギュラ!クリークをぶっ飛ばしたから、おれたちもう雑用しなくていいんだぞ!おっさんと約束したんだ」
「ほう…オーナーから許可を貰えたのか。よかったな、これで航海を続けられる」
「応!」
ニッカリと笑うルフィ。
「そうだ、サンジ、お前―――」
「おれはいかねぇぞ」
ルフィが誘う前にサンジが拒絶する。
「ここでコックを続けるよ。クソジジイにおれの腕を認めさせるまで…」
「そうか、わかった、あきらめる」
と言いつつルフィの腕はサンジの襟をガッシリと掴んでいる。
「腕があきらめてねぇだろうが!」
…うーむ、ここは一つ、ナミから教わった方法で説得してみるか。
「サンジ、どうしても来てはくれないのか?」
「ああ。いくらカリギュラちゃんの頼みでもダメだよ」
「…来てくれたら、私を好きにしていいぞ」
サンジの瞳を覗き込むように顔を寄せ、船の縁に置かれている手に自分の手をそっと重ねる。さらに、声色は少々熱っぽく、背中に押し付けた無駄に大きな胸の肉をしっかりと押し付ける。
ナミ曰く、「カリギュラにこれをやられてオチないのはホモか不能者だけよ」とのことだ。
「喜んで仲間になりますッ!!!!!…って、だ、だだだだだだ、ダメだ!い、いいいいいいいいいいいくらカリギュラちゃんにあーんなことやこーんなことを出来るからって、出来るからって…ぞれでもだめなんだよぉ…!」
血涙を流すほどの苦痛なのか!?
しかし、これでなびかないということは、サンジは…
「そうかサンジ、お前は男の方がいいタイプか」
「ギャァァァァァッ!何おぞましいこと口走ってるのカリギュラちゃん!?」
「違うのか?」
「違うよ!おれはレディを愛するためだけに生まれてきた男の中の男だよ!」
「そうか…男色で無いというなら、不能者―――」
「ねぇ!カリギュラちゃんの中でどんな不可思議な化学反応が起きてるの!?」
マジ泣きが入ったサンジを慰めるのにしばらく掛かった。
「なるほど、あのオレンジ色の髪の娘…ナミさんからそう言われたのか。確かに、その通りだとおれも思うよ」
私がナミから言われたことを話すと、サンジは感慨深く頷いた。
「でも、やっぱりおれはここでコックを続ける。男の意地ってやつさ。それに、今回みたいなことがまたあるかもしれねぇしな。あいつら、弱ぇからおれがいないとダメなんだよ」
「そうか。…ルフィすまない、色仕掛け失敗だ」
「別にいいよ」
船の縁に座りながら、ルフィはシシシと笑った。
「でも、いつかおれもグランドラインに行こうと思ってるぜ」
「じゃあ、今で良いじゃねぇか」
「さんざん言ったが、まだ時期じゃねぇんだよ。…ところでさ、ルフィとカリギュラちゃん、オールブルーって知ってるか?」
「いや?」
全世界のあらゆる海の幸がとれるという伝説の海、『オールブルー』。
その伝説を見つけようと、幾人ものコックや海賊達が旅立ったが、未だに発見されていない。ゆえに、現在では、半ばおとぎ話とされていると聞く。
「私も知らないな」
サンジの輝く目を見て、知っていると答えるのは無粋だろう。
「なんだ、2人とも知らねぇのかよ。奇跡の海の話さ、その海には―――」
オールブルーのことを話すサンジはまるで夢を語る少年のようで、見ていてとても眩しかった。
「そういや、腹が減ったな」
「私もだ。朝食を食べたきりだからな」
サンジのオールブルーの話が終わると、腹の虫が鳴きだした。
…さっきのは別腹だ。
「そういや、もう昼を随分と回ってる。食堂で賄いが出るはずだ。行こうぜ」
サンジに従って、私たちは2階の店員食堂へと向かった。
食堂へ入ると、もうすでに他のコック達が昼食を取っていた。
「―――?私達の席がないようだが?」
「本当だ…おい、おれ達の席は?」
「おれのメシは?」
「オメェらのイスはねえよ」
「へへへ…床で食え」
………
ジャキン!
「ま、待て待て待て!待ってくれカリギュラ!」
ブレードを展開した私にコックの一人であるパスタが飛びついてきた。
(後で理由を話す!だから、今は大人しくサンジ達と床でメシを食べてくれ!)
(…了解した)
何やら理由があるらしいので、ブレードを引っ込め、サンジ達と一緒に床で昼食を取ることにした。
「どうしたカリギュラちゃん。パスタの奴に何か言われたのか?」
「いや、特に何も。それより、昼食にしよう。この際、床でもいい。早く喰べ物を口に入れたい」
「おれも賛成!」
「しゃーねーな。じゃ、メシ取りに行こうぜ」
「ああ」
「応!」
ルフィ達と共に賄いをいざ喰べようとした時、パティの声が聞こえた。
「おい、今朝のスープの仕込みは誰がやったんだ?」
「応!おれだ。どうだ、今日の仕込みは特別うまく―――」
「こんなクソ不味いもん飲めるか!豚の餌の方が幾分かましだぜ!」
皿ごとスープを床に叩きつけるパティ。
「な…!」
驚愕と怒りでサンジの顔が歪む。
………ズズ。
「おい、人間の食い物は口に合わなかったかクソタヌキ…!」
「ハ!ここまで不味いと芸術の域だぜ!」
パティは親指を下にして挑発する。
…このスープが不味い?
「悪いが今日のスープは自信作だ。テメェの舌が―――」
「オエ!クソ不味!」
「こんなもん食えねぇよ!」
「生ごみの方がましだな」
パティ以外のコックも次々とサンジのスープを罵り、床に捨てる。
「―――!テメェら!いったい何の真似だ!」
サンジが激昂する。
無理もない。自分の料理を、しかも特別良い出来の料理を罵倒されたのだから。
「テメェなんざ、所詮は“エセ副料理長”!ただの古株よ。もう暴力で解決されるのはウンザリだ」
「不味いもんは不味いと言わせてもらう」
「何だと…!?」
サンジが歯ぎしりをした時
―――バリン!
一際はっきりと皿の割れる音が響いた。
「オーナー…」
「ジジイ!」
「?」
「おい、なんだこのヘドロみてぇにクソ不味いスープは。こんなもん客に出されたら店が潰れちまうぜ!」
ゼフの罵倒に対し、サンジはゼフの胸倉を掴み上げる。
「ふざけんなクソジジイ!おれのスープとテメェの作ったもんのどこが違うってんだ!」
「おれの作ったもんだと…?自惚れんなァッ!」
ゼフがサンジを“殴り”飛ばした。
ゼフが足以外を使うところを初めて見たな。
「テメェがおれに料理を語るなんざ100年早ぇ!おれは世界の海で料理してきた男だぜ!」
「オ、オーナーが…」
「蹴らずに、殴った…?」
昔からここに居るコック達も初めてみる光景のようだな。
「………!クソッ!」
サンジはそのままドアを乱暴に開けて、外へ出て行ってしまった。
「…で、どうしてこんな三文芝居をしたか、理由は説明してもらえるんだろうな?」
「わ、わかったから睨むなよ!お前の睨み顔はマジで怖ぇんだよ」
「では、早く説明してくれ。こんな美味いスープをボタボタと床に捨てられるところを見て、少々気が立っているんだ」
「あ、やっぱりカリギュラもそう思うか?このスープめっちゃ美味ぇよな!」
「そんなことは知ってるよ。ここに居る全員、サンジの腕は認めてる」
それを引き継ぐようにゼフが口を開く。
「こうでもしねぇと聞かねぇのさ、あの馬鹿は。なぁ、小僧、小娘………あのチビナスを、一緒に連れてってやってくれねぇか。グランドラインはよ、あいつの夢なんだ」
オールブルーか…
「全く、オーナーも面倒なことさせてくれるぜ」
「あいつマジギレするんだもんな」
「ヒヤヒヤしたぜ、実際よー」
なるほど、先ほどの芝居はサンジが私達の仲間になるように後押しをするためか。
良い仲間を持ってるな、サンジ。私も、ルフィ達の良き仲間となれるだろうか?
ゼフの提案に対し、我らが船長は―――
「いやだ」
…まあ、予想はしていた。
「何ぃーーーーーーーッ!」
「どういうことだ小僧。貴様、船のコックが欲しいんじゃねぇのか?あの野郎じゃ不服か」
「不服はない。が、本人の意思がない。そういうことだろ、ルフィ?」
「ああ。あいつはここでコックを続けたいって言ってるんだ。おっさん達に言われてもおれは連れてけねぇよ」
「あいつの口から直接聞くまで納得出来ねぇってことか」
「うん。スープおかわり」
「私もだ。鍋ごと持ってこい」
「あ、カリギュラ!おれにも食わせろよな!」
「相変わらずなんちゅー食欲だよ、あの2人」
少々話が脱線したが、ゼフが頷いて答える。
「まあ、当然の筋だな。だが、あのヒネくれたクソガキが素直に言えるかどうか…」
「言えるわけないっすよ。あいつはかたくなにあほだから」
「そうだな。私の色仕掛けにも靡かなかったしな」
「「「「「そりゃあ嘘だ」」」」」
「…サンジが普段、どう思われてるかが一発で理解できた」
ドゴーン!
しばらくサンジのスープを味わっていると、突然、壁が吹き飛んだ。
「…お客様1名…と一匹入りました」
「言うとる場合か!サンジ、大丈夫か?」
「何だこいつは。人魚か?」
「魚人島からはるばるここの飯を食いに!?」
「違う。これはパンサメに喰われた人間だ。…しかも私達の知り合いだ」
壁をつき破って入ってきたのはサンジとパンサメに下半身を呑まれたヨサクだった。
おそらく、外にいたサンジを巻き込んできたのだろう。
「ヨサク!」
「ル、ルフィのアニキとカリギュラ姐さん…」
「何でお前1人何だ?あいつらとナミは?」
「待てルフィ、ヨサクの身体は大分冷えている。まずは温かいスープと毛布が先だ」
私は厨房と寝室からスープと毛布を持ってきて、ヨサクに渡した。
「ありがてぇ…」
「さてヨサク。喰べながらでいいから、何があったのか話してくれ」
「へい。あっしたちはナミのアネキに追いついたわけじゃねぇんですが、船の針路で大体の目的地がつかめたんです」
「お前が1人でここまで戻ってきたということは…その場所に何か問題があるんだな?」
「さすがはカリギュラ姐さん、その通りです。詳しいことは後で話しやすから、あっしと一緒に来てください。お二人の力が必要なんです!」
「よしわかった!何かわからないけど行こう!」
「私に断る理由は無い。すぐに出発するぞ」
是非も無し、とヨサクに答えると
「おれも行くよ。連れて行け」
「…サンジ」
「付き合おうじゃねぇか、“海賊王への道”。馬鹿げた夢はお互い様だ。おれはおれの目的のために、お前達について行く。お前達の船の“コック”、おれが引き受けた。文句はねぇな?」
「ないさ!やったーーー!」
ルフィは喜び勇んで、ヨサクと小躍りし始めた。
「…よろしく頼むぞ。サンジ」
「任せてくれ、カリギュラちゃん。最高に美味いメシを作ってあげるから」
「期待させてもらおう」
ニカッと笑って、サムズアップをするサンジ。
「さて…おい、お前ら!」
サンジはコック達の方を向いた。
「下手糞な芝居でカリギュラちゃんにまで迷惑かけんじゃねぇよ」
「な!テメェ、知ってたのか!?」
「お前ら馬鹿か?あれだけでかい声で騒げば外まで筒抜けだよ」
一通りコック達を罵ると、次にゼフに顔を向ける。
「つまり、そうまでしておれを追い出したいってことか、クソジジイ」
「―――!テメェはどうしてそんな口の利き方しかできねぇんだ!」
サンジの暴言にパティが口を挟むが、ゼフが止める。
「…ふん、そういうことだチビナス。元々おれはガキが嫌いなんだ。下らねぇもん“生かしちまった”と後悔しない日は無かったぜ?」
「ハッ!上等だよクソジジイ。せいぜい余生を楽しめよ」
…やれやれ、捻くれた性格は師匠譲りだな。
現在、私達はサンジが出てくるのを、その本人の船で待っている。
周りには私達を見送るコック達がいる。
「おい、お前ら。さすがにそれは持っていきすぎじゃねぇか?」
「―――?たかだか肉100kg程度だろ?」
「だよなぁ?」
「アホかテメェら!一体何十日航海する気だ!」
「2、3日程度だ」
「いらねぇだろそんなに!」
「…いや、下手すれば餓死の危険性も…」
「ああ、確かに。あと倍くらい肉貰ってくか?」
「どんだけ食うんだテメェらは!」
そんなやり取りをしているとサンジがバラティエから出てきた。
「………」
スタスタと無言でコック達の間を抜けてこちらに来るサンジ。
半ばまで来たその時
「積年の恨みだ!」
「覚悟しろサンジ!」
ゴシャ!バキ!
パティとカルネがサンジに不意打ちをしてきたが2秒で沈められた。
…弱い。
そのまま何もなかったかのように私達の元へサンジはやってきた。
「行こう」
「―――?あいさつはいいのか?」
「いいんだ」
「おいサンジ」
挨拶もなしに出港しようとしたサンジに、ゼフが3階から声をかける。
「風邪引くなよ」
初めて聞いた、サンジを思いやる言葉だった。
「………!」
それを聞いたサンジの目には大粒の涙。
感極まるとはまさにこのことだろう。
「…オーナーゼフ!長い間、クソお世話になりました!このご恩は一生…!忘れません!」
普段のふてぶてしい態度が嘘のようなゼフへの感謝の言葉。そして、土下座という最高位の畏敬の姿勢。
これこそが、サンジのゼフへの本心…
「くそったれがぁ!寂しいぞ畜生!」
「寂しいぞぉ!」
「悲しいぞ畜生!」
「ざびじいぞォ!ごの野郎!」
涙と鼻汁をまき散らしながらサンジとの別れを惜しむコック達。無論、ゼフも例外ではない。そして、サンジ自身も。
「サンジ、最高の別れの挨拶をしてやれ」
「…ああ!」
私の言葉に頷くと、サンジは大声を張り上げた。
「また逢おうぜ!クソ野郎ども!」
それに応えるように、いっそう大きくなるコック達の雄たけび。
「行くぞ!出航!」
ルフィの声で船は大海原へと漕ぎ出した。
段々と小さくなるバラティエを見つめるサンジを見ながらこう思う。
私にも、あのように別れを惜しんでくれる仲間が出来るのだろうか、と。
【コメント】
カリギュラさんのスリーサイズ
B:(血塗れで読めない)
W:(ドス黒く変色していて読めない)
H:(赤い何かがガチガチに固まっていて読めない)