「サンジさん!カリギュラさん!すまねぇ…こんなことになるなんて」
ギンは俯いたまま絞り出すように謝罪を述べる。
「ギン、謝っても何の意味もない。既に賽は投げられた。後は行きつくところに行きつく。ただそれだけだ」
「下っ端、お前が謝ることなんぞ何もねぇ。ここのレストランの連中が思い思いに行動し、今の結果がある。それだけのことだ」
その後、コックたちがサンジやゼフの行動に疑念をぶつける等のちょっとした諍いがあったが、私は興味が無いので、仲間のいるテーブルに腰を下ろした。
「ふむ、『腹を空かせた奴には食わせる』、『食いてぇ奴には食わせてやる』。例え、自分が守るべきものを危険に晒しても、自分の正義を貫くか…」
「口で言うのは簡単でも、なかなかできることじゃねぇよ。あのサンジって男は、男の中の男だな。…ところでカリギュラ、ちょっとおれと近くの島まで散歩に行かない?」
「散歩?何を言っているんだ、キャプテン。これから戦闘だぞ?相手の肉を引き裂き、断末魔の悲鳴を聞きつつ喰らえる、最高の時間だ。悪いが後にしてくれ」
「真顔で怖ぇこと言うな!」
「なんかカリギュラの奴、興奮してんな」
「ここはもう戦場だ。カリギュラは臨戦態勢なんだろう。かくいうおれもそうだがな」
「へへ、カリギュラもやっぱこういうところだと熱くなんだな。おれもあの金ぴかとは戦わなきゃならねぇ。海賊王になるのはおれだって、証明しなきゃな」
「ああ、もう!このバトルジャンキーどもが…!」
このレストランを守るために残ったコックたちを含む全員が戦闘の準備を進める中、ルフィがギンに問いかけた。
「そういや、前に訊いた時はグランドラインのこと何もわからないって言ってたな。もちっと詳しく教えてくれよ」
「―――!わからねぇってのはそのまんまの意味だ。グランドラインに入って7日目、あの日のことは今だに夢なのか現実なのか判断が付かなねぇんだ。………クリーク海賊団は、50隻の艦隊は、たった一人の男に全滅させられたんだ」
「え!?」
「馬鹿な!?」
あの巨大なガレオン船を含む50隻の艦隊が一人の人間によって壊滅…なるほど、その男は喰いでがありそうだな。
「ありゃあ、悪夢だったよ。訳も分からねぇまま、次々と仲間の船が沈んでいくんだ。特に、それを実行した男の“目”は何があっても忘れられねぇ…あの、人を睨み殺すかのような“鷹の目”を!」
「何だと!」
ゾロが鷹の目という言葉に反応した。
「“鷹の目の男”か、船でジョニーがそんなことを言っていたな」
「ほう、知ってんのか?」
「いや、少し小耳に挟んだ程度だ」
「鷹の目の男…下っ端が襲撃犯の男の目を鷹のように感じたかどうかは証拠にならねぇが、そんなことをしでかすことが十分な証拠だ」
「た、たかのめ…?誰だそりゃ?」
「知らね」
「おれの探している男さ」
「ゾロ、お前がか?」
「ああ、お前も聞いてたように、このレストランにも現れたことがあるらしい」
「ほう…パスタ、鷹の目の男がここに来た記憶はあるか?」
「“真っ赤な目の男”なら昔来たぜ」
「ああ、あのワインの飲み過ぎで目が真っ赤になった馬鹿のことか。煙草吸おうとして火をつけたらドカンだもんな。おかげで床の掃除が大変だった」
「後はあれだな、2日前の食い逃げ野郎」
「カリギュラがボコボコにした奴か。頭から流れてくる血で目が真っ赤に染まってたな。ってか、全身血塗れだったじゃねぇか。でも、あいつまだ海から浮かんできてねぇだろ」
「…あの野郎、ガセネタかよ」
「気を落とすな、ゾロ。いつか必ず会う日が来る」
「おれはそれより、カリギュラが殺人行為を行っている可能性が非常に高いことが気になるんだが…」
「安心しろ、キャプテン。件の喰い逃げは確実に息の根を―――」
「言うな!それ以上言うな!てか知りたくねぇ!」
「遠慮するな、キャプテン。まず、奴の断末魔なんだが―――」
「やめろっつってんだろーがッ!」
「艦隊を相手にしようってくらいだ。何か深い恨みでも持ってたんじゃねーか?」
サンジがギンに問いかける。
「そんな覚えはねぇ!本当に突然だったんだ!」
「昼寝の邪魔をしたとかな」
ゼフが横から口をはさむ。
「ふざけんな!そんな理由でおれ達の艦隊が壊滅してたまるか!」
「ムキになるな、物の例えだ。だが、グランドラインってところはそういうところなんだよ」
「―――?カリギュラ、意味わかるか?」
「何が起こるか予測不能。そういうことだろう」
「おお!そりゃ面白そうだ!くーッ、早く行きてー!」
「テメェはもう少し身の危険を感じろ!」
「大丈夫だ、キャプテン。何が起ころうとも、私が仲間を必ず守って見せる」
「おお!相変わらず頼もしい!」
目をキラキラとさせて、キャプテンが私を見つめる。
「…ウソップ、お前自分が男として情けなくなるとき無ぇか?」
「うっさい黙れ!」
「まあ、それはさておき、おれの目標はグランドラインに絞られたわけだ。“あの男”はそこに居る」
サンジが新しい煙草に火をつけながらこちらを見た。
「馬鹿じゃねぇの。お前ら早死にするタイプだな」
「それは当たってるが、馬鹿は余計だ。剣士として最強を目指すと決めたときから命なんてとうに捨ててる。このおれを馬鹿と呼んで良いのはおれだけだ」
「おれもおれも!」
「当然おれも男としてな!」
「「「いや、嘘だろ?」」」
「いくらなんでも全員はひどくない!?」
わいわいと騒ぐ仲間を見つつ、サンジに向き直る。
「人間は生きても100年。私はまだまだ人間のことなどほとんど解らないが、“いつ”死ぬかではなく、“何をして”死ぬかが重要だと、仲間を見ていると感じる。無為に生きた100年より、何かを成し遂げた20年の生の方が、素晴らしい。私はそう考えるよ」
「…けっ、馬鹿馬鹿しい。あ、カリギュラちゃんのことは馬鹿にしてないよ?」
サンジの顔を見て、ゼフは微笑を浮かべたのが見えた。
「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!」」」」」」」」」」
「雄たけびだ!海賊どもが押し寄せてくるぞ!」
「このレストランを守るんだ!」
イッツ、ディナータイム。
…と、思った瞬間
ズバン!
「…あー、なんていうんだったかな、この切り方…三枚下ろし?」
「言うとる場合か!あ、あの巨大ガレオン船がいきなり三つに分かれたんだぞ!?」
「キャプテン、分かれたんじゃない、斬られたんだ。よく見ればわかるが、あの切断面は鋭利な刃物によるものだ」
「どっちでもいいだろう!…ちょっと待て、外にはゴーイングメリー号とジョニー達がいたはずだぞ!」
「―――!そういうことは先に言え、キャプテン!」
「急ぐぞ!まだ間に合うかもしれねぇ!」
「「「応!」」」
表へ出ると、ゴーイングメリー号の姿は無く、船が割れた衝撃で荒れ狂う海にヨサクとジョニーを見つけた。
「ヨサク!ジョニー!無事か!」
私はブースターを展開し、溺れかけていた2人を掴み上げる。
「は、はい。なんとか」
「そうか。ところで、ナミと私たちの船はどうした?」
「両方とももうここにはいません。ナミの姉貴は…宝を全部持って逃げちまいました」
―――!
「「「な、なんだとーーーーッ!」」」
―――目の奥がチリチリする。
「不意を突かれて海に落とされ、ナミの姉貴はそのまま宝を持って船でとんずら。その直後、濁流に呑まれたんです」
「クソッ!あの女、最近大人しくしてると思ったら、油断も隙もねぇ!」
「この事態に輪をかけて面倒にしやがって!」
「………」
―――裏切り者め、報いは必ず受けてもらう。
「待て、まだ船が見えるぞ!」
「何!?」
「ゴーイングメリー号に間違いねぇ!」
「ヨサク、ジョニー!お前らの船は!?」
「ま、まだ残ってやすが…」
「カリギュラ、ゾロ、ウソップ!」
「…了解した。あの女を喰い殺してこいという―――グハ!」
瞬間、頬をぶん殴られた。
私を殴ったのはルフィ。その表情は厳しい。
「…お前、仲間を殺すなんて言うんじゃねぇ!」
「…何故だ?あの女は私たちを騙し、裏切ったのだ。しかるべき報いを受けるべきであろう?」
「カリギュラ、お前は自分が信じたナミが、本当に裏切ったと思ってんのか?」
「………」
「おれはあいつを信じてる。だから、あいつがこんなことしたのはきっと何か理由があるはずだ」
「…根拠は?」
「カン!」
………
「………ククククククク…アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「「「「カ、カリギュラ(姐さん)…?」」」」
「いや、すまない。自分の滑稽さに思わず笑ってしまった。そうだな、私が信を預け、また信を預けてくれたものを疑うなどやってはならんことだ。ルフィ、すまなかった。もう二度と仲間を疑うことはしないし、殺す等とは言わん。誓おう」
ルフィが二カッと笑った。
「おし!じゃあ、お前らはナミを追ってくれ!おれはあいつが航海士じゃなきゃ嫌だ!」
「…わかったよ。世話の焼けるキャプテンだぜ。おい、行くぞ、ウソップ」
「お、応!」
「私はここに残ろう。クリークとの約束もあることだしな。ルフィ、お前はどうする?」
「おれもここに残る。まだこのレストランで何のケリもつけてねぇからな」
「2人とも気をつけろよ、こっちの事態も尋常じゃねぇんだ」
「あいつだぁッ!!」
突如、海賊どもの叫び声が響き渡った。
「ドン・クリーク!あいつです!我々の艦隊を壊滅させた男です!」
「こ、ここまで追ってきたんだ!おれ達を殺しに来やがった!」
声の方向には一艘の船。左右のヘリには蝋燭が灯され、帆と船体は漆黒。1人が乗るのがやっとという船で、男はやってきた。
「あ、あれが…“鷹の目の男”…!」
黒い帽子を目深に被り、胸にはロザリオの首飾り。上半身には直接黒いコートを羽織っている。そして、何より目を引くのが―――
「背負っているのは…剣か?」
男の身の丈ほどもある巨大な黒剣。まるで、罪人を張り付ける十字架のようだ。
「鷹の目の男というのは、もしや…」
「そうだ、カリギュラ。“鷹の目のミホーク”…奴は世界最強の剣士だ!」
ゾロが私の呟きに答えた。
「ち、畜生!おれ達に何の恨みがあるんだ!」
船を破壊されたクリーク海賊団の一人が、ミホークに絶叫した。
ミホークが答えたのはただ一言。
「…暇つぶし」
「―――!ふざけんなァァァァッ!」
ミホークの返答に激怒した団員が両手に持っていた銃を発砲した。
それに対し、ミホークはゆっくりと背中の黒剣を抜き、飛んでいる銃弾に剣先を添えて、弾道をそらした。
「は、外れた?」
「外されたのさ。切っ先でそっと弾道を変えたんだ」
「だ、誰だテメェは!」
いつの間にやら、ゾロがミホークの正面に立っていた。
銃を撃った団員の言葉は完全に無視し、ゾロは言葉を続ける。
「あんな優しい剣は見たことがねぇ」
「“柔”無き剣に強さなど無い」
「その剣でこの船を割ったのかい?」
「いかにも」
「なるほど、最強だ」
ゾロはジワリと汗を掻いた。
「おれはお前に会うために海へ出た!」
「…何を目指す?」
ミホークの問い。
「最強」
ただ一言、簡潔に。
答えつつ、ゾロは左腕に前いていた黒い布を頭にかぶり、口と左右の手に刀を握る。
…あれがゾロの三刀流か。両手はともかく、口で刀を加えるとはな。どういう風に戦うのか、非常に興味が湧く。
「哀れなり、弱きものよ」
鷹の目の男は憐れむような視線を向けて、言い放つ。
「いっぱしの剣士であれば、剣を交えずとも、力量の差がわかろう。それでもなお、おれに刃を突き立てる勇気は己の心力か…はたまた無知ゆえか…」
「おれの野望のため。そして、親友との約束のためだ」
その場に居る全員が息をのむ。
手出しは無用。ここに、麦わらの一味の剣士ゾロと世界最強の剣士ミホークとの一騎打ちが始まった。
「…おい、なんのつもりだ。そりゃ」
ミホークは背中の黒剣は抜かず、胸に下げたロザリオ―――否、短剣を指で摘み、構えた。
「おれは兎を狩るのに全力を出す馬鹿な獣とは違う。ここはレッドラインとグランドラインで4つに分割された海の中で最弱の海、イーストブルー。そこで多少、名を上げた剣士程度、これで十分すぎる。あいにくと、これ以下の刃物は持ち合わせていないのでな」
…剣士に対して、これ以上の侮辱はあるまい。
「嘗めやがって…!死んで後悔すんじゃねぇぞ!」
ゾロが前のめりなり、ミホークへと突進。さらに、両腕を交差させ、×…いや、口の一刀も加えて×一文字の軌道を描き、ミホークへ斬りかかる。
「鬼斬り!」
左、右、そして口の刀の斬撃+突進の威力を一点に集めて斬り捨てる、まさに必殺の一撃。
だが………
キィン…
「ア、アニキの鬼斬りが止まった!?」
「出せば100%相手が吹っ飛ぶ大技なのに!」
鬼をも斬り捨てる一撃は、短刀の切っ先で易々と受け止められた。
力を一点に集中するということは、そこさえ止めてしまえば無力化できるということだ。しかし、少しでも中心からずれれば、即、真っ二つ。それをただ淡々とこなすミホークの技量がいかに異常であるか、この状況がよく表している。
「―――!クソ!」
必殺の一撃を止められて、動揺したゾロは我武者羅な連撃を放ち始めた。当然、そんなものが世界最強の剣士に通じるはずもない。
不味い、このままでは…
「ゾロ、退け!今のお前ではその男に勝てない!」
「ウオォォォォォォッ!!」
いかん、熱くなりすぎてこちらの声も聞こえないか…!
やむを得ん、ゾロには悪いが、乱入して―――
「やめろ!カリギュラ!」
「ルフィ…!お前もわかるだろう。ソロではあの男にかすり傷一つ負わせることはできない。このままでは、あの男の一撃を貰う。相手は世界最強の剣士。確実に急所を一撃されるぞ!」
「たとえそうなっても、ゾロの選んだことだ!おれ達が…ゾロ以外の奴が止める権利なんてねぇ…!」
だが、そういうルフィも握りこんだ拳から出血していた。
「…わかった。勝負が決着するまで、見守ることにする。だが、終わった瞬間、ゾロは確保させてもらうぞ」
「ああ、それでいい」
その間にもゾロの虚しい連撃は続く。
「…何を背負う、弱きものよ」
ミホークが憐れみを持って問いかける。
「ア、アニキが弱ぇだと!」
「い、言わせておけば…!」
ミホークの嘲りに激昂したヨサクとジョニーが乱入しようとしたが、ルフィが取り押さえる。
「手ぇ出すな!ヨサク、ジョニー!」
「ルフィ…」
そして、ついに均衡が破られる。
「ぐは…!」
ゾロが刀を弾かれ、残骸と化した甲板に転がった。
「虎…!」
受け身を取って立ち上がると、すぐさま刀を構える。銜えた一刀の後ろに両腕の刀を回すような態勢…
―――!いかん!その構えは…!
「狩り!」
「やめろゾロ!心臓がガラ空きだ!」
例え聞こえなくとも、叫ばずには居られなかった。
ドシュ!
「ゴハッ…!」
そして、無情にもゾロの心臓に短刀が突き立てられた。
「何でだ、何でそこまで意地をはるんだ…簡単だろう、野望を捨てるくらい!」
その姿を見て、サンジが声を張り上げる。
悪いが、今は奴に声をかけられるような精神状態ではない。
「…このまま心臓を貫かれたいのか?退け。今ならまだ命は助かる」
「断る…今ここで退いちまったら、今までの誓いやら、約束やら…色んなもんがへし折れて、二度とここへ戻ってこられねぇ気がするんだ…」
「そう、それが敗北だ」
ゾロはにやりと笑う。
「じゃあ、死んだ方がましだ」
「………」
ミホークは何かを感じたのか、心臓一歩手前に刺さっていた短刀を引き抜いた。
「小僧…名乗ってみよ」
「ロロノア・ゾロ」
立っているのもやっとであろうゾロは、名乗ると同時に新たな構えを取る。
背を伸ばして左の刀を逆手に持ち、両手を突き出して、右手の刀を左手の刀に柄が垂直になるように添える。
「覚えておく。久しく見ぬ“強き者”よ。剣士たる礼儀を持って、世界最強の黒刀で沈めてやる」
ミホークはここで初めて背中の黒剣―――黒刀を抜いた。
―――右腕原型変換、タイプ『オヴェリスク』
バレット装填、タイプ『ヒールバレット』
「散れ!」
「三刀流奥義…三・千・世・界!」
ミホークが黒刀を携えてゾロへと突進する。
対するゾロは、両手の刀をすさまじい勢いで回転させ、その遠心力を乗せた突撃で迎え撃つ。
バキィン…
だが…結果は無情。
ミホークには傷一つない。一方、ゾロは黒刀の一撃を体に浴び、更には三本の愛刀の内、2本までもがへし折れた。
「…これが、世界最強か」
ゾロは残った一本の刀を白い鞘へ収めると、今まさに返す刀で斬撃を加えようとしているミホークに向き直り、両手を広げる。
「何のつもりだ?」
「背中傷は剣士の恥だ」
「…見事!」
そして、決闘の終焉を知らせる一撃が振り下ろされた。
「ゾロォォォォォォォォッ!!」
「「アニキィィィィィィィッ!!」」
―――『ヒールバレット』発射!
私はゾロが海に倒れ落ちる瞬間、装填しておいたヒールバレットを撃ち込んだ。
だが、このヒールバレットは今だ試作品。あれほどの傷を癒すのは不可能。せいぜい、生存確率を少し上げる程度だろう。
「ヨサク、ジョニー!行け!うまくすればまだ助かる!」
「「ヘイッ!」」
ヨサクとジョニーが海に落ちたゾロを助けるため、海に飛び込む。
「この野郎ォォォォォッ!」
ルフィが腕を伸ばし、ミホークに殴りかかろうとしたが、私が腕を掴んで止める。
「カリギュラ!放せ!」
「………悪い、ルフィ。その役目は私に譲ってくれ」
「―――?」
―――目の奥がチリチリと焼ける。
ミホークがこちらへと向き直る。
「若き剣士の仲間たちか…お前たちもよくぞ見届けた。安心しろ、あの男はまだ生かしてある」
―――目の奥がヂリヂリと焦げる。
「ガハ…!」
「アニキ!しっかり!」
無事にゾロを救出したヨサクとジョニーがゾロを自分たちの船へと乗せる。
「我が名はジェラキュール・ミホーク!若き剣士よ、貴様が死ぬにはまだ早い。己を知り、世界を知り、強くなれ!ロロノア!」
―――目の奥がグツグツと煮える。
「おれは先、幾年月でも最強の座にてお前を待つ!猛ける己が心力挿して、この剣を超えて見せよ!このおれを超えて見せろ!」
―――目の奥がビリビリと痺れる。
「ウソップ!ゾロは無事か!」
「無事なわけねぇだろ!だが、生きてる!生きてるぞ!気絶してるが、カリギュラのあの弾のおかげで、すぐに気付きそうだ!」
キャプテンがそういった瞬間、ゾロが寝たまま刀を天に掲げた。
「不安にさせたかよ…このおれが。世界一の剣豪“くらい”にならねぇと…お前が困るんだよな…ガフ!」
「アニキ!もう喋らないでくれ!」
血を吐きながらゾロは言葉を続ける。
「二度と負けねぇから!あいつに勝って、世界一の大剣豪になるまで、絶対に、おれは負けねぇ!…文句あるか、海賊王」
悔し涙でくしゃくしゃになった声と顔でゾロが誓う。
「しししし!ない!」
それをルフィは笑顔で返す。
やはり、ルフィこそ船長にふさわしい。
仲間がルフィのために強くなるように誓い、ルフィもそれに答える。
ルフィには先ほどミホークに殴りかかろうとしたような殺気は微塵もない。むしろ、仲間を成長させてくれたことに対する感謝すら感じられる。ことが終われば、全てを受け入れる大きな器。これこそ、船長の資質だ。
―――私とは、違う。
「また会いたいものだな、お前たちとは」
―――目の奥でゴウゴウと炎が燃える。
「オウ、鷹の目よ」
今まで高みの見物を決め込んでいたクリークがミホークに声をかける。
「テメェはおれの首を獲りに来たんじゃねぇのか?このイーストブルーの覇者、“首領・クリーク”の首をよ!」
―――両腕原型変換、タイプ『ブレード』
「そのつもりだったのだがな…もう充分楽しんだ。おれは帰って寝るとする」
―――背部原型変換、ブースト展開
「まぁ、そうカテぇこと言うな。テメェが十分でもおれはやられっぱなしなんだ…」
―――その他原型変換可能部位、全部位変換
「帰る前に死―――」
ドゴ!
「邪魔だ、どけ」
ミホークに向かって全身の銃を放とうとしたクリークを左手で殴り飛ばす。
「「「「「カ、カリギュラ(姐さん)…?」」」」」
「「「「「「そ、そんな!ド、ドンが一撃でッ!?」」」」」」
「なんだあの姿は…あれも悪魔の実の力なのか…?」
「ありゃとんでもねぇぞ。ボケアマ、お前は一体…」
「カ、カリギュラちゃん…なのか?」
「あの左眼…まるで血みたいに真っ赤だ」
ルフィたちも私の姿を見て、私かどうかを判断しかねているようだった。
それも当然、今、私は原型へ変換可能な部位を全て戻している。
左右のブレード、ブースター以外にも、クロやその手下を喰らうことによって、原型へ戻ることが可能にった外装甲と頭部装甲、そして尾も変換している。
外部装甲はその名の通り青白く輝く鎧のようなもので、それが首から下を隙間なく覆っている。頭部装甲は内側に折れた角を左右に持つ青く輝く仮面のようなものだが、顔面を覆い隠す場所は砕かれたように素顔をさらしている。尾も青白く輝く爬虫類を模したものが生えている。ただし、どの部位も修復が不完全なため、ひび割れが目立つ。
今の私は、動物系悪魔の実の形態でいえば、混成型に近い。
これが、現在できる最大の変形。そして、最大の力が発揮できる姿。
「動物系悪魔の実の能力者か…しかも、その姿からすると、自然系よりも希少と言われる幻獣種のようだな。面白い、今しばらく付き合ってやる」
ミホークは私へ向き直る。
「キャプテンたちはナミを追え。もう船が見えなくなる、早く行け」
「カリギュラ、お前…」
「お、おい!いくらお前でも相手が悪い、戻ってこい!」
「や、やめろ、カリギュラ、そいつは、おれの獲物だ…」
「…キャプテン、ルフィ、ゾロ。私は、どうしても目の前に居るこの男を許せない。私の仲間を傷つけた、この男が許せない!」
左腕のブレードをミホークに突き付ける。
「今なら解る!この目の奥を焼く炎の意味が!この身体を焦がす熱量の正体が!これが、『怒り』という名の『心』だ!」
甲板を踏み砕くほどの踏み込みとブースターの加速でミホークへと突っ込む。
右ブレードで狙うは心臓!
「ジェラキュール・ミホーク!我が復讐の刃、その身に受けるがいい!」
「―――!ハァッ!」
黒刀でいなされる。が、気にせずそのまま左ブレードで首を狙う。
「チィ!」
ミホークはバックステップで避ける。
だが、それは予測済みだ。
「クリークが喰い損ねたデザートだ。代わりに喰らっとけ」
ズドドン!
既にオヴェリスクへと変換しておいた右腕から二連轟氷弾を放つ。
「嘗めるな!」
だが、それも一刀の元に切り捨てられる。更に、ミホークの斬撃から衝撃波が発生し、私を襲う。
「小賢しい!」
それを左ブレードで切り払う。
逸れた衝撃は後方の船の残骸を木っ端みじんにした。
「…強者に化けそうな兎の次は狼か。本当に今日は退屈しない日だ」
ミホークがにやりと笑う。
「先ほどはここを最弱の海と言ったが、訂正しよう。お前が一人いるだけで、4海の中で、最強の海だ。おれは兎を狩るのに全力を出す愚者ではない。だが、狼を狩るならば、それ相応の力を出そう」
「私にはどうでもいいことだ。迅く、死ね」
腰を落とし、前傾して右腕を甲板につける。左腕はそのまま水平に保ち、眼光で敵を射抜く。これが、私の構え。
「仇なすモノ全てを焼き凍らせる私の炎、特と味わえ!」
左手にエネルギーを集中させ、“燃える冷気”を作り出し、甲板に叩きつける。
「―――!下か!」
私の手から離れた氷炎はミホークの真下に瞬時に移動し、凍りつくし、砕き尽さんと噴出する。これが『ニブルヘイムの柱』本来の姿。
さらに、氷炎は甲板を舐めつくし、一個の氷塊を形成する。それはさながら氷の決闘場。
「まだ終わらん!」
更に右手に氷の魔槍を作り出して飛びあがり、氷炎の中に居るミホークめがけて叩きつける。―――『コキュートスの魔槍』!
「ぬるいわ!」
しかし、ミホークは氷炎を黒刀で切り裂き、氷槍を受け止める。
この男、本当にただの人間か…!?
そのまま競り合いへともつれ込む。
「まさか冷気を操る能力を持っているとはな。この冷気、あの青キジにも引けを取らんな」
「ふん、海軍本部大将と比較されるとは光栄だな。では、次はこれでどうだ!?」
右手に持った氷槍を力任せに押し切り、その反動を利用して、回転しながら尾を叩きつける。
「ヌグ…!」
尾は強かにミホークの腹を打ち据え…いや、腕でガードされた。
しかし、遠心力をたっぷりと乗せた一撃は、人間一人を容易く吹き飛ばした。
ミホークは残骸に突っ込んだが、何事もなかったかのように起き上がり、黒刀を構える。
「…お前本当に人間か?」
「貴様だけには言われたくない」
死闘はまだ続く。
「あ、あの鷹の目を…世界最強の剣士をぶっ飛ばしやがった…!」
「こ、これがこの世の戦いか?もしかして、おれは夢を見てるんじゃねぇのか?」
「つ、強ぇ…!」
「…あいつも、おれの先に居るのか」
「―――!見とれてる場合じゃねぇ!おれたちはこのままナミを追う!ルフィ、お前はどうする!?」
「…おれは残る。ここではまだ何も決着がついてねぇし、カリギュラ1人置いていけねぇ」
「そうか、気をつけろよ!」
「ま、待て、おれも…残る!…あいつらの、戦いを、見届け、ねぇと…!」
「アニキ、もう無茶だ!こんな危険なところには置いておけねぇ!例え、後で殺されたって、連れてきますからね!」
「ヨサク、ジョニー。しっかりゾロを抑えてろ!…よし、行くぞ」
「お前の仲間の船が出たようだな。では、ここからは少し手荒くいくぞ」
「―――!消え…」
まるで瞬間移動したかのようなミホークの踏み込み。私が姿を確認したときには目の前で黒刀を振り下ろす寸前だった。
「ク…!」
右ブレードでなんとかガードしようとしたが
ザギャン!
「な…!」
ブレードごと切断された。
咄嗟に後ろへ飛びのき、なんとか腕だけは守る。
「おれの斬撃はその程度のもので防げるほど生易しいものではない!」
そこから始まる怒濤のごとき連撃。
受けることはできないので、なんとか避け続ける。避けた斬撃の一つ一つが氷を切り裂き、海を割る。こんなもの、直撃すればいくら私とて、無事では済まない。
ブースターを使う暇などない。そんな隙を見せれば、真っ二つだ。
このままではジリ貧だな。この男の攻撃はいつまでも避けられるものではない。
…この男の斬撃を受け止められる盾がいる。
「―――!しまっ…!」
壊れた地面の溝に足を取られ、態勢が崩れた。
当然、それを見逃すほど目の前の男は甘くない。
こうなったら、一か八かだ。
「これで終わりだ。さらばだ、強き者よ」
渾身の一撃が振り下ろされ、私は真っ二つに
ガキン!
ならない。
「やれやれ、練習なしで本番だったが、うまく変換出来て良かった」
「盾だと?…おれの斬撃を受け止めるとはな」
ブレードの折れた右手を変換させて作り出したのは神機型バックラー『インキタトゥス』。
元の世界で、私のブレードでも斬ることの敵わなかったゴッドイーター達の使用する盾だ。
「ハ!」
ミホークの黒刀を押し返し、左ブレードを一閃する。
ミホークはそれを後ろへ下がって避ける。
「逃さん…!」
私はインキタトゥスをブレードへ戻すと、左右の腕を交差させ、前傾姿勢で突進する。
「あの構えは…ゾロの『鬼斬り』!」
そう、これはゾロの技を“模した”攻撃だ。
「浅はかなり。一度破られた技をおれに使うか」
ミホークが着地すると、黒刀を正眼に構える。
「己が浅慮を恥じて逝くがよい」
「カリギュラ、やめろ!カウンターで斬られるぞ!」
―――鬼斬り・鞭刀
「―――なッ!」
私のブレードとミホークの黒刀が激突した瞬間―――
ブレードが内側へと“曲がった”。
今のブレードの性質は『ゴム』、鋭さは『刃』。
ルフィの能力とゾロの剣技を融合させた一撃だ。
「ク…小細工を!」
しかし、それでも世界最強の剣士には届かない。
わずかに衣服を切り裂かれたミホークは素早く身を屈めると、曲がったブレードを避けつつ、私の腹に蹴りを放つ。
「グ…!」
重い!
氷上を転がりながら、地面に爪を突き立て、なんとか止まる。
クソ、まるで攻撃が通らない。今の私ではこの男を殺しきることは出来ないのか…?
―――否、たった一つ可能性がある。
「ミホーク、次の一撃で決めてやる。私の仲間を傷つけたこと、地獄で後悔するがいい」
「奇遇だな。おれもそうしようと思っていた。貴様との戦いはなかなかに楽しいが、このままではいつまでも決着が付きそうにないからな」
ミホークは黒刀を両手で持ち、刃を寝かせ、切っ先をこちらに向けて、顔の真横に持ってくる。更に、後ろを向くほど上半身を捻る。
一撃に賭ける必殺の構え。奇しくも、私の技も似たようなものだ。
「受けてみろ!これが、私の最高の技だ!」
叫ぶと同時に両手にエネルギーを集中し、雷球を作り出し、ブースターを全開にして急上昇する。ブースターの超低温のエネルギーは凍てつく竜巻と化し、ミホークを襲う。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
「さ、寒い…体が、凍…る」
「ウオ!レ、レストランが凍っちまうぞ!」
「あのボケアマ、おれ達まで殺す気か!全員レストランの中へ避難しろ!このままここに居たら仲良く氷漬けだ!」
「雑用!お前も早くこっちに来い!そんな近くに居たら、巻き込まれるぞ!」
「いや、いい!」
「馬鹿野郎!お前、半分氷漬けじゃねぇか!」
「カリギュラが戦ってるんだ!おれは、最後まで見届ける!」
「―――!勝手にしやがれ!」
ミホークへ向かって急降下。すれ違いざまに雷球を叩きつける。
ズゥガァァン!
雷球は着弾と同時に炸裂し、辺りに雷光を撒き散らす。
そして、着地すると同時に、滑空した勢いを利用して身体を限界まで捻り、溜めた力を一気に解放して左ブレードで渾身の一撃を叩きこむ!
―――奥義『蒼刃舞』!!
ドシュ!
これにて、死合終了。
◆
「…良い技だ。久しく感じていなかった死の感覚を感じたぞ」
「………届かなかったか」
「いや、貴様の一撃、確かに届いた」
良く見ると、ミホークの頬が斬れ、血が頬を伝っていた。
「一生ものの傷を負ったのは生まれて初めてだ。貴様の強さゆえに、あの剣士のように手加減は出来なかった。許せ」
ポタポタと赤い血が氷上に落ちては凍る。
ああ、私にも赤い血が流れているのだな。
「心臓、か。今度は、しっかりと貫いているようだな」
ミホークの必殺の刺突は、正確に心臓を貫き、それどころか背中まで貫通していた。
…これは、無理だな。あれだけ大口を叩いておいて、なんとも情けない。
「…先に、地獄で待っているぞ」
「…最後に一つだけ、貴様の名を教えてくれ」
「カリギュラ…カリギュラだ」
「そうか…カリギュラ、その名、わが魂に刻みつけよう。…いつの日か、地獄で会おう」
ミホークが私の心臓を貫いた黒刀を引き抜く。
血が溢れ出た。もう立つことすら出来ず、その場に崩れ落ちる。
「カ、カリギュラァァァァァァァァァッ!」
ルフィの慟哭が聞こえる。が、もう返事をする力も碌に残っていない。
「…キャプテン、ルフィ、ゾロ、ナミ…私の冒険は、ここまでのようだ」
世界が暗くなっていく。
「ウォォォォォォォォォォッ!この野郎ォォォォォォォォォッ!」
ルフィがミホークに殴りかかる光景を最後に、目の前が真っ暗になった。
【コメント】
首領・クリークなんていなかった。