『注意』
今回の話は麦わらの一味はお休みです。
オリジナルキャラ、オリジナル設定、原作キャラ崩壊の嵐です。
それでも良いという方のみ、↓へどうぞ。
【荒ぶる神の力】
「…どうやら、追ってはこないようね」
ウィスキーピークから数十km以上離れた岩場で巨大な亀の背中に乗った女が冷や汗を垂らしながら呟いた。
美しい黒髪と高い鼻が特徴の妖艶な美女だ。現在、彼女の心臓は早鐘のように鼓動し、露出の多い服にもかかわらず、全身に汗をびっしょりと掻いている。
彼女はバロックワークスの副社長『ミス・オールサンデー』。
バロックワークスという強大な裏組織にたった一人で立ち向かうつもりのアラバスタ王国王女ネフェルタリ・ビビをからかう、もとい様子見のためにやってきたのだが、ビビと協力を結んだ海賊団に存在を悟られてしまった。しかも、一味の船から1km以上離れた岩場に隠れていたにも関わらず。
自分は特技として暗殺を掲げていたが、少し考え直そうかとも思ったほどだ。
「Mr.13達の報告とあの似顔絵…やはり、彼女達は“アラガミ”なのかしら」
もし、自分が考えている存在と同じものならば、自分の能力では太刀打ちできない。これが一目散に逃げてきた理由の1つである。
自分の気配を捕えた3人の女、カリギュラ、氷女、サリーについて、自分の持つ“アラガミ”の知識を交えて考察する。
カリギュラ―――報告では、彼女は人間の姿と竜の姿をとるという。名前と似顔絵の姿は過去に見た“歴史の本文(ポーネグリフ)”に記されていたものと全く同じ。けれど、人間の姿をとれるなどという記載は一切なかった。
氷女―――刀と幼い少女の姿をとるもの。彼女のような存在について書かれたものは見たことが無いが、斬りつけたものを骨にするという能力、これが捕喰の一種だとしたら、彼女もアラガミなのだろう。新種か自分が知らない種かは分からない。
サリー―――頭部の一眼と深緑の肌とドレスを纏う美しい女性体。これもポーネグリフに記されていたサリエルと呼ばれるアラガミの特徴と一致する。
Mr.13達からの報告によると、なにも無い空間に巨大な眼を生み出し、仲間を同志討ちさせたり、レーザーを照射する攻撃を行ったらしい。
『魔眼の魔女』とも書かれていたサリエルの本領とも言えるだろう。
そして、何よりも驚いたのが…全員人間に近い自我があること。
彼女の知るアラガミとは、ただ只管に捕喰と破壊を振りまく兵器のような存在であり、断じて徒党を組んで海賊などをやる存在ではない。
意思疎通が可能ならば、もう後がないと思っていた自分の目的も果たせるかもしれない。
「もし、この星と共に今の文明が生まれる遙か昔から存在していた彼女達から話が訊ければあるいは…!」
ミス・オールサンデーを思考の海から引きずり上げたのは大地を砕くような轟音だった。
慌てて音の方向―――ウィスキーピークの方角を向くと、島と同等の大きさを持つ、巨大な氷塊が島を押しつぶしている光景が目に飛び込んできた。
「…ハハ」
思わず半開きの口から笑いが漏れる。
人間、あまりにも凄まじいものを見ると、笑ってしまうものだ。だが、彼女の見た光景はさらなる変化を見せる。
島を完全に押しつぶした氷塊が一瞬震えたかと思うと、大爆発を起こしたのだ。
「な…!」
数十kmの距離があるにも関わらず、その爆発の衝撃で乗っていた亀ごと吹き飛ばされる。
しかも、その爆風は熱ではなく、真逆の冷気で彼女の身体を蝕む。
「く…!―――『百花繚乱・防風林(シエンフルール・ウィンドブレイク)!』」
だが、彼女が腕を交差させると、体中から無数の腕が生え、彼女を守る様に包みこむ。
これが彼女の食べた“ハナハナの実”の能力。
彼女は体の一部を視界内のどこにでも咲かせることが出来るのだ。
「ウ…お願い、早く収まって…!」
しかし、咲かせるのは紛れもなく彼女の一部。ゆえに、咲かせたものが傷つけば彼女も傷つく。
これ以上寒波が続けば、防ぎきれない。
だが、運は彼女に味方し、限界ギリギリのところで寒波は収まった。
「ハァ、ハァ…なんてこと」
ハナハナの実の能力を解除すると、其処に広がっていたのはどこまでも続く氷の世界。
最初の氷塊の激突で発生した波すら、水面から伸びあがった状態で完全に凍りついている。
それは自分が乗っていた亀のバンチも例外ではなく、海ごと氷漬けになっていた。
そして、視線の先には本来あるべきはずのものが無い。
「島を…消し飛ばしたというの…!?」
そう、視界には凍った海が広がるだけ。ほんの数分前まであった島はどこにもない。
こんなことが出来るのは、今のこの場ではたった1つしかない。
「これが…世界を滅ぼした怪物の力。あぁ…!」
幼き日に見た、とある光景が頭をよぎり、ミス・オールサンデーはまるで悪夢におびえる幼子のように胸を掻き抱いた。
それと同時に、彼女は悟った。
―――自分の命はそう遠くないうちに潰えると。
【剣と盾】
「う~す、交代しに来ました」
「ジス、上官に向かってその言葉づかいはやめろ。スモーカー大佐の下じゃあまり問題にされないが、他の部隊じゃ下手すりゃ上官侮辱罪になるぞ。まあいい、後はよろしく頼む」
「りょ~かい」
半月と満月の間という何とも中途半端な月が船の甲板を照らす中、俺は上官である軍曹と見張りを交代した。
海軍の海兵として働き出して1年ちょい。階級は一等兵。つまり、雑兵ってことだ。
こんな態度だから勘違いされがちだが、海軍本部中将である親父の背中を見ながら育った俺としては、中々有意義な仕事をしていると感じている。
けど、やっぱ敬語は苦手だ。
親父にもさんざん直せと言われたが、結局どうにもならなかった。
敬語についてあまり気にしないスモーカー大佐の部隊に配属なったのは運が良かったのかもしれない。
「しっかし、スモーカーの大将も度胸あるね。独断でグランドライン突入たぁ、俺には真似できねぇな」
ローグタウンを嵐が襲った日、いきなりスモーカー大佐から島から逃走した海賊団の追撃命令が下った。
しかも入口からのグランドライン行き。
俺はなんでカームベルト渡れる船持ってるのに50%の確率で魚の餌になる危険犯さなきゃならないんだよ!と抗議したが、ホワイトブローを鳩尾に叩きこまれ、気が付いたら船の船室に転がされていた。畜生。
しかし、あのモクモクの実の能力者であるスモーカー大佐を圧倒するって、その海賊団―――麦わらの一味にはどんな化けモンがいるんだ?
そいつとは絶対に一対一じゃ戦り合いたくねぇな。
色々あったが、我らが海軍船は無事にグランドラインに入ることが出来た。
…もう2度と経験したくない。
現在、スモーカー大佐が追っている海賊団が7つあるグランドラインのどのルートを選んだのか、灯台守の爺さんに話を訊いているわけだが…
「だから爺さんよぉ、おれぁ青い長髪の女と麦わら帽子を被った男の海賊団がどのルートを選んだか訊いてんだよ」
「知らんな。そんな海賊など、見ていない」
「真顔で嘘吐いてんじゃねぇ。おれ達がここに着いた時、奴らの海賊船が見えた。船首は折れていたが、あの船は間違いなくおれの追っている海賊の船だ。そいつをテメェがじっと見てたのは知ってんだよ!」
「フン、知っていたとしても、貴様に話す筋合いは無い」
「船の檻にブチ込まれてぇのかジジイ…!」
「貴様にそれが出来るのか?小僧」
どこのヤクザの会合だよ。
ヒートアップしたスモーカー大佐と灯台守であるクロッカス爺さんの会話が船まで聞こえてくるので、ガリガリと精神力が削られている気がする。
しかもこれが丸一日続いていると来たもんだ。
「…神経衰弱になる前に見回り終わらせるか」
まだまだ続きそうな荒くれどものメンチの切り合いを後目に、俺は船の甲板と内部を見回った後、装備を整えて外の見回りを開始する。
灯りのランタン等の他に持つのは、直径2mのタワーシールド。鋼鉄製の盾の表面にはびっしりと棘が拵えてあり、中々に凶悪な代物だ。
180cmを超え、体格も良い俺をすっぽりと隠せてしまうそれを背中に背負って船の周囲を見回る。
思えば、こんな大盾を武器としだして、かなりの年月が経った。
切っ掛けは子供のころ、海兵になりたいと言って親父に剣を教わったが、俺の太刀筋を見るなり言った一言だ。
「来世に期待しろ」
ムカついたので思いっきり股間を蹴りあげてやった。
家に帰ったらおふくろにボコボコにされた。顔の原型が無くなるまで殴られた。
「父さんのが使えなくなったら、お前を殺す」という台詞は今でも2日に一回は夢に見る。
そのあとそのことが近所の同年代の子供に伝わったのか、マリンフォードの子供社会で勢力を持つガキ大将の一人が何かにつけてバカにしてきたので、色々反論している内に決闘をすることになった。
まあ、決闘といっても手作りの武器を使ってドツき合う子供らしいものだ。
マリンフォードは海兵の家族が暮らす街であり、大体の海兵は剣を使っていたのでそのガキ大将も木を削って作った木剣を武器に、決闘場に現れた。
対する俺は、親父が趣味で集めていた骨董品の中にあった大盾の表面に有刺鉄線をとりつけたマジもんの凶器をもって決闘場に現れた。
…自分のことながら、俺は色んな意味でバカだと思う。
決闘の結果は俺の凶器にビビって逃げ出したガキ大将の背中に俺の渾身のチャージが炸裂。そしてそのまま足が滑ってガキ大将を地面と盾でサンドイッチ。
見物していたガキどもどん引き。以後、現在に至るまで友達いない歴を更新中。
そのことで親父に烈火の如く怒られたが、反撃。親父の股間をその大盾で押しつぶした。
家に帰ったらおふくろに殺された。生まれて初めて臨死体験をした。
「祈れ。楽に死ねるように」という台詞は今でも数時間に一回はフラッシュバックする。
だが、この攻撃パターンにピンと来るものがあったので、そのまま大盾(タワーシールド)の表面に棘を付けた物を武器とすることを決めた。
親父には呆れられたが、これで海軍の戦闘試験も通ったし、スモーカー大佐の元で何人もの海賊をミンチにしてきたので、それなりに使える武器であると思っている。
「………ん?」
灯台の周囲まで見回りを行っていると、船を着けているのとは反対の崖下の方に灯りが見えた。
あんなところで何かするという報告は受けていないし、この岬の近くに民家があるとは聞いていない。
良く目を凝らして見ると、暗さに目が慣れたことも手伝って、傍に一隻の小舟が見えた。
「海賊の船から逃げ出してきた民間人か?まあ、何にせよ、確かめに行かにゃならんか」
俺は持っていたロープを垂らし、地面に打ち込んだ杭に先端を巻きつけると、腰に灯りをひっかけ、しっかり固定されていることを確かめてから崖下に降りる。
摩擦熱で掌を焦がさぬように崖下まで降りると、すぐにぼんやりと光るランタンを見つけた。
その傍には人影が一つ、海に両足を付けて、岩場の淵に座っている。
「おーい、其処の人。こんなとこで何やってんだ?」
「ん~?」
俺の声を聞いた人影がこちらを振り返った。
肩口で切り揃えられ、ふわふわと柔らかそうなウェーブのかかった黒髪、若干釣り目の黒い瞳が特徴の女の子だった。顔立ちは整っており、かなり可愛い。というか、ストライクど真ん中。
他に目を引く物と言えば、右手の無骨な腕輪と言ったところか。
「お~、海兵だ~」
容姿に反し、その口調はのんびりと間延びしたものだった。
俺が海兵であることは、制服を見れば一発で分かるので、特に不審な点では無い。
「応、海兵だ。早速だが、お前さんは誰だ?」
そう問いかけながら女の子の隣に座る。
ここをMMP(海軍モテ男粛清)団に目撃されれば厳罰だが、それでも男としてこのチャンスを逃すことは出来ない!
「ん~と…ex-GE1って呼ばれてる」
「いーえっくすじーいーわん?なんだそりゃ、名前か?」
「博士は型番だって言ってた」
「型番?」
なんだそりゃ。
「まあ、名前みたいなもんか。じゃあ、いーえっくすじ…!」
舌咬んだ。
「大丈夫~?」
「うぐ…ら、らいじょうぶら。あー、言いにくいから、いーえっくす…いえくす…エクスでいいか?」
「エクス?」
俺がエクスと呼んで良いかと訊いた少女は目を丸くして、俺を見つめる。
「あー、ダメだったら別に…」
「ううん~、とっても気に入ったよ~。これからはそう呼んで~」
満面の笑みで答える彼女に見惚れてしまったとしても、仕方ないと思う。
「あ~、そーだ。貴方のお名前訊いてない~。なんていうの~?」
「ジスだ。ジス一等兵。今この岬に停泊している海軍船の司令官である海軍本部スモーカー大佐の部下だ」
「そっか~、よろしくね~、ジス君」
「応、よろしくな、エクス」
さて、挨拶も終わったところで本題に入りましょうかね。
「でだ、エクス。お前なんでこんなところに居る。グランドラインの入り口まで優雅にクルージングと言うわけでもねぇだろ」
「んとね~、私船でどこかに連れてかれてたんだけど、あんまり暇なんで見張りを適当に蹴散らして船にあった小舟で脱出してきた~」
何と言うワイルドレディ。
「てーと、お前さんは海賊船にでも捕まってたのか?」
「ううん~。私が乗ってたのは海軍の船~。博士の専用船とか聞いた気がする~」
「海軍の船?…なあ、お前さんの言う博士ってのはもしかしてベガパンクとか言う名前か?」
「うん、そうだよ~。良くわかったね~」
Dr.ベガパンク。
その男が海軍の優秀な研究チームのリーダーであることは俺ですら知っている。
カームベルトを渡れる船や悪魔の実を物に食べさせる等、とんでもない技術を次々と開発している稀代の天才科学者だ。
「なんでそんな奴の船に乗ってたんだ?」
「多分、私が博士に造られたからだと思うよ~」
「………は?」
「私、こう見えても生まれてまだ3カ月くらいなんだ~。研究所の培養槽で目が覚めてから今までずっとデータ収集とか学習とかで外に出たことが無かったんだ~。だから、船に乗せられたときに、チャンスだって思ったの~」
「…エクスの話を信じるなら、Dr.ベガパンクはついに神様の領域まで手を出したってことか」
とても信じがたい話だが、エクスが嘘を吐いているようには見えない。
何より、Dr.ベガパンクならそのくらいのことやってしまいそうだ。
「え~と…確か、私は大昔に怪物を最も多く殺した英雄のDNAから作られたクローンだって言ってたかなぁ~…?」
でーえぬえー?くろーん?駄目だ、頭が痛くなってきた。
「あ~、もういいよ。俺には理解できそうもない。とりあえず、お前さんの身柄はこちらで預からせてもらうぞ。一応俺も海兵なんでな、このままお前さんを自由にさせとくわけにもいかない」
「うん、いいよ~。私もそろそろ帰ろうと思ってたところだし~」
何と言うダイナミックプチ家出。
「じゃあ、まずはこの崖の裏にある海軍船に―――」
「あ!」
俺が立ちあがってエクスを連れて行こうとすると、彼女は海の方を見て声を上げた。
俺もつられてそちらを見ると、一隻の海軍船の灯りと、こちらへ向かってくる小型船が見えた。
良く見ると、巨大な魔盛りを担いだおかっぱ頭の男が乗っている。
「お~い!戦ちゃ~ん!」
「ex-GE1!オメェ一体何考えてやがる!試作型PXを2体もオシャカにしやがって!」
小型艇に向かって手を振っていたエクスに気付いた魔盛り男が真っ直ぐにこちらに向かってきて、小型艇を岸につけながらエクスに怒鳴りつける。
「いや~、あの人たち邪魔だったから、つい」
「つい、であいつらを真っ二つにするんじゃねぇよ!あいつら作るのに軍艦一隻分の資金が掛かるんだぞ!?」
「あー、ちーとばっかしいいですか?」
エクスの会話も含め、ずっと極秘事項の断片を聞かされているような気がするので、会話を切りあげて貰う。
余計なことを知って、口封じされたくない。冗談ではなく、これが起こるのが海軍と言う組織だ。
「ん?何だテメェは」
「海軍本部スモーカー大佐の部下、ジス一等兵です。先ほどこの少女を見つけて保護しました」
「そうか。わいは世界一ガードの固い男にして、世界一口の堅い男、戦桃丸だ。海軍本部科学部隊隊長でDr.ベガパンクのボディガードも兼ねている。この女は海軍の極秘プロジェクトに関係している。だから、ex-GE1が対アラガミ兵器、通称ゴッドイーターのクローンであるということは、命が惜しければ絶対に喋るな」
おい、機密事項ダダ漏れじゃねぇか!
「お前が余計なこと喋んなきゃ俺そこまで知らなかったんだけど!」
バカじゃない!?このおかっぱ野郎バカじゃない!?折角何も知らない一海兵でいようと思ってた俺の思惑台無しじゃん!
畜生、もうこいつが上官であろうと、絶対敬語なんざ使わん!
「あはは~、戦ちゃんやっぱり口軽い~」
「そうだそうだ!お前今日から世界一口の軽い男、戦桃丸(笑)に改名しやがれ!」
「黙れガキ共!とにかく、帰るぞ、ex-GE1」
―――「エクスだよ、戦ちゃん」
戦桃丸が小型船に乗るよう、エクスを促すが、彼女は戦桃丸に詰め寄ると、いつもの間延びした口調ではなく、はっきりとした口調で俺の付けた名前を名乗った。
「は?何言ってんだ、お前はex-GE1―――!」
戦桃丸の喉元にいつの間にか、巨大な剣が突き付けられていた。
「エクスだよ、戦ちゃん」
それは刀身と機械を合体させたかのような奇妙な作りをしており、柄にはエクスの腕輪から伸びた触手のようなものが接続されている。
エクスはその武器を戦桃丸の首に突き付けながら、再度同じ台詞を繰り返す。
「…あー、戦桃丸。頷いといた方がいいぞ。こいつ、目がマジだから」
今のエクスの目は親父のシャツにキスマークを見つけた時のおふくろにそっくりだった。
俺がその目を見た次の日は必ず床に大量に零れた液体を拭いた後があったのを思い出す。
「…チ、エクス、行くぞ」
「わかった~。またね、ジス君」
戦桃丸が観念してエクスの名前を呼ぶと、エクスは剣を引き、文字通り武器を“消す”と、いつもの口調で小型船に乗り込んだ。
そして、苦虫を噛み潰したような表情で戦桃丸が運転する小型戦上から、茫然としている俺に向かって手を振って去って行った。
「…あー、なんかすごく疲れた。さっさと戻って交代しよう」
大きなため息を吐くと、船へと戻るべく、来た道を戻る。
「クソ、くたばり損ないのジジイの癖に良いパンチ持ってるじゃねぇか…!」
「まだまだ小僧如きには負けんわ!」
帰る途中、何か見たことある葉巻男と花頭の爺さんが殴り合っていた。
あんたらもういい加減にしろよ。
◆
「ふわぁ~あ…」
「ジス、おれを目の前にして大あくびとは言い度胸だな」
翌朝、船の甲板で朝礼が行われた。
スモーカー大佐を前に、全員がきっちりと整列している。
そして、俺は何故かいつもスモーカー大佐のド真ん前だ。
前にスモーカー大佐にどうしてか尋ねたことがあるのだが、「それが分からないってのが理由だ」と言われた。
「どっかのバカ達の言い争いと殴り合いの音で碌に眠れなかったんですよ」
ホワイトブローが肝臓に突き刺さった。
「グフ…!誰も大佐とは言ってないのに殴るなんて、バカの自覚はあ―――」
スモーカー大佐の渾身のフックがテンプルに突き刺さり、一瞬意識が遠のいた。
「オオォォォ…!」
「さて、このアホは放っておいて、今日は重要な伝達事項がある」
米神と脇腹を押えながら悶絶する俺を無視するようにスモーカー大佐は朝礼を進める。畜生。
「本日、〇九〇〇時にDr.ベガパンクが開発した兵器が届く。置き場所は109号室だ」
成程、109室かー………って、
「そこ俺達の船室じゃないっすか。何で態々」
「さあな。ロイド、ジュチ、シャルルはそれぞれ105号室、107号室、208号室に移動だ」
「俺はどうするんですか?」
「お前はそのままだ」
何このいじめ。
「そんな顔でこっちを見るな。俺だって最初はお前も別室にしようとしたんだが、昨日の夜急に連絡が入ってな。兵器とジス一等兵を同じ部屋にするようにとのことだ」
「スモーカー大佐、命令違反が得意技でしょ。どうにかして下さいよ」
顔面にストレートを叩きこまれた。
「グオオ…は、鼻が…!」
「お前はいつも一言多いんだよ!」
「あはは~、ジス君ってやっぱりおもしろいね~」
…何やら聞き覚えのある声が。
「エ、エクスか?」
「うん、昨日ぶり~」
鼻を押さえながら顔を上げると、いつの間にか昨日海岸で見た黒髪の少女が立っていた。
そして、その首筋にはスモーカー大佐愛用の巨大十手が突き付けられている。
さらに、俺を除く、たしぎさんや他の隊員も剣や銃を抜いて、エクスに向けて構えている。
「テメェ、何もんだ?」
俺は昨日面識があるが、大佐とその他の隊員は勿論ない。
見知らぬ少女がいきなり船に乗り込んできたわけだから、警戒をするのは当然だ。
「私はエクス~。今日からこの船に乗ることになった博士…Dr.ベガパンクの兵器だよ~」
だが、エクスはこの殺気の中、いつも通りの間延びした口調で平然と答える。
「兵器?お前がか?」
「うん。はい、博士からのお手紙~」
訝しげな視線を向けるスモーカー大佐に、エクスは懐から一通の手紙を取り出し、大佐に渡す。
大佐は手紙に目を通すと、エクスに突き付けていた十手を下ろし、隊員たちにも武器を下ろすように伝える。
「やれやれ、いつからおれの船は託児所になったんだ。おいジス、お前がこいつと同室なんだから、しっかりと面倒見てやれ」
ザワッ…
こ、この流れは拙い…!
「大佐、男女が同室は風紀的に拙いと思います!」
「ええ~…私折角ジス君と同じお部屋が良いって博士にお願いしたのに~…」
うるうると涙目になって俺を見つめるエクス。
いや嬉しいよ、嬉しんだけどちょっとお口にチャックしようか!
「こいつは女じゃ無くて兵器だろ。だから問題ねぇ」
明らかに顔が笑ってるんですけど!
なにその「やれやれ、おれが一肌脱いでやるか」って表情。あと俺だけに見えるよう小さくサムズアップすんな!
「失礼だな~。私にだってちゃんと人間の女としての生殖能力はあるよ~」
お願い、ちょっと黙ってて!
「じゃ、これで朝礼は終わりだ。各員、持ち場につき次第、灯台守…いや、クロッカスから入手した麦わらの一味の情報に従って出航する」
その言葉と共に去っていくスモーカー大佐とたしぎ曹長。
というか、あの殴り合いの後何があった。クロッカス爺さんもダチを見るような目で大佐を遠目で見てるし。
「ジス君、一足先に私達のお部屋見てくるね~。待ってるから早く来てね~」
船内図を片手に、俺をおいて去っていくエクス。
残るは俺とスモーカー大佐部隊の海兵たち。
「…ジス一等兵」
そしてポンと肩に置かれる手。
恐る恐る振り返ると、其処には―――
「MMP団の名の元に、反逆者である貴様を処刑する」
いつの間に着替えたのか、隊のほぼ全員が真っ黒なローブに身を包み、目と口の部分に穴をあけた、頭頂部がやけに長い頭巾を被っている。
手には鋸や大鎌、鎖、挙句の果てにはガトリングガンが各員に握られている。
MMP団―――それは海軍の創立当初から存在したと言われる秘密組織。
その組織への未婚男性の所属率は90%を超えると言われている。
この組織の追撃を逃れた者だけが、既婚者になれるのは海軍に所属する者の中では常識だ。
だが、海軍大将がトップに居るこの組織からの追撃を逃れるのは、至難の業である。
本当、何やってんだろうね、海軍。
「逃げないとは潔いな。元MMP団ジス突撃兵」
逃げる?無理無理。肩に手をおかれた時点で幾重にも包囲されてるから。
能力者でも何でもない俺に、突破出来るはずもない。
ああ、空が青いなぁ…
◆
「ジス君、ミイラみたいだね~」
【うん、そうだね】
「喉は3日もすれば喋れるようになるって~。良かったね~」
【うん、そうだね。殺意を持った集団の恐ろしさを身を持って知ったよ】
あいつら一番最初に俺の喉を潰して叫べなくしてからリンチだもんな。MMP団のマニュアルに記載されてある通りの方法だけど、自分がやられるとマジでシャレにならん。
偶然、スモーカー大佐が通りかからなかったら、俺多分死んでた。
現在は治療を受け、自分の部屋(エクスとの相部屋)で横になっている。と言うか、身体動きません。
現在はかろうじて動く腕を使って、エクスと筆談している。
【ところで、出航とか言ってたわりには船が動いてないんだが、何かあったのか?】
「何かね、麦わらの一味が通った航路の磁気が捕えられないんだって~。だから今原因究明中~」
磁気が?
島がそこに存在するだけで発生する磁気にそんなことってあるのか?
【もしかして、島が無くなってたりしてな】
「あ~、そうかも」
【本気にすんな。冗談だ】
「…冗談じゃないかもね~」
それから数時間後、麦わらの一味が向かった航路の1つ目の島、ウィスキーピークが消滅しているとの報告があった。
…お家に帰りたい。
【カヤさんと悪魔の実】
ウソップとカリギュラがルフィ達と共にシロップ村を出てから早数ヶ月。
医者を志す少女、カヤは勉強の合間に村を散歩していた。
カヤは温かい日差しの中、一陣の風が清涼感を運んでくるのを、髪を掻き上げながら感じ取る。
その風に交じって、カヤの思い人がいつも言っていた言葉が聞こえてきた。
「「「海賊が来たぞ~!」」」
「いい加減にしねぇか!このガキども!」
今までウソップが行っていた村の日課は、しっかりとその部下達に引き継がれているようだ。
「ウフフ、ピーマン君達も元気ね」
カヤはそれを微笑ましく思いながら、自分の愛しい人を思い浮かべる。
幼いころ両親を亡くし、そのショックで体を弱くしてしまった自分を必死に慰めてくれた長鼻の少年―――ウソップ。
「…本当なら、私もついて行きたかった」
だが、身体もある程度回復したとは言え、体力は未だ常人以下だ。
とてもではないが、海賊など勤まる訳が無い。
ウソップと離れるのは絶対に嫌だったが、彼の足を引っ張るのはもっと嫌だった。
ゆえに、なんとか我慢して彼を送り出した。
ただ、あの後数百回程無意識の内に船で海に出ようとしていたが。
「…変な女に引っ掛かって無いと良いけど」
そして、これがカヤにとって最も気がかりなことである。
カヤはウソップを愛している。それはもう愛している。彼以外の男には、出来れば触れたくないし、触れてほしくないほどに。
それは医者の卵としてどうなのかとは言わぬが花だろう。
はっきりって、ウソップは美形とは程遠い。だが、それは外面に限っての事だ。
彼の優しさに救われたカヤにとって、ウソップは間違いなくこの世で一番格好いい男なのだ。
「もしも、私と似たような境遇の女がウソップさんの優しさに触れたら…」
堕ちる。確実に。
カヤはそう確信していた。
「カリギュラさんが上手く立ち回ってくれればいいのだけれど…あの人、私がウソップさんを愛しているとは夢にも思って無いんだろうなぁ…」
カヤは1ヶ月間同じ屋敷で寝食を共にした親友の事を思い浮かべた。
カリギュラがウソップに好意を抱いていないか確かめるために、ちょっとした会話に交じってそういう話をしてみたが、話が全く見当違いの方向に進むのだ。
「カリギュラさんは鈍いと言うよりも、むしろ―――」
―――恋愛感情というものが無い?
「…まあ、それはそれで好都合ね」
ウソップを恋愛対象として見ることなく、絶大な信頼を置いてくれる存在は、カヤにとって非常に大きなプラスとなる。
命の危険と隣り合わせの海賊家業において、ウソップを命掛けで守ってくれるからだ。しかも、そういう関係で良く発生する恋愛感情がカリギュラには無いのだから、とても都合がよい。
というよりも、そうでなかったらウソップとカリギュラが一緒に居るのをカヤは絶対に許しはしなかっただろう。
「お、カヤお嬢!今日も元気そうだな」
思考に没頭していると、急に声を掛けられた。
カヤは意識を現実に戻し、声の方を向く。
「あ、八百屋のおじさん。はい、身体の方はどんどん回復してますから。ちょっと体力が無いですけど、もう殆ど健康な人と変わりませんよ」
「そりゃよかった。そうだ、おれからちょっとしたお祝いの品を送ろう」
そういうと八百屋の店主は店の奥に引っ込み、1分ほどしてから戻ってきた。
その手には奇妙な果実が握られている。
「えーと…ブドウ、ですか?」
「ああ、たぶんな。どうだい、珍しいだろう。こんな縞模様の付いたブドウは。仕入れの時に混じってたらしくてな。長年八百屋をやってるおれでも、こんなブドウは見たことが無い」
店主の手にあるブドウは、普通のブドウとさほど変わりは無い。
だが、表面に走る縞模様が、何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。
正直、祝いの品では貰いたくない。
「え、ええ」
「おお、気に入ってくれたか。じゃ、どうぞ」
「いえ、別に気に入ったわけでは…」
カヤはやんわりと断ろうとしたが、八百屋の店主はいいからいいからとカヤに縞模様のブドウを押しつけ、自分は帳簿の整理があるからと言って店の中に引っ込んでしまった。
「これ、どうしよう…」
私、八百屋さんに嫌われてるのかな?と思いつつ、もう散歩という気分でも無かったので、カヤは屋敷に戻ることにした。
◆
カヤは自室に戻ると縞模様のブドウをテーブルの上に置いて、どうしたものかと考えていた。
はっきり言って、こんな不気味な果実など、口にしたくは無い。
だが、仮にも祝いの品。捨てるのはどうかとも思う。
「もう、こんな不気味なものどうしろって言うのよ。まるで、悪魔みたいな…」
カヤは自分の発した『悪魔』という言葉から、ある話を思い出した。
カリギュラ達がキャプテン・クロを打ち倒してから少し経って、カヤはルフィの身体がゴムのように伸びることを知り、ちょっとした興味本位で訊いてみたことがある。
その時、ルフィはこういったはずだ。「悪魔の実を食べたからだ」と。
その時はさほど重要な話だとは思っていなかったので、それ以上の事は訊いていない。
「悪魔の実がどういった形をしているのか、訊いておけばよかったわね」
カヤは後悔先に立たずとはこのことね、と思った。
「もし、この果実が悪魔の実だとしたら、私もルフィさんのように強くなれるのかしら」
いや、重要なのはそこではない。
「―――ウソップさんの隣に居ることが出来るのかしら」
もしこの実が本当に悪魔の実ならば、弱い自分と決別し、今からでもウソップを追いかけ、一緒に居ることが出来るかもしれない。
カヤは微笑を浮かべ、縞模様のブドウを手に取る。
「なら、迷うことなんてないじゃない」
例え、コンマ1%でも愛しい男と並んで歩んでいける可能性が生まれるならば、悪魔だろうと何だろうと利用してやる。
カヤは勢い良く皮が付いたままの縞模様のブドウの房に齧り付いた。何とも豪快である。
清楚で大人しそうな容姿と行動的で情熱的な気性。
外見と内面が全く正反対というのが、このカヤという少女の最大の特徴であると言えよう。
「う…ま、不味すぎる…!」
何度も吐きそうになるくらい酷い味だったが、カヤはド根性で全て食べ切った。
「…特に変わったところは無いわね」
やっぱりただの不味い果実だったのかな、と思いつつ、ふと部屋に掛けてある鏡を見た瞬間、カヤは目を剥いて驚いた。
「ウ、ウソップさん…!?」
今鏡に映っているのは見なれた自分の部屋ではなく、船の船室。
大きなテーブルとその上に乗る大量の料理。どうやら、其処は食堂であるようだ。
そこでは数人の男女が談笑しつつ、食事を取っていた。
彼女が恋焦がれる男も笑いながら魚のソテーを口に運んでいる。
「これが悪魔の力、『ミラミラの実』の能力…!」
自分でも驚くほどするりと口からそんな言葉が出てきた。
まるで生まれた時からその能力を持っていたかのように、この悪魔の力がどのような物であるか、理解できる。
カヤが手に入れたミラミラの実の力は、鏡を自在に操る超人系の能力。
ウソップの姿が鏡に映っているのは、鏡を媒体にした遠視であると、彼女は自然と理解していた。
「ウソップさん…」
数ヶ月見ない内に少し逞しくなった長鼻の少年は、ますますカヤ好みの素敵な男になっていた。
自然とカヤの頬も高揚し、息が荒くなる。
既に日課となっているソレを行おうと、下半身に手を伸ばしたその時、鏡がカヤにとっての最悪の光景を映し出した。
緑色の豪奢なドレスに身を包んだ美しい女性。
緑色の肌や頭部の巨大な一眼が異彩を放っているが、それすら妖艶さを醸し出す要素にしかならないくらい、美しい女がウソップに食事を食べさせ始めたのだ。
女は幸せそうに焼き魚を箸でウソップに食べさせている。
ウソップもまんざらではなさそうで、だらしなく鼻の下を伸ばし、次から次へと食らい付いている。
「………」
そして、焼き魚が全て無くなると、鏡の中の女は箸をおいて、ウソップの口に付いている食べカスを緑色の唾液まみれの舌で舐め取った。
「―――!」
そして、その女はそちらからは見えるはずの無いカヤの方を向いて―――
―――コ ノ オ ト コ ハ ワ タ シ ノ モ ノ ダ
「アアアアアアアアアアァァァッ!!」
カヤは絶叫と共に素手で鏡を叩き割った。
鏡はいとも容易く砕け散り、その破片でカヤの手をズタズタに切り裂いた。
「ハァ…ハァ…」
ポタポタと流れ出る血が床の絨毯の上に赤い染みを作る。無残に切り裂かれた手には激痛が走っているはずだが、憤怒と嫉妬に支配されている彼女にとって、その程度の事などどうでもいい。
「お、お嬢様!どうなさいました!」
先ほどの絶叫を聞きつけた執事のメリーが慌てて部屋に飛び込んできた。
「お手が…!お嬢様、すぐに手当てを「メリー」」
カヤから平坦な声が聞こえた。まるで、隆起した地面を無理やり均したかのような、平坦な声が。
「1ヶ月でグランドラインを航海できる船と人員を集めなさい」
「お、お嬢様、一体何を言って…」
メリーはカヤの突然の発言に頭が真っ白になり、思わず訊き返す。
カヤはゆっくりとメリーに振り向き、メリーの顔を覗き込むようにして、再び口を開いた。
「もう一度だけ言うわ。1ヶ月でグランドラインを航海できる船と人員を集めなさい」
「は、はい…」
この時のことをメリーは後にこう語った。
カヤお嬢様の目はまるで闇の深淵を覗き込んだかのように、恐ろしかったと。
【コメント】
いつぞやの感想返答で恋愛要素は無いと言ったな。
あれは嘘だ。