月の光が地獄と化した町を照らす中、3人の異形と風船のように膨れた1人の男が向かい合っている。
異形の内2人は殺気を漲らせ、男もそれを真正面から受け止めている。
残る1人の異形はどうしたものか、と頭を抱えてる。
しばしの静寂ののち、最も小柄で、最も凶暴な眼光を放つ異形―――氷女がルフィに向かって突進し、右手を振るう。
「ブッタ斬れろォッ!」
氷女が振るった右手は一瞬の内に鋭利な刃と化し、ルフィの首を落とすべく、蛇のように喰らい付く。
「うおっと!」
だが、ルフィもさる者、素早く鋭い氷女の斬撃を、手甲で受け止める。
ギチギチと金属がこすれ合うような、不快な音が町の静寂を乱した。
「やるな。だが、私の刃は1本じゃ無ぇんだぜ?」
「―――!」
氷女はさらに刃と化した左腕で、ルフィの首を狙う。
ルフィはもう一方の手甲でこれを受け止めるが、氷女がニヤリと嗤った。
「ヒャッハー!真っ二つだァッ!」
氷女が上半身を逸らし、バネに弾かれたように上半身を前へ倒す。
それに引っ張られるようにして、氷女の長い長い髪が、ルフィへと降り注ぐ。
「―――?」
頭突きでもされるのかと思っていたルフィは氷女の頭が空振りしたのを不思議に思いながら降り注ぐ髪を見つめる。
だが、氷女の髪の一本に偶然触れた木の葉が両断されるのを見て、氷女の攻撃の真意を即座に悟る。
「いッ…!?これ全部刃物か!?」
ルフィの身体はゴムなので、打撃には滅法強いが、斬撃に対しては普通の人間とさほど変わらない。
この斬撃の雨を浴びれば、間違いなく細切れになって、即死する。
「そう簡単にやられるかって!」
だが、天性の勘と才能を持つ麦わらの一味の船長は、氷女の真下に身体を滑り込ませ、斬撃を回避すると同時に、氷女の腹を蹴り飛ばす。巴投げの変形のような攻撃だ。
「グッ!」
重心が前へ傾いていたこともあり、氷女の身体は軽々と宙を舞い、少し離れた建物の天井に突っ込んだ。
しかし、ルフィの敵は氷女だけではない。
「クスクス、隙ありです」
「―――!なんだこの眼!?」
地面に倒れているルフィの真上に無数の『眼』が浮かび上がる。
「死になさい、ゴム猿」
ドレスを纏った妖艶な異形―――サリーが手をかざすと、眼から眩い光が直線状に放たれた。
「だァァァ!焦げる焦げる!」
眼からの光線が穿った大地はブスブスと煙を上げている。明らかに凄まじい熱量で焼かれた印だ。
その死の雨を、ルフィは地面を転がりながら、必死に避ける。
「クスクス…クハハハハハハハハッ!無様、無様、無様ァッ!このまま炭化して風に還りなさい!」
サリーは己の狂気を隠すことなく発露させ、美しい顔を醜く歪ませている。
その顔は正しく、彼女の辿ってきた歴史そのものを表していた。
「やめんか、馬鹿者!」
「へギャ!」
だが、サリーの隣に立っていた最後の異形―――カリギュラがサリーの頭を殴りつける。
それで集中が乱れたのか、『眼』は一斉に消滅し、光線の雨もピタリとやんだ。
「…お前ルフィを殺す気か?」
「勿論です!」
今度は頭部の一眼にグーが炸裂した。
「ギャァァァッ!頭部が結合崩壊しました!」
「よかったな。その捻じれ曲がった根性が治るかもしれんぞ」
カリギュラからの二度にわたる拳を受け、頭部に亀裂が生じたサリーは、両手で顔を覆う。
通常時ならば、アラガミ同士がじゃれているだけで終わるが、今は仮にも戦闘中。そのような大きな隙を、この男が見逃すはずがない。
「ゴムゴムのバズーカ!」
サリーの光線を避けていたルフィは、すぐさま態勢を立て直し、サリーに向かって、伸ばした両腕の掌底をひび割れた頭部の一眼に叩きつける。
「ガッ!?」
ルフィの攻撃を受けたサリーは盛大に吹き飛び、後ろにあった建物の壁を貫通して、その動きを止めた。
カリギュラは頬を掻いて、少し悪いことをしたかなといった表情を浮かべていたが、すぐにルフィに向き直った。
「さすがだな。アラガミ2匹とここまで戦えるとは。だが、私はそう簡単には行かんぞ」
「ああ、お前強ぇしな。でも、負けねぇ!」
ルフィの返答を聞いたカリギュラは、僅かに口元を歪めて笑うと、身体を前方に倒して、ルフィに突っ込んだ。
「はや―――!」
ルフィの驚愕が言葉になる前に、カリギュラの拳がルフィの顔面に突き刺さる。
ルフィの首が10mほど伸び、その威力を逃がすが、常人ならば確実に頭が吹き飛ぶ剛拳だ。
更にカリギュラはルフィを宙に蹴り上げ、自身のコートを素早く脱ぎ、ルフィを包みこむ。
すると、コートはまるで生き物のごとくルフィを呑みこみ、黒い球体となった。このコートもカリギュラの一部。ゆえに、彼女の意思のまま、自在に動くのだ。
そして始まる拳打の嵐。ルフィが詰まった球体を殴る、殴る、殴る、殴る、殴る!
重力の束縛を受けるはずの球体が1分以上宙に留まっていることから、その拳打の凄まじさ推して知るべし。
そして、最後に渾身の蹴りを入れると、球体の中からルフィが吐き出され、途中にあった家の壁をブチ抜きながら、何十mも吹き飛ばされた。
「本来ならば、私の拳打でミンチにしたところをコートで直に捕喰する。これで一回は死んだぞ、ルフィ」
カリギュラは宙に舞っていたコートをキャッチし、その豊満な肢体に再びそれを羽織りながら、ルフィが飛んで行った方向に向かって告げる。
「あー、良い運動してやっと食いもん消化できた。こっからが本番だ。カリギュラ」
建物の中から、はち切れんほどにパンパンだった腹が元に戻ったルフィが現れる。
あれだけの猛攻を浴びながらも、ルフィには目立ったダメージは見受けられない。
ゴムゴムの実の対打撃防御力はかなりのものであるようだ。
「手加減したとはいえ、あれを受けてほぼ無傷か。お前に打撃は無効と考えた方が良さそうだな」
さて、どうしたものかとカリギュラは思案する。
ただ相手を殺すだけならば、ブレードもしくは冷気を使えば済む話であるが、今回はルフィの頭を冷やすことである。
“見敵必殺”しかやってきたことのないカリギュラにとって、これ程の難問は無い。
「行くぞォォォッ!」
そうこう考えている内に、ルフィがカリギュラに突っ込んできた。
「む…」
ルフィの怒涛のごとき拳蹴をカリギュラは的確に捌く。
カリギュラはルフィの攻撃を捌きながら、どうやってルフィの行動を止めようかと、ルフィの動きを観察している内に、別の事に興味を引かれた。
(ふむ、拳打を打つ時に腰をひねっているな。…成程、腕の筋力だけでなく、全身の筋力を使っているわけか。これが人間の技法…興味深い)
今まで本能のまま、絶対強者として、その身体能力に任せて殺戮を行ってきた彼女にとって、弱者が強者と渡り合うために生み出した『技』というものは新鮮に映ったようだ。
(…外部的な衝撃では駄目、では内部的な衝撃は…?)
ルフィの技法を見て、カリギュラは今まで喰らったモノの中に、内臓など内部の破壊を目的とした戦闘技術を身に着けていた者がいたことを思い出した。
「くそ!全然攻撃が通らねぇ!」
「まあ、まだお前と一対一では負けんよ」
攻撃が全ていなされている事に焦ったルフィの大ぶりになった拳打を受け止めて掴むと、カリギュラはルフィの胴に鋭い回し蹴りを叩きこんだ。
「ゲフ!…でも、効かねぇ!」
またも盛大に吹っ飛んだルフィだが、素早く立ちあがる。
やはり、ゴム人間に打撃は効かないようだ。
「そのようだな。だが、次の攻撃はこれまでとは少々違うぞ」
「どんな攻撃が来たって、おれは負けねぇ!」
再びルフィがカリギュラに跳びかかろうとしたその時、
「私もいることを忘れんな!」
地中から刃が―――否、氷女が刃と化した右腕をルフィの真下から突き上げてきた。
「―――!邪魔だァッ!」
ルフィは間一髪で身体を逸らし、喉を狙ってきた突きをかわし、その反動を利用して、氷女の顔面を殴りつけ、地面に叩き落とす。
だが、氷女はそのまま地面に沈む様にかき消える。
「な、何だ!?」
「…どうやら、氷女の新しい能力のようだな。先ほどの奇襲から察するに、地面を自由に移動できる能力といったところか」
消えた氷女に驚愕するルフィに、カリギュラが自分が予測した氷女の能力を伝える。
「くそ!地面の中に居ちゃあ、手が出せねぇ。氷女、出てこい!」
地面に潜った氷女に対して、攻撃が出来ないルフィは苛立ちながら、地面を何度も踏みつける。
その時、ルフィの背後の地面が盛り上がった。
「―――!そこかァッ!」
背後からの殺気を感じ取ったルフィが、地面から出てきたモノに対して、裏拳を叩きこむ。
「OBAaaa!」
「な、何だこれ!?」
其処に居たのは氷女では無い。一言で言うなれば、土人形。土で人型をまねた拙い作りの人形がルフィに覆いかぶさろうとしていたのだ。
ルフィの拳は土人形を砕いたが、人形を構成していた土がルフィに降り注ぐ。
「―――『人間道・重』!」
「グ!?お、重めぇ!ただの土なのに…!つ、潰れる…!」
どこからともなく氷女の声が響いた瞬間、土まみれになっていたルフィが、まるでその土に押しつぶされるように地面に倒れた。
「これで終いだァッ!」
身動きが取れないルフィ目掛けて、氷女が地面から再度姿を現し、刃と化した右手で心臓を貫かんと踊りかかる。
「クハハハハハ!死ね、死ね、死ね!私を傷つけるモノは皆殺しです!クハハハハハ!」
さらにいつの間にか起き上がっていたサリーが、ひび割れた顔に悪鬼さながらの表情を張り付け、先ほどとは比べモノにならないほど巨大な『眼』を自らの前方に造り出してルフィ“達”を狙う。
「いッ…!あの毒蛾野郎、私まで焼く気か!」
「ビ、ビームだ!絶対ビームだ!」
ルフィの心臓を正確に狙いつつも、サリーの凶行に目を剥く氷女と重い土につぶされながらも男のロマンに目を輝かせるルフィ。
この男、色々な意味で大物である。
「―――『デストロイア・レイ』、ディスチャージ!」
巨大な眼から凄まじいエネルギーが放たれた。
膨大な熱量の塊は、ルフィと氷女を焼き尽さんと飢えた獣のように襲いかかる。
ルフィは勿論、アラガミである氷女でさえ、この攻撃を受ければただでは済まない。
「…はッ、上等!どっちがこのゴム野郎の息の根を止めるか、勝負だ!」
「ウッホォォォ!スッゲェェェ!」
だが氷女は逃げずに、そのままルフィへの攻撃を継続する。
自身の安全よりも、得物を横取りされることの方が、許せないようだ。
2匹のアラガミの頭にはもはやルフィを止めると言うことなど頭になく、ただどちらが先に得物を仕留めるか、それだけしか無いようだ。
例外は残る3匹目である。
「………この馬鹿共…!」
サリーの極光と氷女の刃がルフィを貫く寸前、カリギュラがルフィの真上に出現した。
「カ、カリギュラ!?」
(速い!全く目視できなかった…!)
「グ…!忌々しい女ですね」
カリギュラは原型に戻した左手で氷女の刃腕を掴み、光線の射線軸上に氷壁を出現させる。
氷女が渾身の力を込めて突き出した刃はその場でピタリと動きを止め、サリーの光線も氷壁に当たると、乱反射を起こし、やがて霧散した。
「…いい加減にせんかァァァァァァァァァァァァッ!!」
空間が揺れるのではないかというほどの大喝。普段のカリギュラからは到底想像できない大声だ。
「「「―――!!!!」」」
その大喝に怯んだ氷女の頭に強烈な頭突きを喰らわせ、身体がくの字に折れ曲がったところで顔面に原型に戻した膝で一撃。
グチャっと何かが潰れる嫌な音と共に、氷女が100m以上吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。
それと同時に、右手をオヴェリスクに変換し、サリーに向けて二連轟氷球を乱射する。
氷女と同じく大喝で動けなったサリーは集中砲火を浴び、足やスカートまで結合崩壊を起こし、ボロボロになって沈黙した。
「よもや本当にルフィを殺そうとするとは…いや、アラガミならばそちらの方が正しい。おかしいのは私ということか」
2匹のアラガミを文字通り瞬殺したカリギュラは、足元のルフィに構うこと無く、何やら考え込んでいる。
「…ん?お、軽くなった!」
カリギュラの下でもがいていたルフィは、いつの間にか土が軽くなっていたことに気づき、素早くカリギュラから距離を取った。
「よっしゃ!掛かって来い!」
「…フ、そうだな。今はお前との戦いを楽しむとしよう」
ルフィが構えると、カリギュラも思考をやめ、ルフィに向き直る。
「さて、思わぬ邪魔が入ったが、先ほどの続きだ。行くぞ」
初回と同じくカリギュラの爆発的な踏み込み。それは、常人には見ることすら許されぬ風神の如し。
「へっ!もう目も慣れたぞ!」
だが、この男は風神を捕え、さらには打ち破らんと、全身全霊を込めた拳打で迎え撃つ!
「でぇりゃァァァァッ!!」
「破ァァァァァァァッ!!」
互いの攻撃がぶつかり合い、その衝撃で周りの地面が吹き飛んだ。
粉塵が収まると、互いに腕を伸ばしたまま、静止している2人の人影が現れる。
ルフィの拳は正確にカリギュラの顔面を捕え、鼻をへし折っている。
「………」
「…まさか、一撃を貰うとは思わなかったぞ。さすがはルフィだ。だが、今回は私の勝ちのようだな」
カリギュラがそういうと同時に、ルフィが崩れ落ちる。
ルフィの拳がカリギュラを捕えていたのと同じように、カリギュラの“掌打”もルフィの腹を打ち据えていた。
「どうだ、身体を撃ち抜く衝撃の味は。これはゴムでもかなり効くだろう?」
折れた鼻をゴキリと戻し、掌打を繰り出した右手を摩りながら、カリギュラは倒れているルフィに問いかける。
「しかしまあ、上手く加減出来てよかった。ちゃんと五体満足だしな。なんだ、私も確り手加減が出来るじゃないか」
カリギュラはうんうんと頷きつつ、ルフィを見る。
「ゲボァ!」
ルフィが口から真っ黒な血を吐いた。
明らかに内臓がズタズタである。
「…オヴェリスク変換。ヒールバレット装填。発射」
カリギュラが手加減をモノにするには、まだまだ時間が掛かりそうである。
◆
「なっはっはっはっは!なーんだ、そんなことならもっと早く言えよ。おれはてっきりあのもてなしの料理に好物が無いから怒って皆殺しにしたかと思ったよ」
ヒールバレットを数十発撃ち込んでようやく目を覚ましたルフィに事の顛末を話すと、ルフィは快活に笑った。
「お前が聞く耳持たなかったんだろう。それに、私の好物は人間と魚。あのもてなしの料理に魚料理はしっかりあった。それについて不満は無い」
人間の方も確りと喰えたしな。特に味噌が美味いんだ、人間は。
「………」
「………」
ゾロ達の元へ向かっている中、後ろから着いてくる氷女とサリーから恨めしい視線を感じる。
2人はその辺りに散らばっていた死体を喰い漁り、なんとか外見上の修復は完了している。だが、内面的な修復にはしばらく掛かるだろう。
「しかしなんだ、お前らが本当にサリーと氷女だったなんてな。全くわかんなかった。アラガミにも成長期ってあんのか?」
ルフィはあっけらかんとして、こちらを射殺さんばかりに睨んでいる2人に笑いかける。
「…絶対いつか斬る」
「…月の無い夜には気を付けなさい」
「応!いつでもいいぞ!お前らと戦うのはおもしれェし!」
明らかにいつか殺すという意味合いの言葉だが、ルフィは全く理解していないようだ。
それを見た氷女とサリーは、大きなため息を吐いた。
「もう良いです。こんな馬鹿、相手にするだけ時間の無駄です」
「そればかりは同感だ」
なっはっはっは、と笑いながら歩くルフィが、ふと氷女に振り返り、質問を投げかけた。
「そういや、さっきの戦いでお前の土が身体に掛かったとき、やけに土が重かったんだけど、あれなんだ?」
「ハッ、誰がテメェなんぞに教えるか」
しかし、氷女は答える気が無いようだ。
まあ、自らの手の内を明かすというのは、死の危険に繋がるからな。
だが、私も興味がないと言えばウソになる。
…ふむ、ここは一つ絡め手で。
「ほう、お前はその能力を知られるとルフィに負けると、そういうことか」
「な、なんだと!誰がこんなゴム野郎に負けるか!いいか、さっきの技はな、あのレモン女の魂を憑依させた土人形を使った技だ!」
「「…魂?」」
魂とは、人間の精神的な根源といわれている。だが、科学的にそれが確認されたことは無い。
だが、氷女が嘘を言っているとも思えない。
「ああ、貴女の髪に絡み取られているその女ですか」
サリーが汚いものでも見るような目で、氷女の髪の一部を凝視する。
だが、私にはただ青い絹糸のような氷女の髪しか見えない。
「―――?何にもねぇじゃねぇか」
それはルフィも同様のようだ。
「ああ、貴方達には見えませんよ。これは物理的視野ではなく、精神的、霊的な視野で見ないと」
「…私には無縁だが、アラガミの中には空間を捻じ曲げる等の超常的な力を持つ者もいる。その類か」
「…貴女の冷気も大概ですよ?話を戻しますが、それよりもさらに霊的な方向に傾いた能力ですね。喰らった人間の全精神、氷女の言葉を借りれば魂ですか。それを自らの支配下に置き、自在に操る事が氷女の能力でしょう」
「その通りだ!」
サリーの説明に、氷女が胸を張ってふんぞり返る。
「まあ、ただの人間でもさっきみたいに土人形に出来るんだが、能力者の魂を使えば、そいつが持っていた能力も使えるんだ!」
おいおい、地味にとんでもないことを言っているぞこいつ。
「ただ、能力者の魂の制御は難しくて、まだ1体しか操れないけど…いつか克服してやるんだ」
「そうか」
結局欠点も含めて全部喋ったな、氷女。…ちょっと頭が残念かもしれない。
「―――???」
「…ルフィ、簡単に言うと氷女は幽霊を操れるということだ」
「―――!おお、スッゲェェェッ!」
会話に付いていけず、先ほどから首をひねっていたルフィに氷女の能力を噛み砕いて説明してやると、目を輝かせた。
「な、な!一匹くれよ!虫かごで飼うから」
「お前は魂を何だと思ってんだ!」
「ちゃんと世話するから!」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「あ、でも幽霊が見えなきゃ世話出来ねぇ…サリー、後で眼貸してくれ」
「貴方は私の眼を眼鏡か何かと勘違いしてませんか!?」
…ま、アラガミらしく凶暴なこいつ等もなんだかんだで上手くやっていけるだろう。
◆
「これで逃げ場も無いってわけね!」
ゾロ達が居る場所まで戻ると、何やらナミが荒れていた。
「お、案外早かったな」
「主殿~♪」
ゾロを見つけると、氷女はすぐに飛びつき、身体を融合させてゾロの背中からまったりとした表情で現れる。
「サリー、怪我は無いか?」
「外見上は取り繕っていますが、内部的に少々やられてしまいました。主にあのデカ女の所為で。でも、マスターが抱きしめてくれればすぐに治ります」
「こ、こうか?」
「あぁん♪マスター…」
この色ボケは本当に一辺死ねばいいと思う。
「カ、カリギュラ~、大変なことになっちゃった」
ナミが涙目で近寄ってきて、事情を説明してくれた。
私達とルフィが戦っている間に、ビビを『アラバスタ』という王国まで護衛してほしいという依頼をイガラムからされたが、ビビは私達を巻きこめないと断ろうとした。
イガラムとビビの故郷であるアラバスタ王国はグランドラインでも有数の文明国家として知られ、平和な国だったらしい。
だが、ある時から革命の兆しが表れ、国が荒れているという。
自分達が預かり知らぬところで民衆の不満を煽る事件が頻発したことから、ビビ達は独自に調査を行ったところ、バロックワークスという秘密犯罪会社に行きついた。
そして、自らのお目付け役であったイガラムと共に、危険を顧みず、潜入捜査を行っていたらしい。
さすがのナミも巨大な裏組織に命を狙われるのはごめんなのか、お金は欲しいけど仕様が無いと断ろうとしたが、ビビがうっかりバロックワークス社長の正体を喋ってしまい、それをバロックワークスの伝令兼お仕置き係のMr.13(ラッコ)とミス・フライデー(ハゲワシ)に見られ、更には似顔絵まで作成されてしまったという。
ここに居るメンバーは勿論、どうやら奴らはMr.5と戦っていた時から監視していたようで、ルフィ、氷女、サリー、私とその原型の似顔絵まで作成したとのことだ。
私がこの場に居れば相手が空を飛べるなど関係無く排除できたのだが…過ぎたことを嘆いても仕様が無いか。
「バロックワークス社長、王下七武海“クロコダイル”か…面白い、七武海には借りもあるしな」
私はミホークに貫かれた心臓に手を置きながら、未だ見ぬ強敵に思いを馳せる。
きっと美味いに違いない。フフフ…
「とりあえず、おれ達6人、バロックワークスの抹殺リストに追加されちまったってわけだ」
「ヒャッハー!なら逆にそいつら全員喰い尽くしてやるぞ!」
「サ、サリー、おれ怖いおれ怖い…」
「大丈夫ですよ、マスター、私が必ずお守りいたします。ですからもっと強く抱きしめてください!ハァハァ…」
「なんかぞくぞくするなー!」
ルフィとゾロはやる気満々、私と氷女は喰う気満々、キャプテンはビビり、サリーは煩悩全開という何ともまとまりのない反応だ。
「…………………」
「わ、私の貯金50万ベリーくらいなら…」
現実に絶望したナミは体育座りでどんよりとしている。
それを何とか慰めようとしているビビが何とも言えない。
「ご安心なされいっ!」
先ほどまで居なかったイガラムの声が聞こえたので、そちらを振り向くと―――
「………何とも反応に困るな」
“へのへのえぢ”と書かれた人形6体を持った、ビビの恰好をしたイガラムがいた。
「ダイ゛…ゴホン!マ~ママ~~♪大丈夫!私に策がある」
限りなく不安だ。
「変態だ!変態が居るぞ、主殿!」
「氷女、見るんじゃねぇ。目が腐る!」
「サリー、なんで急に目を隠すんだ?おっぱいで」
「マスターを有害情報から守るためです。あ、苦しくなったら乳首に吸い付いてください。すぐベッドに直行しますから」
「うはーっ!おっさん、ウケるぞそれ、絶対!」
言いたい放題だな、お前ら。
そしてサリー、お前は欲望に忠実すぎだ。
「もう、バカばっかり…」
はは、何をいまさら。
「イガラム…!その格好は…!」
「いいですか、良く聞いてください。バロックワークスのネットワークにかかれば、今すぐにでも追手はやってきます。“Mr.5ペア”死亡となれば、それはなおのこと。
参考までに言っておきますが、今でこそ七武海である彼に賞金は懸かっていませんが、バロックワークス社長、海賊クロコダイルにかつて懸けられていた賞金額は8000万ベリー」
「なんだ、カリギュラの方が高いじゃねぇか」
まあ、額だけ見れば、私の方が高いな。
「確かに。ですが、このような組織を束ねる存在です。海賊時代にも彼が裏で手をまわし、その証拠を掴めなかった事件も数多くあるでしょう。ゆえに、いかに世界政府が懸けた懸賞額といえども、今回はあまりあてにできません」
成程、裏でコソコソやるのが得意な奴か。
「ところで、王女をアラバスタへ届けていただける件は…」
「ん?なんだそれ?」
「こいつを家まで送ってくれってよ」
事情が飲み込めていないルフィに、ゾロがビビを指差しながら、至極簡単な説明をする。
「あ、そういう話だったのか。いいぞ」
「8000万ってアーロンの4倍じゃないのよ!断んなさいよ!」
気楽に了承の返事をするルフィに、ナミが抗議の声を上げる。
「ナミ」
「あ、カリギュラ。ほら、あんたからも何か言ってやって!」
「つまりクロコダイルはアーロンの4倍美味いということだな!」
「違うわァッ!」
ナミに頭を引っ叩かれた。
「アーロン?何だそれ?」
初めて聞く名前に、氷女がゾロの頭に顔を乗せながら、首をかしげる。
「お前が生まれる前に、私が捕喰した魚人という生物だ。最高に美味かった」
「へー、貴女が其処まで言うほどですか。…何か私も喰べたくなりました」
「駄目だ!そのクロコダイルって奴は私と主殿の2人で全部喰べるんだ!」
「おれは食わ無ぇよ!」
「………」
ナミが崩れ落ちた。
「では王女、アラバスタへの“永久指針(エターナルポース)”を私に」
ビビは僅かな沈黙の後、ログポースに良く似た指針をイガラムに手渡す。
「エ…!?エターナルポースって何?」
「ん?ご存じないのか」
さめざめと泣いていたナミが、初めて聞く指針の名前に、顔をあげてイガラムに問いかけた。
「言ってみればログポースの永久保存版。ログポースが常に次の島へと船を導くのに対して、一度記憶させた島の磁気を決して忘れず、例えどこに行こうとも永久にその島のみを指し続けるのがこのエターナルポース。
そしてこれは、アラバスタの地の磁気を記憶したものです」
ほう、便利な物があるものだな。
「いいですかビビ王女、私はこれからあなたに『なりすまし』、更に彼ら6人分のダミー人形を連れ、一直線にアラバスタへと舵を取ります。バロックワークスの追手が私に気を取られている隙に、あなたはこの方々の船に乗り、通常航路でアラバスタへ」
…それはひょっとしてギャグで言っているのか?
「…主殿」
「氷女、言ってやるな」
「…マスター」
「気持ちを汲んでやれ、サリー」
だよなぁ…
「私も通ったことはありませんが、確かこの島からログを2、3辿れば行きつくはずです。無事に………祖国で会いましょう」
…無理なんじゃないかな。
「ハッハッハ!そんな変装じゃ無理だぜ、Mr.8」
「いくらなんでも、人間1人で誤魔化すのは無理があるよ」
―――!誰もが突っ込みたくても空気呼んで突っ込まなかった事を平然と言うこの声は。
「ミ、Mr.9!ミス・マンデー!そ、その格好は…!」
声が聞こえた方向に立っていたのは、鉄バットを3本腰に差し、短髪緑色のかつらを被って、氷女とそっくりな人形を背負ったMr.9とサリーそっくりのドレスに身を包んだミス・マンデーだった。
「「「ふ、ふざけんなー!」」」
案の定、変装された奴らがキレた。
「それおれか!?おれのつもりか!?」
「そっくりだろ?この腰に3本指したものと、マリモヘッドと背中に背負った幼女」
「幼女言うな!ってかなんで私の人形そんなに精巧何だよ!そっくり過ぎて気持ち悪いんだけど!」
「ハッハッハ!趣味の島『コミーケ』ではちょいと名の知れた勇者兼クリエイターのおれの自信作だ。ちなみに、この件で無事生き残れたら、『氷女ちゃんシリーズVol.1』として売り出そうと思っている」
「「斬り刻んでやる!」」
「ま、待ってMr,ブシドー、氷女ちゃん!お願いだから落ちついて!」
ビビは自慢顔のMr.9に今にも斬りかかろうとするゾロと氷女を必死に止める。
「ゆ、夢に出そうだ…」
「マ、マスター!お気を確かに!…ちょっと、貴女なにおぞましい恰好してるんですか!今すぐ着替えて来なさい!」
「ハハハ、照れるんじゃないよ。Mr.9に聞いた通り、中々可愛くあんたそっくりに出来たと思うんだけど」
ムキッとポージング。
私はそれを見て、サムズアップしながら
「ミス・マンデー、良い感じだ」
「ブチ殺しますよこのデカ女ども!」
◆
「では…王女をよろしくお願いします」
「ミス・ウェンズデー、おれが言うのも何だが、絶対に国を救えよ」
「じゃあね。次あったら、アラバスタの美味しい甘味処で一緒にお茶しましょう」
あれから暴れる氷女、ゾロ、サリーのアラガミ3匹をどうにか宥めて、おとりとして船に乗る3人を見送る。
「では王女、過酷な旅になるかと思いますが、道中お気を付けて」
「ええ、あなた達も」
3人を乗せた船が小さくなるのを眺めつつ、7人でたわいもないことを喋っていいた、その瞬間
―――船が爆ぜた。
大地を揺るがすような轟音と共に、海が炎に包まれる。
…意思は受け取った。あとは私に任せて、安らかに眠れ。
「―――!バカな、もう追手が…!」
「中々派手な戦の狼煙だな。ヒヒヒ」
「海を嘗めつくす炎…美しいモノですね。クスクス」
氷女とサリーはあの3人の死について、なんら感じるところは無いようだ。
アラガミらしくて実に結構。
「先を越されたな」
私が声を上げると、燃え上がる海を見ていたルフィが素早く踵を返す。
「立派だった!」
「ナミ、ログは!」
「だ、大丈夫。もう溜まってる」
「行くぞビビ。ここでお前が見つかっては意味がない」
私がビビの肩に手をおいて、顔を見ると、ビビは真っ直ぐと燃える海を見つめながら、唇を血が出るほど噛みしめていた。
だが、嘆きの言葉も涙も無い。中々の精神力だ。
「安心しろ。お前は必ずアラバスタ王国まで送り届けてやる。ついでに、コソコソと裏で動きまわるゴキブリ鰐も、骨一つ残さず喰らってやる。分かったらさっさと行くぞ」
「ミス・クリーチャー…ええ、行きましょう」
目に強い意思を宿したビビと共に、先に行った仲間を追って、ゴーイング・メリー号へと走り出した。
◆
ルフィが叩き起こしたサンジと超カルガモのカルー(非常食)を乗せて、メリー号は出航した。
途中、気がついたサンジがもう一泊して行こうだの、人間型になった氷女とサリーを見ていつもの発作を起こすだのしたので、物理的に黙らせた。
「霧が出てきた…もうすぐ朝ね」
川上から支流に乗れば早く航路に乗れるということで、ビビの指示に従い、船は島を出る。
―――ん?クンクン
「どうしたのカリギュラ?そんなに鼻を動かして」
「いや、何やら私達以外の匂いがした気がしたのだが…」
相変わらず索敵は苦手だ。
「あ?それならさっき船がと通った岩場に隠れてた奴じゃねぇか?生物の心音が聞こえたし」
「それなら私も視認しました。ですが、相手も中々のものですね。こちらが気付いたことをすぐに察知して、尻尾を巻いて逃げて行きましたよ」
「追撃は?」
「無理ですね。もう私でも見えない範囲まで逃げました」
チ、勘のいい奴め。
「まあ、逃げた奴は良いとして、追手ってどのくらい来んのかな?」
ルフィがビビに問いかける
「分からない。バロックワークスの社員は総勢2000人いて、ウィスキーピークのような町がこの付近にいくつかあると聞いているけど…」
「1000人くらい来たりして」
「ありえるわ。社長の正体を知ってしまうことはそれほどの事だもん」
…ふむ、危険度はなるべく下けるべきだな。
「ビビ、質問がある」
「なに?」
「周りの町から追手が来るとして、そいつらはどういった経路で来るか、分かるか?」
私の質問に、ビビは少々考えてから、口を開いた。
「恐らく、エターナルポースを使ってウィスキーピークまで来た後、ログポースで通常航路を辿って来ると思う。イガラム達の囮はばれちゃったし…」
「次の島のエターナルポースを使われる可能性は?」
「それは無いと思うわ。エターナルポースが作られるのは、町とかがある島がほとんどだから。ウィスキーピークの次の島に、町があるとは聞いてないし」
「成程。ならば、やってみる価値はあるな」
ビビへの質問を終えた後、私は甲板の前方に向かう。
「ん?どした、カリギュラ」
「ルフィ、悪いが少し離れていてくれ」
折れた船首に乗っていたルフィは首をかしげながらも私の忠告に従い、ナミ達に合流した。
さて、やるか。
私は意識を集中し、全身のオラクル細胞を活性化させる。
見る見る内に身体は巨大化し、青い装甲に包まれた竜へと変貌する。
「おお!やっぱ何度見てもカリギュラの本当の姿はカッケェェェッ!」
「ミス・クリーチャーは一体何を?」
「…なーんか嫌な予感が」
仲間達の言葉を背に、私は上空へと飛び立ち、ウィスキーピークを俯瞰出来る高さまで上がる。
「さて、“全力”でやってみるか」
私は右腕にエネルギーを極限まで集中させると、ウィスキーピーク上空目掛けて放つ。
そのエネルギーは私の意思に従い、空気中の水分も取り込んで、数秒で島の直径と同等までの氷塊へと変わる。
「え…!?」
「ひょ、氷山!?氷山が空から降って来るーーー!」
「―――!あの女がカリギュラだとしても、これは…!」
氷塊は重力の束縛によって、速度を増しながらウィスキーピークに墜落した。氷塊はウィスキーピークの全てを押しつぶし、島を沈める。
その衝撃で海が荒れるが、これから起こる事によって、メリー号が転覆しない距離まで離れた事は確認済みなので、心配はしない。
「ダァ!無茶すんなよカリギュラ!」
「これが…創造主の力…!」
「つ、津波!津波が来るーーー!」
「クソ!カリギュラちゃんがヒト型だったらズボンとはいえ、ローアングルからの画が見えたのに!」
サンジ、後で私刑。
更に、私は右手に残った氷炎を握りつぶす。
この炎はあの巨大な氷塊のエネルギーを制御しているリミッター。
それを破壊すると言うことは、すなわちエネルギーの暴走を意味する。
暴走したエネルギーはやがて、氷塊という殻を喰い破り、全てを凍らせ、砕き尽す暴虐の嵐となる。
「爆ぜろ―――『Cocytus:Caina』」
私が言の葉を発した瞬間、ウィスキーピークを押しつぶした氷塊は、大爆発を起こし、凄まじい冷気の奔流が吹き荒れた。
その轟音で大気が激しく揺れ、メリー号に襲いかかっろうとしていた津波も周囲の海ごと氷漬けになる。
冷気の奔流が収まったとき、其処に島は跡形もなく消し飛んでいた。
「…出力が随分と上がってるな。まあ、考察は後にして、船に戻るか。いかにポースを持っていたとしても、島が無ければ意味があるまい。これでしばし追手の足止めも出来るだろう」
1分後、船に戻った私はサンジを除く全員に殴られた。
【コメント】
カリギュラさんの所為でグランドラインの航路が1本減りました。